妖精の編み物と幸せの毛糸
朝靄に包まれた古城を見上げると、ネアはその素晴らしさに感嘆の息を吐いた。
いかにも人ならざるものが住んでいる魔法のお城という感じがして、お城の壁に蔓を絡ませた蔓薔薇は、この土地がどれだけ素晴らしい魔術の祝福に恵まれているのかを示す、白薔薇だ。
昨日ここに到着した時には満開の花を咲かせていた花壇は、夜明け前の今はその蕾を少し閉じている。
しっとりと朝靄を纏い清廉な蕾を伝う露の美しさは、どこか秘密めいて見えた。
まだ、声を上げる小鳥はまばらだ。
ふくふくした体を寄せ合い、木の枝の上で眠っている青い小鳥達が見えたので、ネアはディノの袖を引っ張って指差してやった。
あともう少し夜明けが進み、どこからか朝陽が差し込んできたならば、あの小鳥たちは目を覚まして元気に囀り出すのだろうか。
(この影絵の中の生き物達は、とても不思議だわ…………)
月光鱒のように食べてもまた月光から生まれるので減らないものや、小鳥や水棲棘牛のように一定数のこの影絵の中に自生する者達。
はたまたあの温室の中のように、不変の呪いを下地にしていて、収穫されても翌朝には元通りというところもある。
食べられてしまってお腹に入ったジャガイモが、翌日には元通りな理論は謎に包まれているのだが、ネアはそんな素敵な魔法のお城の恩恵にあずかり、すっかり夏休みを堪能させて貰っていた。
そしてこんな夜明け前に庭を訪れたのは、ヒルドから特別な編み物を教わる為だった。
「ネア様、ではこちらで始めましょうか」
「まぁ、朝靄に包まれて森の入り口にあるガゼボです…………。絵本のような綺麗な場所ですね」
「この柱の周りに様々な花が咲いていますから、色々な糸が紡げると思いますよ」
「編み物は好きなのですが、一般的な技量の範疇であることを、今日ばかりは悔やんでしまいます。天才編み物師であれば、きっと素晴らしい作品を作れるでしょうに………」
ネアが、あまりにも高まる期待にそうしょんぼりすれば、優しく微笑んだヒルドがそっと朝靄の中から一筋の糸を紡いでくれた。
毛糸という程にはむくむくしていないが、編み込むのが楽しそうな丁度いい太さに、ネアは、渡して貰った糸をすっかりご機嫌で握り締める。
朝靄の中で煌めく妖精の羽は、お伽噺の中の大聖堂にあるステンドグラスのような、神聖でふくよかな色の光を透かす。
こんな夜明け前の庭で見るヒルドは清廉な美貌が息を飲む程で、あらためてネアは、自慢の家族の美しさに見惚れてしまった。
夜明け前のお城の庭で、これからネアはこんなに美しい妖精と編み物をするのだ。
これが素敵と言わずして、何と言うのだろう。
「編み棒はお持ちですね?」
「はい。初心者用のセットを購入しておいたので、編み棒とかぎ針を何種類か持ってきました!」
「糸は私が巻きますので大丈夫ですよ。今回のネア様の作りたいものであれば、編み棒が宜しいでしょうね」
「はい。ディノと兼用の、素敵なマフラーを編み上げてみせます!」
ネアが目指すのは、巻き付けたときに首回りがふわっとなるような、マフラーでありショールにもなるような幅広の形のものであった。
作業量は多くなるが、汎用性が高い方が持っていて重宝するだろう。
それに、今年の冬は婚約期間が終わることもあり、何か記念になるようなものが手作りであると、きっと感慨深いと思うのだ。
前の世界での毛織製品はある程度劣化したところで使えなくなってしまうが、こちらの世界には状態保持の魔術があるので、大事なものは取っておけるのが素敵なことだった。
(勿論、正式な循環をさせるべく一部のものはきちんと使い切るとしても…………)
あえて駄目にしてゆくことで回るものもある。
古い衣服は糸を解いて、道具の手入れをする磨き布や小さな生き物達の巣材に出来るし、状態のいいところを仕立て直して着るのを楽しみにしている施設に暮らす子供達もいる。
ウィームの状態では、そのような子供達に新しい服を揃えてやるくらいのことは出来るそうだが、孤児院や特別な施設にいる子供達は、何らかの事情で親元を離れて、もしくは天涯孤独で暮らさなければいけない事情がある。
なので、新しいものだけではなく、大事に使い込まれた服を仕立て直すということも、その子供達にとっては勉強になるのだそうだ。
誰かが一度使い込んだ守護であれば、摩耗されていて可動域の低い子供達でも着ることが出来るし、自立しなければいけない孤児たちは、一つの品物を長く使う為の技術を学ぶ。
また、低可動域者の隔離施設や孤児院を出る時に支援品として支給される新しい洋服や道具などを、修繕しながら長くもたせることで、自立する際の初期費用を抑えることが可能になるのだ。
(それに、古い品物を丁寧に使う子供には、妖精達の守護が集まりやすいのだとか)
元々、身寄りのない子供達は、そのような寄る辺ない者達を伴侶や友人にと望む、独占欲の強い人外者達が多く行き交うような専門職に派遣されることが多い。
ネアもそのような職場に入りたくて調べたことがあるのだが、まずは最初の一人の守り手をという切実な願いを持つ、孤独な子供達が行く場所だと知って諦めた。
最初の頃は色々と悩みも多かったが、ネアにはディノがいたのは確かだし、であれば、寄る辺ない子供達の機会を横取りする訳にはいかなかったからだ。
(どこにも行けなくて良かった………)
ディノが手を離さないでいてくれたから、ネアはここにいる。
目の前で毛糸を紡ぐヒルドも、ネアがリーエンベルクに住み続けられるだけの愛情を、早い段階からかけてくれた大切な人だ。
「これが朝靄から紡いだ毛糸、こちらは勿忘草とライラックですね。ラベンダーは株ごとに色味が違いますが、どの花がお好きですか?」
「そのお花の色味を紡ぐのですよね。…………むむ、ではこちらのラベンダーでお願いしてもいいですか?」
ヒルドは、幾つかのサンプルを作ってくれる為に、するすると夜露を纏ったままの花々から絶妙な色合いが美しい糸を紡いでくれる。
今回は毛糸のようなものにして貰っているが、細い糸や刺繍糸も紡げるのだそうだ。
撚り合わせ紡ぎ始める指先の感覚で作り分けられるそうで、ネアは魔法の指先をじっくり眺めた。
ディノも、そのような光景を見るのは初めてだそうで、不思議そうにじっくり観察している。
(すごい、…………何にもないところから、毛糸を引っ張り出しているみたい!)
特に朝靄は、紡ぐ場所を変えてゆくことで乳白色の虹のような素敵な色の糸が紡げた。
本来であれば紡げない糸でも、ディノが土地の魔術に干渉することで形になるのだ。
もしここにディノがいなくなると、多色性の糸は、色味を変えるところでぶつりと切れてしまうらしい。
「ここから紡いだ毛糸を使ってこのまま編み込んでゆくと、今日のこの場所の思い出の色で織り上がるのですね………」
「…………それは、嬉しいことなのだね?」
「ええ。その色を見る度に、ディノやヒルドさんと、この避暑地で糸を紡いだことをずっと思い出せるのですから、なんて素敵なのでしょう」
「…………ずるい」
「またしても、謎のずるいが発生しましたね!」
カシミヤのような、滑らかでふくふくとした毛糸はとても素敵な肌触りだった。
編み進めて頬擦りしたらきっと気持ちいいだろう。
そう思いながら、氷河の結晶の編み棒をしっかり握り締める。
幾つもの編み棒を使うことで、妖精の編み物はその仕上がりに様々な祝福を備えるそうだ。
ネアは、冬に使うものなので雪や氷に強くする為の祝福と、森で過ごす際に森に添う祝福を。
そして夜も暖かく過ごせる夜の祝福に、愛情の祝福までを贅沢に編み込むことにした。
「さて、そろそろですかね」
ヒルドは、片手に糸車を異世界風にしたような銀細工の不思議な道具を持つと、紡ぎ上げ、腕にかけていた糸をするすると巻いてゆく。
はずみ車もなく、糸を巻き取る部分以外の仕掛けもなく、手に持ったその道具は、糸の先を糸車に差し込んだ木の芯に巻きつけるだけで、からからと音を立てて毛糸を巻き取ってくれる。
虚空から指先だけで毛糸を引っ張り出しているように見えるので、どうやら刈った毛を解いたり染めたりする工程はないのが妖精の糸紡ぎの良いところであるらしい。
とは言え、妖精の糸を紡げる妖精は限られているし、紡がれたものはどんなものであれとても高価だ。
(紡ぐ場所を変える時には、糸車に差し込んだ芯を変えるのだわ……………)
きゅぽんと差し込まれた楓の木の芯は、取り外して交換すれば作業途中でも他の糸を紡げる。
途切れた前の糸の最後尾を指先でつまみ、紡ぎ出す部分にぐぐっと捩り込めばまた繋がるので、気分に応じて紡ぐ糸を変えられるのが、ネアには不思議でならない。
出来上がって来るのはとびきり美しいものの、普通の毛糸に見えるのだ。
ヒルドが、先程のものにこれから紡ぐものを指先で繋げている様子を目を丸くして見ていれば、糸紡ぎの魔術を展開している時だと、こうして切れた糸を繋ぐことも出来るのだと教えて貰った。
「普通の糸紡ぎでは、この糸を巻き取る道具に糸車を使うのですが、ヒルドさんが手に持っている道具にはお名前があるのですか?」
ネアがおずおずと尋ねると、ヒルドは瑠璃色の瞳を和らげて微笑む。
こうして糸を紡ぐ姿を見ていると、その微笑みはどこか母親のような慈愛いに満ちた、普遍的な愛情を示す特別なものに思えた。
「妖精の糸車と呼ばれていますよ。このような形ですから、妖精にしか使えない糸車です。実は、こう見えて重量がありますので、幼い妖精達はまずはこの糸車を片手で持ち、もう片方の手の指先で糸を紡げるようになることが、一人前の証とされました」
「まぁ、ヒルドさんは軽々持たれているように見えたのですが、重たいものなのですね?」
「いえ、今はもう、実際に軽く感じますよ。剣などよりは随分軽いものですからね。持たれてみますか?」
「はい。持ってみたいです」
念の為にと、ヒルドは少しだけ悪戯っぽい顔をして、毛糸の巻き付けられた芯を外すと、ガゼボの中にある机の上に糸車を置いてくれた。
(むむ……………!)
となると、気軽に手渡すのは危ないくらいの重さなのだろうかと、たいそう警戒したネアは、最初からふんと力を篭めて持ち上げようとしたのだが、糸車はびくともしないではないか。
「……………ほぎゅ?」
目を丸くしてもう一度挑戦してみたのだが、やはりどうにもならない。
ずりずりっとであれば押して動かせそうだが、繊細な彫り物の装飾を傷付けてしまいそうでそれは出来なかった。
「こ、これで、ヒルドさんの剣よりは軽いのですか?」
「魔物や竜程ではありませんが、妖精も力がありますからね」
「ディノも持てます?」
「持てると思うよ。…………うん、気になる重さではないかな」
ネアにそう尋ねられ、魔物は、ネアには動かすことも難しかった糸車をひょいとカップでも持ち上げるようにして手に取った。
ネアはびっくりして、糸車をひょいと持てる二人を見上げた。
異種族達の身体機能の違いについて、あらためて思い知らされてしまった。
今迄一度も力比べなどをしたこともなかったが、人間とはこんなにも違うものだったのだろうか。
(だからディノはよく、私を持ち上げても羽のように軽いと言ってくれるのだわ…………)
「精霊さんは、そこまで力持ちではないのでしょうか?」
からからと糸車が回る音がする。
ヒルドが朝靄を紡ぐ光景をうきうきと眺めながら、ネアはディノに尋ねてみた。
「精霊は系譜によるのではないかな。私達と同じくらいの力を持つ者もいるし、人間よりも脆弱な者達もいる。魔物は、人間と同じように一定の基準があって、そこから力が強いかどうかが分れるんだよ」
「その基準値が、人間よりもずっと高いのですね…………」
「そうだね。竜は、どんな竜も力が強いけれど、人型を取る場合はあえて脆弱に改変することが多いそうだ。道具や、他の生き物を壊してしまうといけないからだろう」
勿論人間でも、守護や祝福の関係で力持ちになる者も多い。
道具や魔術の助けを借りて増強したり、道具そのものに重量軽減の魔術を施したり。
そのせいで、様々な種族の入り混じるウィームの人々の暮らしを見ていても一律の動きに思えてしまうのだが、実際にはこれだけの差があるのだった。
ふつりと、ヒルドの綺麗な指先で糸が途切れる。
朝靄の乳白色に、様々な植物や森の色彩が滲み込み、繊細で複雑な色合いの白い毛糸が何巻も出来た。
他にも、ラベンダーやオリーブの葉などからも紡いで貰ったものを合わせると、大小あるものの、毛糸の塊が全部で十一個もあるではないか。
ネアは、大きな籠に入れて貰ったその色合わせの美しさに目を瞠り、ヒルドが選んだ色の素敵さに唇の端を持ち上げる。
「ヒルドさん、有難うございました。こうして籠に入っているだけで、見ていて幸せな気持ちになってしまいます!後は、編み始めのお作法だけを習えば、私にも妖精さんの編み物が出来るのですか?」
「ええ。妖精の編み物は、人間だけで編み出すと、知らぬ間に編み目が編み棒から外れてしまうのですが、こうして妖精と共にいれば簡単なものですからね」
「ふふ。きっと自分がやられたら怒り狂いますが、こっそり編み目が外れてしまうだなんて、何だか面白いですね」
「条件付けの魔術の一環だと、以前に編み物を生業とする妖精から聞いたことがあります。刺繍妖精にも彼等にしか刺せない絵柄がありますし、宝石紡ぎは元々出来る者が少なかったりと、妖精の作り出すものはその領域が狭いことが多いのでしょう」
ネアが指示された編み棒を構えると、ディノが、籠に並んだヒルドが紡いだ毛糸にそっと触れた。
水紺色の瞳を向けて、紡がれたばかりの糸に触れるのは初めてだと呟く。
ずっと触ってみたかったのかなと思えば、ネアは一本の指でそっと毛糸に触れた魔物が愛おしくなった。
「魔物にも糸は紡げるけれど、このようなものを一度に沢山作れるのは妖精だけなんだ。毛糸の魔物や糸車の魔物もいるが、彼等はその行為を成す者ではなく、その現象や道具を司る者だからね」
「む?毛糸の魔物さんは、毛糸を紡げたりは…………」
「出来なくはないにしても、得意ではないだろうね。その代り、毛糸の流通や管理には向いている。アルテアが親しい魔物の一人だよ」
「………………最近ちょっと、アルテアさんが謎なのです。以前はとても怖い魔物さんでしたし、今とてその事実は変わらないでしょうが、畑ではしゃいでしまったりする姿を見ていると、もう少し暮らしに根付いた魔物さんのような気がしてきました……………」
ネアからそんな疑問をぶつけられてしまい、ディノは困惑したように目を瞬く。
アルテアは今日、あの温室で収穫したコヤシシの茶葉の仕上げをするそうだ。
昨晩は清流で洗ってから月光に晒し、特殊な蒸留瓶に蓄えた夜霧で蒸し上げた後、今日のお昼には出来上がりだと言われて、あまりの玄人作業にネアも驚いた。
そんな様子を見ていると、魔物とは何だったのだろうかという気持ちになるのは否めない。
パンの魔物とは違う意味で、生態が謎めいている魔物の代表格である。
「彼は選択だからね。…………選び取り扱うという意味では、生活に纏わる道具や、料理などの工程も好ましいのだろう。選択に添う商売も好むようだから、毛糸の魔物との交流はそのあたりからだろうか」
「そう言われると、とてもよく分ります。そろそろ、とても素敵な白もふ兼、頼りになる家事の魔物さんという認識になりかけてしまいましたが、どの要素も選択に紐付くのですねぇ…………」
「家事の魔物……………」
お喋りをしながらではあるが、ネアはヒルドに指南されたように編み棒を動かした。
面白いのは、妖精の羽に触れた指先でまずは編み棒をすすっとなぞり、そこから始めるという工程だ。
そこで編み棒と毛糸に、妖精の編み物を始めるぞという合図になるのだとか。
編み手が人間であっても、こうしておけば妖精の承認の下で編んでいると伝えられるらしい。
なのでネアも、痛くないだろうかと緊張しながらヒルドの羽につつっと触れ、その指で編み棒を撫でる。
すると、編み棒はぺかりと輝き、ネアは動かす手がふわっと軽くなるのを感じた。
「それから、編み始める前に、このように編み棒の先を動かして下さい」
「むむむ。このような形ですね?」
今度は、空中に星を描くように編み棒を動かすと、専門用語などがあるのかも知れず上手く表現出来ないが、目の部分がきゅっと落ち着いたような気がする。
その後からは、不思議なくらいに軽やかに美しく編み棒が動かせるようになった。
「まぁ!こんなに綺麗に編めるなんて、楽しくなってしまいますね………」
「妖精の編み物の祝福の一端ですね。ただし、あまり祝福を強めると、かぎ針編みで花などを作っている際には、編んだ花が咲いてしまう場合もあるので、注意が必要になるそうですよ」
ヒルドは、そのような細やかなものは若干不得手だと教えてくれた。
かぎ針を使った妖精の編み物はアーヘムが得意であるらしく、シシィに至っては細い細い糸で素晴らしい花を編み上げて作るのだそうだ。
祝福を強めてわざと咲かせてしまって、半分編み物で半分本物のお花という不思議な装飾にするらしい。
宝石紡ぎと、妖精の編みものが出来る場合は、宝石から毛糸を紡ぎながらの編み物も可能で、もっと作品の幅が広がるのだとか。
とても稀少なものだが、宝石から織られた装飾や布地なども同じような技術の応用にあたる。
「私は、宝石を育てるのは得意なのですが、残念ながら、その宝石から糸を紡ぐのはあまり上手くありません。恐らく、宝石を育てる資質が強いせいで、魔術の浸透が偏るのでしょう」
「得意だからこそ、偏ってしまうことというのもあるのですね………………」
そう言いながらも、ヒルドは紡いだ毛糸の一部に、きらきらと光る森の結晶石を育ててくれた。
この毛糸を上手に使えば素晴らしいアクセントになる筈なので、ネアは仕上げる時にはヒルドにも相談してみようと考える。
(とっても素敵なものが出来そうな予感!)
まだ数列しか編み始めていないが、ここからはもうネアが一人で編み進められるというところまでを監修して貰ったので、ヒルドの糸紡ぎと、編み物教室はおしまいだ。
籠いっぱいの毛糸を抱え、ネアは丁寧に指導してくれたヒルドにお礼を言う。
「今回の編み物が上手に出来たら、いつかヒルドさんにも素敵なマフラーを編みますね」
「おや、それは楽しみですね。では、ネア様が挫けてしまわないように、分らないところがあればいつでもお教えしましょう。ただし、あまり装飾的なものになりますと、私も理解が足りませんので、その際にはアーヘムにでも。是非に色々と試してみて下さい」
妖精が編み物を教えるのは、自分の家族だけなのだそうだ。
ネアは、そんな編み物を自分に教えてくれたヒルドのメッセージに胸がほこほこする。
家族のような存在だからこそ、ヒルドは編み物を教えてくれたのだろう。
エーダリアも学びたがっていたが、実は子供の頃から使ってきた幾つかの品がヒルドの手編みだったと明かされ、昨晩はだいぶ驚いたようだ。
ヒルドは、こっそり小さな王子の為に編み物までしてくれていたらしい。
であればと、エーダリアは編み物を学ぶのをやめてしまった。
自身は、そんな愛情深いヒルドから編んでもらう側でいることを選択したのだろう。
ネアは、そうやって甘えられるようになったエーダリアに、ヒルドがとても喜んでいるように見えた。
「いつか、立派なセーターを編めるようになったら、ほこりにあげるのです」
「……………………え」
途中までは嬉しそうに聞いていた魔物は、最後の最後で悲しそうに目を瞠った。
てっきり自分が貰えると思っていたのか、まさかのほこり優先発言に聞き間違いだろうかと首を傾げる。
「ほこりに、あげるのかい…………?」
「ええ。この前、妖精さんの編み物を始めるという話をしたら、絶対に食べないのでいつかセーターを編んで欲しいとお願いされたので、可愛いほこりの為に名付け親は張り切ってしまうのです!」
「……………………ネアが虐待する」
「なぬ、なぜなのだ」
まずは共用のマフラーを編み、可能であればディノにイブメリアの贈り物のおまけで、何か編んであげようと思ってはいるが、セーターとなるとさすがに今年は荷が重い。
ヒルドへのお礼のものや、ほこりのセーターも考えれば、少なくとも再来年くらいの贈り物になりそうだ。
めそめそする魔物を、一緒に使うマフラーを持つのはディノだけなのだと宥めすかし、何とか事なきを得たネアはほっと胸を撫で下ろす。
ヒルドが紡いでくれた毛糸を見ると、とても綺麗でわくわくして微笑んでしまう。
素敵なショールが仕上がりますようにと、ネアは、大事な幸せの毛糸をそっと撫でておいた。
なお、アルテアからはマフラー以外のものにしろと言われてしまったが、なぜアルテアにも編むことになっているのかは、とても謎に包まれている。