八十九、アレシア編 安全装置破棄
自動展開型魔法障壁が白の空間に拮抗し、私は半径数メートルの僅かな空間の中で生きながらえている。
しかし、このままではいずれ死んでしまう。何とかして、白の空間を消し去らなくてはならないのだ。
どうすればいい……考えろ、考えるんだ。
そもそも……どうして自動展開型魔法障壁だけが白の空間に抵抗出来るのだろうか。
そう、そこがおかしい。
戦略核に匹敵する攻撃や、ブラックホールの自壊重力すら無効化し得る程、白の空間は強固だ。それにも関わらず、どうして……?
いや、それ以前に自動展開型魔法障壁は…………便利過ぎる。私に迫る脅威を魔法障壁が勝手に防御してくれるなんて、人には過ぎた力だろう。
だとすれば何か別の役割があるのだろうか?
そして、それが私の予想と同じものであるならば。
私は自動展開型魔法障壁の使用を停止した。
迫る白。空間を飲み込んで行く白。私という異物を白が塗り消そうとする。
物質創造、赤光剣。
私は白へ、赤光剣を振り落とす。
白は切り裂かれた。
私は女の子の目の前に、淡い緑色のクリスタル質な六翼を駆使し降り立つ。
「あぁ……ど、どうして…………?」
私から離れようとしてか、覚束ない足取りでじりじりと後ずさる女の子。しかし彼女によって物質創造され、放置されていた10式戦車が障害となって彼女に立ち塞がった。彼女の華奢な背中に硬質な複合装甲が当たり、車体を支えに女の子はそのままへたり込んだ。女の子は体を小刻みに震わせ、その小さな顔を恐怖に歪めている。
「何、で……何でなの……」
「私を絶対的に守る自動展開型魔法障壁。これこそが私の魔力を封印していた一種の安全弁だったんです」
自動展開型魔法障壁は、私を確実に守る為に常時発動待機状態にあった。そう、常時である。私が誕生してから、二十四時間三百六十五日の間、ずーっと私の魔力の九割九分が私の気付かぬ間に、自動展開型魔法障壁使用待機状態へと費やされていた。ならば、自動展開型魔法障壁の使用待機状態を解除すれば?
「その自動展開型魔法障壁の使用を停止させれば、私は全魔力を使用可能になるという訳です」
ただ、安全弁と表現したように、全魔力使用可能状態は大変危険だ。セーフティーである自動展開型魔法障壁の使用を停止した途端、制御不可能な程の膨大な魔力が体外に放出されてしまう。下手をすれば、私自身が自分の魔力で死ぬ可能性すらある。しかし九割九分魔力を実質的に封印されていても今まで私は魔力不足に陥った事などなく、ましてや平均的な魔法師より数百倍の魔力を保有していたのだから、封印を解放した時の私の魔力量は人知を越えたものとなる。
「そしてその膨大な魔力で力任せにあなたの障壁を切り伏せた」
「そん、な…………」
彼女はその紅玉のような透き通った瞳から静かに涙を流し、ガクリとうなだれる。私はそんな彼女の姿にどうしたらよいか分からず、ただ突っ立っている。
というかさ……彼女を私が絶望の淵にたたき落としたのは事実なんだろうが、待って欲しい。
私が何をしたと言うのだ。
要塞群やディーウァと思しき女性から攻撃を受け、明らかに私を狙った大規模な爆発に巻き込まれた後、突如現れた彼女がこの謎空間について何らかの事情を知っているかもしれないからただ近付いただけじゃないか。いや、まあ、彼女の事を怪しいと感じたから、友好的に接したとは言い難いけど。とはいえ、いきなり白い空間広げて私を消去しようとして来たのはいくらなんでも過剰な反応だろう。その加害者である彼女が泣きだしてしまうって、何か理不尽だなあ。
ただ、体育座りして俯きながらえぐえぐ泣いている女の子を責められる程私は酷白な人間には出来てはいないので、ここは割り切るしかない。
ふぅ……白い空間で私を攻撃する以前の彼女の挙動から推測するに、彼女はひどく臆病なだけだ。しかし、あいにく私はここまで心の脆い人間に出会った事がないから、対処に自信が持てない。だが、いつまでもこの謎空間にいる訳にもいくまい。そして私が知っている対処方法は一つだけだ……菫はこうすると落ち着いたものだが、彼女も落ち着いてくれるだろうか。まあ、やるだけやってみよう。
私は体育座りしている彼女に近寄り、抱擁した。
「っ!?」
彼女は当たり前だが激しく抵抗、抱擁から抜け出そうとするが体育座りしてたのが運の尽き。体育座りの状態からでは人間は力を上手く入れられないのだ。でも、落ち着かせてから話を聞かないといけないのだから、安心させなくてはならない。
「私はあなたに危害を加えませんよ、味方です」
ぴたりと抵抗が止む。お、作戦成功なるか?
「ウソ」
ぬぐ、頭を体育座りの体勢の左右のふとももに挟み込んで徹底抗戦の構えをしている。私には手に負えない……誰か、精神科医を呼んで来てくれ。
「嘘じゃありません」
しかし残念ながら私は謎空間に隔離されてしまっている。私が説得するしかないのだ。
「じゃあ証拠を出して」
「今私はあなたを好きに出来る状態にあります。が、何もしてないじゃないですか」
いや、抱擁はしてるが。
「でも裏切るかもしれない」
「裏切りませんって」
「証拠は?」
証拠てあなた、何を出せばいいのかと。
「し、証明書でも書きましょうか?」
「そんなの空手形でしょ」
「「……」」
これ説得無理じゃない? いやいやいやいや、諦めるな私。頑張れ私。
「じゃ逆に聞きますが、何をすれば信じてくれますか?」
「……………………分からない。どうすれば人を信じられる?」
ポツリと放たれた言葉と共に、顔を上げ私と目を合わせる。吸い込まれそうな程綺麗な紅い瞳。二人で見つめ合う。彼女はもの寂しそうな表情を私に見せる。二人の距離は十センチも離れていない。
人を信じるか、難しい話だな。でも私なりの見解を伝えてみよう。「えーと、あなたと呼ぶのも何なので名前を教えて貰えますか?」
話の腰を思いきり折ってしまうが、やはり名前が分からないと、会話しにくい。
「……レクーサ」
レクーサか。悪くない名前だ。
「レクーサさん、ですね。じゃ、レクーサさん。最初に言いますがあなたは甘え過ぎです」
「?」
「レクーサさんは人を信じられないと言いますが、レクーサさんと接している側だってそれは同じなんですよ」
「じゃ、人は皆信じ合えない?」
首を小さく傾げるレクーサさん。
「根本的にはそうかもしれませんね」
「そう……」
まだ話は終わってないよ。悲しげに俯かないで。
「だからこそ、どちらかが歩み寄らないといけないのです。そうして片方の警戒心を少し解く。そしたらもう片方が少し歩み寄る。これを続けていけば、いつかは歩み寄れるのではないでしょうか?」
「そう、かな?」
再度顔を上げるレクーサさん。だがまだ、納得した訳ではないだろう。もう一押し。
「私は歩み寄りましたよ、レクーサさん。次はレクーサさんにお願いしたいのですが」
私は会話のボールを、レクーサさんに投げ渡す。
「……」
「駄目、でしたか」
「ち、違う!」
私の落胆の言葉に必死の表情で否定して来たレクーサさん。どーゆー事だろう。
「私は、どう、したらいいのかな?」
瞳を潤ませながら私を上目遣いに見詰めてくるレクーサさん。ははあ、何をすれば歩み寄るかが分からない訳か。
「レクーサさんが人と信じ合えたら何かしたい事とかあるんですか?」
コクリとうなづいて来た。意外だな。てっきり人間なんていなきゃいいのにとか考えてるんじゃないかと思ってたのに。
「じゃ、それを私相手にしてみたらどうでしょう?」
「……あなたに?」
「はい」
「……あなたなら合格。じゃ、目を閉じて」
「え、と……分かりました」
合格て何だ? まあ、何がしたいのか理解出来ないが、それで友好的な関係を築けるのならいいか。私は素直に言う事を聞く。
レクーサさんの息遣いが聞こえる。それは段々近く、荒くなっていく。彼女の息が私の唇を撫で、その直後に生暖かい何かが触れた。
私は反射的に目を開けてしまう。
あ……見なきゃよかった。
私はレクーサさんに口付けをされていた。
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