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317. 川相当の部分で冒険します(本編)




紅葉の森に流されたネア達は、呆然としたまま美しい森を見回した。



大木というものをどこまでの定義にしていいのか分らないが、この森を象っているのはどれもが恐ろしく大きな楓の木だ。

あまりにも大きな木なのでネア達からは立派な幹しか見えず、天蓋のような遥か上の高みに鮮やかな深紅の紅葉を見ることが出来る。



殆ど、空と言ってもいいくらいだ。




(凄い。………そんな場合じゃないけれど、なんて綺麗なのかしら………)



はらはらと舞い落ちる色鮮やかな楓の赤に、森の下草はこちらも紅葉したような鮮やかな黄色だ。

小指の先程のクローバーのような小さな葉を揺らした草が、みっしりとどこまでも広がっている。

よく見れば小さな檸檬色の可憐な花も咲いていて、足の踏み場もないほど繁っているからとは言え、踏んでしまうのが可哀想なくらいだ。




「クケ」

「…………ここは、同じ時間軸の場所ではないのですね。………アルテアさんを呼べばその声が届くでしょうか?」

「そうなると、秋告げの記憶や魔術の集積所かもしれない。アルテアを呼ぶのは難しいだろうね…………」

「影絵や、あわいのようなものとは違うのですか?」



ネアはジアートにそう尋ねたのだが、レザートが少し煩そうにしたのでぴたりと黙った。



(こんな時だし、質問ばかりだとちょっと鬱陶しかったかな…………)



しかしなぜか、そんなネアの正面に立ち塞がり秋鮭の精霊が毛皮な体をぶるぶるさせる。

残念なのは、ネアの肘から下くらいまでの大きさしかないので、後ろに庇ってくれたネアが丸見えなところだろうか。



「まぁ…………」

「………あなたが身を挺して守ろうとしてくれたことに、感謝しているようだ」



そう教えてくれたのはジアートで、彼は少しの躊躇いを経た後、ネアを、アルテアの庇護を受けている者としてある程度丁寧に扱ってくれる運用で決めたらしい。



「ジアートさんも、私の腕を掴んでくれました。手を伸ばして下さって、有難うございます」

「はは、私はアルテアの剣幕に驚いて、殆ど反射的に手を伸ばしたんだ。あなたは、私の立っていた方に弾き飛ばされてきたからね。しかし、周囲をよく見ずに手を伸ばした結果、レザートを巻き込んで落ちてしまった」

「まぁ、それでだったのですね…………」



ちらりとレザートの方を見れば、昨年はどこか思わせぶりな親しさを見せた夜葡萄のシーだが、こんな風に見知らぬ場所に落とされた苛立ちが全面に出ており、今は、魅力的な妖精というよりは冷酷な高位の生き物という気配を強めていた。



(ここで、巻き込んでごめんなさいとレザートさんに言ってしまうのは危険かな………)



レザートは妖精であるので、アルテアとは厳密に階位を比べられない立場の人外者だ。

妖精は侵食などの魔術を得意とするので、対価を求められかねない謝罪などは、口にすると危ういことがある。


そう考えて気を引き締めると、ネアは、自分の心で好意的に接していてくれる秋鮭の精霊に心から感謝し、今度秋鮭を美味しくいただく際には、残したりせずに感謝の気持ちを持って食そうと心に誓う。




「なぜこんな目に…………。ジアート、君は周囲を見ていなかったのか」

「すまない。うっかりしていた」



こちらは特に魔術的に不利にされることは気にしないらしく、困ったような優しい微笑みでそう謝ってしまった豊穣の魔物に、夜葡萄のシーはその苛立ちをぶつけ損なったかのように小さく溜め息を吐く。

鮮やかで強い紫の瞳に、青紫の髪をゆるく一本結びにして胸元に流している髪型は変わらず、瞳と同じ色合いの紫色の六枚羽を丁寧に指先で摘まんで引っ張っていた。


これは妖精なりの羽の整え方なのだろうかと考えながら、ネアは毛づくろいならぬ羽つくろいのお作法があるのかなと凝視する。

初めて見た仕草なので、今度ヒルドに聞いてみようかなと思ったのだ。



しかしなぜか、レザートはじっと羽を見つめるネアに居心地が悪そうにもぞもぞした。

すすっと羽を体の後ろに隠しているので、あまり見られると恥ずかしいのだろうか。



どこからか風が吹き、レザートの小洒落た深緑ベースのチェック柄の盛装姿を揺らす。

細い紫のラインとくすんだ水色のラインが上品に見えて、とてもよく似合っていた。



(瞳と羽の紫色がくっきりと強いから、こうしてチェック柄の服を選んでも、お洒落上級者みたいで舞踏会映えするのだわ………)



表情や身に纏う雰囲気はアルテアに似ている妖精だが、服装で言えばアルテアは絶対に着ない系統の装いだ。


そんなレザートは、足元に何やら魔術を展開してから畳み、また小さく溜め息を吐く。



「ここは、秋告げの舞踏会の、魔術基盤の中の一層という気がする。アチェロあたりの魔術の蓄えが潤沢な階層を、今年の魔術操作の際に、橋の外に繋げたんだろう」

「まぁ、………先程アチェロさんを捕獲した時に、縛って秋告げの精霊さんの従者さんに渡さずに、手にでも引っ掛けておけば良かったですね………」

「は…………?」


レザートは呆然としてから、ここでやっと昨年のことを思い出したのか、そう言えばと頷いた。

排他的な冷ややかさが僅かに剥がれ落ち、落ち着かない様子でネアから少しだけ距離を空ける。


「……………そう言えば、去年アルテアが連れていた人間が、アチェロを紐で縛っていたな。…………そうだ。君だったか。今年もアチェロを捕まえたのか?」



(成る程…………)



葡萄のシーは、信仰の対象にもなる。

儀式や祝祭に振舞われる葡萄酒の根源の魔術を持つからで、他のシーよりは高慢で残虐だとか、相手の階位を重視する傾向があると言われていた。


それは系譜の資質であるそうだが、ネアは、アルテアの連れだと分かったことで幾分か態度を和らげたレザートに、そんな教えられていた葡萄のシーの気質をあらためて肌で感じた。



「ええ。愚かにも私の前に現れましたので、爪先で引っ掛けてひっくり返し、動けなくなったところを縛り上げました。あのまま狩りの獲物用の金庫にでもしまっておけば………」

「クケ…………」

「アチェロは、秋の系譜では指折りの最高位者だ。あまり長時間触れない方がいいと思う」



慌ててそう教えてくれたジアートに、ネアは、そう言えば精霊は荒ぶると厄介で、その中でもひときわ厄介なのが植物の系譜であったことを思い出した。

その場合、魚類の精霊はどうなのだろうと毛皮棒を見ていると、なぜか毛皮棒は嬉しそうにぴょんぴょんする。



「む。さては懐きましたね…………」

「クケ?」

「いや、サーディは一応精霊王なのだが…………」



すっかりペット気分で毛皮棒を撫でるネアにジアートは困ったようにしていたが、ネアは、小さくてすぐに転びそうな毛皮棒をよっこいせと持ち上げ、踏まないようにしておいた。


いきなり抱き上げられて動揺していた毛皮棒だったが、この高さに居た方が会話がし易いことに気付いたのか、そのまま大人しくネアの腕の中に収まってくれる。

なかなかに良い抱き着心地なので、ネアも少しだけ心が満たされた。




「さて、どうしたものか」

「有象無象ならさて置き、俺達が戻らないことには、秋告げの舞踏会が終わらないな………」

「ああ、先に終わらせておいてくれと言えないのが困ったことだね」

「どこかに、魔術の流れを管理する基盤の窪みがある筈だ。それを見付けて辿れば、戻ることは可能だろう」



そう呟いて腕を組んだレザートは、ネアとネアが持ち上げている毛皮棒を一瞥し、また小さく息を吐いた。


どんな心の動きからか、鮮やかな紫色の羽を広げれば、この紅葉の森の中でもくっきりと浮かび上がる色彩に葡萄というもののその色が鮮明になる。


エーダリアから、司るものがある高位の人外者は、景色や雑踏に混ざり込まないと聞いていたことを思い出し、ネアは、では葡萄畑に放り込んだら保護色のようになってしまうのだろうかと気になってしまった。

ネアがそんなことを考えている間に、何やらジアートと話していたレザートは、これからの方針を決めたようだ。



ゆっくりとネアの方を向くと、鮮やかな紫の瞳に複雑な思考をよぎらせる。



「君は人間だし、見たところ随分と可動域が低い。俺達のようには動けないだろう。なので、君とサーディはこの場で待機し、上から誰かが探しに来た時に対応してくれ。俺とジアートで周囲を捜索する」

「…………お留守番ということですね?」

「クケ……………」



ここで、腕を組んで首を傾げたのはジアートだ。


ネアがこの世界に来てから、触れてみたくなる金髪を持つ人に出会うことも少なくはなかったし、今日出会った人外者の中でも、月の魔物のダイアナの髪は、格別に美しかった。

しかし、このジアートの髪色と瞳の色はやはり特別だ。



(何て言えばいいのかしら。黄金を溶かして飴にしてしまったような、とろりとっぷりとした黄金色…………)



硬い金の延べ棒の色ではなく、盃に満たして飲み干せそうな瑞々しさは、人々が願い、思い描く豊穣というもの。

そのものの気配ともいうべき完璧さが、その色にも現れるのかもしれない。



そんなジアートは、困ったように微笑むとネアの方を見た。



「…………だが、彼女をこの場に残していって大丈夫だろうか。基盤ではあれ、ここは生きた森だ。もし不確定要素があった場合、…………ほら、アルテアが狂乱でもしたら…………」

「死にはしないだろう。………指輪の守護もあることだ」



ジアートは不安そうだったが、ネアはこの可動域なので、居残り組でも致し方なしと頷いた。

特に荒ぶることもなく頷いたネアに、なぜかレザートは少しだけ意外そうな目をする。



「君は、見ず知らずのところで待っているようにと言われても、不満を言わないのだな」

「ええ。現実的で妥当な役割分担だと思います。私は実際に可動域が低いですし、誰よりも一番、アルテアさんなお迎えが来る可能性も高そうですから」

「……………では、この辺りで待っていてくれ。天敵でも現れない限り、サーディがいれば大丈夫だろう」

「クケ!」

「はい」



そう言い残し、夜葡萄のシーは羽を広げた。

飛ぶのかなとわくわくしたネアの期待を裏切り、歩いてゆくようだ。

どこまでも期待外れなつぶつぶしていない妖精に、ネアは悲しい気持ちでジアートの方を見る。

うっかり悲しい目でみたせいか、豊穣の魔物はネアを安心させようとしてくれた。


「あなたは、魔物の指輪をしている。いざという時にはそれを盾にするといい。近くにいる内は、呼べば戻って来よう」

「いえ、お留守番の役目をきちんと果たしていますので、どうか探索に心を傾けていただいて結構ですよ。こう見えて私は頑丈ですし、サーディさんもいますから」

「クケ!」



こうして、二人の人外者はそれぞれ左右に散らばっていった。

ネアはそんな男達を静かに見送ると、その姿が見えなくなったあたりで、ふっと口元を緩める。




「クケ…………?」



突然不穏な微笑みを浮かべた人間に、腕の中の毛皮棒は困惑したような声を上げた。

慄いたように見上げてくる毛皮棒に、ネアは邪悪な人間の本心をそっと告白する。



「遭難慣れしておらずに少し苛々している、つぶつぶではない妖精さんと、腕を掴んでくれた優しさには感謝しているものの、あまり手の内を明かしていいのかどうか分からない魔物さんが去りました。これで漸く、不慣れな方達がいない環境で、安心して出口が探せますね!」



そう宣言してふんすと胸を張ったネアに、腕の中の毛皮棒はびゃっと飛び上がった。



「ク、クケ?!」

「落ちることと攫われることにかけては、私は達人の域です。さて、せっかくの森なのですから、楽しく狩りなどしながら帰り道を探しましょうか」

「クケ!クケケ!!」



どうやらこの人間は待てと言われた場所で待っていなさそうだぞと気付いてしまった秋鮭の精霊は、慌ててどこが手なのか分らない毛皮棒ボディでネアの腕をぐいっと引っ張った。



健気にも危ないからじっとしているようにと伝えようとしてくれているのだが、何しろここにいるのは狩りの女王なのである。


保護者のいない状態でこんな見事な森に放たれて、探索という大義名分もある。

これは、じっとしていろと言う方が無理な相談ではないか。



「あら、心配してくれているのですか?」

「クケ!」

「ふふ。秋鮭な精霊さんがいるので、私も安心です。あのお二人に叱られない程度に、この木の幹の周囲をぐるっと歩いてみるだけですよ」

「クケ…………?」



狡猾な人間の策に嵌り、サーディはそれならばと頷いてしまった。

ネアは、こんな大木の根元こそ宝の山なのだと、ほくそ笑む心を押し隠し、すたすたと歩き出す。



はらはらと、また空高くから鮮やかな赤い楓の葉が降ってきた。



「それにしても、見事な森ですねぇ」

「クケ」

「ついでに、果実などを採取出来るような木もあれば、お土産がいっぱいだったのですが………」

「クケ…………」



念の為にサーディには両手が使えるようにと肩に乗って貰い、激しく動いた時には振り落とされないようにとお願いした。

その際に生花を使った髪飾りを見て貰ったが、幸い崩れてしまっていたりはしないようだ。



「まぁ!不思議な結晶石がありました!形や輝きは森結晶のようですが、とても綺麗な楓の色をしています!」

「クケ」

「むむ!これは落ちてきた楓の葉が結晶化したものでしょうか。とても綺麗なので、強欲にあるだけ拾います!」

「クケ…………」



歩きながらアルテアの名前も呼んでみたが、やはり応える声はなさそうだ。


ネアは、腕輪の金庫から折り畳んだきりん符を出して握りしめておき、サーディは強欲な人間の収穫っぷりに慄きながらも、凛々しく毛皮棒姿で周囲を警戒してくれている。




「…………ほわ。………それにしても大きな木なのです。………むむ?」




ここで、遠くから、ずしーんずしーんという大きな足音が聞こえてきた。



いかにも良くないものがやって来ましたという定番のご様子に、ネアはどこが顔だかいまいち分らない毛皮棒と顔を見合わせてから、音のする方に目を凝らす。


やがて見えてきたのは、森の向こうから現れた巨大な熊のようなものだ。

その姿が鮮明になった途端、肩の上の毛皮棒が、びゃっと飛び上がった。



「クケ?!」

「さては、天敵ですね………………」



すっかり震え上がってしまった毛皮棒はこくりと頷き、しかしながらこの無力な人間の子供を守るという役目を思い出したのか、果敢にもびょいんとネアの肩から飛び降りて前に出てくれた。



「クケ!」



勇ましくそう鳴いた秋鮭の精霊だが、少し離れた位置でネア達を視認してずもんと後ろ足立ちで立ち上がった黒毛の熊は、ゆうに小さな家くらいの大きさはある。


目の前にいる狩りやすそうな獲物に気を良くしたのか、獰猛そうな黄色い瞳を細め、ぶ厚い手をにぎにぎして鋭い爪をこちらに見せつけてきた。



「クケ…………」



その禍々しさにすぐさま秋鮭の精霊は意気消沈してしまい、ネアはそんな毛皮棒を守る為に、手に持っていた折り畳みきりん符をゆっくりと広げた。


ちょうどその頃、秋鮭の精霊の心が折れてしまいこちらの守りが弱まったと思ったものか、黒毛の熊は毛皮な秋鮭と人間という獲物めがけて、悠然と駆けてこようとしていた。



「サーディさん、今から暫くの間、後ろを振り返ってはいけませんよ?」

「クケ?」

「あの熊めを滅ぼす恐ろしい術符を広げます。見ると滅びる系のものなので、うっかり巻き込まれないようにして下さいね」

「クケ?!」



この人間はそんな恐ろしいものを持っているのかと飛び上がった秋鮭の精霊は、きっちりと体を前に向けてくれた。

顔がどこにあるのかは分らないが、色が背中側の灰色とお腹の朱色で分かれているので、棒状でも裏表の区別はつけやすい。



そうしてネアは、最後は助走をつけて飛びかかろうと速度を上げた巨大な熊に向けて、ばっと、きりん符を広げた。




「グォ!!」



その瞬間、黒毛の熊はずだんと地面に倒れ伏してしまう。


今回使ったきりん符は、遠くの獲物にも効果を及ぼすようくっきりとした黒い輪郭で描いた上に、公共施設の誘導看板などに使われる視覚誘導魔術を施した、遠方攻撃用の特別きりんなので、ネアは効果が出たことに大満足で頷いた。



「うむ。儚い生き物でしたね」



背後で何が行われたものか、巨大な黒熊が一瞬で討ち滅ぼされたことに、毛皮棒はすっかり固まってしまっている。

その隙にネアは、ささっときりん絵を折り畳んだ。



「…………ク、クケ?」

「はい。もう、危ない術符はしまったので大丈夫ですよ。さて、倒した獲物を見に行きましょう!」

「クケ?!」

「ふふ。大丈夫ですよ。万が一息があった時の為に、次は、このような武器を持っています。水鉄砲の玩具に見えますが、因果の精霊王さんを負かした特製激辛香辛料油が入っているので、一撃必勝ですからね」

「…………クケ」



次々と恐ろしい武器を取り出す人間に、秋鮭の精霊は震えながら頷いた。


恐怖のあまり足下がおぼつかないのでもう一度抱き上げてやり、ネアは、高位の精霊という生き物の運用上、足元が土で汚れたりしないことを有難く思いながら、毛皮棒を肩の上に乗せる。



さくさくと、見事な下草を踏みながら倒れた熊に近付けば、ネア達が辿り着く前に、滅びた熊はざあっと黒い塵のようなものになって風に崩れてしまい、大きな黒銀色の鉱石を残すだけとなった。




(わ、………………)




黒銀色の鉱石は、きらきらちかちかと細やかな水色の光を放っている。

その不思議な美しさに、ネアは目を瞠った。



「この石は何でしょう?危なくないものでしょうか……………」

「クケ!」

「価値のあるものなら、持って帰るのですが………」

「クケ!」



サーディが大きく頷いてくれたので、ネアはその大きな鉱石は有難く持ち帰ることにし、小さなかけらを一緒に戦ってくれた秋鮭の精霊にあげた。


思いがけずお土産を貰ってしまった毛皮棒は、ふるふるしながら何度もネアに頭を下げる。

その後は、頭の上に貰った鉱石を乗せてご機嫌だったので、きっと秋鮭的にも素敵なものなのだろう。




熊騒動が落ち着いたので、ネア達ははそう言えば元の木はどれだったっけ的な曖昧な感じで適当な場所に戻り、その根元のあたりを探検してみた。



立派な木の根は盛り上がり、その下には生き物達が隠れていたりもするようだ。

つまりのところ、狩り放題である。



「獲物です!」


見たことのないような色合いのカワセミがいたので勿論狩ることにし、獰猛すぎる人間の振る舞いに震えが止まらなくなった毛皮棒を肩に乗せたまま、ネアはそのまま、謎の硝子製の蜥蜴のようなものも狩り、更にはお久し振りな編みかけの毛糸の靴下のような森編みの妖精に襲われたので、そんな不届き者も即座に手刀で滅ぼした。




「うむ!倒しました!!」

「クケ………」

「ふふ。何だか楽しくなってきました!秋告げの舞踏会に来たのに、狩りまで出来てしまうだなんて。さて、次はどんな獲物を狩り…………むむ。今度は、おかしな扉を発見しましたよ」

「クケ?」




はらはらと、空高く広がる楓の天蓋から降る深紅の雨の中を歩く。



ネアが偶然見付けたのは、少し離れたところにあった一本の楓の木の幹に取り付けられた、不思議な扉のようなものだ。



サーディと頷き合ってからその正面まで歩いてゆけば、誰かのお宅などではない、通路として設けられた扉であることが分かった。



「小さめの扉ですね。………これだけ大きな木なのですから、もっと大きな扉でも良かったでしょうに」

「クケ………」


とは言え、ネアくらいであれば体を屈めて通り抜けられそうな程度の小さな扉である。

そしてその扉には、くっきりとした文字で、“秋告げの舞踏会会場への帰り道”と記されているではないか。



「分かりやす過ぎて、罠かなと思ってしまいますね…………」

「クケ…………」



一人と一棒は、恐る恐るそんな扉に近付き、このような時には度胸で物事を手早く進めたい人間は、指輪のある方の手でむんずとドアノブを掴んでサーディをぎょっとさせた後、そのままがちゃっと扉を開いてみた。


何の躊躇いもない人間の行いに肩に乗った毛皮棒がきゃっと飛び跳ねていたが、何か怖いものが飛び出してくることもなく、扉の向こうには簡素な木造の階段があり、不思議な音楽やざわめきのようなものが上の方から聞こえてくる。




(まるで、この階段の向こうで舞踏会が行われているみたい……………)




「普通の階段に見えます………」

「クケ………」

「むぅ。この先が私達のいた会場だとすると、ここから叫べば呼び声が届くかもしれません。まずは、頼もしい私の使い魔を呼んでみますね。………アルテアさん!」



そこでネアが、その扉の奥に向かってアルテアの名前を呼んでみたところ、そんな呼び声に応えるように、ぎゅぎゅんと体が扉の内側に引き摺られるような不思議な感覚があった。




(え、…………)



ぶわっと、吸い込まれるような風が足元に巻き上がる。



ネアは、この時ほど本日の服装がマーメイドラインのドレスであることに感謝した瞬間はなかった。

ふわっとしたドレスを着ていたら、お尻が丸見えになっていたかもしれない。



そしてその風は、突如として魔法の風から掃除機の風に変わった。




「ぎゃ!!」

「クケー?!」



いきなりのことに驚いてぎゅっと目を瞑れば、そのままぎゅぎゅんと風を切って不思議な奔流に巻き込まれ、勢いよく暗い通路のようなところをずぼっと飛び抜けてゆき、そのまま何か柔らかなものにぶつかった。



「むぐ?!」



ばすっと受け止められたのは、しっかりとした揺るぎないもの。

そのままきつく抱き締められ、ネアはひやりとする。




「……………怪我はないだろうな?」



誰に捕まってしまったのだろうと目を開けれずにいたネアは、頭の上から落ちてきたその声に、そろりと目を開けた。



するとどうだろう。



そこは、いつの間にか先程までいた秋告げの舞踏会の会場で、ネアを抱き締めているのはアルテアではないか。



「ほわ、……………アルテアさんでした」

「………よく自力で取戻しの魔術が届くところまで戻れたな。これから、俺がそちらに潜るつもりだったんだぞ」

「ふぁ。…………毛皮棒………サーディさんと一緒に、落とされた先の森の木の幹に、偶然、会場への戻り道な扉を見付けたのです」

「落とされたのは、基盤の一つか?」

「ええ。アチェロさんの領域だったようですよ。…………け、毛皮棒さん?!」



そこでネアは、あまりの掃除機的な回収魔術の勢いに、すっかりへなへなになってしまったサーディを慌てて揺さぶった。



「……ク、クケ?!」

「良かった。死んでしまってはいませんね………」


はっと意識を取り戻してくれたサーディに、ネアはほっとして息を吐いた。




「サーディ!!」



そこに駆け込んで来たのは、一人の青年だ。

はっとする程に鮮やかな青い髪をしていて、心が和むようなペリドットグリーンの瞳には涙をいっぱいに溜めている。



「クケ!」


その青年の声を聞くなりしゃきんとし、ネアの肩からぴょいんと跳ねた毛皮棒は、そのまま駆け寄った青年の腕にすぽんと収まった。


するとそこには、毛皮棒を抱き締めて頬ずりする見目麗しい青年という、不思議な光景が生まれるではないか。



(いいなぁ、頬っぺたにふかふか毛皮で、気持ち良さそう…………)



「無事で良かったよ、サーディ。君に何かがあったらと思うと……………」

「クケ!」

「わぁ、これって熊除けの祝福結晶じゃないか!どうしたんだい?」

「クケ!クケクケ!」

「その女の子が、こ、黒曜熊の魔物を滅ぼしてくれたのかい?!」

「クケ!」



その直後、ネアはアルテアからのとても暗い眼差しに晒された。

落下者の生還に湧いていた会場のお客達も、ざわりと揺れる。

黒曜熊を倒したのかという驚きの囁きが、あちこちから聞こえてきた。



「凄いなぁ、一撃で!………お嬢さん、妻を守ってくれて有難うございます。おまけに秋鮭の精霊にとっては至宝の守り石になる熊除けの祝福結晶まで。こんなに良くして貰えて、僕も妻もとても幸せだ」

「いえ、最初はサーディさんが私を守ろうとしてくれたのです。それがとても嬉しかったので、私も是非にサーディさんを守りたいと思ったのでした。…………と言うか、サーディさんは女性の方……?」



ネアはここで、見た目はちょっとした毛皮棒だが、初めての同性のお友達を得るチャンスではと顔を輝かせた。


しかし、そんな毛皮棒のご主人は、ネアの片手を見てはっとすると、無言でネアの空いてる方の手を握ってぶんぶんと振って感謝を伝えた後、アルテアには深々と頭を下げて謝礼の言葉を伝え、毛皮棒を抱き締めたまま素早く目の前から走り去って行ってしまった。



見れば、今度は奥の方で友人達と生還の喜びに湧いているので、ネアは、お友達申請をする為に伸ばした手をふるふるさせてからぱたりと落とし、悲しく眉を下げる。



「ふにゅ、お、お友達に…………」

「お前はその前に、手に持っているものを説明しろ」

「…………しましまカワセミですか?」

「もう一つの方だ」

「では、硝子蜥蜴さんでしょうか」

「…………それは、滝壺の竜の白持ちだ」

「なぬ。…………白いと言えば、白い輝きではありますが、………寧ろ透明では?」



確かに白いとも言えないことはないが、それはダイヤモンドの輝きが白いというようなものだ。

ネアはそんなところまで白と言われてもと憮然としたが、アルテアは呆れたような目でこちらを見るではないか。



「あの滝壺の精霊が、伴侶をお前から遠ざけたのも尤もだ。お前が片手にぶら下げてるのは、あの男の系譜の上位の階位の竜だからな?」

「む?」

「人型にはならないが、賢者として人間達に知恵を授けたりすることもある、知の番人のひと柱だ。今度からは見付けても絶対に狩るな」

「……………蜥蜴さん」

「竜だ………………」



ネアは片手で尻尾を掴んだままぶらんとさせていた硝子蜥蜴を見つめ、がくりと肩を落とした。


欲をかいて狩りをしてしまったせいで、せっかく友達が出来たかもしれないところで、お友達候補な女性の旦那さんから警戒されてしまったのだ。




「お友達になれたかもしれなかったのに…………」

「…………ったく」



くたりと項垂れたネアを、アルテアが呆れ顔で抱き上げる。

子供のように片腕の上に座るような形で持ち上げられ、ネアはぐすぐすしながら、アルテアの肩に手をかけた。



「お友達になれたかもしれないのに………」

「どこも痛めてないな?後で何があったか詳しく聞くぞ。おかしな魔術を貰ってきていてもまずいからな」

「……………ふぁい」

「それと、ジアートとレザートはどうした?まさか、妙な事をされていないだろうな?」

「……………は!」



心配性な魔物がそう尋ねてくれたお陰で、ネアはその二人を置いてきてしまったことを思い出した。


慌ててアチェロを探して貰い、ネア達が落ちたのが楓の森だったことを告げ、脱走防止の縄で括られたまま、もふちくな生き物がそちらに放り込まれる形で、残りの二人を迎えに行ってくれた。



その森にはとても獰猛なカワセミの高位種である王様カワセミがたくさんいたと、若干よれよれになって戻ってきたジアートとレザートは、一足先に戻っていたネアが、そんなカワセミをお土産に狩って腕にひっかけているのを見ると、たいそう驚いたようだ。




「…………不思議ですね。お二人とも、帰還した時よりもずっとぐったりして戻ってゆきました」

「お前のせいだな。まぁ、これで妙な欲を出さなくなるなら、悪くはないか」

「む?」



そこで会場には、参加者が再び揃ってようやく秋告げの舞踏会のケーキが配られ始めた。


ネアとアルテアはぎくりとして、慌てて周囲を見回す。

しかし、犠牲に出来そうな獲物に忍び寄る前に、ささっとケーキ皿を渡されてしまった。


そっとフォークを刺してみた、たっぷりの栗のクリームで覆われたケーキの中に、明らかに硬いものの手応えを感じたネアは遠い目になる。

このままでは、気体な精霊のお宅訪問というあまり嬉しくない展開に誘われてしまう。



(だ、誰か、長老のお宅でお孫さん自慢を五日間くらい聞きたい人!)



秋告げの舞踏会の試練は、まだまだ続くようだ。












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