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第三十九話 : 希望に充ちた未来へのはなむけ
 
 人は自分の想像をはるかに超える事態を目の当たりにした時、思考が停止してしまうと言います。俗に言う「頭の中が真っ白になる」ってやつですね。
 そして今この場に約二名、そんな言葉がピッタリの状態の人が。

「な、なな、ななな……!」
『…………』

 瞳孔が開くくらいに目を大きくしたまま「ななな」を連呼するサヤ。頭が真っ白になっていると言うよりも、耳まで含めて顔中真っ赤になってます。そしてフゥも一体何が起こっているのかわからないと言った表情を浮かべてピクリとも動きません。白い瞳を見開いたまま呆然としています。
 ――ナツの突然のキス。
 風が止んだこの空間と静寂の中で、それは時間をも止めてしまったかのように長く、永遠に続くかのように穏やかでした。

「…………」

 ナツが唇を離します。
 相変わらず静寂は場を包んだままで、風の音さえも聴こえてきません。サヤの発する謎の言葉「ななな」だけが響きます。フゥも言葉が何も出てこないのか、離れていくナツの顔をジッと見つめているだけです。今この場で言葉を発することが出来るのは、一人を除いて他にはいませんでした。
 その一人がついに口を開きます。――サヤ以上に顔を真っ赤にさせながら。

「フ、フゥ。お、おちょ、おちょち、おち、落ち着いた、かよ?」

 ナツの方がテンパってんじゃないですか。

「う、うっしぇ!」
「な、なな、……な!」

 図星を付かれてどもるナツ。相変わらず『ななな』を連呼中のサヤ。顔真っ赤っかの日高兄妹なのでした。

『……ナツ。コレハ、ドウイウコト?』

 それに比べて無表情のフゥ。先ほどまではあんなに悔しそうだったり顔を歪めたりと感情をあらわにしていたのに、今はいつものような無表情に戻っています。……取り乱していた気を取り戻した、と言うことでしょうか?

『ワタシノネガイニ、コタエテ、クレルノデハ、ナカッタノカ? ソレトモ、ヤハリ、ウソダッタノカ?』
「……違う、ウソじゃない」
『ナラバ、ナゼ? ナゼ、ワタシヲコロサナイ? コロシテクレナイ?』
「フゥの願いに応える気持ちは変わらない。――でも、フゥを殺すことだけは絶対にしない」
『……イミガ、ワカラナイ。ワタシノネガイハ、ヒトツダケ。ナゼ、ソレニ、コタエテクレナイ? ナゼ?』
「それがフゥの本当の願いじゃないから」

 ナツの一言がまたも時を止めます。
 何度も何度もフゥが言っていた望み――『死を得ること』。サヤも、フゥ自身も、先ほどナツに話を聞くまでのわたくしも、その望みに偽りはないと思っていました。『絶対孤独』の運命を終わらせること。それこそがフゥの望みだと、わたくしたちは誰もがそう思っていたのです。
 悩んで、苦しんで、考えて――ついにナツはその言葉の裏にあるフゥの本当の望みに気付いたのです。

『ワタシノ、ホントウノ、ネガイ……?』
「ああ。フゥの本当の願いは……『生きる』こと。一人ぼっちなんかじゃなくて、皆と一緒に生きていくこと。そうだろ?」
『――ッ!』

 フゥが『死』を望んだのは、生きていた証を得るためでした。
 フゥが『死』を欲したのは、『絶対孤独』の呪いから解き放たれたいがためでした。
 それらに共通するのはただ一つ。それこそがフゥの本当の望み。そしてそれは、ナツの望みでもあったのです。

「フゥの言った通り、俺は近いうちに未来へ還る。もしかしたら、フゥのことも忘れてしまうかもしれない。――でも! 俺は絶対に思い出すから! フゥのことを思い出すから! 思い出して、フライングマンの運命ってやつを打ち破ってみせるから!」
『フライングマン、ノ、ウンメイヲ、ウチヤブル? ……ソンナコト、デキルワケガ、ナイ』
「やってみなきゃわかんねぇだろ! だって俺はフゥとこうして出会えたんだ! 出会うはずのないフライングマンと、俺は出会えたんだ! フライングマンの運命を打ち破る方法だってきっとある!」
『……ソンナ、モノガ……』
「――ある! 絶対にある! 俺の残りの一生の時間全部を使ってでも、絶対に見つけ出してみせる! だから、俺を信じてくれないか、フゥ」
『…………』

 フライングマンの運命を打ち破る。そんなことなど考えたこともなかった。『絶対孤独』の呪いを解く方法は、自らの死を持って以外ありえない。――フゥはそう思っていたことでしょう。
 何事にも何者にも干渉できず、されない存在。その存在に気付いてもらうことすら困難を極める存在。『世界の意思』が作った正常な歴史と、派生してしまった歴史との狭間でさまよえる者。『世界の意思』によって正常な歴史から排除された者、――フライングマン。

 フライングマンの運命を打ち破るとはつまり、『世界の意思』に反すると言うことでした。

 それがどれだけ無謀なことか、どれだけ危険なことか、フゥにはよくわかっていました。抗うことなどできないからこそ、フゥは『死』を望んだのです。運命から逃げることを、フゥは選んだのです。――いつかの愛海さんと同じように。

『……シンジラレナイ、ト、イッタラ、ドウスル?』
「それでも信じてもらう! 信じてもらうまでなんだってするさ!」
『……モシ、ワタシノコトヲ、オモイダサナカッタラ?』
「強い思いはフライングマンの呪いも打ち破る。それはフゥの《言霊》で実証済みだろ? 俺、結構ガンコなんだぜ。思い込んだら何が何でも絶対に成し遂げる! だからフゥのことも絶対に思い出す!」
『……モシ、イッショウヲ、カケタトシテモ、ソノホウホウガ、ミツカラナ、カッタラ?』
「う〜ん、そうだな。そん時は――あの世で神様にケンカ売ってくる! 『フゥを今すぐ元に戻せ』ってな」

 とても真剣な顔でそう言うナツに、フゥは言葉を失いました。
 どこまでもまっすぐで、ふざけてるのかと思うくらいに真剣で、信じられないほどに純粋でバカなナツ。そんなナツの言葉だからこそ、その言葉はフゥの心に響きました。

『……シンジテ、イイノ?』

 先ほどと同じ言葉を繰り返すフゥ。ただ一つ違うのはフゥの表情。そこにはあの笑顔が――ナツが『守る』と誓ったフゥの笑顔が浮かんでいました。
 そんなフゥの笑顔に負けないくらいの清々しい笑顔で、ナツが返事を返します。

「――ああ!」

 ナツのその返事と共に、中央広場に風が吹き始めます。夏の到来を感じさせる暖かな南風が三人を包みます。
 それはまるで、止まっていた時間が動き出したかのように――
 希望に充ちた未来への旅路のはなむけのように――
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