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魔術銀行と銀の譜面 1




ウィームには、シカトラームという魔術銀行がある。



その魔術銀行の存在は、ウィームに二年以上住んだ者、そして特定の許可証を持つ者達にしか明かされない特別な場所だ。


封印庫にある特殊な金庫室の扉にその許可証を見せると、カチャリと音がしてその廊下の突き当たりに、譜面台と銀の譜面が現れる。

その譜面を魔術の調べで奏でれば、地下に降りる階段の扉が開くのだとか。



「その譜面の旋律を奏でる魔術で、ウィームの民かどうかを測るのだそうだ」

「……………ふぁ、何て不思議で何て素敵なのでしょう!…………念の為に伺いますが、その作業にはどれくらいの可動域が必要なのですか?」

「……………百くらいかな」

「……………ひゃく…………」



ディノの口から語られた無情な数字に、ネアは目をしぱしぱした。

呆然とするご主人様に、今夜もリハビリの為に寝台の隣に上げられた魔物が悲しげにこちらを見た。


ここで、許可証を握り締めて絶望に打ちひしがれて倒れたネアが、昨晩のネアである。





「ああ、シカトラームであれば私もまだ訪れたことがないんですよ」



窓からの雪景色が美しい朝食の席でそう教えてくれたのはヒルドで、ネアはくすんと鼻を鳴らして、微笑みかけてくれた美しい森と湖のシーを見上げる。



ここにいるネアは、昨晩の絶望を乗り越えて、何とか朝食の席に生還した傷付いた乙女である。



「折角どこからか許可証が届いたのに、入れないなんてあんまりです…………」

「許可証の発行機関については謎が多いようですね。シカトラーム自身の意思だと言う者もいるくらいですから。ダリルは発行機関について目星がついているようですが、私はまだ知りません」

「……………となると、許可証をくれたのなら入れて下さいと、誰かに交渉出来たりはしないのですね……………」

「可動域については確かに、固有魔術や魔術遺産などを預けに行くところだからと、高めの設定なのだろう。………可動域が低い者は本来、そのような場所に近付けば魔術汚染で倒れてしまうからな」

「………どんな場所なのですか?」



羨望の目でそう尋ねたネアに、エーダリアはどこかうっとりとした目で遠くを見た。

今日は半日お休みらしく、昨晩は冬宿りの焼き菓子の会の後は、遅くまで執務をしていたので、まだ室内着のままだ。


少しだけくしゃりとした髪型がどこか無防備で、休日の王子様らしい気品もある。




「地下に向かう階段は、全てが夜の結晶石に白蝋結晶の細工を施されて出来ているのだ。元々は名のある人外者の城だったそうだが、誰のものなのか記録は残っていないらしい。天井はかなり高いぞ、丸天井には太古の星空の結晶石が使われていて、雪明りの祝福石のシャンデリアが下がっている。金庫室は、その星の間から伸びた十二の回廊の先で、開く者がいなくなった部屋もあるそうだ」



ネアは、そんな説明になんて素敵なところだろうかと目を輝かせていたが、ヒルドにそっと肩を叩かれた。



「長くなりますので、食べながらお聞きいただいた方がいいでしょう」

「…………は!憧れでいっぱいで、ほかほかの人参ポタージュを忘れていました」

「今朝は、温かなパラチンケンですしね」

「はい!じゅわっと美味しいキノコのクリームソース煮が入っていて、もう、とろあつの美味しさです………」



このパラチンケンは、クレープ生地のようなものにおかずをくるっと巻いて、フォークとナイフで食べるあつあつのお料理だが、ネアはこれが大好物であった。


濃厚なクリームソースなどで食べるのが一般的なのだが、今日は噛みしめると濃厚なキノコのソースが美味しい具材であるので、特別なソースがなくても充分に食べられる。

しかし、バルサミコ酢のソースのような酸味の効いた濃厚なソースが少しだけ添えられており、味を変えられるような心憎い工夫がされていた。


宴席などの翌日の朝には、体にいい野菜がたっぷり入ったパラチンケンを、酸味の効いた辛い角切りトマトのソースや、さらりとしたマスタードソースで食べたりもするらしい。



(よく出会う鮭とほうれん草のものも美味しいし、セロリと挽き肉に濃厚な茶色いソースのものも美味しいし…………)



脳内でうっかり美味しいパラチンケン祭りを開催してしまい、ネアははっと我に返った。


ぎゅむぎゅむ食べていたパラチンケンは既になくなってしまってお皿は空っぽだったが、エーダリアの話はまだ続いている。



「…………その時は、とても周囲を観察する余裕はなかったが、万が一この禁術を奪われた時のことを考えて、術式の再習得を可能にする為のものをそこに預けたのだ。………お前にも、あの美しい氷の祝福鉱石の銀貨の山を見せてやりたいものだ…………」

「むむ、氷のお金!」

「鉱石だと話しただろう。氷色の色硝子のような鉱石なのだが、ずしりと重いのだ。もはや、採掘されない古い時代のものだから、その稀少さでも今や価値は計り知れない。この手に欲しいと言うよりも、そこに保管された経緯を思うと…………」

「エーダリア様、そろそろ食事の手を動かしていただきませんと。せっかく温かなものが用意されているのですからね」



ヒルドにそう言われ、エーダリアははっとしたように人参のポタージュを飲んだ。


心を込めて振舞われる温かな料理を知らなかった幼い頃を思えば、食べるということに警戒せずによくなったこのウィームでの暮らしは堪らない幸せだと頬を緩める。



「ふふ、エーダリア様は人参のポタージュが好きですものね」

「特定の料理の嗜好は勿論あるが、それとは別に、リーエンベルクに来た直後に食べたものはどれも好物なのだ。…………この冬人参のポタージュはよく覚えている…………」

「どれも、なのですか?」

「私は元王族だ。だが、彼らは最初から、華美なだけの料理ではなく、このようなものを作り与えてくれた。それが嬉しくてな…………。実は、ウィームに戻ってから半年後に、私は胃を悪くしたことがある。日々の食事が楽しみになってしまって、いささか食べ過ぎたのだろう。三食に加えて執務の合間の茶菓子など、いきなりの変化にさすがに体がついていかなかったらしい………」



そんなことを、エーダリアは嬉しそうに教えてくれた。


いきなり食事量が増えたとは言え、当時のウィームの領主の仕事は、前任者が手をつけていなかった問題があちこちに溜め込まれており、ダリルは決してエーダリアを甘やかさなかった。

エーダリア自身はウィームの為に働くことが楽しくて苦ではなかったらしいが、日々の執務がかなり過酷なものだったので、幸いにも太ってしまったりはしなかったそうだ。


しかし、エーダリアの胃はそこまで絶え間無く働かされたのは初めてだったに違いない。

ある夜突然、猛烈な胃痛で悶絶する羽目になったのだとか。


エーダリアが、食べ過ぎで体調を崩すという初めての体験をした夜だった。



(…………でもそれは、エーダリア様にとって、とても幸せな胃痛だったんだろうな……………)



ネアはそんなことを考えながら、人参のポタージュを飲み干し、いつもの美味しいパンをもくもくと噛みしめる。


ネアは幸いにも、ディノの練り直しが良かったのか、食べ過ぎについては胃もたれ程度で済んでいて、重度の急性胃腸炎などにはなっていない。



「………むぐ。今日もまたしても大満足の朝食で心がほかほかです!シカトラームに入れない苦痛が少し和らぎました…………」



「ありゃ、シカトラームの話をしてたのかい?」



そこに戻ってきたのは、ノアだ。


そんなノアと一緒に外していたディノも後から入ってくると、いそいそとネアの横に座った。


この二人は、ゼベルと外客棟にある会議室で会って来たばかりで、ゼベルからの、急に話したいことがあるという依頼は何だったのだろうと、ネアは密かに心配していた。



(でも、…………エーダリア様達は特に気にかけていないみたい?)



ウィームを訪れた客人についての話だと聞いているが、そのお客人は誰だったのか、戻って来たら聞いてみようと思っていたのだが、ひとまずはこのシカトラームの流れで会話を続けよう。



「ええ、許可証が届いたのに、可動域のせいで入れないんですよ。でも、エーダリア様が中の様子を教えてくれたので、想像でどうにかしてみます…………」

「ネア、そのことだけれど、シカトラームに、入れるかもしれないそうだよ」

「………………入れるのですか?」



微笑んでそう頭を撫でてくれたディノに、ネアは息を飲んだ。


なぜかノアは、にんまり微笑んでいる。



「可動域の問題なら、入れる筈だよ。ほら、呪いや損傷で可動域を欠いた者でも、固有魔術を預けたい者はいるからね。預けるに足りる魔術と、魔術階位の保障になるものを持っていれば扉は開く筈だから、ネアの場合は、契約しているシルと使い魔のアルテアがいればいけるんじゃないかな?」



さらりとそんなことを言ったノアに、エーダリアの手からフォークがかしゃんと落ちた。

ネアは目を丸くし、お代わりのパンを掴んだ手をふるふるさせる。


溜息をついたヒルドがフォークを拾い上げてやり、エーダリアは慌てて謝っていた。




(……………シカトラームに、入れるかもしれない?!)



「ディノと、アルテアさんがいれば、私も入れるのですか?」

「理論的にはいけるね。僕が構築したものをグレアムあたりが書き換えてなければ、そのまま入れると思うよ」

「ま、待ってくれ。と言うことは、ノアベルトは、シカトラームの創立にかかわっていたということなのか…………?」

「エーダリア?………うん、と言うか、僕の城を改築して造られたところだからね」



きょとんとしてそう答えたノアに、エーダリアはがたんと立ち上がってしまい、隣のヒルドに叱られて慌てて椅子に座った。



「わーお、もしかしてエーダリア、感動してる?」

「あ、あの階段の下にある運河はどのような仕組みになっているのだ?雷光の走る夜空が流れているではないか…………。ずっと知りたかったのだが、何度考えても分からなかった…………」

「はは、今度全部教えてあげるよ!でもさ、僕の城を改築して造られたものだから、僕も知らないものも増えてるかもだけど」

「シカトラームになったことまでは、知らなかったのか?」

「いやいや、設立当初の魔術銀行については、僕がその制度や魔術の預け入れの術式の仕組みを整えたんだ。でも、その後はアルテアやグレアムが手をかけていた筈だから、僕の知らないところもかなり多いだろうね」

「……………仕組みを整えた」



もはや驚き過ぎて少し拙い声音になってしまったエーダリアと、驚き過ぎて無言のままのネアは顔を見合わせる。

ノアは、そんな二人から期待に満ちた視線を向けられ、得意げな顔をした。



「アルテアさんも、手を入れていたのですね…………」

「アルテアも手をかけていたことは、私も知らなかったよ。ノアベルトが創立に立ち合ったことは聞いていたけれどね」



だからディノは、悲しみにふて寝したご主人様の為に、ノアとその話をしてくれたのだろうか。



「随分昔にね、この土地に住んでいた人間が、僕の手放した城を魔術銀行にしてもいいかって尋ねて来たんだよ。その時の僕は暇だったし、僕かヨシュアに頼もうとしていたって言うもんだから、僕が手を貸してやったんだ」

「……………その方は、魔術銀行というものを必要としていたのですか?」

「ほら、ウィームでは、王族同士の諍いでカインの方に流れた一派がいたのをネアも知っているだろう?その王族付きの魔術師の一人だったんだ。彼はウィームを離れることをとても憂いていて、自分がこの土地で編み上げた魔術を後世のためにウィームに残してゆきたいと考えていた。でもそれを、追放される自分が特定の人に預けるとまた火種になりかねなかったから、施設に保管するということを考えたみたいだね」

「ノアは、その方をご存知だったのですか?」



そう尋ねたネアに、ノアはくすりと笑って首を振った。



「殆ど知らない人間だったよ。当時の僕が付き合っていた女の子の、叔父だったんだ。その女の子と別れた時に手酷く呪われたんだけど、それを彼が解いてくれたことがあってさ、面識はあったんだよね…………」

「………寧ろ、恩人さんなのでは……………」

「まぁ、彼も伴侶のいる女性にばかり手を出していて、姪っ子からお前も最悪だって僕と一緒に呪われたから、そのついでかな。僕が言うのもなんだけど、魔物の目から見てもかなり手癖が悪かったよ、彼」

「……………その姪っ子さんに同情します」



そのように、男性としてはかなり問題のある御仁だったそうだが、魔術師としてはかなり真剣に祖国のことを考えていた人だったらしい。


魔術師としての才能もあり、彼はその熱意と魔術銀行という発想の奇抜さで、塩の魔物の協力を取り付けたのだった。



当時はまだ王宮付きの魔術師だったものの、政治的な分野においても先見の明があったらしく、自分の仕える王族と国内の情勢を見極め、やがて自分がウィームを去ることになると見通していたそうだ。


そこには恐らく、彼が得意としていた予言などの魔術の手助けもあったのではと、ノアは考えているらしい。



「そんな感じで、彼は予測と予言で自分が何年かの後にウィームを去ることを確信して、シカトラームの基盤を作り上げることに尽力した。国を追われる自分が創立者だと分かると、シカトラームが魔術銀行として機能しない可能性も踏まえ、色々なことを秘密にしてね」

「…………しかしそれでは、人々もシカトラームを信用しなかったのではないか?組織立てて作られたものではなかったのだな?」

「そこはね、色々事情があったみたいかな。彼は、幼馴染で親友だった王子と一緒にウィームを離れたけれど、当時のウィーム王の信頼も厚かったみたいだね。王は、彼の立案で作られたものだと知っていたみたいだよ」



そう教えて貰い、エーダリアはこくりと頷いた。


胸元をそっと押さえたのは、ウィーム王家の指輪について思いを馳せているからだろうか。

指輪をウィームから持ち出した時の一団の中に、その魔術師がいたかもしれないのだ。



「その後はまぁ、ウィームの王族や王族お抱えの魔術師、彼等に守護を与えていた者達が管理したり、手を入れていた筈だから、まずグレアムは管理に手を出してるね」



そう言ってにっこり微笑んだノアに、ネアは目をきらきらさせて、捨ててしまえずに大事に保管していた許可証を、首飾りの金庫から取り出した。


羊皮紙にも似ている素材だが、これは特殊な魔術を織り上げた布なのだそうだ。

そこに銀色の流麗な文字が記され、蒼銀の刻印が押されている。



それを両手で掲げてみせると、ノアは、頼もしく微笑んだまま頷いてくれた。



「大丈夫、大丈夫」

「……………は、入れるなら行ってみたいです!!」

「うん、行ってみようか。…………ちょうどね、僕達もシカトラームに用事があったんだ」



その言葉に頷いたのはディノだったので、ネアは目を瞠って首を傾げた。



「…………もしかして、先程ゼベルさんと会っていた件ですか?」

「うん。どうも、ネアに許可証が届いたことといい、あれこれ繋がっているかもしれないんだ」

「…………許可証が届いたことに、意味があるのですね」



目を瞬きそう呟けば、気に入ったらしい人参のポタージュを飲みながらノアとの会話を聞いていてくれたディノが、こくりと頷く。


人参のポタージュには砕いたナッツもかけられているのだが、それはあまり得意ではないのか、その部分をスプーンに入れる時だけもそもそとしている。



「シカトラームの許可証の発行は、因果の魔術が絡んでいる精緻なものだ。それはとても良く出来た仕組みで、因果の道を逆さまに辿れば、シカトラームに行く必要があるからこそ、発行されるものとも言える。だから私は、昨晩の内にノアベルトに何とかして君を入れられないだろうかと相談していたのだけど、…………」

「そうしたら今朝の、ゼベルのあれだからね。シカトラームは預けるだけじゃなくて、引き出す為に訪れるところでもあるんだ。預けられた品物の何かが、ネアを呼んでいる可能性があると思った方が良さそうだね」

「……………ほわ」



ネアはちょっと圧倒されてしまい、困惑したまま頷くと、そっと頭を撫でてくれた魔物の顔を見た。



「先程、私とノアベルトがゼベルと話していたのはね、実は今、ウィームにバーレンが来ているからなんだ」

「……………バーレンさんが?……………は!!」

「……………ネア?」

「そう言えば封印庫の前で、バーレンさんを見たような気がしていたのです。見たときは、ああ、バーレンさんだと考えていたのですがその後で見失ってしまい、よく考えたらいる筈がないので勘違いだったのかなと思っていました。…………その、擬態しているリドワーンさんと一緒にいたような気がします」

「そうか、あの時に君も彼を見たのだね。…………ええと、…………バーレンを招聘したのは、君の…………会なんだ」

「かいなどありません………………」



ネアはすかさずそう宣言し、何とも言えない空気が周囲に漂う。

膝の上に、そっと鎮めの三つ編みが置かれたようだ。



「会の…………彼等の誰かが、シカトラームの許可証の発行に関係しているらしい。或いは、そのようなことを知り得るだけの予言や託宣の魔術を持つ者がいるのかもしれない。君にシカトラームの許可証が発行されるとなり、バーレンに話をしに行った者は、彼にこう言ったそうだ。…………君の魔術可動域だと、シカトラームには入れない。竜の外套を使い、君をシカトラームに入れるようにしてやって欲しいと」




(竜の外套………………)




そう言えばそんなものがあったと、ネアは思い出した。


あの夏の事件の時はまだ、バーレンは冷ややかで諦観に満ちた瞳をした敵の一人であったのだ。


遠く聞こえてきた、もの悲しい竜の歌の記憶が蘇る。



「…………それでバーレンさんは、わざわざウィームまで来てくれたのですね?」

「そのようだね。彼が招聘に応じたのは君の為にだろうし、後で私からも礼をしておくつもりだ。………君や私が見た彼は、その、ウィームに到着したばかりの時だったらしい。ゼベルはバーレンの到着を受けた会の者達から頼まれて、バーレンの到着とその事情を私達に伝えてくれたんだ」



ネアはここで、ぐりんと振り返ってエーダリアの方を見た。



「…………さては、エーダリア様はバーレンさんの訪問を知っていましたね?」

「ああ。そのような理由であったことは今知ったのだが、ダリルから昨日の封印庫での会議で、とある権限の付与での助力の為に、近くバーレンの訪問があると聞かされていた」



騎士であるゼベルが、そのような話をエーダリア達にしていないのはおかしいので、これで漸く全てが繋がったというところだろうか。


でもこれはまだ、なぜウィームにバーレンが来たのかという謎解きでしかない。




「この後で、私はバーレンに会ってこようと思う。共にいたダナエは、季節の壁がありこちらには来られなかったのだろうから、彼のところまで連れ帰ってやる必要もあるだろう。ノアベルトの説明で竜の外套はいらないと分かったことだしね…………」

「まぁ、と言うことは、バーレンさんには無駄足というご迷惑をかけてしまったのですね…………」



ネアは少しだけしゅんとして、自分もお礼を言いに行きたいと申し出たのだが、万が一とは言え、今回のことに何らかの裏があるといけないので、その場には行かない方がいいとノアは言う。



「行動の予測を立てられるのが、一番まずいからね。僕達は、シルがバーレンにお礼を言いに行っている間に、シカトラームに入る準備をする。シカトラームに敷かれた因果の魔術は、成就と成功のものだ。それに呼ばれているのだとしたら、みすみすその恩寵を手放すのは惜しいよね。外客棟に居着いてたアルテアはもう呼んであるし、僕がリーエンベルクを空ける間は、ウィリアムを置いていくからさ」



手際良くそう説明したノアに、ネアはまた呆然としたまま、エーダリアと顔を見合わせた。


ヒルドは比較的冷静なのか、ふむと片手を顎先に当てる。



「…………やれやれ。突然のことですが、作為的なものがあるのなら、まだシカトラームには向かわないと思わせている内に、入ってしまうのが良いでしょう。………ウィリアム様はいつこちらに?」

「まだ鳥籠じゃなかったみたいだから、転移の間を開けばすぐに来られる筈だって、シルが言ってたよ。…………とは言え今回は、どうもダリルも噛んでいるみたいだし、あんまり警戒する必要もなさそうだけどね」

「やはり、ダリルもですか…………」

「竜の外套の話とかも含めて、最低でもダリルは向こう側じゃないと今回の事は画策出来ないと思うよ。…………シルがバーレンと一緒にいる間に、僕とネアは封印庫に向かおうか。アルテアは、一度どこかに寄ってから合流するってさ」



ネアはここで、なぜディノが、バーレンをダナエのいる冬の系譜の外の土地まで連れて帰ってあげるのかにも納得がいった。



(もし、バーレンさんをウィームに呼び寄せるという目的で今回の事が仕組まれた場合、何かの事件に巻き込まれない内に、安全にウィームから出してあげようとしているのだわ……………)




そう考えれば、ネアは少しだけひやりとした。


冬告げの舞踏会で、シェダーに忠告されたことを思い出したのだ。




(でも、……………シカトラームの許可証が届いた時、私はわくわくしただけだった。…………今もどうしてだか、…………嫌な感じはしないような気がする…………)




それはエーダリアも同様であったのか、食後の紅茶を飲みながら、どこか困ったように首を傾げている。



「…………私はどうも、今回の件は、悪意で成された事態ではないように思うのだ。……………だが、ダリルにせよ、他の誰かにせよ、シカトラームがネアに引き取らせたいものを、確実に手にして貰わねばならないと考える者がいるのだろう…………」



そう言ってくれたエーダリアにネアも頷き、有難いことにディノやノアも同意してくれた。




「その預けられていたものが必要であるのなら、何かを必要とするべき事態も起きる筈だ。僕とシルの備えはそちら向きだから、ネアはあんまり心配しなくていいからね」

「……………ふぁい」

「こちらで出来ることはありますか?…………必要であれば、ネア様の会の者達と会話をしておきますが…………」




そう提案したヒルドに、ノアは微笑んで首を振った。




「僕達が帰ってくるまでは大丈夫だよ。それまでは、エーダリアを寝かしつけておいて。その感じ、絶対に三時間くらいしか寝てないでしょ?ウィリアムが来るからってはしゃがせないように頼むよ」

「おや、奇遇ですね。私も、せめて後三時間は寝かさなければと思っておりました」



にっこり微笑んだヒルドと、真剣に頷いたノアを見て、エーダリアはとても悲しそうな顔をする。



「…………い、いや、寝ている場合ではないだろう?」




ウィリアムの事をなかなかに慕っているこちらの領主は、留守番の魔物として訪れてくれるのであれば、そんな終焉の魔物とお喋りしたいのだろう。


エーダリアは頑張ってそう主張してみたものの、朝食が終わるとすぐに、ヒルドに捕獲されて部屋に連れていかれてしまった。




そんなエーダリアを見送り、ネアも立ち上がる。




どうやら今日は、シカトラームの冒険の日となるようだ。







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