表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
891/980

秋惑いの道と一つ目の巡礼者




はらはらと、深い紅色の落ち葉が舞い落ちる。

そんな秋の森が降らせる雨を見上げ、ネアはほうっと溜め息を吐いた。

真っ赤な実をつけた茂みを抜けて、木の枝に絡んだ森葡萄の房をくぐれば、また深い森が広がっている。



「先程落ちた川相当の場所にも似ていますが、圧倒的に色合いが違いますね」


そう呟いたネアの目に映る秋の森は、深い深いこっくりとした緑色が基調だ。

そこに焦げ茶色や黄色、紫と赤が入り込むこの森は、紅葉する木々が特別多くはないからこそのふくよかな秋の彩りに満ちている。


圧巻という意味では先程の楓の森や、秋告げの舞踏会の会場の方が色鮮やかだが、ネアはこんな秋の森の方が実は好きだった。

深い緑の木々や落ち葉の茶色の世界に、はっと目を惹く紅葉の色が際立ち、特別なものを見付けたような気持ちになる。



そして今は、そんな深緑に鮮やかな深紅とこっくりとした茶色の素晴らしい森結晶を見付けて、一緒に森を歩いているアルテアの手をぐいっと引っ張った。



「アルテアさん、これは持って帰ってもいいものですか?」

「…………ああ。これなら大丈夫だろう。その奥の木には触れるなよ。あの辺りも場になっているな……………」

「この惑いの道の、境界線というところですか?」

「だろうな。…………この惑い道が単純に秋の系譜のものならともかく、奴らにも分からないようじゃ、何が混ざり込んでいるのか分かったものじゃない」



現在ネアとアルテアがいるのは、秋の惑い道と呼ばれるところで、所謂パーシュの小径の一種だ。



季節の中でも春と秋は、パーシュの小径の中でも惑わせる術界の道が発生しやすい魔術条件下にある。

なのでこうして、ごく稀に秋告げの舞踏会を出ようとしたそこから、見知らぬ道に迷い込んでしまうことがあるのだそうだ。



そしてそんな道に迷い込んだと言えば、またいつもの事故率の話かと思うところだが、今回はこの秋の惑い道に入り込んでしまったのはネア達だけではない。

同じタイミングで会場を出ようとした一組の男女も、ネア達には気付かず前方を歩いている。



(でも、秘密のままなんだ……………)



本来なら、手を取り合って共に生還しようぞと固く誓い合うところだが、アルテアは素早く隔離結界を立ち上げてこちらの姿が見えないようにしてしまった。

なので、前を歩く恋人達は、ここに迷い込んだのが自分達だけではないのだと、まだ知らないのだった。



アルテアによると、彼らは秋の系譜の精霊のようで、この惑い道が純粋に秋の系譜だけのものであれば、簡単にここから抜け出せている筈なのだそうだ。

それが、前の二人も困惑しきっているように、未だに抜け出せずにいる。

となるとここには、他の要素の魔術も色濃く敷かれているというのがアルテアの見立てだ。




「…………あのお二人も、無事に帰れるといいのですが」



そう呟いてアルテアの方を見ると、鮮やかな赤紫色の瞳を細め、ネアの使い魔はひどく冷ややかな表情をする。



「線引きをつけろ。俺は聖人になんぞなるつもりはないし、どうでもいいものの為に自分の持ち物を削る謂れもない。生き延びたければ、あいつ等が自分で努力することだな」

「……………ええ。私も所詮は自分が大切なので、自分を犠牲にして他の方を守るようなことは出来ません。けれども、ちっぽけな人間の偽善に毒された心で、あっさり思い切ることも出来ずに、耳触りのいい願い事を飴玉のように転がしてしまうのでしょう…………」



先程の秋告げの舞踏会で、アルテアはネアが自分を切り出してしまう誰かについても、相談するようにと話してくれた。

しかしながら、こうしてそんな機会に恵まれれば勿論、そこにはきちんと優先順位をつけろというのが、アルテアの考えだ。



(それは、もっともだと思う………)


この世界では、高位で力のある者の働きかけが全てではない。

万象であるディノにすら及ばない決まり事が多々あり、その仕組みを理解して対処することが求められる。


だから、ネアとてその意見には勿論賛成なのだが、こうして間近に見てしまった誰かが失われるかもしれないとなるとやはり微かに胸が痛む。

何しろアルテアの見立てでは、彼等は、まず生きては帰れないだろうという事なのだ。




しゃりん



その時、沢山の鈴を振ったような音がどこからともなく聞こえて来た。

はっとしたように顔を上げて周囲を見回したネアが見たのは、どきりとする程に厳しい顔をしたアルテアだ。



「……………アルテアさん?」

「………混ざり込んでいる要素は、信仰のものだな」

「信仰の……………」



(そう言えば、山車祭りのような信仰の系譜の要素が強い祝祭では、アルテアさんは力を振るい難いってディノが話していたような…………)



そんな事情を聞いていたのでぞっとし、ネアは羽織った上着の袖口に隠れてしまいそうな手をぎゅっと握る。


このような場所なので、ネアは、秋告げのドレスの装いを少し変えていた。

ニットのような素材なので裾を持ち上げて、ベルトで押さえて丈を変え、靴も金庫の中にしまってあった戦闘靴に履き替えている。


上着はアルテアが貸してくれた特殊な毛織のカーディガンで、袖を捲って羽織らせて貰っていた。

折り返しても袖は長めだが、このような土地での魔術の影響を防ぐには良い素材のものなのだそうだ。

秋や冬の影絵の回廊を使って行う、魔術素材の手入れや仕分けなどの作業の際に羽織るようで、よく使うものだからと金庫の中に持っていてくれたのだった。


そんなカーディガンのポケットには、ネアが拾ったばかりの森結晶が入っている。

何かあって落としては堪らないと、ネアは慌てて腕輪の金庫に入れ替えた。



しゃりん



また先程の鈴の音が聞こえてきて、ネアは眉を顰める。

一方向から聞こえてきていたものが、今度は何かに反響するようにあちこちから聞こえてきたのだ。

一応はアルテアの排他結界で覆って貰ってその中に隠れているのだが、このような土地の特性上、地面には足を着けなければいけない。


現状二人は、箱型の結界を上からかぶせて移動に合わせて動かし、地面からの影響は都度アルテアが魔術調整をかけているといった具合であった。



「…………ぎゅ」


話してもいいのだろうかと、アルテアにくっつけば、頭の上に手のひらがぽふんと乗せられた。



「音の出どころはまだ先だな。今は普通に話していて構わないぞ。足元も、ある程度は自由に動いてもこちらの存在には気取られない筈だ。ただ、この道を外れてゆくと、先程話したような惑い道の境界線であり、排除魔術の場になっている。そこには触れないようにしろよ」

「ふぁい。…………道を外れて奥までは踏み込まないようにしますので、もしこの道にまでその境界線めが侵入していたら、教えて下さいね」

「ああ。…………抱き上げていても構わないんだが、地面から足を離すと、惑い道の魔術の理に触れる可能性もあるからな………」



それがこの惑い道の厄介なところであった。


どのような経緯で迷い込んでしまったのであれ、万が一魔術的な招待であった場合は、その場に触れていないことは礼を欠くという行為にあたる。

相手が生き物であれば、知ったことではないとこちらも言い張るだけだが、形や心のない魔術そのものの流れであったりした場合にはそんな言い訳も通らない。

また、何かの対価や呪いで呼び込まれた場合も、足を浮かせて接触面をなくすという行為は、不正行為にみなされてしまう可能性があるのだ。


勝手に迷い込ませておいてたいそう迷惑な話だが、そのような特性を持つのが、このまだ正体の分らない惑い道の難しさなのだった。



「……………よし、魔術基盤の分断を確認した。秋告げの領域からは、完全に離れているな。シルハーンを呼べ」

「むむ。ディノを呼んでもいいのですか?」

「ああ、ここであれば秋告げの魔術には影響はない。信仰の系譜を圧倒出来るのは、やはり万象だからな。…………ウィリアムも有用だが、あいつの場合はこの基盤ごと壊して後に残る影響のことを考えないからな…………」


(あら、…………)


珍しく聞けたそんな苦言に、ネアは、アルテアとウィリアムの二人の関係について新たな事実を把握した。

どうやら、アルテアは悪さばかりしていて世界への影響を考えないと憂いているウィリアムに対し、アルテアはアルテアで、ウィリアムの手法は後々の影響を考えない困ったものだと考えているようだ。


とは言え、そうやってお互いのことを知っているのも仲良しの証拠なので、ネアは寄り添わないようでお互いの動きを見ている二人の魔物の関係性に、ほっこりする。

こんな不安定な状況だからこそ、そんな気付きは何だかあたたかい。




「ディノ、私の声が聞こえるならここに来て下さい。届かないなら、カードでも呼びかけ…」

「ご主人様!」



ネアはまだ召喚の口上の途中だったのだが、婚約者な魔物はすぐさま現われた。

これはもうどこか近くに潜んでいたのではないかという疑惑の早さだったのだが、現れた魔物は、緊急時の呼び出しにきちんと応えられたことが嬉しいと、ご主人様をぎゅうぎゅう抱き締める。


「むが!持ち上げはなりませんよ!ここは色々と規則があるようなのです!」

「……………秋惑いの道のようだね。すぐに干渉を絶ってあげるから、持ち上げられるようになるよ」

「なぬ……………」

「こっちを見るな。そんなことが出来るのは万象だけだ」

「ふふ、ディノはとっても凄いのですね」

「可愛い…………動いてる…………」

「……………短時間で抵抗力がなくなり過ぎなのでは…………」



ディノはすぐにこの惑い道からの魔術干渉を絶ってくれ、ネアは無事にいつもの魔物な乗り物に乗車を済ませた。

アルテアのカーディガンの下は秋告げのドレスのままなので、ディノは何度かきゃっとなっていたがネアを無事に持ち上げ終ると、きりりとする。



(良かった。これでアルテアさんの負担も減るかな…………)



しかし、ディノが来たことで何かの気配を察したものか、或いはたまたまそんな風に途切れただけなのか、先程まで聞こえていた鈴の音はぴたりと止まってしまう。

三人は周囲を見回してみたが、鈴の音が聞こえてくるまでの静かな秋の森に戻っていた。



遠くまでを見通すように視線を向ける時、そんなディノの眼差しには澄明な人外者らしい鋭さが湛えられる。


同じ美しい水紺色なのに、ネアの方に戻すと、その鋭さがふわりと優しくなるのだ。



「秋告げの舞踏会では、何も問題はなかったかい?」

「にゃわわ………」

「にゃわ…………?」

「い、いえ、後で最初から何があったのかお話しますが、一度会場から落っこちた私を、秋鮭の精霊王な奥さんが守ろうと奮闘してくれたり、うっかり引き当ててしまったケーキの指輪を、通りすがりのピッチフォークさんに押しつけたりしたくらいでしょうか………」

「また、落ちてしまったのだね………」

「ふにゅ。会場から転がり落ちそうだった秋鮭の精霊王さんを、思わず助けようとしてのどぼん………どぼん?だったのです。アルテアさんの声に反応した豊穣の魔物さんが手を伸ばしてくれて、なぜか夜葡萄のシーさんも一緒に落ちたんですよ。でも、その先の魔術基盤な感じの森で狩りをしたくらいで、怖いことはありませんでしたし、すぐに帰り道の扉を見付けたので、そこからアルテアさんを呼んだら帰れたのですよ」

「季節の基盤は、今迄に蓄えた魔術で複雑な層になっていることが多いんだ。帰り道を見付けるには、幾つかの条件を満たす必要があるんだよ。君が無事で良かった……………。アルテア、この子を連れ戻してくれて有難う」


ディノは、季節の舞踏会に入れないように、その基盤にも下りることが出来ないのだという。

せっかくお礼をいってくれているので、ネアはそんなアルテアが、ここでも上着を貸してくれたり、こうやって結界で隠してくれたりしたのだと合せて伝えておく。



「それと、帰ったらパイを作ってくれるそうです!」

「おや、あまり食事が出来なかったのかい?」

「…………充分過ぎる程食べた筈だが、そのパイは約束したからな」

「そうなのだね」



さぁっと、森の向こうから涼しい風が吹き抜けた。

涼しいと感じるものの心地よい温度で、排他結界を張り巡らせていても、その風は通り抜ける。

がちがちの硝子の壁のような結界もあるが、今回のアルテアが展開しているものは、害のないものは通すことで魔術循環を滞らせず、あまりこの場所にも負荷をかけないような高度なものなのだ。




「ディノ、それと、アルテアさんが、きちんと線引きをつけることは必要ですが、私が何かや誰かに差し伸べてしまう手についても、相談していいと言ってくれたのですよ」


ネアは、実はその言葉がとても嬉しかったので、早速ディノに報告してみた。

そんな報告を受けたディノは驚いたようだ。

アルテアの方を見たが、アルテアは不自然に顔を逸らして反対側の森の奥を熱心に見てしまっている。



(前を歩いていた精霊さん達は、もう見えなくなってしまったな………)


その二人は、あの鈴の音が聞こえてきたあたりで、道を逸れた森の奥の方を覗き込もうとしていた。

そちらには境界線があるので危ない筈だったが、踏み込んでしまうことでどうなるのかは、ネアには分らない。

奥の方で迷っているだけで、どうか無事でいてくれるといいのだが。



(でも、あの方達に認識されてしまうと、私達との縁が出来てしまう……)


こうして姿を消していることには、理由があった。

もし彼等がこの秋惑いの道の何かに取り込まれてしまえば、その中でネア達に向ける感情が、この土地とネア達を繋ぎ続けてしまう可能性があるのだという。


それに加え、アルテアはそこまでを語りはしなかったが、恐らく、この秋惑いの道の何かにも取り分を渡す形で、アルテアは無事に脱出しようとしていたのではないだろうか。




しゃりん



またそこで、あの鈴の音が聞こえてきた。

安心して怖がれるようになったので、ネアはディノの三つ編みを掴む。



「…………巡礼者の鈴だね。以前、…………もう今は失われた魔物から、世界のあわいで彷徨い続ける巡礼者がいるのだと、相談されたことがある」

「魔物さんにも、良く分らないようなものなのですか………?」

「果ての巡礼者達だったら、俺達も管轄外だな。特定の何者かや規則の、魔術の理の領域に囚われたものだ」

「君が出かけたことのある砂漠にも、そのようにして永劫に彷徨う者達がいる。世界の窪みや重なりのあちこちに、そうやって私達でも良く分らない拘束を受けたり、解放されずに回り続ける者達がいるんだよ」



(それは、………とても怖いことなのではないかしら…………)


ネアはふと、あの地上での認識とは切り離されている、影の国のことを考えた。

ウィリアムは、影の国の死者達は、死者の国に来るのも一苦労なのだと教えてくれて、そんな風に隔離され、或いは遠くに在る場所の不思議を、ネアはあれこれ考えたものだ。



しゃりん

しゃりん



鈴の音が近付いてくると、再び周囲のあちこちから響くようになる。

ディノが何かをしたのか、ネア達の足元には薄氷のような不思議な足場が作られた。

水晶のように透明で、微かな虹色の輝きのあるその上に乗ると、言いようもない安心感に包まれる。



(あ、…………!)



やがて、不思議な鈴の音の出どころである人影が、ネア達にも見えてきた。



景色の中に黒い影がむくむと浮かび上がり、大きな三角帽子にも見える奇妙なフード姿の黒衣の人になる。

影が色や形を鮮明にしてゆくような出現とは違い、雲が湧き上がるような何とも言えない現われ方だ。



「……………っ」


その黒いフードは顎先まで下されていて、顔の部分には大きな一つ目の模様が描かれている。

ネアはそう思って見ていたのだが、フードの一つ目が瞬きをしたので驚いてしまった。

そっと背中を撫でてくれたディノも何だろうと首を傾げているので、謎の生き物なのかもしれない。


だが、アルテアは見覚えがあったようだ。


「……………ラエタの魔術師だな。地下での採取や、夜の活動を好んでいた集団だった筈だ。目から得られる情報で有害な魔術に汚染されると信じ、あのような特殊な装束を着ていた」

「ほわ、…………アルテアさんがご存知の方がいるのですか?」

「いや、あの国の奴らには、関わる気も湧かなかった」



フード部分に特殊な鉱石の絵の具と刺繍で描いた目玉に、視覚魔術で自分の目を繋ぐのだそうだ。

つまり、あのフードを下している間だけは、フードに描かれた目を自分の目のように使う。



(だから、あの目が瞬きをするんだ…………)



彼等がラエタの住人であれば、あのフードの下では、ネアが見たような無気力な顔をしているのだろうか。

なぜか、フードをめくってももう顔などないような気さえして、ネアはぶるりと身震いする。


フードに自分の目を繋ぐ魔術は、置き換えで対価を必要とする過酷なもので、彼等はそんなことを可能にする為に声を対価に差し出しているのだという。

代わりに独自の手話を使い、魔術は文字や絵で描き起こす手法を好む。



「鈴の音は、あいつ等の持っているランタンの下についているものだな。声を失くした代わりに、鈴の音で音の魔術を補っていた筈だ」

「…………何か悪さをしようとしているのでしょうか?」

「…………そういう意図はなさそうだよ。彼等はただ、たまたまこの道に差しかかったのだろう。巡礼者として持つ祈りや願いが、力のある者達が集まった秋告げの会場近くに、彼等を導く道を繋げてしまったのかもしれないね」



しゃりんと、鈴の音が響く。



普通の旅人とは違い、巡礼者達は特定のものに取り込まれて迷わされずとも、自身の持つ祈りでこのような迷い人になることがあるという。


祈りは魔術の形であり、その魔術を敷きながら歩く道筋が、たまたま特定の魔術陣を描いてしまうことがある。

もしくは、大勢の者達が同じ願いを持つことで、得られない願いへの道を無理矢理構築してしまい、永劫に彷徨うことも。


行き先や出口のない道を歩き続け、そんな巡礼者達が時間の感覚や正気などを失ったまま、或いは場合によっては魂すら朽ち果てた影のようなものだけが、どこまでも彷徨い歩くこともあるのだそうだ。



一つ目の巡礼者達は、仲間達が揃ったところでお互いに頷き合い、またふわりと姿を消した。

彼等がいなくなった途端、秋惑いの道は色合いを変え、同じような森だが木々の配置や地形などを変える。



先程まで大きな木があったところには古びた石垣が残り、小さな木々が葉を茂らせていた場所には、大きな木がそびえている。

何となくだが、あの森であることに違いはなくても、時間軸が違うところになったのかなという気がして、ネアは周囲を見回した。



「抜けたな…………。あいつ等が交差の理由だったのか…………。シルハーンが信仰の魔術侵食を排除しなかったら、あのまま捕捉されてたな……………」

「この辺りは、…………おや、随分離れたところに繋がったのだね。………ネア、この森は、以前行ったことのあるランテラの都の近くだよ」

「ふぁい。ディノが助けに来てくれたお蔭で、一つ目さん達に捕まらずに済みました…………。……………あの方達が求めたのは、何だったのでしょう………?」

「さぁな。ろくなもんじゃないだろう」

「私にも分らないけれど、願いに彷徨う者達は、決して珍しくはないんだよ」




一つ目の巡礼者達が去り、あの精霊達も無事に家に帰れていればいいのだが。

心の奥で淡い願いを抱き、ネアはそんな願いが彼等の助けになる何かを編めばいいなと思った。



その後、折角この辺りに来たのでと、ネア達はランテラの都でこの季節にだけ売られている、美味しいマフィンを買ってから帰ることにした。

最近ディノがマフィン大好きっ子になったばかりなので、予期せぬ遠出のお土産にちょうど良かったのだ。



ランテラの都の季節限定マフィンには、バナナに似た味わいの夜唱歌の花の実が入っている。

大粒の葡萄のように見えて、皮を剥くとバナナに似た濃厚な甘さの実が詰まっていて、ランテラではこの実を秋の恵みとして、かりかりっとしたキャラメルと一緒にマフィンにして焼き上げる。

すると、生地の中にとろりとした夜唱歌の実と、とろりとしたキャラメルの部分がある美味しいマフィンになるのだそうだ。



そんな情報を教えてくれたアルテアと、助けに来てくれたディノに、ネアは美味しいマフィンをご馳走することにした。



華やかなランテラの都の向こうに広がる森を見ていると、またどこからか、しゃりんと鈴の音が聞こえるような気がする。



巡礼者達も、あの精霊達も、皆が望むところに辿り着けますようにと思いながら、ネアは、パイが控えていることを心配する使い魔を宥めつつ、焼きたてのマフィンにかぶりついたのだった。






















評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ