割れ嵐とコロッケ
その日のウィームは、生憎のお天気だった。
ネアは窓の向こうを見て目を丸くし、隣に立ったディノはそんなご主人様をさっと抱き寄せる。
「ほわ、嵐が来ています…………」
「ものすごい風だね………」
窓の向こうでは、暴風雨に吹き飛ばされてゆく小さな生き物達がおり、小型犬サイズの牛のようなものがびゅんと飛んでゆくのを見てから、ネアはそっと視線を外した。
「………雨があまり降らないで天気が崩れたので、気付くのが遅くなってしまいましたね」
「うん。土の精霊も飛ばされてしまうのだね………」
「あの牛さんは、土の精霊さんだったのですね…………」
時刻はもう、お昼近くである。
海竜の戦から戻ったばかりのネアは、今日はお休みを貰えたので朝寝坊していたのだった。
そして、目を覚ますといつの間にかウィームには激しい嵐が来ていたのだ。
二人は窓の外のあまりの変化に、困惑に顔を見合わせ、まずは会食堂に出てみることにした。
部屋を出て廊下を歩いていても、びゅおるると風の音が聞こえる。
時折壁にぶつかるどうっという風の音が聞こえるくらいなので、かなり大きな嵐のようだ。
(そう言えば、今年も疫病祭りは後ろ倒しの日程になっているんだった………)
ネアの海竜の戦お疲れ様連休が終わると、ウィームは疫病祭りになる。
今年は夏至祭でのあわいの波が大きく立ったことを踏まえ、日程を後ろにずらしている。
王都でも牛追い祭りがこれからあるそうで、疫病などに纏わる祝祭は全て夏至祭から少し離れた日程に変えたようだ。
窓の外は重苦しい曇天で、ここからでは窺えないものの霧雨くらいは降っているかもしれない。
ネア達が起き出す前に一雨ざっと降った後のようで、既に地面は重たく湿っていた。
同じ棟に部屋のあるノアの部屋を通った際に扉をノックしてみたが、ノアは部屋にはいないようだ。
「部屋には気配がないようだね」
「むむ、珍しく早起きしたのでしょうか?」
「起きれたのかな………?」
「もしかしたら、狐さんになって、エーダリア様かヒルドさんのお部屋に泊まっているのかもしれませんね。昨日の夜、エーダリア様がヨシュアさんと少し仲良くなれたと話していて荒ぶっていましたものね…………」
「では、私達よりも早く嵐を知っているかもしれないね」
どおんと、また激しい風が窓にぶつかってくる。
千切れ飛んできた木の枝が窓に張り付くのを呆然と眺め、ネアは差し出された魔物の三つ編みを握った。
こんなに激しい嵐が迫っているのなら、エーダリアも教えてくれそうなものなのだが、今回は事前のお知らせがなかったのが不思議である。
(もしかしたら、疲れていると思って言わないでいてくれたのかしら…………)
気を遣って貰ったのだろうかと首を捻りながら、ネア達はまず会食堂に向かった。
「誰もいませんね……………」
しかし、こんな異変が起きているのであれば、誰かはいそうにも思える会食堂はがらんとしている。
まだお願いしていた昼食の時間にも早いので、ネア達は無人であれば次の目的地へと考え、ひとまず会食堂も後にした。
そして、二人が次に訪れたのはアルテアが宿泊している筈の外客棟である。
一つのお気に入りの部屋を、アルテアは専用の宿泊部屋にしており、最近では少しばかりの私物なども持ち込んでいるようだ。
リーエンベルクの住居棟にも近いが、外門の方も見えるので何かと都合がいいのだろう。
アルテア曰く、大浴場が開いた時にはそこからの香りも届く部屋が条件だったのだそうだ。
「むむ。アルテアさんもいません…………」
「もう帰ってしまったのかな……………?」
そしてそんな専用の客間には、昨晩はリーエンベルクに泊まった筈のアルテアの姿はなかった。
とは言え、椅子の一つに漆黒のジャケットがかかっているので、置きっ放しにして出かけたのでなければ、帰ってしまったという感じもしない。
何と言うか、まだ滞在中であるという気配が残っているのだ。
ネアは少しだけ不安の度合いを強め、隣に立っていてくれる魔物の水紺色の瞳を見上げた。
そう言えば廊下で家事妖精にも行き合わなかったことを思い出し、俄かに怖くなってくる。
「ディノ、…………廊下で家事妖精さんも見かけませんでした」
「……………確かに、いつものように姿を見かけないね。けれど、気配がどこにもない訳ではないから、消えてしまったということではないようだ」
「ほぎゅ。うっかり、今迄の世界にそっくりの違う世界に迷い込んだだとか、その手の怖い話を思い出して不安になってしまっていました。では、私達が見付けられていないだけなのですね…………」
「そのような怖い話があるのかい?私が一緒にいる限りは、ここではない世界に呼び落とされてしまうことはないよ。だから、安心していい。……………部屋を訪ねるのではなく、直接誰かの気配を探ってみようか」
「ディノが一緒だと、異世界に迷い込む系の怖い思いはしないで済むのですね!」
「うん。私自身が、違う世界には移動出来ないからね。………それは、君にとっていいことなのかい?」
「勿論です!私はこの世界がたいそう気に入っているので、他の世界に迷い込んでしまったりしたらどれだけ悲しいでしょう……………」
ネアがそう言えば、ディノは目元を染めて嬉しそうに微笑んだ。
この世界にネアが呼び落とされた直後は暫く、ネアが元の世界に帰りたがるだろうかと心配していた魔物だ。
もうそのような心配を口に出すことはなくなったが、今でも、ネアはどう考えているのだろうと想像してみるのかもしれない。
なのでネアは、大事な魔物の三つ編みを引っ張ってやり、この世界以外のどこにも行きたくないのだと宣言し、魔物を安心させておいた。
「ずるい、……………かわいい」
「むむ。謎のずるいが始まりましたね…………」
「それと、厨房の方の区画に、皆がいるようだよ。何か作業をしているようだね…………」
「お料理でしょうか…………?」
「料理………………」
ネアは、皆が申し合せて厨房の方にいるのであれば、例えばサプライズお料理などをしている可能性も含め、何か思い当たるようなイベントはないだろうかと首を傾げた。
誰かの誕生日というのはまだ先であるし、もしかすると海竜の戦の優勝おめでとう祝賀会だろうかと勝手に考え、お祝いされるのも吝かではないとうきうきしながらその部屋までやって来る。
そこは、普段は使わない部屋であった。
食材の保管や、厨房施設としても使えるようになっており、大晦日や新年など、大量の料理を作る必要がある時などには、道具や食材を持ち込み仮設厨房に早変わりする。
ここで、みんなは何をしているのだろう。
ごくりと息を飲むと、ネアは扉を開いた。
「油が足りないぞ!予備のものはどこだ?」
「残り、七百個だよ」
「ネイ、もっと手を動かして下さい」
「エーダリア、ヒルドが苛めるんだけど……………」
「おい、油はまだか?!」
カチャリと明けた扉を、ネア達はそこで一度閉じた。
その扉の向こうに広がっていたのは、繁忙期お昼時の人気レストランの厨房のような、戦場としか思えない殺伐とした空間だったのである。
「ほわ、…………もしやこれは、ちょっと変わった夢でも見ているのでしょうか?」
「………………何か、丸いものを揚げていたようだよ」
「た、確かに私にもコロッケのような不思議なものが見えました……………」
「ころっけ…………」
この世界にもコロッケはあるのだが、ディノはピンと来なかったようで、ネアはコロッケについての説明をしてやった。
(…………それにしても、コロッケ?)
そこで二人は、もう一度そろりと扉を開いてみると、中で何が行われているのかを確かめてみることにした。
「くそっ、この鍋はもう駄目だな。次の鍋を持ってこい!」
「なんで僕が雑用なのさ!」
「鍋の魔術貼りは、お前にしか出来ないだろうが」
「もうこれで、三十四個目なんだけど………………」
「ゼノーシュ、そちらの籠は終わりましたか?」
「うん。揃ってきたから、またグラスト達を呼ぶね!」
がしゃんと、もの凄い音がして、アルテアが部屋の角に置かれた木の箱に壊れたお鍋を放り込む。
あまり厨房を覗いたことはないのだが、ネアの知らないお鍋がそこには壊れて積み重なっており、不思議なしゅわしゅわとした金色の光を放っていた。
どうやらこの部屋では、臨時の厨房スペースが設営され、総出でコロッケ的な揚げ物を作成しているようだ。
じゅわじゅわっと油が弾ける音に、香ばしく揚った衣の匂いと油の匂いがして、ネアは、お腹がぐーっと鳴りそうになる。
全員が淡い水色のエプロンをつけているので、何だかお揃いのユニフォームのようで可愛らしい。
しかし、状況はかなり切迫しているらしく、エーダリア達の表情は壮絶だ。
(アルテアさんが、ジャガイモと合わせる挽肉を炒めるのと、揚げるのをやっているみたい?エーダリア様が成形をして、ヒルドさんが衣をつけてる。……………ゼノはコロッケを冷まして籠みたいなものに詰めているし、ノアはさっきからお鍋やエプロンに何か魔術をかけているみたい…………)
そして、聞き間違いでなければ、先程ゼノーシュが残り七百個だと言ってはいなかっただろうか。
それだけのコロッケを大急ぎで作るとなると、何か焚き出し的な理由があるのかもしれない。
ネアは、これは人手が多い方がいいだろうと思ってその部屋に踏み出そうとしたのだが、なぜか、ディノにさっと持ち上げられて入口から遠ざけられる。
「ディノ?」
「……………重魔術をかけた調理だね。一種の魔術錬成のような作業だ。君が入ると、魔術の基盤が滞ってしまうから、この部屋には入らないようにね」
「………………錬成な、…………お料理なのです?」
「何かの鎮めの儀式を行うのだろう。…………このようなものを作る儀式を見るのは初めてだけど、意味はあるのだと思うよ」
そんなやり取りをしていると、こちらに気付いたノアが顔を上げた。
どこかほっとしたような、助けを請う眼差しになったので、ネアは慌てて駆け寄ってやりたくなる。
「ノアベルト、手が止まってるぞ」
「わーお、暴君だなアルテアは。…………シル、こっちで鍋の魔術を編みながら説明するね」
「………………私もこの部屋には入らない方が良さそうだね?」
「うん。シルにも遠慮して貰った方が良さそうかな。かなり複雑な魔術を指定して編み込んでいるから、シルが触れると違う属性のものが混ざりそうだ」
「では、ここから先には進まないようにしよう。…………この嵐と関係があるのかい?」
そう尋ねたディノに、ノアは両手でくるりと器用にお鍋を回した。
ひっくり返したお鍋の底に、ぺかりと光る金色の魔術を添付すると、大きな作業台の天板をしゃっと滑らせてアルテアの手にパスしている。
よく見れば、ノアは揚げ油にも何かの魔術を仕込んでいるようだ。
「今来てる嵐は、割れ嵐なんだ」
「……………おや、誰かが結界や封印を割ったのだね」
「ネアにも分かるように説明すると、そこから逃げ出したものが溜め込んだ穢れが嵐を引き起こしているんだけど、そろそろ嵐の目がウィームを通るんだ。それまでに、生贄の代わりに割れ嵐対策の鎮めの品が必要だって訳」
「ほわ、コロッケが…………」
「…………それが、その料理なのだね?」
「これがさ、かなり高度な錬成なんだよね……………。割れ嵐の鎮めの品は、大抵その封印や結界で捕えたものを調伏した際に使われたものが有効なんだけど、よりにもよって、こんなものを調伏に使った相手に僕は恨みごとを言いたいよ…………」
ノア曰く、エーダリア達が一切喋らないのは、錬成の手順を崩せないからなのだそうだ。
もくもくとお料理をしているように見えるが、これでもエーダリアたちは死闘中なのである。
作業要員を増やせないのは、この錬成が可能な者がここにいる五人しかいないからなのだった。
ノアが魔術効果を添付しているお鍋や油も、みんなお揃いのエプロンも、全てにこの封じの品を作るのに耐えうるだけの祝福魔術が込められている。
失敗すると爆発するというので、ネアは慌ててディノの影に隠れた。
じゃっと、音がする。
どう見ても、玉葱と挽肉を炒めているようにしか見えないアルテアだが、実際に炒めているのは、魔除けにもなる香味野菜と獣の祝福のある特別な牛挽肉だ。
そこに塩胡椒をしてそれぞれの祝福で包んだ後、蒸かしてマッシュしたジャガイモに混ぜ合わせる。
このジャガイモには大地の祝福があり、根付き育むものとして、空からやってくる災厄に土地のものが攫われないようにする為の、地の守護が秘められているのだとか。
麦からの豊穣の祝福、卵による無垢さの生誕の祝福、火の祝福に、油は果実の祝福を得ている。
さまざまな魔術を順序よく、そのどの効果も損なわないように緻密に織り上げ、黄金色のほかほかコロッケが出来上がる。
それを、衣がしなっとならないように上手に程よく冷まし、特製の結界で覆われた籠に入れてリボンを持ち手にかけることで、持ち運ぶ時に外部からの侵食などで劣化しないように保護すると、ネアの目には美味しそうなコロッケの山にしか見えない鎮めの品の出来上がりだ。
「……………じゅるり」
「おい、ただでさえギリギリなんだ、絶対につまみ食いするなよ?」
「むぐ、皆さんの努力の結晶を略奪して食べてしまったりはしないのです……………」
ネアが思わず美味しそうなコロッケの山に視線が釘付けになっていると、すかさずアルテアから注意が飛んできた。
寝起きに呼ばれてしまったのか、付き合いよくコロッケ戦争に参加してくれている魔物の第三席は、濡れたまま後ろに撫でつけたようなオールバックの髪型が、激し過ぎる厨房での戦いで少し崩れて何とも悩ましい。
白いシャツの袖を丁寧に捲り上げているが、珍しく素足で室内履きのような履物を素足に引っ掛けているところが、何だか無防備ではないか。
(よく見れば、エーダリア様もヒルドさんも部屋着のような服装のままだわ…………)
ノア曰く、家事妖精達はこの割れ嵐と呼ばれる特殊な嵐から建物や庭を守るべく奮戦しているようで、料理人達は、可能な範囲での助力としてジャガイモの皮剥きや茹でる作業などの下拵えをしてくれている。
リーエンベルクの騎士達も、施設の守護に回るものと、コロッケを鎮めの品として嵐に差し出す者とで分担しているようだ。
ウィーム全土に厳戒警報が出され、本日の不要不急の外出は既に原則禁止されている。
その代わり、公共施設や各商店などでは、出先でその報せを知った者達の避難に協力することが求められた。
そちらの指揮はダリルが取っているらしく、ただでさえ忙しい海竜の戦明けに誰が封印を解いたのだとかなりお怒りだったようだ。
「リーエンベルクの結界は、私が補強しておこう。どのようなものが基盤になっている割れ嵐なのかを、一度見てみた方がいいだろうね」
「多分、食べ物で鎮めの品にしてるから、悪食だとは思うよ」
ノアにヒントを貰い、ネア達は一度、そのコロッケ戦争の最前線を離れた。
ディノに持ち上げられたまま一度中庭に出る硝子戸のところにゆき、ディノは結界の綻びを作らないようにと硝子戸を開けたりはせずに、魔術の探索を伸ばして今回の割れ嵐の原因のものを探ったようだ。
相変わらず、窓の外はたいへんな荒れようだ。
先程より外は暗くなり、木々はばっさばっさと風に揺れている。
雨も降り始めたのか、ざあっと雨のカーテンが目に見える程に波打って揺れる。
ゆるやかに波打ち、次の瞬間に風に巻き上げられてごうっと吹きすさぶ。
遠くの雲間には雷が見え、ネアはおおっと窓に張り付いてしまいたくなる。
子供の頃から、嵐に目まぐるしく変化する空を見るのが大好きなのだ。
(嵐そのものは、気象性のもので特に問題はないようだけれど…………)
問題なのは、その嵐の目の部分に昇り、嵐を引き起こして穢れを巻き散らす、封印されていた何かであるらしい。
「今回のものは、やはり悪食のようだ。…………生き物というよりは、悪食を再現しようとした術式の暴走だね」
「…………悪食を再現したりも出来るのですか?」
「人間の手によるものではないだろう。かなり高位の、魔物か精霊の作った術式が、何かのきっかけで動き出したり悪用されたりして、作り手の手に負えなくなったのではないかな。術式そのものが悪食になって、それを誰かが封じたようだね」
「………………術式が」
ネアはそこで、よく物語などにある禁術が暴走して意志を持ったようなものを想像してみた。
本や映画の中では、邪な願いを持つ者に憑りついたりもして世界を揺るがす大事件に発展したりするのだが、こちらの世界では特製のコロッケで鎮められてくれるようだ。
術式なので形はなく、大きなエネルギーの塊のようなものが荒ぶるだけなので、まさしく普通の嵐のようであるとも言える。
(ただし、コロッケを所望する!)
この嵐の発生の原理としては、結界や封印がぱかっと割れると、大きな魔術的な力を持つ中身が飛び出し、急激な天候の変化を引き起こすものなのだそうだ。
だから割れ嵐と呼ばれるのだが、普通の嵐のようにこうして移動してくるので、周辺の住人にとっては迷惑極まりない。
「みなさんは、大丈夫でしょうか…………」
「鎮めの品は、恐らくゼノーシュがその割れ嵐の規模を測って、必要な量を計算したのだろう。間に合うといいね」
「あの美味しそうなコロッケを嵐などに捧げるのが、釈然としません…………」
「コロッケ……………」
ネアは、もう一度あの仮設厨房の近くにまで戻ると、隣の部屋を自身の厨房に繋げた。
冷たい飲み物を各種用意して、コロッケ戦争が終わった者達の為の憩いの場を用意しておくことにしたのだ。
やがて、仮設厨房の扉がばたんと開くと、若干目が虚ろになった戦士たちが、篭いっぱいのコロッケを抱えて出てきた。
その前に廊下に集まってきていた騎士達も手伝い、籠いっぱいのコロッケを、どこかに運んでゆく。
大量に作り上げたコロッケを送り出すと、厨房で頑張った者達はへなへなと廊下に座り込んでしまう。
「さあさあ、皆さん。こちらの部屋に飲み物を用意してありますよ。動けない方もいるようなので、何が飲みたいのか言っていただければ、持ってきます!」
かくして、可動域が低すぎてコロッケ戦争の現場には足を踏み入れることが出来なかったネアによる、コロッケ戦士たちの慰労会が始まった。
てきぱきと冷たい飲み物を運び、ゼノーシュには甘いお菓子を合せて渡す。
廊下に座り込んで動けなくなってしまったエーダリアは、こちらもだいぶ疲労している様子のヒルドが、小脇に抱えて隣室の厨房に運び込んでくれた。
揺り椅子に設置され、きりりと冷たいミントティーを飲み、エーダリアは低く安堵の声を上げている。
「ディノ、アルテアさんが死んでしまいました………」
「アルテアが……………」
今回、一番働いたのは、アルテアだったようだ。
厨房のいつもの席に陣取ると、ネアの用意しておいたきんきんに冷やしてあった辛口の白葡萄酒を飲み、そのままぱたりとテーブルに突っ伏してしまった。
あまりにも不憫だったので、ネアは冷たいおしぼりを作ってやり突っ伏している腕の隙間から見えているおでこに、ひやっと当ててやった。
そんなネアに、檸檬ジュースのグラスを抱えて、ノアが今回の割れ嵐について教えてくれた。
「多分、あれアルテアが作った術式なんじゃないかな…………」
「なぬ?!」
「何となくだけど、術式の癖的にね。エーダリアが相談した時、協力もいやに早かったし…………」
「ということは、これは自損事故…………」
「まぁ、誰かがその術式を動かしてから手に負えなくなって、更に誰かが封じたんだろうけどさ」
「と言うことは、アルテアさんの魔術は、コロッケで封じられるのですか?」
「ありゃ…………そう言う事?」
そんな会話をしていると、ヒルドが何かに気付いたように顔を上げ、深い溜息を吐いた。
「騎士達からの連絡が入りました。…………無事に、嵐の目は、ウィームを通過するようです」
「そうか………………間に合ったようで、何よりだ……………当分揚げ物は見たくないな……………」
「あら、せっかくなので、私が皆さんに美味しいコロッケを作ろうと思ったのですが…」
「ネア、ごめん君の料理なら幾らでも食べたいけど、一か月は待って……………」
「申し訳ありません、今日の今日はさすがに……………」
「私達ですらこうなのだ、アルテアが死んでしまうぞ」
「むむぅ。……………アルテアさんは既に儚くなっているような………………」
その日の昼食は、少し遅い時間になった。
疲労困憊したコロッケ戦士たちの為に、食べやすく消化にいい軽い食事になったので、ネアは午後からお手製のポテトコロッケをディノに作ってやり、二人ではふはふさくさくしながら美味しく食べた。
嵐はまだ残っているようだが、後はもう普通の荒天として見送って構わないようだ。
次に嵐の目がさしかかる先の国ではコロッケが間に合わないかもしれないが、その場合はどうなるのかは、アルテアにも分らないそうだ。
どうやら、コロッケを捧げた土地は通り過ぎ、コロッケが貰えないと荒ぶるらしい。
ネアは、割れ嵐はどれだけコロッケを食べるつもりなのだろうと、またこの世界の不思議に首を傾げたのだった。