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家族の朝と困った贈り物





麗しいイブメリアの夜が明け、清廉に輝く雪の朝が訪れた。



あんなに素晴らしい夜を過ごしたのに、夜が明けてもまだイブメリアだと思うと心が弾む。



窓の外で降る雪の影が、はらはらとカーテン越しに床に落ちる。

ネアはむくりと起き上がると、隣でくしゃくしゃになって眠っている魔物の頭をそっと撫でた。



(柔らかい……………)



宝石を紡いだような髪なので硬く思えるのだが、触れるとさらりと柔らかいのだ。

その手触りはネアの好きなもふもふふかふかとした生き物たちとはまた違う、特別な宝物の手触りである。



(…………最初の書類が戻ってきたから、今はもう薬の魔物という肩書きは、差し止め中なのだわ…………)



そう思うと、もう今迄のように薬作りをしなくなるのだという寂しさに襲われた。

ネアは特等の魔物の指先から美しい薬瓶が生まれるあの瞬間が、とても好きだったのだ。



(でも、今朝までには必ず、あの契約書を差し戻さなければならなかった。…………今日はイブメリアだから…………)



少し寂しいけれど、それでもこの魔物はネアという歌乞いの契約の魔物なのである。

そう思うと胸があたたかくなり、また眠っている魔物の髪を撫でる。



そんな風に撫でても、珍しくディノは目を覚まさなかった。



昨晩は余程嬉しかったらしく、じたばたきゃっきゃして眠らないので、最終的には、健やかな朝食の為に早く寝なければならぬとご主人様に叱られてしまい、叱られたことも嬉しかったのか、目元を染めてもそもそと眠った魔物である。


さりさりっと頭を撫で、すやすや眠っている姿に頬を緩めると、ネアは寝台を降りて顔を洗いに行った。



ウィームの冷たく澄んだ水で顔を洗い終わる頃には、隣からご主人様が逃げたと悲しく訴える魔物が探しにきたので、共に身支度をして朝食の席に向かう。





「……………エーダリア様、お顔が……………」



そしてそんな朝食の席で、ネアはエーダリアの顔を見るなり、思わずそう声を上げてしまった。



本日は、朝から大聖堂でイブメリアの儀式がある。


エーダリアは既にその装いに身を包んでおり、夜明けの雪から紡いだ糸の刺繍がある白水色の正装姿に、さすがに今は脱いでいるものの同色のケープを羽織る。

部屋の隅に置かれた椅子にかけられたそのケープの縁取りは、ふくよかな青緑色と青紫色の装飾模様の刺繍に宝石を縫い込んだ豪奢なものだ。


ところが、その美麗な装いに美貌の元王子的な澄ました顔をしているべきエーダリアは、如何にも寝不足ですという顔をしており、イブメリアの朝食の席らしからぬよれよれ具合である。

隣のヒルドが静かに怒っているような気がするので、既に叱られた後だろうか。


ノアにいたっては、寝坊したのかまだ会食堂に現れていないようだ。



「…………さては、夜更かししましたね?」

「そ、そんなに、疲弊した風に見えるだろうか………」

「見えるも何も、明らかに殆ど寝ていない人のお顔ではないですか。今夜のそり遊びで倒れてしまわないか心配です」



ふぅっと溜め息を吐き、ヒルドがどうしてこうなってしまったのかを説明してくれた。



「昨晩は、いただいたディノ様の祝福の花を、大事に観察されていたようです。恐らく、熱中し過ぎるあまりに寝そびれたのかと………」

「………………まぁ。………申し訳ありません、私の管理不足でした。エーダリア様には、明日あたりにあげれば良かったですよね…………」

「いいえ、こちらこそお二人の慶事に水を差すようで申し訳ありません。本人がしっかり管理すればいいだけなのですが、そのような責任感が抜け落ちてしまっていたようですね」

「ヒルド……………」



エーダリアの言い分としては、疲労解消の魔術薬があるので、それを飲んでイブメリアの儀式に向かうつもりであったらしい。


とは言えヒルドからしてみれば、そのようなものを使ってまで仕事をするのはあくまでも有事の際のみであり、日頃の仕事は自分の責任において体調管理をするようにと言いたいようだ。


ネアはくすりと微笑み、そんな主従であり、兄と弟でもあり、師と弟子でもある贅沢な二人を眺める。


エーダリアが普段、どれだけ禁欲的に、そして心を傾けて執務に従事しているかを、ヒルドはよく知っている筈だ。

それでも時折の無理をこうして叱るのは、大事なエーダリアを心配したヒルドなりの愛情なのだろう。



「ふぁぁぁ。…………イブメリアくらいは、羽目を外すのもいいと思うよ。僕も一緒だったしね。…………あ、でもイブメリアが一番の祝祭な訳か。僕は久し振りにデートのない伸び伸びとした夜を過ごしたよ。あんなにたくさんボ…………………ぼーっと出来たなんて、幸せだったなぁ」



遅れて部屋に入ってきたノアは、どうやら昨晩はボール遊びをして貰ったようだ。

うっかり部屋にアルテアがいることを失念していたようで、口を滑らせかけた後、数々の女性問題の荒波を乗り越えてきた男性らしく、巧妙に言い換えた。



「…………ネイ。あなたも、もう少しきちんとした服装をするべきだとは思わなかったのですか?」

「うわ、僕も叱られた。……………ねぇ、ネア。僕の髪の毛が変なんだけど……………」

「あらあら、後ろ側の結び目に、ひと房おかしな感じで入り込んでいますよ。ちょっと待っていて下さいね。………………はい。これで引き攣れて痛いところはありませんね」

「うん。…………こりゃいいや、毛先が揃ってるぞ…………」

「普通に結べばこうなるのに、なぜノアは一本結びが出来ないんでしょうねぇ………………」

「何でだろうなぁ…………」


ネア達より早く席に着いていたアルテアからは呆れた目で見られているが、ノアは相変わらず、魔術の分野では器用なくせに髪の毛を結ぶのだけは不器用になってしまうらしい。

料理もお肉を上手に焼く以外のことは不得手としているので、それぞれの特性があるのだろう。



「アルテアさんも寝不足に見えますが、…………何か夜中に悪さを……」

「その目をやめろ。誰のせいだと思ってるんだ」

「……………む?……………むぐ。盗み聞きで弱ってしまっていても、その体調不良には責任を持ちません」

「…………アルテアなんて」

「ネア、自己責任だから気にしなくていいぞ」



そう朗らかに微笑んだのはウィリアムで、今朝は朝早くから、グラスト達と何か朝の鍛練的なことをやっていたようだ。

ウィリアムはグラストとの相性や、リーナと仲が良いようで、そのような相性の差があるのも面白い。


高貴な軍人の休日のような白を基調とした服装は、窓の外の雪景色に相まって、その色相の淡さがなんとも上品である。


剣を構えた時に感じる冷淡な終焉らしい色香とはまた違う、透明な美貌が際立つ。




「……………鶏皮様」



そして今年も、この祝祭回りのそれぞれのお料理を小分けに乗せてくれているイブメリアの朝食は、お皿の上に素晴らしい島を幾つも作り上げていた。


飴色にふんわり色付いた皮目が珠玉の一品の香草焼きのチキンは、何とも分っていらっしゃるという最良の皮の部分がお皿に鎮座している。


勿論、かつてない香草の香りが至福のローストビーフや、大感動のもっちりチーズと鮭とジャガイモのミルフィーユグラタン、今回は覆いなくお皿の上に一緒に乗せられているものの、生海老の薫香づけなどもあるので、アルテアの心にも響く朝食に違いない。



「おい、弾み過ぎだぞ……………」

「く、栗のおかずパイまであるのですよ?」

「はは、アルテアは意地悪だな」

「………………おい」


一口サイズの栗のおかずパイは、お口直しに出て来た時にあまりの美味しさにネアは身震いしてしまい、ゼノーシュと一緒にその感動について語り合ったものだ。

素朴な甘さの栗とじゅわっと旨味が口に広がる刻みサラミをパイ生地につつみ、焼き上がった後に糖蜜をかけたものがこの栗のおかずパイである。



(でも、ゼノの視線はやっぱりケーキみたい…………)



微笑んでそう眺めるのは、テーブルの真ん中に乗せられたイブメリアの白いケーキだ。


領主館のケーキだからと無駄な装飾をかけられず、白い生クリームと上に乗せられた真っ赤な果実の美しくもシンプルで間違いなく美味しいケーキが、イブメリアには登場する。



(今年のケーキは可愛い………!)



ケーキの上には、苺と木苺類の赤い果実がふんだんに乗せられていた。

つやつやと光るその果実は、苺が薄くスライスされて薔薇の花を模してあるのに対し、粉砂糖を振られたラズベリーやフランボワーズはどこか素朴さを感じられる配置だ。


その絶妙さから、真っ赤な薔薇の花を乗せた素朴なケーキのように見えるのが小粋ではないか。


側面にはまるで蝋燭が溶けたような生クリームのとろりと垂れる表現があり、お皿に面している下の部分には、優雅な模様のある白いリボンをくるりと巻いたように見せるクリーム装飾がある。




「……………じゅるり」

「ネア、ケーキが食べたいのかい?」

「い、いえ、お食事の後にこそ美味しいケーキなので、その順番通りにお腹に入れたいのですが、あまりにも美味しそうで可愛いケーキなので、つい凝視してしまいました」



そう言って微笑みかけたネアに、ディノはぼふんと赤くなってしまい、またしてももじもじする。

期待に満ちた眼差しで海老を一尾お裾分けされたので、ネアは代わりに薔薇のように盛り付けられたハムの一枚を差し出した。



「……………ネアが、特別で可愛い」

「わーお、これ、…………もっと進めても受け取れるかな…………。シル、今でももういっぱいいっぱいじゃない?」

「ネアだからね」

「…………謎めいています。…………む!これは雪菓子をふりかけたチーズ!」



あたたかいスープは、ふと最近飲んだスープを彷彿とさせたので、料理人があのスープ専門店に行って来たのだろうか。




「僕ね、グラストから雪用の帽子を貰ったんだ。大事にするよ」



そこで、イブメリアの朝食恒例の贈り物の話が始まった。

ゼノーシュはそろそろケーキに取り掛かるので、風習を早く済ませてしまおうとしたのかもしれない。



「まぁ、それはとっても素敵ですね。ゼノの頭を守ってくれるなんて、グラストさんはなんて優しいんでしょう」

「外の仕事の時に寒そうに見えたんだって。僕はグラストにコートをあげたの。僕じゃないのに、グラストにコートをあげようとした人間がいたから…………」

「ゼ、ゼノのお顔が!」

「はは、あれは断ったから安心していい。任務で関わっただけの女性から、さすがにあんな高価なものは受け取れないからな」


どうやらグラストは、任務で助けたご婦人から、竜革の高価なコートを贈られそうになったらしい。

採寸などが必要だったお陰で事前に断れたそうで、ゼノーシュにとってはとても深刻な事件だったようだ。



「私は、ディノからこんな素敵な贈り物を貰ったんですよ。…………これです!」

「も、持ってきたのだな…………」

「…………あの海辺か……………」

「ええ。なんて綺麗なんでしょう。私が、去年ディノに貰った飾り木のものを大事にしていたら、今年は夏の間も飾れるようなものをくれたんですよ」



ネアは、お行儀悪くごとりと机の上に出した置物を自慢し、ふんすと胸を張った。

それは、とある海辺の風景を閉じ込めた置物で、あまりにも綺麗でずっと見ていられるほどなのだが、今は季節柄昨年の飾り木のものを見ていたくもあり、どちらにしようかとたいそう心を騒がせる贈り物だ。



ざざんと、小さなドーム状の水晶の入れ物の中で淡い色の波が揺れていた。


寄せては返し、その砂浜には細やかな紫の花を咲かせた植物があり、えもいわれぬその色彩を更に引き立てる。



(イブさんのお家のあった、あの海辺………)



柔らかな光を透かす曇天の空が波間に映り、灰色の空からは時折優しい雨が降る。

よく似た品物であるフィンベリアは化石のようなものなので、既に結晶化した過去の事象のみに限られるが、あの海辺は既存のフィンベリアにはなく、あわいに残るばかりの特別な景色でもう地上には残されてはいないものだ。



海竜の戦では色々なことがあったが、それでもこの景色はネアのお気に入りで、時折夢にも見てしまうくらい。


だからディノは、その景色に心奪われたネアの為に、そっくりの景色をこの置物の中に作り上げてくれたのだった。


昨晩は契約書周りでばたばたしたので、ディノからの贈り物はお部屋で貰った。

一人でその嬉しさを抱えきれず、みんなに見せてお披露目が終わったところでいそいそとしまい、お気に入りの贈り物が入った首飾りをむふんと押さえる。



そんなネアに、こちらを見て微笑んだのはウィリアムだ。


紅茶党の多いリーエンベルクでは珍しく、イブメリアの特別な珈琲を飲んでいて、給仕妖精自慢の森結晶のカップがふくよかな緑色で美しい。



「ネア、今年の贈り物も、素晴らしいものだった。有難うな」

「ふふ。ウィリアムさんにはもうあれしかありません。素材も特殊ですし、とびきりの祝福が込められているので、頼りにして下さいね」


ネアがウィリアムに贈ったのは、ポケットに収められるくらいの大きさだが、扱いようによっては、男性でも何とか武器に出来るくらいのサイズの小振りなナイフだった。


狩りの獲物などから素材を集め、刃物を鍛える作業は職人街の職人に任せている。

柄の部分には失せ物探しの結晶石も嵌め込まれているので、そちらも便利に使える仕様だ。


これは、ウィリアムが何らかの理由で魔術を扱えなくなった場合に手助けとなるようなものとして、ディノにも相談して作ったもので、武器の贈り物は魔術の結びが危ういのでと、ディノを介して贈って貰った。



(去年は蓄えたり備えたりするものにしたから、今年は武器にもなるお道具にしてみたけど、喜んでくれたかな………)



こちらはどうかなとじっと隣を見ると、アルテアがふっと片方の眉を持ち上げた。



「タルトはまた今度だと話さなかったか?」

「あのナイフも使えそうですか?」


そう尋ねると呆れたように息を吐く。


「悪くはないな。持ち手を星木槿にしたのはなかなかだ」

「ふふ、その木は、お店の方の一押しだったんです。魔術を潤沢に持つ方であればあるほどその手に馴染むそうなので、私には難しいそうですが、アルテアさんには良さそうだなと思いました。あのナイフを使って、私に林檎のタルトを作ってくれると信じていますね」


アルテアに贈ったのは料理用のナイフで、星木槿の柄と月雫の台座で鍛えられた特別な刃のお陰で、扱いたい大きさに自由に変えることが出来る。

ただし、これも使い手が潤沢な魔術を持っていることが条件なので、本当に大きさが変えられるのかはディノに試して貰った。


普段はペンくらいの大きさにして携帯出来るので、有事の隠し武器としても役に立つし、野外での料理にももってこいではないか。



「僕はペーパーナイフだよ。ほら、厄介な手紙が届くこと多いからだって。いざという時は、僕の身代わりになってくれるんだ。凄く大事にされてるよね!」

「おや、それよりもまず、そのような手紙を貰わないように注意するべきでは?」

「…………エーダリア、ヒルドが虐めるんだけど…………。ありゃ?」

「エーダリア様、なぜポケットを押さえたのでしょうか?」

「ヒルド………」



思わぬ時に話しかけられ、先程ネアから渡されたばかりのイブメリアの贈り物をしまったポケットを押さえてしまったエーダリアは、ぎくりとしたように視線を彷徨わせる。



「ネア様、エーダリア様には何を贈っていただいたのでしょうか?」

「アルテアさんのお宅にあったものを作った工房をようやく見付けたので、困った魔術の癒着をちょきんと切れる鋏にしました」



ネアがそう言うと、アルテアがはっとしたようにこちらを振り返る。


ネアはちょうど、一足先にケーキに辿り着いていたゼノーシュに続いて、イブメリアの素敵なケーキをお皿に取り分けたところだった。

お皿の上の素敵なケーキに、目をきらきらさせる。




「………引き剝がしの鋏か?」

「はい。…………むぐ。ケーキが美味しいです!…………あの鋏をとても自慢されたのを賢い私は覚えており、これは是非にエーダリア様にもと思ったのです。…………アルテアさん?」

「あの職人をどうやって口説き落とした?俺の時は、五年はかかったぞ………?」

「最初は頑固でしたが、避暑地の森で拾ってきた綺麗な石を見せたところ目が虚ろになってしまい、好きなだけ作ってくれるととても素直になりましたよ?」

「わーお、それって何の石だったんだろう…………」



この鋏は、呪いなどの切断は出来ないが、こんがらがった魔術同士の癒着を切ってくれる。

複数の属性や資質が絡み合う困った魔術の癒着事故は存外に多く、魔術師であるエーダリア垂涎の、伝説の魔術道具である。



「…………そのようなものであれば、身に付けていても構いませんが、そのままポケットに入れるのはおやめ下さい」

「ああ。落とさぬようにしなければだな!」



ヒルドが許してくれたのでほっとしたのか、エーダリアは貰った鋏を早速ノアに自慢している。

その鋏を作った職人がヨシュアの系譜の妖精だと知ったネアは、イーザにお願いして、工房に案内して貰ったのだった。

イーザには、帰りに素敵なランチをご馳走したので、それは勿論、ディノが魔術の繋ぎを切ってくれた。



「私は、この髪留めをいただきました。早速使わせていただいております」

「え、…………髪留め?!ヒルドだけ装身具なんだけど!」

「ヒルドさんは、お部屋を見るとあまり余分なものは好まない感じでしたので、あっても邪魔にならない品物を挙げて貰って、その中から贈るというずるをしてしまいました…………」

「雪森結晶と月光銀の髪留めですね。とても気に入りましたので、大事に使わせていただきます」

「ヒルド…………」



エーダリアが遠い目をして、隣のノアと顔を見合わせる。


当初、ディノが髪留めな贈り物に荒ぶりかけたので、実は、装身具ではなく守護の品物として作られている。

友人や家族に、生活に役立つ守護を詰め込んだ身に付けるお守りを贈る風習は古くからあるらしい。

その場合、お守りという前提から、形状に纏わる規制はかなり緩くなる。



騎士棟には、今回は共用で使える大容量金庫を贈った。


実はこれは、前から騎士達が欲していた装備なのだが、リーエンベルクの騎士であってもなかなか入手が難しいのが大容量金庫だった。

空間の魔術の扱いは支配階層の人外者の領域であり、そもそも人間には扱えない魔術なのである。



有名なものだと、ヴェルリアの王宮とカルウィの王家にしかない大型金庫は、国際条約に基づき軍事利用は禁じられており、国家間の贈り物の持ち運びや、王族の輿入れの際の結納品運び入れに使われる。



(だから勿論、国際条約に触れる程のものではないけれど………)



この金庫で、ある程度の質量を動かせると、災害支援や負傷者の運搬など、汎用性が高く騎士達の活動も楽になる。

なので、この贈り物は、エーダリア達やグラストもとても喜んでくれた。




「僕たちにはね、ネアがまた宿泊券をくれたの。今度は砂風呂がついてるんだよ」

「ウィリアムさんを介して、シシィさんのご主人に手配していただいたんですよ。近くにある素敵な塔のホテルに泊まり、砂風呂で日頃の疲れを癒して下さいね」

「ネア殿、今年も良いものを有難うございます。ちょうど、来年は砂風呂にも行こうかと話していたところでした」


微笑んでお礼を言ってくれたグラストからは、ゼノーシュと連名でお風呂用の光る睡蓮が贈られた。


高価な入浴剤の小さな宝石の種をお風呂に入れると、浴槽に素晴らしい睡蓮の花が咲き、明かりを消すと月光のように光って、しゃらりんと音楽まで奏でてくれる。

癒しの時間を与えお肌をすべすべにした後は、 さらりと溶けてピンク色のお湯になるそうだ。


貴族のご婦人達が結婚式の日の前夜などに使うものらしく、だからこそ選んでくれたのかもしれない。



「グラストさんとゼノからは、その素敵な睡蓮の入浴剤を、エーダリア様とヒルドさんにノアからは、ふわとろお家ドレスです!」

「ずるい…………」



このふわとろに大満足のネアがそう弾めば、隣の魔物がきゃっとなる。

たいへん結構なふわとろ手触りのお家ワンピースなので、これを貰ったネアはすぐさま魔物を抱き締めて、婚約者にも手触りを堪能して貰った。


くすんだ紫陽花色でがぼりとかぶれるが、その縫製の美しさで決してだらしなくならないもので、着ているだけでぬくぬく暖かい。

年明けは新婚だしねぇと、ノアが部屋で寛げるものを提案してくれたようだ。



「で、ウィリアムとアルテアからは、何を貰ったの?」

「ウィリアムさんからは、改良版の激辛香辛料油水鉄砲を貰いました。勿論中身はこちらで詰めるのですが、飛距離が格段に伸び、正確な射撃が可能になったんですよ!」

「……………わーお」



そう話したネアに、ノアは呆然としていたが、エーダリア達も愕然とした面持ちでこちらを見ている。


しかし、よりにもよってロマンティックなイブメリアに武器な贈り物と思うなかれ。

イブメリアの贈り物という体裁であればウィリアムも遠慮なく自身の系譜のものを切り出せるし、これ以上の贈り物もあるまい。



「俺もネアも、お互いを護るものにしたかったみたいだな」

「まぁ!そういう意味ではお互いを守る術を交換したようで、何だか素敵ですね」

「えーっと、魔術の繋ぎ的に武器を贈るのはやめて欲しいなと思う以前に、あの水鉄砲が強化されるのかぁ…………」



複雑そうな顔で呟き、ノアはちらりとアルテアの方を見る。

その眼差しに気付いたネアは微笑んだ。



「アルテアさんからは、教会を貰いました」



その瞬間、部屋はしんとした。



アルテアは素知らぬ顔でイブメリアのケーキを食べていたが、まずは一度、ディノ以外の全員がアルテアの方を見た。




「………え、待って!…………教会って何?」

「そのまま、教会なのです。今年は素敵なイブメリアの大聖堂に行けないとしょんぼりしていたからか、イブメリアの素敵な教会をくれたんですよ!劇場の舞台美術にも使うような魔術的な併設空間の一種で、隔離地でもあるのだとか。…………ノア?」

「………………え、僕まだ上手く飲み込めないや。城とかだったら分かるし、ネアが欲しいなら僕もあげるけどね。…………教会かぁ…………」

「むぎゅ。お城はいりません………。聞いて下さい、イブメリアの教会なので、中にも外にもたくさん飾り木があって、とっても素敵なんですよ。今度遊びに来て下さいね!」

「……………うーん。いいんですか、シルハーン?」



腕を組んだウィリアムにそう尋ねられ、ディノは微笑んで頷いた。



「教会や信仰の祝福を完全に引き剥がした、形だけのものだからね。この子も喜ぶし、教会のもので何か問題が生じた際に、同じ形状の違う資質のものがあるというのは良い事だと思うよ」

「………やれやれ、であればいいんですが、アルテアも手段を選ばなくなってきたな…………」

「元々は、魔術錬成の装置として作ったものだ。他に効率のいいやり方が見付かった以上は不要になった。空けておくぐらいなら、こいつが喜んで引き取るだろ」

「はい!今年は大聖堂の儀式が見られないので、あの雰囲気がとっても嬉しかったです。…………ところでエーダリア様、お時間は大丈夫ですか?」



ネアがそう言うと、選択の魔物からのあまりにも不動産な贈り物に呆然としていたエーダリアは、はっとしたように立ち上がった。


慌てて周囲を見回しているが、既に一足先に食事を終えて部屋を出たグラスト達はもういなくなっている。

先程、ゼノーシュが三個目のケーキを食べ終えたところで、警備上の最終確認があり先に大聖堂入りしなければならない二人は、会釈して部屋を出ていたのだ。



「では、我々はそろそろ儀式に向かいましょう。ウィリアム様、アルテア様、暫しこちらを空けてしまいますが、どうぞごゆっくりお過ごし下さい」

「この時期に押しかけてすまないな。部屋を借りられるだけで有難いんだ。気にしないでいてくれ」



そう苦笑したウィリアムは、日付が変わるまでのイブメリアの間は、リーエンベルクに留まってくれるらしい。


せっかく時間が空いたので、ここでのんびり飾り木を眺めて過ごしたいと話しているが、ネアは、鹿角の聖女に纏わるイブメリアの資質を警戒し、イブメリアいっぱいまでは側に居てくれるつもりなのではないかと考えている。



ここで、そう言えばとネアはごそごそと金庫を漁った。



「なお、シェダーさんからはこのように素敵な術符を、日付指定のイブメリア特別郵送便でいただきました」

「……………郵便だったのだね」

「そんなところが、ちょっと庶民派で素敵ですよね。この素敵な革の手帳のようなものは術符入れになっていて、…………中には、………たくさんのちびふわ符が入っています!」

「ちびふわ符……………」

「やめろ …………。こっちを向くな」

「全部で五種類もあるので、新しいちびふわにも会えますね!」

「くそ、あいつも妙なものを贈りやがって…………」

「なお、とろふわ術符と、ちび犬術符もあります。…………む、パンの魔物術符…………?」



ネアがおまけ的な感じで入っていたその一枚を取り出すと、とてもべったりだった婚約者を含め、魔物達はしゃっと席を離れ、部屋の隅に逃げて行ってしまった。



完全に野生に戻ってしまった魔物達は、一定の距離を詰められないようにしつつとても警戒した目でこちらを見るので、さすがにこれは物凄く嫌な奴にしか貼り付けないと必死に説得し、ネアは、何とかもう一度魔物達に心を開いて貰ったのだった。








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