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蝕の鳥と竜の食卓






どこか遠くで鐘の音が聞こえた。



ネアはぎくりとして起き上がり、うっかり今日は羽織もののまま就寝運用のディノを、手のひらでぎゅむっとやってしまった。




「……………ネア?」



ご主人様の手のひらで潰され、魔物は目を覚ましてしまった。

少しだけくしゃりとした前髪が無防備な感じだが、魔物らしい美貌は凄艶だ。

いきなり攻撃されたのはなぜだろうと、不思議そうにネアの名前を呼ぶ。


そんな婚約者を気の毒に思う余裕もなく、ネアは慌ててディノにへばりついた。

三つ編みは手首に二重巻きにして、またどこかに連れ去られないようにとしっかり備えた。




「ディノ、………鐘の音が聞こえたのですが…………」



震える声でそう言うと、ディノは、すぐさま半身を起してネアを抱き寄せてくれた。

その胸に顔を埋めれば、宥めるようにおでこに落とされた口付けに心が少しだけ緩む。



安らかな眠りで暖められた肌の温度に、ふうっと怖さに凝った吐息が抜けてゆく。



「うん、………遠いけれど聞こえるね。大丈夫、怖くないよ。あれは印なんだ。印があるものは、かえって分かりやすいと思わないかい?」

「……………言われてみればそうかもしれません。…………でも今は、ブンシェで聞いたばかりなのでまだちょっと苦手なのです」

「可哀想に………。でも、あのあわいの鐘の音はもう鳴らないよ。あの物語は閉じてしまったから、君がそこに戻されることは二度とない」

「…………ええ。二度とあそこには戻りません。……………ディノ、この鐘の音は、何の印なのでしょう?」

「これは夕暮れの鐘のようなもので、ここではないどこかで鳴らされている、…………無差別の呼びかけだと思えばいい。どこで鳴っているのかを確かめようとさえしなければ、決して怖いものではないよ」



その言葉で少し心が落ち着き、ネアはまた聞こえてきた鐘の音に耳を澄ませてみた。




「……………リーエンベルクの、真夜中の鐘の音とは、全然音が違うのですね…………」




そう言ったネアに、ディノは音が違う理由も説明してくれた。



人を誘い込もうとするような鐘の音は実際の鐘楼で鳴らされるどんな音よりも美しく聞こえたり、何も楽しいことなどない筈なのに不自然に心が弾むような思いになるらしい。



「今回のものはこちらだ。遠くに聞こえる祝祭の喧騒のように思えないかい?」

「言われてみれば、空恐ろしいような気配がするのに、妙に虚ろな楽しさもあるような、………不思議な音ですね」



また、恐怖などで縛るような魔術の系譜の鐘の音は、その音だけで震え上がってしまうような不安の掻き立て方をしたり、何とも耳に不愉快な音に聞こえるのだそうだ。



勿論、危険などを知らせる鐘の音は現実でもあえて耳に障るような音にしてあるが、魔術的なものは明らかに誇張されているのでよく耳を澄まして冷静でいれば、迷い込む心配はないらしい。



(でもそれは、私にはディノ達がいて、そういうことを教えてくれるからなのだわ………)



知らないということは、魔術においては不利である。

その不利さを噛み締めていたのがこの世界に来たばかりの頃で、ネアは何度も知らないということに足を取られて転んでいた。


今でもまだ転んでしまうのだから、多くのことに興味を持って、色々なことを教えて貰おう。




「ディノ、そして、たくさんの小鳥さんの囀りが聞こえるのはなぜで…」



なのでネアは、それも聞き流してしまわずに魔物に尋ねてみた。


するとディノは、さてもう一度寝ようかと眠そうな目でネアを抱きしめていたところから一転、素早くネアをきつく抱き上げて立ち上がった。





「ディノ?!」

「ケープを出しておいで。…………それはきっと、可動域の低い者や子供だけに聞こえる夜の鳥の囀り、…………恐らくは蝕の鳥だ」

「しょ、蝕の鳥……………」

「後で説明してあげるよ。ノアベルト!」



その声はくっきりと切り取られたように朗々と響き、美しく強く周囲に響いた。

ああこれは王様の声だと、ネアは思う。




「うわ、シルどうしたの?!」



すぐさまネア達の部屋に転移で現れたノアは、仮眠でも取っていたのか昼間のような服装のままではあれ、髪の毛がくしゃくしゃになっていた。



よろよろと転移で転がり出てくると、綺麗な青紫色の瞳をぱちぱちさせてこちらを見る。



「蝕の鳥が出ているようだ。エーダリア達に知らせてくれるかい?」



けれどもディノがそう言った途端、ノアベルトははっと息を飲むと、短く頷き、また姿を消した。



その素早さにこれは厄介そうだぞと察し、ネアは身支度を急いだ。

リーエンベルクに戻ってきたばかりなのにと落ち込むような気持ちもあるが、でも、今度はもう、自分は大丈夫だろうという確信めいたものがあった。



(だって、ディノはもう私を離さない筈だもの)



であれば、この怖さはどこに向かうかというと、他の誰かやリーエンベルクが、或いはウィームが損なわれたら困るという不安に繋がる。




「…………確かに、蝕の色が変わったようだ。蝕の鳥で間違いなさそうだね」



窓から森の方を窺った後、ディノはカーテンを閉め直すと、水紺色の瞳を思わしげに伏せる。



「…………転移を踏むよ。それを羽織ってしまってからにしよう」

「はい!」



ネアはディノに持ち上げられたまま首飾りの金庫から、魔術で綺麗にして貰ったばかりのケープを引っ張り出しているところだった。



ケープを羽織ってから淡く甘い香りのする転移を踏み、ネア達が訪れたのはアルテアとウィリアムのいる部屋だ。




「…………おい」



突然部屋に飛び込まれたアルテアは、ぎょっとしたように振り返る。

寛いでいたのかと思えば、眼鏡をかけて小さな手帳のようなサイズの本を開いており、何かを調べていたところのようだ。



目の前のテーブルには、小さな小瓶のようなものが並んでおり、それぞれに違うラベルが貼られている。

なぜか針刺しや天秤まであり、白い華奢なカップに入っているのは紅茶だろうか。




「アルテア、蝕の鳥が出たようだ。ウィリアムを任せてもいいかい?」

「……………蝕の凶兆か」

「分かりやすい印だね。ネアが聞き分けてくれて助かったよ」

「…………そうか、こいつには聞こえるんだったな」

「……………怖いことが起こるのでしょうか?」




そう尋ねたネアに、アルテアは片手で前髪を掻き上げると、眼鏡を外した。

白いシャツに黒いパンツで、上着の代わりに肩にかけたのは、肌触りの良さそうなぬめりの艶があるプラム色のストールだ。



「場合によるな。………シルハーン、そいつも連れていくのか?これからここを完全に隔離するつもりだが……」

「うん、ここに置いてゆくことを考えたけれど、今夜は手を離さないと約束したからね」

「それなら……………、これを持っていけ。いいか?離すなよ」

「…………これは」



そうアルテアが手渡してくれたのは、彼の代名詞とも言える真っ白なステッキではないか。



呆然として見返せば、アルテアはしっかりと頷いてくれる。

ネアも慌ててこくりと頷き、持たされたステッキを、しっかりと握り締めた。



「これをアルテアさんだと思って、生涯大事にします!」

「おい、ふざけるな。餞別じゃないぞ?!」

「…………む?」

「ネア、ひとまずノアベルト達と合流するよ。…………アルテア、部屋を繋いでおくかい?」

「…………いや、もしウィリアム目当てだとすれば、完全に遮蔽した方がいいだろうな」

「分かった。何か異変があったら私を呼ぶように。ノアベルト達と周囲の状況について共有したら、エーダリアの執務室か我々の部屋で備えることにしよう」

「ああ。……………最悪、ダナエを頼るしかないな」

「かもしれないね。…………彼とも話をしてみるよ」




もう一度転移を踏んで、今度はエーダリアの執務室へ向かう。



ネアは、アルテアとウィリアムをちびふわにして持ってきてしまいたかったが、ウィリアムは今、体の内側の修復の為に深い眠りについている。

あまりあちこちに動かすのはよくないのだ。




「…………シル!………リーエンベルク前の広場から並木道の方に少し進んだところにあわいの亀裂だ。まだ小さな糸のようなひび割れだから、ネアが蝕の鳥の鳴き声を聞いてくれて本当に良かったよ…………」



エーダリアの執務室に入ると、そこには領主としてと机に着いたエーダリアと、横に立ったヒルドがいる。

二人とも厳しい顔をしていて、二人の向かいに立ったノアも、どこか油断ならないという目をして窓の方を見た。



エーダリアは、少し休んでいたのだろう。

外に出ることも可能な服装ではあるが、上に羽織っているのはくすんだ色が美しい青い膝までのカーディガンだ。

エーダリアは今迄ずっと知らずに着ていたらしいが、実はこれはヒルドの手編みである。



不安げに自分を見たネアに頷き、エーダリアはどこからか入った通信をヒルドに預ける。



「ネア、前兆を聞き逃さずにいてくれて助かった」

「いえ、私には何だか分からなかったので、ディノがそれを知っていてくれたお陰です。………エーダリア様、もし難しい局面であれば、まだ一回は使える筈な戸外の箒や、一度鳴らすとみんなを眠らせるベル、形のないものをざっくり切ってくれる素敵な剣もありますからね?」



ネアが慌ててそう言えば、エーダリアは微かに微笑む。

厳しい表情が僅かに緩み、ネアはほっとした。



(きっと私達のことでも、たくさん心配をかけた筈だから、もうこれ以上エーダリア様の心労が増えて欲しくないのに…………)



「…………お前の拾い物は、私達にとって恩寵なばかりだな。…………ヒルド、ゼベルからの連絡はどうだった?」

「ダナエ様達と一緒に、現場に向かったようです。………今回の蝕が明けたら、ダナエ様達にはあらためて正式な御礼としなければなりませんね………」

「ああ。…………正直なところ、彼等がここまで我々を助けてくれるとは思わなかった。ネア、これについても良い縁を貰って来てくれたな…………」

「いえ、ダナエさんはきっと、みんなでするバルバがとても楽しかったから、ここを守ろうとしてくれるのだと思います。…………あまりひとところに留まれる方ではないので、みんなで集まれるだとか、また来年会うというような、決まった場所や約束があるのがとても嬉しいと、前に話してくれましたから。…………あわいのものなら、ダナエさんがいてくれれば心強いですね!」



エーダリアはネアに感謝してくれたが、それは敷地内でバルバをすることを許してくれて、悪食でもあるダナエを温かくもてなしてくれたエーダリアの柔軟さにも尽きる。


ダナエにとって価値のあるものを与えたからこそ、彼はそれを守る為に尽力してくれるのだろう。




「では私達は、暫くここにいよう。ダナエ達だけで対処が難しくなった場合は、私が出た方が良いだろうからね」

「…………ディノ様、宜しいのですか?」



そう尋ねたヒルドに、ディノは淡く微笑んだ。


ヒルドはちらりとネアの方を見たので、帰って来たばかりのネアもいる中、外に出て大丈夫なのかということなのだろう。



「この土地は、この子にとって丸ごと家のようなものなんだ。失われては困るものだからね」

「……………有難うございます」



その言葉に、ふっと瑠璃色の瞳揺らしたヒルドが見たのは、エーダリアやノアで。

ここはヒルドにとってもかけがえのない家なのだと充分に伝わる眼差しに、ネアは胸の奥がむずむずした。



執務室の中に置かれた時計は、針が止まることなく時を刻み続けている。


これは時間の座の精霊達が、反転をきちんと回避し、己の持ち場で仕事をしてくれているからこその正確さで、時刻は真夜中を通り過ぎ、二という数字に針が向かおうとしている頃合いだった。




刹那、どぉんと、激しい音がした。





「………っ?!」



ネアは慌ててディノにしがみつき、エーダリアはがたんと立ち上がる。

ヒルドが慌てて窓の方に走って外を窺ったが、この部屋からはリーエンベルクの敷地の外は見えないのだ。



「水鏡を…………っ?!」



外の様子を見る為の魔術道具を取り出そうとして、エーダリアは続けて響いた轟音によろめく。

今度はリーエンベルクがびりりと揺れる程の大きな音で、ネアは咄嗟にディノの肩口に顔を埋めてしまった。




ディノの首裏に回した手に握ったアルテアのステッキを思い、それを使わなければいけないような事にはなりませんようにと心の中で願う。



資質が転じやすい蝕の最中だからと、あまり出さないようにしていた水鏡を展開したエーダリアに、ノアがその操作を代わるのが見えた。


見るということは繋ぐことに相当する為、場が不安定な時に使えば外側のものを呼び込む門になりかねない。

だからこそ水鏡は、とても便利な道具でありながら、その用途は厳しく線引きされる。




ゆらりと揺れた水面が深く暗い夜の色を結び、すぐさまそこにリーエンベルクから街の方に向かう並木道を映し出した。




「…………いたな」

「…………あれは、合成獣ですか」



まるで、お伽話の一場面のような光景がそこにはあった。



誰もいない夜の道には、一人の騎士と大きな竜、そして人型のままのバーレンの姿がある。


その正面の空間には醜いひび割れが生じており、ブンシェの物語のあわいの後ではそう言うのも少しだけ抵抗があるものの、…………巨大な怪物のようなものが半身を覗かせていた。



大きな頭部は人間のものに近く兎めいた耳があるが、決して愛らしい容姿ではない。

鼻から口先にかけては狼のような作りになっていて、鋭い牙が並んだ口元も見えた。


手は、熊と鰐を足したようなずしりとした大きな手で、恐らく体勢的には二足歩行をする生き物だと思われる。




(目が、…………四つもある…………)



横長ではなく、縦に配置された四つの目はぞっとするような黄色に光り、明らかな意思を持って対峙した三人を見ているではないか。



(明らかに普通の生き物ではないし、なんて禍々しいのかしら……………。もし、コロールで見たような、ラエタの巡礼者の作ったものだったら……………)



その怪物の大きさをあらためて認識し、大変なことになってしまったと、ネアが涙目になりかけた時だった。



竜の姿になったダナエが、ばさりと大きな翼を広げた。



その美しさは夜闇に白く浮かび上がり、色合いを紺色に変えるところから夜に溶け込むようにも見える。


ダナエの周囲に、きらきらと暗い紺色の光の粒子のようなものが現れたのはその直後だ。

暗い色なのにはっとする程に鮮やかに光っていて、星雲のように渦を巻きダナエを取り巻いている。



「……………あっ!」



次の瞬間、ネアは思わず声を上げてしまった。




目にも止まらぬ早さで翼を振るって怪物に飛びかかったダナエが、振り下ろされた大きな手をものともせずに、怪物の喉笛に噛み付いたのだ。


どぉんと、また大きな音がして、ひび割れた空間の中であの怪物が暴れているのが分かる。



よく見れば、怪物は既に片手を失っていた。

となると、ダナエの攻撃はこれが初めてではないのかもしれない。



(もしかして、先程の大きな音は、あの怪物が暴れた音…………?)




「………………わーお、圧倒的だな。倒すことに余裕があると分かったから、食べにかかってるや…………」

「………………春闇の竜とは、ここまでのものなのか」

「あの生き物が出てきたら、僕もちょっとひやりとするくらいだよ。勝てなくはないけどさ、…………っぷ。…………明らかに合成獣だからね」

「……………あの大きさであなたでも手こずるとなれば、完全な顕現を許せば、街に大きな被害が出たでしょうね……………」

「そこはほら、シルがいるから大丈夫だったとは思うけど、あれと直接向かい合ったら、僕もシルも一時間くらいは具合が悪くなるよ。……………うわ、ダナエは凄いなぁ…………」



星雲のようだと思った光の粒子が、空間の裂け目から出てこようとしていた怪物を包んでいた。



(あの光の粒子に触れると、その部分から体が崩れていっている。…………とんでもなく高温で焼けてしまうとか、毒のようなもので溶かされているみたいだわ……………)



確かに、ノアの言うようにそれは圧倒的な勝負であった。

巨大な怪物は必死に抵抗しているが、ダナエは優美な獣のようにその体を切り裂き、或いは食い破ってゆく。



「……………うん。問題なさそうだね。逃さずに食べてしまうつもりだろう。食べるということは、ダナエにとっては美味しそうに見えたのかな……………」



ディノはそう言うと、くらりとしたのかよろめいた。

慌てたネアが背中にぎゅっと掴まれば、はっとしたように踏みとどまる。



「…………ディノがよれよれです」

「僕もちょっと無理だ。…………もう、問題はないから、一度座らせて」

「ノアまで…………」

「あの大きさの人面魚みたいなものだね。…………はぁ、目を閉じても瞼の裏にまだ見えてる…………」



魔物達は、それでも危険がないと判断するまでは水鏡の向こうの状況をしっかり見てくれていたようだ。


とは言え合成獣を苦手とする魔物達にとって、この生き物は巨大な人面魚並みの破壊力があるらしい。



血の気が引いたように真っ白な顔色になってしまい、瞳を虚ろにしたディノに、口元を押さえてへなへなと椅子の上に座り込んだノアを見て、ネアは慌ててエーダリア達の方を振り返り、ぎくりとした。


エーダリアも魔物達のように真っ青だし、 顔色を変えずに水鏡の向こうの戦いを見守っているヒルドも、額に汗が滲んでいた。




「…………分かりました!私がこの水鏡を見張っていますから、皆さんは一度目を逸らして下さい!!」

「…………いえ、指揮を取る者として、ゼベルが前線に出ている以上は、目を背けることは出来ません」

「……………と言うか、ゼベルさんは大丈夫なのですか?!」

「……………ゼベルはな、金銭苦から祟りものですら毒抜きをして焼いて食べていた猛者だ。元々その傾向があった訳ではないが、後天的な悪変に強い騎士でな。この種のものに非常に強い…………。エアリエルの魔術がダナエと相性がいいと思って組ませたが、良い人選だった。…………っく」



真っ青な顔のままそう教えてくれたエーダリアは、吐き気を堪えるようにして口元を押さえると、慌ててグラスの水をごくごく飲んだ。




「エーダリア様、私が見ていますよ?」

「…………お前は何ともないのか?」

「怖い怪獣と綺麗な竜さんの戦いに見えます。確かにあの怪物は禍々しくて恐ろしい外見ですが、あの程度のものであれば、流行りの映画………映像舞台のようなもので何度も見ましたから、特に支障なく観劇出来るくらいの見た目ですね」



ネアがそう言えば、執務室の男達は何ともいえない目をした。


しかし、ネアの世界の映画技術の躍進は目覚ましく、この程度の映像であれば、映画の中で見ることは決して珍しくなかったのだ。



きっと、その場にいればまた、生身の怪物の威圧感に怖くて堪らないと思う。

だが、幸いにも今のネアの前に広がるものは所詮映像に過ぎず、ましてや味方の圧倒的優勢により心理的な負担もない。




(だから、安心して見ていられる……………)




「……………む。ダナエさんが頭をぱくりとやってしまいました。…………クッキーを齧るようにぼりぼりと食べていますね……………」

「……………うわ、想像した!…………っぷ」

「………………ご主人様」

「皆さん、安心して下さいね。もう多分、ダナエさんしか見えません。…………何というか、割れ目に頭を突っ込んで残りを食べている感じで、先程の生き物はそのくらいしか残ってないようです。因みにバーレンさんは蹲ってしまい、ゼベルさんが介抱しています」

「…………バーレンは、我々と同じ感性なのだろうな」

「……………うむ。ダナエさんが顔を戻して、ひび割れた空間のところを前足でぺんぺんして塞いでくれましたよ。満腹ポーズでちょっと幸せそうです」

「……………わーお、かなり深刻な危機が、食事になって解決したぞ………………」




低くそう呻いたノアが、ぱたりとエーダリアの執務室の長椅子に倒れた。




「まぁ、ノアが死んでしまいました…………」

「………………部屋に帰ろうか」

「ディノもすっかりくしゃくしゃに…………。でも、ダナエさんにお礼を言いたいので、まずはダナエさんのところに行ってくれますか?」

「……………あの生き物は、食べられてしまったのだよね?」

「はい。ぺろりでしたので、もういませんからね」

「……………ぺろり…………」



その後ディノは、騎士棟より外門の近くにある、アルテア達が滞在する内棟の外客棟とはまた違う外客用の建物に滞在している、ダナエ達のところに連れて行ってくれた。


大物を食べたばかりのダナエは輝くような美しさで、ネアに、あれはとても美味しかったと教えてくれた。




「ダナエさんも、祟りものや悪変したものが好きなのですか?」

「そうでもないよ。美味しいものが好きだから、好まないものも多い。でも、さっきの生き物は、土地の怨嗟を誰かが凝らせたものなんだ。古い仕掛けの封印が解けて現れたみたいだけど、元がウィームの土地の魔術だからとても美味しかった」



後の調べにより、あの怪物はウィームの王朝時代に作られた人造兵器のようなものだと判明した。

ウィームの王族を狙ったものなので、つまりはエーダリアを狙ったのだ。



それだけのものを作り設置してゆけるとなると、作ったのも恐らくはウィーム王家の者だろうという推理から、王族同士での内紛があった時代の遺物だろうということだった。


親和性の高い土地そのものの魔術で封印されていたので、蝕による土地の変化から封印が緩んだらしい。




事件はあっという間に終わってしまったので、ネアがアルテアにステッキを返しに行けば、悪いものはダナエの夜食になったと聞いたアルテアは遠い目をした。



「人の頭に兎の耳と狼の口の怪物さんで…」

「やめろ。説明するな」

「ネアが虐待する……………」

「なぜなのだ。何が起こったのかをきちんと知らせようとしただけではないですか」

「もういいんだな?よし、帰れ」

「むぐぅ。これからダナエさんの活躍を説明するべく、怪物さんの形状の詳細を……」

「お前はあわいから出たばかりだろうが。早く寝ろ」

「それと、お借りしたアルテアさんのステッキに、私の差し上げた結晶石が埋め込まれていたので、愛用してくれていて嬉しかったで…………ぎゃ?!」




気付いて嬉しかったのでその思いを伝えたのだが、そう言った途端、ネア達はその部屋からぽいっと魔術で押し出されてしまった。



バタンと閉まった部屋の扉を呆然と見つめ、ネアはやはり驚いているディノと顔を見合わせる。




「照れましたね…………」

「照れたのかな…………」




最後に何だか愛らしい使い魔の一面が見られたので、ネアはほっこりした気持ちで部屋に帰った。




この調子なら、お砂糖酔いして甘えるちびふわの夢でも見られそうだ。










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