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貝殻亭とオゼイユのソース



ヴェルリアには、貝殻亭という美味しいレストランがある。


看板に書かれた文字は洒落た雰囲気になっているし、実際に店名を呼ぶと違う響きなのだが、ディノの干渉で殆どの文字にも精通しているネアには、そのまま直訳で貝殻亭と読めてしまうのだった。


店の外観は、どこか掠れたような風合いのあるピンクがかった砂色の石壁で、えもいわれぬ風合いのその壁にオリーブの木のくすんだ緑が素晴らしく映える。

入り口の前に飾られているのは、ぼうっと柔らかなオレンジ色の光に燃え上がる花を飾った不思議な明かりだ。


束ねて吊るされたその花が複雑な影を壁に落とし、ネアはうきうきしながらその光に手を翳した。


アルビクロムの劇場で触れた特殊なハンドクリームの効果で、ネアはすっかり腹ペコだったので期待のあまりに小さく弾む。

するとなぜか、酷く疲れた様子のアルテアから、今日はもう二度と弾むなという理不尽なお達しがあった。



「……………アルテアさんも、やっとお腹いっぱい食べられるのですから、弾めばいいのでは?」

「満たすのなら他の欲だな。お前が始めたことらしく、手伝ってみるか?」

「…………む?」

「はは、困ったな。その場合は俺も素手じゃ済まなくなるが、まだ効果が抜けていないのか?」


お店の入り口でもたもたし始めた悪い魔物達は差し置き、ネアはこの者達は置いてゆこうぞの心持ちでお店の扉を開けた。

アルテアは一度意識を失って効果が切れたそうだが、こちらの人間はいたく空腹なのである。



入口の小さな看板によれば、こちらのお店は有名な蒸留所と提携しており、このお店でしか飲めない蒸留酒が出されているようだ。

アルテアがお気に入りとするのはこのあたりだろうかと考えながら、ネアは重ための扉に負けて挟まれそうになり、慌てて手を伸ばしてくれたウィリアムに救出された。



カランと、グラスの鳴る音が聞こえる。

店内にはゆるやかな音楽が流れていて、クラシックのようでもあり、どこか民族音楽のような響きもあるその旋律に背筋が気持ちよくざわりとする。


好きな音楽だったので、ネアはアルテアの袖を引いた。

店主と何か言葉を交わしていたアルテアが振り向き、赤紫色の瞳を細める。



「どうした?」

「この音楽がとても気に入ってしまったのです。曲名をご存知ですか?」

「マルケリアの妖精達の民族音楽だな。元々はロクマリアの王宮楽団の系譜だ」

「おや、お詳しい。この曲は、赤い羽根という曲なのですよ」



そう教えてくれたのは、店内に入るなり擬態を解いたアルテアと顔見知りらしい店主だが、今晩のネア達にとってはあんまりな曲名に、一斉に顔を曇らせたお客達を見て不思議そうな顔をした。



「…………この素敵な曲の名前を教えていただいて有難うございます」

「あまり、お気に召しませんでしたか?」

「いえ、本日我々はとても個性的な赤い羽根の妖精さんに出会ったばかりでしたので、その時の思い出が蘇ってしまうのでした…………」

「おやおや、それは…………」



この曲は、赤い羽を持つ妖精の歌い手に魅せられた王の曲なのだそうだ。


二人はとある夜に偶然出会い恋に落ちたが、王は王としての責務を優先し、彼女の手を取らなかった。

悲しみのあまりに赤い羽の妖精は死んでしまいその恋は悲恋に終わったが、その王は戦で敵国を滅ぼし王位を弟に譲って国を去ると、寂しい岩山で、死んでしまった赤い羽の妖精を思いながら生涯を終えるのだという。


ネアは、そんな何の救いもない物語が史実だと知って驚いた。



「妖精さんであれば、例えば代理妖精さんのような形で一緒に居ることは出来なかったのでしょうか?」

「赤い羽の妖精の中でも、誘惑に質を置く者達は難しいだろうな。そのような存在を公の立場で人が集まる場所に留め置くと、本人が望まざるとも国が荒れるんだ」



何か思うところもあるのか、苦笑してそう教えてくれたのはウィリアムだった。


席に着くまでに飲み物はアルテアが注文しておいてくれて、ネアは幾つかの食材の好き嫌いを聞かれた。



「であれば、大海老と牡蠣がございますね。あまり複雑な味わいでないパスタとなりますと、ヴェルリアの黎明のオリーブの油に、赤唐辛子、魚卵の燻製を削りかけたものでしたら」

「ああ、ではそれだな。…………牡蠣も食べられるか?」

「生牡蠣でしたら大好きです!」

「じゃあ、生のものを。後は夜密羊のチーズ、アルバンのバターとオゼイユソースの鮭の蒸し物、デザートは食後にまた考える」

「かしこまりました。先にご注文の大海老の炒め物は、香辛料の効いたしっかりとしたお味ですので、口直しに月光檸檬のシャーベットもお出ししますね」



ネアは店主がオーダーを取り終えて去ってゆくと、アルテアが頼んだ謎のチーズについて早速事情聴取することにした。


なお、こちらの使い魔はなぜか食事の前にお色直しがあり、現在は白みがかった淡さが絶妙な色調のオリーブ色のスリーピース姿である。



「アルテアさん、夜密羊さんとはなにやつなのですか?初めてそのお名前を聞きました」

「特定の牧場や土地には居着かない羊だ。夜明けに羊を数えると、数が増えていることがある。そう言う場合は数が元通りにならない内に乳搾りをしておいたり、毛を刈っておけば、夜密羊のものが手に入るんだ。夜の系譜の精霊に近い生き物で、あまり市場には出回らないな」



その説明に小さく微笑んだウィリアムが、昔話をしてくれる。



「昔、人間に紛れて暮らしてみた時に、その羊に悩まされたことがあったな。その国の王妃は、体質上精霊が苦手だったから、誤って献上用のチーズに紛れ込むと大惨事になるんだ。………毎朝みんなで検品をして、あの時は大変だった」

「そのような場合は、入って来ないようにするのですか?」

「ああ。追い出されて怪訝そうな顔をしていたよ。本来は、喜ばれるものだから」



夜密羊の乳や毛は、羊界隈の中では飛び抜けた品質となる。


チーズやミルクはうっとりするような甘い味で、至福の祝福という素晴らしいおまけつきだ。

おまけに毛を紡いでセーターを編んだりすれば、夜露から身を守る祝福があるどころか、探し物名人になるというそれだけでも有難い効果が得られるのだとか。


よく子羊が行方不明になったり、牛舎に悪い妖精が入り込んだりして困っている酪農家達は、夜密羊を最初に見付けた時には、その毛を刈ってまずは売り物ではなく自分の為のセーターにするのだそうだ。

一枚あれば仕事の助けになるので、これがあるかないかでかなり仕事ぶりが変わってくるらしい。



じりりっと、テーブルに置かれた燭台の蝋燭の炎が揺れる。



何かと光る結晶石や燃える花などが多い世界だが、こうして普通の蝋燭の炎を見ているのも心が和んで素敵ではないか。


ネアは、青銅に見えるが青葉の結晶石であるという燭台の美しさに惚れ惚れとし、ゆらゆらと揺れる光の穏やかさに心を緩める。


しかし、ふにゅんといい気分のネアの隣で、なぜか魔物達は少しだけ複雑そうな顔をしていた。



「まぁ、お二人とも疲れてしまいましたか?」

「………………いや、…………ほら、あの妖精の屋敷には、蝋燭が沢山あっただろう?何というか、連想させるんだろうな」

「そうか。お前の鈍感さだと、気にもならないのか…………」

「………………結び付け過ぎなのでは………………」



そんな繊細過ぎる魔物達に半眼になり、ネアはさっそく運ばれてきた前菜に顔を輝かせる。



まず最初のお皿は、店からのご挨拶代わりの一品で、薄く削ぎ切りにした生の帆立の貝柱に、上等なオリーブオイルをかけて、塩胡椒、そして糸のように細く刻んだバジルとドライトマトが鮮やかだ。


一口でぱくりといただくのだが、ネアは幸せいっぱいで頬を緩める。

ねっとりと甘い貝柱と塩味のコントラストに小さく唸り、お酒の前に出て来ていたきりりと冷えた樹氷で冷やした湧水をくいっと飲む。


その至福の時間の後で、すぐにお酒が運ばれてきた。

ずんぐりむっくりとしたウィスキーの瓶が一つと、この世界でしか見たことのない氷で出来た小さな入れ物に入った白葡萄酒である。



「こちらは、クレアディスの劇場跡を使った蒸留所のものですね。無花果の祝福石を削ったグラスでどうぞ。こちらは、シュタルトの湖水メゾンの白です。この年のものは出来が良く、葡萄の精の主張が強すぎるので男性よりは女性に好まれます」

「まぁ、大好きなところのものです!」

「残念ながら、ヴェルリアにはあまり入ってこないんですよ。新鮮な葡萄を噛み締めるような爽快感と果実感を楽しんでいただけますよ」


葡萄の側の主張が強すぎる年の葡萄酒の出来は、お酒よりも葡萄ジュース寄りになるらしい。

このメゾンの葡萄ジュースを愛するネアや、お酒の弱いご婦人方には嬉しい仕様だが、お酒好きの男性にとっては残念であることも多いのだそうだ。



ネアはさっそくその湖水メゾンの葡萄酒を開けて貰い、男性陣は劇場跡を利用した蒸留所を使ったお酒をいただくようだ。

こちらはかなり強いらしいが、きりっとした喉ごしでこのような食事にはいいらしい。

ネアの認識では何かと事故りがちな魔物達も、本来はかなりお酒には強いそうで、この程度のものであれば食事をしながらぐいぐい飲めてしまうのだとか。



「では、今日はお疲れ様でした!一緒に来て下さって有難うございます。色々と新しい知識を増やした一日でしたね!」

「アルテアは縛られていましたものね。さすがにあの体験は初めてなのでは?」

「まぁ、アルテアさんは縛られてしまったのですか?」

「…………おい、誰の為に縛られてやったと思ってるんだ……………」

「む?」


ネアは知らぬ間にそんな冒険をしてしまったのかなと首を捻り、何か記憶の向こう側に紫色の細いものが浮かんだ気がしてぶるりと身震いした。



「ネア、あの梱包妖精のところでの、実習の方を覚えていないか?」

「ウィリアムさん…………?……………むぅ。……………む、紫色の、………………むむむ」



ネアはおぼろげな記憶を辿り、あんまり開けない方が良さそうな大きな扉の前に立ち竦んだ。

だが、そんな扉の下から何かがはみ出しており、ネアはそんな紫色の縄をえいやっと引っ張ってみた。


その途端、さあっと青ざめぶるぶると震えてしまう。



「……………思い出したな。いいか、二度と忘れるなよ?」

「にゃ、にゃわし………………。私は、にゃわしではありませぬ。むぐ。あれは、悲しい出来事でした」



震える手できりりと冷たいお酒を飲むと、何だか悪酔いしそうな気もしたが、すぐに美味しそうな料理がたくさん運ばれてきたので、気分がきゅっと持ち上がった。



「そもそも、何で紫なんだ…………」

「まぁ、拘りますねぇ。用意された三本の中では、何となくアルテアさんに似合いそうな色だと思ったのです。それとも……………まさか、この色で縛って欲しいという、希望の色があったのですか?」

「おっと、思ったより深刻でしたね………」

「或いは、縄などでは手温いのだとしたら、ちょっと私の手には負えないのですが…………」

「そんな訳ないだろ。なんでだよ」



テーブルの上には、美味しそうな生牡蠣が並び、ネアはうきうきしながら手に取った。

ソースは既にかかっているので、つるんといただいて美味しくもぐもぐする。

完全に牡蠣がいなくなったところで白葡萄酒を飲むと、また口の中が爽やかに抜けて、次の牡蠣が新鮮な気持ちで楽しめるのだ。


一緒に出てきた、さっぱりシンプルなドレッシングだけでお野菜をざくざく楽しめるサラダに、温かな旬の小魚の香草パン粉焼き。

貝殻の上で蒸して牛乳をつかったほっこりするスープをかけたハマグリは、食べられる小さな薄紫色の花を添えて白に紫の色合わせが美しい。


それらを食べ終えたところで、アルテアが重点的に注文をしていた大海老料理が出てきた。



(ロブスター!)


さっと塩茹でしてバターソースをかけたものに、香辛料のスパイシーなソースにからめてグリルしたもの。

大皿にどすんと乗っているのだが、決して粗野な感じはせずに寧ろ繊細にも見えるのは、店主の盛り付けが絶妙だからだろうか。

かりっと焼いた薄いバタートーストも添えてあり、あつあつのロブスターをはふはふしながら食べる。

特に香辛料のきいたソースのものは食欲が刺激され、お酒も美味しく飲めるような濃い目の味付けに大満足だ。



「ほわ、…………このパスタは!大好きな味に出会いました」

「この店は、こういう料理が上手いからな」

「これは美味しいな…………」



シンプルなオイルベースのパスタにはカラスミがたっぷり削りかけられ、ネアはこれが特別に気に入ってしまった。

ウィリアムも気に入ったようで、取り皿に取った後には、またグラスにお酒を足している。



もう一つのお皿には、お酒の風味をつけて蒸し上げた鮭にアルバンの上等なバターを乗せ、オゼイユを使ったソースがくるりと回しかけられている。

バターの塩味だけで食べても美味しいのだが、酸味の効いたオゼイユのソースを合わせると口当たりがふわっと軽くなって幾らでも食べられるようになってしまう。



「…………むふん。あのハンドクリームの呪いが、ようやく解けそうですね」

「……………お前は全部食い気だったな」

「まぁ、腹ペコで暴れかけたアルテアさんに言われたくはありませんよ!」

「なんでだよ」



それにしてもと、ウィリアムは小さく息を吐くと苦笑する。



「今日は色々あったが、こうして見ると、ネアが一番耐性があるんだな」

「……………もしや、ディノの腰紐で鍛えられているからでしょうか?」

「誘惑や欲望の系譜の魔術への耐性についてだ。お前の場合、特に妖精の魔術は食欲に変換されがちだが、何か特殊な変換を行った訳でもないのに、妙と言えば妙だな…………」

「あら、皆さんそうではないのですか?そう言えばほこりとゼノも、葡萄の妖精さんを襲って羽の粉を食べても、そこまで美味しくはなかったと言っていましたね」

「………………お前は真似するなよ?」



ネアは、時折ヒルドから美味しい妖精の粉を貰っていることは内緒だと、ささっと視線を逸らし、茹でた大海老をお皿に貰うことに専念する。


ひどく疑わし気な眼差しが注がれているが、ネアの心は意識せずともすぐに海老のものになった。

グリルの海老は殻つきで味を絡めた部分もあり、そんなはさみのところの身を食べるのに指先で微かに残っていた殻を剥ぎ、ぱくりと頬張る。


しっかり味付けのある表層や内側の身のほくほくむちむちとした味わいを堪能してから、ネアはいじきたなく指先についたソースもむぐっとお口に入れてしまった。



「…………………む」



とても強い視線を感じたので顔を上げれば、魔物達はなぜか無表情になっていた。

お行儀が悪かったと慌てて反省し、ネアはそんな指先を微かな勿体なさを耐え忍びながら、今度はおしぼりで拭いた。



「………………ええと、何の話でしたっけ?」

「あの、梱包妖精の従者の件だ。念の為に、あの周辺の記憶を引き剥がしておいた」

「ああ、助かりました。俺も、あのままには出来ないなと思っていたので」

「…………あの、お店からお屋敷の方に案内してくれた、瞳の綺麗な方ですか?」



ネアがそう尋ねると、ウィリアムの手がぽすんと頭に乗せられた。


柔らかく微笑んだ姿は擬態したままだが、冴え冴えとした色調で微笑む時の温度感はあまり変わらない。

にっこりと微笑んでくれたのだが、なぜかどこかが強張っているような微笑みだ。



「ああ、彼にはネアに縛られたという記憶を残さない方がいいだろう?………それとも、残しておいた方がいいか?」

「ぎゃ!け、消して下さい!ご本人も嫌だと思うので、そんな記憶はぽいして欲しいです!!」

「…………どうだかな、あの男は大喜びだったぞ」

「なおさらぽいです!!とくていのしゅみのかいわいに、私が縛ったという情報など流してはいけないのです!!」



そう荒ぶってから、ネアは、ぎくりとしながらアルテアを見つめた。

片方の眉を持ち上げてこちらを見たアルテアに、頼りなげにそっと問いかける。



「となると、…………私が特殊な縛り方をした、アルテアさんの記憶も消すべきなのでしょうか?」

「消せるものならな」

「うーん、アルテアの階位だと、部分的な記憶の削除は難しそうだな………」

「となると、楓の精さんや、ノアの記憶も消すのは難しいのですね……………」

「……………ノアベルトだと?」

「ネア…………?」



ネアは、過去に専用結びにしたことのある者達の名前をうっかり挙げてしまい、すっかりお食事とお酒で緩んだ自分の脆弱な心を叱咤した。



「き、記憶違いかもしれません。………何しろ、遥か遠い昔のことなのです。むぐる。頬っぺたを解放するのだ」



大雑把に誤魔化そうとしたところ、邪悪な使い魔に頬っぺたをひっぱられてしまい、ネアは観念する。


そうして、ダリルの迷路から迷い込んだ先の過去で出会ったノアを、意識を失っている内に拘束するべく縛り上げていたところ、うっかり栞の魔物の祝福が発動してしまったのだと告白する羽目になった。


ノアを縛ってしまったことは誰かに話したような気がしていたが、この二人ではなかったようだ。

もしくは、よりによっても今日にこの話が出たので、その事件の重大さが際立ってしまったのかもしれない。


アルテアには、べしりとおでこを叩かれ、ウィリアムからは二度としてはいけないと厳しく注意を受け、ネアは悲しい気持ちで、多めに美味しいカラスミのパスタをお皿によそる。



そこでの話し合いにより、今後、専門的な紐や縄での人体拘束を試す際には、この二人で練習するようにという運用になったのだが、あんなに嫌がっていたことになぜ急に前向きになってしまったものか、ネアとしてはいささか不可解な展開だと言わざるを得ない。


グレーティアの有難い心理解説に思いを馳せつつ、ネアはその心の変化を考察してみた。


ノアを縛ってしまったのは事故なのだが、ウィリアムとアルテアは、ノアですら自分を差し出して練習台になったのかと思い、その犠牲の尊さに心を動かされたのかもしれなかった。



また、アルビクロムの劇場でネアとアルテアを腹ペコにしたハンドクリームには、以前アルテアの屋敷で見た欲望の結晶の粉末が混ぜられていたことが判明した。


これはなかなか厄介な容器で、一度蓋を開けてからそれを閉め直すことで、かちりと仕掛けが動くものであったらしい。

特定転移という技術で別所に保管されていた物質が混ざり込むような特殊な容器は、本来は直前に素材を混ぜ合わせ、風味などを楽しむ瓶詰などの食料で適応される魔術なのだそうだ。



そんな魔術容器を開発したのはアルテアだったそうで、自損事故だと判明した後ネアの使い魔は、ネアとウィリアムからの生温い眼差しの中、少し強めのお酒をいただいたようだ。



恥ずかしさの反動なのか、酔っ払いで少し意地悪になった使い魔をリーエンベルクに持ち帰らねばならず、ネアは、ウィリアムもリーエンベルクに泊まってくれてとても助かったのだった。



なお、梱包妖精に貰った縄の一本は、後日の祝祭で図らずもベージにあげることとなった。

しかしながら、捕り物には向かなかったようで、ベージはそちらの縄は取っておくというではないか。

ネアとしては、早々に使って捨てて欲しかったので、その縄が特定の趣味の御仁の目に触れてしまい、ベージが問い正されたりしないかどうかとてもはらはらしている。



オゼイユのソースのものを食べる度に、その縄のことを思い出して、ネアは暫くの間不安に苛まれることになった。











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