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風が奏でる癒し唄
作:鮎坂カズヤ



第十八話 : 伝えたい思い


 
 あどけない表情をした子供たちがわたしの目の前を横切っていく。
 隣を歩く子の様子を見たり、これから何年も通うことになるだろう通学路をまじまじと踏み締めたり、明らかに年齢の違う何人かの人影が一体何者かと探っている子もいた。
 わたしもその中の一人。……と言っても、もちろんあのあどけない表情の子たちと列を成す一員としてってわけじゃない。
 わたしが位置するのは、子供たちが歩く通学路を広く見渡すことのできる『中継点』と呼ばれる場所。まだ小学生になりたての子供たちの姿が、ここからならかなり遠くまで拝むことができる。
 子供たちが無事に登校できるかどうかの見回り。それがわたしの役割。週に一度の登校日に変質者が小さな子供たちに厄介しないよう、自主的に見回りに参加している。
 でもわたしの場合、一番の目的はその変質者と出会うためにあるんだけど。

「……異常ないね。退屈」

 わたしの呟きが聴こえたのか、一人の女の子が不思議そうな顔でこちらを見つめてきた。とびきりのスマイルを返すと、女の子もニコッとかわいい笑顔を返してくる。
 ……ピュアだなぁ。わたしもあの頃はあんなにかわいかったのかな。我ながら可愛げのないガキだったような気がするけど、年上の人たちから見れば違って見えたのかも。

「ゆ、夕凪さん。ちゃんと見回りしないと、先生に怒られますよぅ」

 子供たちに向けていた視線の反対側、わたしの後ろからその声は聴こえてきた。
 見回りは基本二人一組。わたしのペアとなっているその男子――マルちゃんは、背は高いのに気が小さい。まるで小動物みたいな気の弱さの男の子だ。

「わかってるって! 変な奴が出てきたらわたしがズバッと叩きのめしちゃうから!」
「お、女の子がそんな物騒なこと言っちゃダメですよぅ」
「なに? じゃあアンタが代わりにやっつけてくれるの?」
「む、無理ですよ、そんなこと」
「じゃあ、やっぱりわたしの出番じゃん」
「警察や周りの大人に連絡すればいいじゃないですかぁ」
「アンタはそうすれば? わたしには――コレがあるからッ!」

 風切り音が鼓膜に響く。
 空気を切り裂くスピードが速ければ速いほど、その音はきれいに、鋭く響く。
 マルちゃんの首元と地面との間を最短距離で一直線に進んだわたしの右足は、きれいな音を鼓膜に響かせて、その場の空気を一瞬止めた。
 この、空気の止まる一瞬。この瞬間が、わたしは好き。
 目の前の男子は、まるで呼吸することまで忘れたかのように、自分の首元寸前で止まっているわたしの爪先をジッと見つめていた。

「か、勘弁してくださいよぅ。夕凪さんが強いのは知ってますからぁ」
「だったらいちいち文句言わないでよね」
「うぅ……」

 心底困ったような表情でどんどん声が小さくなっていくマルちゃん。……ちょっとイジメすぎたかな。
 こういう小動物っぽいところがいいのか、マルちゃんは結構女子に人気がある。あまりイジメすぎるとどこかの女子からグチグチ言われちゃうかも。
 でも、……やっぱりイジメたくなっちゃうんだよね。

「な、なんですかぁ。文句ならもう言いませんよ」
「あはは、ごめんごめん。マルちゃんだからするんだよ、こういうこと」
「ど、どういうことですか?」
「好きなんだよね」
「え、……えぇっ!?」
「マルちゃんの困り顔が。なんか、見てて安心するんだ」
「は、……はあ」
「よし、仲直り仲直り! さ、次の中継点いこっか!」
「ま、待ってくださいよぅ」

 なぜだか顔が赤いマルちゃんを置いてけぼりにして、わたしは次の中継点目指して駆けていく。
 そんなわたしを見つめる小さな子供たち。何年か前の自分が重なって見える。
 あの頃のわたしと、今のわたし。わたしは、あの頃からちゃんと変われてるだろうか。
 変わらなきゃ、ダメだ。
 もうあんな思いをしたくないから。
 もう置いていかれたくないから。



  ◇ ◇ ◇



「サ〜ン〜、今日どっか遊びに行かない?」

 放課後、クラスメイトの女子からのお誘いの声がかかる。……あ〜あ、遊びには行きたいけど今日はダメな日なんだよ、こんちくしょう。

「ごめんっ! 今日は予定入ってるんだ」
「またぁ? アンタっていつ予定空いてるの?」
「登校日の時は基本的に空けるようにしてるんだけど、今日はたまたま稽古が入っちゃってんだよね」
「たまたまって、こないだもだったじゃん。あんま付き合い悪いと友達なくすよ?」
「ごめんって。今度パタヤクレープおごるからさ」
「……デラックス三層のやつ?」
「五層でもオーケーっす!」
「決まり! 絶対だかんね!」

 ニカッと笑いながら他の女子のところへと駆けていくクラスメイト。なんとか機嫌をとることには成功したみたい。
 まったく、人付き合いってやつも苦労するよね。
 それもこれも稽古日を一日ずらした師範のせいだ。本当なら稽古は昨日のはずだったのに。急用入っても道場くらい開けといてくれれば一人で稽古できるのに、なんでわざわざ日にちをずらしてくれるかなぁ。
 ……よし、今日は手加減なしでフルボッコにしてやる。覚悟しとけ、師範。



  ◇ ◇ ◇



 朝の見回り。学校で授業。夕方から稽古。師範フルボッコ。そして今から家に帰って深夜まで勉強。今日も一日、滞りなく予定通りに進んでる。
 道場から家までの帰り道。行き交う車も住宅街に向かうものが多い。
 わたしみたいに、こんな時間に外を出歩く人は滅多にいない。いるとすればわたしみたいに腕に自信のある奴か、車が故障してしょうがなく歩いて帰宅している人か、変質者くらいだろう。朝は現れなかったし、今出てくるんなら大歓迎なんだけどなぁ、変質者。

「ゆ、……夕凪さん!」
「うん?」

 背後から聞き覚えのある声が聴こえる。って言うか、朝もこんなやり取りしたっけ。
 振り返るとそこには、やっぱり見覚えのある長身の男の子の顔があった。

「マルちゃん……まさかアンタが変質者だったとはね。敵はよく身近にいるって言うけど、さすがにちょっと盲点だったかも」
「ち、違うよぅ! 僕は変質者なんかじゃないですぅ!」
「あはは、わかってるって、冗談だよ」

 建物の物影から半分だけ顔を出して変質者じゃないと弁解するマルちゃん。う〜ん、知り合いじゃなかったら絶対に叩きのめしてるね。

「で、どしたのマルちゃん、そんなとこで。立ちション?」
「お、女の子がそんなこと普通に口にしちゃダメですよぅ」
「いいじゃん別に。アンタこそ男のくせにそんなとこでコソコソしないの。ってかホントに何してんの?」
「う、うぅ」

 身体中におどおどした動作をまといながら、マルちゃんが物影からようやく姿を現した。
 沈みかけの太陽のせいなのか、マルちゃんは顔を赤く染めて、背中を丸めてモジモジしてた。
 母性本能を刺激する仕草なのか、そのおどおどさが一部の女子の間でマルちゃんの人気を不動のものにしているらしい。わたしにはよくわかんないけど。
 チラチラとわたしの顔を見つめてはさらにモジモジ。おどおど。モジモジ。おどおど。
 ……わたしはそろそろイライラしてきたんだけど。

「用がないなら帰るよ?」
「う、うぅ」

 まったくもう。ホント、イライラするなぁ。
 でも、ほっとけないんだよね、マルちゃんは。……わたしも母性本能やられてるのかな。

「よし、わかった。とことん付き合ってあげよう。マルちゃんが話しだすまで待ったげるから、ゆっくりでいいよ」
「……うぅ」

 否定か肯定、どっちの返事、それ?
 でも待ったげるって言ったし、せめて一時間くらいは待ってあげよう。もしかしたら簡単には口にできない重い相談なのかもしれないし。
 長期戦を覚悟して密かに気合を入れたその直後、マルちゃんは目をぎゅっとつぶって、さらに顔を真っ赤にして、ようやく「うぅ」以外の言葉を口にした。

「ゆ、夕凪さんは、やさしい、よね」
「う〜ん、そうかな?」
「それに、み、皆にも、人気あるし、人望、ある」
「今日友達の誘い蹴って軽くひんしゅく買っちゃったけどね」
「頼りがいも、あるし、そ、それに、…………い」
「え? ごめん、最後の方聴こえなかった」

 それはイジワルじゃなくて、ホントのこと。
 元々声は小さいけど、最後の部分だけさらにマルちゃんの声が小さくなったから、聴こえなかった。
 マルちゃんは閉じていた目を開けて、わたしの顔をジッと見ながら、言った。

「夕凪さんは、かわいい」
「え」

 予想外な攻撃だった。
 さっきまでのおどおどはどこに行ったのか、マルちゃんは視線を逸らすことなく、まっすぐにわたしの目を見てそう言った。

「夕凪さんに、ずっと憧れてた。僕にないもの、全部、持ってたから。だから、……好きに、なってしまいました」
「…………」
「だ、だから、だから……、あの、うぅ……」
「…………」

 まだだ。まだ何も言っちゃいけない。
 マルちゃんがちゃんと言うまで、わたしは何も口にしてはいけないし、視線を逸らしてもいけない。マルちゃんの気持ちを、きちんと全部聞かなきゃいけない。
 これは義理とか礼儀とか関係なしに、わたし個人のこだわりだ。

「だ、だから、……僕と、付き合ってください」

 泣きそうな顔でこちらを見てくるマルちゃん。
 相変わらず背中は丸めたままで、顔は真っ赤に染まったままで、とても男らしいとは言えない告白だったけれど。
 その姿が、かっこいいと思えた。素直に尊敬した。
 だって、自分の想いを伝えることを、わたしはあの時できなかったんだから。ただ立ち尽くしているだけだったんだから。
 想いを伝えようと行動して、見事にそれを果たしたマルちゃんを、わたしは尊敬する。

「……ッ! ゆ、夕凪さん?」
「……やっぱマルちゃんの身体、大きいね」

 マルちゃんの大きな身体に抱きつく。
 まわした手が届かないくらいに大きな身体。そこから聴こえる鼓動が、マルちゃんの想いを改めて伝えてくれる。
 わたしも、応えなきゃ。
 あれからもう六年経った。わたしは変わったはずだ。もう自分の思いを伝えられる。

「マルちゃん、――ごめん」

 強張っていたマルちゃんの身体から、緊張が取れたように力が抜けていく。
 顔は見えないけれど、もしかしたら泣いちゃってるかもしれない。
 それでも伝えたい。伝えなくちゃいけない。

「マルちゃんはすごいね。尊敬する。男らしくない奴だって内心ちょこっと思ってたけど、今日で撤回する。君は、かっこいいよ」
「…………」
「わたし、マルちゃんの気持ちには応えられない。マルちゃんの気持ちに負けないくらい、わたしにも真剣な想いがあるから」
「……好きな人、いるの?」
「うん。ずっと昔から、大好きな人」
「そっか。……そっか」

 それから、わたしはしばらくマルちゃんに抱きついたままだった。
 マルちゃんはけしてわたしの背中に手をまわしてはこなかった。マルちゃんらしいと思う。優しくて、健気で、いじらしくて。
 マルちゃんの身体から離れて、顔を見上げる。
 今にも泣きそうな顔がそこにある。その顔に、わたしはとびきりのスマイルを浴びせた。

「よし、マルちゃん! 今日はわたしんちでご飯食べていきなよ!」
「え、……えぇっ! な、なんでですか?」
「お互いに想いを打ち明けあった仲じゃない。わたしの心遣い、わかんないかなぁ」
「いや、でも……」
「え〜い、四の五の言わずに付いて来い! 大丈夫、帰りはパパに送らせるから!」

 有無を言わさず強制連行。マルちゃんは困り顔になりながらも、ちゃんと付いてきてくれた。
 男の子を連れて帰ってきたわたしを見て驚くパパの顔はなかなか乙なものだった。ママも同感だったようで、微妙な表情の男連中を眺めては二人で爆笑した。

 ――ナツ兄ぃ、わたし、告白されたよ。誰かに好きになってもらえたんだよ。

 伝えようと思う。今日のことを。そしてずっと前から想ってたことを。
 わたしは今も、ナツ兄ぃが大好きなんだってことを。


 夕凪サン。ただいま、十四歳。
 ナツ兄ぃに置いていかれたあの日から、六年が経っていた。


 







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