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『これが私の世界だから』
作:カオリ



第四章《慟哭》:警告と睥睨(1)



(――戦いの準備を。賽は既に投げられた)






組織員召集を知らせる警笛が実際に鳴り響いたのは、千瀬がルカとジェミニカと共にロヴのもとへと(ルカが大広間だと言ったのでそれに従ったのだが)向かい始めてから十分も後のことだった。
ルシファー内部は広い。未だ千瀬が把握し切れていないほどの空間を保持するこの建物は、移動の度に一苦労である。しかし十分に早いスタートを切っていた彼女達は、急なサイレンに慌てふためく組織員の間を擦り抜け別段急ぐこともなく廊下を移動していた。

(なんだろう、)

三人でホールへと歩むにつれ、千瀬はそわそわと落ち着かなくなってくる。人の気配がするのだ、それも未だ経験したことのない程の大人数。それがだんだんとこちらへ集まり増えてゆくのをひしひしと感じた。EPPCではない、それにしては多すぎる。

「う、わ」

――大広間ホールの扉を開いた千瀬は思わず息を呑んだ。
目の前に広がっていたのは犇めく大量の黒い影。スーツを着込んだ人間達が、床を埋め尽くすようにずらりと整列していた為である。千瀬達が到着した後も次から次へと人が増え、その度に黒い塊が巨大になってゆくのがわかった。
男も居れば女も居る。しげしげとそれを眺める千瀬の目に、ホールの中心部に列をなす人間達の襟元が見えた――瑠璃色の紋章がついている。それは彼らが《ポート》であることの印であった。

階級区分のはっきりしたルシファーでは、構成員はその位に合わせた紋章を着用することが義務付けられていた。階級ごとにその色が異なり、唯一EPPCだけが紋章を持たない。
千瀬はあまり気にしていなかったのだが、あのデューイやジャッカの胸元にも確かに《ポート》用の瑠璃色が輝いていたのである。

その《ポート》達の両サイドに整列した人間達の紋章は鮮やかな翡翠色だった。彼らは《パース》、いわば末端構成員である。
世界各国に無数に存在する彼らが全てこのホールに集結したとは考え難く、おそらくは一部が代表として召集に応じたのだろうということが想像できた。

「あ」

数多の人間たちの中から見知った顔を見つけた千瀬が声を上げた。
《ポート》、そして《パース》の前に椅子を並べる四人の人物。その胸には白銀の紋章が煌びやかな光沢を放っていた。
その中で最も手前に位置する椅子に腰掛け、毅然と顔を上げている女性を千瀬は知っていた――言うまでもなく月葉である。黒の礼服に月色の髪がはっとするほど美しく映えていた。
七見月葉が代表を務める《テトラコマンダー》、驚くべきことにその残りは全て男性だ。初めて目にする彼らを千瀬はまじまじと見つめてしまう。

そうこうするうちに、千瀬は漸くホールの高い位置――ルシファーのホールは立体構造で、二階席が存在する――にお馴染みの顔触れを発見した。EPPCこと《特別戦闘能力保持部隊》の面々である。
ただし遠征に出ている〈ソルジャー〉数人と、同じく遠征中の〈マーダラー〉恭吾の姿は勿論無い。
千瀬はルカに先導され二階席へと向かったが、必然的に一階に並ぶ人間達の目の前を横切る形になった。
そっと微笑みかけてくれた月葉に手を振ったその直後、千瀬の目は少々奇妙な光景を映し出すことになる。――ひそひそと囁き合い、こちらに好奇と疑念の入り交じった視線を寄越す組織員達。彼らは皆一様に千瀬達を不躾に眺めていた。

「気にしないの」

思わず足を止めた千瀬の背をジェミニカが優しく押し進める。千瀬は首を傾げながら、しかしおとなしくそれに従った。

――もしも組織員達の会話が日本語であったならば、千瀬は囁く声の内容までしっかりと聞き取れていたことだろう。
『何だ、この餓鬼は』などという疑問符に満ち溢れた彼らの会話を。
本来EPPCの存在は《パース》に所属する人間達には知らされず、《ポート》でも見たことがあるものは少ない。組織幹部の顔でさえわからないものが殆どであろう。(ロヴを直接見たことがある人間など、ルシファー構成員全体ではほんの一握りにすぎない。)
何故ここにこんな子供がいるのか――そんな彼らの疑問はもっともなのだ。彼らは千瀬のような子供がルシファーの戦闘員だとは、夢にも思っていないのだから。
無論、今し方自分達の目の前を通った長い黒髪の少女が組織第二位の地位を誇ることなど、知る由もないのである。












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