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妖精の誘惑と乙女の闘い





(どうしよう!宝物が妖精に取られる!!)



その日、エルトは危機に瀕していた。

まだ小さくてむちむちしている自分の体を見下ろし、大事なフェルフィーズに目をつけてしまった、美しい黎明のシーを睨み付ける。



その妖精は、黄金色の腰までの長い髪に、淡い琥珀色の瞳をしている。

美しい妖精であることは間違いなかった。



そして、許せないことにエルトの大事なフェルフィーズの肩に手を乗せて、彼を事務所の扉に押し付けているのだ。



「ギャオ!」



許してはならぬと、エルトは鋭く鳴いて威嚇した。

しかし、どれだけ鳴いても背の高い妖精の視界には入っていないようだ。



「可愛らしいものだな。お前の僕だろうか?」



そう微笑んで馬鹿にされたので、怒り狂ったエルトは、更に地面を跳ね回った。



「ギャオ!ギャオルルル!!!」

「エルトは僕なんかではないよ。私の大事な大事な竜なんだ。そうだよね、エルト」

「ギャオ!!」


フェルフィーズはすぐにそう言ってくれて、両手を伸ばすとエルトを抱き上げてくれる。

大好きなフェルフィーズの胸に抱き締められて、エルトはやっと顔が見えるようになった妖精を威嚇した。



(でも、こっちを見ていない!!)


しかしその妖精は、事もあろうに威嚇するエルトを視界に収めてすらいないではないか。



「お前の魔術は心地よいな。花の魔術であれば、黎明の城でもその才を伸ばせるだろう。やはり、人の世に置いてゆくのは惜しいものだ」

「申し訳ないが、私はこれでも商売をしている。それに友人達もたくさんいるこのウィームを離れるつもりはないんだ」

「お前はまだ若いので、視野が狭いのだ。ここは年長者として、俺が導いてやらねばならないのだろう。長期的なものの見方をするといい。妖精になった方が、扱える魔術も多くなるぞ」

「困ったなぁ………。話が通じないね」



フェルフィーズは、そう苦笑してエルトを覗き込むと、馴れ馴れしく肩に手をかけたままでいる黎明のシーを見上げる。

フェルフィーズも背は高い方だが、この妖精は竜種くらいに背が高い。



そう。

その妖精は男性なのだ。



(大人の火竜だったなら、こんなやつに負けないのに!)



そう考えかけ、エルトはぶんぶんと首を振った。

火竜のままでは、エルトはウィームにいられない。


この愛おしい土地に住み、エーヴァルトの血族である大切なエーダリアが健やかであることを見守り、世界で一番大切なフェルフィーズと共にいる為には、火竜であることは障害でしかない。


何よりも、エヴナの記憶の情報を受け継いだエルトは、この美しいウィームを焼いた火竜であることは耐えられなかった。

火竜である限り、ウィームの本当の住人になれないような気がしたのだ。



(だから、フェルフィーズの使う、花の魔術の花の竜になったんだ………)



本当は憧れの雪竜になりたかったが、フェルフィーズの扱う魔術に添える竜種であることは、きっと運命だったのだと思う。

お揃いだねと微笑んでくれるフェルフィーズのお腹に頭をすりすりすると、エルトは世界で一番幸せだと思える。

そうすると、フェルフィーズはいつもエルトにこっそりおやつの花を作ってくれた。



(大好き…………)



大好きで、とても大切で、触れれば触れる程に、彼の魂の履歴を実感する。

そうすると、フェルフィーズを大好きなエルトと、エーヴァルトの側にいたかったエヴナのそれぞれの部分が満たされて、喜びのあまりくったりしてしまう。



フェルフィーズが微笑むと、世界一素敵だと思うエルトは、胸がほかほかする。

そこにエーヴァルトの魂があると信じるならば、エヴナの記憶ごしに見るそれは救いでもあるのだ。



だからこそ、フェルフィーズをこんな軽薄な妖精になんて渡せる筈もない。

こんな奴は友達になるのも嫌だと、エルトはまた低く唸った。



(それに、男のくせに!!男の妖精なんか、どれだけ綺麗でもフェルフィーズには相応しくない!!)



エルトが女の子で、この妖精はそもそも男性ではないか。


それなのになぜ、この妖精は親しげにフェルフィーズの頬を撫でようとするのだろう。

フェルフィーズはエルトの大事な宝物なのにと、この妖精がその肌に触れる度に腹が立って堪らなかった。



「ギャルルルル…………」

「………前言撤回だ。随分と獰猛な竜だな。花竜も、男児だとこんなに獰猛なのか」

「ギャオ?!」



とんでもない誤解を受け、エルトはびゃっと飛び上がった。


大好きなフェルフィーズの前で、この妖精はなんて酷いことを言うのだろう。

慌ててフェルフィーズの方を見て尻尾をしょんぼりさせると、その腕の中に恥ずかしくて悲しくて顔を埋めてしまう。

慌てたフェルフィーズが、すぐに頭を撫でてくれる。



「何てことを言うんだ君は。エルトは女の子だし、こんなに可愛いのに!」

「…………ギャウ」


項垂れたままのエルトを抱き締めてフェルフィーズは怒ってくれたのだが、黎明のシーは気にした風もなく、そのような眼差しも悪くないなと、フェルフィーズにふざけたことを言っている。



エルトは悲しいのと腹立たしいので小さく唸り、馬鹿にするように見下ろされてまたフェルフィーズの腕の中に顔を埋めた。



(エヴナの記憶のどこかに、黎明の妖精の弱点はないだろうか………)



賢者の翼を継いだのだからと知識の書架を漁ってみたが、必要なものは掘り出せなかった。


それが悔しくてじわっと涙目になる。

なぜか、夏闇の竜の滅ぼし方は発掘されてきたので、いつかバンルに困らせられたら使おう。

今はもう夏闇の竜ではないが、それでも怖がってくれるかもしれない。




「…………女?いや、それは男児だと思うぞ。それより、持ってゆくものはないのか?夕刻の頃には他の妖精達も増えてくる。その前にはここを出よう。それまでには妹も気が済むだろうからな」

「…………ウィームを離れるつもりはないと先程も伝えたのに、どうして伝わらないのかなぁ…………」

「そう、拗ねてみせるな。生まれた土地を離れるのが寂しいのは分かるが、そんな感傷はすぐに忘れさせてやると約束しよう」

「やれやれ、どうしたものかな。黎明の妖精とは、こんなものだったのか…………。兄さん、エイミンはまだかな?」



フェルフィーズとエルトは、現在、ウィームにある商会の事務所の前でこの妖精に捕まっていた。



事務員の妖精達が夏至祭に参加するので、今日はもう事務所を閉めて、これから二人で夏至祭に賑わうウィームの街を歩く予定だったのだ。

幸い、事務所にはロデルが残っていたので、彼に、力になってくれそうなエイミンハーヌを呼び出して貰っていた。



襟元に唇を寄せてロデルに声をかけたフェルフィーズに、屋内でロデルの赤い髪が揺れる。


妖精は興味のない人間には冷淡だ。

危害を加えられるといけないので、ロデルは屋内に留まっている。

その代わりに、エルトがフェルフィーズの側にいるのだった。


ぱちぱちと魔術が繋がる匂いがして、じじっと揺らいだのは、フェルフィーズの一粒石の耳飾りに仕込まれた魔術通信の端末だ。


すぐ背後の事務所のロデルが対応していると知られないように、二人は今、商会の幹部に支給されている魔術通信端末で会話している。



「もう少し待ってくれ。………それと、まずそうだったら、ダリル様に力を借りるか?」

「…………そろそろ、そちらにも連絡した方がいいかもしれないね。可愛いエルトがすっかり落ち込んでしまった。可哀想に、早く夏至祭の屋台に連れて行ってあげないと……」

「…………ギャウ」

「うん、エルトは世界一可愛いよ。獰猛だなんて、失礼なことを言う妖精だ」

「ギャオ…………」



エルトはそう言って貰って嬉しくて尻尾を持ち上げたのだが、黎明の妖精は自分を無視されて少しだけ不快に思ったようだ。




「魔術通信は切り給え。君は今、俺と会話しているのだろう?」



ひやりとするような眼差しでこちらを見たので、元気を出したエルトは、再びそんな黎明の妖精を睨みつけた。

エイミンハーヌが来るまでは、何とかフェルフィーズを守ってみせる。



(ネアのように強ければ良かった………)



目の前の妖精を、あの歌乞いの少女のように踏み潰せたら、どれだけすっとするだろう。

そう考えていた時のことだった。




「……………ねぇ、私のフェルフィーズに、あなたは何をしているの?」



ぞっとする程に低い声が聞こえ、フェルフィーズの肩に手をかけていた黎明のシーが振り返る。


そこに立っていたのは、この黎明のシーと同じような金色の髪を持つ美しい女の妖精だった。



(昨日、フェルフィーズに求婚してきた妖精だ…………)



エルトはとても遠い目になって、助けとは言えない新しい登場人物を見つめる。

エルトはこの妖精も嫌いなのだ。



「なんだお前は」

「向日葵のシーよ。まさか、無骨な男が私の伴侶候補に図々しくも色目を使っているの?」

「黎明の恩恵を受ける花の妖精が、俺に指図するつもりか」

「あら、あなたの恩恵ではなくて、女王の恩恵でしょ?その黎明の女王の忠実な番犬が、こんなところで男漁りだなんて、女王の名を貶める浅ましさね」

「………向日葵ごときが知ったような口をきくな。黎明の加護には我らの力も織り込まれているのだ」

「言っておくけれど、あなた気持ち悪いわよ?フェルフィーズが男なんかに興味を示すと思うのかしら?」

「品がなく、口煩い女よりはいいだろうな」



とても険悪な雰囲気になり、エルトとフェルフィーズは顔を見合わせた。




「ギャオ………」

「うーん、性別を超えた愛情を否定はしないけれど、私はどちらかと言えば女性が好きかな」


ぽそりとそんなことを言うフェルフィーズに頷き、エルトはじっとりと豊満な肢体の向日葵のシーを睨む。

すると頭の上でくすりと微笑む気配があって、優しい手がエルトの頭を撫でた。



「私は、可愛いエルトがいる暮らしに満足しているんだ。向日葵の妖精もいらないかな」

「ギャオ!」



黎明のシーが少しだけ離れたのを幸いと、フェルフィーズは素早く身を翻すと、事務所の中に滑り込んだ。

エルトも、フェルフィーズが素早く扉を開けられるように、彼の体にしがみついてエルトを抱いていた方の手を使えるように空けてやる。



「フェルフィーズ!」


ばたんと扉を閉じると、すぐにロデルが駆け寄ってきて、妖精除けの鍵をかけてくれた。

一部の妖精が好む美しい硝子の工芸品を扱う商会なので、そのようなものも、ここには常に用意されているのだ。



「…………兄さん、何とか逃げられたよ」

「エルトも無事か?よく、フェルを守ってくれたな。可哀想に虐められたのか?」

「ギャオ!」

「それと、窓の外を見てみるといい。夏椿のシーも加わったぞ」

「……………あんまり見たくないなぁ」

「ギャオ……………」



エルトが、またフェルフィーズに求婚している女性が加わったと知って半眼になると、ロデルがとんでもないことを教えてくれた。




「毎年夏至祭になると、フェルフィーズは最低でも五人の妖精には求婚されるからなぁ………」

「ギャオル?!」

「私は妖精より竜が好きなのだけど、扱う魔術のせいなのかもしれないな。………けれど、花の魔術も大した腕ではないのになぜなのだろう…………」

「俺も毎年疑問なんだ。花の魔術なら、あのスープ屋の息子の方が得意なのにな」

「彼の方が若いし、美青年なのに謎だ」

「商人としての愛想の良さがいかんのかなぁ………」

「…………やれやれ、エルトと二人で、屋台のパイを食べて、林檎のジュースを飲もうと思ったのになぁ」

「ギャオ…………」



それは、フェルフィーズの魂の煌めきがあまりにも強いからだとエルトは思ったが、他にもそのことに気付いてフェルフィーズを狙う者がいるといけないので、エルトだけの秘密にしておこう。



エーヴァルトもそうだった。


魂の煌めきが強く不思議な魅力があり、彼もまた、望まずとも多くの者達を魅了したものだ。



(早く大人になって、フェルフィーズと契約しないと…………)



実は、ドリーにお願いしてフェルフィーズの契約の竜になれるようにして貰う予定なのだが、花竜になったばかりのエルトではまだ自身の魔術が体や魂に馴染みきっていないらしい。

仮の契約のようなものは結ばせて貰ったが、それでは心許ないくらいに、フェルフィーズを望む者は多い。



早く大人の竜になって、目も覚めるような美しい薔薇の花竜の姿を見せて、フェルフィーズをどこにも行けないようにするのだ。

またエルトの手の届かないところに行ってしまわないように、誰にも取られないように見張っていなくてはならない。



ふすふすと鼻を鳴らしてそう荒ぶると、またフェルフィーズが頭を撫でてくれた。



「ごめんな、エルト。怖い妖精に囲まれて嫌だっただろう。それに、出かけられなくて寂しくなってしまったかな」

「ギャオ!」



優しい問いかけにふるふると首を振って、フェルフィーズの胸に頭を擦り付ける。



「はは、エルトはお前が取られそうでしょんぼりしたんだろう」

「なんだ、それなら私はエルトの家族なんだから、寂しがらなくていいんだよ」

「ギャオ!」

「安心しろ、エルト。フェルはお前に夢中だからな。仕事の時だっていつもお前を連れて歩いているだろう?」

「ギャオ!ギャオ!!」



ロデルにもそう言って貰って頭を撫でられ、エルトは大好きなフェルフィーズの腕の中でふくふくに幸せな気持ちでいっぱいになる。


そうか、もう家族なんだと思えば誇らしくて、今度ドリーが来たら自慢しようと小さな胸を張った。




「………フェルフィーズ、無事かな?」



そこに、扉を開けて入って来たのは、エイミンハーヌだ。


フェルフィーズの友人で、夏闇の竜の角を持つ不思議な霧の精霊王でもある。

なぜか顔色の悪いバンルも一緒におり、エルトはかつての雇用主の暗い顔に首を傾げた。



「すまない、エイミンハーヌ。黎明のシーに連れ去られそうで助けを求めてしまった」

「うん、外にいたね。夏椿に鈴蘭、向日葵と山百合なんかの花の妖精達と言い争っていたから、フェルフィーズは幼竜趣味だから、小さな竜じゃないと興味がないよと話しておいたよ」

「…………その評判、街に広がったりしないかい?」

「あれ、嫌だった?」

「私は構わないけれど、ウィームの民は竜を大事にするだろう?エルトがおかしな趣味の人間に悩まされていると噂が立ったりしたら、この子と引き離されてしまうかもしれないじゃないか」



真剣にそう言ったフェルフィーズの為にも、エルトはやはり早く大人になった方が良さそうだ。


そんな考え方もあるのかと苦笑していたエイミンハーヌにきりりと頷いてみせ、おかしな噂が立てられないような美女になってみせると心に誓う。



「それと、バンルはどうしたんだ?」

「君に求婚した向日葵のシーに手酷く振られたんだよ。あなたは彼の爪先ほどの魅力もないってね」



そう言って長い髪を揺らして微笑んだエイミンハーヌに、バンルは勝手に事務所の椅子に座ると机に突っ伏してしまった。

そんな友人を眺めて、フェルフィーズは肩を竦める。



「…………どうしてバンルは、いつも他の男に求婚する女性や、他の男の伴侶に恋をしてしまうんだろうなぁ」

「…………さぁな。その眼差しが恋に輝いてるのが気になっちまうんだろうな。………ここに来てエルトをつついて遊ぼうと思ったんだが、まさかこの事務所の前に彼女がいるとは思わなかった………」

「それでか。酷い顔色だよ」

「………ああ、知ってる」




暫く外に出るのは危険そうだと言うことで、エルト達はこの事務所にあるもので昼食を作ることになった。



「エーダリア様達は大丈夫なのか?」

「ああ。正午の儀式とダンスは、ダリルとその弟子達、西区の商店主やザハの料理長達が見張っていてくれる。俺達が警護をするのは夜だ」

「…………あの妖精達のせいで、エーダリア様の正午の詠唱を聞き逃してしまった………」

「俺とエイミンは、少しだけ見て来たぞ。今日も声の張りといい、詠唱の繋げ方といい、完璧だな。姿絵なら、肖像画の魔物が明日には仕上げて支部に飾っておいてくれるそうだ」

「ああ。それを見て心を慰めるしかない」

「それに、夜の方がきっと華やかだろう。…………それまでには、俺もしゃんとしないとな」

「そうしてくれ。…………さて、鶏肉とバナナのトマトソース煮込みでも作るか。エルトの大好物なんだ」

「ギャオ?!ギャオ!!ギャオル!!」

「お、辛いソースのやつだろ?それは俺も好きだ!」



元の系譜が近しいエルトとバンルが顔を輝かせ、それは果たして美味しいのだろうかと首を傾げたエイミンハーヌにロデルが苦笑して首を振る。



「それって美味しいのかな………」

「美味いと思うが、好き好きだな。俺たちは、こっちにしよう」

「炙りベーコンか。いいね」

「林檎の香りをつけて燻製したベーコンだから、夏至祭にぴったりだろう?………向こうに冷やしておいた葡萄酒がある筈なんだ」

「ギャオ………」

「ん?エルトはこっちも食べるか?」

「ギャオ!」



暫くすると、大事な書類や帳簿などをどかした机の上に、美味しそうな昼食が並んだ。

途中でエイミンハーヌが転移をして屋台の林檎ジュースも買って来てくれて、エルトは大喜びでその瓶を抱える。



「ちび、夏至祭に林檎を使ったものを一緒に食べたり飲んだりすると、ずっと一緒に居られるんだぞ」

「ギャオ!」

「それがなくても、エルトはもう家族だからずっとうちの子だけれどね」

「ギャオ!」



セージ色の陶器のお皿に乗ったのは、串に刺して表面をかりっとするまで炙った分厚いベーコンだ。

林檎の精の祝福をかけて燻製にしてあるので、ふわっと林檎の甘い香りがする。


その隣に濃紺の小さなお鍋にくつくつと煮えているのは、薄く切ったバナナと、炒めた鶏肉やベーコンを、香草とぴりっと辛いトマトソース、そして生クリームで煮込んだ南方の料理だ。


パンやバター、乾燥させた無花果のクッキーも。



エルトは花を食べる花竜で、他に食事を摂るとしても綺麗な水や陽光くらいのものだったのだが、最近はすっかりこのような嗜好食を覚えてしまった。

フェルフィーズの商会では様々な人々の出入りがあって、色々な国の食事が食卓に上がるので、その輪に入れないのは寂しい。



「では、これからの友情と、エーダリア様のご活躍とご多幸を祈って、かな」

「ギャオ!」

「エイミンはもう食ってるぞ………」

「やっぱり、冷たい葡萄酒には炙りベーコンだね」

「エルトももう食べてるな………」

「ああ、目をきらきらさせているのが可愛くて、私が口に入れてやったんだ」

「ギャオ!」



あぐあぐとトマトソースの煮込みを頬張って、フェルフィーズの手料理に、エルトは幸せで羽をぱたぱたさせた。



(…………そう言えば、この料理はエヴナの大好物だった)



エーヴァルトに教えてやって、最初は顔を顰めていた彼が、案外美味しいと目を丸くした記憶の情景がある。



そう考えると、フェルフィーズはこの料理をどこで学んで作ってくれたのかなと、不思議になった。


南方の担当の出入りがあるのはザルツの支店だし、その他の出入りの業者達にも振舞われていない気がするので、フェルフィーズが昔から知っていたものなのだろうか。

けれど、フェルフィーズがエルトに初めてこの料理を作ってくれた時、ロデルは何だこれと言って顔を顰めていたような気がした。

まるで、初めて出会う料理のようだった。




『…………エルトはきっと、この料理が気に入ると思うよ』



記憶を辿ってその時のことを思い出していたら、そう微笑みかけてくれたフェルフィーズの優しい顔を思い出して、エルトは幸せのあまりに尻尾をぶんぶんと振ってしまう。


フェルフィーズが大好きという思いでいっぱいになって、不思議だと考えていたことなど、どうでも良くなってしまう。




(フェルフィーズがいれば、それでいい)




大事な大事なフェルフィーズと、ずっとここで幸せに暮らすのだ。

その為にはまず、魅力的な大人にならなければいけない。


早く大きくなってあんな妖精達は蹴散らしてみせると、大きく頷いた。

そしていつの日か、彼からエーデリアの白い花を貰うのが、エルトの夢だった。




「ああ、幸せだなぁ。エルトと兄さんがいるし、ウィームは今もこんなに美しくて、新たな友人達がたくさんいる。エーダリアも幸せそうだ」




そう微笑んだフェルフィーズに、エルトは力一杯頷いた。







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