第二十話 : 六年の歩み、少女の葛藤
終わることのない悪循環。
六年前のあの日の夜、それはずっとわたしの心を責め続けた。
どうしてナツ兄ぃがわたしを連れていってくれなかったのか。泣きながら、わたしはそのことばかりを考えていた。
その答えは、すごく簡単なこと。そして、わたしにとってはとても辛い真実。
――わたしはナツ兄ぃにとって、連れていく価値もない、単なる足手まといだったんだ。
ナツ兄ぃは優しいからそういう風には思ってなかったかもしれない。でも、わたしを頼りにしていなかったのは事実だと思う。
もしわたしが頼りになる存在だったら、どうだっただろう。
一緒に連れていくことはなかったとしても、連絡くらいは取り合えていたかもしれない。
つまりは、そういうこと。わたしにもっと『力』があれば、置いていかれることなんてなかったんだ。
自分の不甲斐なさに腹が立つ。
ナツ兄ぃの行動は、全て何かの目的を達成させるためのものだったんだ。異常とも思える研究への没頭も、その研究を全て投げ打って突然いなくなったことも、全てがそのための行動だった。
それに比べて、わたしがしていたことってなに?
ただナツ兄ぃのことを見ていただけで、ただ心配するだけで、不安に思うだけで、……なにかした?
……悔しい。悔しい……!
『ただそばで見てただけ』? そんなの、『何もしていない』ってのとおんなじ意味じゃない!
「……くそ、くそぅ……! 『力』が、……『力』が欲しい……!」
その言葉を吐いて、気付いた。
『欲しい』なんて言ってるうちは、何も変わらない。何もしていない。それじゃあ、今までと何も変わらないじゃない……!
終わることのない悪循環は、一つの答えの出現と共に、ようやく終わった。
「欲しがってる場合じゃないんだ。変わらなきゃいけないんだ、強く、強く……!」
それからのわたしは、泣きながら引きこもっていたことなんかまるでウソだったみたいに、とにかく動きまくった。
まずはナツ兄ぃの目的を探ることが先決だ。それがわからなければ行方も目的も見当もつかない。
ナツ兄ぃが残した三つの手紙。そのうちの一つであるパパへの手紙には、ひたすら感謝の言葉だけが記されていた。
ナツ兄ぃはパパにも行き先も目的も何一つ告げてはいなかった。そんな中、研究が軌道にのってきたこのタイミングで助手を辞めることを許してくれたパパに、ナツ兄ぃはひたすら感激の言葉を綴っていた。
ママへの手紙にもあまり重要なことは記されてはいなかった。わたしへの手紙と同じように、心配させたことへのお詫びと今までお世話になったことへの感謝の言葉だけ。
だけど見つけた。たった一つだけ、とても重要な手掛かりが。
ママへの手紙の最後の部分に、その手掛かりは隠されていた。
『実はミオ姉ぇに一つお願いがあるんだ。
もしも、ミオ姉ぇがあの時のことを思い出したら。
何もしないで待っていてほしい。
俺もまだ『世界の意思』ってやつがどれだけ危険なものなのかわからないから。
この手紙を読んでもなんのことかわからないなら、それが一番いいんだけど』
ママへの手紙の中のこの部分に、ナツ兄ぃが何をしようとしているかについてとても重要なことが書かれている気がする。
――手紙の中の『思い出す』のフレーズ。
――あの時ナツ兄ぃが言っていた『フカちゃんとも約束した』の言葉。
ナツ兄ぃが成し遂げたいことには少なからずママもなにか関わっているんだ。だとすれば、考えられるのは一つしかない。
キーは、過去旅行だ。
あの過去旅行の最中に何かが起こったんだ。フカちゃんが居なくなったのも偶然じゃなくて何か関係があるのかもしれない。
そしてもう一つのキー、『世界の意志』。
この言葉には聞き覚えがある。前に読んだ本にあった。『世界には意志があり、その意思の下に歴史は動く』っていう、世界の在り方を示す説だ。
過去旅行の際の細かい歴史の修正はこの『世界の意志』が行っていて、世界をあるがままに保つように動いている――って言われてるけど、そこまで聞いた限りだと『世界の意志』は私たちや世界を守ろうとする味方のはずなんだ。なんでナツ兄ぃはそれを危険だなんて言うんだろう。なんで、まるで敵みたいに言うんだろう。
とにかく、わかったことは一つ。
「過去旅行、世界の意志、俯瞰の眼、…………これらを繋ぐもの、それがナツ兄ぃのやろうとしていることに大きく関わっているんだ」
だけど、ここまでだった。
実際に過去旅行に行ったママやサヤ姉ぇ、日高のおじさんおばさんにも訊いてみたけど、旅行の最中にフカちゃんがいなくなったことを除いては、特に何かが起こったなんてことはなかったみたい。
ナツ兄ぃの目的については行き詰まり。それなら、行方を捜そう。
日高家は警察にナツ兄ぃの捜索願いは出さなかった。そりゃあ本人の意思でいなくなったんだから警察が積極的に動いてくれることはないだろうけど、ナツ兄ぃにやりたいことがあるならジャマしたくないっていうのが日高の家の方針らしかった。
パパとママも同じ考えのようで、ナツ兄ぃの行方を追うようなことは一切しなかった。
――でもわたしは違う。絶対に見つけ出してみせる。
パパの研究が国に認められたことで、夕凪家の経済事情と比例してわたしのお小遣いもかなりグレードアップした。そのほとんどを興信所につぎ込んで、わたしはナツ兄ぃの行方を捜し続けた。
あれから六年経った今でも、ナツ兄ぃは見つかっていない。いくら探しても見つからないことで興信所が出した答えは、「何者かに匿われている」というものだった。
時空間移動さえ可能になったこの時代で、個人の情報がどの機関や施設からも一切見つからないなんてことは普通はあり得ないこと。誰かがその情報を意図的に消しているとしか考えられない。ナツ兄ぃのそばには誰かそういった「力」を持った協力者がいるんだ。
「……力。やっぱり、ナツ兄ぃのそばに居るためには、力が必要なんだ……」
変わらなけきゃいけない。変わらなきゃ、何も取り戻せない。
わたしの知識が役に立つなら、ナツ兄ぃの助手としてでもいい。
わたしの技術が役に立つなら、警護役としてでもいいんだ。
もう、置いていかれたくない。
もう、待ってるだけなんてイヤだ。
だから、だから――。
「――力が、欲しい」
だからわたしは『力』を求めた。
知識を、技術を、そして何よりも、ナツ兄ぃのそばに居られる資格を。
その思いを胸に、わたしはこの六年間を過ごした。
ナツ兄ぃはまだ見つかっていない。
◇ ◇ ◇
「……なるほどねぇ。つまりサンちゃんは、そのナツって人と同じことをしているわけね〜」
話を聞き終えて、白秋先生は珍しく真顔のままでそう言った。
白秋先生の言葉の通り。ナツ兄ぃがあの時そうしていたように、わたしのこの六年間の全ての行動は『力』を得るための行動。ナツ兄ぃのそばに居られる資格を得るための行動だった。
白秋先生の顔をジッと見つめる。
わたしの思いが伝わったのか、先生はずっと真顔のままだ。わたしがただ単純な興味だけで銃を持とうとしているんじゃないってきっとわかってくれたはず。これでもダメなら、……もうこの教室に通う必要はない。別の人に教わるだけだ。
密かにそんな覚悟をしたその瞬間、白秋先生はニコッといつもの笑顔を浮かべた。
「いいよサンちゃん、本物の銃の撃ち方、教えたげる」
「えっ、……い、いいの!? ホントに!? 後でウソって言ってもきかないよわたし!」
「ただ〜し、一つだけ約束〜。いい?」
「もちろんもちろん! たった一つでいいの!? なんならセットでポテトも飲み物もつけちゃってもいいし!」
「あっはっは、豪勢だね〜。でも一つでいいの、それさえ守ってくれるならあたしの全てをサンちゃんに伝授しちゃうから」
「よっしゃ〜! んで、なになにその約束って?」
いつも以上にニンマリ微笑んで、先生は人差し指をわたしの鼻へ。
そっちに気を取られて思わず黙り込んだわたしに、先生は言った。
「あなたが銃を扱えるようになりたい理由は、大切な人の力になりたいから。だけど、それを言い訳にしてごまかすのはダメ〜。理由のために目的を見失わないで。力ってのは〜、簡単に使う人の心を飲み込んでしまうから。……約束できる〜?」
ひょうひょうとした軽い口調の先生の言葉。だからこそ、その重みがわかる。
誓うよ先生。わたしは自分のためになんて『力』は使わない。わたしの『力』は、ナツ兄ぃのためにしか使うつもりはないよ。
……でもちょこっとは使ってもいいよね? 変質者退治とか。気に入らない奴を叩きのめしたりとか。
「それじゃ、さっそくやってみよっか。まずはゲームの時と同じように的に向かって撃ってみましょうか。最初はかなり照準狂うだろうけどね〜」
「まかせといてよ、わたしってば才能のかたまりだから!」
「あなたの場合ホントにそうだから怖いわよね〜。でも、教えがいありそうだわ〜」
こうして、わたしは一つずつ『力』を身に付けていく。
ナツ兄ぃのそばに居るために、そして今度こそ置いていかれないように。
もうわたしは、あの頃のような足手まといなんかじゃないんだから。
そしてこの数日後、六年間の努力はついに報われることになる。
どんなに探しても見つからなかったナツ兄ぃは、とても意外な経路で、簡単に見つかった。
|