荷造りと運命の音
「時折思うんだ。……………この子の運命は、どこかで誰かが何かに障ったのだとしても、それはどんなものだったのかなとね…………」
そう呟いたシルハーンに、そうだねと小さく呟いた。
夜は紫紺から漆黒に染まり、天頂には星々が瞬いている。
今夜は演奏会があったので、森はまだ賑やかなのだろう。
あちこちに様々な光が浮かび、楽しそうに見える。
そんなものを楽しそうにと思えるようになったのは、ここで暮らすようになってからだ。
そして今夜は、シルハーンと一緒に酒を酌み交わしているのだった。
(それにしても、演奏会の最後の最後で、ネアの知らない事件が起こった一日だったなぁ………)
先程ようやくその全てが終わり、帰って来たところで半刻程の日課の運動をした。
リーエンベルクに住むようになって、今迄にないくらいにあれこれ食べるようになったので、運動を楽しいと思うようになった気がする。
断じて、ボールなしの生活が考えられなくなった訳ではない。
(それにしても、ネアはよく無事に僕を見付けてくれるところまで辿り着いてくれたな…………)
あのラベンダー畑にネアがやって来た夜。
そこまでの道は決して平坦ではないと思っていたけれど、想像していたよりもずっと険しかったのだとすれば、こうしてここで一緒に暮らせるということは、どれだけの恩寵なのか。
その世界の理を知らないので調べようもないのだが、シルハーンに言われたことはしっくりくる。
ネアの生まれた世界には魔術のようなものはなかったと言われているが、シルハーンが覗いた時には、ネアの屋敷の庭の楓の木には楓の精がいたそうだ。
「確かに、僕から見てもこの子の辿った運命は、典型的な魔術の障りや呪いの軌跡のようなものだと思う。………生き残ることが罰だったというよりは、与えられた名前がネアを守って、一人だけ生き残ったんだろうね…………」
「とは言え、高位のものの名前を得ることは、守護と共にその運命の一端を引き継ぐことだ。それまでにも一族の者が失われているのだから、この子を苦しめたのは前の代からのものだとは思うけれど、与えられた名前も、ネアを完全に守れるようなものではなかったのだろうね…………」
ネアは今、寝台ですやすやと眠っていた。
明日から、リーエンベルクは夏期休暇に入る。
先程まであれこれと荷造りをしていたが、疲れていたのか寝台に入るとあっという間に眠ってしまったらしい。
眠っているネアも可愛いと、シルハーンはご機嫌だ。
投げ出された無防備なあの手を掴み、大事に抱き締めて眠りたいと思い、少しだけ苦笑した。
それは恋というよりはいささか深刻になり過ぎた、より深く揺らぎようのない確かなもの。
ずっと、欲しくて欲しくて堪らなかったのだと、ようやく最近になって知った宝物だ。
リーエンベルクには、そんな特別なものがたくさんあって、いつも明日はどんな日だろうかと、とても幸福な思いで目を閉じる。
厄介な事件や問題がある時でさえ、その安らかさは、それまで生きてきた全ての時間にも及ばない。
(あ、…………バイオリンかな………)
禁足地の森の方から、物悲しい旋律が聞こえてきた。
演奏会の音楽に心を動かされた誰かが、あの森の奥で演奏を始めたのだろう。
特別な才能は感じないが、胸に響く感傷的な音色に目を細めた。
ネアが起きていたら、きっと喜んだだろう。
「……………シル、ネアの母方の一族は、音楽家ばかりだったんだよね?」
「うん。この子は、その…………あまりその種のものは得意ではないだろう?きっと、そのようにあることが、障りから身を守る為の印となったのだと思う」
「ありゃ、そうか。だからシルは、ネアの歌声が好きなんだね」
「この子を守ったものだからね。でも、私は本当に可愛いとも思っているんだよ」
そう微笑み、シルハーンは眠っているネアの頭をそっと撫でる。
こんな話をしているのは、今日の野外演奏会で、ネアが母親のことを思い出したと話したからだ。
その言葉に疑問を覚え、シルハーンは、とある妖精の歌い手についてエーダリア達に忠告をした。
シルハーンが気にかけたのは、その妖精が何かの魔術的な弊害を受けていないかという事であった。
『ネアの勘は、鋭いからね…………』
そう呟いたシルハーンに、エーダリアは生真面目に頷いてから、すぐさまあの妖精の付き人をしている伴侶と連絡を取っていた。
悪意による魔術の影響が出ているかもしれないと伴侶から知らされた彼女は、自覚症状がなかっただけにとても驚いたそうだ。
今日の仕事の後もウィームの歌劇場での仕事が控えており、まだウィームに滞在していた彼女が頼ったのは、知り合いだというダリルだった。
友人を訪ねてその痕跡や影響を調べて貰ったところ、術毒のようなものをかけられた痕跡が見付かり、幸いにも解術が可能なものであったことからすぐさま治療を受けた。
あの妖精を呪っていたのは、恐らくは最近出会った同業者の誰かであろうという事だ。
己の才能や魅力を公にするということは、集められるのは必ずしも賞賛ばかりではない。
そこには、同じような成功を得られなかった誰かの、嫉妬や憎しみもあるだろう。
かけられていたのは、旋律による魔術で、彼女が音楽に身を委ねる時間の長さだけ、魂に深く根を下ろすものだったという。
術の引き剝がしは簡単で、その種の魔術とは相性が悪い、火薬の魔術を振りかけて枯らしたのだそうだ。
(まだ初期だったから、対処が可能だった。あとひと月もすれば引き剥がせない程に深くまで根を下ろした筈だ………)
そして、その災いの影響が、ネアだけが気付くような微かな違和感となって、恐らくはかつて彼女の母親の歌声に現れていたものと同じ響きを届けたのだ。
「今回のことで、ウィーム領は評価を上げたみたいだよ。さっきヒルドが帰って来て、あの妖精がまた来年の演奏会に来たいって話していたって喜んでたよ。なにしろ、今回呼べたのが奇跡だって言われていたくらいの、ヴェルリアでは毎晩どこかに呼ばれている有名な歌い手だからね」
そう言えば、シルハーンは特に喜ぶこともなく小さく頷いた。
彼を喜ばせるのは、何よりもネアが生きて動いていることなので、目の前で眠っているネアを見ている方がよほど幸せなのだろう。
「それにしても、よくネアとの会話からそんなことが分かったなぁ…………」
「全く違う声音なのだけれど、母親を思い出させると話していたんだ。それが気になったのだけれど、……………今回のことで確信を得たように思う」
それは即ち、かつてのネアが暮らしていた世界にもとある一族の命運を歪ませるような見えざる力があり、彼女はそれにずっと晒され続けていたということであった。
「一人だけ、…………それが万全なものではなかったとしても、護られたところから損なわれてゆく家族を見ていたなら、本人は自覚していなくても、母親の歌声の特徴が記憶に焼き付いていたのかもしれないね」
きっと、勘のいいネアのことだ。
何かが妙だと、なぜ自分の家族だけこんな風になってしまったのだろうかと、考えることもあったのではないだろうか。
魔術がない世界であれ、竜や妖精に憧れた彼女ならそのような見えざるものを可能性の一つとして、考えたことはあるかもしれない。
もしくは、この世界に来てその理を知ってから、自分の過去にもそんなものが動いたのではないかと考えたとしたら。
(きっとネアは、怖かっただろうな…………)
知るということは、決して救いとなる場合ばかりでもない。
導き出された結論の残酷さに、知ってしまうことで落胆し、傷付くこともあるだろう。
シルハーンが恐れ、今回のことで早々に手を打った最大の要因は、ネアがそのような怖さを知らずにいるようにする為だ。
あの妖精を襲うかもしれない悲劇に、自分の母親の面影を見ないようにという配慮からであった。
なぜか母親を思い出させる不思議な歌声を持つ妖精が、母親と同じように不幸な事故で命を落としたりしたら、ネアは何かを確信的に察するだろう。
その時、ネアにとって呪いや災いに満ちたこの世界は、家族を滅ぼした見えざる悪意の溢れる、悍ましいものになってしまうかもしれない。
シルハーンが何よりも恐れるのは、そうしてネアが、この世界を厭う理由となるものを見付けてしまうこと。
それは確かに彼女の為でもあるのだが、魔物はそれを彼女の為になどと言ったりはしない。
どこまでも自分本位で強欲に、この手の中にあるものを奪われぬ為の自衛として。
この幸福を脅かすものは、全てを排除する。
「音楽の周りの障りは案外根深いからね。そう言えば、ネアが名前を貰ったのは、森の女神だったっけ?」
「そうだよ。…………神という規格は、人間独自のものだね」
淡く微笑んでそう呟いたシルハーンに、小さく唇の片端を持ち上げる。
神という文化や規格を持つ土地は、ウィームには存在しない。
それは、どんな生き物をも、有りのままに受け入れた国風がそうさせたのだ。
特に神という歪な称号を押し付けられやすい魔物は、最初から自分を悪しきものだと言っている。
強欲で我が儘で、残忍で冷酷なのだと。
時には深い愛情を注ぐとしても、それは自身の欲求に過ぎない。
だから、この土地の人々はあるがままに、そう名乗った魔物を、ただの魔物と呼ぶ。
(僕も時々、塩の神だとか言われたりするけれど、その呼び方は嫌いだなぁ…………)
神という表現は、人間達が様々な生き物を信仰という雛形に無理やり押し込める為の、窮屈な言葉だ。
そんな呼び名から生まれたものもあるので、その種だけを神と呼べばいいだろうに。
とは言えごく僅かに、その行いが理不尽で残酷なものであれ、全てを自然の巡りとして受け容れるという思想を持つ民にも使われる。
彼等の呼び方であれば、悪くはない。
最近、アイザックが気に入っている人間は後者にあたり、あの欲望の魔物に見たことのないような表情をさせているらしい。
個人的には、アイザックが、ネアやエーダリアに食指を伸ばさずほっとしている。
「神ねぇ…………。そちら側にも、そんな言葉があるんだね」
「あちら側を覗いた時にはそのようなものは感じなかったけれど、私には知覚出来ないような存在がいた可能性もある。………とは言え、私達と大きく変わるようなものではないだろう」
「そうなると、………ネアは、そいつに対価を取られた可能性もあるのかな?」
「うん。あの子が孤独だったのは、何かを取られたからかもしれないね」
そう呟いて、シルハーンは微笑んだ。
その時のシルハーンの表情を人間達が見たならば、もしかすると邪悪だと評するかもしれない。
暗くて艶やかに微笑む彼は、ひどく満足そうに見えた。
でもそれは、至極当然のこと。
(その誰かがネアに何を求めたとしても、だからこそネアは無事でいてくれて、シルハーンがネアをこちらに呼び落とすことを防げない程度の力しかなかったんだな…………)
どのような経緯であれ、ネアはここに辿り着いた。
(今はしっかりと守られていて、僕たちのものだ。誰かに返したりするつもりもないし、この先、誰かに手渡すつもりもない)
どんな道であれ、それは彼女をここに導いたもの。
だからこそとても満足しているし、その足跡をもう振り返らなくてもいいように、憂いとなるものは剪定して排除する。
大事な大事なネアが、いつまでも笑って健やかに過ごせるように。
「……………むぐる」
そんなネアは、また頭を撫でたシルハーンの手に、体を動かして小さく唸った。
ぎくりとしたように手を引っ込めると、シルハーンは悲しそうに項垂れている。
「ネア…………」
「ありゃ………」
睡眠の邪魔をしてしまうと、ネアは寝ながら暴れるのだ。
そんな時のネアはとても恐ろしいので、どれだけ触れたくても、怒られないようにしなければならない。
男としてはいささか酷だが、シルハーンは特にそのような欲を持て余す素振りはなかった。
案外、ネアはしっかり婚約者を管理しているのかもしれないが、さすがにそちらの事情にまで口を挟むつもりはなかった。
からりと、グラスの中の氷が鳴った。
琥珀色の液体を口に含み、喉を滑る鋭い味わいを楽しんだ。
この酒を飲むと、氷の炎を口に含むようだと言われている。
弱くはないもののあまり飲み過ぎないようにしているが、シルハーンは水のように飲んでしまう。
よくネアには潰されているが、ネアに出会う前の万象の魔物に、酒に飲まれただとか、酔い潰れたという噂は聞いたことがなかった。
きっと、ネアが一緒にいるからこそ緩む心が作用して、あのように反応してしまうに違いない。
とは言えさすがに、ファルトティーの原液を飲む魔物もいないので、単純にネアがいつもとんでもないものを持ち込んでいるだけという可能性もある。
「エーダリアもさ、魔術的には障りを持って生まれた子供だ。そういう意味では、ネアとはよく似てるんだね」
そう呟いて、先程までネアに遊んで貰っていたボールを眺める。
絨毯の上に転がった赤いボールは、そんなエーダリアが買ってくれたお気に入りのものだ。
「その障りを、君は取り除かないのかい?」
「うーん、どうしようか迷ってるってところかな。これから先に僕達が暮らしてゆくことでこの土地が豊かになれば、もしくは、面倒なあの王都の人間達がいなくなった頃であればって、幾つかの可能性を思案してみたけれど、完全じゃないものを試すつもりはないから。…………僕は我が儘な魔物だから、もしもの可能性があるなら、それがエーダリアの道を狭めるのだとしても手は出さないだろうなぁ」
エーダリアは、幾つかの魔術的な障りを生まれた時から刻まれている。
それは勿論、本人も承知のものだ。
粛清された王家の最後の一人として、多くの人間達がこうあるべきだと思うことは願いの魔術の一端として深く刻み込まれてしまうし、憎まれただけで記される障りもある。
実際に手順を踏んだ呪いや災いを授けられなくても、願いや感情の刻印が、最も強い拘束となることは少なくない。
このままであれば、エーダリアは伴侶を得たとしても子供は残さないだろう。
それは、ウィーム王家の最後の一人として刻まれたエーダリアが、生まれながらにして持つ禁域の障りである。
あの血筋の復権を恐れるヴェルリア王家の者達や、国の均衡が崩れるのを恐れるその他の者達がそう望み、エーダリア自身がその危うさを理解していることで魂に根付いた呪いとして、深く深く刻まれているのだろう。
本人が知るということで輪を閉じる、典型的な呪いの一つだ。
勿論、エーダリアがそれを厭い、助けを求めるのなら、いつだって手を貸すつもりはある。
けれどもそれは過分な対価を必要とする手順なので、エーダリア自身がそこから抜け出して自由になることを望む場合に限られた。
その障りを引き剝がす為には、手を貸すのが塩の魔物であろうとも、大きな対価が必要となるし、魔術的なものだけではなく、彼の人生の岐路となるような選択にも対価が及ぶからだ。
(引き換えになるものが幾つも出るだろうな。今のヴェルクレアの状態だと、このままリーエンベルクでは暮らせないだろうし…………)
エーダリアはウィームを捨てなければいけないかもしれないし、子供達が蜂起の為の旗印にされる可能性や、危険分子として暗殺される可能性を受け容れる必要があるだろう。
血を繋ぐという決断そのものを危険視され、ウィームやエーダリア自身が粛清の対処となる可能性もある。
そして、そのような危険を齎す者を排除するとなると、今度は彼等の代わりに統治者としての重たい責務や、目を逸らしたくなるような役割が降りかかるかもしれない。
現王や王妃は目障りだが、彼等はあれでも穏やかなウィームの日常を自覚なく支えてくれてはいるのだ。
国を生かすということは、生易しいものではない。
その競争に負け、かつてのウィームが攻め落とされたのは記憶にも新しい。
そんな外海との境界に、殺すことも騙すことも望まないエーダリアを立たせ、その露払いをヒルドにさせることは、個人的にはあまり望ましくなかった。
(だから僕は、エーダリアがそれを取り除いて欲しいと言う迄は、この障りをそのままにしておくだろう……………)
ウィームを自らの手で守ってゆくことを諦める覚悟がエーダリアに出来れば、どこか人知れず他所の土地で、他の誰かとして自由にはなれるかもしれない。
その手助けは簡単であるし、そんな日々もそれなりに楽しいだろう。
でも、唯一無二の伴侶としてウィームこそをと望んだあの契約者は、そもそもウィームを手放せるだろうか。
やっと取り戻したその血の誇りを、愛する土地を自分の手で守る喜びを、そんな形で誰かに引き継ぐことが、エーダリアに出来るだろうか。
(うーん、そう考えると、今のところはエーダリア自身が、障りを引き剝がす為の対価を支払う覚悟がないだろうなぁ…………)
あの人間はまだ、大切な宝物を誰かに譲ることを望まないだろう。
最近、ダリルから、エーダリアが持つ剣が鈍らになったと文句を言われた。
けれどもその鈍さは、人間らしい執着が芽生えたからなので、今迄とは違う種類の鋭さも彼は育ててゆくと思う。
一度は、かつて失われた幼さを露呈するのだとしても、それは得るべきだった時間を取り戻しているのだと主張していい。
学び直し、楽しみ直し、育て直す為の時間くらいは、こちらで稼ぐのは容易である。
ダリルとは対照的に、ヒルドはそうして紡ぎ直せる時間が生まれたことをとても喜んでいるようだった。
本当に教えたかったものが教えられるようになり、本当に与えたかったものが与えられると、この前、珍しくほろ酔いで語っていた。
大切な友人がそんな風に微笑むと、どれだけ気分良く酒が飲めることか。
だから、こんな夜は考えてしまうのだ。
ここではない遠い別の世界で、ネアの一族を呪ったのは誰だったのだろう。
まんまとその血筋を根絶やしにし、災厄と悲劇で苦しめたのは、どんな障りで、どこから始まったものだったのか。
シルハーンがネアを見付けるその前に、とある人間の夫婦が愛する我が子の為にと選んだ名前が、その子供を災いから生き残らせた。
けれども彼等は、自発的に与えられたものではない守護の持つ危うさまでは考えなかったのだろう。
そうして、その澄んだ孤独と絶望が万象の目を惹き、ここに繋がる道をネアが踏んだことや、この夜に至るまでの全ての運命と偶然を思う。
エーダリアやヒルドがウィームに来たことにも同じような感慨があるが、彼等に出会う為にはまず、あのラベンダー畑でネアに出会う事が必要なのだから。
「………………つまりのところ、その毒が僕達にとっての唯一の薬になったってことだね」
そう微笑めば、ちょっと暴れ出したネアにタオルケットをかけ直してやっていたシルハーンが静かに微笑んだ。
「そうだね。ネアはもう私のものだ。もしどこかで、その薬と毒の役割が入れ替わってネアが逃げ出そうとしても、私はこの子を逃してはやれないだろう…………」
「うん、そんなものだよね。僕も、これからはネアのちっとも音階に乗らない歌声が好きになるかもしれないな。考えてみるとさ、この世界でもネアを守ってくれる良い障りだからね」
もし武器を持っていない時に襲われたら、恥ずかしがらずに大声で歌うようにとネアには言ってある。
可動域とは違って、音楽の祝福を授けることは可能だったが、シルハーンがそれを望まなかったのは、ネアにその武器を残しておきたかったからでもあると思う。
「私達も、見方を変えれば障りとなるのだろう。…………この子があれだけ望んでも、竜を飼わせてはあげられないのだからね」
「はは、確かにそうだね。ネアが捕まえてくるような竜だと、エーダリアもきっと夢中になりそうだから、僕やヒルドの為にも今後も禁止にしておかなきゃだ」
明日の朝は、早起きをしてみんなでリーエンベルクを出る。
また明日もこれからも、大事な妹や、ここで手に入れた友人や契約者達を手放すつもりは、ノアベルトにもさらさらなかった。
多分、この手を取る事で彼等が失うものもあるだろう。
けれど、これを災いだと呼ぶ者がいたとしても、こちらとて魔物なのだ。
魔物は魔物らしく、この幸福を独占しよう。
そう思って大事なボールをネアの鞄に詰め込むと、深く微笑んだ。