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風が奏でる癒し唄
作:鮎坂カズヤ



第六話 : 悲しい唄


 陽が落ち、同時に夜のとばりが落ちた頃、月の光が一つの世界を作り出した。
 青白い光は大地と木々をつなぐ『境目』を消し、月は自らが生み出した白の世界を見渡すように、ゆっくりと空の頂点へと向かっていく。
 光によって生まれた影は他の影と混ざり合い、大きな黒い塊を作り出す。塊は自らを生んだ木々をも飲み込み、さらに黒を増築していく。
 光と闇。白と黒。二つの色が生み出すコントラストの世界。その世界のふちに、一人の少女が立っていた。

『…………』

 林の中で唯一、この世界の創造者である月の姿を拝める場所。木々が途切れ、空への視界が充分に開けたその場所。平原であるその場所には影を生み出す邪魔者もなく、少女は月の光をその身に浴びて、白と黒の世界へと足を踏み入れた。
 ――しかし。
 少女の色は変わることはなかった。全てを青白く染める月の光も、全てを黒く染める影でさえも、少女を染めあげることは出来なかった。
 肩まで伸びた髪を揺らして、少女は平原の中央へと立つ。空を見上げ、月と対峙する。夜の世界の創造者は少女にうろたえることもなく、ただただ世界を照らすだけ。

『…………』

 少女は何も語らない。瞬きすらせずに月を見上げそのまま微動だにしない。まるで何年も前からそうしているように、少女は風景の中に溶け込んでいた。
 瞬間、風景は乱れた。
 少女の口が小さく動き出す。呟きは風に紛れるほど小さく、その声はどこに届くでもなく掻き消えた。やがて呟きは唄へと変わり、少女の思いをのせた言葉が夜の世界に響いていく。
 それはとても悲しく、切なく、身を切り裂くような寂しさがこもった唄だった。



  ◇



「ユ〜レイ、ユ〜レイ、ユ〜レイヒ〜♪ ユ〜レイヒ、ヨロレイヒ〜♪」

 ナツ、その唄なんですか?

「ふっふっふ、ユーレイヒの唄だ。昨日テレビで変なおっさんが歌ってたんだ。ヨーデルとか言ってたかな? 多分この唄を歌ってると幽霊が良く出るって意味なんだろうな」

 ヨーデルは唄の種類であって、良く出るの『よう出る』じゃありませんよ?

「うそん! フカちゃん、それマジ!?」

 うん、マジ。

「ナ、ナツ……、お前、誰としゃべってんだよ? 本気で怖いからやめろよな」

 ナツとわたくしの会話を(実際にはナツの声だけを)聞いている健介くんは先程からビビリまくりです。それも無理はありません。ナツたちが探検しているこの林の中は、幽霊の声の発信源として噂の場所。彼らはそんな場所の真っ只中にいるのです。紀子ちゃんなんてブルブルと震えながらナツにしがみ付いてます。健介くんは顔を引きつらせながらも、さすがにナツにしがみつくのはプライドが許さないのか、腕組みしながら強がっています。周りの皆には彼が足ガクガクしてるのがミエミエなんですが、そこには敢えてつっこまない優しい面々なのでした。

「ねぇお兄ちゃん。ただ当てもなく歩いてたんじゃ幽霊とは会えないんじゃない?」
「ふっふっふ。そこらへんはぬかりないさ」

 そう言ってナツが虫捕りカゴから取り出したのはお手ごろサイズに切り分けられたスイカでした。あっ、スイカってもしかして。

「昼休みのうちに林のあちこちにスイカ置いといたんだ。あれからけっこう時間経ってるから、今頃幽霊がわんさかくっついてるぜ!」

 自信満々に虫捕り網を掲げるナツ。その姿を見つめる幽霊捕りメンバーの視線は、それはそれは冷たかったのでした。

「……ナツ、お前、幽霊をカブトムシかなんかと間違ってないか?」
「間違えるわけないだろ! ……ところでカブトムシって何?」

 カブトムシを知らないナツ。もちろんそれは、ナツが自然のまったくない未来で生まれたからなのですが、それを知らない健介くん&紀子ちゃんはため息です。はぁ、やっぱこいつ、バカなんだ、って感じです。

「ナツ先輩、幽霊はスイカ食べないと思うんですけど」
「じゃあ幽霊って何を食べんの?」
「えっ? え〜と、んと、……お団子とか?」

 小首を傾げる紀子ちゃん。頭の中にはお墓などにあるお供え物のお団子が浮かんでました。彼女の頭にも二つの左右非対称なおだんごがのっかっています。小首を傾げた拍子にプルンと揺れるおだんご。一同は「じゃあ幽霊が来るとしたら紀子ちゃんの頭の上だね」と心に思ってはいても口には出さないのでした。

「じゃあ幽霊が来るとしたら紀ちゃんのとこだね」

 サヤはあっさり言ってしまうのでした。

「いや〜〜! このおだんごはそのお団子じゃなくてぇ〜〜!」

 青ざめながらおだんごを解く紀子ちゃん。ヘアピンでまとまっていた髪は少しクセがついて、乱れ髪のような奇妙なウェーブがかかっています。ウェーブの隙間から紀子ちゃんの怯えた瞳がのぞきます。貞子顔負けです。

「こ、こわ……」

 おだんごを解いた紀子ちゃんにビビる健介くんは、さらに足をガクガクブルブルさせながら歩くのでした。器用だね。



  ◇



 幽霊捕りの面々が幽霊捜索を始めて一時間が経ちました。学園裏に広がる雑木林は結構な広さがあり、その全てを見て回るとなるとかなり時間がかかります。辺りは林の中ということもあってか、かなり暗くなってます。紀子ちゃんの怯え具合も、健介くんの足のガクブル具合も相当なものになってきていました。

「な、なぁナツ、そろそろ帰らないか? もう幽霊だって寝てる頃だと思うんだよ」

 現在時刻、午後八時。最近の幽霊は小学生よりも早く就寝するのでしょうか?
 健介くんの提案に紀子ちゃんもすかさず「うんうん!」と高速うなづきです。乱れ髪がさらに乱れるので、健介くんの足にはもう一つガクガクが追加されるのでした。

「う〜ん、じゃあ向こうの広場を見回ってから帰るか」

 ナツの言葉に健介くんと紀子ちゃんは大喜びです。さすがにナツも何も見つからない状態が一時間も続いて飽きてきたんでしょうか? 捜索途中、スイカから回収したカブトムシの方にもう興味が移っているようです。

 ―― ああ ――

 うん?

「あれ?」
「えっ?」
「……今、なにか聴こえなかった?」
「聴こえた。女の人の声。幽霊かな?」

 サヤの言葉に皆が反応します。かくいうわたくしにも確かに聴こえました。やけに寂しげな、女の子の歌声。

 ―― ああ 私はフライングマン ――
 ―― 哀れで滑稽こっけいなフライングマン ――

 また聴こえました! これはもう風の音とか枝がこすれる音などではありませんよ! 完璧に人の口から出る声です! 誰かの歌声です!

「うわ、うわっ! マジかよ! マジで幽霊がでたのか!?」
「うわ〜〜ん、お母さ〜ん!」
「……どこだ? どこから聴こえてくる?」
「お兄ちゃん、あっち!」

 サヤが言い終わる前に、ナツはその場所に向けて走り出していました。
 サヤが指しているのは木々が途切れた平原。月の光があらん限りに降り注ぎ、白く染まって見える草原。サヤたちがいるこの場所はこんなにも漆黒で染まっているというのに、その平原には眩いばかりの白が充ちていました。

 そこに、一人の少女がいました。

 平原に一人佇み、月を見上げ、誰にともなく歌うその姿はまるで一枚の絵画のようでした。ナツは白の平原のふちに佇み、その画をジッと見つめていました。まるで、その絵画と唄に心を奪われたかのように。
 その少女は真っ白でした。月の光に染まってしまったのか、それとも元からそうだったのか、あまりにも真っ白でした。月の光とて純白ではありません。どこか青であったり緑であったり、白さの中には他の色が混ざっているものです。
 しかし、少女は違いました。肩まであるその髪も、着ている服も、その瞳も、その肌も、全てが真っ白だったのです。
 少女はナツが見ていることにも気付かない様子で唄を歌い続けていました。とてもとても悲しい唄を、歌い続けているのでした。


 ――そう 私はフライングマン――
 ――記録に残らぬ者 記憶に残らぬ者――
 ――あらゆる瞬間を見て あらゆる季節を過ごして――
 ――あらゆる生を羨み あらゆる死を妬む者――
 ――そう 私はフライングマン――
 ――今までも そしてこれからも この運命は変わらない――
 ――この世で最も自由な存在 この世で最も縛られた存在――
 ――誰か教えてくれないか どうか応えてくれないか――
 ――この運命と呪縛から 解き放ってはくれまいか――
 ――ああ 私はフライングマン――
 ――哀れで滑稽こっけいなフライングマン――


 ナツはただただ、その悲しい唄をジッと聴き続けていました。







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