水路の町と道具の小径 3
ネア達が中央にある広場に集まったのは、正午の少し前だった。
この広場の周囲にあるのは、食べ物に纏わるお店である。
また、コロールは小さな町なので大きい食堂などはないが、中央広場にあるお弁当屋さんで売られているランチボックスのようなものは美味しいと有名なので、買い物客達が食事をするのはこのあたりに限られていた。
とは言え、これしかないので、他のものが良ければ自分で食べ物を持って来るしかない。
商店には食材などを扱うところもあるが、買い付けたばかりのここでしか買えない稀少なものものをお昼に食べるのは、さすがに勿体ないだろう。
加えて、時々、商品の買い付けに来た商人達が許可証を吊り下げて、移動屋台を開くこともある。
これはコロールの住人が喜ぶので、特定の商人に限り許可されていた。
(綺麗な広場というよりは、秘密が隠されていそうなどこか不思議な広場だわ…………)
ネアがそう思うコロールの中央にある広場は、円形に隔離されている。
町の中央をぐるりと水路で切り離し、橋を渡って訪れるそこには、小さい礼拝堂があった。
中の装飾は見事だというが、残念ながら町人にしか開かれていない。
そんな礼拝堂を中心に、丸い島のような広場は見事なオリーブの木で囲まれていて、礼拝堂の後ろには立派な林檎の木も生えている。
「この林檎の木は、果実として食べるものではなく魅了の魔術を蓄えるものなのだそうだ。コロールがいつまでも栄え、それ故の支援と庇護を受けられるように願いをかけて植えられたものだと教えて貰った…………」
エーダリアにそう教えて貰って見てみれば、確かにこの林檎を齧ったら歯が折れそうだ。
陶器のような不思議な質感で、風に触れると水を入れたグラスの縁を指でなでるような、不思議な音がさざめいている。
「ちょうど昼時ですから、皆の姿もありますね」
そうヒルドが言うように、お弁当屋さんが設置している近くのテーブルには、イーザ達とアイザック達の双方の姿があった。
ネアは、先に良いテーブルを押さえている過保護なウィームの住人達の姿にこっそり感動してしまう。
(エーダリア様の支援者さん達はそつがない感じ。…………アイザックさんまでそこに属しているなんて、さすがエーダリア様…………!)
ネアは、今回のコロール行きにあたり、ディノと一緒にダリルから説明を受けていた。
アイザックと他数名の、エーダリアの熱心な支援者が当日偶然そこに居ると思うので、何かがあったら彼等と連携するようにと言われていたのだ。
『まったく、何でこんな時に出掛けるかねぇ。とは言えコロールは町が持つ運命そのものから招かれると言われているから、行くなとも言えない。ネアちゃんとディノも、他に用事があったのにすまないね』
実は今日のお休みに、ネアはディノと一緒にリノアールのボディクリームを買いに行く予定だったのだ。
けれども、エーダリアから同行の誘いがあるだろうから、是非に一緒に行ってやって欲しいとダリルに頼まれ、そういうことなら言われなくても一緒に行ってみたい町だと答えたのが、昨日の夕方のことだった。
そして今日来てみれば、このコロールの門の前には見知った顔が幾つもあったのだ。
(もしかするとイーザさんも、ヒルドさんから頼んで買い物に行く日を今日に合わせて貰ったのかも。ちびまろ事件の時もとても頼もしかったから、お友達として力を借りたのかしら……)
ネアには偶然だと話してくれたウィリアムも、ダリルから頼まれたのか、それともこちらは本当に偶然なのか。
ともかく、こんな風に知り合いが多いところで食事をするのも何だか楽しい。
秘密の任務に就いている気分で、ネアは、アイザック達とイーザ達のテーブルから近いところを、素知らぬ顔で押さえたのだった。
「ディノは、お弁当にしますか?それとも、あちらの商人さんが出している香辛料煮込みのスープセットにしますか?」
「…………君と同じでいいよ」
「まぁ、本当に?あの辛そうなスープセットでもいいのですか?」
「ご主人様…………」
「あらあら、ぺそりとなってしまいましたね………」
今日、このコロールの広場で買い物がてら商売をしているのは、どこか異国の商人であるらしい。
売られているのは、カレーのような香りの香辛料と羊肉を煮込んだスープで、色合い的にはかなり辛そうに見える。
そこまで辛いものが得意ではないディノは、意地悪な人間に脅されて慌てて自己主張を開始し、牛肉とジャガイモを甘辛く煮込んだものとお米の入ったランチボックスにした。
ネアが選んだのは鶏手羽をお酢をきかせて煮込んだものと、蜂蜜を使ったもっちり黒パンが入ったランチボックスだ。
ランチボックスは、そこに五種類のお惣菜から好きなものを二種類乗せられるので、ネアはバジルとチーズのソースのペンネサラダと、焼きトウモロコシと季節の野菜のサラダを選んだ。
ディノは、ペースト状のサラミの入ったラビオリと、さっぱりトマトとセロリの酢漬けである。
「むむ、ウィリアムさんはあちらのスープセットにしたのですね」
「ああ。サナアークの近くの土地の郷土料理なんだ。辛めだが、俺は結構好きでな」
ウィリアム曰く、ココナッツミルクの風味もあり、辛いのだがそれだけではない複雑な味わいで、あとを引くのだという。
中の羊肉はほろほろになっているようで、周囲を見ると、アイザックとバンル、ヨシュアもこの料理を選んでいた。
「やはり、お前もそれにしたか」
「うむ。エーダリア様も、やっぱり鶏肉にしましたね」
「ありゃ、シルも絶対にシチューだと思ってたのになぁ」
「あら、ディノは、煮込まれてとろりほくほくとしたジャガイモも大好きなんですよ」
「ヒルドも牛肉煮込みにしたのか。珍しいな」
「ウィームでは、米をこのように食べることはあまりありませんからね。折角ですし、あまり食べない料理にしてみました」
席に着くと、日差しに暖められた木のベンチはほこほこしていて、広場の中に雨ざらしで設置しっ放しのものではないのか、保存魔術が行き届いているのか、とても綺麗で座りやすい。
木漏れ日の中で昼食が始まり、ネア達は買い物の報告をし合う。
「エーダリア様やヒルドさんは、お目当のものは買えましたか?」
「ああ。私は、念願のインク結晶を買ったのだ………。だが、何よりもヒルドの探していたオーロラ結晶のペンがあって、本当に良かった」
「そうそう。それもさ、ヒルドの父親が持ってたものの双子ペンなんだよね」
「双子ペン………?」
首を傾げたネアに、ヒルドは、瑠璃色の瞳を揺らしはっとするくらいに穏やかに微笑んだ。
店頭にオーロラ結晶のペンが展示されていたので、お目当の文具専門店に入り欲しいものを伝えると、購入の理由を聞いた店主は、一度店の奥に入り、古びた革張りの箱を持って来たのだという。
「父から譲り受ける筈だったペンと同じものを探していたのですが、…………これは、もし手元のものが何らかの理由で破損してしまった場合に私をがっかりさせないようにと、父が家臣に頼んで、店に注文していたものだったそうです」
そう言ってヒルドが見せてくれたペンは、青を基調とした乳白色にオーロラの色のそれはそれは美しいペンだった。
ヒルドの父親は、自分のものをヒルドに無事に引き継げたのなら、そのペンは自分用として引き取るつもりだったらしい。
既に料金は支払われており、店主は、完成直後にヒルドの一族が滅びたことを知っていた。
だが、最初にヒルドの父親に送るペンを買い、この予備のペンの注文をしに来ていた人物は、店主がまだ職人として駆け出しの頃から目をかけてくれた大切なお客だったらしい。
恩人の最後の注文を、売ることも使うことも出来ず、店主はずっと今日まで、そのペンを大切に保管していてくれたのだった。
「このペンには、父が使っていたものと同じ軸が入っているそうです」
「店主はな、注文書が破損した時の為に控えは取ってあるからと、その時の注文書もヒルドに譲ってくれたのだ」
「注文書を?」
「………ええ。料金の支払いを示す父のサインと、代理で訪れた家臣の………私の剣の師だった人のサイン、注文された日の日付が書かれています」
そう語ったヒルドに、ネアは目を輝かせた。
大事そうに胸元を押さえたヒルドは、その注文書はすぐさまノアが状態保存の魔術をかけてくれて、金庫の中にしまってあると教えてくれる。
「お父様の文字が、ヒルドさんのところに届いたのですね…………」
「ええ。ご店主は、今度はこの注文書の代わりに、私の受け取りのサインを大事に保管すると仰っていました。今後のペンの手入れもして下さるそうで、この町への顧客入門証の手続きもしていただけると」
顧客入門証は、定期的な手入れを必要とする品物を買ったお客用に発行されるものだ。
エーダリアの話では、ヒルドが来たことで気難しいと評判のご店主は大喜びしてしまい、店主の家族も、涙ながらにヒルドの訪問を喜んでくれたという。
「あの店の妖精は森の系譜の妖精だったからさ、きっと系譜の上位になるヒルドの一族の、それも王や王子に自分の品物を納められることも誇りだったんじゃないかなぁ。このペンの管理を死ぬまでの楽しみにするんだって、話していたよ」
「……………なんて素敵なお話でしょう。みなさんが、それぞれにお相手を大事に思っていたからこそ、そのペンや注文書もヒルドさんのところにやって来られたのですね!」
「でもさ、だから告白するなら今かなと思って、室内履きは噛んでたら穴が空いたって話したら、叱られたよね………」
「狐さんが…………」
「ノアベルトが…………」
もう一つの告白をしてくれたノアに、お弁当が気に入った様子でほんわりしていたディノが悲しい目をする。
エーダリアも、塩の魔物とは何だろうと少しだけ遠い目をしていた。
(あ、………食べ終わっているみたい………!)
ネアはここで、食事が終わったようなので席を立ってしまう前にと、イーザ達のところに行き、先ほどの薬局で良くして貰えたお礼の薬草茶を渡して来た。
行きつけのお店のものなら失敗はないだろうと考えたのと、あのお店で買った方が良くしてくれたお店側にも利益になる。
そう思ってすぐにこのような形としたのだが、イーザも連れの精霊も、ネアの渡したお茶を抱き締めて喜んでくれたので、相当お気に入りの薬草茶だったに違いない。
ヨシュアについては、自分ではお茶が入れられないので、イーザが淹れてくれるそうだ。
「うむ。無事にお礼が出来ました。………むむ、エーダリア様が我慢出来ずに買ったものを出して見ています………」
お礼を終えてネアが帰ってくると、エーダリアは買って来たものをテーブルの上に出してうっとりと眺めていた。
「………二つも買ってしまった。この、瑠璃色のインク結晶は素晴らしいだろう?だが、霧鉱石のインク結晶は、私にとって何よりも美しいと思うウィームの冬のようで、どうしても買わずにはいられなかったのだ」
その言葉に、奥の席で感涙しかけている人がいるので、ネアは罪な上司の影響力に慄いた。
なぜか、他にも目頭を押さえている人がいるのだが、まさかまだ保護者相当なウィームの民が隠れていたのだろうか。
(バンルさん、エーダリア様の言葉で涙ぐんでしまうなんて…………)
もはや息子のような感覚なのかなとネアは頷いておき、食べ終わったランチボックスの箱をゴミ箱に捨てに行った。
紙容器の精が生まれないよう、この箱は魔術仕掛けで夜明けと共に消えてしまうのだそうだ。
環境に優しいその魔術の為にお弁当は箱代分割り増しになっているが、このような土地なので特に気にならない。
「エーダリア様、こちら側のお店は、やはりその文具屋さんとインク屋さんがお薦めですか?」
「そうだな、………お前が見るのなら、妖精の育てた宝石の店に、刺繍糸やレース糸に毛糸の店もあった。刺繍小物の店に、併設空間になる絵画や、杖や傘の店もある」
「ほわ、………既に期待のあまりにまたしても思考が混乱してきました」
はぁはぁする胸を押さえてよろめいたネアに、隣の魔物が慌てて背中をさすってくれる。
これからネア達は、中央広場を起点にまた別々の方向に向かい、ネア達が来た方向に向かうエーダリア達とは、入り口のところで再会して帰るようになる。
木漏れ日の下で、美しい林檎の木や礼拝堂を眺めながらの昼食は楽しかった。
時折、ヨシュアがお喋りに来たり、アイザックが、先ほどの金ぴか鳥を早い内にと妙に前のめりに買い上げてくれたりもしたので、ネアはお小遣いを得てほくほく顔になる。
そしてそのお小遣いでネアがさっそく購入したのは、そのものが併設空間になる優しい海辺の絵であった。
これは、夏の間に遊びに行けなかったトトラの家に遊びに行く時に、お土産にしようと思ったのだ。
覗き込むと海の影絵が揺らめき、ざざんと波音がして、海の景色を覗き込める小窓のようなのできっと喜んでくれるだろうと嬉しくなる。
「ディノ、これをトトラさんにあげますね」
「君は、とてもトトラを気に入ったのだね………」
珍しく荒ぶらないディノは、トトラに向ける好意は浮気の範疇ではなさそうだと理解してくれたらしい。
であれば、どこで区別をつけているのかは、やはり謎のままである。
「あわいの列車で一緒にいてくれましたし、ぐるぐる巻きのノアを助けてくれたり、みんなで遊びに行けるようなお知り合いになれたのが嬉しいのです。………今度、みんなで遊びに行く時には、リーエンベルクからの手土産で、この絵を差し上げようと思います!」
「ああ、そう言えばコロールには、トトラの持っている銀器を作った職人の店もあるはずだな」
「あの、ちょっと怖い力のあるベルには、作った職人さんがいらっしゃるのですか?」
それは意外だったので、ネアは驚いた。
アルテアのステッキやウィリアムの剣のような、自身で作り上げたものかと思っていたのだ。
「森の賢者の持つ道具は、まず最初に気に入る銀器を見付けて、そこからその銀器に土地の祝福を溜め込むんだ。道具を途中で変える者もいるし、銀器ではないものや、他の個体から受け継いだ道具を使う者もいるよ」
「だから、最初の銀器を作る方もいらっしゃるのですね…………」
そんな銀器職人の店は、すぐに見えて来た。
とても美しい細工の品物が並ぶお店なので覗かせて貰えば、このお店で注文された歴代の森の賢者達の秘宝一覧の絵がある。
ネアは、これは個人情報的にはどうなのだろうと思ったが、これを見てどれだけの祝福を溜め込める銀器なのかの判断基準ともなるそうだ。
(……………ベルを注文したのは、トトラさんだけではないんだわ…………)
死の祝福を持つトトラのベルは、やはり作り手としても自慢なのか大きな絵にされていた。
その隣に描かれているのは、一回り小さなサイズのベルで、その場にいる生き物をもう一度鳴らすまでの眠りにつかせるものらしい。
どこかで見たような気がしたが、狩りの途中で見かけた森の賢者が持っていたのかもしれない。
このお店産の加算の銀器はどうやら二本あるようで、能力としては珍しい類のものではないようだ。
夜の盃はそもそも銀器ではないので、こちらのお店で注文されたものではないのだろう。
「…………針などもあるのだね」
「ええ。一日にドレスが三着も縫える針だなんて、仕立て妖精さんが聞いたら驚きそうですね」
「ああ、ネアは聞いていなかったんだな。血は繋がっていないが、シシィの今の父親は森の賢者なんだ」
「なぬ?!」
「仕立て妖精の女王は、まだ子供達が幼い頃に最初の夫を大きな戦乱で亡くしている。今の伴侶は、トトラと同じ最高位の森の賢者の一人で、確かその針を持っていたな」
「まぁ、…………と言うことは、シシィさんのお父さんは葉っぱさんなのですか?」
「いや、妖精の国では皮を脱いで人型で過ごしていると聞いているな。シルハーンもご存知ですか?」
「うん。仕立て妖精の伴侶になるのだと、挨拶に来た事があるよ。彼は元々、ウィームのあたりの森を治める森の賢者で、グレアムと仲も良かったからね」
「そうだったのですね………」
ネアは、どうしてももさもさした葉っぱ状の姿の生き物しか思い描けず、シシィの家族構成が気になって仕方がない。
妖精は異種族間でも子供を授かることが出来るので、どの種族よりも異種族婚が多いと聞いているが、お子さんが生まれた場合は、父親似だと団栗になってしまうのではないだろうか。
そんなことを考えながら、ネアは刺繍小物のお店で気が遠くなり、ディノに可愛いエプロンを買って貰った。
続けて訪れた糸のお店は、あのサムフェルの糸のお店の本店だと発覚し、ヒルドに編む為に探していた毛糸に、深く青みがかった緑色の良いものを見付けて購入する。
「………散財しました。なかなか来られないと思うと、人間は果てし無く欲深くなります。あの金ぴか鳥を狩っておいて良かったのです…………」
「家畜を夜の系譜の獣から守る祝福になるらしいが、アイザックは相変わらず顧客層が謎だな…………」
「とても前のめりにお買い上げいただいたので、ご自分用かもしれません。何となく、どなたに差し上げようとしているのか、分かる気がしました………」
ネアは、あの鳥の羽がどう使えるのかを教えてくれたアイザックの口調から、ルドヴィークにあげるのかなと思ったのだ。
(流星雨の銀色のインクは、イブメリアのカードに使おう!文具店では、ウィリアムさんが、手帳用の冬の新月の夜の結晶石のペンを買えたし………)
ヒルドの購入したペンを取り扱っていた文具店では、店主とその息子さんがペンなどを作り、紙すきの妖精なお嫁さんと、孫娘が紙製品を作っている。
ネアは、風にざわめく森の音が閉じ込められたノートを買い、ディノは何代目かの収集物用のスクラップブックを購入していた。
このスクラップブックには、まず、真夜中の雫でネアに買って貰った入浴剤の包装紙をスクラップするらしい。
散財はしたものの臨時収入で概ね賄えたのでと安堵し、楽しい買い物を終えてそろそろ集合時間かなと満足の息を吐いていたネアは、わあっと背後から聞こえてきた騒ぎに、ぎくりとして振り返った。
「…………何かあったようだな」
そう呟いたウィリアムが、慌てて歩道を駆けてゆく町人の一人を捕まえて話を聞いている。
そしてなぜか、深い溜め息を吐いた。
「ウィリアム、困ったことになっているのかい?」
「…………まだ何ともいえませんが。最初に見た店で、アイザックが妙な石の封印を解いたようですね。彼は理知的なようで、欲望らしく時々そういうことをしますから…………」
「そうなると、火山の系譜のものだろうか」
「それがどうも、岩の中で眠っていたのは悪変した魔獣のようで、白いのだとか。噴火の混乱などで、偶然、他の系譜の生き物が溶岩の中に閉じ込められていたのかもしれないですね…………」
ネアは、ちょっと厄介な獣だと聞き、眉を下げた。
ネア達が今この辺りとなると、そのお店の辺りには、エーダリア達がいるのではないだろうか。
「ディノ、エーダリア様達は、巻き込まれていないでしょうか………」
「…………うん。ノアベルトに訊いてみよう」
「ネア、ここは小さな町だから騒ぎになる可能性がある。シルハーンからはぐれないように、………そうだな、三つ編みでも握っていていてくれるか?」
「ディノ、手を繋ぎましょう!」
「ほら、これを持っているようにね」
「なぜまた三つ編みなのだ…………」
たいへん解せない思いで三つ編みを握り締め、ネアはディノとウィリアムに挟まれる形で、まずは待ち合わせ場所だったコロールの正門前に向かった。
そこには既に多くの買い物客達や、町の人々が集まっていて、ディノやウィリアムの姿を見て微かな安堵を滲ませる。
高位の人外者が必ず助けになる訳ではないが、コロールの住人やここに買い物に来るような人々だからこそ、終焉の魔物が比較的騒ぎを鎮めることに長けた魔物であることも知っているのだ。
「ふえ、焦げた!」
「まったく、あなたは情けない。そのくらいすぐにどうにかなるでしょうに」
「焦げたんだよ!イーザが冷たい…………」
正門前からその獣が現れたという区画の入り口寄りのところには、イーザとヨシュアがいて、そんなやり取りをしている。
慌ててそちらに合流すると、ヨシュアが涙を溜めた目で服の裾が焦げたと訴えてきた。
「ネア、焦がされたんだよ。あの獣は滅びるべきだと思う」
「まぁ、火傷はありませんか?」
「………ふえ。イーザが火傷しそうだった」
「イーザさん、お怪我はありませんか?!」
「ええ。私はこの通り無事ですが、……あちらに、ヒルド達がまだ」
その言葉に、ネア達は顔を見合わせて青ざめた。
「………もしかして、避難出来なくなっているのか?」
そう尋ねたウィリアムに、ヨシュアが頷く。
「あの獣は、多分、元々は精霊か魔物だと思うんだ。色々混ざっているから、魔術の失敗か副作用で悪変したんだろうね。系譜の生き物を生み出して増えたから、アイザックが区画ごと隔離したんだ。イーザの友達も、帰って来られないんだよ……」
「あの精霊さんも、巻き込まれてしまったのですね…………」
「それと、アルテアも巻き込まれた」
「…………なぬ。なぜにアルテアさんが。もしや、エーダリア様の会の人………?」
これもまた驚きであったが、イーザの見立てでは、完全に私用で傘の注文に来ていて巻き込まれたらしい。
巻き込まれて逃げ遅れるということがあるのは、このコロールの町が、転移を禁じる魔術でも守られているからだ。
「アルテアがいれば、エーダリア達はまず安全だろうが、…………」
「どんな資質のものなのかを見ておいた方がいいね。系譜の生き物を派生させられるとなれば、それは精霊の資質だ。だが、…………核は魔物なのかもしれないのだね?」
「魔物の気配がしたんだよ」
「…………ヨシュアは、そのあたりは鋭いからな」
そこでディノがふと、思わしげな顔した。
「…………アルテアは、傘の注文に来ただけなのかい?」
「ほぇ、…………そう話してたよ」
「…………シルハーン?」
「私もあまり知らないことだけれど、かつて、派生したばかりの階位の高い魔物を使って、精霊に転じさせる魔術を研究していた人間達がいたらしい。彷徨える者に成り果てていたが、その魔術師達を、この子とアルテアと一緒に最近見かけたばかりなんだ…………」
「ラエタですか…………」
そう呟いたウィリアムの声に重なるように、獣の雄叫びのようなものがびりびりと空気を震わせた。
(隔離されていると話していたのに、こんな…………)
頼もしい魔物達が共にいるのだと分かってはいても、あまりにも多くのことが不透明で、不安に胸が苦しくなる。
「エーダリア様と、ヒルドさんとノアが…………」
そこには、アルテアとアイザック、それにバンルやエイミンハーヌ達もいるのだろうか。
「巡礼者達が現れたのは、何かを探しているからでもあるが、何かをどこかに見付けたからなのかもしれない。………あまりないことだけに、符合が気になるね…………」
そう呟いたディノの声の向こうに、しゃりんと鈴の音が響いた。