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第八話 : 恋の病

「……はぁ……」

 中等部の一教室の窓から顔を出し、一人切なげなため息をつくナツ。朝はミオさんのたわわ大作戦のおかげで少し元気になったとは言え、まだ完璧にはいつものように飛び跳ねたりするテンションではないようです。
 そんなナツを見つめてきゃっきゃと騒ぐ女生徒たち。以前申し上げたように、未来人であるナツたちは他の皆と少し顔の造りが違います。おバカなナツもジッとしていればどこか外国人風のスラッとした目鼻立ちなのです。普段はバカすぎてクラス内の女性陣もそのことに忘れがちですが、今のナツは窓際・肩肘・ため息の三連たそがれコンボです。普段の『お元気・おバカキャラ』とはまったく違う『たそがれ・憂鬱モード』のナツに見とれてポ〜っとなっている女性陣なのでした。

「どーしたんだよ、ナツ。具合でも悪いのか?」

 ――なんだよ、ジャマすんじゃねーよ、せっかくいい感じの画なんだからぶち壊すんじゃねーよ、てめぇエロ顔コラ。

 そんな女性陣の心の叫びが聴こえてるのかいないのか、健介くんは普段と様子の違うナツに優しく話しかけるのでした。

「ん。なんでもない」
「なんでもないわけないだろ。今のお前、どう見ても変だぞ」
「俺が変なのはいつものことだろ」
「そりゃそうだけど。でも、なんて言うんだろうな。とにかく、今のお前はらしくない。いつものお前なら今頃は昨日の幽霊捕りの話で大騒ぎのはずだろ。なのに今朝はため息ばっかりしてるじゃん。いいか、ため息だぞ? ため息なんてお前に一番似合わない仕草じゃんか。とにかく絶対に、今のお前は変だ」
「…………」

 ――ため息ナツ、全然似合ってるじゃねーか、もっとため息出させろよ、たそがれナツ見せろよ、見せねんなら金返せよ、払ってねーけど。

 女性陣の心の叫びがなんとなく激しくなってきてるのは気のせいでしょうか?

「何かあったのかよ? 俺でよければ力になるぞ。あんまり頼りにはならないかもしれないけど」
「スケ……」

 健介くんの爽やかスマイル炸裂。その笑みもやっぱりどこかエロ顔だったりするのですが、そんなことに関係なく、ナツは目の前にいる心優しき親友に心の内を打ち明けるのでした。

「なぁスケ。俺、もしかしたら……」
「もしかしたら?」
「……病気なのかもしんない」
「げ! マジで?」

 なんですと〜!! そんなことわたくしも初耳ですよ! あわわ、もし何かあったら監視役であるわたくしの責任問題です! 一体どんな病気に侵されたのでしょうか!? ナツ、体にどこか不調はありますか!?

「なんか昨日からずっと胸の中がモヤモヤするんだ。苦しいって言うか、締め付けられるって言うか……」

 胸が締め付けられる!? と言うと狭心症!? はたまた心臓病の一種でしょうか!? と、とにかく、病院へ、病院へーー!

「彼女の顔を思い浮かべる度に、あの姿を思い出す度に苦しくなるんだ。……ああっ、また胸がきゅんってなってきた……」

 きゅんっ? どういう意味でしょうか!? 胸を締め付けるどころか首を締める音のように聴こえますが、それってやばくねぇ!? かなり危なくなくねぇ!?(混乱)

「……なぁナツ、それってさぁ」
「うん?」
「恋の病ってオチ?」
「……恋?」

 ……恋? あの万年能天気レッツゴー天然おバカさんのナツが、恋の病?
 ――それは思いつかなんだ!? そうでした、そんな病がありました!

「で、誰にそんなに夢中なんだ、ナツ〜?」

 ニタリ顔(元がエロいのでかなりやばい顔)で問い詰める健介くん。しかし、ナツはいまだハテナ顔です。なんじゃらほいって感じの顔です。

「……恋って、俺が?」
「違うのか? その娘のことを思うと胸が苦しくなるんだろ? 切なくなるんだろ?」
「おお、なるぞ」
「そりゃあ間違いなく――恋だべ?」
「そうなの?」

 いや、わたくしに聞かれても。そういう経験ないもので。

「どこ見てんだよナツ? で、相手は誰だよ」
「相手って?」
「だ〜か〜ら! 誰のことを思うと胸が苦しくなるんだよ?」
「それは、」
「――ナツゥ!!」

 突然教室の戸を乱暴に開け放って登場した男子。ナツと同じクラスの……え〜っと、なんて名前だっけ。ボサボサした髪でフンフンと鼻息を荒げながら、その男子はナツに必死の形相で近寄ってくるのでした。

「ナツお前、あの写真マジか!?」
「は? あの写真って何のこと?」
「あの掲示板に貼ってある写真のことだよ!」

 やけに興奮しているクラスメイトの一言に顔を見合わせるナツと健介くん。一体なにが彼をここまで興奮させているのでしょうか?

「掲示板の写真? スケ、知ってる?」
「俺も知らない。それってどんな写真なんだ?」
「ナツとナツの妹のラブシーンの瞬間の写真だよ!!」

 一瞬の間が空いて、

『はぁ〜〜〜!!?』

 ナツと健介くんは見事にハモるのでした。




  ◇



「なんで俺とサヤのラブシーンの写真なんてもんがあんだよ! 誰だそんなデタラメ写真撮った奴は!?」
「ナツお前、恋のお相手ってもしかしてサヤちゃんか? いくらなんでもやばいだろ。それって近親相姦ってやつじゃねぇの?」
「んなわきゃねぇだろ! ……ところで『きんしんそうかん』ってどういう意味?」

 猛スピードで駆けながら健介くんにビシッと突っ込むナツ。それでもチャームポイントのおバカは忘れません。さすがですね。
 そんなこんなでようやく学園の中央広場にある掲示板にたどりつく二人。小等部から高等部までのいろんな情報や連絡事項が掲示されているその巨大掲示板の前にはかなりの人だかりが出来ていました。人だかりのうちの何人かはナツと健介くんの姿を見て「あ〜、あの写真の人だよ! あはは、動いてる〜」とかなんか言いながら失笑です。そりゃ動くだろ。
 さて問題の写真ですが、あっさりと見つかりました。というか、見つけまくりでした。

『な……なんじゃこりゃー!』

 往年の松田○作を思わせるセリフを叫ぶナツと健介くん。それも無理はありません。なにせ、巨大な掲示板を全て埋め尽くすほどの量の写真がこれでもかと言うくらいに貼りまくりなのですから。

「こ、これって昨日の幽霊捕りの時の写真?」
「誰がこんな写真撮ってこんな場所に貼って俺はいつの間に指差されてんだ!?」

 ナツ、テンパりすぎて会話がめちゃくちゃです。
 掲示板に埋め尽くされた写真にはナツが泣きじゃくっているシーンだったり、サヤがナツを抱きしめているシーンだったり、健介くんの足がブルブルしすぎて残像になっていたり、紀子ちゃんがおだんごをほどいてプチ貞子になってたりしているシーンだったりと、幽霊捕りでのナツたちの行動の一部始終が写し出されているのでした。しかも恥ずかしいシーンや笑えるシーンばかりです。

「……こんな写真を撮ることができてこんなことをしでかす奴と言えば、一人しかいないな」

 そうですね、思い当たるのはあの人しかいませんね。あの人があの場所でカメラを抱えていたのはこれが目的だったのですね……。

「犯人は――フカちゃん、お前だぁ!!」

 えぇっ! なんでそうなるんですか!?

「あの場所にいて、こんな角度からの写真取れる奴なんてお前しかいないだろ! こっちの写真なんてあの時のメンバー全員バッチリ写ってるし、残ってるのはフカちゃんしかいねぇだろうが!」

 なるほど! ナツにしては珍しく確かに理屈にかなってます。でもナツ、実はあの時もう一人あの場所にいたんですよ?

「言い訳無用! どうせそのギョロっとした目玉でカシャカシャ撮ってたんだろ、この盗撮魔ー!!」

 おおぅ! いきなり殴りかかってこないでくださいよ! わたくしの『俯瞰ふかんの眼』には写メ機能とか一切ついてませんからー!

「うっせーこんにゃろー! 今度と言う今度はマジでぶっ壊す!」

 だからわたくしじゃないんですって〜! 犯人はミオさんですよ、ミオさん!

「ミオ姉ぇは用事があるっつって来なかっただろ! なすりつけんな!」

 鬼のような形相でわたくしを追いかけてくるナツ。フカちゃん、ピンチ。
 それにしてもミオさんのあの時の言葉……『幽霊捕りより楽しめる視点を選んだ』とは幽霊捕りでのナツたちの恥ずかしい瞬間や笑える瞬間を写真に収めるためだったのですね。しかも、あたかもわたくしが犯人のようなアングルで撮るなんて……卯月ミオ、おそるべし。

「待て〜、この目玉コラー!!」

 トロトロしてると本気で壊されそうなので、わたくし、本気で逃げるとします。それでは。
 ――ズビュンっ!!

「速っ! 負けるか〜!」

 かくして、わたくしとナツの男と男(?)の真剣勝負が今始まったのでした。



  ◇



 幽霊捕りの時の写真で埋め尽くされた掲示板の前で、サヤはジッとその写真に見入っていた。「あの娘、あの写真に写ってる娘だよ〜」などと周りが騒ぐのも無視して、サヤは一枚の写真を手に取って食い入るように見つめている。

「誰よ〜こんな写真撮ったの! どうせ撮るならもうちょっとかわいい写真撮ってくれればいいのにぃ! ねぇサヤちゃん?」
「……なんで、なんで……」

 隣にいる紀子の言葉も無視して、サヤはその写真を見つめ続けた。
 その写真には平原の端にいるサヤ本人、泣きじゃくっているナツ、その友人二人の計四人の姿が写し出されていた。他には誰も写っていない、別段なんの不自然な点もない写真。
 しかし、その写真には『写っているはずの人物』が写っていなかった。

「なんで写ってないの? このアングルでこの距離からなら、絶対に写ってるはずなのに……」

 平原の中央で月を見上げていたあの少女。あの悲しい歌声の主。あの少女は、あの真っ白な姿は、どの写真にも一枚たりとも写ってはいなかった。
 巨大掲示板の前。まるで時間が止まってしまったかのように、サヤの視線はその写真に釘付けになっていた。

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