キャラメル林檎と画布の魔物
「ねぇ、あなたは偉い方なのでしょう?私のお気に入りの絵を私に下さらない?」
雑踏の中でそう話しかけられ、こちらを見た美しい金髪の乙女と目が合った。
ぎくりとするほどに鮮やかな緑の瞳をしていて、その容貌は可憐で繊細だ。
ふわりと揺れたドレスは夜の色をしていて、クロウウィンの夜に溶け込むようで胸がざわついた。
心を惹かれるのとはまた違う、高位の人ならざるものに動く心の動きである。
「どの絵のことだろうか」
剣の柄に手をかけてしまう隣のヒルドを制して、まずはそう尋ねてみる。
もしもこの土地に住む人外者だった場合、よく耳を澄ませてみれば、まっとうな要求であることも多いのだ。
そしてエーダリアは、今はもう心を緩め、そんなウィームの人ならざるもの達を愛しているのだった。
「美術館にある、冬の草原の絵なの。あの絵を描いたのは私のお気に入りの妖精で、あの絵も私のお気に入りよ。すっかり汚れてしまったのだけれど、あんな風に綺麗になるのなら欲しいわ」
「あの絵は、領民の共有の財産なのだ。私の一存ではどうしようもない」
「ふぅん。であれば、誰に訊けば貰えるの?」
「全ての領民の承認を得て、その後で議会で可決されればだろうか」
そう答えると、女性が怯むのが分かった。
これは人外者達が欲するような品物の多い土地特有の資産の守り方で、封印庫や美術館、博物館にある品物や、列車などまでも含め、このような要求に晒され易い品物は全てウィーム領の所有とされている。
その代わり、有事の場合は契約書が勝手に書き換わる魔術をダリルが構築しているので、略奪や接収に遭いやすい公共の財産は、一瞬で代理人の手に渡るのだ。
目の前では、要求を断られた緑の瞳の女性がどこか嗜虐的な微笑みを浮かべていた。
今迄は退けるだけだったこのような事態も、最近では対処方法がわかるのだ。
それを教えてくれたのは、同じ屋根の下に暮らす部下達で、その一人は万象の魔物の指輪を持ち、また他の一人は理想の狼姿の伴侶を得て幸せそうに暮らしている。
彼等だけではなく、きっとこの土地の領民達も。
怯えて閉ざしていた目を開けば、そこには長くひそやかに力強く続く、人ならざるもの達と暮らす民の知恵と愛情があった。
「…………あなたは、私を虐めて楽しいのかしら?せっかく美しい人間だから優しく声をかけてあげたのに」
「そういうことではないのだ。これは理のようなもので、私にもどうしようもない。…………あの絵の修復はとても難しかったと聞いているので、絵が戻ったことを喜ぶ声はとても嬉しいものだ。画家の知り合いだったのなら、絵も喜ぶだろう。是非にまた観に行ってやってくれ」
そう答えたエーダリアに、乙女は目を瞠ってからなぜかゆっくりと瞬きをした。
「…………いいわね。あなたの言葉と姿勢は、私達の好きな人間の響きで温度だわ。面白い人間を見付けたから、絵のことは諦めてあげる。………ねぇ、あなた。私の庇護をあげましょうか?とても大事にしてあげるし、私は画布だから、いつだってあなたの理想の女になれるわよ?」
突然がらりと態度を変えた魔物に、エーダリアは小さく息を飲んだ。
魔物は特に繊細で寂しがりやで、場合によってはこのように懐き過ぎてしまうのだと、難しい顔をして話していたネアのことを思い出す。
ゆらりとその輪郭を変え、画布の魔物は姿を転じようとしかけ、そしてぴたりと動きを止めた。
「やぁ、久し振りだね。ええっと、名前は何だったかな。…………ところで、僕の契約相手に何の用かな?」
「………………ノアベルト様」
そこに現れたのは、小さな魔物と一人の騎士との喧嘩を仲裁していたことで、エーダリア達から少し離れていた塩の魔物だ。
髪色は柔らかな灰色に擬態させているが、こうして並べば瞳の色の鮮やかさや澄明さがやはり他の魔物とは明らかに違う。
いつもノアベルトの周囲にいるのは、同じように高位の魔物達なのだが、階位を違えると身に宿す色一つとてこうも違うのかと驚いてしまった。
「彼は、僕の契約の人間なんだよ。もう一度聞こうか。君は今、何の用でここにいるのかな?」
その言葉は柔和であるし、ノアベルトの表情を見なければ睦言のような甘やかな響きでもあった。
しかし、瞳ばかりは黎明の氷のように鋭く、エーダリアはひやりとする。
魔物は狭量だ。
特に、自分の領域に踏み込まれることを決して良しとしない。
「いいえ、塩の君。私はこの人の子には何も望みませんわ。真摯な言葉に利口そうな瞳に足を止めましたが、あなたの守護を持つ方に話しかけてしまったことを、心よりお詫び申し上げます。どうか、御心を鎮めて下さいませ」
慌てたように一礼して逃げ去って行く画布の魔物を見送り、ノアベルトはあーあと溜め息を吐いた。
「やっぱりさ、ヒルドの真似をするとすごい効果なんだよなぁ…………」
「…………今のは、ヒルドの真似だったのか?」
「そうそう。絨毯とかで叱る時のヒルド。きっと付き合ったことのある女の子には効かないだろうけど、画布は主体性がなくてあんまり好きじゃないからね。すごく効果があった」
そう呟き、ヒルドが持っていたキャラメル林檎の袋に手を入れたノアベルトは、つまみ出した林檎を齧って幸せそうに目を細めた。
「うーん、僕これ大好き。何でだろうなぁ…………」
「タシュメの林檎が良いのだろうか?」
「品種にはこだわりは無いよ。でも、酸っぱい林檎に、香ばしいキャラメルのやつが好きかな。ねっとり甘い林檎とべたべた甘いキャラメルのものはあんまり。…………ありゃ、ヒルド?」
ノアベルトがそう振り返った先で、ヒルドは通りすがりの妖精の一人に熱心に声をかけられていた。
鮮やかな黄金色の瞳に、琥珀色ほどに深い金色の羽を持つ、恐らくは豊穣の系譜の妖精だろう。
縋るような目をしてヒルドを見上げ、薔薇色の唇を震わせている。
「申し訳ありませんが、私にはもう、羽の庇護を与えた方がおりますので」
そう言ったヒルドにがくりと肩を落とし、光の粒子をこぼしてふわりと消えた妖精の息を飲むような澄明な瞳がこちらを見た時、エーダリアは思わず見惚れてしまった。
儚げな美貌は凛としており、どこまでも冴え冴えと美しい。
これは先程の魔物に目を奪われた時とは違う、純粋な賛美だ。
(なんて美しい妖精だろう。ヒルドには似合いのように思えるのだが、……………いや、ネアを気に入っているのは分かるが、せめて友人にでも……………)
余計なお世話であることは承知の上で、そんな心配をしてしまった。
きっと、最初にヒルドがネアに向けた思いは、ヒルドより遥かにあの部下に寄り添い共に過ごす時間も多いウィリアムやアルテア達とは違い、限りなくディノの立場に近しいものであったのだと思う。
羽の庇護とはそういうものだ。
明確に伴侶相当の者にしか与えない庇護を、ヒルドは彼女だけに、何も言わずにそっと与えた。
(今は多分、…………その頃よりは深い愛情になったのだろう。とは言えダリル曰く、妖精の愛情はとても難解で…………その、陰湿だとも言うが…………)
でもエーダリアは、今のヒルドの思いは、伴侶という目で見つめるひそやかさから、堂々と甘やかし手を伸ばす家族のものになったと考えていた。
ヒルドはきっと、伴侶としてのネアを手に入れられなかった代わりに、家族としての役割を手に入れて溜飲を下げたのだ。
妖精はとても困った愛し方をするが、他の種族よりは遥かにその愛情の種類は広い。
だからヒルドはヒルドなりに、自分と彼女の関係に向いた愛し方を見付けそれに満足したのだろうと考えているのだが、そうなると、例えば同じ男として今回のような場面では考えてしまうこともある。
「……………良かったのか?………その、例えば、求婚に応えられないのだとしても、あのように突き放さなくても…………友人などに………」
「彼女は、麦嵐の妖精ですよ。嵐の日の夜に麦畑に現れ、最初に出会った者を狂死させる妖精です。近くに置けば被害しか出ません。ウィームの為にも、リーエンベルクの騎士達にとっても喜ばしい縁ではありませんからね…………エーダリア様?」
「…………む、麦嵐の妖精だったのか?!それならそうと、もっと早く言ってくれれば、初めてだったの…………に……だな、その…………」
「エーダリア様?」
思わず興奮してしまい、エーダリアははっとした。
瑠璃色の瞳にだけ冷ややかな微笑みを浮かべ、ヒルドは柔らかな慈愛にも似た微笑みを浮かべる。
ああ、ノアベルトが真似したのはこれだなと思いながら、不謹慎な発言を心から詫びた。
「すまない……………」
「あなたにも、そのようなところがありますからね。とてもではありませんが、麦嵐などをウィームに留めてはおけません」
「はは、ヒルドそれってさ、親兄弟が家族を案じる台詞だよね…………」
「さして変わらないでしょう。私がエーダリア様の教育を受け持たせていただいたのは、幼少期からですからね」
エーダリアがぎくりとした問いかけに、ヒルドはいとも簡単にそう答えてしまう。
その言葉を胸の奥で反芻し、思わず緩みそうになる口元を片手で覆った。
ネアに羽の庇護を与えたヒルドは、餓えなくなった。
こんな表現をすると、魔物達がとても警戒しそうだが、事実言葉の通りの部分もある。
ヒルドは、相手が発する喜びの感情も食らう種の古の高位の妖精であり、それは、羽の庇護を与えたネアがいれば容易く叶う。
愛する者の喜びが力となる。
ヒルドの場合はまさにその言葉の通りのことが可能なのであった。
そして、それは取り込む食事としての意味ばかりではなく、ネアが来てからのヒルドは、その心の奥に凝り続けていた、庇護を与えたいという飢餓感からも解放されたのではないかと、エーダリアは常々思っている。
それはネアが少女で、様々な守護や道具がなければとても無力な人間で、尚且つ同じ屋根の下で暮らす存在であることが、結果としてそんな救いを齎したのだろう。
エーダリアも勿論彼にとってはずっと不肖の弟子のままであろうが、自分の隣に立つ盟友や契約者になってしまう者には決して与えられない部分の欲求を、奇跡的に満たしたのがネアの存在であった。
そしてそれは現在、ネアだけではなく、銀狐の時のノアベルトにも適応されており、エーダリアは、銀狐が寝台に潜り込んで来て寝てしまうのを、ヒルドが密かに楽しみにしているのを知っている。
銀狐の正体を考えれば複雑なようだが、生来この妖精は、慈しみ育むことを至福としている優しいシーなのだ。
(その欲求を満たされるようになったからか、ヒルドは時々今のようなことを言葉にしてくれるようになった…………)
それがとても嬉しくて、エーダリアはたわいも無く口元を緩めてしまう。
そんな甘さを露呈しても殺されないだけの環境も整ったからなのだろうが、そう思ってくれていることは心のどこかで理解していても、やはりこうして言葉で聞くのは格別ではないか。
片手で口元を覆ったまま静かに心を宥めていると、目が合ったノアベルトがおかしそうに微笑むのが見えた。
いつの間にか、二つ目のキャラメル林檎を食べている。
「そう言えば、先程の喧嘩は収まったのだな」
「うん。あれは言いがかりだよね。アメリアも怒ればいいんだけど、毛皮の相手じゃ分が悪いかもね」
「人混みで踏まれたと言い張っていましたが、実際には踏まれてはいなかったのですか?」
「踏んだら死ぬ大きさだしね。アメリアとミカエルが、禁足地の森の生き物達に買って帰ろうとしていたキャラメル林檎目当てだよ。一欠片ならアメリアだってあげたと思うけど、全部を寄越せは言い過ぎだ」
「…………アメリアは、あの雨降らしと良い友人になったようだな。最初は心配したのだが、趣味が合うという事があの二人の何よりもの絆なのだろう」
雨降らしは、雪喰い鳥と同様に古くから恐れられてきた生き物だ。
そんな雨降らしの、それもかなり高位の個体が、人間の一人の騎士とここまで深い友情で結ばれている。
彼らは休日には共に旅に出たり、こうして祝祭の日には森の生き物達と過ごしたりしながら、小さな毛皮の生き物達が大好きだという共通の嗜好を真ん中に置いて、失い難い友になったのだろう。
先日の蝕の時も、その資質を変えるので普段は外に出ないという雨降らしが、友人が心配だからとリーエンベルクの門のあたりで一緒に見回りをしている姿を見かけた。
蝕で資質を変える雨降らしは、一転して雨の恵みや、生き物が持つ水の祝福を取り上げる恐ろしい生き物になる。
蝕で力を強めた精霊がリーエンベルクの外壁に取りつこうとしていた時も、ミカエルはそんな精霊をひと睨みで土塊にしてしまった。
(だが、それがウィームなのかもしれない…………)
エーダリアは今迄、誰かに足をすくわれまたしてもこの美しい土地を侵略されぬようにと、力を貸してくれる人外者達との距離を一定に保ってきた。
深入りし過ぎたことで損ない、或いは手を離されて絶望するのは避けたかったし、誰かに心を預けるということはとても勇気がいることだ。
エーダリアは多分、ヒルドに手を伸ばしたあの日に、一生分の半分くらいの勇気を使い果たしたのだと思う。
そしてその後に、熱に浮かされるようにして手を伸ばしたのが、このノアベルトだった。
勿論ダリルもエーダリアにとっては特別な存在だが、それは手を伸ばしたというよりは、向かい合って育てたものという感じだろうか。
(…………主にダリルが、私を自分の要求に見合うところまで容赦なく育てたという感じかもしれないな。…………だが、ダリルとて私には多くのことを許してくれている。…………幸運だったのだろう…………)
幸運だという言葉で締め括ることを嫌う者もいるが、どちらがどれだけ歩み寄り努力したところで、決して埋められない心の相性というものがある。
であればやはり、このような形に育てられたその全てが、お互いを必要だと思える相手に出会えた幸運でもあるとエーダリアは思うのだ。
「それにしても、天秤の魔物がリーエンベルクを訪れるとは思わなかったな…………」
ぽつりとそう呟き、顔を顰めたノアベルトにぎくりとする。
こうして、明確に嫌悪感を露わにする姿を見せることは珍しい。
「シェダーがロテアを追い出してくれて、心からほっとしたよ。女の子はみんな好きだけどさ、彼女だけはどうしても受け付けないな」
「…………恋人としての話なのだろうか?」
「と言うより、好意そのものの話だね。もっと残忍で我が儘で困った趣味の女の子は幾らでもいるけれど、ロテアの気質そのものが僕は不愉快だ」
騎士達から、天秤の魔物がリーエンベルクを訪れたので、ディノに会わせたいという報告が入った時、エーダリアもヒルドも驚いた。
どうしようかではなく会わせたいという報告は、本来なら彼らが決して口にしないような言葉である。
それが即ち、天秤の魔物の能力なのだそうだ。
二柱の天秤の魔物は、自分達の意思を基準として周囲を調整する。
そう考えれば、確かにノアベルトが嫌いそうな魔物なのかもしれない。
聞けばディノは、そんな天秤の魔物から自分が隣にいればもうどんな孤独も近寄らせないと言われていたという。
それで心を惹かれたかと言えば、やはりさして心は動かなかったのだが、自分には如何ともし難い問題であっただけに、そういうものなのだろうかと考えたのだそうだ。
その結果、大切な友人の一人がディノの前から立ち去ろうとした。
原因に気付いて対処しようとした時には先代の犠牲の魔物が城から追い出してくれており、何とか事無きを得たものの、危うく自分の選択で友人を失いかけた経験は、まだその者達を友人として認識していなかったディノにとっても、ひどく悲しい記憶なのだそうだ。
それを聞いてノアベルトはいっそうに天秤の魔物が嫌いになったらしく、魔術の理を用いて手荒く追い払ったらしい。
「だからさ、シルに近付いたことで、その責任を取るような形で損なわせたかったんだよね」
「天秤の魔物の片割れを捕らえて、人質にするというのも、なかなかに過激だな………」
「シェダーもなかなか徹底的にやるよね。うん。僕は見直したよ!………まあ、あそこは魔術の根源が繋がった特殊な双子だから、片割れが滅びると自分も生きながら朽ちていくんだ。一時間以内に助け出さないと片割れは純白の餌になるって言われたら、そりゃ焦るかもね。僕の家族に手を出したんだから、いい気味だよ」
そう魔物らしく冷ややかに微笑んだノアベルトだが、リーエンベルクに天秤の魔物が現れたと知った時にどれだけ慌てていたのかを、エーダリアとヒルドは知っている。
それは、大切な者達を損なわれるかもしれないからだ。
(そのことにあんな風に青ざめたこの魔物は、どれだけ優しい魔物なのだろう…………)
儀式会場にいたエイミンハーヌにエーダリアの護衛を託し、リーエンベルクに転移する契約の魔物の後ろ姿を見て、そんな場合ではないだろうに胸が温かくなった。
それは、やはりここも、家族のような姿であったから。
「申し訳ありませんが、すでに羽の庇護を与えた方がおりますので」
(ヒルド……………)
気付けば、またしてもヒルドが誰かに求婚されている。
丁重に断っている相手は、どうも精霊のようだ。
精霊の気質を思って少しばかりひやりとしていたところ、通りがかりで声をかけてくれたエイミンハーヌが簡単に追い払ってくれた。
「ごめんよ、ヒルド。私の系譜の霧の精霊だ」
「いえ、クロウウィンの夜は新しい命を育むことには向きませんが、霧や秋の系譜の者達にとっては、伴侶を見付けるのに向いている夜だと言われておりますからね………」
「そうなんだ。だとしても、最後の言葉は失礼だった。後で叱っておこう」
「構いませんよ。実際、さして変わりないでしょうから」
「何か言われたのか…………?」
「ヒルドが羽の庇護を与えて愛したのは、エーダリアだと聞いていたがやはりそうだったのかと言っていたんだ」
「ありゃ…………」
「か、変わりあるだろう?!ヒルド?!」
とんでもない誤解を特に気にした様子もなく肯定したヒルドに、エーダリアは慌てて反論する。
どこからその恐ろしい誤解が広がるか分からないのだ。
ディノに想いを寄せていると思われていた時もたいへんな心労であったのだから、そのような誤解は二度とされたくない。
しかし、その言葉は不思議そうな顔をしたヒルドにあえなく打ち消された。
「羽の庇護は本来伴侶に与えるものですが、我が子や、親を失った子供達の中で、長子が下の子供たちに与えることもあります。さして的外れでもないでしょうに…………」
「…………っ!それは確かにそうかもしれないが、………そして私もお前は大事だが、言い方があるだろう…………!」
真顔で恥ずかしいことを言われてしまい、何とかそう言い返した後、エーダリアは無言で顔を覆った。
「…………嬉しいし悲しいしでどうすればいいのか分からなくなったみたいだよ。ヒルドも罪な男だなぁ」
そう笑ったノアベルトに、ヒルドが生真面目に答えている。
「……………念の為に言っておきますが、色恋の情を懸念されているのであれば、そのようなものは一切ありませんよ」
「わーお、エーダリアがふられたぞ」
顔を見合わせ、ノアベルトとエイミンハーヌが人の悪い微笑みを浮かべてこちらを見た。
ヒルドはヒルドで、何がそこまで問題なのだろうかと呆れた目でこちらを見る始末。
「……………なぜこうなったのだ」
そう呟き遠い目をしたエーダリアは、理由は違えど、よくこのように呟き肩を落としているネアの苦労が、とてもよく分かったような気がした。
よろよろとキャラメル林檎の屋台に戻り、自分用に塩を少しだけまぶしたキャラメル林檎をたっぷり買うと、お疲れですかと案じてくれた店主が、杏のクッキーもおまけにつけてくれたのだった。