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『これが私の世界だから』
作:カオリ



第三章《はじまり》:盤上に駒を並べて(1)


(この人たちは、ずっと昔から一緒だったんだ)

ロヴとサンドラの話を聞くうち、千瀬はだんだんと彼らの関係が見えたような気分になった。立場上サンドラはロヴの部下であるが、きっとそれは形式だけなのだ。
古くからお互いを知る彼らを、少女はほんの少し羨ましいと思う。
ロヴは大層寛いだ様子で二杯目の紅茶に手を伸ばし、なおもその続きを語ってみせた。

「俺やルカはもともと戦争孤児でね。チトセは知ってるかい? 今の世でも戦争や内乱の絶えない国は数えきれないほど有ってな」

せんそうこじ。聞いたことがある、けれどいまいちピンとこない単語に千瀬は首を傾げた。そもそも彼女の暮らしていた島国は、戦争や内乱とは無縁の場所である。もちろんそれは“現在は”の話であるが。

「そういうところの子供ってのは――俺達の生まれた国では、新生児だろうが何だろうが生み捨てられた後は、施設とは名ばかりの廃屋に集められて放置でね。食物もない、衛生状態は最悪。人格崩壊や脳に障害をきたすやつがほとんどだった」

施設に入るのと、そのまま野たれ死ぬのとで二通りか。そう呟いた男に、少女は思わず表情を曇らせた。正直実感の沸く話ではないが、軽く聞き流せるような内容でもない。しかしロヴは可愛らしいお伽話を語るかのように、ゆったりとした口調を崩さなかった。

「俺達はまぁ、ちょっとした例外でね。施設から生きて出ることができた――出ざるを得なかったんだけれど。その後は……チトセの想像に任せるけど、色々やったよ。最初は生きるために、あとは俺の趣味とかで」

趣味、とに口にしたロヴはにんまりと笑う。至極楽しげなその表情の裏で、一体彼は何を考えているのだろうか。

「何時の間にやら俺達に通り名が付いててな――」
「お喋りが過ぎてるわ、ロヴ」

突如サンドラとは別の、澄んだ女の声が響き渡る。ロヴの話を遮って現れた金髪の少女――少女と言うにはやや大人びているが――に驚いて、千瀬は目を瞬いた。

「あら、ミク」

サンドラがひらひらと手を振る。ミク・ロヴナスはちょうど今し方話題になっていた初期メンバーのうちの一人だ。噂をすればなんとやら、である。
なんだか今日は予想外の人物によく遭遇する日だ、とぼんやり千瀬は考えた。
立ったままのミクに気を遣い、千瀬は荷物を積んであった隣の席を空けたが、彼女は緩やかに首を振る。

「ティータイムの邪魔して悪いんだけど――“遠征組”が戻ってくるわよ」

彼女の知らせにロヴは一言、そうかと笑う。読めない笑顔だ、とまた千瀬は思った。



*



「チトセ! こっちだ、こっち」

早く来い、と手招き。
“監獄”と呼ばれる拠点に戻って早々、千瀬は何故か急いた様子の駿に捕まった。横には妙に興奮した様子で飛び跳ねているロザリー。はて、何があったのだろうと千瀬は首を傾げる。

「遅かったな、お前。何してたんだよ」
「お茶……してた。サンドラとロヴと」
「はぁ?」

組織の建物内にディレクターズキッチンがあることは駿も知っていたが、(何せ古びた洋館風の建物の中で、あれがある区間はやたらと近未来的で目立つのだ)なぜそこでロヴが出るのかわけが分からないといった様子である。自分を見つめる駿に何から説明したものかと考えあぐねていると、そんなことはお構いなしにロザリーが千瀬の腕を引っ張った。

「チトセ、遠征してた人が帰ってくるんだって。会いにいこう? 紹介するから」

千瀬は再び首を傾げた。遠征組? そういえば先刻、ミクが同じようなことを言っていた気がする。

「遠征ってのはな、ルシファーから離れて泊まり込みの別任務をすることを言うんだ。今回の遠征組は半年近く行ってたぜ」

駿は千瀬に向かって笑いかける。にやり、と言う音が聞こえそうなほど口角が吊り上がった。

「言っただろ? お前を入れて十三人、って」
「……それじゃあ」

少女はそれを思い出して目を見開いた。
つまり、漸くご対面ということなのだろう。まだ見ぬ、我らが〈ソルジャー〉の残りの面々。千瀬達の、唯一無二の同胞に。


*



ブレーキと共に巻き上がる土煙。ルシファー本部の門前に同時に三台、黒塗りのリムジンが停車する。
高級車のドアが静かに開くと、そこからすらりとした細い脚が覗いた。女性特有の柔らかいライン、色は柔らかな白だ。ゆっくりと車から降りた彼女の足が地を踏みしめ、ジャリ、と砂が鳴く。
外へと直々に彼らを迎えに出た首領の男(酷使した部下を労うのは義務だ、と彼は思っているのだ)は、彼女を見ると朗らかに笑った。

「おかえり、シュンレン」

呼ばれた彼女の名は、李 春憐という。シュンレン、と言う名は聞いてもわかるとおり、彼女の母国での本来の音ではなく極東の島国――日本風に読ませた音であった。
彼女がここでそう名乗る理由は誰も知らない。仲間に日本人が多いことを考慮に入れた上でのことなのかもしれないし、他に理由があるのやもしれなかった。
春憐はロヴを見つけると、その腰までの長い茶髪を垂らして一礼する。黒のチャイニーズドレスがよく似合う、若い女であった。

「アサミはいないのかい?」
「車に乗ってるわ」

彼女のその言葉を聞いてか、バタン、という音と共にもう一人が車から降り立つ。現れたのは鋭い目をした青年だ。朝深あさみ、が彼の名前である――少なくともここではそう呼ばれていた。姓なのか名なのかは定かではない。茶色い短髪は襟足だけが長く、赤に染められていた。

「おかえり、アサミ。君がいない間にまた日本人が入ってね……なかなか興味深い子だよ。会っておくといい」
「それ、マジな話?」

ロヴに一瞥をくれただけで視線を逸らした朝深とは別に、快活な声が上がる。それは、春憐と朝深とは別の車に乗っていた少年のもの。外見は十八歳程だろうか。彼は大きな伸びを一つすると、煙草をふかしロヴのほうへ歩いてくる。

「やぁ、ハル」

君の国では未成年の喫煙は禁止じゃなかったかな? そう呟いたロヴにハルと呼ばれた彼はコロコロと笑い声を上げ、見逃してよボス、と片手をあげてみせた。そのまま少年は一足先に、つかつかと建物の中に消えてゆく。

「ツバキ、ハルを見張っておいて」
「はい」

ロヴは車の中に残っている少女に声をかけた。椿と呼ばれた幼い娘は短く返事をすると、無駄のない動作で車から飛び降りハルに続く。終始無表情であった椿の後ろ姿を眺めながら、ジャパンのシノビは身のこなしが流石だなぁ、とロヴは独りごちた。

「さて、後は」

首領の男が首を巡らせれば、ちょうど残る一台のリムジンからそろりと這い出した見慣れぬ少女が心細げに辺りを見回したところであった。少女はロヴと目が合った瞬間びくりと震える。

「君がスミレだね。俺はロヴ」

スミレは組織からのスカウトを受けてすぐ本部とは別の任地に赴いていた少女で、本部にやって来たのは今日が初めてだった。ロヴ本人とも初対面だ。君とはまた後で話そう、と男は少女に笑いかける。
少女が会釈して建物に向かったのを見届けてから、そのままロヴは未だスミレの乗っていた車に居座っている青年に声を掛けた。

「おかえり、ツヅリ。疲れたかい?」
「そう見える?」
「言ってみただけだ」

ツヅリ、と呼ばれた彼は静かに笑みを浮かべる。車から降りて扉を閉めれば、それを合図に三台のリムジンはどこかへ走り去った。
それを黙って見届けるロヴに、ツヅリは訝しげな視線を送る。

「あれ。運転手、殺らなくて良いの? 建物の場所覚えられてるけど」
「ご心配には及ばないよ」

刹那、遠くから激しい爆音が響き渡った。良く見ればそれは車の走り去った方角で、火柱と煙が立ち上っているのが見える。炎上した車の形は視力の良いツヅリにさえ、原型を見いだすことはできなかった。

「性格悪いねー」

軽口を叩く青年にロヴは笑う。運転手はルシファーの組織員ではなかったのだ。敵が雇われドライバーになりすましているなんて、良くある話。

「さて、ツヅリ。君も広間に向かいたまえ。報告を聞かせてもらおうか」
「――Yes,sir.」

門を潜ってゆくツヅリの後ろ姿を眺めながら、ロヴは一人微笑んだ。これで全ての兵士ソルジャーが揃った、と。
来るべき日の為には、動かせる駒は整えておかねばならない。

「――何を企んでるの、ロヴ?」

何処から現れたのだろうか。長い黒髪を風に遊ばせて、少女は男の後ろに立っていた。ロヴは薄らと笑うと、ルカの頭に軽く手を乗せる。

「――行こう」












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