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サムフェルと星屑のソーダ





ネア達はその日、雷の魔物の不祥事で開催の遅れたサムフェルの会場にいた。

本日は執務日であるエーダリアとヒルドも、このサムフェルでの買い物や深められるかもしれない知見、そして高階位の者達との出会いなどをダリルが総合的に判断した結果、業務参加として来られるようになっている。


お仕事とは言え九割は喜びに満ち溢れているエーダリアは、開催日が平日に変更になった瞬間の落胆を乗り越え、サムフェルの入り口となる大きな木を輝く目で見上げていた。



大きなねずの木には、営業中ですという可愛らしい看板がかかっている。

昨年の木とは違うので、きっと落雷で滅びてしまった木とは別の入り口なのかもしれない。


このまま真っ直ぐ向ってゆき、資格がある者だけが木そのものを扉としたサムフェルに入れるのだ。

昨年初めて来た時には、木の幹に激突して鼻がへしゃげるのではないかと心配だったネアだが、今年はもう二度目なので不安もない。



「ディノ、入り口の看板に、雷の魔物さんの絵が……………」

「…………うん。描かれてしまったのだね」



ディノも悲しい目で見ている部分には、開催が遅れて申し訳ありませんという謝罪文の隣に、明らかに雷の魔物であろう虎耳と尻尾の人物のイラストがあって、私が木を壊しましたごめんなさいという吹き出し付きである。


これは相当叱られただろうなと分るので、ネアは虎尻尾をなでなでしてあげたくなったが賢明にも口に出すようなことはしなかった。



ディノに持ち上げられて大きな木の幹の門をくぐると、ひんやりとした霧の中を通るような感覚があった。

うおんと、随分な距離を高速移動したような不思議な音が耳元で鳴り、ぱっと視界が開けるとそこはもう、サムフェルの喧騒に包まれているのだ。



深い深い森の中に突然現れる、秘密の森の秘密の季節の市場。

それがサムフェルだ。




「わ、去年ぶりのサムフェルです…………!」



そこは、奇妙で美しい店が立ち並ぶ不思議な空間だ。



入口を通ってすぐに広がるのは森の中にあるサムフェルの目抜き通りで、両脇には並木道のように大きな木々が立ち並び、その木々が様々な種類であることで、妙に賑やかで目まぐるしい印象を与える。



花盛りの木蓮や、槿、大きな柳の古木に見たことのない葡萄のような黄色い実を実らせた木。

どの木も一本あるだけでも素晴らしいと思えるような見事な木ばかりで、木と木の間にはこの目抜き通りに店を構えられるような有名店が並んでいる。



(この角は前にも覗いたかしら…………)



初回は不思議な世界の不思議な市場としてわくわく楽しんだが、こちらの世界での在住歴が長くなれば、サムフェルに挑む覚悟も変わってくる。


どれだけ素敵なお店があるのかを知ってしまった今、ここからはもう蹂躙するくらいの覚悟で楽しむ所存であった。


昨年見かけてとても怖かったあざみの精などが出没する前に、素敵なものを沢山買おう。



「むぎゃ!あのお店にはたくさんの足が売られています………」

「薬にするようなものばかりだね。ほら、あれは向日葵の妖精の手だよ」

「向日葵の妖精さんが…………」



ネアが覗いたのは、呪術の道具や薬品などを売る通りだったようで、目抜き通りから一本横に入った小路沿いにも様々なお店がひしめき合っていた。



色とりどりの服を着た人々が行き交う。

不思議な装束を着た背の高い男性に、ターバンを巻いた恰幅のいい商人。


サムフェルの入場制限はかなり厳しく、各種族の第十二席までの者達と、出店する店の店主から相応しい買い手として指名を受けた商人しか出入りが許されていない。

ただし、入場権利のある十二席までの者達には同伴者が許されているので、ネアはこの枠での入場となる。



(人間の十二席までには、誰があたるのかしら…………)



実は今日、嬉しい発見が一つあった。

ノアがどこか意味深な微笑みを浮かべて、エーダリアを木の方に押し出したのでおやっと思って見ていたら、エーダリアはヒルドを伴って自分一人でサムフェルに入場出来たのだ。


ディノ曰く、ノアと契約したり様々な守護を増やしたことで、エーダリアは十二席までの仲間入りをしたのではないかということだった。

それはとても嬉しいことであったのだが、これでも、エーダリアはとても凄いのだと自慢に思っているネアとしては、今迄のエーダリアが十二席入りしていなかったことの方に驚いてしまい、世界には様々な人間達がいるのだなとあらためて実感した次第だ。



(エーダリア様はガレンの長なのに、…………今迄のそんなエーダリア様よりも、力のある魔術師さんがいたのだと思うと不思議なことだわ……………)



このサムフェルへの入場権を与えられる十二席は、人外者達の規準に則り、貴賤ではなくその身に持つ魔術の階位で決められる。

身に持つ魔術の階位と身分が一致しないのが人間くらいのものなので、人外者達と同じ規格があてはめられているのだった。



「エーダリア様は、もう一人でも入れてしまうのですねぇ」

「ああ、自分でも驚いた。これからは、ノアベルトの手を借りずとも来られるのだな……」

「おや、エーダリア様。単身での入場は禁止しますよ。必ず、ネイか、ネア様達がご一緒の時になさって下さい」



そう厳しく言い含めたヒルドは、自分をその範疇には入れなかった。

ヒルド自身も、生来の血統がかなり上位であるので、まず間違いなくその権利を競えるくらい高位の妖精にあたるのだが、ヒルド自身は、自分が十二席の中に入っているとは考えていないようだ。


昨年、ネアが闇の妖精の王子を一人階位落ちさせたので、妖精の階位にもある程度の変動は出ているような気がする。



「ディノ、妖精さんは、どなたが入れるのでしょう?」

「妖精はよく分らないけれど、君が会った、霧雨の妖精王や、あの闇の妖精の女王、秋の舞踏会で会ったという葡萄のシーは入れるだろうね。それと、ディートリンデも本来は入れる階位の者だと思うよ」

「まぁ、ディートリンデさんは凄いのですねぇ………」



そんなディートリンデだが、あの隔離地の森を離れてサムフェルを訪れることはないという。


同じ系譜の者達が集う季節の舞踏会とは違い、サムフェルに揃う中には相性の悪い夏の系譜の者達もいる。

相性が悪くても特別何かが起こるとは限らないし、偶然遭遇するかは未知数だが、最後の古き雪のシーとしてそのような危険は冒さないのだそうだ。



(なので、今回はディートリンデさんにもお土産を買っておこう!)



そう考えてわくわくと微笑みを深め、ネアは美味しそうなチョコレート屋さんの位置をチェックしておくことにする。

偶然発見したお店なのだがなかなかにいい雰囲気なので、後でお土産にいい商品があるのかを見ておこう。



「むむ!」


そこで、強欲な人間は目敏く試食チョコレートを発見してしまった。


そうなると話は変わってくるので、すぐさまそちらに飛び込みたいのだが、試食だけに貪欲になるのは気が引けてしまい、控えめにディノの袖を引っ張った。

狩りの女王として鍛えた目を凝らせば、カラフルな包み紙に包んだ丸いキャンディのようなチョコレートを、女性の店員が配っているようだ。



「ディノ、あの籠のチョコレートは、私でも貰えるのでしょうか?」

「あれが欲しいのかい?買ってあげるのに…………」

「いえ、商品の方ではなくて、………まずは、あそこで羽のある女性が配っている、丸いチョコレートが欲しいのです。試食のようなのですが、貰えるのであれば貰ってしまっても問題ないですか?」

「…………私が見てみようか。ノアベルト、私達は少しだけこちらに寄ってゆくよ」

「うん。僕達はこっちの本の区画に行くから、……………去年のお店で、二時間後にどうだい?」

「ではそうしようか。…………ネア、昼食までは別行動でもいいかい?」

「ええ。では、またお昼は一緒に食べましょうね。その時に、みなさんが何を買ったのか教えて下さい」

「そうだな。自慢できるような良いものが見つかるように祈っていてくれ」

「ディノ様、ネア様、ではまた後ほど」

「エーダリアはきっと本じゃないかなぁ……………」



お互いに手を振って別れ、ネアとディノはチョコレートの試食に向かった。



道を一本入ると、そこには鬱蒼と木々が生い茂っていて、森はとても薄暗い。

みっしりと葉っぱを茂らせた木の枝には、ぺかぺかと光る結晶石のランプを下げたお店が立ち並んでいる。

ネアが見付けたチョコレートを試食させてくれていたお店は、まだ陽光の入る大通りから二軒目のところにあった。



(わ、老舗のお店っぽくて、遠目では分らなかったけど来てみて良かった。…………絵のようなお店だわ)



そこにあったのは、大きなミモザの木の下にある、古びた木の棚がたくさんある藍色のテントだ。

天幕のテントだけではなく、仮設店舗のようなものを作りつけてあり、森の中に老舗洋館のお店の一画が突然現れたようにも見えて、なんて素敵なのだろうとネアは感動してしまう。



飴色の床には使い込まれた優雅な艶が出ているし、木の棚には、シンプルな焦げ茶色の上品なチョコレートの箱が沢山並んでいた。

店の灯りは林檎のような赤色で塗られたランタンに入った光る結晶石で、贅沢にもしっかりとした幅広の紺のリボンで店の上に枝を伸ばす木にぶら下げられている。


商品がよく見えるように、陳列棚にも同じ結晶石がたくさん並べられていて、チョコレート箱のツリーのようだ。

保冷魔術が働いているのか、正面に出ると少しだけひんやりするのがまた、期待値を押し上げてくれる。



「ディノ、宝石みたいなチョコレートが並んでいますよ!」

「弾んでる……………」


「いらっしゃいませ。今日は、サムフェル限定の新商品である夏杏と夜の滴のチョコレートを、皆様に無料でお試しいただいております」


はしゃぐネアに声をかけてくれたのは、店先に立っていた可愛らしい妖精だ。


柔らかな羽は小麦色で、木漏れ日を映せばふんわりと金色に煌めく。

身長だけ見ればまだ幼い子供にも見えるのだが、栗色の前髪の下の穏やかで理知的なその表情を見れば、この女性が立派なご婦人で、小さな体の種族なのだと分かった。


ネアは、そわそわしながらディノの方を振り返り、贈与の魔術が切られていることと、店先に飾られた額縁に、体に有害な材料が使われていないことを宣言した魔術の証書があることを確かめたディノが頷いてくれる。

ぱっと目を輝かせたネアは、さっそく試食を貰うことにした。



「二ついただいてもいいですか?」

「ええ、是非食べてみて下さいな」


貰ったチョコレートの包み紙は色違いだが、このお店は形で味を分けているので、包み紙の色で味が変わることはないそうだ。


緑色の紙を剥がして口に放り込むと、チョコレートが柔らかく溶けて、中から甘酸っぱい夏杏のジャムソースが出てきた。

そんな夏杏のソースは素晴らしく香りが良くて絶妙に酸味が効いているので、甘さ控えめのチョコレートとは素晴らしい組み合わせと言えよう。

一緒に試食を食べているディノを見上げて、これは大当たりだと微笑もうとして、ネアは、続けてソースの中から現れた新食感に目を丸くする。



「…………むむ!ぷちぷちぐみぐみしているものが入っています」

「夜の滴のゼリーなんですよ。食感の違いも面白いですし、このチョコレートを食べてから夜の散歩に出かけると、素晴らしく芳しい夜になりますからね」

「まぁ、それは素敵ですね」



ネアは、あまり迷わず、とても美味しかった夏杏のチョコレートを四箱買った。


大箱二つは、一つを会食堂で広げてみんなで食べる用で、この数なら厨房の妖精達にも御裾分け出来るだろう。

もう一つの大箱は、ディートリンデにあげて、隔離地の森の仲間達と食べて貰うのだ。

小さいひと箱は自分の保存用、もうひと箱はゼノーシュとグラストへのお土産にする。


他にも美味しそうなものがたくさんあったのだが、夏杏と夜の滴のものはサムフェル限定だと知り、あえてその一種類で統一した。


(このチョコレートのお店があるのは、聞いたことのない国の名前だった…………)


まだまだこの世界には様々な国があるのだと考えながら、ネアは戦利品を首飾りの金庫にしまう。

早々にいいお土産が買えてしまったと微笑みを深めたネアが隣を見ると、ディノは試食をくれた妖精から、チョコレートの包み紙を捨てる屑籠を差し出され、なぜか首を振っていた。


これはもしや、スクラップブックに収納されてしまうのだろうかと不安ではあったが、このあたりは本人の裁量に任せているので、あまり触れないようにしよう。



「このチョコレートなら、きっとゼノも大満足してくれる筈です」

「うん。美味しいものがあって良かったね」

「はい!………………ディノ、あのお店は何でしょう?」



折角入ったのでこの通りを見てみようとしてきょろきょろしたところで、ネアは不思議な灰色の棒のようなものが売られているお店が気になった。


(チョコレート屋さんや、隣も食材のお店だし、食品なのかしら…………?)


細長いバゲットのような石の棒が木の籠に入って売っているのだが、その棒は一つ一つに品のいい皮タグがついている。

となるとかなり高価そうな品物であるし、身なりのいい紳士たちがその店を覗き、何やら真剣にその棒を検分しているのだ。

欲しいかと言えばそうではないのだが、何を売っているのだろうと気になりはする。



ネアが見上げた先で、ディノはどこか魔物らしい酷薄な瞳を細め、小さく息を吐いている。

その表情を見れば、これはあまりいいものではないのだなと分ってしまうもので、ネアは興味を持ってしまったことを少しだけ反省した。



「…………あれはね、魂のパンというものなんだ」

「……………魂のパン」

「うん。人間や妖精の魂を、特別な窯を使ってパンにして焼き上げてしまうとあのような形になる。とても硬いから、特別なナイフで削って食べるらしい。高価なものだし、少しずつ食べる嗜好品のようなものだね」


ネアは、ディノも食べたことはあるのだろうかと考えはしたが、あえて尋ねなかった。

本人が好まなくても、ディノの立場であれば、宴などの場で珍しいものや希少なものだと食べさせられてしまうことはあるだろう。



「…………あまり、気分のいいものではないだろう?ごめんね」


そう微笑んだディノは、見上げているネアの頭をそっと撫でてくれる。

出会ったばかりの頃にはそのあたりの機微が分らずに魔物らしい酷薄さを見せることも多かったのだが、今はこんなにも優しい魔物になった。


「まぁ、どうしてディノが謝ってしまうのですか?アルテアさんの煙草も元は人間のようですし、よくお洗濯物のように人間の皮を畳んでいます。人間を食べてしまう生き物もとても多いくらいですから、そのようなこともあるのでしょう。パンくらいであればさしたる驚きではありません。………それよりも、最初にパンにして焼いてみようと考えた方が、無類のパン好きだったりするのかなと気になってしまいますね…………」


ネアがそう言えば、ディノは微かに目を瞠ってから不思議そうな顔をした。

勿論、知り合いの誰かをパンにされたら怒り狂うのだが、ネアはもうこのくらいでは驚かなくなった。



「………………悲しくなったり、怖くはないかい?」

「知り合いがパンにならない限りは、私にとってはあの細長い棒のようなものは、そういう商品なのだなぁという程度のものなのです。………………ディノ、あの棒の謎は解けましたので、奥にあるじっとりとした顔のくまさんがたくさんいるお店が苦手なので、手を握ってもいいですか?」

「……………ずるい」

「なぜにあやつらは、暗い目をして積み重なっているのでしょう……………」

「なんでなのかな…………」



ここは食品関係のお店が多いのではと怖々と伸び上がって見てみたが、さすがに山積みの熊がおやつになったりはしないようだ。

足拭き熊というとても謎めいた商品名があるくらいで、特にどんなものだかは分からない。

どんなものなのだろうと首を捻っていると、お客が現れたのか、店主が商品の説明を始めてくれた。


その声をここから聞くことが出来たことで、ネアにも商品概要が判明する。



「…………ディノ、足拭き熊さんは、靴の汚れが大好物なのだそうです。汚れた靴を履いたまま足を差し出すと、汚れを食べて綺麗にしてくれるそうですよ……………」

「……………欲しくない」


珍しくはっきりと自己主張した魔物に、ネアも深く頷いた。

ある意味、魂のパンなどより遥かにこの世界の闇を覗いてしまった気分だが、これはもう見なかったことにして早々に忘れてしまおう。



(これは即ち、表通りから奥に行けば行く程、専門的なお店があるのかしら?)



そう考えもしたが、昨年も見かけた死霊屋は目抜き通り沿いにある大きな店だ。

鎖に繋がれた死霊達の顔色は悪く、ネアは、ここもあまり見ないように注意した。

店頭に並ぶ商品は死者の国に行き損ねた死者達で、哀れで残酷にも思える光景とはいえ、これはこの世界の摂理でもあるのだと思う。


残酷で厳しい世界だからこそこの世界にしかない恩寵があるのだから、通りすがりの人間が既に誰かの管理下にある商品に手を出し、自己満足でその天秤を傾けてはいけないのだ。



「オマエ、ハイイロ。クモリゾラハイマイチ」


そんなことを考えてきりりと視線を持ち上げ直していたネアは、通りがかった店で店頭に沢山並んだ色鮮やかな鸚鵡の一羽から、突然そんなことを言われて振り返った。


そこには、立派な止まり木に、鮮やかな黄色い鸚鵡が踏ん反りかえって止まっており、目が合ったネアをどこか小馬鹿にしたように見返すではないか。

慌てて店の主人がすっ飛んできて、その黄色の鸚鵡をぽかりと叩くと、この鸚鵡は黄色い羽毛が自慢過ぎて、誰にでもこのように突っかかるのだと謝ってくれた。


店主がさかんに気にしているのはディノなので、やはりサムフェルに出入りするような商人達は、擬態している者達であれ、ある程度の階位を推し量ることが出来るのだろう。

黄色い鸚鵡も、ディノと目が合った途端に羽や尾っぽを逆立てて固まってしまった。



「ナ、ナンテウツクシイ、ゴシュジンサマ!」


そうはしゃいで羽をぱたぱたさせた鸚鵡に、ディノがひやりとするような淡い微笑みを浮かべたので、ネアはすかさずディノの三つ編みを握ると、えいっと手綱のように引っ張った。


「ご主人様…………」

「いけませんよ。さぁ、向こうの星屑屋さんに行きましょうね」


めっと怖い顔をしてみせたネアに、ディノはちらりと黄色い鸚鵡の方を見る。

黄色い鸚鵡の使い魔屋さんの店主も、突然見目麗しい魔物の三つ編みを引っ張って調教を始めた人間の姿に驚いてしまったのか、目を丸くしている。



「ネアは可愛い…………」

「あらあら、そんな風に悲しい目をしないで下さいね。私は、ディノがそう思ってくれればそれで充分なのです」

「可愛い……………」


黄色鸚鵡への報復の機会を奪われた魔物はしゅんとしていたが、ネアは心を折られると売り物にならなくなってしまいそうなのでと、窘めておいた。

自分の美しさを誇ることがあの鸚鵡の矜持なのだろう。


「あの鸚鵡さんは、自分の好みを口にしただけです。…………とは言え私はたいそう心が狭いので、万が一に、レインカルという単語や、腰がないという単語を耳にしたら一片の容赦もなく滅ぼしますが、あのくらいであれば個人的な主観の問題なので気にしませんからね」

「ネアは可愛いのに……………。あの鸚鵡をレインカルにしてしまうことも出来るのに、いいのかい?」

「……………若干、そろそろ本物のレインカルを見ておきたいという気もするのですが、見て落ち込んでしまうと買い物どころではなくなるので、やめておきます…………」

「ご主人様……………」



その後二人は、昨年はエーダリアのおつかいで訪れた星屑屋に足を運んだ。

今年も見事な百日紅の木の下にあり、萌木色の絨毯が美しい。

絨毯の上に置かれた木箱には、繊細で美しい香水瓶のようなものがたくさん並んでいる。

この中には、様々な星屑や星の滴を煮出したシロップが入っており、こんな陽光の下でも木の影になっているお蔭なのか、しゅわりと綺麗に光る。



「いらっしゃい。より良い恋人を探してくれる、夏の夜明けの流星のシロップが入荷しているよ」


ちょうどお客が途切れたところなのか、店主が新商品をお勧めしてくれた。



「まぁ、優しい薔薇色でとても素敵な色なのですねぇ」

「………………ネアが虐待する」

「ふふ、私には大事なディノがいるので買いませんよ。その代り、今年は昨年私達が買った星屑を買い足す予定なのです」

「部屋で、灯りを消して一緒に見たものだね?」

「ええ。暗いお部屋だとあんなに明るく光るだなんて、思ってもいませんでした。非常灯としても有能でしたし、とっても綺麗ですからね」



昨年ネアが買ったのは、硝子管に色々な星屑が詰め込まれているもので、しゃかしゃか振ると刺激された星屑がぺかりと光ってとても綺麗なのだ。

真っ暗な部屋で振ればプラネタリウムの代わりにもなるし、夜光灯としてもかなり優秀な明るさで、この一年でネアは随分使わせて貰った。

すっかり気に入ってしまったので、色違いを買って自分用と、このような品物は購入しなさそうな二人の魔物へのお土産にするのだ。



「君のものは、もう決まっているのかい?」

「私が去年買ったのは、紫陽花色のものと、檸檬色にエメラルドグリーンのものでしたが、…………むむ、ありました。この、淡いエメラルドグリーンに優しい灰色にちょっぴりの瑠璃色のものです!あわいの海辺で見た、海と空の色合いに似ていると思いませんか?こんな色のものがあったことを覚えていたので、ずっとこれが欲しかったのでした!」

「あの風景が気に入ってしまったのかい?」

「言わば、旅行の思い出のようなものですね。ディノと使い魔さんと一緒に海辺のお家で過ごした記念に」



そう言えば、魔物はもじもじとしながら頷いた。

なぜかネアの足首を見ているが、足紐記念日ではないので間違えないように指導しなくてはなるまい。



ネアは、ディノにも手伝ってもらって、くすんだような瑠璃紺と水色にほんの少しの赤紫色のものをアルテアに、明るい水色と銀色、そこに僅かな金色が混ざるものをウィリアムに選んだ。


こんな風に子供っぽいものだと、気になっても自分では買えずに楽しめないのではないかなと思ったのだ。

一緒に過ごす時間や日々の観察では、こういうものを綺麗だと思わない訳でもないようなので、時にはこんなお土産もいいと思う。



「お花屋さんはなくなってしまいましたね。代わりに、卵屋さんがあります………」


ネアは、もう一度訪れたいと思っていた店があった場所に、見知らぬお店を見付けた。

昨年は、青と緑のストライプの屋根を持つ手押し屋台風の花屋があったのだが、今年は店の位置が変わってしまったものか、或いは出店が入れ替わったらしい。


代わりに、牛乳などを運ぶような大きな木組みの台車が置かれていて、その台車の上には様々な形や素材の籠が置かれており、中には色とりどりの卵が入っている。


ネアは、素敵な夢を見られる花をもう一度買うのを楽しみにしていたのだが、ないならないで、この卵も面白い品物なのだろうかと少しだけ気になった。



「ディノ、卵さんが。………ディノ?……………むが?!」


しかし、可愛い卵を覗いてみようかなと近付こうとすると、どこか頑なな目をした魔物にさっと拘束されてしまった。

ふわりと背後から羽織ものになってくると、ネアをぎゅうぎゅう抱き締める。



「ディノ、あの卵さんは怖いものなのですか?」

「……………ネア、卵はやめようか」

「…………ええ、勿論ディノがお勧めしないお店には近付きませんが、……………むむ!赤ちゃん虎の卵?!」



こんな風に警戒されるなんて一体どんな凶悪な卵なのだろうと、もう一度そちらを見たネアは、角度が変わったことで、お店の前にある説明看板が目に入ってしまった。

どうやらこのお店の色とりどりの卵は、使い魔や、馬車などを牽く為に育てる獣達のもののようで、あの状態で持ち帰って温かいところで卵を孵すのだそうだ。

色や形状によって様々なものが生まれるらしく、砂虎が生まれるという砂漠結晶の丸い卵もあるらしい。


しゅばっと駆け寄ろうとした人間は、決して隙を見せなかった魔物に素早く持ち上げられ、じたばたしながらその場から連れ去られた。

周囲の者達が何事だろうかと振り返り、一人の美しい妖精のご婦人は、一緒に居た子供達にあんな風に駄々を捏ねてはいけませんよとネアを教材にして言い含めている。




「ふぎゅう。赤ちゃん虎さん…………」

「ネア、星屑のソーダを売っているよ。買ってあげようか?」

「む。星屑のソーダ…………」


充分に引き離されたところでがくりと項垂れたネアに、虎の卵の記憶を消そうとする悪い魔物は、見たことのない不思議なソーダのお店を差し示してくれた。


目抜き通りにある大きな柳よりは一回り小さいが、それでも充分に大きな柳の木の下に、水色に黄色い小花柄の模様のある天幕があり、そこに、星屑ソーダという文字が書かれている。



「私も初めて見たのだけど、一口飲むと、一度だけ星屑の吐息を吐けるらしいよ。苺と梨、檸檬もあるようだね」

「ほ、星屑の吐息を吐けるのですか?」

「飲んでみるかい?」

「はい!絶対にやってみたいです!」



この世界で、魔術を思うように使えないネアにとって、それは異世界に来た醍醐味を楽しめるという憧れを叶えてくれそうな、素敵な飲み物に思えた。


影の国では、とうとう竜に乗って空を飛ぶという初体験をしたので、後はもう異世界人的な憧れと言えば華麗に魔術を振るうくらいなのだが、口から星屑を吐けたらそれも達成という感じに持って行けそうな気がする。



(きっと、きらきらしゅわしゅわして綺麗なのだと思う!)



そう張り切って苺味のソーダを買って貰ったネアは、淡い水色と苺ソースの入った部分とで綺麗に二層になったソーダを手に持ち、唇の端を持ち上げた。

飲み物のカップは、薄く削った氷河の結晶で、飲み終わった後は隣にある屑籠に捨てておけば、日差しに当って溶けてしまうらしい。



「ディノ、見て下さい。ソーダの中の氷が、氷漬けになった星屑なんですよ!」

「氷河や雪山に落ちて氷漬けになった星屑をソーダに漬け込むことで、飲んだ者の吐息が星屑になるようだね」

「では、飲んでみますね。これで私も、魔術師気分です!」


ネアは、魔術師気分をじっくりと堪能するべく、お店から少しだけ離れた店舗などのない場所で、星屑ソーダをストローでごくりと飲んでみた。

爽やかな刺激と甘い苺の味がして、飲み物としても充分に美味しいソーダだ。

一口飲んでからディノを見上げれば、とても真剣な顔でこくりと頷いてくれる。


(いざ、星屑吐息!!)



「ぷは!」


ネアは、どんな素敵なことが起こるのだろうと期待に満ちた思いで息を吐く。


するとどうだろう。

吐息がしゅわりと光り、空中でぱきんという音を立てると、砕いた水晶の欠片のような星屑の欠片になってざらざらと地面に落ちた。



「……………ほわ、個体なのですね」


地面に落ちて散らばった星屑の欠片はきらきら光ってはいたが、ネアは、思い描いていた軽やかな魔法のような場面とは何かが違うという思いで眉を下げる。

ディノはなぜか、ネアがざらざらと吐き出した星屑をせっせと拾い集めご機嫌であった。



「まさか、これは私の星屑吐息を収穫する為の陰謀では…………」

「ご主人様…………」



結局最後は、ソーダを飲む度にざらざらと星屑を吐いてしまうので、ネアは魔物が魔術で構築した簡易丸テーブルの上に息を吐くことにした。

テーブルの上はあっという間に星屑でいっぱいになり、ディノはこれを宝物部屋の一画に飾り付けるらしい。



自分の吐息が変化した星屑をほくほくとかき集める魔物を見ていると、何とも言えない複雑な気持ちになるので、ネアは今回限りにさせていただこうと遠い目のまま誓ったのであった。















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