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二つのテントと二つの道





「ああ、蝕が始まったね。みんな、テントを出てはいけないよ」



そう威勢のいい声を張ったのは母親で、ルドヴィークはそんな母親の横顔に緊張と恐怖を見て取った。

気丈に振る舞ってはいるが、唇をきゅっと引き結びかなり気を張っているようだ。




「レンリ、このテントは万全だ。何しろ守護が二重だからな」



そう笑ったのは叔父のアフタンで、ルドヴィークも顔を見合わせ、微笑んで頷いた。



「大丈夫だよ、母さん。内側のテントはアイザックがくれたものだし、外側の大きなテントは叔父さんの友達の凄い魔術師がくれたんだよ。これでみんな安全だからね」

「そうかしらねぇ。………でも………アフタン、これは、父さんが教えてくれたあの天変地異なのでしょう?……私達の母さんの一番上の姉さんは、その蝕の時に亡くなってしまったのよ」



不安そうに呟いた母さんの膝の上には、ブブさんが這い上がり凛々しく守っていた。

勿論、ルドヴィークの肩の上には小さな砂兎がしっかりへばりついている。



この二匹は、まだ大きな蝕を経験していないので、くれぐれも無理をさせないようにとアイザックから事前に言われていた。


そんなアイザックは、蝕の反転が強く出る魔物らしく、当日は自分の城から出られなくなるのだそうだ。

なのでこの内側のテントを作ってくれたのだが、魔術遮蔽が素晴らしくて暖かいので、これからの冬に向けて、ずっとこのテントでもいいかも知れない。




「ミュウさんとブブさんは、初めての蝕なんだから反転しないようにテントの外側に出ないこと。いいね?」



ルドヴィークがそう言い含めると、二匹は凛々しく頷いてくれた。




「ミュウ!」

「うん、僕も出ないから安心していいよ。外側のテントの方には行くかも知れないけれどね」

「ミュウ…………」

「ミュウさん、もしかして拗ねてる?」

「ミュウ…………ミュ」




蝕にあたり、この高地にはとても大きなテントが広げられていた。

今のルドヴィーク達が過ごしている住居用のテントの外側に張られたそれは、叔父の知り合いの王族がくれたものだ。

なんと、大国の軍の兵士達の集会場などに使う巨大なテントに、王族であるその人が手ずから特別な遮蔽魔術を施したものだと言う。

人間で言えば五十人もの人が入るもので、叔父の性格を知っているその人物は、周辺の人達も入れるようにとこれだけ大きなテントを用意してくれたのだ。



しかし、ルドヴィークとアフタンで、ご近所さん達にそのようなものがあるのでこちらで過ごさないかと話をしたものの、やはりこのランシーンの高地の人々は自分たちのテントで過ごすと微笑んで首を振った。



もし自然の猛威に飲み込まれるとしても、それは自然の意思である。

そう思うのがやはり、ランシーンの人々の考え方なのだった。




ではルドヴィーク達はどうしたかというと、まずはその大きなテントを自分達の居住テントを覆うように設営し、内側に羊達を入れてやった。


かなりぎゅうぎゅうにはなるが、蝕の前からその不穏さを感じ取り怯えていた羊達は、喜んで入って来た。


二頭の馬と、羊達。

そして羊達に混ざって避難して来た山狼の魔物の子供達も、テントの隅で馬達の干し草に隠れて震えていたので、悪さをしないならここにいていいと言ってやったのだ。

山狼の子供達はたいそう喜び、小さな尻尾を千切れんばかりに振って、きちんとテントの隅で大人しくしているようだ。



ミュウさんは、それが少しばかり気に食わないらしい。




「ミュウさん、困っている時は助け合うんだよ?」

「…………ミュウ」

「…………ん?あの子?ハンセスムさん家のシータルさんだよ。臨月が近いから、彼女だけはってご主人からお願いされたんだ。母さんの織物の教え子だしね」

「…………ミュウ?」

「うん。赤ちゃんが生まれるんだ。ご主人も一緒に来れば良かったんだけど、あの人は頑固だからなぁ………」



ほんの少し悔しさを噛み、ルドヴィークはそう呟いた。

家族みんなで、自分達のテントを離れないというのは分かる。

それはどんな顚末になるとは言え、自分達の民族の気質のようなものなのだ。



しかし、家族が離れ離れになるのはあまりいい事だとは思わなかった。

奥さんとお腹の中の子供が心配で、自分達の信念を曲げて預けるのなら、自分も自分の信念を曲げてここに来るべきだとルドヴィークは思う。



勿論、日々の生活の中で離れ離れの場所で命を落とすことは、このような土地で暮らす以上幾らでもあるだろう。

だからこそ、その選択を自分で選び取れる時くらいは、生きる時も死ぬ時も家族は一緒にいるべきだ。



(僕はそう思ってしまうけれど、彼が不器用な人なのもよく分かる…………。彼女を預けてくれただけでも、そうすると決めるまでにどれだけ悩んだだろう………)



ルドヴィーク達の家族には薬師がいる。

この周辺に暮らす薬師はプラードだけなので、もし蝕の最中にシータルに何かがあれば、蝕が明けるまでは薬師不在でそれを乗り越えなければならない。

そんな事情があったからこそ、彼女の夫は折れた。




「……………ミュウ」

「ミュウさん、もしかして慰めてくれているのかい?」

「ミュウ!」



頬にすりすりと体を擦り付けてくれたミュウさんに、ルドヴィークは唇の端を持ち上げた。




「…………うん。それぞれの家にそれぞれの事情や考えがあるよね。僕は少し、贅沢になってたかな」

「ミュウ!」

「…………そうじゃないの?」

「ミュウッ!!」

「……………もしかして拗ねてる?」

「ミュウ!」



肩の上で精一杯胸を張った小さな砂兎に、ルドヴィークはくすりと微笑んだ。

どうやらミュウさんは、慰めてくれようとしたものの、自分でもなければ家族でもない誰かのことを心配されることにだんだん腹が立ってきたらしい。




砂兎は、一度自分の群れだと認識した者達以外にはとても無関心だ。

やっと最近、弟ではなく兄だったらしいと認識したブブさんをその群れに入れて、そんなミュウさんの認識の輪は閉じたばかり。


後はもう、ルドヴィーク達の家族の馬や羊達というように、群れの仲間から分岐してゆく関係として認識するのがせいぜいだろう。



(ブブさんは、魔物だけどおおらかで優しい。近所の人や知らない人でも気にかけてくれるけど、ミュウさんは知らない人はすごく威嚇する。………属性の差なのかな、面白いな)



ミュウさんは威張れるだけ威張ると、ルドヴィークの肩の上でこてんと眠ってしまった。

羊達をテントに入れたり、狼達を見に行ったりと忙しくしていた間中気を張っていたので、少し疲れたのかもしれない。




「なんだ、ちびは寝たのか?」

「元の姿だと、叔父さんより大きいけれどね」

「ちびはちびだ。図体は兎も角、まだ本当にこの大きさの頃からうちにいたんだからな」

「もしかして、もう我が子みたいな感覚なの?」

「い、いや、我が子はないだろ、…………砂兎だろ?」




呆れたように笑い、叔父はふっと瞳を細めた。


鮮やかな色の髪を今日は複雑な結い上げではなく、簡単に一本結びにしている。

それは、ランシーンの民の、家の中に身重の女性がいる時の作法であった。


ランシーンでは、男達の方が髪を複雑に結い上げるのだが、身なりに構っていられない身重の女性の前では、このように簡単な結びしかしなくなるのだ。

それは、ほら自分達もこんな風に気楽に過ごしているので、子供が大きくなるまでは楽なようにやりなさいという、激励と許容の意味で根付いたものらしい。


別の説では、髪など結う暇があれば子育てを手伝うよという意味であるらしく、女達はこちらの説を好んでいる。




(子供かぁ……………)



そのことを考えると、ルドヴィークには少しの迷いが生まれる。

いつからか、その選択肢は己の人生の道の、大きな分岐の片側にしかなくなってしまった。



ランシーンの魔術師は、子を持つことをあまり好まれない。


なぜならば、この国の多くの土地は決して豊かではないが故に、魔術師が扱う厄介な魔術の対価には、得てして伴侶や、その血を分けた子供達をと望まれる。


過去には悲しい事件が何度もあり、その過去を教訓にして、魔術師になる者は妻子を持たないという暗黙の了解が生まれた。

持ってはいけないというより、危険を回避する為に持とうとする者が減っていった故のことである。



(確かに、妻子がなければ差し出すものとしても指名されないからなぁ…………)



ランシーンの民の男子は、成人すると家名を分ける。


それは、ランシーンの男児が大人になると父親から家畜や食料を分けて貰って家を出て旅をしていた頃の名残で、そうすると立派な男に育つと言われていた。


なので兄のプラードとルドヴィーク、叔父のアフタンも、名前に連なる家名は別のものだ。

とは言え、元の家名にそれぞれを象徴する短い言葉や生まれ月などを組み合わせたものなのだが、魔術的には別の一族という認識になるのだとか。


つまり、名前で連ならない者は魔術の対価で引っ張れないという理由から、成人している魔術師にとって、もし何かがあった時に魔術対価に取られるのは妻子だけとなるのだった。




(とは言えそれは、きちんと備えをすれば避けられると思うんだよなぁ………。叔父さんからは、お前には回避する能力があるんだから、気にせずに嫁を取れって言われてるし)




だが、この前の雪喰い鳥の事件のように、魔術師として危険な現場に赴くことはあるだろう。


そのような時に自分が、妻や子供達のことまでを冷静に考えられるのか、ルドヴィークにはまだ自信がなかった。



(僕は、………もし山の生き物に襲われたりしても、それが自然の摂理ならばそういうこともあるだろうと思う人間だから…………)



でも多分、妻や子供を持てばそれではいけなくなる。

ルドヴィークは、女手一つで苦労して自分達を育ててくれた母親を見ているのだ。


そう思うからこそ、シータルの夫を困った人だなと思うのだけど、それは同時に自分が夫や父親には向かないかもしれないという懸念を深めた。




叔父が思う程に自分は、優しくも柔和でもないのだろう。



その辺りのことをよく分かっている兄からは、お前は家族を別にすれば、人間より自然や人ならざる者達に心を傾け過ぎると苦言を呈されたこともあった。



どちらかを取らなければならないと、必ずそれぞれの未来を二股の道で分ける必要はないのだが、けれどもルドヴィークは、魔術師として大きな比重を割く片方の道に満たされ過ぎている。



アイザックとの友情を大切にし、ミュウさんが可愛いと思うこの日々がずっと続いて欲しい。



(アイザックもなかなかに人の好き嫌いが激しそうだし、ミュウさんは、特に女性や子供にはかなり過激だからなぁ………)



もし、その何かを共に暮らす誰かの為に手放さなければならないとすれば、先に出会ってしまった彼等の方が既にルドヴィークの大切な存在になってしまっていた。




「うーん…………」

「どうした、ルドヴィーク?」

「僕は結婚出来るかなぁと思って。………今はあまり、しっくりこないかな」



そう告白すれば、心配そうにこちらを見たアフタンは、目を丸くしてから吹き出した。




「叔父さん、酷くない…………?」

「っ、………っははは!この蝕になったばかりの時に、何を悩んでるのかと思えばそんなことか!そんなもん、伴侶にしたいくらいの女に出会ってから考えろ」

「……………そういうものかな?」

「そういうもんだ。因みに、お前はどんな女が好きなんだ?」



顔を近づけてひそひそとそう尋ねられ、ルドヴィークは眉を寄せる。



(…………勿論、理想はあるけれど、…………)




「…………どこか謎があって、山の住まいに慣れた女の人かな」

「…………謎って何だ。容姿とか気立てとかは気にならないのか?」

「容姿や性格は、会って話してみないと素敵だなと思うかどうか分からないからね。………謎というか、謎めいている人がいいんだけれど、…………いつもは会えないとか、めったに見付からないとか、どんな生活をしているのか分からないとか、何を食べるのかなとか…………」



何となく頭の中に浮かんだのは、山に住む不思議な生き物たちの美しさだった。

しかし、そう考えて少しだけわくわくしたルドヴィークに、なぜかアフタンは盛大な溜め息を吐いている。



「…………ルドヴィーク、叔父さんが有難い助言をくれてやる。そいつはもう恐らく、人間の女には無理だ」

「…………そう?」

「…………でもまぁ、お前は人じゃないものに好かれるし、その手の奴らには美人が多いからな。そっちに絞れば、魔術に取られる心配もなくていいだろ」

「…………そっか、それならいいんだ!叔父さん、それは考えてなかったよ」

「なんだ、結論が出たじゃないか」



そうばしばしと背中を叩かれ、ルドヴィークはほっとした。



(そっか、僕より長生きをしていて強い人なら、僕が上手く出来ない事も教えてくれるかもしれない。そうしたら、僕はその人の教えをきちんと守ればいいのか…………)




それならきっと、自分にも向いていそうだ。



それに、そういう生き物が相手なら、アイザックやミュウさんとの折り合いが悪いということもないだろう。



自分の血を残せない呪いをかけられた叔父の為に、せめて家族の子供を抱かせてやりたいという願いも叶うかもしれない。




(叔父さんは、家族が欲しかったんだと思う……………)




ただ、それはアフタンにとって、大切な二人の親友よりは重たいものではなかった。

だからアフタンは、その時の呪いを自分が引き受けたことを、決して後悔はしていなかった。



そんな叔父を、ルドヴィークはずっと尊敬している。

自らの夢の為に戦った兄や、女性一人で二人の子供を育てながら、いつも優しくて陽気だった母、時には自分の命を顧みずに、家族を守ろうとしてくれるブブさんも。




眠っているミュウさんを、今だと撫でているアフタンの横顔を見て、少しだけ考えた。




(でも、よく考えたら叔父さんも僕と同じなのかな?…………僕はアイザックやミュウさんを、叔父さんは親友達を取っただけで、それがどんなものであれ、自分の大切なものを誠実に守れればいいのかもしれない)




そう考えかけて、ルドヴィークは苦笑した。


こんな風に、これから母親になる女性がずっと同じ屋根の下にいるようなことはなかったので、ついついあれこれ考えてしまった。



そんなシータルは、早くに母親を亡くして男兄弟の中で育った女性だ。

想い合う幼馴染と結婚したものの、身重の今は女性が寄り添ってくれる時間が嬉しくて堪らないらしい。

すっかりルドヴィーク達の母親に甘えており、出産後の助言などを貰ってほっとしたように微笑んでいる。


母親も、シータルが側にいてくれることで守るべき相手を得て落ち着いたようだ。



(シータルさんは、蝕のことよりも産後の赤ちゃんをどう立派に育てるのかを心配しているんだ。…………女の人達は手も足も細くてか弱いのに、強くて優しくて、みんな立派だな…………)



やはり敵わないなぁと二人の横顔を眺め、ルドヴィークは羨ましくなった。

自分ももう少し、他者の事を考えられるような人間にならなければ。




「………お前まさか、俺の事があるから気負ってないだろうな?」

「うーん、それもあるかな。気負うというよりは、僕は家族が好きだからね。叔父さんを笑顔にさせてあげたいんだよ、でも今はまだ僕も奥さんを貰うには未熟だし、ミュウさんがいるから、時々抱かせてあげるからね」

「…………言っておくが、そのちびは、俺が自分の下僕だと思ってるぞ。抱こうとしたら荒れ狂うに違いないな」

「そうかなぁ…………。撫でるとお腹を出してくれたり、眠いと鼻を鳴らしていたりして可愛いんだよ」



ルドヴィークはそう主張したが、アフタンは疑わしげな顔だ。



「それと、プラードが来年の春には結婚するからな。家族ならそっちで勝手に増えるさ。お前は気楽にやればいい」

「………………え?!兄さんは結婚するの?!」




驚いてそう聞き返せば、アフタンは呆れたような顔をした。




「…………お前なぁ。どうしてプラードが、安息日の度に髪を整えて麓の方まで下りてるのか考えなかったのか?」

「…………てっきり、薬を買いに行ってたのかなと」

「それもあるがな。お相手は麓の組み木職人のところのお嬢さんだ。菜園作りが得意で、薬草の知恵も豊富だから話が合うらしい。あの家は、爺さんが元々この高地の出だから、こちらでの暮らしも反対されないだろう」

「…………兄さんが結婚かぁ。あ、でもそれならこうして幾つかテントを貰っておいて良かったね。アイザックから貰ったテントがとてもしっかりしているから、これをあげよう」

「………やめて差し上げろ」

「魔物に貰ったものだと怖がってしまうかな?でも、いいテントだよ?」

「…………アイザックは、お前だからこのテントを贈ったんだ。お前が手放すと悲しませるぞ。…………それにしても、プラードとそのお嬢さんの子供がいつか、俺とお前みたいになるのかもしれないと思うと、楽しみが広がるなぁ…………」



眩しそうにそう言った叔父の横顔には、微かな安堵が滲んでいた。



(あ、……………)



叔父は叔父なりに、魔術師として伴侶を得ないかもしれない自分の将来を案じてくれていたのかもしれないと感じ、ルドヴィークは唇の端を持ち上げる。



優しい優しい自慢の叔父なのだ。




その後は暫く、蝕が始まった後にテントの中に変化などがないかを調べて周り、無事にやり過ごせそうだと分かると、各自がそれぞれテントの中で出来る事を始めた。



母親とシータルは生まれてくる子供の為に端切れを縫ったり編み物をしたりしながらお喋りしているし、ブブさんは女性達の間で楽しそうに弾んでいた。


プラードは冬用の薬を調薬していて、アフタンは友人達とカードで話した後、狩りの道具の手入れを始めた。





“蝕の様子はどうですか?決して、外には出ないように”



ふと、思い出してアイザックから貰ったカードを開いてみたところ、そんな言葉が浮かんでいた。



“こちらはとても穏やかだよ。先程テントに影が映ったから、巨大な牛の頭の生き物が外にいたみたいだけどそれくらいかな。後は、叔父さんと結婚のことを話していたんだ”



本来であればそこまで書くことは稀だが、何となく、こうしてテント中に家族やシータルが一緒にいることで、いつもとは違う心のどこかが動いたのかもしれない。


それは何だか不慣れで不思議で、とは言え少しだけわくわくするような特別なもの。




(やっぱり、僕は叔父さんが好きだなぁ………。あっという間に悩みが解決した)



アフタンと話せば、ルドヴィークの前に広がる道は先程まできっちり二本に分かれていた筈なのに、いつの間にか複雑にあちこちに分岐してくれた。



(僕の好きになりそうな女の子だと、人間じゃないって分かったし………)



であれば、伴侶を欲しくなり、その為の生活面の備えや心の成長が整ったら、山の方に探しに行けばいいのだろうか。



(羊を襲わないような子だといいなぁ…………)



そう考えていると、ふいに外側のテントの方で羊達がざわつくのが分かり、ルドヴィークは、はっと息を詰めた。



いつの間にか随分と大きな魔術の気配があり、その濃密さにぎくりとする。


慌ててそちらに向かい、テントの布を捲れば、はっとする程に白く長い髪の一人の男性が立っていた。




(魔物だ……………)



ぞっとして慌てて魔術結界を立ち上げようとして、はたと気付く。




「…………アイザック?」



そろりと名前を呼べば、風もないのにさらさらと揺れる白い髪を翻し、見慣れた造作の、しかし色をがらりと変えたアイザックが振り返った。




「……………やれやれ、どうしてあなたはこうも、……」




直後、ばたんと音がして、ルドヴィークは仰天した。



アイザックがふうっと目を閉じ、そのまま倒れてしまったのだ。




「アイザック?!」



慌てて駆け寄り、羊達に囲まれて倒れている友人を抱き起こせば、どうやらすっかり眠ってしまっている。




「ルドヴィーク?!………っておい、そりゃ誰だ?!白いぞ?!」

「アイザックだよ。ここに来てくれたみたいなんだけど、寝てしまった…………」

「はぁ?!」




アフタンは驚いていたが、事情を話せば、母親はあらあらと笑っていた。




「ルドヴィークが結婚すると思って、慌てて来てくれたのかもねぇ」

「あー、そうかもしれんな。そういうところはありそうだ…………」

「はは、どうせなら俺の結婚式の日にこの間違いをして欲しかったなぁ」

「………でも、僕が結婚するとしても、アイザックが急いで駆けつける必要はあるのかな?」

「そりゃ、知らされてなかったと思ったら焦るだろうが。もしくは、テントの外にいた生き物が心配だったのかもしれないが。………さて、その辺に寝かせておくか」




結局、アイザックは、蝕が明けるまでは目を覚まさなかったが、何だか友人が同じテントの中にいると思うと、不思議な楽しさがあった。



蝕ではその影響を受けて姿形が変わると聞いていたので、白い髪のアイザックを見られたのも少し嬉しい。


ミュウさんは来ない筈だと怒り狂っていたが、シータルは意外にもあまり怖がらなかった。

ルドヴィークが髪の長い綺麗な神様と仲良しだと、山では噂になっているらしい。




「ふふ、ご友人を心配して、こんな風に弱っている時に駆け付けてくれるなんて、素敵な神様ですねぇ」




そう微笑んだ彼女は、この前の雪喰い鳥の事件で末の弟を亡くしている。



だからルドヴィークは、その雪喰い鳥をこの友人が撃退してくれた話を、少し誇らしい気持ちで始めることにした。











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