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341. たいへん結構な舞踏会でした(本編)




美味しそうな焼き菓子を得られずに荒ぶる人間が周囲を慄かせている中、早々にご主人様を宥めるべき使い魔が呆れ顔でこちらを見た。



「ったく、向こうにある菓子のテーブルに行くか?」

「……………あの焼き菓子は、ほんとうに作ってくれますか……………?」



荒んだ顔のネアがそう言うのも致し方あるまい。


なんとあの謎生物は、お酒をふるまってくれたディートリンデやニエーク達に、ネアが欲しくて堪らなかった焼き菓子を与え始めているではないか。

これはもう、ネアが貰える筈だったものを美味しそうに食べる者達を眺め、哀れな犠牲者は世界を呪ってもいい筈なのだ。


ネアの怨念の視線を辿りそちらを見ると、アルテアは静かに頷いてくれた。


もてなして吉兆を得る筈だったものの、思いがけない返礼の品を貰って嬉しそうなディートリンデがそこにいる。

こちらの矮小な人間は、羨望でいっぱいであった。




「………………帰ったらな。今日は無理でも、今週中には必ず作ってやる」

「約束ですよ!忘れたら、あの謎生物めをどんな手を使っても見付け出して滅ぼします!!」

「お前な………………」



そう宣言してまたしてもがすがすと床を踏み鳴らしたネアに、周囲は震え上がったが、アルテアはやれやれと頷いてくれた。

であればやむなしと、小さく唸って怒りを鎮めようとしたネアは、ひょいっとウィリアムに持ち上げられて体の向きを変えられた。



「むぐる………」

「ネア、あの冬宿りに触れられたところを調べよう。冬の系譜ではないが、俺が一応この舞踏会の最高位だから、ある程度はその権限で払えるからな」

「…………突然抱き付いてくる変態毛皮ですが、あのような素晴らしいお菓子を選ぶからには、きっと本当は優しい心の持ち主に違いありません…………」

「うーん、よほどあの食べ物が気に入ったんだな…………」

「だからと言って、手を出したのは良くなかったな。得体の知れない生き物だと、分かっていたんだろう?」



そう言って優しく叱ったのはシェダーで、ネアは悲しい目をして頷いた。

例え変態毛皮に抱きつかれようと、その傷付いた心を癒すべく焼き菓子に人生を狂わされてはならないのだ。

何と残酷な運命だろう。



「……………それと、そのドレスはなんだ」

「アルテアさん…………?」



ふいに、低い声でそう指摘したアルテアに、ネアははっと息を飲む。



「さては、…………とろふわ竜の虜ですね?しかしこれは、妖精さんの織物なんですよ。すりすりしてみますか?」

「ネア、アルテアに撫でさせるのはやめた方がいいぞ」

「…………さては、ウィリアムさんも、とろふわ竜としての自負が…………」

「い、いや、それはない」



ネアの指摘に慌てて首を振り、ウィリアムは困惑したように微笑んだ。

シェダーの方をちらりと見て何でもないよと首を振っているが、その犠牲の魔物は、先代の頃にちびふわの呪いを各所に設けた手練れではないか。



「とろふわ竜の毛皮が気になるのでないのなら、何でしょう?」

「…………横だ。開きすぎだろう」

「…………春の時のドレスの方が露出は多かったような…………。それにこのドレスはとっても上品で素敵でしょう?足捌きがどうかなと思ったのですが、とっても踊りやすくて驚きました!」

「……………ダンスの際に、その位置は手がかかるんじゃないのか?」



腕を組んでそう言ったアルテアに、ネアは、こちらの魔物は、またしてもお母さんになってしまったのかなと遠い目をした。

確かにターンの時には肌に手が触れるが、はしたないとされるようなところには触れていないし、春のドレスの時にも背面の腰のあたりが大きく開いていた筈だ。



(そもそも、アルテアさんのような人が、そんなことを気にするだろうか……………?)



「…………もしかして、冷えないかどうかを心配してくれているのでしょうか?」

「アルテア、ヴェールに魔術がかけられているので、ネアには寒い思いをさせてはいませんよ?」


そう微笑んだウィリアムとアルテアが向かい合っている間に、シェダーからこっそりこのドレスはディノも見たのかを聞かれたので、ネアは大事な魔物はあっという間に儚くなってしまったと話した。


「…………それなら構わないのか。……………それに確かに、扇情的なドレスという意味では春の方が薄物という感じだったしな」

「アルテアさんは、とても冷えを気にしてくれる魔物さんなんですよ。以前も腰を温めてくれました」

「はは、それは頼もしい。…………それとネア、…………ニケが、ウィームを訪れたと聞いた」



ふいに声音の温度を変えたその言葉にシェダーの方を見れば、灰色の瞳が思わしげにこちらを見ている。

その瞳の奥に示された懸念のようなものを覗き込めば、この人はやはり、あの王子の来歴を承知していたのだなと得心した。


シェダーの装いは白灰色の盛装姿なのだが、相変わらず、品のいい白灰色の美しさと優美なラインだけで魅せてしまう、素晴らしい縫製である。

よく見れば襟元などに繊細な宝石を縫い込んだ刺繍が施されており、その素晴らしさはかなりの職人が手掛けたものには違いない。

けれどもこの犠牲の魔物の最大装飾は、夢見るようにきらきらと輝く素晴らしい灰色の瞳なのだった。



「…………婚前祓いの呪いの件ですね。ディノが慎重でいてくれたことで防げたのですが、あの方は多分、………他にも確かめたいことや得たいものがあったのだと思います」

「……………ああ、彼は歴代の者達より、その最初の魂に近いんだろう。俺は、彼の前歴の男を知っていたが、その男は自分の過去を愉快な冒険譚のようにしか思っていなかった。…………共感というものは、近しくなければ生まれない。だからこそ、形が同じである程に、自身の心に深く響いてしまうのかもしれないな…………」

「…………となると、あの方にとってのその断片は、いささか踏み込み過ぎたものなのでしょうか?」

「魂の質だけなら問題はなかったが、彼は魔術師で、尚且つ魔物の白を得た。よりにもよっての白樺は蒐集家として有名な、お気に入りの者達を手離さない魔物だったしな。…………色々なことが絡み合ってのあの行動でもあるが、…………恐らくニケは、自分という棘を向けることで、君達に警戒させたかったのだろう」



その言葉をとても慎重に呟き、シェダーはまた少しだけ眼差しを揺らした。

ゆらりと見えたのは、扉を開いた先に続く真夜中の小道のような、どこか不思議で恐ろしい予感と気配。



ネアはその幻影にふと、どこかで暗い夜の森の中にあるサーカスのテントのようなものを見たような気がした。



「…………何か、そのような懸念があるのですか?」



そう尋ねたネアは、それまでは何かを話していたウィリアムとアルテアも、いつの間にかこちらの会話を窺っていることに気付いた。


ひたりと落ちた沈黙の深刻さの向こうでは、冬宿りをもてなすディートリンデ達がいて、珍しく高位の魔物らしい姿を見せるニエークの横顔が見えた。

こちらを見ていたような気もしたが、そこは深く考えるのはやめておこう。



優雅な音楽に揺れるドレスと、儚く舞い散る雪に、おとぎ話の祝祭を思わせる冬化粧の木々。


ゆったりと、どこまでも、どこまでも。


美しいからこそなぜか、恐ろしい報せがあるような気がしてしまう。



ネアが不安な思いで続きの言葉を待っていると、その様子に気付いたものか、シェダーがふわりと微笑んだ。



「ああ、懸念はずっとある。でもだからこそ、シルハーンは最初から様々な手を打ってその可能性を潰してきた筈だ。指輪の数や、妖精の庇護、他の様々な祝福や守護をその身に集めさせたのも、きっとその日の為なのだと思う。…………だが、かつてシルハーンが派生して最初に見たその最期を、ニケは壊れるその瞬間に、耳元の慟哭で知っている。だから彼は、またそのようなことが起きてしまったらと考えることが、誰よりも恐ろしいのだろう……………」



(それは、私がきちんとディノの伴侶になりきれずに、鹿角の聖女さんの恋人のように、命を落としてしまうのではないかと懸念しているのかしら…………?)



「ウィリアムなんかは、この段階で君にその懸念があったのだと知らせるのは、あんまりだと言いたげな目をしているが、………俺は知っておいて欲しいと思う。そしてどうか、…………あの方の手から君を失わせないでやってくれ」

「…………勿論私も、そんなことはさせないとお約束します。ただ、それは私にどうこうできるものなのでしょうか?対策などがあれば予め備えておけるのですが……………」



例えばそこに、合否を示すような目盛りがあればいいのにと思わざるを得ない。

しかしそんなものはないからこそ、仕損じて失う者達がいるのだろう。

その曖昧さに不安になったネアがそう言えば、シェダーは薄く微笑んでウィリアムの方を見た。



「そのようなことは、俺達の領分だ。対策はシルハーンが全て終えた筈だし、だからこそあの方にはその日を恐れる様子はない。おまけに君には、ウィリアムやアルテア、ノアベルト達がいる。…………ただ、きっと君には、もしものその時を見極める勘の良さがあるのだろう。………だから今は、君がそれを知っているだけで充分なんだ」

「…………もし、何か想定外の事態が起こった時に、私には分かると考えているのですね?」

「ああ。俺はそう考えている。ただそれも、最初の懸案事項を知らなければ、気付きようがないからな」



そう断言したシェダーに、ネアは微かな怖さを抱えたまま頷いた。


(でも、………………)


確かに、ウィリアムがどこか否定的な目をしているように、この時期にそんな怖いことを言わなくてもいいでないかという考え方もあるだろう。


けれどもネアは、シェダーがそれを教えてくれたことが嬉しかった。

彼が言うように、それが懸念としてあるのだと知らなければ、ネアは気付くことすら出来ないかもしれないのだから、怖いものの全てに蓋をせずに、教えてくれて良かったのだと思う。



「シェダーさん、教えてくれて有難うございました」


ぺこりと頭を下げたネアに、シェダーはどこか儚い目をして微笑んだ。


「ずっと昔に、その微笑みを曇らせることだからと、大切な人に言うべきことを言わないまま、全てを失った魔物がいた。……………俺が、世界で誰よりもよく知る魔物だ。だからこそ、君をそんな目に遭わせる訳にはいかないからな」

「それは……………」

「気にしなくていい。俺の感傷のようなものだ」



シェダーはすぐにその瞳に浮かんだ痛みを消し去ってしまったものの、彼が示したその魔物は、かつての彼自身に違いない。


大切な人というのが、彼の伴侶であったのか、最後まで助けを求めなかったというディノなのかは分らないが、全てが終わってしまった後に、彼は己の選択を後悔したのだろうか。



「…………さて、気が重くなるような話はここまでにしよう。ウィリアム、すまなかったな」

「……………いや、俺では言えなかったことだ。少し身構えたが、ネアに話してくれて良かったんだろう」


そう苦笑したウィリアムの肩をぽんと叩いて、シェダーは、少し離れた位置で友人達とお喋りをしていたらしい同伴者の女性に声をかけ、手を取り共に離れて行った。


犠牲の魔物の背中を見送り、ウィリアムが心配そうな顔でこちらを見る。


人間よりよほど繊細で儚いくせに、こんな風にこちらを案じてくれる優しい魔物に、ネアは微笑んで頷いてみせた。



「ネア…………、」

「大丈夫ですよ、ウィリアムさん。私は、そんな不安があるのだと教えて貰った方が、いざという時にみなさんに相談出来るので助かります。それに、ディノが対策を講じてくれているのですから、怖くはありません」

「そうか…………」


ほっとしたように微笑み、ネアの背中にそっと手を当ててくれたウィリアムに、アルテアはなぜか、ほら行くぞと我が物顔でネア達を主導する。



「…………アルテアさん、お人形さんはどこへ行ったのですか?」

「ヨシュアの連れの妖精が引き取ったな」

「なぬ!押し売り…」

「その妖精が欲しがったから、ヨシュアが対価を支払ったんだ。言っておくが、そっちにまで話をした訳じゃないからな」



本日の冬告げの舞踏会にヨシュアが連れてきているのは、ルイザの妹の、霧雨のシーなのだとか。



遠くに二人の姿が見えたので目を凝らしてみれば、確かにルイザによく似た美しい女性だ。


エルザという名前の彼女もヨシュアのことをよく知っており、最近は、兄のイーザと一緒にお世話していたりもするらしい。


この度、晴れてルイザがオズヴァルトと恋人同士として認められたので、今後そちらにかかりきりになる姉の代わりにと、今日はエルザが同伴者を買って出たのだ。


ヨシュアにとっては親友のイーザとルイザの妹という感覚で、ああ見えて霧雨の一族をとても大切にしている雲の魔物は、美しい人形を是非小さな妹達へのお土産にしたいというエルザの為に、あの人形を引き取ったのだった。



(あの言動で我が儘で少し幼く感じてしまうこともあるけれど、ヨシュアさんは、身内に対してとても真っ直ぐな人なのだわ…………)



大切にしているということをしっかり伝えることで、ネアの大事なリーエンベルクとはまた違う形で輪になっている素敵な大家族のようなものだ。

そこにオズヴァルトが加われるのならば、彼はもう寂しくはないだろう。




「ネビア、さっきは助かった」

「私も初めて見る生き物で、手間取ってしまった。冬の最高位者達に任せればいいのだと理解するまでに時間がかかってしまったが、無事に間に合っただろうか?」


途中、ロサとその同伴者とすれ違い、そう問いかけたロサにウィリアムが頷いた。


「ああ、この通りネアも無事だ。俺も、冬宿りを見たのは初めてなんだ」

「そうだったのか。冬の夜に家々を訪ねるという伝承とは違い、このような所にも現れるのかと驚いたが、彼女は冬の祝福を?」

「そう言えば、何でネアだったんだろうな…………」



そう不思議そうにこちらを見た二人に、ネアはふんすと胸を張った。



「まぁ、忘れてしまったのですか?私は、氷のすごい祝福を貰っているんですよ。………………ただ、可動域の問題で使えないだけで………」


そう言えば男達ははっとしたものか、言い難いことを言わせてしまってすまないと謝ってくれた。


そんな風に露骨に動揺されてもと悲しく思うネアは、心に優しくない光景から目を逸らした先で、アルテアが誰かに話しかけられていることに気付く。


その男性は、ネアに気付くとふわりと微笑んで会釈をしてくれた。

アルテアとはその一言二言だけで事足りたものかそのまま離れて行ってしまったが、誰だったのだろう。



「アルテアさん、今の方は…………」

「ジョーイだ」

「まぁ、あの方がそうなのですね?!であれば、お話ししてみたかったです。………ただ、野生の魔物さんはこんなものなのかもしれませんね……………」

「野生…………?」


嫌そうな顔でそう尋ねたアルテアに、ネアは何を今更と目を瞬く。


「魔物さんとは、本来は、ご自身が強い執着を持たない相手には、野生の獣さんのような振る舞いなのでしょう?であれば、微笑んで会釈をしてくれたので、そこまででもう充分なのではないでしょうか?」



いつも思うのだが、こうしてネアが魔物の生態に触れる度、アルテアがなぜ驚いたような目をするのがよく分からない。


魔物とはかくありきという言動を体現していた野生の中の野生の魔物だった筈だし、あの可愛いクッキーモンスターですら、ヴェルクレアの第一王子であるヴェンツェルにも何の興味も示さないのだ。


ネアが、ウィームの街の中でよく訪れる商店などにも歌乞いの契約の魔物がいたりするが、彼等もまた、元々愛想の良い者でもない限りは、契約した主人以外の者とは関わろうとしない。


竜であれば、時折ご主人様に近付くなと威嚇されてしまうこともあり、それを悲しいと思うことはなかった。

知り合いの知り合いだからご挨拶をと思うのは、人間くらいのものなのだろう。



「……………やれやれだな。これ以上、余分を増やすなよ」

「なぜ叱られたのだ…………。解せぬ」

「我々には、我々なりに居心地のいい距離感がある。特に人間の場合、その距離感を見誤らない者は珍しい。君のような考え方であれば、好ましいと考える魔物も多いだろう」



そう教えてくれたのは、ディノから問答無用でネアを託されてしまった経緯があるからこそ、今でもこうして会えば話の出来る生真面目な魔物だ。


成る程そうなのかと頷いたネアに、ウィリアムがにっこりと微笑んだ。




「ネビア、そろそろダンスをした方がいいんじゃないか?」

「………あ、ああ。そうしよう」



なぜかぎくりとしたように頷き、かつての戦友は去って行った。


同伴者の女性は嫋やかな微笑みで一礼してくれたのだが、動いた先ですぐにご婦人方に囲まれてしまったロサに、ぴりぴりっとした危うい微笑みに変わっていた。



「まぁ、ロサさんは人気者なのですね…………。む、戦争が始まりましたよ。またケーキの苺が飛んで来ないように、ウィリアムさんの影に隠れます!」

「こいつもいつもはあんな感じだぞ」

「ウィリアムさんも、もてもてなのですね?」

「いや、アルテアは大袈裟に言っているだけだ。この通り、一緒に居てもそんなことはないだろう?」

「むぅ。確かに囲まれてしまうことはないのですが、遠くからウィリアムさんを見ている方々はたくさんいますよ?…………あの木の影や、………………テーブルの下にも…………」



うっかりそんな監視者たちに気付いてしまい、ネアは俄かに青ざめた。


そのようなところからウィリアムを見守っているとなれば、微笑ましいという段階を通り越して怖いような気もする。

そんな人気者を独り占めしている人間めに憎しみを燃え上がらせているとまずいので、これはもう、早々に火消しをさせた方がいいのではと、冷酷な人間は考えた。



「…………今はアルテアさんもいてくれますし、ウィリアムさんが、あの方達とお喋りをしてくるのであれば…………」

「ネア、いくら俺でも、テーブルの下にいる相手とはさすがにかかわりたくない」

「……………案外、いいお嬢さんだったりするかもしれません」

「いや、お前にそのドレスを着せた段階で、まっとうな女は引くだろ。殆ど白に見えるからな……………」

「ふむ。確かに白っぽく見えるので、きっととてつもなく偉い人間だと思われているのかもしれません。狩りの女王ではありますので、あながち間違いでもありませんしね」



ネアがそう頷けば、なぜかアルテアは呆れた目でこちらを見た。


ネアが意図したことは思うように伝わらなかったが、そもそもアルテア自身が全身の白い装いを許される特等の魔物なのだ。

白色という、高位の証を身に纏う相手への警戒をする必要がない。



(そんな風に威嚇の役割を果たしてくれるからこそ、ウィリアムさんは白っぽいドレスを作ってくれるのではないかな…………)



先程、ハザーナから教えて貰ったのだが、ヴェールの赤い実の飾りは、伴侶や家族などの特別な愛情をかけた者にだけ身につけさせるものなのだとか。


であれば彼は、そんな風にネアの身を案じてくれているのだ。

様々な手でネアの装いを頑強にしてくれて、こうして冬告げの舞踏会に連れてきてくれたウィリアムには、感謝をしなければと思う。



その後、無事にデザートのお皿のあるテーブルに辿り着き、ネアは漸く美味しいお菓子にありついた。



冬告げのお料理はデザートまで麗しいのか、うっとりとした幸福の極みで色々なものをいただく。



中でも、素朴なブリオッシュ生地のようなものの中に、とろりとした花の香りのする蜂蜜を入れて焼いたお菓子は堪らない美味しさで、ほわほわに立てたホイップクリームチーズの小皿と一緒に齧るのだ。


ぱりぱりとした薄い飴でコーティングした中に、とろりとしたジンジャー風味のチョコレートクリームの入ったものや、冬葡萄と真っ赤な苺をふんだんに乗せた宝石のようなタルト。


一足先にイブメリアのケーキ気分な、白いクリームのケーキなど、堪らぬ品揃えである。




「満足です…………」

「……………やれやれだな」

「むぐ!お口の中に何かが押し込まれました。……………………林檎…………違いますね、…………お酒の風味で甘く煮詰めた梨に、ほろ苦い珈琲風味のクリームが乗っています!!」

「ほら、こっちも食え」

「むぐ!」

「アルテア、…………何度も言いますが、彼女は俺の同伴者なので、…………安心して、イアデラと話をしてきては?」




微笑んでそう言ったウィリアムに、アルテアはゆっくりと振り返った。


使い魔からお菓子を献上されていたネアも一緒に振り返ったところ、そこに立っていたのは嫣然と微笑む美しい藍色の髪の女性だ。



(なんて綺麗な人だろう…………)



匂い立つような美貌だけでなく、たいへんな切れ者という感じもするので、ネアはどんな人なのだろうと興味を持った。

お友達になれるのであれば、このお皿のケーキを分け与えるのも吝かではない。



「アルテア様、御無沙汰しております。少し宜しいかしら?」

「良くはないな。見た通り、取り込んでいる」

「でも、終焉の君はあなたを放免したように見えましたよ?」

「残念ながら、勘違いだな。………………おい」



その時のネアは、今年の冬告げの舞踏会でも昨年同様に祝福の雪が降るという案内があり、ふわふわ舞い降りてきた雪片に手を伸ばしているところであった。


わくわくしながら今年もいいものが貰えるかなと手を伸ばしていたのに、なぜか荒ぶった使い魔に手荒く邪魔されてしまい、怒り狂う。



「ぎゃ!何をするのだ!!私から、楽しい抽選の機会を奪おうだなんて許しません。先程の焼き菓子の納品数を二個に増やします!」

「お前が手を伸ばしていたのは、雪じゃないだろ。良く見てみろ」

「…………………む?………確かに少しべっしゃりしているような……………?」



言われて見てみれば、確かにネアの狙っていた雪片だけ、他のものより質感が重そうに見える。


なぜなのだろうと思って首を傾げると、アルテアが、どこからか取り出した杖でその雪片をばしんと叩き落とした。


するとなぜか、少し離れた位置にあるテーブルの影から、悲しげな声が聞こえてくるではないか。



「…………アルテア、ネアを少しだけ頼みます。霙も懲りないな…………」

「ったく、目を話した途端にこれだからな」

「かいなどありません………………………」

「そもそもあれは、お前の会にすら所属してないだろうが」

「こんな時こそ、ニエークさんに活躍して貰いたいのですが。……………む、」



ここで、案外すばしっこいのか、ウィリアムから逃げ出した霙の魔物がこちらに向かってきたので、ネアは、アルテアが杖でくしゃっとやってしまう前にと、胸元からいそいそときりん札を取り出した。



「馬鹿かお前は!」



しかしなぜか、もの凄い剣幕のアルテアに羽交い絞めにされてしまい、むがっとなる。



「なぜ邪魔をするのですか!懲りないつきまとい犯には、記憶を失うくらいの恐怖を与えておくべきではありませんか」

「あいつが死のうが記憶を失おうが構わんが、ここでそれを広げれば、背後にも被害が出るだろうが。そもそも、季節の舞踏会がどれだけ繊細な魔術で組み上げられているのか、お前はすっかり忘れているな?………………それと、妙なところにものをしまうな…………」

「あら知らないんですか?ドレスのご婦人は、このようなところにハンカチなどをひそませるらしいですよ。ダリルさんに教えて貰いました」

「……………そうか、あの書架妖精の仕込みか」

「そして、後ろの恋人さんを蔑ろにしてはいけません。私はもう、……………たいへんいい笑顔で何かを成し遂げてきてしまったウィリアムさんが戻ってきてくれたので、安心して雪の中から宝物を探しますね」



こちらに戻ってきたウィリアムは、無事に霙の魔物を捕獲してどこかに捨ててきたようだ。


どこか晴れやかな微笑みはとても怖いが、ネアにとっては、つきまとい犯が滅ぼされたので頼もしく見えるくらいである。




会場のあちこちで、嬉しそうな声が上がっている。



早くもみんなは雪の中から贈り物を手にしているようなので、ネアは少しだけ焦っていた。


残りものにも福はあるのだが、もしこの祝福の雪を降らせている誰かが、もうみんなに行き渡ったと思って贈り物を切り上げてしまったら大変だ。


まだ何か言いたげな使い魔のお腹をさっと撫でて黙らせておき、はらはらと舞い降りてきた雪の一つに、弾むような思いで手を伸ばす。



(きらきら光っているみたい。きれい……………)



狙いを定めて手のひらに触れるのを待ったその雪片は、ネアの手の上でしゅわりと溶けると、可愛らしい銀色の鍵に姿を変えた。




「まぁ、今年もいいものが来たようですよ!」



喜び弾むネアを覗き込み、ウィリアムとアルテアはなぜか、難しい顔をしている。


こんな時だけ謎の協力体制となり、顔を見合わせてから周囲を見回し、ネアが引き当てた鍵がどういうものなのかを調べているようだ。


どうやら今年は、繋ぎ石ではなく、様々な恩恵や祝福の小箱を開ける鍵が贈られているらしい。



確かにいつの間にか、会場の中心には、贈り物の箱のようなものが何個も並べられている。



「………………銀の箱となると、あれか……………」

「成る程、…………氷の魔物から直接祝福が貰えるようですね…………」

「まぁ、あの素敵な氷の魔物さんですか?」



贈り物がどんなものなのかを知り、ネアは昨年の冬告げの舞踏会で見かけた美しい男性を思い出す。


どことなくイーザに似た雰囲気の、繊細な美貌を持つ人だった筈だ。



「ではさっそく、受け取りになど…………むぐ?!」



とうとう可動域六めにも魔術が使えるようになるのかなと、うきうきしたネアだったが、背後から忍び寄った悪い魔物達に囲まれ、両脇からさっと腕を掴まれてしまった。


手のひらの中の銀色の鍵はさっと取り上げられ、悲しい悲鳴を上げたネアの目の前で、アルテアと何らかの問題があるらしい、藍色の髪の女性の手に、ぽいっと渡されてしまう。



「……………アルテア?」

「譲渡の繋ぎの魔術は切ってあるからな。好きに使え。あいつが直々に守護を与えることなんぞ、滅多にないぞ?」



そう言われた女性は、はっとしたように視線をどこか遠くに投げ、ぎらりと目を輝かせた。


それはもう、素晴らしい獲物を見付けてしまった狩人の眼差しであったので、氷の魔物は女性に人気の人であるらしい。



「いいわ。これで、この前の不義理はなかったことにしてあげる」



そう微笑み、魔物達に捕まっているネアにも微笑みかけてくれると、イアデラと呼ばれた女性は素早くその場から立ち去ってしまった。



「むぐるるる!私が引き当てたものなのです!!!」

「落ち着け、何か代わりのものをやる」

「ネア、もう少し踊らないか?ほら、向こうでは音楽が始まるようだぞ」



素敵な商品を知らない人に譲渡されてしまい、怒り狂った人間は、左右を押さえる魔物を蹴散らさんと大暴れしたのだが、狡猾な魔物達はびくともしなかった。



しかし、素敵な賞品を失ったネアがふにゅりと涙目になれば焦ってしまったものか、会場の一画で荒んだ目をする人間にあれこれ献上する魔物達の区画が出来上がった。



素敵な椅子を用意され、せっせと美味しいものをお口に運ばれ、アルテアからは、御贔屓の家具屋さんで好きな家具を買って貰う約束と、素敵なお家の宿泊券を。

そしてウィリアムからは、串焼き肉と砂風呂でのおもてなしの約束を取り付けたネアは、何とか溜飲を下げた。



とは言え、最後の最後にネアを笑顔にしてくれたのは、ディートリンデだろう。



この悲しい事件を知った彼は、ジゼルやニエークに相談して、ネアが気に入っていた会場を飾る祝福の実の小枝を、ぽきりと折って一本くれたのだ。



じゅわりと滲むような色彩を宿すその美しい小枝は、素晴らしい冬の訪れを約束するものであるそうだ。


今年の冬告げの舞踏会には冬宿りが来たので、いっそうに素敵な祝福になっている筈だと教えてくれる。



かくしてネアは、すっかり草臥れた終焉と選択の魔物を引き連れて、ご機嫌で帰路についた。



こんな素敵なお土産があれば、ディノにも冬告げの舞踏会の気分を味わって貰えるだろう。



















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― 新着の感想 ―
かき氷のみぞれは美味しいんだけどねぇ。きっと、ネア、ディノ、ゼノ好みですよ(*´ω`*)
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