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夏雪の夜と魔物の来訪





その夜は最初から出掛ける予定であった。

幾つかの余分の排除と、基盤の調整とを予定していたが、直前になってもう一つの予定を増やさねばならなくなったのだ。



海の方が騒がしいという一報が入ったのは、その日の夕刻のことだ。

どうせなら、今夜の内にそちらも片付けてしまおう。



「では、少しだけ出かけてくるよ。私が不在の間を頼んでいいかい?」

「勿論だよ」



微笑んで頷いた友人に背を向け、淡く転移を踏んでまずは街に向かう。



街にある貸家の一つに異国からの商人が滞在しており、その中の一人が申告通りの人間ではないことが、街ですれ違った時から気になっていた。

何しろその商人は、すれ違う彼女をじっと見ていたのだ。



魔物が向ける執着の瞳は、とても分かりやすい。



夏の夜は黒々と澄み渡り、魔術の陽炎がけぶる夜空には、大きな満月が出ている。

石畳を這うのは深い霧だが、天上ばかりは晴れ渡り、その眩い月光を地上に投げかけている。

そんな月の光が霧に蓄えられ、地上を不思議な青白い光に染め上げるのだ。



夏雪の夜と呼ばれるこの現象は、土地の魔術基盤が、不足している月や星の祝福の光を基盤に溜め込む為に起こる。

主に夏至の後と収穫祭の後に見られることが多く、それはつまりそれらの祝祭では土地の魔術から夜空の祝福が失われるという証拠でもあった。



歩きながら、そうして補填されて場を整えてゆく魔術基盤を、更にこちらからも整える。

歩いている内に、霧の中から白い花びらのような魔術のかけらが、ふわりと夜空を舞いはじめた。



土地の魔術が満ちると不要なものが舞い上がるようになる。

また、この夜空を浮遊していた小さな生き物達が、強過ぎる魔術に燃え尽きてゆくことでも似たような現象が起こるのだとか。



夜風が吹けば霧が揺れ、そんな花びらのような白い光がいっせいに揺らいだ。

それはさながら、真夏の夜に降る雪のように。



はらはらと舞い散るその雪の中を歩き、このあたりだろうかと、一つの屋敷の窓を見上げる。



淡い水色の壁に焦茶色の屋根の瀟洒な屋敷は、アクス商会が管理している屋敷の一つだ。

管理人をつけて、領内に幾つかある、他国からの商人達の集合住宅としているらしい。

アクス商会から家事などの雑務をする使用人も常駐させてあり、彼等は滞在している商人達の監視役でもある。



なので今回は、事前にアイザックには話をしておいた。

こちらで対処をとも言われたが、魂そのものの痕跡を残さない排除や、書き換えとなると彼には出来ないものだ。

憂いを残さぬように手を加える必要があるので、今回はこちらでやると話してある。



(静かな夜だな………)



屋敷の周囲には人影はなく、人間達は扉や窓を固く施錠して月光が屋内に忍び込まないようと対策をしているようだ。

通りの方にはまだ人影があるが、それはどれも魔物のものであった。



この夜に霧の中を歩くと潤沢な魔術に身を浸すことで様々な恩恵を受けられるが、それは主に魔物に限り、人間達などは狂死しやすいそうだ。

魔物達が力を得る夜だからこそ、他の種族達には危うい夜で、市場や歌劇場は今夜も開いているが、お客は全て魔物だという。




咲き誇る薔薇のような甘い香りが漂う。



魔物が好む魔術の香りに目を細め、特に意識をしたことはないが、身の内に満ちる魔術の温度にそっと触れてみた。



(ふうん、………こんな風になるのか)



今迄は気にするまでもないこととして見過ごしてきたものでも、最近はこうして確かめるようにしている。

知らなければ注意をすることも出来ないし、それはどういうものなのだろうと尋ねる彼女に答えることも出来ない。


すると思っていたよりもこの世界は広く、実は見知らぬものがあちこちにあるのだった。



(…………きっとこんな光景を見れば喜ぶだろう。でも、この夜を見せてあげるには、まだ早いかな………)



とても美しい夜だが、不穏な夜なのだ。

魔物達は魔物らしくなるし、あちこちで悪しきものが蠢く。

彼女に失望されたり、怖がらせてしまったりしないように、もう少しどこにも行けなくなってから見せてあげよう。



どこか遠くで、声にならないような悲鳴が途切れた。


こんな夜には、普段は外出を好まないような魔物が夜の散歩を楽しむことがあり、出会ってはならない者同士がどこかで顔を合わせたのだろう。



現に、この夜に狩りをする魔物はとても多い。


罠や秘密を張り巡らせ、気に入った獲物にその指先を届かせる。

そうして狙われるのは、外に出てこないような脆弱な生き物達ではなく、同じようにこの夜を楽しむ高位の同族や、こんな夜だからこそ何かの秘密を得ようとして紛れ込む、高慢な異種族の者達が殆どであった。




つまり、それがこの夜の流儀であり、品位である。

閉まっている扉をこじ開けるのは、下劣な行為なのだ。




「こんな夜だから、外を歩かずにはいられないのかい?」



そう問いかけると、窓枠に足をかけていた男が怯えたように振り返った。


街で見かけた時には茶色い髪をしていたが、実際には赤髪に緑の瞳をしているらしい。

月光を映した緑の瞳が光り、怯えたように周囲を見回す。




「……………だ、誰だ?」




そう問いかける声は、ひどく震えていた。


意識を失わずにいるのだから、ある程度の爵位はあるのだろうかとその緑の瞳を覗き込むのだが、どうしたことか、一向にこちらを見ない。



「だ、誰かいるのか!」



その狼狽した叫びにおやっと目を瞠った。

彼には、どうやらこちらが見えていないようだ。



ごく稀にだが、このようなことは起こる。


見るという事は知るということ、そして受け入れるということだ。

受け手側の容量が足りないと、見ることだけでその体や魂に負荷がかかるので、その防御策として視認出来なくなるらしい。


擬態しようにも、こんな夜は擬態が剥がれてしまうので、こちらもこれ以上は配慮のしようがなかった。



「君には、私が見えないようだね。思っていたよりも負荷をかけてしまうのは困ったことだけれど、夏雪の夜だから仕方ないね」

「…………だっ、誰だ?!どこにいる?!」



自分が獲物になる可能性も知ってはいたものか、その魔物はとても怯えていた。

そうなると、狩られることも選択肢に入れなければならない中階位の魔物だろうかと考えながら、どうやら彼には見えないらしいこの指先で、そっと額に触れる。



小さな悲鳴を上げて窓辺に崩れ落ちたその男は、明日の朝に目を覚ます頃にはもう、この夏雪の夜に捕まえようとしていた歌乞いのことなど覚えていないだろう。


壊してしまっても良かったのだが、直前で考えを変えた。


この屋敷に受け入れられた商人なのだから、ウィームの審査もアクス商会の審査も通ってはいる筈だ。

ウィームに必要なものを扱う商人だった場合、誰かが困ってしまうかもしれない。





(さて、次はあの魔物だろうか………)



次に向かった先は、月光の道を辿り、ウィームの外にある他領の中継都市であった。

王都とその領を結ぶ街道添いにある、一つの教会を中央に据えた街で、そこにはガーウィンの教会組織に属する魔物達が何人か暮らしている。




直接目的地に行かず、街の入り口に転移で下りたのは、誰かがそこで自分を待っていると気付いたからだ。


ひっそりと立つ影は髪の長い女の姿をしており、黒いドレスが夜風に翻る。



「…………あの者を諌められなかったのは、わたくしの責任です。申し訳ありません、我等が王よ」

「彼の心は彼のものだろう。君が、私の婚約者を傷付けようとした訳ではないからね」



街の入り口に立ち、深々と頭を下げたのは鐘楼の魔物の一人だった。


鐘楼には多くの魔物が住まうが、人型の魔物がいるのであれば、この土地の教会は多くの信仰や執着を集めているに違いない。



そして、そのように自分を育んだ土地だからこそ、土地の管理者として真っ先に出てきたようだ。

本来であれば、こうして相対するのは苦しい階位だろう。

ちらりとそちらを見れば、指先が激しく震えていて、僅かだが既に砂になり崩れ始めているではないか。



階位や精神圧の違いが顕著となれば、受け止めきれない高位の者に出会うとそれだけで、視認するまでもなく体を損なう脆弱な者もいる。


一応、あまり関係のない者を損なわないようにはしているのだが、やはりそれでも影響は出てしまうらしい。



「君は戻っておいで。塔の魔物を排除したら、私はそのままここを去ろう」

「…………王、」

「顔を上げない方がいいだろう。先程も一人書き換えたのだけど、私を見たら目を無くしてしまった」

「……………御配慮に感謝いたします」



一度は上げようとした顔を再び深く伏せた鐘楼の魔物の横を通り抜けて、この街に住む魔物の一人を探した。



塔というものもまた、人々の強い思いが凝り易いのか、魔物が派生しやすい建造物の一つだ。

塔の魔物を統べる爵位持ちの塔の魔物もいるのだが、それとは別に、その塔そのものに派生し暮らす魔物が、塔の魔物としていることがある。

この街の物見の塔には、そんな魔物が一人住んでいた。



がおんと、塔の上にあった灯りが風に揺れる。


魔術の火を入れたランタンのようなものなのだがそこに火を入れてあるのだから、この塔には先程まで誰かが居た筈だ。


けれども今は、魔物の気配が見当たらない。



「逃げようとしているのかな………」



少し探してみたが、やはり塔の上に魔物はいないようだった。

この訪問が意味するところを知り逃げたのだろうかと考え周囲も探してみたが、簡単に認識するにはいささか脆弱な魔物だった。



(直接触れてみないと分からないか…………)



ではせめて、この手ではなく、魔術の影を伸ばすことにしよう。



夜空に近くなる塔の屋根に立ち、探索の魔術をひたりと伸ばした。

その魔術が触れた先で、家々の屋根から草花が芽吹き、街路樹がめきめきと育ち大きく枝葉を伸ばしてゆく。

触れた魔術が大きかった塔の壁が砂になって崩れてしまい、そのひび割れた表面には、塔の近くに生えていた椎の木の枝が絡まり壁を突き破る。



あちこちの木々や花壇に花が咲いた。




「…………ああ、いたね」



伸ばした魔術のその先で、探していた塔の魔物を見付けた。

塔から下りて、生い茂った木々が月を覆い隠してすっかり暗くなってしまった石畳の道を歩けば、街路樹の木々には満開の赤い花が咲き、その花びらがはらはらと散った。



街はひっそりと静まり返っている。

人々は決して窓を開けないだろうし、外を出歩ける者達も今は息を潜めていた。

うっかり壊してしまうことは避けたいので、出来れば暫くの間はそうして動かずにいてくれればいいのだが。




「……………っく、……っ、」



やがて、街の中心にある大きな井戸の近くで、蹲って泣いている一人の魔物を見付けた。




「困ったものだね。どうして君は、私の婚約者を狙ったんだい?」



そう尋ねても答えられないのか、暫くは啜り泣きが響くばかり。

待っても無意味だろうかと考えて手を持ち上げたその時、塔の魔物は涙に濡れた青い瞳を開き、けれどもこちらを見てはならないことは知っているものか、怯えたように顔を伏せた。



「…………あ、あのような人間、奪った指輪を持つ手を切り落とせば、我が君を自由にして差し上げられますものを………」



そう一気にまくし立てて、また泣きじゃくる。


それが、あの夏至祭の夜に、ネアの手を切り落とそうとしていた理由であるらしい。

気付いたノアベルトが排除しようとしてはくれたものの、思っていたよりもすばしこくて逃げられてしまった魔物だ。



(…………指輪のある手を、切り落とそうとしていたのか………)



そう考えると、怒りと言うよりは胸の底が冷たくなるような不快感があった。

ざわりと足元に深い影が落ち、石畳の一部が闇色に染まる。



「…………っ、な、何度も、お側にゆき、御身を自由にしようとしているのだと申し上げようとしたのですが…………」

「…………けれど、この街から出られなかったのかい?それは、私が君にそう命じたからだ。あの場所から逃げてしまう君に向けて、君の住処から動いてはいけないよと命じたからね」



だからあの塔にいるものだとばかり考えていたが、こうしてこの場所に来てみると、古井戸の水面にはこの魔物が住む塔が映っているのだと分かった。

この井戸もまた、塔の魔物の住処なのだろう。



「あまり壊さないようにはしているのだけど、君はあの子を傷付ける為の魔術を編んでしまった後だったからね。私の守護が弾かなければあの子は傷付いていただろうし、ノアベルトが追わなければ、君は何度でもあの子を狙っただろう」

「…………我が君」

「こちらを見てご覧、フィダル」



あの塔を調べて見付けたその名前を呼ぶと、青い瞳が真っ直ぐにこちらを見た。




「…………ひっ、」



小さく飲み込むような悲鳴を上げ、けれども逆らうことは出来ずにこちらを見上げてしまい、塔の魔物は大きく見開かれた青い瞳から、さらさらと崩れてゆく。

恐怖の表情を貼り付けたまま一瞬で塵になると、街を吹き抜ける風にざあっと霧散した。




すぐにそこには何もなくなった。

小さく息を吐くと、次は海の方に行くのかなと憂鬱な気持ちになる。




(リーエンベルクに帰りたい………)




まだ半刻も経ってはいないのだが、既に辟易としていた。

部屋に帰ればネアがいて、今頃はノアベルトが狐になっていて、そんな彼女と遊んでいるのだろう。



(帰ったら、髪の毛を梳かしてくれるかな…………)



或いは、三つ編みを引っ張ってくれたり、爪先を踏んで甘えてくれるだろうか。

微笑みかけてくれて、どこにも行かないと言ってくれればいいのに。



ふと顔を上げ、見事に咲いた深紅の花をひと枝手折ってみる。

色は違うが、ネアの好きな花に似ているから、持って帰ったら喜んでくれるかもしれないと考えたのだ。



けれど、触れたところからその枝は朽ちてしまい、また溜め息を吐いて、枯れた枝を地面に捨てた。


胸の奥がざわついて悲しく、ネアが朝に結んでくれたリボンにそっと触れる。

幸いにも、そのリボンは朽ちてしまうことはなく、ネアが結んでくれたままの形でそこにあった。




また転移を踏んだ。



先程より風が強くなり、月光に照らされて青白く輝く夜の海が広がっている。




海の向こうには、夜海の魔物の大きな影が見え、海の底で賑やかに歌っているのは海に住む様々な魔物達だ。



波が鳴り、砂浜にきらきらと光る細やかな結晶石を残す。


ネアと二人で歩いた夜の砂浜を思い出し、砂浜に落ちているものを採取したくて堪らないのに、必死に我慢してこちらを見ていてくれたネアがどれだけ可愛かったのか、その時の幸せな気持ちをそっと辿る。



そうすると、少しだけ胸が軽くなった。



出会ったばかりの頃はこの手を振り払って逃げ出すことばかりを考えていた彼女が、今はその手を差し伸べてくれる。

だから、帰ればネアに会えるではないか。



波打ち際に歩いてゆくと、一粒の鮮やかなエメラルドグリーンの石を拾った。

きらきらと光り、内側で青白い炎が燃える。

よく見ればその炎は薔薇のような形になっており、ディノが触れても壊れてしまうことはなかった。



(これを、ネアにあげよう…………)



お土産が出来たと思えばまた少しだけ胸の重苦しさがなくなり、その石をしまうと、人間達が恐れる程に明るい夜の海を眺める。

この海のどこかに、ダリルが警戒している竜がいるらしい。



(竜を探すのは時間がかかるかな。………この国の外の海域に住んでいるというけれど………)




そんなことを考えていると、ばさりと羽音が聞こえ、波打ち際に一人の男が立った。

長い瑠璃色の髪を一本に縛り、月光に晒された波間のような銀色の瞳をしている。




「万象の王、もしや、夜海の竜をお探しでしょうか?」

「………私が探している竜を、君は知っているのかい?」

「夏至祭の夜にウィームを訪れ、あなた様と踊るネア様に愚かな欲を示した夜海の竜であれば、私の方で排除しております」

「おや、もういなくなってしまったのか。……でも、君はそれで良かったのかい?君は夜海の竜の王族だろうに」



そう問いかければ、男は微笑んで頷いた。



「私は、今の私の暮らしや友人達を気に入っております。穏やかで愉快なウィームでの暮らしを守る為であれば、同族だからといって見過ごす理由にはなりません。………それに、さして知らない男でしたしね」

「そうなんだね。助かったよ、有り難う」


探すのが手間だなと考えていたので、そうお礼を言えば、夜海の竜の王子は王族らしく一礼し、万象に感謝されるということも身に余る光栄だと微笑んだ。



「それと、その愚かな竜に唆され、リーエンベルクの歌乞いを攫おうとしていた海の者達も、先程、雲の魔物が一掃してしまわれました」

「ヨシュアが?」

「どうやら、その騒ぎを聞きつけた相談役の妖精が、先日は叔父が迷惑をかけたからと雲の魔物にその仕事を依頼したようです。彼曰く、雲の魔物自身もそちらには迷惑をかけてばかりだそうですので、このような夜はきちんと働かなければならないのだと」

「イーザが声をかけてくれたのか。………では私はもう帰れそうだね。もし今夜イーザに会うのであれば、お礼を言っておいておくれ。私も、ヨシュアに会ったらお礼を言っておこう」



そう言うと再び頭を下げた夜海の竜を砂浜に残し、安堵の滲む息を吐いて転移を踏んだ。




「…………ああ、やっぱりここが一番いい」




リーエンベルクの浴室には、ただの浴室でありながらも清廉な雪の気配がした。

この土地の清涼な魔術の香りと響きがあり、そして何よりもここにはネアの気配がある。



ネアが以前に教えてくれたように手を洗い、扉を開けて部屋に戻れば、ボールを咥えて跳ね上がっているノアベルトと遊んでいたネアが振り返った。



「ディノ、もうお風呂はいいんですか?」

「…………うん。ノアベルトと遊んでいたのかい?」

「狐さんは、こんな夜中に突然ボールに取り憑かれたようなのです。…………むむ、そんな風にぶんぶんと振り回すと、首が取れてしまいますよ?」


ボールを咥えて首を激しく振るノアベルトにネアがそう言ったので、心配になってしまいその首をそっと押さえた。



「ノアベルト、首が取れたら困るだろう?」


すると、銀色の毛皮を逆立てて頷いたので、本人も気を付けてくれそうだ。

友人の首が落ちてしまわないで、心からほっとした。



「ディノ、…………甘い匂いがしますね」

「そうかい?………今夜は、夜の魔術が満ちる夜だからね」



長椅子に移動すれば、隣に座ったネアにそう言われ、少しだけぎくりとする。

こちらを見上げる鳩羽色の瞳は穏やかだが、どこか、この心の奥底までを見通すような静謐さであった。



「…………それと、少しだけ疲れています」



そう言うと、ネアは自分の太腿を両手でぽんぽんと叩く。

意味が分からなくて首を傾げると、ネアはふわりと優しく微笑んでくれた。



「ネア…………?」

「たくさん頭を撫でるので、ここに頭を乗せて下さい」

「………………いいのかい?」

「なぜか今夜は、ディノを大事にしたい気分なので、そんな私に付き合ってくれますか?」

「うん…………」



ふつりと、緩んだ心の端から、大事にされる喜びがこぼれ落ちそうだ。


口元がむずむずして、胸が苦しくなりながらおずおずとネアの足の上に頭を乗せた。

すぐに優しい手が頭に触れ、そっと髪を撫でてくれる。



「…………後で、髪の毛を梳かしてあげますね」

「…………爪先は」

「仕方がありませんね、今夜のディノは少し寂しい目をしているので、特別に踏んであげます。それと、今夜は魔物さんには特別な夜だそうですが、その反面とても危ない夜だとも聞いているので、もうお外を徘徊してはいけませんよ?」

「…………うん。今夜はもうずっと、君の側にいるよ。紐で縛るかい?」

「紐はやめて、今夜はお隣に寝ればいいと思います。個別包装ですが、どこかがこつんと触れていれば、ディノも怖くないでしょう?」

「……………ネア」




嬉しくなって頷くと、何故か銀狐も尻尾を振り回して鳴いていた。

ノアベルトも泊まるのかなと考えたけれど、それよりも今は、今夜もネアの隣で眠れることが無性に嬉しかった。


ネアから、そこで寝てもいいと言ってくれたのだ。




(明日にでも、海辺で拾ってきた石をあげよう……………)




そうしたら彼女は喜んでくれるだろうか。

こちらを見て目を輝かせて微笑んでくれたら、とても幸せな気持ちになれるだろう。




そう考えながら、うっとりとネアを見上げる。

持ち上げた三つ編みに口付けてくれたので、安堵で苦しくなり胸を押さえる。




「困った魔物ですねぇ。…………あんな風に疲れた悲しそうな目をして帰ってくるなんて。でも、もう私が側にいるので怖くないですからね」




そんな囁きに身を浸し、安心して目を閉じた。






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