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339. 冬告げの舞踏会に向かいます(本編)




朝から、はらはらと粉雪の降る美しい日であった。



雪に覆われた庭は繊細な絵画のようで、そこかしこにウィームの美しい冬の訪れを喜ぶ冬の系譜の者達の祝福の煌めきが見える。


禁足地の森の遠くには翼を広げて休む雪竜の姿があるが、時折首を伸ばして空から舞い落ちる雪を浴びるのを楽しんでいるように見えた。



(あ、…………)



また、はらりと降った雪の白さにはっとして、庭園の冬薔薇や大きな青磁の壺に溢れんばかりに咲いたシクラメンの赤い色に目を奪われる。

冬の花々は雪を纏っても弱ってしまうことはなく、寧ろ淡く光るように見えた。



窓から見える詩的な光景に、ネアはほわりと至福の溜め息を吐く。



こんな日に窓硝子に息を吐きかけると、精緻な雪の結晶のような氷の模様が窓に浮かぶ。

ぴしりと広がり、とても儚くて一瞬で溶けてしまうのだが、時折その結晶がぼおっと虹のような煌めきを纏うことがある。


これはリーエンベルクでしか出来ない遊びで、窓の結晶が虹色の煌めきを帯びるのは、この土地に住む万象の魔物に嬉しいことがあった日だと言われていた。


今朝、その実験をしてみたのだが、巣の中の魔物をたくさん撫でてくしゃくしゃにしてから試してみたところ、窓に張った結晶は素晴らしい虹白に光った。




「…………この花で最後だ」



鏡の中の自分に素敵な魔法をかけてくれた指先が、そっと最後の花を整えた。



「ネア、こんな感じでどうだ?」

「……………ものすごく素敵に、ふんわりとして貰って幸せでいっぱいです。ウィリアムさんは、とっても器用なんですね……………。この、垂れ下がったお花の感じがもう、何て素敵なんでしょう!」



(ヴェールをかけても素敵な花飾りが見えるのがとっても素敵。……………後ろから見ても素敵だなんて…………)



ネアが鏡越しに微笑むと、ウィリアムもほっとしたように微笑んでくれる。


冬告げのドレスはヴェールをかけるので、ウィリアムはまず、しっかり巻いてくれた髪を素敵なアップヘアにしてくれた。


ブーケかなと思ったくらいの持ち込まれた沢山の花は、片側の耳の上に垂れ下がるように動きを出し、襟足のところに後ろから差し込んだ花飾りは、正面から見えるように配置された花々の香りがふわりと鼻孔をくすぐる。


勿論、後ろから見えるように飾った花も、ヴェールを透かして見えるので決して無駄ではない。



(すごい…………こんなにお花を飾ったのに軽薄な感じにならないし、がさがさもしない…………。魔術を使っているものだけど、まるで自分の髪の毛の一部になったみたい………)



首筋には、花々が触れている筈なのだ。

けれども、異物がそこに触れるという感覚が動かないので、ネアには分からない魔術の不思議が働いているのだろう。



「はは、細やかな作業は苦手なものも多いんだが、なぜかこればかりは上達したみたいだな。ネアが喜んでくれたようで良かった」

「……………今日のドレスは、手のひらですりすりするだけで至福の極みですし、きっとまた、ディートリンデさん達にも会えるので、とっても楽しい一日になりそうですね」

「ああ、俺も楽しみだ」



目を輝かせて見上げれば、こちらを見たウィリアムが眩しそうに目を細めた。

そう話して微笑み合うネア達を見て、長椅子の影からこそこそと囁く者達がいる。


すっかり抵抗力の弱まったディノと、先程ネアにドレスを撫でさせられてしまい、撃沈したばかりのノアだ。

今日は午前中がお休みになったというゼノーシュも見に来てくれており、さすがの見聞の魔物は、部屋に入るなりすかさずネアのドレスを褒めてくれた。



「わぁ、ネアのドレス、柔らかい毛皮みたいに見えるね。すごくよく似合う」

「ゼノ、有難うございます!ふふ、着ている私もなでなでしたい至高の手触りのドレスなんですよ」

「また白いのは、どういうことなんだろうなぁ………………」

「ずるい、かわいい……………」

「シル、確かに全体的には白灰色だけどさ、白い印象の方が強いと思わない?」

「ネアが可愛い……………。動いてる……………」



髪結いを終えて、ネアは、ドレスが汚れないように首からかけて貰っていた布を外し、椅子から立ち上がった。


ふわん、とろんと、ドレスの生地が揺れて体に添えば、堪らない贅沢さにネアはうっとりする。

手袋をせずにドレスを撫で下ろし、その手触りの素晴らしさに頬が緩んだ。



「なんて気持ちのいいもふもふ!ディノも触ってみませんか?」

「……………ネアが虐待する」

「でも、ディノも大好きな霧竜さんの毛皮を模したものなのだそうです。新雪からこんな素敵なものが織り上がるだなんて、妖精さんの織物は素晴らしいのですね……………」



ネアの本日のドレスは、限りなく白に近しい白灰色のものだ。


両肩をしっかり出し、沢山のドレープを寄せて肩にふわりとかけた袖には、精緻な刺繍が施されているし、繊細なレースが贅沢に使われている。

胸元は大胆に開けてはいるが、控えめにあしらったレースが上品で、鏡で見ると幸せな気持ちになった。



そしてなによりも素晴らしいのは、このドレスの生地である。



この布地が織物だというから驚きなのだが、まるで薄く伸ばして手触りはそのままにした、霧竜の毛皮のようなもので出来ているのだ。


白灰色のその表面は、薄らと白銀色の艶を纏い、しっとりとしたとろふわの手触りながらも、重たくなることのない軽やかさもある。

織物の特殊な祝福をかけられ、体にぴたりと馴染むような特別な織物なので、試着をしての手直しも必要ない。


仕立て妖精の女王が得意とする優美なデザインは、裾の部分にたっぷりボリュームを持たせたマーメードラインだ。


裾周りには淡い淡いラベンダー色と、しゃりりとした光るような水色の生地を薔薇の花びらのように配置しているので、雪原に咲いた薔薇の花のような趣がまた秀逸であった。

腰回りと裾回りに施された彩雲と夜霧から紡いだ糸の刺繍では、端正な枝葉の模様だけなのがまた涼やかで上品さを損なわず、儚くも清浄な冬を思わせる舞踏会のドレスにしてくれる。



「ディノ、今回のドレスは、冬の祝祭のリースを現しているそうなんですよ。だから刺繍は土台になる木の枝や葉っぱを現していて、裾周りを薔薇の花風に、ヴェールにはインスの実を模した宝石飾りがついていて、頭にもこんな風にお花がたくさん。…………なんて素敵なドレスなんでしょう………………」



ご機嫌で弾みたくなるようなドレスだが、今日のドレスは、どちらかと言えば頭の上から爪先までで一連の作品という感じのコンセプトドレスなのでと、ネアは、そんな姿を見せつけようと、誇らしげに胸を張って両手を広げてみた。


ご主人様に呼ばれているのかと思った魔物は長椅子の後ろから頑張って出て来たが、ネアの腕の輪の中に入ったところでよろめいてしまう。


目元を染めて水紺色の瞳を潤ませ、どこか苛められたようないけない雰囲気を出してきた魔物に、ネアは眉を寄せて首を傾げた。



「あんまり、心を惹かれない感じでしょうか?」

「…………とても綺麗だよ。でも、…………」

「でも……………?」

「ずるい……………」

「むぐぅ……………」



邪悪な人間が悲しげに息を吐いてみせると、魔物ははっとしたようだ。

慌てて、意を決したようにネアを抱き締め、腕の中の婚約者に頬を染める。



「……………綺麗だよ。それにすごく……………可愛い。…………君の好きな手触りのドレスを作ってもらって、良かったね」

「はい!冬らしい織物ですよね。本物の毛皮だとこのように軽く出来ないようなので、ドレス仕立てのとろふわ竜風味なのがとっても素敵でしょう?」

「ネアが動いてる…………………」

「むむぅ。動いている私は、通常仕様なのです。ドレスを着て髪の毛を綺麗にして貰っていますが、いつもも動きますよ?」



ネアは、ご主人様が動くのは通常仕様だと言ったのだが、ディノは、頑張ってネアを抱き締めてドレスの手触りを確かめた後、あっという間に儚くなってしまった。


とは言え、長椅子に寝かされた魔物はご主人様が可愛いと幸せそうな顔をしているので、ネアは髪結いで余った白い薔薇を一つ貰い、そっと胸の上に手向けておいた。



「横のテーブルにお菓子もお供えしておきましょう。………ゼノもいりますか?」

「うん!…………わぁ、チョコレートだ。有難うネア!」

「中に無花果ジャムが入っているので、ぷちぷちして美味しいんです」



飴玉のように紙に包まれたチョコレートを渡すと、今日も視界に可愛いゼノーシュは、無花果チョコレートを食べながらネアに微笑みかけてくれた。

きらきらする檸檬色の瞳に、白混じりの水色の巻き毛。

こんな風に美味しいお菓子に喜んでいる姿は、この世界の財産だと、ネアは考えている次第である。


「ネア、その髪型もとっても似合うよ。僕、今回のヴェールも好き」

「まぁ、有難うございます!ウィリアムさんの整えてくれた髪は、耳の上のあたりから下がる小さな丸い薔薇の蕾が、何とも可憐で可愛いですよね。ゼノにも褒めて貰って大満足です」

「ウィリアムの白い服と、同じ色の薔薇なんだね」



そう教えてくれたゼノーシュにネアはおやっと眉を持ち上げ、ウィリアムの、華やかでどこか凄艶な白の盛装姿を振り返った。



ウィリアムは、前髪をきっちり後ろになでつけていて、昨年と同じように、王族相当であることを示す、水晶の小枝を編んだような華奢な王冠を頭に乗せている。

取り付けられた宝石は淡くちかりと光り、光を孕む花蕾のようだ。

それだけでも特等の装いであるのに、軍服の上に華やかなケープを纏うので、堪らず何とも美しい。


ケープは昨年と同じ白いものだが、今年の色味は淡く優しく水色がかっているようだ。


襟元には青みがかった白い色の毛足の長い毛皮の飾りがあり、その毛皮がどこからか宝石質の羽のようなものに変化しているのが、この世界らしい美しさである。

襟元の装飾は、夜の結晶石に星と薔薇の細工を施したもので、そこから下がりしゃらりと揺れる滴型の結晶石は、霧か雪の祝福石だろうか。



(なんて素敵なケープなのかしら…………)



見るなりすっかりネアのお気に入りになったケープの表面には、同色の糸の刺繍で不思議な模様が表現されていて、光の加減でその模様がきらきらと浮かび上がる。

魔術的な要素の多い世界地図や、飾り文字の魔術陣にも見えるのだが、実際には、終焉の魔物を示す古い祝福の詩編を絵に起こしたという、特別な模様であるらしい。


ケープの裏側は鮮やかな深い青色で、冬の月夜や雪の降る日の湖などを思わせる、はっと目を惹く色だ。

踊るたびにこのケープが揺れたら、きっと綺麗だろう。



「ウィリアムさんのケープと、私の髪の薔薇の花が同じ色なんですね!」

「ああ、せっかくだからな。どこか色を揃えたいと思って」

「わーお、とうとう悪びれなくなったぞ……………」

「ネイ、舞踏会という場なのですから、そのようなこともあるでしょう」

「ヒルドはさ、耳飾りをつけて貰ってるから余裕でいいよね…………」

「必要なものですからね。このような舞踏会での妖精避けはやはり、妖精の羽の庇護が一番の盾になりますから」

「ありゃ、善良なのは僕だけって気がしてきたぞ…………」



わいわいする部屋の中で、さりりっと、床に引き摺るドレスの裾が柔らかな音を立てる。


今日のネアがかけるヴェールは、腰くらいまでの長さのものだが、この空気を暖めてくれる魔術を纏うヴェールがあるかどうかで、冬告げの舞踏会の過ごし易さは変わってくるのだ。

男性の装いとは違い、肩や首筋、胸元を出す女性達はこのような工夫をしていることが多い。


冬の夜靄を紡いだ繊細なレースのヴェールには、インスの実に見立てた赤い宝石の飾りがあり、歩く度しゃらんと可憐に揺れる。

この宝石は植物由来の結晶石ではなく、愛情などを司る魔術から生まれた、とても貴重なものなのだとか。

魔術の恩恵でヴェールはしっかり固定されているので、このような宝石飾りの微かな重みが加わっても、負荷となるような重さは感じなかった。



(靴は革が柔らかくて足に吸い付くようだし、内側が毛皮張りでとっても気持ちいい………)



ドレスの裾に完全に隠れてしまうのが勿体ないのだが、今日の靴はとても素敵である。


ドレスに引っかからないように、無駄な装飾を一切省いたその代わりに、靴としての形がこの上なく優美なのだ。

踵の部分は雪に滲んだ星空の結晶石で補強されており、床石を踏むとこつりと良い音を立てる。

この舞踏会の後も溺愛したい靴に出会ったネアは、箱から出された時にはもう、うっとりと見惚れてしまった。



しかし、ドレスの出来栄えや今日の自分の仕上がりに大満足で微笑むネアの向こうで、なぜかこちらに集合してしまった一人の魔物が、不機嫌そうに赤紫色の瞳を細めている。

この魔物も本日の冬告げの舞踏会の参加者なのだが、隣には、白緑色の髪に水色の瞳をした美女がひっそりと佇んでいた。



(何度見ても、とっても繊細で綺麗だわ…………)



手足の細く長い、優美なバレリーナのような体型の女性だ。

憂いを帯びた眼差しがどこか神秘的で、ドレスは淡く色づくような水色。

針のように細いヒールの靴には藍色の宝石が飾られており、すっきりとまとめた髪が上品である。



(あの腰の細さはやっぱり、妖精さん相当なのだろうか…………)



この身体的な特徴は妖精であると結論を出し、ネアは、こんな雰囲気が使い魔な魔物の理想の女性なのかなと見識を深めた。

場合によっては、こんな雰囲気の素敵な女性が、今後ネアの女友達として出現するのかもしれないので、ここは真剣に観察して未来に希望を抱いておこう。


しかし、その同伴者をじっと見ていると、アルテアは不機嫌そうにこちらをひと睨みするではないか。



「…………何だ、言いたいことがあるのか?」



どこか鋭い物言いでそう尋ねたアルテアの装いは、シャンパン色がかかった白い盛装姿で、墨色にも見えるふくよかな青灰色のクラヴァットには菫色の宝石のブローチが美しい。


片方の耳にはネアとお揃いの繋ぎ石の耳飾りに似た宝石をつけているが、色合いは限りなく白に近い細やかに光る灰色になっているので、別のものだろう。


ふわりと掻き上げたようなスタイルの髪型に、毛皮で縁取られたコートを肩にかけたような小粋な作りのケープが微かに軍人風の禁欲的な色めかしさを添え、尚且つ華やかだ。

ケープの裏側は深みのある赤紫色なので、ウィリアムと対のように見えなくもない。



「……………アルテアさん、やはりどなたか、ノアのお友達に声をかけて貰ったほうが…………」

「お前は余計なことをするな。これは、道具だと何度言えば分るんだ…………」

「…………………ふにゅ、…………一緒に行ってくれる人が、一人も見付けられなかったのではなく…………?」

「おい、やめろ。そんな訳ないだろうが。どうせお前は事故るんだろうし、今はウィリアムも怪しいからな。これぐらいで丁度いいだろう…………」

「だとしても、せっかくの舞踏会なのに、お人形さんと踊るだなんて…………」



ネアがそう項垂れるのは、今日のアルテアの同伴者が、そもそも生き物ですらないものだからだった。



とは言え、この美しい女性が、魂や命を持たない特別な歯車で動く人形だと気付く人は、どれだけいるだろう。

魔術で動く精巧な人形は、触れてみても作り物だとは思えない、まるで生きている人のような仄かな温もりさえもある。


アルテアは、今日はなぜか同伴者が欲しくない気分であるらしく、魂の入れ替えに失敗したので元々廃棄する予定であったこの人形を連れて中に入るのだそうだ。

そのまま会場に捨てて来ようとしているあたり、あまり環境にも優しくない。

ネアは、捨ててしまうものならもういっそ、動いて喋るこの人形が同性のお友達でもいいのかなと思いかけたが、人形だけがお友達ということ程悲しいものもないと、慌ててその誘惑を振り切った。



「アルテアは、ある意味徹底してるよね…………。僕、人形と踊るのは正直無理かな…………」

「踊る訳がないだろうが。こいつは、あくまでも受付までだ」

「…………となると、アルテアさんは、誰と踊るのでしょうか?一人ぼっちで会場の隅っこに…………?」

「放っておけ。おい、その顔をやめろ………………」


ネアが悲しい顔でそっとチョコレートを差し出すと、アルテアからじろりと睨まれてしまった。

しかしチョコレートは受け取るので、やはり寂しくて胸が苦しいのかもしれない。

ウィリアムとのダンスの合間に、この使い魔も構ってあげなくてはと、ネアは密かな誓いを胸に抱く。



「さて、そろそろ行こうか。アルテアは、………その、……ええと、彼女と一緒に?」

「お前のそのやり口は、わざとだな…………」


そうネアの手を取ったウィリアムも、アルテアの同伴者には上手く言及出来ないらしい。

口ごもってしまったウィリアムを、アルテアは冷やかな目で見返した。



「いや、いくら俺でも、あなたが人形と踊るとなると、対応に苦慮しますよ…………」

「……………ほお?俺は、人形とは踊らないと話さなかったか?」

「おや、そうでしたっけ」



ふわりと、ウィリアムがネアの手を取ってくれる。


ネアはまず、意識不明の婚約者のところにもう一度行って貰い、つんつんとつついてみた。

指先で頬をつつけば、ふっと真珠色の睫毛が揺れて、澄明な水紺色の瞳が開く。



「ずるい…………かわいい…………」

「目を覚ましてくれて良かったです。ディノ、行ってきますね」

「……………ウィリアムなんて………………」

「シルハーン、今日は俺が、責任をもってネアをしっかり守らせていただきます」



ウィリアムは、膝を折ってそうディノに約束してくれると、悲しげな目をした魔物はもそもそと起き上がった。

胸の上の花に気付き何だろうと首を傾げているので、ネアからのお見舞いの品である旨を伝えておく。

ネアの髪に使った薔薇と同じ、花びらがみっしり詰まった水色がかった綺麗な白い薔薇だ。


ご主人様からの贈り物だと知り、魔物はぽわりと目元を染めた。

元はと言えばウィリアムが持って来てくれた薔薇なのだが、ディノのお見舞いに使ってもいいかどうか聞いたところ快く了承してくれたので、連名の贈り物でもある。


白い薔薇を握り締めている魔物の頭を撫でてやり、お供え兼おやつのチョコレートも渡しておくと、ネアは大事な魔物をそっとノア達に託しておいた。



「行ってきますね、ヒルドさん、ノア、ゼノ。最近とても儚いディノを、どうか宜しくお願いします」

「ええ、こちらは大丈夫ですので、どうぞゆっくりと楽しんで来て下さい。ディートリンデに宜しくお伝えいただけますでしょうか」

「はい。ディートリンデさんにもお会いしてきますね。何かお伝えしておくことはありますか?」

「……………では、アーヘムが例の酒を見付けたとお伝えいただければ」

「ふふ、きっとディートリンデさんが喜んでしまう伝言に違いありません。お伝えしておきますね」

「ネア、行ってらっしゃい。チョコレート有難う」

「ネア、シルのことは僕達に任せて。その代り、ウィリアムに気を付けるようにね」

「まぁ、ノアはそう言いながらも、ウィリアムさんが大好きですものね?」

「え……………何でそうなったの…………?」



意地悪な人間にそう言われてしまい、塩の魔物と終焉の魔物は、お互いを見て固まってしまった。

たいへん微笑ましいので、ネアはまたやってみようと考える。


何しろ銀狐な塩の魔物は、とろふわ竜はウィリアムしか受け付けない頑固ぶりなのだ。

今日のドレスなどまさしくとろふわ竜で中身に生き物が入って動く仕様なのだが、くしゃりとなっただけで、前のウィリアムな竜の時のようにへばりついたりはしていない。


これはもう、ウィリアムにしかない良さがその差を生んでいるのだろう。




「アルテアさんと、………人形さんなお嬢さんも、一緒に行きませんか?」



そう提案したのだが、アルテアからは、敢えてもう一拍遅れて会場に入ると言われたので別々に向かうことにした。


一緒に向かうことで、ここが一括りだという認識をされるよりも、向こうで遭遇したという体にする方が何かと都合がいいらしい。

結局、中で一緒にいるのなら変わらないのではと、大雑把な人間は思ってしまうのだが、やはり舞踏会は、入場の瞬間が一番に参加者達の目を惹くのだそうだ。

その瞬間を分けることで、それだけでも会場の参加者の認識が変わる。


些細なことだが、そんなことで命運を分けることもあるのだと言われれば、この魔物の慎重さには舌を巻く思いだ。



「では、アルテア。一足先に向こうに行っていますね」

「アルテアさん、寂しくなったら声をかけて下さいね」

「いいか?俺が行く前に事故るんじゃないぞ?」

「むぐる………………」



預けた手をウィリアムの腕にかけて貰い、ネア達は集まってくれたみんなに手を振る。

横を向いて行ってきますの合図をしたところで、なぜかノアが呆然と目を瞠った。



「…………ネア!よ、横………………」

「む……………?…………ああ、このドレスは、横のところがドレープで素敵にかくれているんです。でも、ヴェールがあるので寒くないようになっているのが素敵ですね」



今回の冬告げの舞踏会のドレスは、胸元は開いているとは言え、それは舞踏会のドレスの共通仕様のようなものである。


である以上は淑女のドレスのような慎み深さであるが、そこは仕立て妖精の女王らしく一捻りした仕掛けがあり、今回は胸の横あたりをぐっと見せるデザインになっていた。

この優雅なドレープの部分は、ヴェールに隠れるので普通にしている間はあまり気にならない。

ふとしたとき、おっと思わせるのが大人の魅せ方なのだろう。

位置が位置なのと、ドレス全体のデザインが上品なので、こんな仕掛けもまた上品だ。



そんなお気に入りの部分の説明をしている内に、ふわりと転移の薄闇に入った。



(雪の香りがする……………)


芳しく清涼な闇の向こうから、早くも冬告げの舞踏会の華やいだ空気が伝わってくるような気がする。

ウィリアムはケープの内側に入れてくれて、しっかり腰にも手を回してくれたので、どこか怖いところに迷い込んでしまうのではないかという微かな不安のような不安も、すぐになくなった。



「……………まぁ!」



そうして二人が訪れた会場は、ネアが季節の舞踏会の中でも最もその美しさに期待をかける、冬を告げる舞踏会のその舞台だ。


勿論昨年とは違う装いではあるのだが、お伽噺のクリスマスの情景のような雰囲気は変わらないらしい。

ネアは胸を押さえてうっとりとその美しい会場を眺めると、至福の息を吐いた。



(なんて美しいの。…………この光景をしっかりと記憶に焼き付けておいて、夢の中に出てきてくれたら嬉しいな……………)



冬告げの舞踏会の会場は、清廉に煌めく青緑の針葉樹に囲まれ、その全ての木々は宝石のような無垢雪をたたえていた。

木々を飾るのは、イブメリアのオーナメントのような、美しく繊細な飾り達。

今年は、アクアマリンのような水色の宝石と白蝶貝めいた宝石で作られた飾りを主体とし、透明感のある青みの深緑のリボンに、真っ赤に熟れた林檎のようなふくよかな深紅の木の実を飾っていた。


木の実の飾りは、インスの実よりは大きめのもので、柊のような葉っぱがついている。

内側からじゅわりと滲むような色彩は美しく、一個ぐらい落ちていたら持って帰りたい気分でネアは目を輝かせる。


木々の根元に咲き誇るのは、白にひと匙のピンク色を混ぜたような美しい冬薔薇。

こんもりと集まって咲く水仙に、アネモネにスノーボール。

三色菫のあたりには、同じような色合いのドレスの少女がいるので、三色菫の花の精や妖精なのかもしれない。



しゅわりと、星々の美しい夜空を流れ星が横切った。

その光の尾を辿って、きらきらしゅわしゅわと金色の煌めきが広がり、嬉しそうに見上げる男女がいる。



清廉な白を纏う王族の魔物の到着に、会場の人々がこちらを向いた。


春の舞踏会とは違い、冬の系譜の者達はネアにもとても好意的で、ウィリアムに挨拶をしながらドレスを褒めてくれる女性がいたりもする。

色とりどりのドレスの女性達が優雅にお辞儀をしてゆく中、ウィリアムは特等の魔物らしいどこか酷薄な鷹揚さで微笑んでいた。



「おお、ネアか。久しいな。元気にしていたか?」

「あらあら、今年の舞踏会も綺麗なドレスね。それは、………もしかして毛皮ではなくて、妖精の織物なのかしら?あなたにとても似合っているわ」

「ディートリンデさん、ハザーナさん!」


挨拶しながら人々の間を歩いてゆけば、誰よりも会いたかった二人がそこに居た。

雪のシーであるディートリンデと、ダイヤモンドダストのシーであるハザーナだ。

ネアは大好きな人達に再会出来て喜びに弾むしかなく、そんなネアの喜びに妖精達も微笑みを深めてくれる。


銀白の髪を結い上げたハザーナは、青い瞳に合わせた青いドレスを着ていて、雪を司る妖精の王として装うディートリンデは、髪色のミルクブルーのアクセントを効かせた白い盛装姿が美しい。

この二人とはお喋りをするのだと、ネアは、慌ててウィリアムの腕を引っ張ってそちらに向かった。


いいかなと振り返れば、腕をぐいぐい引っ張られたウィリアムはくすぐったそうに微笑んでいる。



「ウィリアムさん、来たばかりですが、あのお二人にご挨拶してもいいですか?」

「ああ、俺もあの二人とは話したい。食べ物はいいのか?」

「………………パイシチュー包み………………」

「それなら、あちらのテーブルの方で話そうか。…………ディートリンデ、ハザーナ、少しいいだろうか?」

「ええ、勿論ですわ。終焉の君」

「勿論だとも、終焉の王。俺の大事なウィームの愛し子と話させてくれ」



勿論、ウィリアムに挨拶をしたり、お喋りしたいと寄ってくる者達はとても多い。

しかしこうして輪になってしまえば、ディートリンデもまた妖精の系譜では王の一人であるので、人々は少しだけ遠巻きになり、次の機会を窺う体勢に入った。

その中には綺麗な女性達もいて、同伴者の男性に困惑したような表情をさせつつも、ウィリアムの方をしっかりと見据えている。


ネアのドレスを見るなり去ってゆく者達もいたが、今年のドレスも光の加減では白いドレスに見えるので、怖がらせてしまっているのかもしれない。



また遠くで、ざわりと人波が揺れた。

聞こえてきた囁きでは特等の魔物が到着したようだが、それがアルテアなのかどうか、この位置からは残念ながら見えない。


ハザーナから髪型も褒めて貰い、ネアは唇の端を持ち上げて微笑みを浮かべる。

今年の冬告げの舞踏会も、楽しい時間になりそうだ。













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