その日は、とても寒い、だが、満月の綺麗な夜だった。
そんな月明かりの下で行われた怪盗キッドの犯行は、
やはりいつものごとく、警察を完全に手玉に取った華麗なるものだった。
月下の奇術師の名にふさわしい、ショーのような犯行。
予告状を警察やマスコミなどの関係者に送る大胆な姿勢。
そして、いつもファンを魅了してやまないマジックショー。
パトカーのサイレンが鳴り響く辺りから200mほど離れたビルの屋上に、
警察が必死になって追いかけている彼、怪盗キッドはいた。
もっとも、警察が現在必死になって追いかけているのは、怪盗が放ったダミーである。
愉快犯かと思われるような真っ白なシルクハットとマントにスーツ、
そして青のシャツに赤いネクタイが風に揺れ、
右目にはトレードマークともいえるモノクルをつけた怪盗キッド特有の出で立ち。
同じように白い手袋をつけた両手は、数々の魔法を生み出し、
いつも人々を魅了してきたマジシャンの手。
今、彼の右手には今夜の怪盗の獲物であり、戦利品となったサファイアが握られている。
そのまま頭上へと流れるように上げ、
月明かりの下に翳したとき、彼の表情は変わった。
蒼く輝くサファイアの中に、赤く光る『モノ』。
「これ、が……」
小さく、風に紛れてしまいそうな声で怪盗が呟く。
怪盗キッドとして、今までいくつもの宝石を見てきた。
今回も、今までと同様に特別な期待は持っていなかった。
しかし、今回は違った。
「これは……残念ですが、返却は出来ませんね」
怪盗キッドは、盗んだ物を返すところも有名だった。
それゆえに、愉快犯だと言われるのだが。
その時、背後で階段を昇ってくる足音が聞こえてきた。
よく知った気配に、怪盗の口元に笑みが浮かぶ。
「キッド!」
幼く鋭い声が響いた。
クルリと振り返り、胸に手を当て礼をしつつ
「こんばんは、探偵くん」
と挨拶をする。
『探偵くん』と呼ばれた彼は、いつもかけているメガネをしておらず、鋭く怪盗を睨む。
『江戸川コナン』という偽りの名で生活している彼は、キッドキラーと呼ばれるほどの腕の持ち主であり、
本来の姿であれば、日本警察の救世主と叫ばれるほどの名探偵となる。
「どうだったんだ!?」
短く問う探偵に、
「えぇ、当たりのようです」
と、やはり短く答える怪盗。
「! それじゃぁ……」
返ってきた返事に、驚いて目を見開く。
「はい。今日で私はいなくなりますね」
何事でもないように言っているが、
それは、単身で組織に侵入し、父親の仇を討つということ。
もちろん、命の保障など全くない。
「ですが、それは名探偵も同じでしょう?」
と、今度は怪盗が問う。
「あぁ、偶然だがな」
自分を苦しめ、周りを苦しめてきた組織を倒す段階にようやく辿り着けたのだ。
明日『江戸川コナンの母親』が『コナン』を引き取り、
アメリカに行くということになっている。
学校には、転校届けも出し、世話になった毛利親子にはきちんと別れを告げ、
今夜は博士のところに泊まっているのだ。
だからこそ、今この場にいることが出来ている。
「共同戦線を張ってから、1ヶ月半ですか……。早かったですね」
「あぁ、そうだな」
怪盗は、調べていくうちに互いの組織が深いところで関わりあっていることを知り、
探偵に持ちかけたのだ。
「共同戦線を張らないか?」と。
探偵は驚きつつも、怪盗の腕は信用できるものがあったので、快く了承した。
それからは、ただただ情報を集めるのに専念した。
怪盗の目的も知った。
だが、正体は聞かなかった。
全てが解決した後で必ず聞くという約束をしたから。
素顔を見ることも出来たんだと思う。
もちろん、情報を集めている最中もあの白い格好で来られては困るから、
探偵は、変装でもいいから普通の格好をしろと申し出た。
そしたら怪盗は、何の真似か、探偵の本来の姿に変装などしてみせ、
探偵の怒りを買ったのだが。
「明日からはお互い大変ですね」
「だが、必ず戻ってくるんだろ?」
「もちろんです。名探偵もでしょう?」
「当たり前だ。それじゃぁ……気をつけろよ」
「そちらこそ。では」
POM☆
軽快な音と共に怪盗の姿は消えていた。
すると、頭上から1枚のカードが降ってくる。
「ん?」
手に取ると、最後までキザな文章と独特の顔。
素早く目を通し、
「フッ……。了解」
と不敵な笑みと共に呟き、ビルをあとにした。
その日を境に、怪盗キッドの犯行はピタリと止んだ。
サファイアは返ってこなかった。
そして、江戸川コナンと名乗っていた少年は、アメリカへと旅立った。
いつか、偽りのない本来の姿で再会するために。
『再会は
お互い嘘をついた
あの場所で
怪盗キッド』 |