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恋なんてしないで欲しい


「ゼノーシュは、恋などには興味がないんですか?」



ある日、パンケーキを食べていたら、グラストが突然そんなことを言った。

僕は驚いて、フォークからパンケーキをとり落す。



「どうしてそんなことを聞くの?」


「ネア殿やディノ殿を見ていて、ゼノーシュにも相手がいればなぁと考えたもので」


「………僕、寂しくないよ?」


「しかし、ヒルドすら恋をしているような有様ですからね」


グラストは意外にこういうことに鋭い。

たくさんの若者を部下に抱えていたせいで、周囲の変化に目敏く、そしてとても上手に気を回す。


(でも、何で今さらそんな風に訊くんだろう?)


僕は、とても不安になって考えた。

人間は時々、自分の話を始める前に、他人のことを引き合いに出すことがある。



「……もしかして、グラストは誰か好きになったの?誰?どんな人?僕が捨ててくる!」


慌てて立ち上がれば、グラストは驚いた顔で僕を制して手を上げた。



「ゼノーシュ?!いや、俺は別に誰とも恋愛はしていませんよ?」


本当にびっくりしていたので、僕は気が抜けて、安堵のあまり椅子に尻餅をついた。


良かった。

もし、グラストが誰かを捕まえてきたなら、その人間をどこに捨ててくるか考えなければいけなかった。


(まだ、縫いぐるみも買って貰ってないのに)



グラストは、自分の部下の誕生日には、高価な仕事用品や、生活用品などを上手く買い与えている。

新婚の騎士には、こっそりと、お祝い金と共に記念になる品物などを渡していた。


でも、僕に買ってくれたのは、クッキー缶だけなのだ。


元々僕は物持ちだからか、特に品物は買ってくれない。

悲しい。



「ゼノーシュ、出会いの場などはあるんですか?」


「グラスト、僕はそういうの興味ないから」


「しかし、祝祭の日など寂しくないですか?」


「グラストがいるからいいの!」



力強く宣言すると、グラストは少しだけ頬を緩めてくれた。

それなのに、すぐに気を取り直してしまう。


「でもそうなると、仕事みたいでは?」


「グラストは、僕に会うの仕事?」


「ただでさえ、毎日一緒なんです。仕事以外で会いにこられても、ゼノーシュも暑苦しいでしょう?」


「いつでもいいよ!」


返事がグラストの言葉に被ってしまったせいで、グラストはまた驚いたようだ。


「……いつでも?」


「ネア達みたいに、旅行に行く?」


「あれは、調査だったのでは?」


「リノアール行く?僕、お得意様だよ!」


「ゼノーシュ、随分高級な店に行ってますね。やはり、俺が一緒では場違いではないかな」


「じゃあどこでもいい………」


「どこでもいい……んですか?」


そう言えば、出かけたりはしませんねとグラストが笑ってくれる。

ネアから、可愛く言えばいくらでもグラストは叶えてくれると言われたけど、これはもしかしたら上手くいくかもしれない。



僕は必死に頭を巡らせる。

どこならグラストは連れて行ってくれるだろう。


「……駄目だ。食事以外でゼノーシュが喜ぶことはわからないな」



駄目だ。何でもいいって言ったのにそのまま伝わらない。


(グラストが好きなものって何だろう……)


僕が知っていることは、

遠乗りが好きなことと、武具の手入れ。

どうしよう、それしか知らない。


「新しく出来たパンケーキのお店に行く」



咄嗟にそう答えてしまった。

振り返ったグラストが、目を瞠って笑うと頭を撫でてくれた。


「では、次の休みはそこに行きましょうか?」


「うん!」



初めてのお出かけに嬉しくなって、僕は椅子の上で少し弾んでしまった。



「エーダリア様も誘いましょうか。そういう店なら、女性の方も多いでしょうし」


「………女性?」


喜びは急速に萎んでゆく。

駄目だ。

グラストはまだ、出会いの場を作るという問題から離れていない。


おまけに、エーダリアまで同行させようとしている。


「出会い以前に、あの魔術師は結婚したいの?」


どうもそうは思えないので、僕は首を傾げた。


「ご本人としては、血筋を残すことを憂慮されているようだな」


「北の王族の末裔だから?」


「魔術に長けた血筋ですからね。エーダリア様はご自身の力で王家から出られましたが、お子様はどうなるかわかりませんからね」


「でも、もう大丈夫なんじゃないの?」


「エーダリア様ご自身の継承権は放棄されていますが、それを許した現国王陛下と、次期国王候補殿に何かあれば、また政情が変わる可能性もある。その時にお子様がいらっしゃると、難しい問題もおきかねないですね」


魔術に長けた人間が無力なままで王宮にいれば、道具にされやすいのは間違いない。


「人間はそんな先のことまで悩むんだね」



統一戦争の終わりに、この北の王宮に住んでいた王族は、一人を除いて全員が処刑されている。


北の王族の血筋は、魔術の扱いに長けた血筋。

妖精や精霊、魔物からも好かれやすい。

だからこそ、統一を成し遂げた南の王族は、北の王族だけは全て処刑した。

王と王妃だけが犠牲になった、西と東から比べると北の王族の顛末は、悲劇と言ってもいいだろう。


唯一生き残った、戦争終結時には赤ん坊だった第三王女が、現在のヴェルクレア王に嫁ぎ、エーダリアが生まれた。


(確か、子供を産んですぐに死んでしまったんだっけ)


彼女を庇護したがっていた魔物や妖精は多かったので、嘆く声を幾つか聞いた。

だからこそ、彼女は死ななければいけなかったのかもしれない。


僕がこういうことを知っているのは、見聞の魔物だからだけではなく、エーダリアがグラストの主人だからでもある。


(余計なことが起こらないように、エーダリアは結婚しない方がいいけどな)



まぁ、それより結婚出来なさそうだけど。



「エーダリアも、まだ恋とかする気分じゃないと思うよ」


「そうか、……やはり、ディノ殿のことが…」


「それも違うと思うけど……」



もっとちゃんと教えてあげたかったけれど、僕はグラストと二人で出かけられることの方を優先させた。



「僕、やっぱりシチュー屋さんがいい!」


「しかし、あの店の客層は家族ばかりですよ?」


「だからそこがいい」



うっかりパンケーキ屋さんなどに行って、誰かがグラストに恋をしたら大変だ。

グラストは僕の歌乞いなので、結婚なんてとんでもない。

子供が出来たりしたら困るから、恋なんてしないで欲しい。


ここは僕の領地だ。



(だから、これ以上は絶対に若返らせない!)



絶対に、結婚適年齢にだけはしてはならない。

もしまた失敗したら、ネアに頼んでディノから歳をとらせてもらおう。



「シチュー屋の他に行きたいところはありますか?」


「……クッキー屋さんに寄る」


「では、あの店にも寄りましょう。いつもゼノーシュ用のものは缶で買ってしまうんですが、折角店に行くなら、気に入ったものを量り売りで買えますね」


「うん」





『ビスケットなら食べるかな…』


初めて出会ったとき、グラストは僕にクッキーをくれた。


それよりも少し前の時代に、灰かぶりが公爵殺しをしていて、勿論、僕もその候補に挙がっていた。

伴侶だった魔物をどこかの白持ちに殺された灰かぶりは、公爵を殺して回っていたのだ。


一度ぶつかって傷だらけになった僕は、傷が癒えるまでの日々を他の魔物に殺されないように、狐に姿を変えて狩りを好まない貴族の領地に潜んでいた。


『お前、傷だらけじゃないか』


狐のまま暮らすことには中々慣れず、森の実りの少ない年には酷い思いをすることも多い。

お腹が空きすぎて、大きな木の根元に倒れてしまっていたところに、突然人間の騎士が歩み寄って来て、僕を持ち上げる。

これでも魔物なので、油断したら殺してしまおうと思って様子を見ていた。


『ビスケットなら食べるかな』


その人間は、甘い香りのお菓子を僕に差し出した。



『おお、美味いか!良かったな』


わしわしと頭を撫でられて、お腹がいっぱいになったら噛み付いてやろうと心に誓う。

僕は公爵だ。

頭を撫でるなんて、愚かな人間だと思う。


けれども、満腹になると寝てしまって、目を覚ませばその人間はもういなかった。



『お!今日は元気だな!』


人間は何度もやって来た。

クッキーや、料理の残りを持って僕にくれる。

食べ物は美味しかったので、抱っこされても許してやることにした。

この人間は、まぁ悪いやつじゃないのだろう。



雪が降り始めた頃、傷が治った僕は、あの人間の住処を見に行った。


どうせあいつは寂しい人間なのだろう。

今日は寒いし、遊びに行けば喜ぶに違いない。



『ただいま、お姫様。今日は何をして過ごしたんだい?』



窓から見た部屋の中で、あの騎士が抱き上げていたのは、小さな女の子だった。

僕は、人間は弱い生き物なので、群れて暮らすのだということを思い出す。



笑い声が聞こえ、女の子が騎士に抱き着く。


なぜだか、すごくむっとした。

あの人間は、僕の食事係だ。



『よし!明日はケーキを作るからな』



また、幸せそうな笑い声。



僕は一人ぼっちで、雪の降る中にぽつんと立ち尽くしている。




生まれて初めて、

僕は自分が惨めな生き物に思えた。



ここは寒くて、僕は、僕の城に帰っても一人ぼっちだ。



ふと、灰かぶりが公爵殺しをしている気持ちが、わかったような気がした。


一人ぼっちは、こんなに惨めで不安定な気持ちになるのだ。

誰かを殺したくもなるだろう。



その日、僕はそこに居ることが耐えられなくなって、元の姿に戻ると城に帰った。

真っ暗な城で、あの騎士のことをずっと考えていた。




暫くすると、灰かぶりは仮面に殺されたのだと、誰かが話していた。

その頃の僕はもう、グラストの観察で忙しかったので、灰かぶりのことはどうでも良くなってしまっていた。



あの日からずっと、クッキーは僕の大好物だ。


だから、エーダリアの同行は絶対に阻止しよう。




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