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風が奏でる癒し唄
作:鮎坂カズヤ



第一話 : 日高家の日常


 天気、雲ひとつない快晴。
 季節、アルファルトで舗装された道路が少しゆらゆらするくらい真夏。
 そして日高家、……相変わらず。

「よし、行くわよ」

 スニーカーの靴ひもをぎゅっと締め、すでに待機中の二人に宣言する女性。
 その顔は一点の迷いもない真剣な表情。その手には焼きたての食パンがぎゅっと握りしめられているのでした。

「ミ、ミオ姉ぇ、ホントにやんのか? マジのマジすか?」
「大マジメよ。略して大マジよ」
「あまり略す意味ないと思う」
「お、オレ、こんなことやるの生まれて初めてなんだけど」
「あたしだって初めてよ。でも、みんなで揃って初体験の感動を味わえるのって、なんだかそれだけでうるっとこない?」
「く、くるかも!」
「こないと思う」
「サヤ、つべこべ言わない! さぁ、行くわよ! これを乗り越えればあたしたちはその瞬間から一つ大人になるのよ! 大人の階段三段くらい飛び越しちゃうのよ!」
「マジすか!?」
「逆に下ってると思う。十段くらい。しかも真っ逆さまに」
「さぁ! 扉は開かれたわ!」
「うぉー、いっくぞー!」
「……わたしもやんの?」

 妙にやる気のある二人と気だるさ全開の一人は、玄関の扉を開いて思い切りダッシュです。
 時刻は八時二十分。三人が向かおうとしている学校の登校時間は八時半まで。日高家から学校に到達するまでの三人の自己ベスト記録は十分。つまり、めっさギリギリです。

「二人とも、ちゃんとくわえてる!?」
「当たり前っ! ぬかりはないさ!」
「……うぅ、恥ずかしい」

 ぬかりがないのが日高家長男、日高ナツ。食パンの角をくわえています。
 恥ずかしがっているのが日高家長女でナツの妹、日高サヤ。同じく食パン。
 そして一番乗り気の女性が卯月ミオ。ナツとサヤの従姉。激しく食パン。
 三人は食パンをくわえ、はぁはぁひぃひぃと、ミオに至っては少し服がはだけた状態で猛ダッシュです。昔の漫画であったようなシュールな画なのでした。

「そりゃそうよ! 漫画見て思いついたんだから!」
「おおっ! オレらの時代じゃこんな斬新なスタイルで登校する奴なんてめったにいねぇもん! ってか、まったくいねぇもん! 帰ったら絶対みんなに自慢できるってコレ!」
「わたしもやったって絶対言わないでよ、お兄ちゃん! うわぁぁん」

 ミオさんとナツは笑顔です。めっさ笑顔です。これ以上ないってくらいの輝かんばかりの笑顔です。
 サヤは泣いています。激しく泣いてます。走った跡に涙が真横に伸びてます。うん、シュールだ。
 そしてそんな三人を見つめているのがわたくし、『俯瞰の目』。通称『フカちゃん』。以後お見知りおきを。

「ミオ姉ぇ、なんで服はだけてんの!? さっきまでちゃんと着てたのに!」
「わかんない! でも昨日読んだ漫画の主人公はこうやって服はだけてたの! きっとこれが正式なスタイルなのよ!」
「なるほど! ぬかりねぇ!」
「もぅ! フカちゃんもなんとか言ってよ! あの二人、まともじゃないよ絶対!」

 そんなこと言われても。わたくし、ただ見守るだけが仕事ですので。

「もう、役立たず! 死ね! 一人で未来へ帰れ! もう絶交!」

 絶交されてしまいました。
 さて、先ほどからわたくしたちの会話に何か不自然な点があったのを皆さんも感じたと思います。――え? なんでパンをくわえてるのかって? それは大した問題じゃありません。許してやってください。だって彼ら(主に二人)はほんの少しだけ、この時代における常識がないのですから。
 ごく普通の住宅街から、ごく普通の学校に通う、ごく普通の見た目の彼ら。しかし、ただ一点だけ、彼らは普通の人とは違うある事情を抱えているのです。

 なんと彼らは ――― 未来からきた、未来人だったのです。

 ……と言っても、特に特殊能力があるわけでもなく、特に秀でた才能があるわけでもなく、特に挙げるべき過去もない、ごく普通の一般人であることには変わりありません。ただ、未来からこの時代にやってきた人たち。それだけなのです。
 なぜ未来人である彼らがこの現代にいるのでしょう? それには、……特に深い事情はないのです。従姉のミオを含めた日高一家がこの時代にやってきた背景には、こんな事情があったのです。



   ◇



 話は半年前に遡ります。いや、未来での話だから『遡る』ではなく『進む』のでしょうか? ……どっちでもいいですね。とにかく、遡るんです。
 ナツは家でテレビを見ていました。どこにでもあるごく普通のテレビです。テレビの上にある棒はアンテナです。時間を遡る時代になっても、まだ室内アンテナは存在するのです。することにしといてください。とにかく、ナツはテレビ番組を見ていたのです。
 コマーシャルが流れました。時間を遡る時代になってもコマーシャルは(以下略)。……そしてその時! ナツは見たんです! 見てしまったのです!
 その、『家族で過去旅行プレゼント』のコマーシャルを!

「すげぇ! やばすぎ! 過去旅行なんて金持ちしかいけない夢の旅行じゃん!」

 ナツははしゃぎました。そりゃもう大はしゃぎです。
 そのコマーシャルは大手お菓子メーカーが企画した『お菓子の袋についてるバーコードを十枚集めて送ると抽選で一家族だけ過去旅行ゲッツゲッツ!』という、ちょっと古めのギャグを二度も言ってくるイタイ宣伝だったのですが、これを見たナツは激はしゃぎです。
 元々ナツは好奇心旺盛でした。小さい頃には卵を電子レンジに入れて爆発させるなんて序の口で、どうやって電子レンジを卵に入れようかと考えるくらいブッとんでましたし、妹のサヤが生まれた時には、自分も子供を産もうとして怪獣のぬいぐるみを丸呑みしたりしました。怪獣を産むつもりだったんでしょうか? 真相は今も謎のままです。知りたくもないし。
 さて、そんな好奇心旺盛でちょっとおバカなナツ。激はしゃぎな彼は全財産をつぎ込んでそのメーカーのお菓子を買いまくりました。しかし、やっぱりそこはまだ中学生。いくら全財産と言ってもせいぜいダンボール一ケース程しか買えません。
 そこで登場するのが従姉で社会人のミオさんです。ナツと同じく好奇心旺盛な彼女は、自分のお金を一切出すことなく、ナツの両親をうまいこと口車に乗せて資金を調達し、なんなくお菓子五十ケースをゲッツしたのです。あ、言っちゃった。
 さて、そんな風に資金をやりくりしながら、有り余るお菓子と格闘しながら、サヤから冷たい視線をビシバシと浴びながら、ついに彼は完食したのです! あ、いや、応募したのです。
 すると何の日ごろの行いが彼に幸福を与えたのか、過去旅行なんて誰もが振り返る夢の企画に、お菓子の食べすぎでおなかを壊すほどの量とは言え、たかだか五十ケースほどの応募数で当選するなんて誰が予想できるでしょうか! 一体なぜだ! ゲッツのせいで応募数が低かったのでしょうか!? ……どうやら本当に偶然だったようです。
 こうして、ナツ一家とそれに便乗したミオは過去へとやってきたのでした。
 過去滞在期間は三ヶ月。いろんな大人の事情うんぬん、記憶操作情報操作うんぬんで好きなシチュエーションが選べるということで、彼らが選んだシチュエーションは以下の通りでした。

 ナツ……小中高一貫の学園の中学生
 サヤ……同じ学校の小学生
 ミオ……その学校の教師(ナツのクラスの担任)
 ナツの両親……ただの人

 当たり障りなさすぎだろオイッ! 特に両親! ただの人ってなんだよ! という、どうにもこうにも欲のない日高家でした。
 しかし、いくらシチュエーションが自由とは言え、行き先は過去なのです。彼らの住む未来はこの過去の出来事の積み重ねの上にあるのです。その積み重ねに不自然なパーツが一つでも余分に挟まったり、抜かしてしまったりしては上に立つ未来が成り立ちません。
 そこでお目付け役のわたくし、『俯瞰の目』のフカちゃんの登場です。彼らが未来を壊さないよう、余分な歴史を付け加えないよう、監視兼歴史の調整役を担っているのです。実は結構重要なポジションなのです。えっへん。もちろんわたくしの姿は日高家一行にしか見えませんが、野球ボールくらいの大きさで、黒くてまん丸で、大きくてキュートな一つ目がくりんくりんしているというなんとも可愛らしい姿かたちなのです。なのに日高家の連中の初対面の台詞ときたら。

「……気持ち悪い」

 まったく失礼な方々です。



  ◇



 さて、彼らの事情を振り返ってる最中にもう学校が見えてきました。食パンの効果でしょうか? 彼らのベストタイムを更新しそうです。がんばれ、みんな! 負けるな、みんな! 校門はすぐ目の前だ!

「フカちゃん、もう学校だから黙っといて!」

 ……ナツに注意されてしまいました。あのナツに。そう、あのナツに! おバカなあんちくしょうのあのナツに!
 ―――ガンッ!

「うるせぇっ! 殴るぞ!」

 殴った後に『殴るぞ』と言うこのナツに!

「しつこい!」

 こうして、お魚くわえたドラ猫よろしく、食パンくわえた日高家の面々は今日も相変わらず元気なのでした。
 季節は夏。セミに負けないくらいにナツが騒ぎまくる、そんな季節。
 彼はこの時代で一人の少女と出会うのです。
 物悲しくも儚げな、その身に孤独をまとうある少女と出会うのです。
 それは、彼のこの先の道を決定付ける、まさしく運命の出会いでした。


今までに読んだいろんな話をいろいろごちゃ混ぜにしたような話です。明るく切なくテンポよくを目指して話を進めてみたいと思いますので、興味のある方はちょこちょこ読んでやってください!コメントなんかも頂けると作者が喜びますので、ぜひ♪






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