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ミントティーとチーズの人




その日の夜、ネアは至福のもふもふタイムを堪能するべく、ちびふわのふかふか尻尾をわしっと掴んで、その魅惑のお尻をなでなでしていた。



「フキュフ!」



ちびふわは、ててっと足を動かして必死に走って逃げようとしているのだが、残念ながら尻尾が固定されているので、テーブルの上をつるつる滑るだけだ。

ネアの膝の上には、既にたっぷりのお腹撫でをされてぴくぴくしているムグリスディノがいる。



ネアの隣には、そんな光景を見て残酷な人間の頭をそっと撫でてくれる、終焉の魔物がいた。



「フキュフー!!」

「こらっ、逃げてはいけませんよ!ちびちびふわふわする生き物になり、私に撫でまわされるのがビーチバレーで負けたチームの罰ゲームなのです」

「フキュフ!」

「あら、そんな目をしてみても、私にはちびふわとムグリスディノを撫でまわすという罰が与えられています。しっかり敗者としての責務は果たしますので、ちびふわも覚悟して下さい」

「フキュフー!!」



どうやらちびふわは、ウィリアムの前でお腹を撫でられるのが恥ずかしいらしい。


最初は満更でもなさそうにネアの手にちょいっとちびこい足をかけていたりしたのだが、ウィリアムがここに座った途端に、妙につんつんし始めるではないか。

なのでネアは、逃げないように尻尾を掴んでしまい、まずはお尻をふかふか撫でるところから始めた。


案の定、お尻をもふもふされて腰砕けになったところをあえなくひっくり返されてしまい、ちびふわは容赦なくお腹の柔らかな毛を撫でまわされてしまう。




「フキュッ……………フキュフ。フッキュウ……………………フキュフ?!」



時折正気に返るものの最後の方はとろとろになってしまい、テーブルに突っ伏してぴくぴくする。

ネアの周囲には、ぴくぴくするばかりの白い毛だまりが二個も出来上がって、ネアは、幸せな思いでそんなもふもふの生き物達を眺めた。



「うむ。完遂しました!」

「ああ、楽しかったか?」



そう尋ねてくれたウィリアムの眼差しは優しく、…………ほんの少しだけ切実さが混ざる。

ネアは少しだけ気付かないふりをして、撫で回しで満ち足りた微笑みを浮かべた。



「はい。むくむく毛皮をたっぷり撫でて、とても素敵な気分です。私は幸せなばかりで手を緩めることなくしっかりお腹を撫で尽くしたのですが、きちんと罰ゲームを遂行出来ていましたか?」

「そうか、良かった。ネアが楽しかったなら、罰ゲームは終わりかな」



そうゆったりと微笑んだウィリアムに、それは罰ゲームの趣旨とは違うのではと思わないでもなかったが、気付いていないのであれば指摘するのはやめておこう。


素晴らしい時間を惜しみ、ネアは、膝の上でうっとりと丸まっているムグリスディノの背中をもふもふしてみた。



「キュ……………」


するとムグリスディノは、ちびこい三つ編みをまたしてもへなへなにして、くしゃりと伸びてしまう。

くたくたになったその姿が堪らなく愛くるしくて、ネアは唇の両端を持ち上げた。



ざわざわと、窓の外の庭樹が風に揺れている。

その風が木々の葉を揺らす音に聞き入っていると、ウィリアムが時計の方を振り返った。



「エーダリア達は、一時間くらいで帰ってくるんだったな」

「ええ。騎士さん達と乾杯だけはご一緒して、まだ眠っているようであれば、夏闇の竜さん観覧ツアーをし、その後でこちらに帰って来ます。なので今夜の晩餐は少し遅い時間に軽いものになるので、ウィリアムさんはお腹が空いたら言って下さいね」



そう言ったネアに、ウィリアムは小さく笑う。

それはまるで、心の言葉をぴっちりと扉を閉めて隠してしまう仮面のようで、ネアは出会ったばかりの頃のウィリアムを思い出した。



「ああ。昼に随分食べたから大丈夫だとは思うが、もし空腹になったら、ネアに頼もうかな」

「ええ、そんな時は私の厨房にある作り置き軽食にお任せ下さいね。ただ、アルテアさんなちびふわが欲しがって暴れるので、甘いものは見せないように運用させて下さい」

「フキュフ?」




何か気になる言葉が聞こえてきた気がすると、ちびふわが顔を上げる。

しかし、ネアが手をわきわきさせてみせれば、みっとなって机の上にある花瓶の後ろに隠れてしまった。


「ふふ、隠れたつもりでしょうが、ちびふわの可愛いお尻と尻尾、それにお耳が見えていますよ?」

「……………フキュフ」

「まぁ、現実逃避ですか?」



ぷいっとそっぽを向いたちびふわは、今夜はリーエンベルクにお泊まりした後、明日の早朝にはウィームを発つそうだ。

そう言ってしまうと旅に出るちびふわを想像して胸が苦しくなるが、実際には美貌の魔物姿での出立である。


なのでこの罰ゲームは予め一時間と決められており、ネアは、まだ半分以上残っている残り時間を計算して、少し時間を置き、もう一度撫でまわしてみようかなと残酷なことを考える。



(ウィリアムさんとアルテアさんは、夜明けと同時に郭公の次の予兆になる、黒い麦を探しに行くのだとか………)



蝕の年の郭公の前触れの後になると、どこまでも続く麦畑のその中に一つだけ、真っ黒な麦が混ざるようになる。


その麦は人間が刈り取ってしまうと想像もつかないような災厄がその土地を襲うというし、扱い方を分っている麦の魔物よりも階位の上の生き物達の手で収穫されれば、どんな病をもたちどころに治してしまう、特別な麦茶になるそうだ。

最初の誰かは、どうしてそんな麦を麦茶にしてみたのだろうと、矮小な人間は慄くばかりだが、きっと冒険心溢れる誰かがいたのだろう。



ウィリアムは、土地の平定の為に黒い麦を探し、見付ければ駆除をする。

アルテアのように、その麦茶を作る為に麦を探しに行くものも多い。

麦茶は作った者にしか効かないので、幸いにも黒い麦から作られた麦茶による、麦茶争奪戦争のようなものは起こらないのだとか。



(そもそも、一本の麦から作られる麦茶の分量とは…………)



色々気になるけれどひとまずは受け流しておき、また今度アルテアに、お目当ての麦を見付けられたのかどうか尋ねてみよう。


麦に現れるのであれば、麦の魔物程に見付けやすい者はいないだろうと思われがちだが、今回の異変においては、誰よりも麦の魔物がその黒い麦を見付けられないのだそうだ。

これも誰かが興味本位で試してみたことがあるようだが、そもそも麦の魔物には、一本だけ黒く変化した麦がどうしても見えなかったのだという。




(この世界には、不思議なことがいっぱいあるのだわ…………)




郭公が現れた夜、ディノはひどく悲し気な目をしていた。


人間という生き物には、土地や他の生き物から借りて体に通す魔術の通路がある為に、必ず自身の心の内側から、この世界の魔術の道の最奥のような、不思議な森に繋がる扉があるのだという。


自身の魔術を持つ生き物達のように生身で、その深い森のような不思議な魔術の集約地に触れられない人間だからこそ、魂だけでその地を訪れられるように設けられた扉らしいのだが、勿論扉があることで、悪さをされたり事故が起きたりもする。



(…………その場所で何を見たのかは、私は覚えていないのだけど………)



昨晩のディノは何度も怖くないかと尋ねたので、きっとそこにいたネアは何かに怯えていたのだろう。


ディノは多くを語らないけれど、扉の向こうにある森は、魔術基盤や磁場だけではなく、時間軸までも歪んでいるのだそうだ。

何か過去への戻り道のようなところに迷い込んだのかもしれないと考えると、全く覚えていないネアの代わりに怖がってしまった魔物が心配でならなかった。



(今日が海遊びで良かったな…………)



そんなディノは今、ネアの膝の上で幸せそうにくたくたになっている。

初めてウニを食べたし、ビーチバレーではボールを返す活躍を見せた。

お気に入りになったタルタルソースは、レシピを聞いたのでまた作ってあげよう。


今日は怖いと思う隙もなく、楽しかったという思いで眠って欲しい。



(だから、ウィリアムさんが考えてくれたのは、そういうことなのかなと思うんだ…………)



毛皮生物になって撫でまわされるのは、魔物としての矜持の問題はさて置き、最終的には本人達にとっても満更ではないことだと思うのだ。


であれば、郭公について聞き及び、深刻そうに語り合っていたウィリアムが、ディノから不安や心痛の気配を感じ取って、こんな罰ゲームを考えてくれたのかもしれないとネアは考えている。


現にディノは、むくむくふわふわのムグリスになって、幸せそうに伸びていた。



「ふふ、罰ゲームなのに、ディノはすっかりうっとりふくふくしています」

「…………今日は、安心して眠れそうか?」

「この様子だと、巣の中か、私の隣でぐっすり眠れそうですね」

「……………ネアもそうだといいんだが」



そんな言葉を、ウィリアムはさり気なく発しようとして仕損じたようだ。

自分でもそれに気付いたのか、しまったと言うように眉をきつく寄せて目を閉じる。



「ええ、私も今日はとっても楽しかった一日に大満足で、ゆっくり眠れそうです。ウィリアムさんは、なでなでしなくても良いのですか?」

「……………ネア?」

「郭公めが現れて、一番怖かったのはウィリアムさんだったのですね。…………この通り、私もディノも今日は素敵な一日でしたので、どうか安心して下さいね?」



ネアがそう言えば、ウィリアムは無言で目を見開いた。

暫く固まってしまってから、どこか傷深く、そしてどこか安堵に満ちた眼差しで小さく苦笑する。



「……………そうだな。ネアが郭公に呼ばれたと聞いて、シルハーンが間に合わなかったらと思うと堪らなく恐ろしかった。元々、この世界では誰もネアの姿を奪えないようにしてあることを、俺は知らなかったからな」

「ディノは、私が逃げ出す為にそうしたり、私を攫う為に誰かがそうしたりすることを警戒して、私を練り直す時にその決まりを設けたのだそうです。なので、所詮郭公など敵ではありませんでした」



ふんすと胸を張ってネアがそう言えば、ウィリアムがそっと髪を撫でてくれる。

いつものウィリアムとは違う慈しみ深いその手には、どれだけの喪失の記憶が染み付いているものか。



「…………シルハーンが、ネアの婚約者で良かったよ」

「ええ。私の婚約者は、心の中の扉から入り込める森などという謎めいたところまで助けに来てくれる、頼もしい魔物なのですよ」



そう自慢したネアに、こっそり顔を上げて成り行きを見守っていたムグリスディノも、きゃっとなってもぞもぞもふもふしている。


そっと手を伸ばし、その体に手のひらを添えると、ふかふかの毛並みの素晴らしさにネアは頬を緩めてウィリアムを見た。

ウィリアムはやっといつものように微笑んでくれるようになり、花瓶の裏から出て来た呆れ顔のちびふわに、小さな足で蹴られている。


また撫でて貰った上に婚約者として自慢までされてしまったムグリスディノは、小さな手足をへにゃりと伸ばし、うっとりとした息を吐いていた。



(まったくもう。本当に魔物さん達は、繊細で無垢なのだわ…………)



案じて傷付き、自分の罪だと怯え、なんと生真面目で不器用な生き物なのか。

けれどきっと、そんな部分を持つ生き物だからこそ、ネアはここにいる魔物達が大好きなのだ。



そこに、どこからかたしたしたしっという足音が聞こえてきて、目を輝かせた銀狐が駆け込んできた。

ネアは、と言うことはエーダリア達はもう帰ってきたのだなと思ったが、隣にいたウィリアムはぎくりとしている。



「あら、狐さんどうしましたか?」



部屋に駆け込んでくるなりムギーと鳴いた銀狐は、尻尾を振り回してわくわくと輝かせた目で部屋の中を見回し、人型のままのウィリアムを見付けるなり、ぱたりと尻尾を落した。


そのまま、見ていて可哀想なくらいにしょんぼりすると、てくてくと項垂れてどこかに戻ってゆく。




「まぁ……………」

「……………毎回あれをやられるんだが、何とも言えない気持ちになるな……………」

「きっと、余程素敵な毛皮だったのでしょうね。ディノも、お部屋の霧竜さんの毛皮のぬいぐるみを大事に抱き締めて眠りますので、あの毛皮のとろふわの魅力はかなりのものなのかと……………」

「そろそろ、忘れて欲しいんだが……………」



そこで、廊下の方からムギーという雄たけびが聞こえてきたので、ネアとウィリアムはそっと廊下の方を覗いてみた。


すると、とろふわ毛皮な竜に出会えなかった落胆からか、銀狐が廊下の絨毯の上にお腹を出して寝そべり、じたばたと暴れ狂っているではないか。


あんまりな悔しがりように、ウィリアムはなぜか項垂れている。

ウィリアムがこんな風になっているのは珍しいが、ネアは、肩の上に乗って尻尾をけばけばにしたまま、荒れ狂う銀狐を見守っているちびふわが、あの銀狐の正体に気付いてしまう日にはもっととんでもないことが起こるのではと、いたたまれない気持ちになった。


その時にアルテアを元気付けるべく、ネアは歌劇の国の近くにある、素晴らしい箪笥が名産の国への小旅行の計画を立ててある。

涙に暮れているかもしれない使い魔を連れて、ディノと三人で箪笥の買い付けをするのだ。

あのお屋敷の家具揃えを見ても、きっと元気になってくれるに違いない。



「キュ…………」


ネアが手のひら抱っこしているムグリスディノも、銀狐の狂乱には悲しい目をしていた。

やがて銀狐は、みんなに見られていることに気付いたのか、はっと目を丸くして素早く立ち上がった。


そのまま、そろそろ次の換毛期に向けて毛並みが乱れがちな尻尾をふわりと揺らし、つんと澄まして歩いてゆくと廊下の向こうに消える。




「……………竜か」

「とろふわ竜さんへの憧れが、爆発していましたね」

「とは言え、………」


ノアベルトなのだと言いかけて、ウィリアムは口を噤んだ。

ネアの肩の上にいるちびふわを見て、それはそれで複雑そうな表情になる。

ちびふわはウィリアムの視線に気付くと、ネアの髪の毛の中に顔を隠してしまったが、こちらも最近お砂糖で荒ぶるので、あのようなことがないとは言えない。



「……………お茶でも淹れましょうか」

「ああ。………そうだな。何か、気持ちがすっきりするものがあると嬉しいんだが……」

「では、最近新しい茶葉を厨房の料理人さんに分けて貰ったばかりの、ミントティーにしましょう!」



そのミントティーは、とても良い葉が育った茂みがあり、リーエンベルクで作られたものなのだ。

この場所の潤沢な魔術で育ち、市販のものよりも疲労回復の効果が強いこともあり、ネア達は厨房の料理人が作ってくれたティーバッグを各自部屋に常備している。



さっそくそれを飲んでみようとなり、ネアは首飾りの金庫から鍵を出し、厨房への扉をかちりと開いた。

ネア達の部屋にもティーカップは置いてあるのだが、残念ながら二客しかない。

それにアイスティーにする場合は氷も必要になるので、厨房で飲んだ方が効率がいいだろう。



せっかく厨房に来たのでと魔術仕掛けのコンロでお湯を沸かし、カップにティーバッグを入れてお湯を注ぐ。

ディノとウィリアムは冷たいものがいいそうなので、そちらは煮出して多めに作っておき、残った場合はアイスミントティーとして備蓄しておくことにした。


温かいものを飲むネアは蜂蜜を用意したいので、まずはちびふわになった魔物に元の姿に戻って貰おうと振り返ったところで、ミントティーを入れていた紅茶缶の横で儚く倒れているちびふわを発見してしまった。




「ち、ちびふわが!!」


驚いて声を上げると、テーブルの端っこをててっと走ってウィリアムをはらはらさせていたムグリスディノが振り返る。

ぺしゃりと倒れて伸びているちびふわを目撃し、ちびこい三つ編みを逆立ててけばけばになった。



「キュキュ?!」

「ち、ちびふわ!ちびふわしっかりして下さい!!」

「キュ!」

「ちびふわーー!!」



すっかり動転してしまい、ぐんにゃりしてしまっているちびふわを涙目で揺さぶるネアに、擬態を解いて魔物に戻ったディノが、すぐさまちびふわ符の擬態魔術を解いてくれる。


人型の魔物の姿になってぐらりと寄り掛かってきたアルテアは、袖を捲ったしっかりした生地の白いシャツを着ていて、灰色の細身のパンツ姿のようだ。

覆い被さるようになったアルテアを両手で受け止め、ネアは頑張って踏み止まる。



「むぐぐ!」

「おっと、ネア、俺が支えているから、手を離してもいいぞ」

「………むが。何者かに拘束されています。脱出出来ません………」

「となると、悪い魔物がいるのかもしれないな。見てみようか」


にっこり微笑んだウィリアムがそう言ったところで、ぐったりと力なく体が傾いでしまい、ネアを支柱にしようとした魔物は渋々手を離したようだ。

意識が戻ってほっとしたが、あまり本調子でもなさそうに見える。



「……………くそ、………………ミントが駄目だとは思わなかったな」


小さく呻きながら、片手で額を押さえているのでまだ具合が悪そうだ。


「ディノ、意識不明のちびふわが喋りましたよ!」

「良かった、元気になったのかな。アルテア、大丈夫かい?」

「ちびふわ、何があったのですか?」

「……………その呼び方をやめろ」


まだ若干よれよれしながらではあるが、ウィリアムの介助は渋面で拒絶したアルテアは、窓際に置かれていた揺り椅子に辿り着いて座ると、仰け反って深い溜息を吐いている。



「アルテアさん、ちびふわは、ミントが苦手なのでしょうか?」

「……………知らんが、その場で意識が落ちた」

「ほわ、…………では今後は、ちびふわが近くにいる時には、ミントの脅威には気を付けなければいけませんね。…………ウィリアムさん?」



そこでネアは、ウィリアムがティーバッグの入っていた缶を持ち上げて見ていることに気付き、首を傾げる。

すると、ふっと笑った終焉の魔物は、このミントティーをティーバッグにしてお部屋に置いてくれた料理人が、これまた丁寧につけてくれた成分表示のラベルを指差してくれる。



ネアは、保管している間はあまり注意深く読まなかったけれど、何か大事なことが書いてあるのかなと思って目を凝らし、はっと息を飲んだ。

こちらを見たディノも首を傾げる。



「ネア、何か書いてあったのかい?」

「……………読み上げますね。鎮静効果が強いので、小さな生き物が触るとその場で熟睡してしまう恐れがありますと、書いてありました」

「…………………寝てしまっていたのだね」

「やれやれ、人騒がせな事件だったな。どうやらアルテアは、眠っていただけらしい」

「儚くなってしまったのかと、すっかり焦ってしまいましたが、無防備な熟睡ちびふわであれば、その隙にお腹撫でを楽しめたのに残念です……………」

「やめろ…………」



どうやら、リーエンベルク産のミントティーは効果が強すぎて、ちびふわは匂いを嗅いだだけで眠ってしまうようだ。

ネアはくすりと微笑むと、この騒動の間に、いい出具合になったミントティーをカップに注ぎ、蜂蜜を添えて窓際のカウンターの上に置いてやった。

蜂蜜は風味を添えるだけなので小さじ一杯だけを入れるのが、アルテアの飲み方のようだ。


ほっとしたようにミントティーを飲む魔物を見守り、次はアイスティー派のものに移る。



「………………うむ。ディノとウィリアムさんにも、アイスティーが出来ましたよ。なお、私の偉大なる魔術でまずは表面を冷まし、そこから氷で冷やしてあるのでそのような意味でも私の力作です!」

「ご主人様!」

「それは楽しみだな。…………うん、すっきりして飲みやすい。ネアの魔術のお蔭かな?」

「はい。美味しくない筈がありません。…………む。アルテアさんは、なぜこちらをじっと見ているのでしょうか……………」



四人は仲良くミントティーを飲み、晩餐までの時間を今日の海遊びや、これからのことをお喋りしながら過ごした。



やがて、予定通り一時間程でこちらに帰ってきたエーダリアは、騎士達はネアから借りた木のトングで、普段はあまり食べられないウニを人数分捕まえて、これからさっと網焼きにすると大喜びだったと教えてくれた。

せっかくのなのでと貸し出しておいて正解だったようなので、ネアは微笑んでそんな報告を聞く。


なお、騎士の中には絵の上手な者もおり、エーダリアはやっぱり目を覚ましてくれなかった夏闇の竜の絵を描いてもらうのだそうだ。

ゼベルは小さな氷河の結晶石を発見し、奥さんの首飾りを作るらしい。




あまりにも気持ち良さそうに眠る夏闇の竜が可愛らしかったので、自慢のチーズを起きたら食べられるように目の前に置いてきたロマックの行いが、素敵な結果を出すのは三年後のことだ。



チーズの人を探してウィームを訪れた嫋やかな絶世の美女は、その後十五年も良い友人関係を築くことになるリーエンベルクの騎士をやがて伴侶とした。

そこから、夏闇の竜の姫がウィームの夏を守護するようになるのだが、それはまだまだ先のこと。



勿論、その時にエーダリアがどれだけ悔しがったかは、語るまでもないだろう。
















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