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海遊びと雲の煙管  1




「きらきらの海です!」


爽やかに晴れたその日、ネア達はスパイシーチキンの会………ではなく、待ちに待った海遊びの日を迎えていた。


ここは海の魔物が秘宝を隠していた幻の島で、ドリーが飲み比べで手に入れ、現在はヴェルクレアの第一王子であるヴェンツェルの所有となっている。

どこの国の領土にも属さない土地や、暗殺の危険などがある人物との会談にも使われているが、昨日はヴェンツェルもここで余暇を過ごしたようだ。



ネアは大はしゃぎで波打ち際を走り、ご主人様のお尻を隠すべく、羽織った上着の裾をすぐに引っ張りに来る魔物が慌てて追いかけてくる。



(この島は大好き!)



ネアのお気に入りの景色を作るほぼ白に近い砂をたたえた砂浜は、かつてこの海域の近くで亡くなった珊瑚の魔物の亡骸が砕けてこの色の砂となったようだ。



魔物の多くは死ぬと塵になって消えてしまうものの、一面に咲き誇る百合の花になったという鹿角の聖女や、この砂になった珊瑚の魔物のように特定の痕跡や亡骸を残す者もいる。

その差は何なのかは、ディノにも分らないそうだ。



(今代の珊瑚の魔物さんも崩壊したばかりだというから、またこんな白い砂がどこかに打ち上げられているのかしら……………)



或いは、海溝のシーとの無理心中であったので、その白い砂は海溝の底に沈んでしまったのかもしれない。

少しだけそれを勿体ないなと思い、ネアは裸足の爪先で波に攫われてゆく砂の感触を楽しんだ。


陽光を浴びた砂はしっとりと温かくて、冷たい海の水との対比が面白い。

白い砂の上を寄せては返す限りなく透明な南洋の色をした海の水は、今日はパライバグリーンがかった水色に見えた。



「ディノ、青いお魚がいますよ!」

「食べるのかい?」

「…………むむぅ。あのちびこい熱帯魚さん達は観賞用です。……ほわ、食べられると思ったのか、もの凄い早さで泳ぎ去ってゆきました……………」



だがしかし、海老は美味しく食べてしまうので、前回のように潮溜まり採取に出掛けようと思う。

ネアはこの日の為に、岩場の小さな穴から海老を引っ張り出す用の、細くて長い木のトングのような道具を手に入れてあった。




「おい、…………道具を妙なところに引っ掛けるな」



渋い声に振り返ったネアは、そこに立って渋面を見せたアルテアに首を傾げる。

視線を辿ってみれば、水着にひっかけた木のトングのことだと分ったが、すぐに使うのでここに装備しているのである。



「これは、海遊びの為の武装なのです。確かに腰のところに引っ掛けてると不格好でしょうが…」

「水着が下がるとは思わなかったのか?」

「なぬ。…………下がっていませんよ!アルテアさんが、お母さんみたいなのです…………」

「やめろ」



今日のネアは、ウィーム風の上にふりふりショートスカートのようなものがかぶさっていない、一般的な形のビキニ型の水着を着ている。



最近のヴェルリアではこれが主流だそうで、ダリルに可愛い水着を貰ったので、水玉病から解放されてとても自由な心の人間は、晴れやかな気持ちで着てみたのだった。



お披露目の瞬間、ディノは一度倒れて儚くなってしまったが、ご主人様が意気揚々と波打ち際に繰り出すと、ネアが羽織った上着の裾でお尻を隠すべく猛追が始まったという訳である。



「ネア、その道具は私が持っていてあげるよ。水着が下がったら困るだろう?」

「むむぅ。そうそう水着は下がらない筈ですが、持っていてくれるというのであれば、今日の私の大事な武器をお任せしますね」

「うん。…………ほら、手を動かすと裾が上がって危ないからね」

「ぎゃ!…………またしても、上着の裾を引っ張る魔物が現れました…………」

「腰に何か巻いたらどうなんだ…………」

「まぁ、アルテアさんらしくないですね。これが今年のお洒落なんですよ!」

「いいじゃないか、流行のものなんだろう?」



そう言ってくれたウィリアムを振り返り、ネアはそうであると微笑んで頷く。


今迄はお洒落さで言えばアルテアかと思っていたが、ウィリアムの方が人間に混ざって暮らしていたりもするので、人間の服装の流行には寛容なようだ。



「ありゃ。ウィリアムは腹黒いなぁ…………」



そんなウィリアムに半眼になったのは、泳がないけど、バカンス気分を堪能するべくまずは裸足で砂浜は歩いてみるという主義のノアだ。

黒いハーフパンツ風の水着を着ていて、白いシャツを羽織っただけの姿は少しばかり軟派な感じではあるものの、ノアらしい水着の着こなしでよく似合う。



「そうか?俺は、よく似合っていて可愛いと思うけどな」

「そりゃ僕だって、ネアの今日の水着には感謝しかないけどさ!」

「むむぅ。水着は所詮水着なのです。ウィリアムさんやアルテアさんだって、ヴェルリア風のぴっちりした水着ではないですか。えいっ!」

「おい、水をかけるな!」

「…………ネアが浮気する」

「あら、ディノもかけて欲しいのですか?えいっ!」



同じ三角型の仲間であるウィリアムに、ボクサー型のアルテアもなかなかに動きやすさを重視した水着だ。


ネアの見立てでは、この二人は去年巨大烏賊と戦ったりもしたので、万が一また巨大烏賊が出現してもいいように動きやすい服装を意識したに違いない。


ネアに海の水をぴしゃっとやられて嬉しそうなディノに、水はかけないでとそそくさと逃げてゆくノア。

アルテアは軽く泳いだ後はお料理に入り、ウィリアムはもう少し沖合まで泳ぐようだ。




(綺麗な砂だなぁ…………)



会話の合間にも、足元の砂が波に崩れてきらきらと煌めいた。

ネアは、この島に来るとこんな砂の美しさに、いつも感動してしまう。


摘まみ上げてみればわかるのだが、この島の白い砂は白みがかった水色の結晶石のようなものが、陽光を集めて白く白く輝くのだ。

一度夜に来た時には見事な月の色に染まっていて、ネアは息を飲むばかりであった。



しかし、前に来た時に、小さな瓶に入れてこの砂を貰って帰ろうとしたところ、魔物達が浮気だとたいそう荒ぶったので、渋々諦めたという悲しい過去もある。

なので今年も、手に掬って零れ落ちる美しさをたっぷり楽しもう。



「…………む。砂を掬って遊んでいたら、何か発見しました。ディノ、星のような形をした髪飾りがありますよ!」

「………………おや、これは海の精霊王のものだね。落したのではないかな?」

「なぬ。初代白もふさんのもの………………!」



ネアはあのむちむちアザラシの赤ちゃんを思って胸が熱くなったが、そんなセレスティーアに会いたくて地団太を踏んでいた人物を一人思い出した。

なのでこれは、是非にウォルターにあげよう。


海竜の戦の戦後会合は来週に控えているので、ダリル経由で渡して貰おうとほくそ笑む。




「……………浮気かい?」

「こちらの拾得物は、私がお届けには行かないので安心して下さいね。この髪飾りは、ウォルターさんに渡して、お届けして貰おうと思うのです。ウォルターさんは、一度でいいから白もふさんに会いたいのに、うっかり海竜の戦に呼ばれてしまった私にその機会を奪われて落ち込んでいましたので、これで元気になってくれるでしょうか?」

「………………彼は、セレスティーアが好きなのかい?」

「と言うよりも、もふもふの毛皮生物が大好きなのです。とても優しい方ですし、きっとセレスティーアさんにも紳士的に接して下さるでしょう」



後日、ネアから託された髪飾りを持って、ガヴィレークの見立ての盛装姿でお洒落をし、海の神殿を訪れたウォルターは、愛くるしい赤ちゃんアザラシな海の精霊王にお礼を言われ、夢見心地で帰ってきたそうだ。


これに対しては、ヴェンツェルが是非にセレスティーアに会いたいと駄々を捏ねているようなので、こちらも毛皮生物愛好家なのかもしれないとネアは考えるのだが、海遊びの今日は、絶賛見知らぬ毛皮生物の襲撃を受けているところであった。




「……………ふぎゃ!」



突然、何かに躓いて転びそうになったネアは、後ろから追いかけてきていたディノに慌てて持ち上げられる。

両脇の下に手を差し込まれ、ふわっと持ち上げられたその足下に、オリーブ色のモップのような謎生物がいるではないか。


ふさふさ毛皮のその生き物は、転びそうになったネアを見上げてウシシと笑った後、ディノの方を見てきゅっと失神してしまう。


ぷかりと波に浮けば、本当にただのモップのようだ。



「砂もぐりの妖精だね」

「砂もぐりの妖精さん…………」

「水の多い砂地や泥地に潜んでいて、こうして通りかかったものを転ばせるそうだよ。確か、獲物の驚きの感情を食べているらしい」

「おのれ、ゆるすまじです。失神しているので波に攫われてゆきましたが、そのまま波流しの刑になるがいい」

「波流しの刑……………」


ディノはぷかぷかと波に揺られて遠ざかってゆく砂もぐりの妖精を眺めてから、もう危険は去ったのだと理解したのか、ご主人様をもう一度砂浜に戻してくれた。


ネアはあのような生き物がいるのであれば、あまり走らないようにしようと考えたのだが、少し先にきらりと光るものを見付け、本能的にびゃっと駆け寄る。



「ネアが逃げた…………」


しょんぼりした魔物が慌てて追いかけてきて、またご主人様の上着の裾を引っ張る。



「見て下さい、ディノ。これは何でしょう?」

「海嵐の結晶石かな。昨年も拾っていたね」

「………………たった今、そんなことを思い出しました。年の瀬のどこかで物欲に負けてしまい、イブメリアの限定ボディクリームセットをリノアールで購入する為に、アクス商会で売り払ってしまっていましたが、あれを持っていれば、ゾーイさんとは最初から仲良く出来たのでしょうか?」

「海嵐の結晶石は、海嵐の精霊が祝福として作るものだ。持っていれば、確かにゾーイも君を大事にしただろう。でも、彼とは仲良く……………」



ここでなぜか、ディノはぺそりと項垂れた。


「まぁ、…………仲良くと自分で言いかけて、自分で落ち込んでしまいました。…………安心して下さい、ディノ。ゾーイさんはなかなかに冷たい人で、何か事件でも起こって私が助けを求めない限りはもう、私に近付いてはくれないそうです…………」



あんたの周囲にいると何が起こるか分らないと大真面目に言われ、ネアはとても悲しい思いをした。

海竜の宴には一緒に出たが、一緒に苦難を乗り越えた仲間なのだから、もっと心を許して狼尻尾を見せてくれてもいいと思う。




じりりっと、遮るもののない太陽の光が肌に当る。


空を見上げれば、雲の影もないので今日は暑くなりそうだ。

拾った海嵐の結晶石を大事に金庫にしまい、膝くらいまで水がくるところを歩いて、ご機嫌でざぶざぶしてみる。




「…………ネア、そろそろゼノーシュが来るようだよ」

「うむ。いい具合に日差しを浴びたので、これで氷菓子が楽しめそうです」

「太陽の光を浴びて、海に足を浸けてから、氷菓子を食べるのだよね?」

「ええ。それが海辺で楽しむ氷菓子のお作法。ノアのように、既にぷかぷか浮いているパラソルの下でお昼寝に入ってしまっている人には、真の氷菓子の美味しさは味わえないのです」

「ご主人様…………」



厳めしく宣言したネアに、ディノは目を瞠ってこくりと頷く。


海を渡ってきた風が、ポニーテールに結んだ髪の毛を靡かせた。

日焼け止めの予防薬を飲んでいるので、日焼けもちっとも怖くない。



ネアが愛用しているものは、この世界では一般的な特別な日焼け止めだ。

以前の世界で使っていたもののように、水で落ちてしまったりもしないし、この世界の、かけるタイプの日焼け止めのように視界が暗くなったりもしない、たいへん優秀な日焼け止めである。


昨年までは青い小瓶に入って売られていたものを飲んでいたのだが、今年のネアは、更に改良が進んだという熱中症も防ぐ水色の小瓶のものを見付けて買ってみた。


味は相変わらずグレープフルーツシロップのようで、なかなかに美味しい。

ざくざくに削った氷にかければ美味しいかき氷になりそうだが、今日は美味しいお店の氷菓子が搬入される予定なので、普通に飲むだけに留めた。



波をざぶざぶと足で掻き分けてパラソルの方に戻れば、こちらに到着したゼノーシュの眩しい笑顔がある。



「ネア、氷菓子を買って来たよ!」

「まぁ、ずっと楽しみにしていた氷菓子です!有難うございます、ゼノ。一人で重くありませんでしたか?」

「ううん。金庫にしまっちゃうから平気」



パラソルの下のテーブルに色とりどりの氷菓子を並べているゼノーシュは、昨年の買い出しで、行列に一緒に並んでいるノアが女の子とお喋りをしていて、メニューがなかなか回って来なかったことにご立腹し、今年は一人で買いに行ったようだ。


ネアは一緒に並ぶのにと思ったのだが、美味しい氷菓子のお店の店主さんは、赤い羽根の妖精なので少し危ないらしい。

魔物達で話し合い、遺憾ながらネアは、そのお店への接近禁止命令が出されている。



「ほわ、昨年とは違うものがあります!この青紫と黄色のものは何ですか?」

「ブルーベリーシロップと、檸檬シロップだよ。今年はこれが流行っているみたい。三色菫みたいな色だから、パンジーって名前なんだって。中にブルーベリーがいっぱい入ってるんだ!」

「檸檬シロップとブルーベリーシロップの境界線がとっても綺麗ですね。去年美味しかった西瓜もありますし、ミルクシロップと紅茶のものもあります……………むぐぐ」

「僕はね、パンジーと苺の」

「むぐぐ…………どれも美味しそうで悩むのです……………」

「ああ、氷菓子か。いいな」



ネアが決めきれずに悩んでいると、泳ぎに行っていたらしいウィリアムが戻ってきた。


昨晩までは戦場にいたらしく、出発の時に、厳しい顔をしてディノと郭公の話をしていたが、楽しんでくれているようですっきりとした顔になっている。



今は、泳ぎながら、砂浜に近い海中に危ない生き物がいないかどうか調べてくれたようだ。


濡れた髪の毛を片手でオールバックに撫でつけながら微笑む姿は、まさに眼福である。

ネアはとても格好いいと大絶賛したいところだったが、隣の婚約者や、早めに海から上がり、背後で何かの料理の仕込みをしている使い魔のご機嫌を損ねないよう、控えめの感想に留めることにした。



「ウィリアムさんは、とても爽やかに素敵で海が似合いますね」

「そうか?あまり言われたことはないが、今日は嬉しいな」

「ネアがウィリアムに浮気する…………」

「こ、この氷菓子は、ゼノが並んで買ってきてくれたんですよ!」

「そうなのか。ゼノーシュ、有難うな」

「うん。ウィリアムはどれがいい?僕は今日はお休みじゃないんだけど、お昼休みを先に貰ったからここで氷菓子を食べるんだ」

「はは、それは贅沢だな」



海辺で氷菓子を食べる為だけに、張り切ってセーラーカラーの白い洋服を着てきてくれたゼノーシュは、ネアにとって天使以外の何物でもない。


可愛いベレー帽をかぶっており、ネアはこの世界にカメラがあれば写真集を発行したのにと悔しい思いを噛み締める。

その代わり、この愛くるしい姿は絶対に忘れないように脳裏に焼き付けておこう。



ゼノーシュは、氷菓子を食べた後は一度リーエンベルクに帰り、夕暮れでグラスト達の仕事が終わってからあらためてこちらに来るそうだ。


今年はダリル達がウォルター経由で別の日にこの島を借りていたので、夜は、一年に一度の主役になれる祝祭が秋に延期になってしまって色々発散出来ていない騎士達の慰労会が、この島で行われる。


その代わり、空になってしまうリーエンベルクには今夜ウィリアムが泊まってくれるので、騎士達は、きっと死者の王な気がするけれどあまり核心に触れてはいけない謎の魔物に、たいそう感謝していた。


昼の内に厄払いも済んでいる筈だという謎の喜びの声も聞こえてきたので、ネアは、ウィリアムは厄払いの神ではないものの、騎士達には慕われているなぁと嬉しかった。




「アルテア、これは食べていいの?」



ネアは、氷菓子を二つ持っていそいそと海のよく見える席に座ったゼノーシュが、アルテアがテーブルに出していた前菜を発見し、おずおずとそう尋ねる姿を見て、微笑みを深める。


日中は氷菓子を食べる時間しかなかったのだが、何事も手際のいい選択の魔物のお蔭で、どうやら、蒸し鶏にフレッシュチーズと乾燥トマトの和え物も手に入れたようだ。

炒った松の実も乗せられており、ゼノーシュは、ご機嫌で氷菓子と一緒に並べている。



「ふふ、アルテアさんもゼノには優しいのです」



おまけにアルテアは、漬けダレに入っているスパイシーチキンを悲しげに見ていたゼノーシュに、何本かをお料理用のバットに入れて分けてあげたようだ。

嬉しそうに笑顔を輝かせているゼノーシュを見て、ネアも胸がほこほこする。



「以前は、あのようなところを表に出すことは少なかったように思うよ。君の使い魔になって、ゼノーシュとも同僚になった訳だからね。気負うことなく振る舞えるようになったのだろう。それに、ゼノーシュがほこりと仲良くしてくれているのが、とても助かっているようだ」

「そう言えばこの前、ジョーイとルドルフでは歯止めが効かないと呟いていましたね…………」



そう笑ったウィリアムに、ネアは、白百合の魔物は確か、ウィリアム似だったのではなかったのかなと首を傾げる。



「白百合の魔物さんは、どちらかといえば……………理性的な方という認識でしたが、違うのですか?」

「そうである時が殆どだが、ほこりが頼むと、少し過激になることもあるらしい。そんな彼を律するネビアがいない時には、ゼノーシュが歯止めをかけることもあるようだね」

「……………ロサさんの苦労が偲ばれますが、あの方は白百合さんと仲直り出来たので、それも嬉しい苦労なのかもしれませんね」



(確かに、ウィリアムさんもとても大雑把な時があるから、そんな感じになるのかな………)



何はともあれ、可愛いほこりにゼノーシュという友人がいるのはいいことだ。

ほこりは、元々とても頭のいい雛玉であったが、後見人であるアルテアは頻繁に会えるようではなさそうだし、甘やかしてくれる相手だけに囲まれていると感覚が鈍って、我が儘な悪い雛玉になってしまうかもしれない。


ただの友達という存在は、そんなほこりにとって、とても大事なのだと思う。


つまり、アルテアにとっては後見をする子供の友人という感覚でもあるのかなと眺めていたら、アルテアが休日のお父さんのように見えなくもない。



「ネア、アルテアはメロンだって」

「はい。ではメロンの一個はアルテアさん用に残しておきますね」

「君はいいのかい?」

「自分で食べたいものは三つに絞りましたので、先に皆さんに選んで貰い、残ったものを選ぶことでこの先の混迷を避けるという賢い生き方をするのです!」



抜け目のない人間にそう言われたディノは、少し悩んでからミルクシロップと紅茶のものを選び、それは一口欲しいやつであると、ネアはほくそ笑んだ。


残念ながらウィリアムは西瓜味にしたので、苺とコケモモの氷菓子を、ノアかヒルドあたりが選んでくれることを願いながら、ネアはパンジーを選ぶことにした。



「……………む。苺のが一つ、檸檬とオレンジのもの、パンジーがもう一個あって、メロンがもう一つ…………余ります…………」

「それなら、ネアがもう一個食べられそうだな。良かったじゃないか」

「た、食べてもいいのですか?では、ディノやウィリアムさんにも御裾分けしますね」

「うーん、僕はネアと同じやつかな。ヒルドはきっとオレンジにすると思うよ」


ネアが氷菓子二個獲得のお知らせに笑顔になったところで、にゅっとディノの横から顔を出し、ノアがパンジーの氷菓子を嬉しそうに持ってゆく。


「ふふ、ノアの色の氷菓子ですね」

「うん。それに君とお揃いだからさ」


そう言って、のんびり海を眺める席に戻ってゆくノアに、ディノがどこか悲しい顔をしてこちらを見るではないか。

なのでネアは、こちらはお揃いではないが、ディノの大好きな分け合いっこをしてみてはどうかと、姑息な人間らしい説得を試みて、無事に己の欲望を成就させた。



「今食べてしまうかい?」

「むぐ。一口ぱくっとやってしまいましたが、お昼ご飯の後で食べる予定です。ウィリアムさんは………むぐ?!」



ネアはそこで、スプーンで一口お口に入れて貰った西瓜の氷菓子に、しゃくしゃくごくりと美味しい西瓜味を噛み締めた。


ウィリアムは泳いできた体にその冷たさが心地良いようで、もうここで食べてしまうことにしたらしい。

一口味見させて貰い、ネアは、やはり西瓜味も抜群の美味しさであるという見識を深めることが出来た。



「ずるい…………」

「そんなディノには、パンジーの御裾分けです。はいどうぞ」

「……………おっと、シルハーン倒れないで下さいね。ネア、俺も一口貰っていいか?」

「勿論ですよ。せっかくなので、檸檬とブルーベリーの二度美味しいところを貰って下さいね」



ネアは、ご主人様に氷菓子を食べさせて貰い倒れそうなディノを支えてくれたウィリアムの口にも、パンジー氷を入れてやった。


そんなことをしていると、少し離れてこちらをじっとりとした目で見ているアルテアがいたので、ネアはアルテアのところまで歩いて行ってやり、こちらの使い魔にもパンジー氷を一口食べさせてやった。

それを当り前のようにぱくりと食べ、アルテアは悪くないなと呟く。



「メロンも食わせてやるが、後にしろ」

「はい!」

「それとこれだ」

「むぐ!」


ネアは、ふっと笑った使い魔から、お口に焼き立てちびソーセージロールを入れて貰い、むぐむぐ食べながらご機嫌で帰って来た。



焼き立てなので、パン地の皮やソーセージの皮がかりっとしていて、一口齧ればあつあつジューシーな油がロールパンに染み込んでゆく。

これはもう、天にも昇るような味わいだと言わざるを得ない。

先程から、パラソルの下で何やら包んでいるなと思っていたのだが、このソーセージロールを作ってくれていたようだ。



(…………美味しい!)



「弾んでる……………。ずるい」

「アルテアさんに、ソーセージロールの試食を貰ったのです。これで、諸々補給出来ましたので、元気よく海でばしゃばしゃ出来ますね!」



ご機嫌のネアがしゃっと上着を脱げば、魔物はきゃっとなってよろめいてしまった。

二度目なので頑張って踏み止まってくれたものの、なぜか、眩しそうに目をしぱしぱさせてこちらを見るので、ネアは首を傾げた。



「ディノ?………眩しいのなら、アルテアさんのサングラスを借ります?」

「………………ネアが、凄く虐待する」

「解せぬ」



その後、泳いだばかりのウィリアムは、パラソルの下で氷菓子を食べながらのんびりするというので、ネアとディノは浅瀬で浮き輪を使って遊ぶことにした。


エーダリア達は、お昼からの半休になるので、もう少ししたらこちらに来てくれるだろう。



それまでの時間を遊び尽くすべく、ネアは浮き輪を装着したディノを引っ張って泳いだり、浮き輪を起点にして、波のあるところでのディノの泳ぎの練習をしたりする。

浮き輪に手をかけて穏やかな波にゆらゆらと浮かんでいると、透き通る海の中を泳ぐ色鮮やかな魚たちの可愛らしい姿に癒された。



「む!」



その時だった。


海の底の砂の中に、何か光るものを発見して、ネアはてやっと潜水を開始する。


髪の毛がびしゃびしゃになっても乾かしてくれる魔物がいるし、あの光り方はかなりいいものに違いない。




「ネア?!」


慌てたような魔物の声が聞こえたので、ネアは素早くくりんと体を捻って潜ると、ずぼっと砂の中に手を突っ込み、きらきら光っていたものを掴んでまた素早く水を蹴った。



「…………ぷは!取りました!!」

「ネア、沈んでしまったのかと思って驚いたよ…………」

「砂の中に、きらきら光るこやつがあったので、勿論拾いにゆくしかなかったのです。…………むむ?」



そうご機嫌で手に入れたものを掲げたネアは、へにょりと眉を下げた。

ネアが海底から拾ってきたものは、思っていたよりもずっと不思議なものであったのだ。



(これは……………干物?)



とても素晴らしいものだと思って発掘したのだが、ネアが握り締めているのは、ダイヤモンドで作られた魚の干物のようなものにしか見えず、二人は顔を見合わせて首を傾げた。



「……………ディノ、これは何でしょう?とても綺麗にきらきら光る石ですが、お魚さんの開きのように見えます……………」

「……………私も見るのは初めてかな。ノアベルトの魔術の気配があるような気がするから、彼に聞いてみようか」

「はい。……………なんという素材の無駄遣い感でしょう。………こんなに綺麗な石なのに、形が残念過ぎますね………………」

「うん。不思議な形だね……………」




二人は、謎のきらきら光る魚の開きを持って砂浜に上がり、パラソルの下でお喋りをしている魔物達のところに持って行くことにする。


何を話していたのか、三人はネア達が近付くとぴたっと黙ったので、きっと、淑女には聞かせられない男同士の気の置けないお喋りだったのだろう。

もしや甘酸っぱい恋バナなどをしていたのではと、ネアは目を鋭くして観察したが、その気配は辿れなかった。




「ああ、やっと終わった………………」



そこに、ふわりと転移を踏んで現れたのは、遅れて到着のエーダリアとヒルドだ。

この島への道はノアが置いていってくれたそうで、こんなに簡単に来られたとお礼を言っている。


昨晩に郭公が現れてしまったお蔭で、二時間も早起きして執務を始めたのに、予定より半刻程押してしまったと疲れた顔だ。


だが、そんな二人も美しく穏やかな砂浜と海を眺めると、とても寛いだ目になってくれた。



「エーダリア様、一足先にすっきりしたいなら、ゼノの買ってきてくれた氷菓子がありますよ。…………む、ゼノはもう帰ってしまったのですね…………」

「ああ、リーエンベルクで会ったぞ。アルテアに貰った鶏肉を焼くので、少し早く戻ってきたと話していた」

「まぁ、スパイシーチキンの魅力に抗えず、少し早く帰ってしまったのですねぇ。…………ヒルドさん?」



ネアはそこで、こちらをじっと見ているヒルドに気付き、おやっと目を瞠った。

髪の毛が濡れているので気になったのかなと思い、微笑んで首を振る。



「ヒルドさん、私がびしゃびしゃなのは、溺れたのではないので安心して下さいね。実は泳いでいたところの下で、海底の砂の中にこんなものを発見しましたので、素潜りで収穫………ヒルドさん?」

「………………い、いえ、………潜ったからだと知って安心しました」



ヒルドは、暫く黙り込んだ後、はっと我に返り息を飲んだ。


ネアはどうしたのかなと首を傾げたが、その時にはもういつもの様子に戻っていたヒルドは、微笑んで何でもないのだと首を振ってくれる。

向こうで着替えているエーダリアとノアがなにやらひそひそと内緒話をしているが、あのヒルドのいやに長い沈黙は何だったのだろうか。



(もしかして、私が危ない海遊びをして溺れたのだと思って、怒ろうとしていたのかしら…………?)



それであれば、何やら意味深にひそひそしているノア達の様子にも頷ける。

名推理だ。



そう考えていたところで、こちらに歩み寄って来たアルテアに、ネアは、ばすんと頭の上に手を乗せられた。




「むぐる…………」

「上がったなら、さっさと髪を乾かせ。その上で上着を着ろ」

「なぜに叱られたのだ。まだお昼の前に岩場で海老を狩るという重要な任務があるので、多少びしゃびしゃでも構わないのです!」

「………………それと、何だそれは……………」



とても嫌そうに視線で示され、ネアは、これからみんなに見せるつもりで片手に持っていた、干物型ダイヤモンドのようなものを持ち上げる。


その動作で陽光を集めてあまりにも眩しく輝いたからか、驚いたようにこちらを見たエーダリアは、目の前に手をかざしていた。



「ありゃ……………。それ、もしかしたら、僕の使った魔術の残りかもだ」

「なぬ。ノアのお魚さんの開きなのですか?」

「うーん、っていうか、………金剛石に変えて海に沈めた嫌な魔物がいてさ。そいつが確か食事中だったんだよね。一緒にテーブルや椅子も全部金剛石にして海に投げ込んだし、その金剛石は海の生き物達がみんなで砕いて山分けしていたけど、残りがあったのかなぁ……………」

「……………ということは、これはその魔物さんのお食事の一部……………」



ノアに海に沈められたのは、千年程前の、朝顔の魔物だと言う。


ネアは、これは本物の干物が原材料と知り複雑な気持ちになったが、エーダリアはとても興味津々だったので、これ幸いとあげることにした。



「………………いいのか?」



来るなり大きな金剛石を貰ったエーダリアは、目を丸くしている。

だが、ノアの力が絡んだものであれば、ヴェンツェルにあげるのも何だか違うし、そもそもが干物だと知ったネアは何となく食指が動かなくなったのだった。



(うん。お部屋に干物型のダイヤモンドは飾らなくていいかな…………)



エーダリアにとっては、素材が金剛石であるというよりも、それだけ大きな魔術が動いて変質させられたものであるということが、何よりも重要であるらしい。


干物の形をした金剛石を持ってはしゃいでいる元王子の姿はたいへんにシュールだが、こんなに喜んでくれるのであれば良い拾い物をしたようだ。




「では、干物型金剛石の謎も解けましたので、私は、これからささっと岩場に行って、素敵な潮溜まりで海老を取ってくるので期待して待っていて下さいね!」




この短時間で良い収穫もあったので、きっと美味しい海老も手に入れられる筈だ。



そう思い、ディノの三つ編みを引っ張って勇み岩場に向かったネアが出会ったのは、思っていたよりはかなり大きな生き物であった。







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