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284. 夏至祭の夜は賑やかです(本編)




「ほわ、髪の毛がふわふわっとしていて、白い小さな薔薇が編み込まれていて、くりんとなっています!」


ネアは、アルテアの力作を鏡の中に見て、思っていた以上に可愛くしてくれた髪結いの使い魔の腕に大満足で頬を緩める。

三つの麦の祝福で黄昏のシーこと、過去の恋人の呪いから解放された使い魔による、ご主人様へのお礼の髪結いが終わったのだ。



「夜はもう、余計なものを増やすなよ?」

「はい。特にアルテアさんと踊るときは要注意ですね」

「何でだよ」



そう言ってから、ふと、アルテアは静かにネアを見つめた。

その眼差しの静謐さに首を傾げたネアに、そっと伸ばされた指先が頬に触れる。


触れた指先の温度は低いが、その魔物らしい温度にはもう慣れた。

そして、魔物達が時々、こうやって心内を押し隠した眼差しで恐る恐る人間に触れることにも、ネアはもう驚かなくなっていた。



「…………俺の言葉が聞き取れなかったなら、お前は、俺に裏切られたと思いはしなかったのか?」

「むぅ。それであれば、やはり野生の魔物さんなので、時々は荒ぶるのかなと考えていました」

「それだけか?」

「ええ。アルテアさんはそちらの系統の魔物さんなので、性質上仕方がないのかなと思うのです。しかしながら、こちらに被害が出た場合は、捕まえたら叱らなければなりません。ぞうさんボールで…」

「やめろ」

「でも、アルテアさんは避難させてくれていたので、私が思っていたよりもずっと…………む?」

「ずっと、何だ?」

「ずっと…………よく懐いたパイ職人なちびふわです?」

「……………何でだよ」


ここでアルテアから、ネアはぴしりとおでこを叩かれた。

痛くない程度ではあるのだが、べしっと淑女のおでこに指を当てられると唸らざるを得ない。


おでこが赤くなったら、狩りの女王的世界の損失ではないか。



「むぐる………」

「リツセラの所に押し出した時にかけた印の魔術を解いたんだ。魔術添付などはなかったが、妖精は侵食が得意だから念の為にな」

「しるしの、魔術…………」

「……………闇の妖精に連れていかれた時にもかけてやっただろうが」

「は!思い出しました。意識に侵食や改変があった時に元通りにしてくれるやつなのです………」

「お前はこっちが考えもしないようなところから、事件や事故を拾ってくるからな。油断も隙もない。芽吹きの祝福もいつの間にか自分で手に入れていたしな………」



その言葉に目を瞠り、ネアは今度は反対側に首を傾げた。



「アルテアさんが探していた芽吹きの祝福は、………もしかして、私にくれようとしたのですか?」

「リンシャールが不穏な動きを見せていたからだ。あの祝福は危険を知らせる役目がある」

「…………まぁ。…………ディノ、アルテアさんは、ご自身が隣にいる時に私が貰った祝福を探して、グラストさんを襲おうとしていたようですよ……」

「やめろ………」

「ずるい…………アルテアやウィリアムばっかり………」

「む。さては髪結いで拗ねましたね?しかし、ディノは一本結びしか出来ないではないですか」

「アルテアなんて…………」



めそめそする魔物に出来上がった髪型を見せつつ、ネアはアルテアの方を不審そうにじっと見つめてみた。

ディノは、狡猾な人間の策にはまり、上手い具合にうなじの見える髪型を見せつけられてきゃっとなってくれている。



「別に、グラストに危害が及ぶまで放っておくつもりはなかったぞ。ハーシェッドは、あの祝福を剥ぎ取ってから、何かをするつもりだったからな」

「と言うことは、剥ぎ取られた祝福をせしめてから、ハーシェッドさんがグラストさんに悪さをされる前に止めてくれるつもりだったのですね…………」



それはそれで、引き剥がされた祝福がネアのところにあるとグラスト達が気付いたら、職場の人間関係はどうしてくれるのだという気もしたが、ハーシェッドを悪者にして、どうにでも上手く言い包めてしまうつもりだったのかもしれない。


芽吹きの祝福は、一年に一つしか生まれない祝福なので、他のところから貰ってくるということは出来ないようだ。


ふむふむと頷いたネアは、あのリズモ似の生き物を、来年の春告げの舞踏会からも見付け次第に捕獲してしまおうと考える。

何度か繰り返せば、相手もネアに祝福を捧げるのが毎年の義務なのかなと勘違いしてくれないだろうか。



(ふよふよ飛んでいるだけだったから、捕まえ易そうだし………)




そんなことを考えて凛々しく頷いていると、アルテアが何かを思い出したように振り返った。

前髪はまた掻き上げ直してあり、いつもと違う雰囲気がある。



「それと、俺がいない間に、他には祝福を増やしてないだろうな?」



捲り上げていた袖を下ろしながらそう尋ねられて、ネアはむぐぐっと首を傾げた。

思い当たるものがないとも言えないのだが、だとしても貰ったのは祝福なのだから、本来は誰かから厳しく規制されるものではないと思うのだ。


素敵な祝福ですねと褒めてくれるなら兎も角、なぜに叱られるのかは、深い謎に包まれている。




「ザルツに行く前に狩りに行った時に、前足の白い狼さんに綺麗な宝石を貰いました」

「…………おい」

「ちゃんとディノに報告し、ディノは、とても荒ぶりながらも夜の系譜の魔物さんからの祝福だと教えてくれました。その宝石を握っていると夜目がきくようになるそうです。…………そんな目をしてもあげませんよ!」

「…………他にもあるな?」

「むぐぐ。先程、ディノとノアと門の方に行く時に、ちびまろ館のコグリス親子から、可愛い赤いお花を貰いました。このお花は、お腹が痛い時にお茶にして飲むといいそうで、あの親子にクッキーをあげた人はみなさん貰っていますし、意外に便利そうなのであげません…………」


ネアが、なぜに事情聴取風なのかが解せない思いで告白すれば、アルテアは呆れたような目でこちらを見る。

小さく息を吐くと、視線を巡らせてディノの方に顔を向けた。



「シルハーン、………夜のダンスの際には、もう一度、印の魔術をかけておくぞ」

「うん、……………そうだね。そうしてくれると助かるよ。私からのものも繋いでおくつもりだけれど、印の魔術は君の系譜のものでもあるから、君が一番精度の高いものを編めるからね」


そう答えたディノに頷き、アルテアはネアの方を見る。


「…………むぐ?なぜに両手を広げられているのでしょう?」

「さっさと来い。術式を馴染ませるぞ」

「…………先程の、どすんとやるやつではないのですか?」

「一点で浸透させるには、あの強さが必要になる。必要もないのに突き飛ばされたいのか?」

「…………ぎゅっとするふりをして、私の腰回りを測りませんね?」

「猜疑心の塊だな……………」

「むぐる…………」



あんな腰の細い美女に出会ったばかりだったので、ネアは、もしここで腰回りを掴まれたら滅ぼすしかないと、とても警戒しながらアルテアの腕の中に収まった。

ぽふんと入るとアルテアのいい匂いがして、くんくんしてしまいそうになるのを淑女の意地で我慢する。


幸いにも腰回りを触られはしなかったが、背中をぐっと抱き寄せられ、耳元でお前は馬鹿だからなと囁かれたネアは、今度からはそれぞれの事故を記録してどちらがより多く事故ったのかはっきりさせるべきだと暗い目になった。



「ぷは!もう終わりですか?」

「ああ。…………それと、匂いを嗅ぐな」

「か、嗅いでいません!濡れ衣なのです…………」

「じゃあ、何で目を逸らしたんだ」

「む、むぐぅ!」

「ネア、次はこっちだよ」

「ディノも印の魔術をかけてくれるのですか?」


続いてディノが手を伸ばしたので、匂いを嗅いだ犯の汚名を着せられそうだったネアが慌ててそちらに飛び込めば、魔物はしっかりとネアを抱き締めると、ほっとしたように息を吐く。



「ネアが可愛い………」

「む。印の魔術は関係ないようです………」

「もう少し強めに飛び込んでも良かったかな」

「まぁ、さては、ご褒美を掠め取ろうとする悪い魔物ですね?」

「それと、外に出る時には足首を紐で結んだ方がいいかな?あの海辺のあわいに滞在した時、しっかりと繋がったままだっただろう?」

「……………夜のダンスの時にそんなことをしたら、暫くの間お部屋を別にします」

「ひどい…………」

「ご主人様には、社会生活というものがあります。よりにもよって夏至祭の晴れ舞台でまで、紐で繋がれたい系の人間であったという噂が流れたら耐えられません」

「では、私を紐で結んでおくかい?」

「ディノ、結んで引っ張る系の評価も、今夜ばかりは避けたいのです……………」




ネアはそう言ったのだが、魔物達はあまり理解が出来ていなかったようだ。



一時間後、いよいよウィームは夕暮れになってきた。


夏至祭のあわいの中で、更に黄昏のあわいが重なる時間を避け、夕暮れから夜になったところで、夏至祭は夜のダンスの時間となる。

そして、さて出かけようと立ち上がったネアは、ディノが差し出した装飾品を見て凍り付いていた。



(こ、これは……………)


どうやら、ネアが夏至祭用の水色のドレスに着替えている間に、こっそり用意されていたもののようだ。

綺麗な手のひらに乗せられ、まるで贈り物のようにしてディノから渡されたものに、ネアは血の気が引く思いで、慎重にその品物を検分する。

にやにやするならともかく、アルテアまで真顔なのはどういうことなのだろう。



「ディノ……………、これは何でしょう?」

「手枷だよ。王族の収監用のものらしい。アルテアが思い出して作ってくれたからね」

「少しだけ見栄え良く作られているだけで、囚人の護送の時に使うやつです…………まさか…………」

「外に出る時には、これを装着しておけ。いいな?」

「…………………ほわ」



アルテアが作ったというその品は、華奢で美しい腕輪のように見える二つの輪を、糸のように細い鎖で繋いだ拘束道具であった。

手枷の部分はお互いの片手だけに装着する仕様で、動きを封じる為の物ではなく、逃走を防ぐ為のもののようだ。


華奢な造形のまだらに白く濁った水晶のような素材で、鎖の部分は淡い水色の結晶石から削り出されており、淡く細やかにきらきらと光る。

限りなく装飾品寄りの美しさだが、この鎖は複雑な夜の魔術を織り上げ、絶対に切れないという恐ろしい素材なのだそうだ。

となると、明らかに拘束道具ではないか。



(とっても綺麗だけど、…………絶対に装着したくない………)



ネアは、何てものを持ち出したのだとぎりぎりと眉を寄せてディノを見上げたが、魔物は妙案だと考えているようで、穏やかに微笑んでいる。

この品物がご主人様の評判を失墜させかねないとは、露ほどにも考えていないようだ。



「却下です」

「ネア、危ないから無理をするのはやめようか」

「この手枷以上の無理が、一体どこにあると言うのでしょう。私の精神を損ないますし、小さなお子さんが真似をしたりしたら大変なことになるので、エーダリア様にも叱られてしまいますよ?」

「エーダリアには許可を取ったよ。花輪の塔と、あのダンスで紡ぐ魔術の妨げにはならないそうだ」

「おのれ。上司に売られました……………」



ネアはその後も必死に抵抗したが、先に上司の承認を取られてしまったことでその抵抗は弱々しくなってしまい、そろそろ外にでなければいけない頃に、魔物達に捕まってかちゃりとその手枷をはめられてしまった。

とりあえず、お口に突っ込まれてしまったお菓子は大事にもぐもぐしながら、ネアは怒り狂う。



「むぐるるる……………!」

「ほら、これでもう怖くないから、唸らなくて大丈夫だよ」

「その唸り声にぴったりだな。短い時間で苦心して作ってやったんだ。感謝しろよ」

「この恨みを忘れません。いつか報復するので覚悟しておいて下さい!」

「ほお?お前に出来ることがあればだな」

「まずは、アルテアさんのパジャマにアヒルさんのアップリケを縫い付けます。それでも反省しなければきりんさんアップリケを…」

「やめろ」



ディノは、誇らしげにご主人様を繋いだ手枷のもう片方を自分の手首に嵌めると、二人の間に繋がった鎖を嬉しそうに微笑んで眺めた。

鎖の部分を揺らすとちゃりっと音がするのが嬉しいようで、何度かちゃりっと音をさせた後、目元を染めて恥じらっている。

確かにこれは恥ずかしいものだが、ディノの恥じらいはネアの恥じらいとはまったく別のものだ。





「わーお、独創的な装飾品だね…………」



案の定、一緒に外に出る約束をしていたエーダリアとノアのところまで行けば、ノアは若干引いているではないか。

ネアは世界を呪う暗い目で小さく唸り、こんな暴挙を許したエーダリアの方をじろりと睨んだ。

エーダリアは、ネアとディノの間にきらきらと光る鎖を見つめ、呆然としている。


「……………どうしてそうなったのだ」

「なぬ?!エーダリア様が、ディノ達に許可を出してしまったからですよ!」

「まさか、先程の確認がこれなのか?!お前の落下を防ぐ為に、装飾品に鎖を使うと………そ、そうか、鎖とはこれのことだったのか…………」



動揺したようにそう呟き、エーダリアは呆然とネアを見返す。

ネアが、早くこの手枷を禁じ給えな目でそんな上司の瞳を覗き込めば、よりにもよって、エーダリアはさっと目を逸らすではないか。

急に忙しかったことを思い出してしまったようで、そわそわと、少し早めに出るとしようと呟いている。



「…………エーダリア様、率直な感想を教えて下さい。私のこの手枷をどう思いますか?」

「…………それがあれば安全かもしれないな」

「むぐぅ。逃げましたね!!」

「お前の為に試行錯誤したのだろう。………見た目は誤解を受けるかもしれないものだが、安全なのが一番ではないか?」

「私の社会的な評判はどうなるのでしょう?」

「お前の、特定の趣味を評価する支持者達には理解出来るものだと思うのだが………」

「とくていのしゅみなしじしゃなどおりません……………」

「僕はあんまりそっちの趣味はないけど、それは程よく倒錯的でいいなぁ。僕が踊る時には、それでネアを繋いでいていいんだよね?」

「うん。この子はよく落ちてしまうから、これがあれば安全だろう」

「わーお、楽しくなってきたぞ!」

「おのれ、盛り上がるのはやめるのだ!」



ネアは荒れ狂ったが、お役目がある以上は、ずっとここに隠れている訳にもいかなかった。


悲しい目をした人間は、すっかり陽が落ち、賑やかでそら恐ろしく奇妙な生き物達で溢れた夏至祭の夜を眺め、人生の無情さについて思案する。



けれどもそんな荒んだ心にすら、夏至祭の夜は美しく艶やかだった。



夏至祭は、夜にこそその輝きを強める。

甘い花の香りに、満開の花を揺らす不思議な風が吹いていて、森のあちこちが煌めき、木立の影や水辺からはくすくすと笑い声や小さな囁きが聞こえる。

普段は庭に転がっているような古いバケツが走り出したり、大事に使い込んだ古い靴が祝福の花を咲かせていたり。


小さな生き物達が喜び歌いはしゃぎ、普段は見かけないような妖精や、大型の精霊も現れたようだ。


夕暮れ前からざわりと這い上がってきた怪物達は、さすがにリーエンベルクの周囲には近付かないように排除されているが、森の方や、街の外れ、川沿いなどにはあちこちで蠢いているらしい。



(不思議な音楽が聞こえて、綺麗な歌声や、ぽわぽわした光、森の向こうを歩いて行く大きな牡鹿の影…………)



目を凝らしてみると、草むらには草を結んだ罠が用意されており、愚かな人間が足をひっかけて転ぶのを小さな妖精達がくすくす笑いながら待っている。

かと思えば、木の根元ではすっかり出来上がってしまった栗鼠姿の妖精達が酒盛りをしていた。

花壇の横で輪になって踊っているのは、手のひらサイズの可憐な妖精の少女達だ。

無邪気な子供のようで可愛いと思って近付くと、肉食で齧られてしまうので、毎年被害が出ているのだとか。



ネアは、昨年ヒルドに教えて貰った夏至祭用の特別な砂糖菓子を持ち歩き、足元に悪さをしようとわらわらと小さな生き物達が集まってくると、隅っこの植え込みの方にその砂糖菓子を置いてやった。


夏至祭では大量に売られるこの砂糖菓子には誰にも贈与の縁の繋がらないものの、置き方にはこつがあって、尊大な感じでやれやれと地面に置かねばならず、怯えていると勘違いさせないことが大事なのだ。

悪戯すればお菓子が貰えると思われたら最後、小さな生き物達にたかられて大変なことになるらしい。


勿論、ディノが精神圧で追い払ってしまうことは容易いのだが、一方的な排除は夏至祭の流儀に反すると、反感を買うこともあるのだとか。

だから土地の誓約で守られるエーダリアは、領主からの贈り物として、森の生き物たちにたくさんのご馳走やお菓子を振る舞い、領民達は悪さをする生き物達用の砂糖菓子を持ち歩く。



(あ、…………向こうの方で被害者が………)



門の向こう側で、領民の一人が砂糖菓子の与え方に失敗したらしい。

もっとお菓子を寄越せと沢山のもふもふ妖精に飛びかかられ、通りかかったアメリアが羨ましそうに見ていた。



「砂糖菓子…………」

「これは、野生の生き物用の砂糖菓子なので、ディノは私が作ったものを食べて下さいね」

「うん……………でも、君から砂糖菓子を貰えるなんて………」

「ふと思ったのですが、この場合、やや野生寄りのアルテアさんには、どちらをあげるべきなのでしょう?アルテアさん、この砂糖菓子が欲しいですか?」

「…………いいか。袋をよく見てみろ。この砂糖菓子は外に住む小さな生き物用だと書いてあるだろうが」

「確かに、甘さ控えめ野草味と書いてありますね。ただ、半野生なのでいいのかなと思ってしまいました。……………むぅ。お外に住む人型の魔物さん用のものはないのでしょうか…………」

「よくもそれを分っていて、俺に渡そうとしたな…………」



野草味はお気に召さないらしいアルテアに顔を顰められつつ、紙袋を開けて砂糖菓子を地面に置くと、きゃあっと歓声が上がり、悪戯をしようと寄って来た生き物達は砂糖菓子に夢中になる。

ネア的には、野草味は香草味とどれだけ違うのかこっそり味見してみたい気分だ。



「ディノ、お魚さんですよ!」

「跳ねているね。水の系譜の妖精のようだ」



地面を水面に見立てちゃぽりと飛び出した魚のようなものが、砂糖菓子が欲しくて、そこに群がる生き物達の後ろで跳ねていた。

輪に入れず可哀想だが、親切に付け込まれることもあるので、簡単に追加のお菓子をあげることは難しい。



少し先で、ひらりと風に揺れたケープは、エーダリアのものだ。

昨年はネア達と一緒に会場に行ったエーダリアだが、今年はあの頃よりずっと仲良くなったノアと一緒に歩いている。

ノアも昨年は狐の襟巻状態だったのだが、今年はしっかり起きて、大事な友人の護衛の役割を果たしていた。



ごうっと篝火が燃え上がる。



魔除けの香が投げ込まれたようで、あたりに独特な香木の香りが焚き染められ、踊っていた妖精達がぱたりと地面に倒れる。

しかし、その匂いが薄まってくるとまたむくりと起き上がって踊り出すので、夏至祭の夜は、こんな小さな生き物達も頑強でしたたかだ。



「ディノ、…………あちらの男性はどうされたのでしょう?」

「ご主人様…………」


途中でネアは、木立の奥に妙なものを見付けて、あれは何だろうとディノに尋ねてみたのだが、魔物はそちらを見た途端にびゃっとなるとネアの背中に隠れてしまった。


「…………化粧の妖精に悪さをされたんだろうな」

「お化粧の妖精さん………」


代わりにアルテアがそう教えてくれたが、アルテアもあまり得意ではないのか、一瞥しただけでその後はもうそちらを見ようとしない。


大きな木の横で立っている男性は、小さなフラミンゴのような生き物にびっしりとたかられ、顔を白く塗りたくられ頬には真っ赤な頬紅を入れられていた。

なぜか額には目や魚の絵を描かれており、成す術もなく、髪の毛は小さな三つ編みを沢山作られている。


「抵抗をしないところを見ると、何かの賭けで負けたんだろうな。自業自得だ」

「あら、今日はアルテアさんにも縁のあった言葉ですね」

「あれとは一緒にするな。…………それと、ドレスの裾に隠して餅兎を拾うなよ?昨年ので懲りたんじゃなかったのか」

「むぐぅ。こんなに可愛いピンク色のもちもちうさうさした生き物など、人間ごときの矮小な心で、撫でたい欲求を押さえられるでしょうか?」

「お前は忘れているようだから言っておくが、餅兎は暴食を司る精霊だぞ?子供はまだその祝福を持たないが、お前が手を出そうとしているのは成体の餅兎だ。腰がなくなってもいいんだな?」

「むぎゃ!撫でません!!!」


ネアは、慌てて愛くるしいもちもち毛皮を回避し、撫でて貰えずに悲しげにこちらを見上げてミュイと鳴いた餅兎には、小さな砂糖菓子をそっと供えておいた。

餅兎はお菓子が貰えるとこんな人間は用済みになったのか、ぶーんと飛んでどこかへ行ってしまう。



門の近くになると、楽しげな音楽が、いっそう大きくあちこちから聞こえてくる。


木の枝にはみっしりと小さなミミズクのような生き物が集まっていて、初めて見る生き物にネアはわくわくした。


ディノ曰く、あれは夜道の妖精なのだそうだ。

夜道で出会うとどこまでもついて来て、木の上や屋根の上から獲物を見張っている生き物だが、標的にした獲物が無事に家に帰れると、無事に帰れて良かったねの帰宅の祝福を与えてくれる。

だが、逆に道に迷ってしまったりすると、人知れず深い森などに誘い込まれてしまい、ばりばりと食べられてしまうのだそうだ。


怖い妖精の一種だが、こうして街中に出てくる夜道の妖精は、獲物が無事に帰宅してしまう確率が高いので、お腹が空かないようにと古くなったパンなどを食べたりもするのだとか。

時にはパンの魔物も齧ってしまうので、背中を美味しくいただかれてしまったパンの魔物が、物悲しく路地裏をもそもそ歩いていたりもするらしい。




「さてと、ネア、そろそろ僕と踊る時間だよ」



正門を抜けて王宮前広場に出たネアを迎えに来てくれたのは、夏至祭のダンスの為に華やかな盛装姿になってくれたノアだ。

膝上までの長めの上着がひらりと風に揺れ、普段のディノの擬態のような、青みがかった灰色の髪色に擬態している。


普段がくしゃりとしているので、こうして綺麗に髪を結い、シンプルだが素晴らしい衣装を身に纏うと、実はウィリアムやアルテアよりも魔物らしい美貌の持ち主であることが、あらためて分かる。

菫色がかった灰白の装いは上品だが、どこか仄暗い儚さもあって、ノアの冷やかに整う美貌によく似合っていた。



「はい。ノア、今夜は宜しくお願いしますね。ささ、ディノはこの手枷を外して下さい」

「君のものはこのままだよ。ノアベルト、こちらを頼むよ」

「うん。任せて」

「むぐぅ。踊る時くらいは、ご主人様を釈放するべきではないでしょうか……………」

「お前な、踊る時が一番危ういだろうが」

「むぐるる」



ネアは、唸りながらノアに手枷の一方を移管され、ノアはどこか嬉しそうに自分の片腕にネアとお揃いの手枷を嵌めた。



「いいねぇ。僕のネアって感じがする」

「ノアベルト?」

「ありゃ、ごめんなさい………。うん、ネアはシルのだよね。僕にとっては妹だった」

「ノア、踊るときに鎖が絡むと危ないので、外した方が良くないですか?」



ネアはしぶとく抵抗したが、こちらを見て青紫色の瞳に微笑みを滲ませると、ノアはわざと恋人に秘密を囁くような甘い声を出した。



「この鎖はさ、絡まないように特殊な魔術がかけられているから、壁越しにだって囚人を繋いでおけるやつなんだよね。……………わーお、荒んでるぞ…………」

「むぐる!囚人ではないのです…………。見て下さい、あちらにいる男性の方は、じっと私の手枷を見ていました。おかしな趣味の人間だと怯えているに違いありません!」

「…………うーん、どっちかって言うと、喜んで見てるよね」

「余計に嫌なやつです…………。これ以上変態が集まってきたら、どうすればいいのだ」

「そっか。反対の層を増やすと困るから、こうやって繋ぐ場合は君が引っ張らないといけないのか」

「ほぎゅ。何を言っているのかよく分りません…………」



けれどもネアは、困難に立ち向かうしたたかな人間らしく、 すぐに損失の少ない行動を導き出した。



(縛りたい系の変態さんよりも、縛られたい系の変態さんの方が危険度は低い気がする…………!)



「ノア、私は、これ以上の余計な変態を増やさないことにしました。さぁ、きりきりと歩きますよ!」

「わーお、これって見守る会が喜んじゃうやつかな…………?………あれ、僕こんなことして貰ってると、もしかしてその会員に刺されたりしちゃう?」



ノアは途中から不安そうに周囲を気にし始めたので、ネアはそんなノアをぐいぐいと引っ張って、勇ましく花輪の塔まで歩いた。

一緒に踊る乙女達はかなり引いているが、なぜか一定数の熱い眼差しを観客から向けられるのが恐ろしい。



(この苦しみと全ての怒りを、ダンスで悪さをしてきた者達にぶつけよう………)



ネアは、とても気が立ったまま、夜のダンスを迎えた。






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