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308. 誕生日のお昼も賑やかです(本編)




かくして、ディノのお誕生日昼食会が始まった。



お昼会の参加者は、主賓のディノに、リーエンベルクからは、ネア、エーダリアとヒルド、グラストとゼノーシュ。

お客様参加になるのは、ドリーにヴェンツェル、そしてヨシュアとイーザである。

図らずも賑やかになり、ましてやグラストは第一王子と一緒の席になったので、たいそう恐縮している。

そこはドリーが、微笑んで気を遣わせてすまないと詫びていた。



「ディノ殿、お誕生日おめでとうございます」


そう丁寧にお祝いしてくれるのはグラストで、ここはすっかり身内感のあるディノも、こくりと頷いてお礼を言っていた。

真っ先に食事に手を出して叱られているヨシュアは、ディノの大好物の卵揚げに目を丸くしている。


「ネア、これは何だろう。はふっ、美味しいよ!」

「ディノの好きな卵の串揚げを、お皿で食べる用に少し変えて作って貰ってあるんですよ。お好みでタルタルソースをつけて下さいね。時々屋台などでも食べられますし、簡単に作れるので気に入ったら料理人さんに頼んでみて下さい」

「イーザ、明日の夜もこれにするよ」

「……………構いませんが、あなたはなぜ、自分の王よりも早く食べているんですか……………」

「ほぇ?」



今年の昼食は、しっかり朝食だったディノのお腹具合を考えて少し軽めである。


卵揚げは、屋台のものとは違い中をとろりと半熟にした味付き卵にして、細やかな衣をつけてさっと揚げて、フォークとナイフでいただく。

そこにはかりっと香ばしく焼いたデニッシュパンがついていて、お皿の上にこぼれたとろり卵や、残ったタルタルソースをつけて食べても美味しいのだ。


ほくほくに焼いた温かいサラダには、茄子と少しの栗、そしてズッキーニやアスパラなどが薄めのグリル皿でたっぷりの新鮮なチーズをかけて焼かれている。

はふはふほくほくと食べることで、しっかりおかずという感じにもなるし秋の入りの気持ちも盛り上がる素敵なサラダだ。


なお、しっかり食べたい派にはこれに鴨肉のローストのオレンジソースがけが付き、さっぱり派には燻製鴨肉の冷製の前菜が付く。

お客様チームと、グラストとゼノーシュはしっかりメニューを選び、ネア達はさっぱり冷製でいただいた。

付け合わせの小さな朝露の結晶石のグラスには、ガスパチョ風のトマトの冷たいスープが添えられ、きゅっと飲めばこちらも濃厚な美味しさに幸せな気持ちになった。




「ネア、移動木馬はどうだった?」


初対面の者達もいるので、まずはエーダリアが話題を提供する上でそう切り出してくれる。


ドリーとイーザは何となく気が合いそうだが、ヴェンツェルはヨシュアが雲の魔物だと知ると驚いたようだった。

そこに雲の魔物がいるということよりも、そのポケットに詰め込まれたアヒルの人形がかなり気になるらしい。



「とっても素敵で楽しかったです。ねぇ、ディノ?」



そう言われて頷いたディノは、なぜか少しだけもじもじすると、生真面目な仕草でネアの膝の上に三つ編みを乗せている。

その行為に至った経緯が分かりやすいことも多いが、こうして時々謎の生態を見せる不思議な生き物だ。



「あのようなものがまだ残っているのは知らなかったよ。木馬は、どこで保管されていたんだい?」

「あの乗り場を管理しているのは、森狼より派生した妖精達なのだが、彼等は元々ウィーム王家の森番だったそうだ。統一戦争の時に、王子の一人が森の保管庫にあったあの木馬を、彼等の長に託したらしい。戦争が終わって平和な時代になったら、民達が古き良き時代のウィームの情景を楽しめるような形であの木馬を使って欲しいと言われたのだと、私が領主になって暫くして運用の相談があった」



木馬があの場所に残された経緯を教えてくれたエーダリアに、ディノが小さく頷く。


「それで残すことが出来たのだね。あの木馬には、部外者の持ち出しを禁じる魔術が添付されていた。特性上、土地の者達以外があの影絵を見ることを警戒したのだろうが、ウィームの民ではない者が持ち出せば、その場で壊れてしまった筈だよ」

「……………それは知らなかった。一時は、特殊な魔術の研究という名目で、ガレンで保管してはという声もあったのだ。だが、私は彼等に木馬を託した者の願いをそのまま残したかった。………貴重な歴史的資料を、あのような形で森に残したのは私の我が儘かとも思ったが、その決断が幸いしていたのか…………」



そんな思いこそがあの木馬を残したのだと知り、エーダリアは嬉しかったようだ。

愛するウィームに思いを馳せ、鳶色の瞳に安堵や喜びの色を浮かべたその姿はとても嬉しそうで、ネアは、ノアが夜に備えてお昼寝中なのを不憫に思った。



聞けば、あの馬車の部分は、狼頭の妖精達が作ってくれたものであるらしい。

美しい木馬に似合うものをと試行錯誤して作ったそうで、それを無事に成し遂げたことは、彼等にとっても誇りであるのだった。



「当時、彼等はまだ若い妖精だった。その手にウィームの歴史を残すものを預けられたということが、とても嬉しかったようだな。私が乗りに行った時には、もう高齢であまり巣を出ない長老も来てくれたくらいだ」

「だからあの方達は、その誇りを胸に、受付の方はきちんと盛装して受付台には綺麗な花を飾り、大事に大事に木馬さんを扱っているのですね」



であれば尚更、そんな木馬で楽しい時間を過ごせたのは素敵なことではないか。



(そんな風に大事にされている木馬を作ったのは、ディノの大切なお友達だった人なのだし…………)


ネアはそう考えてディノの方を見たのだが、ディノは、どうやらイーザのお皿から卵揚げを奪おうとしているヨシュアが心配でならないようだ。

はらはらと見守るディノの視線の先で、案の定ヨシュアはすぐに見付かってしまい、手をばしりと叩かれて涙目になっている。



「よし。その木馬とやらに、帰りに乗って帰るぞ」

「ヴェンツェル……………。今日のヴェルリアは祝祭日なのだから、早めに帰らなければいけないだろう?」

「盛装して、あの方の所有物として披露され、尚且つ狸共の自慢話に付き合わされるくらいなら、木馬でウィームの風景を見た方が余程いいではないか」



そう呟いたヴェンツェルの声は、いつもの第一王子らしい堂々とした張りを欠き、どこか頼りなげで静かなものだった。

エーダリアがはっとしたように視線を巡らせ、ドリーが淡い金色の瞳を瞠って小さく眉を寄せる。



「…………エーダリア、その木馬というものは、すぐに乗れるものなのだろうか?」

「ネア達は記念日利用で貸し切って乗っていたが、一般客であれば並べば乗れるだろう。一日に一組しか貸切客は取らないから、午後は通常営業の筈だ。乗車時間としては十分程なので、前に何人並んでいるかにもよるな。それと、紹介制でウィームに籍のある者、或いはその身内と同行者に限られるのだが、そういう意味でも兄上とドリーは該当するだろう」

「…………だそうだ。少しくらい構わないだろう」

「…………何人並んでいるかによる。五人以上並んでいた場合は、また後日にしよう」



王都に戻る時間を考えて少し悩んだようだが、結局少しだけ条件をつけて折れたドリーに、ヒルドがふっと笑った。



「やれやれ、ドリー様は、相変わらずこの方に甘いですね。ヴェンツェル様は落ち込んではおりませんし、何かを思い詰めてもおりませんよ」

「ち、違うのか?」



すっかりそう思い込んで心配そうにしていたエーダリアが目を丸くしてしまい、ドリーは苦笑して頷いた。



「ああ。分ってる。でもあんな風に強請るのも、甘えているのだろう。子供のようなことをされると、ついつい可愛くて許してしまうんだ。俺もまだまだだな…………」

「ドリー………………」



なぜか最終的にはヴェンツェルが頭を抱えてしまい、ネアは過保護な火竜の優しい微笑みに、ヴェンツェルが子供の頃から彼を庇護してきた、家族のような人の深い愛情の一端を見た。

これはこれで、ヴェンツェルは懲りるような気がするので、案外いい教育方針かもしれない。




そして、不思議なくらいに和やかに進んだ昼食が終わると、ゼノーシュが大きな袋を取り出した。



「はい、ディノ。僕達は夜のお祝いには出られないから今渡すね。これが、僕とグラストからだよ。グラストからって形にしてあるけど、グラストが、僕も一緒に選んだから本当は二人からだって言ってくれたの」



些細な行き違いで珍しい喧嘩をしていたこの二人は、仲直りをしてからはいっそう家族のようになった。

二人で色々な話をして過ごした仲直りの夜は、ゼノーシュ曰くとても素敵な時間だったらしい。


大切な家族なのだとあらためて言って貰えたことが、この優しい騎士に大事にされたくて堪らなかった見聞の魔物を、たいそう喜ばせたようだ。

夏休みのネア達を真似て、今度のお休みには二人で釣りにも行くのだとゼノーシュは楽しみにしている。



「むむ。立派な袋ですねぇ」

「でもね、中身はそんなに大きくないんだよ」



紙袋の中に入った大きな青い箱を開けると、その中に入っていたのは、見たことのない不思議な道具だった。


一度見たことのあるお酒の結晶石に似た、渋めの鳶色の結晶石で作られている万年筆のようなものが、硝子の真空管のような不思議な入れ物に入ってぷかりと浮かんでいる。



「…………もしかしてこれは、音紡ぎのペンかい?」

「音紡ぎのペン…………?」

「うん。音紡ぎのペンだよ!読み上げながら文字を書くと、その文字に音の記憶を残してくれるんだ。五回くらいが限界だけど、触れるとその音を再生してくれるからね」

「まぁ、そんな素敵なものがあるのですか?」

「扱われる魔術は知っているし、こういうものがあると聞いたことはあるけれど、私も見るのは初めてだよ」

「音紡ぎのペン……………。実在していたのか…………」



ゼノーシュが使い方を教えてくれて、ネアはおおっと目を瞠った。

呆然と呟いたエーダリアも目が釘付けになっていたが、どこか自慢げな顔でヴェンツェルが奥で微笑んでいるので、恐らくこのペンの存在を前から知っていたのだろう。



「ディノも初めて目にするくらいなので、珍しいものなのでしょうか?」

「これは人間の扱う魔術の道具なんだ。精緻で珍しいものだけれど、魔物はこういうものを作ろうとは思わない。特に声を残すようなものはね。だからこそ、我々の方がよく知らないものなのだと思う」

「僕もね、エドモンに聞いたんだよ。カルウィの方にペン職人が住んでいて、一年に五本しか作ってくれないんだ。これでディノは、ネアにいっぱい手紙を書いて貰ったらどうかな?」

「…………有難う、ゼノーシュ」

「うん。僕はずっとグラストの側にいるけど、ネアは時々迷子になっちゃうからね。そんな時に声が聞けるといいでしょ?」

「なぬ。災害対策道具でした…………」



ネアは複雑な思いもあったが、そんな使用方法を聞いたディノは、やけに大きなケースごとそのペンを抱え、さっとネアの方を振り返った。

ネアは任せ給えと頷き、ディノは目元を染めて、嬉しそうにペン入れを抱き締める。



この音紡ぎのペンは、魔術師が足りない土地に詠唱を届ける役目も果たすのだそうだ。


元々はカルウィの禁術から生まれたもので、あまり他国には出回らないらしい。

ヴェンツェルは友人のニケ王子が持っているので知っていたそうで、やはり同じような大きな入れ物に保管されていたと教えてくれた。



本体に比べてやけに大きなこの入れ物の中には、音紡ぎのペンの好む音楽が、魔術による自動巻きオルゴールで常に流れているのだそうだ。

ペンを外に出したまま転がしておくと、常日頃から色々な声や音を拾ってしまい、音紡ぎが下手になるのだと知り、ネアはそんな不思議なペンを使えることにわくわくした。



「不思議なペンですね。例えば楽譜を書くのなら、音楽なども記録出来るのですか?」

「声だけのものだと思うよ。きっと、複数の音階を記すのは難しいだろうね。…………これはね、ペンが記憶した音の記憶を魔術添付された文字が繰り返すんだ。条件付けの魔術を編み合わせ、言葉を届けると指定した者の接触でしか音を出さないから、不特定多数の者に利用されることもない。ただ、その文字に記された記憶の魔術が摩耗すると壊れてしまうから、正確に君の声の記憶を繰り返すのは三回くらいかな」


残りの二回は、音の記憶がちょっとうろ覚えになるそうで、ネアはそれも何だか楽しいなと思ってしまう。



次に進み出たのは、ヴェンツェルだった。

飴色の高価そうな木箱を持っていて、一目見て良いお酒が入っているぞと素人の目にも明らかである。



「私からはこれだ。昨年とても喜んでいたからな。あえて違うものにする必要もあるまい」

「ディ、ディノ!これは氷河のお酒です!」

「かわいい、弾んでる……………」



この贈り物にはうっかり大歓喜なネアが弾まされてしまい、弾むご主人様を見た魔物もきゃっとなって嬉しそうにしてくれた。


氷河の酒は、今はもう貴重になったので持ち出しが難しくなっており、原則として醸造元でしか味わえない門外不出の酒だ。

なのでこの瓶は、氷河のお酒が注文販売をしていた頃の古いものである。

新酒でも充分に美味しいのだが、味わいが更にまろやかになる濃厚な古酒は、ちびりちびりと小さな盃で飲むと堪らなく美味しい。



昨年貰ったお酒は、ディノへの贈り物をネアがご馳走して貰う形で、二人でディノのお城に遊びに行った時にゆっくり飲んだ。

ディノは二人きりでのんびりお酒を飲んで過ごした夜が楽しかったそうで、もう一度やって来た氷河のお酒の瓶を抱えてこちらを振り返る。



「また、二人で飲むのだよね?」

「ディノがご馳走してくれるのならば、二人でゆっくり飲みましょう。まるまるサラミとも合いそうですね」

「ご主人様!」

「それと、こちらだな。…………これは、一度しか効力がないものなのだが、あなたが持っているものがあってもいいだろう」



そう言ってヴェンツェルが取り出したものに、ヒルドが短く息を飲むのが分った。


小指の先程の小さな硝子玉のようなものだが、内側で青い炎が燃えている。

美しいのに、なぜかじっと見ていてあまり気持ちのいい輝きではなく、ネアは少しだけ不安になった。



「ヴェンツェル様、それは…………」

「ああ。ヒルドは知っているか。…………正妃と契約をしている、虐殺の精霊の行動を制限する為の宝玉だ。あの精霊は、気が昂ぶると誰の声も届かなくなるからな。正妃がこの宝玉を使って宥めている。あの精霊の血を使って作られたもので、私にも幾つか持たされているものだ」

「それは、君の母親の契約の者を不利にするものなのではないのかい?」


その問いかけに頷いたヴェンツェルに、エーダリアが心配そうな眼差しを向ける。


「兄上…………」

「……………あれが、万象の魔物や、その庇護を受ける者を損なうくらいなら構わぬさ。いっそ永劫にその姿を見ずに済むのであればどれだけいいかしれないが、あんな女達であれ、この国の防壁だからな……………」

「…………望まずとも必要であることを知りながらも、君はこれを私に預けるのだね。………………有難う」



しっかりと正面からお礼を言われ、ヴェンツェルは、一瞬途方に暮れたような無防備な目をした。

すぐに第一王子らしい心内の読めない眼差しに戻ってしまったが、ディノにお礼を言われたことでとても驚いたようだ。

ちょっぴり嬉しかったのか何となくもじもじしている契約の子供の姿に、ドリーがどこか満足げに微笑む。



「俺からはこれを。ヴェンツェルの贈り物のように役には立たないが、毎年変わらぬ贈り物があっても良いと思う。今年はこのようにしてみた」



そう言ったドリーが差し出してくれたのは、やはり、期待していた通りの昨年と同じ陶磁器メーカーの箱だった。

それを受け取ったディノは、不器用な手付きでおずおずと包装を解き、中から出てきた木箱を開けると目を輝かせる。



「………………ネアがいる」

「まぁ、食いしん坊ムグリスなディノがいますよ!」



高位の魔物の姿を象ることは、時として大きな災いになるという。


だからこそドリーはムグリスディノシリーズにしてくれたのだろうが、ネアはあまりにも可愛い陶器人形に、隣の魔物にぴったり体を寄せて興奮気味に覗き込んでしまった。



木箱から出てきたのは、ネアと一緒に食卓について食事をするムグリスディノだ。


ムグリスディノは、はぐっと齧り付いて美味しそうなパンケーキのようなものを食べているところで、その陶磁器メーカーの作風を反映しているので若干造作は違うものの、青みがかった灰色の髪からネアだと分かる少女と一緒に、美味しいおやつにご機嫌顔である。



(きっと、私の姿形が少しデフォルメされているのも、ドリーさんなりの気遣いなのだと思う)



聞けばあれこれ細かく注文してくれているようなので、その中でこの少女をもっとネアに似せることも出来ただろう。


けれどもそうすれば今度は、狭量な魔物が、ネアの似姿を作った職人を気にかけるかもしれない。

ネアだと分るものの良く見るとそんなに似ていないあたりが、ただ純粋にディノを喜ばせる絶妙な贈り物であった。



「有難う…………」



唇の端を持ち上げて、髪の毛も瞳もきらきらさせて、ディノはその人形にそっと指先で触れた。



あまりにも嬉しそうにするからか、ドリーもほっとしたように微笑みを緩めた。

昨年が大喜びだったので、もしかすると少しプレッシャーもあったのかもしれない。



「僕にもそれを届けるといいよ。奥さんと僕と、イーザとルイザ、後はハムハムも忘れないようにね。仕方ないから、僕の姿を模すことは許そうと思う」

「………………ヨシュア」



するとなぜか、この陶器人形でもう一人の魔物も荒ぶり出した。

銀灰色の瞳を輝かせた雲の魔物に詰め寄られて、ドリーは困惑したように、頭を抱えて呻いているイーザに視線で助けを求めている。



ドリーは大国の王子の契約の竜である以上、あまり不用意に高位の魔物との贈与の縁を結べない。

ましてや、ヨシュアは決して穏やかな性質の魔物ではない。

贈与の魔術証跡は容易に辿れるものであるし、万が一ヨシュアがヴェルクレアの民や、国交のある国に何かをした場合、個人的に縁があることが露見し、政治的な問題になるとまずいのだ。



「注文の仲介をするのは、構わないが………………」

「ヨシュア、この方はあなたやポコのことをご存知ではありません。この工房の名前を聞いておきますから、その上で我々で注文した方が、より満足のいくものが仕上がりますよ」

「ほえ、そういうものなのかい?」

「私とルイザとあなたとで、注文に行けばいいでしょう。絵姿がある訳ではないので、実際に職人に我々の姿を見せた方がいいと思いますが?」

「じゃあ、そうするよ!」



ヨシュアがすんなり納得したので、ドリーはほっとしたようだ。

そんなドリーに友人の我が儘を詫びつつ、イーザは、工房の場所や担当者の名前などを聞いている。

ウォルターのご贔屓だというその職人は、ムグリス化した万象の魔物だけでなく雲の魔物の人形も作ることになりそうだ。




そこでヴェンツェルとドリーは、木馬に乗る為に少し早めに帰ることになった。

ドリーがお祝いを言いに来た筈なのにすまないと謝っていたが、お気に入りの弟と食事が出来て、この後は木馬も控えているのでヴェンツェルは満足げだ。



去り際にネアは、闇葉蟹の触角と、その他の海遊びでの収穫のお礼を言われた。

ウィームには持ち帰れないような貴重なものは、あの島を貸してくれたヴェンツェルへのお土産にしたのだ。


船翼と呼ばれる、船の魔物の結晶石が特にお気に入りになったようで、翼が生えたように素早く船を操れるその石は、腕輪に嵌め込んで常に身に付けているらしい。




「来年は負けないと言われましたが、謎なのです…………」

「ご自身でも、海辺での収穫を試したようですよ。ネア様のようにはいかなかったようですね」

「まずはリズモからなので、前準備が足らないのでしょう」

「……………あらためて指摘するが、そもそもリズモが希少なのだからな?」

「む?」



ヴェンツェル達が帰ったところで、イーザが小さな天鵞絨のケースを取り出した。

ネアは一瞬、ディノにプロポーズするのかと思ってしまったくらいに婚約指輪的な箱で、ふくふくとした深い青色が美しい。



「こちらは、私とヨシュアからの贈り物になります。万象の君、本日は誠におめでとうございます」

「…………これを私に?」



ぱかりと開いた箱の中には、じわっと滲むような水色が美しい宝石が入っていた。

きらきら光るというよりは、じんわり光るその色を、天鵞絨の箱の中に広げている。



「雲と霧雨の系譜の守護石です。ウィームは霧や、霧雨のことも多いですからね。使っていただく機会は多いでしょう。友人の助力を得て、真夜中の時間の座の守護もかけられています。系譜の守護や助力を得られるものですので、何かありましたらこの石から我々に声をかけて下さい」

「…………これだけのものを、構わないのかい?」



このような守護石を作れるのは、系譜の王に近しい者達だけなのだそうだ。

その権限があってこそ、本人達だけではなく、系譜の者達にも助力を願えるような、言わば証明書的な役割を果たす。

その階位を以って系譜の一族への橋渡しをしてくれているようなものなので、特別な効力を発揮せずにいても、それだけで有用であるらしい。



「僕も手を貸したんだよ。イーザがどうしてもと言うし、シルハーンも好きだからね。後、ネアにはアヒルを見せるんだ」

「まぁ、これが改良の進んだアヒルさんなのですか?」

「魔術で勝手に泳ぐようにしたし、手触りも羽の感触にしたんだよ!」

「………ほわ!まさにアヒルさんな手触りです」



ネアはアヒルを見せて貰いながら、好きだと言われておろおろしている魔物の方を見て唇の端を持ち上げた。

それはきっと、ディノにとっての嬉しい誕生日の贈り物の一つになるだろう。



(今年は、ギードさんが来ることで、最初の年だからと警戒してゼノ達は一緒にはいられないけれど、何だかその分も賑やかになりそうだわ………)



ゼノーシュは慎重な魔物なので、今年のギードの様子を見て、来年の誕生日会への参加をどうするのか決めるそうだ。

勿論、ギードがディノの友人であることなどは承知の上だが、その資質がと言うよりは、もしグラストが彼を気に入ってしまったらと考えての措置であるらしい。



(ゼノは、ギードさんが素敵な魔物さんだと思っているみたいで、だからなのだとか…………)



ギードが、きっとグラストが可愛がるに違いない黒つやもふもふこと、美しい狼の姿でいることも、勿論見聞の魔物は知っているようだ。

様々な要素を複合的に判断し、グラストが気に入り過ぎない程度の魅力であるのか、そしてギード自身もリーエンベルクの歌乞いな騎士を欲しがらないかが、ゼノーシュの重大な評価基準となる。


グラストの側を離れないゼノーシュの代わりにと審判を任されたヒルドは、やはりこういうところは契約の魔物なのですねと苦笑していた。



「ほら、があがあ鳴くんだよ!」



しかしながら、そんなゼノーシュの奮戦も虚しく、思いがけないところから伏兵が現れたようだ。

グラストにアヒルの自慢に行ってしまったヨシュアに、ゼノーシュは慌てて大事な契約者との間に割り込んでいる。




「ふふ、ゼノは今日も可愛いですねぇ」

「ご主人様…………」

「あら、とは言え私の一番の魔物はディノなので、お誕生日な今日はとっても大事にします!」

「ご主人様!」



伸び上がって撫でて貰い、ディノは嬉しそうに頭を擦り付けてくる。


何だかそんな魔物がとても愛おしくなって、両手で髪型を崩さない程度にわしわしと撫でてていたら、窓の外の庭の花が満開になってしまった。



「…………イーザも、僕を撫でるかい?」

「私にそれを求められる意味が分かりませんが?」

「ふぇ。…………ネア、イーザが撫でてくれないよ」

「グラストは、褒めてくれる時には僕を撫でてくれるよ!」

「…………ふぇ」

「ヨシュアさん、私達のところは婚約者同士ですし、ゼノとグラストさんのところは親子的な感もあります。恐らくですが、同世代の男性同士でこのやり取りは発生しないのでは…………?」

「イーザよりは、僕が歳上なんだよ?」

「であれば、尚更発生しないですね」

「じゃあ僕は誰に撫でて貰うんだい?」

「なぬ。…………ディノ、撫でてあげますか?」

「…………撫でないかな」



ディノも困惑したように首をふるふると振り、ヨシュアは涙目で周囲を見回した。


目をつけられてしまったのはエーダリアで、すすっと歩み寄ってきて、ターバンまで外して体を屈めてみた雲の魔物に、視線を彷徨わせながらもおずおずと手を伸ばして頭をそっと撫でてやったようだ。



「悪くないね。もっとやるといいよ」

「ヨシュア、ご迷惑でしょう。おやめなさい」

「イーザが撫でないからいけないんだ。これは、ご褒美のようなものなのだろう?誰かが僕に与えるべきだからね!」



遠い目になったイーザに、ネアはこちらもそうして義務付けられていったあれこれがあるぞよと、共感の眼差しで頷いてみせた。

しかしそれをやってみ給えだと勘違いしてしまったのか、イーザは渋々手を伸ばすとヨシュアの頭をぞんざいに撫でてやっている。



「…………何でだろう。イーザの方がいい」

「まぁ、エーダリア様がふられてしまいました」

「…………お前が言うと、洒落にならなくなる。誤解を受けるような言い回しはやめてくれ…………」

「……………む?」

「よし、イーザと比べる為に、もう一度僕を撫でるといいよ」



ヨシュアがそう言って、もう一度エーダリアに撫でさせようとしていた時だった。



ムギーと叫び声が聞こえ、ネア達が振り返ると、尻尾をけばけばにした銀狐が戸口に立ち尽くしている。



はっとしたエーダリアもそちらを向くと、銀狐は物凄い勢いで走ってきてびょいんと弾み、エーダリアに何度か抗議の体当たりをしてから、そのままするするとよじ登ってエーダリアの腕の中に収まってしまう。



じっとりとした目で威嚇する銀狐に、ヨシュアは撫で比べを諦めてイーザにもう一度撫でて貰うことにしたようだ。




そんな騒動を、ネア達はゼノーシュとグラスト、ヒルドとお茶をしながら楽しく見守り、やがてグラスト達がそろそろ帰るというところで、騎士の一人から部屋に連絡が入った。



どうやら、リーエンベルクの正門前に、きちんとお座りした黒い狼がお昼からいるらしい。

取り次ぎが必要か尋ねると首を振るのだが、知り合いだろうかという問い合わせである。




「まぁ、ギードさんは待ち合わせ時間のだいぶ前に来て、待っている気質の方なのですね」

「…………ギードが」



ディノがとても嬉しそうな顔をしたので、黒つやもふもふも、無事にご来場となった。










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