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夏至の前夜と幻の会報誌



夏至祭の前夜、騎士達は忙しい。


家事妖精達がナナカマドの枝とライラックの飾りを全ての扉に飾るように、騎士達は事前に調べておいた、リーエンベルク近くの水辺の全てに火を焚きにゆく。

井戸には古い井戸に蓋をして、呼吸用の管だけが開いているものもあるが、そのようなものも忘れずに処置しておかないと、そんなところから思わぬ扉が開いたりもするのだそうだ。


逆に、水辺になっていても放置するしかないものもあって、自然に出来た水溜りなどは人間が手出しをしてはいけない。

そこは近付かないようにして身を守るしかないのだ。



「森のあちこちに火が揺れていますね。幻想的で綺麗です…………」

「そう言えば、夏至祭の火も嫌いだったなぁ…………」

「あら、もしかするとノアも、お嬢さん達を翻弄する悪者として、あの篝火に弾かれてしまうのでしょうか?」

「ありゃ。苛められた………」


ネアと並んで森の方を眺めていたノアは、そう言ってくすりと笑うと、おもむろにネアの頭をふわりと撫でた。


「むぐる……」

「どうしてネアは、僕が触ると警戒しちゃうんだろうなぁ」

「おや、それは日頃の行いの所為ではないでしょうか」

「……………ヒルドが冷たいんだけど」

「騎士棟の屋内鍛錬場のカーテンに、引っ掻いたような傷が幾つもありました。騎士達は頑なに口を割りませんが、あなたの爪痕ではありませんか?」

「……………ごめんなさい」


叱られたノアは、慌ててヒルドの方に飛んでゆき、あれこれとお詫びの品の献上を申し出ている。

とりあえずカーテンは元通り綺麗にするそうで、加えて騎士達が扱えるような術式を編んだ防具と、退避用の転移門をそれぞれ一つ、搾取されていた。



騎士達が忙しくしているこの時間にヒルドが会食堂で寛いでいるのは、今が休憩時間だからだ。

ヒルドは夏至祭に最も損なわれ難い妖精であるので、この後の真夜中にはリーエンベルクの周囲をぐるりと見回り、危ういものが潜んでいないかどうかを調べてくれるらしい。


その為に深夜の少し前には部屋に戻り、仮眠を取るようにと言われているらしいが、妖精が力を増す夏至祭ともなると、寝ているよりは森近くの庭に椅子を出して読書をしたり、森を歩いて月光浴をしている方がヒルドとしては楽しいようだ。

その時間は、のんびりとリーエンベルクの中庭で本を読むのだと話していた。

愛用の月光の剣も、夏至祭の前夜である今日から明日の夏至祭にかけては月光浴をさせるそうで、そうすると剣の中にますます深く豊かな魔術が育つのだとか。



「ネア、すまない二人を借りた」


そこに戻ってきたのはエーダリアだ。

幾つかの懸念事項をディノとアルテアに相談していたらしい。


主に、ウィーム領内の他の都市における、都市防衛の魔術と土地の歴史の関係などのようで、最初に問題視されたシュタルトは、ノアが、お気に入りの土地だからあらかじめ手を加えてあるので大丈夫だよと保証してくれた。



「アルバンの山中などもそうだが、あわいに触れやすい土地というのも幾つかあるからな。そのような土地では、住人が少ない場合は山を下り、一時的にその土地から避難をさせる必要がある」



その場合はウィーム領から補償金が支給されるそうで、夏至祭の間に働けない分を補ったり、家以外のところに滞在する資金や、畑や家畜などの保護に充てる為の術式を購入する為の予算となる。

保証がしっかりしていることがウィームの強みなのだが、一度は侵略され、力を持つような魔術書や道具の全てが燃やされた経緯から、領民達に手を差し伸べられる程の余裕が出来たのは、エーダリアが領主に戻ってからなのだそうだ。


エーダリアが領主になるなり、どこからともなく集まってきたり、差し出された資金や道具たちは、決して領主が私腹を肥やす為にしまい込まれたりはせず、あるべきものがあるべき場所に収まり、分配されるべきものは惜しみなく分配された。


そうして、古びた水車を回すようにして水を循環させ、ウィームはかつての輝きを取り戻し始めたのだ。



「お前が来てから、領民達に与えられるものも多くなった。特に喜ばれたのは、星祭りの星屑だな。勿論、収穫のない隣人に自分の分を与える者達も多いのだが、それでも行き渡らない土地や、他者との関わりが薄い者もいる。一つの星屑も得られない者を減らせたのがとても有難かった」

「勿論、その星屑は、他の土地へ落とされるべきものでしたから、不平等だと思う者もいるでしょう。とは言え、生死にかかわるようなものではありませんので、この領内が潤うのが一番です」


そんなヒルドの言葉を聞きながら、ネアは次の星祭りも任せ給えな気持ちで胸を張る。

戻ってきたディノがご主人様の手にそっと三つ編みを持たせたのは、そんな荒ぶる狩りの女王を鎮めようとしたのかもしれない。



「ネア、林檎とにわとこの花のジュースを貰ったよ」



大きな水晶のピッチャーにたっぷりのジュースを貰ってきてくれたのは、ゼノーシュだ。

一緒にいてグラスを持ってくれているグラストも、先程ようやく他の騎士と交代で見回りを終えたばかりなのだが、悪質な妖精捕獲器を持って森に入ろうとしていた魔術師を一人捕獲し、その魔術師を良く知るという街の騎士団に引き渡してきたばかりなのだとか。



「わぁ。飲みたいです。分けてくれるのですか?」

「うん。僕、飲み物は分けて飲めるから、みんなで一緒に飲もうよ」

「厨房の料理人さんも、明日は夏至祭に出かけるのですよね」

「でも林檎のケーキはいっぱい作っておいてくれるみたい。夏至祭だからね!」



最後の一言は、大好きなグラストに向けて言われたものだ。


夏至祭に林檎を食べると、生涯を共にするような伴侶や友人と出会えると言われている。

そこで、大事な人達と林檎のお菓子やお料理を食べる風習が生まれ、ネアも、昨年は林檎のゼリーをみんなで食べた。

厨房や給仕には妖精達が多いので、彼等にはお休みを出しており、自分達で給仕しながら食べた美味しい夏至祭の晩餐を思い出す。



(また、夏茜のスープはあるかしら)


こちらの世界ではそう呼ぶそのスープは、ネアの世界ではガスパチョと呼ばれていたトマトベースの冷たいスープだ。


ディノがとても気に入っていたので、ネアは、そのスープをまたお鍋でいっぱい飲みたいなと楽しみにしていた。


本来は庶民の為の夏バテ防止スープだが、魔術師でもあるエーダリアには馴染み深いものであるらしい。

みんなで美味しいと言って以来、時折食事に出現することもあるのだが、このスープは体の熱を逃がす魔術効果がある為、夏の遅いウィームでは体を冷やし過ぎないようにと夏至祭からが本番となるメニューである。



美味しいスープを思って爪先をぱたぱたさせていると、こちらを見ているアルテアと目が合った。

そう言えば今年の夏至祭にはアルテアが一緒なのだと思い至り、ネアはその袖をちょいっと摘まむと、自慢のスープを教えてやることにした。



「昨年の夏至祭のときには、美味しい夏茜のスープがあったのです」

「…………最近、俺には食い物の話をすればいいと思ってるだろ」

「…………そ、そんなことはないですよ。ちびふわと、白けものさんの話もするのです」

「…………………まさか、それで終わりじゃないだろうな?」

「……………む?」


ネアが首を傾げると、アルテアはどこか魔物らしい酷薄な目をした。

しかし袖を掴んだままだった人間が、狡猾にももう一度袖を引っ張ると、赤紫色の瞳がもう一度こちらを見る。


「今年は一緒に夏至祭のお食事ですねという声がけだったのですが、……………すぐに森に帰ってしまって、夜にはいないのでしょうか?」

「なんだ、居て欲しいのか?」

「なんとなくですが、事故ってしまうと不安ですので、であればここにいてくれた方が心強いのです」

「ほお、ようやく自覚が出てきたようだな」

「そうですね。アルテアさんは、きちんと見張っていないと事故りがちだという認識は深まってきました」

「そっちかよ。やめろ」



げんなりした顔で椅子に座ったアルテアは、指先を内ポケットに伸ばす何やら喫煙者らしい仕草をした後、顔を顰めて溜め息を吐いた。


リーエンベルクの本棟内は煙を嫌う者も多いので、絶賛禁煙中である。



「アルテア、ジュース飲む?」


そんなアルテアに話しかけたのは、ゼノーシュだ。

ザルツの一件で、グラストにかかわる事件にも気を付けてくれていたことが発覚し、ゼノーシュは何だか嬉しかったようだ。

近しいようで一定の線以上は近付かずにいたゼノーシュが優しくなったので、アルテアも少しだけ意外だったのか、目の前にグラスを置かれて流れで頷いてしまっていた。



「ネア、明日のドレスは袖があるのかな…………」

「さてどうでしょう。でも、夏至祭のドレスはふわっとしていて素敵なので、そんなドレスでディノと踊れるのは素敵ですね」

「正午のダンスで最初に私と踊って、次にヒルド、夜のダンスでは、ノアベルト、アルテア、私の順番だったかな」

「はい。最初と最後がディノなので、宜しくお願いします」

「五回踊って二回なのだね…………」

「あらあら、しょんぼりですか?でも、ディノが一番多いんですよ」



どこか悲し気にそう言う魔物は、自分が一番という言葉が出てきたので少しだけ嬉しかったようだ。

ほんのり目元を染めて、じっとネアの方を見る。

森に焚かれた火が窓の向こうでちらちらと揺れていて、そんな煌めきの何かが水紺色の瞳にも映った。



「来年からは、君はもう踊れないからね」



ひっそりとそう囁いた声には甘さと鋭さが滲み、ひどく魔物らしい声音であった。

ネアは、その囁きに覗いた独占欲のようなものにくすりと微笑み、老獪なようでどこか無垢な期待の眼差しでこちらを見ている魔物の三つ編みを引っ張ってやる。



「夏至祭のダンスを踊りたいがあまり私が荒ぶらないよう、来年の夏至祭には、一緒にどこかのお部屋で踊ってくれますか?」

「………………勿論だよ」

「その時に、夏至祭のドレスっぽい、ふわっとドレスを着てもいいでしょうか?」

「君が欲しいものを作ってあげるよ。幾つでも」

「新しいものなんてなくても、持っているお洋服で構わないのです。女性というのは厄介なもので、年甲斐なくも、ふわっと翻るスカートの裾を楽しんでしまったりするので、来年からの夏至祭は、伴侶さんな魔物さんがいてくれたなら、こっそり二人きりのダンスに付き合って下さいね」

「…………………虐待する」



なぜかそこで、魔物は突然くしゃくしゃになって儚くなってしまった。

ぱたりと倒れた魔物を見下ろし、ネアは複雑な思いで周囲を見回した。



「ありゃ。またこうなったね」

「ノア、ディノが死んでしまいました。何をお供えしておけばいいですか?」

「何だろう。ネアが側にいればいんじゃないかな」

「塩の魔物の転落物語とかは如何でしょう?最近、新装版が発売されたんですよ。愛読者としては買わずにはいられませんでした」

「………………新装版って何さ」

「挿絵などが豪華になり、巻頭には観音開きの色つき挿絵、巻末に特別用語集があります!!」

「………………僕の転落物語、大人気なのかな」

「作中に登場する、毎回、塩の魔物を下水や崖に落とすスムッティという生き物がいるのですが、その生き物のちびぬいぐるみがついている、限定のものもあるんですよ」

「……………わーお。君はそれは買わなかったんだね」

「………………スムッティは、ボラボラの亜種なのです。ボラボラ人形はいりません……………」

「えー、じゃあもういっそ、次は、アルテアとボラボラの物語を執筆して貰おうよ」

「ふざけるな。やめろ」



(そう言えば、ウィリアムさんを描いた砂漠の国の本もあったような…………)


ネアはそこで気になってしまい、アルテアをまたつついてみた。



「…………なんだ?」

「警戒しなくても、ちびふわ符は貼りませんよ?最近また、乱用禁止でディノに取り上げられてしまったのです………。今ある三枚は、身の危険を感じた時に、敵をちびふわにするものですので、アルテアさんに無駄遣いは出来ません。ご利用の場合には、ディノに申請して下さいね」

「どう考えてもしないだろうな………」

「そして、アルテアさんについて書かれたような本はないのでしょうか?ノアのものは有名ですし、ウィリアムさんのものもあるので、気になってしまいました」



ネアがそう尋ねると、アルテアは少しだけ考え込んだようだ。



「……………ガレンの禁書書架と、ダリルのところの書庫に一つ、後はカルウィにあるな。ロクマリアのものは、王宮が落ちた時に焼いておいた」

「それは、芳名録のことだろうか?!」



気になる話題だったらしく、すすっと寄って来たエーダリアが、鳶色の瞳を微かに煌めかせる。


魔術書大好きっ子なので、この話題は無視出来ないのだろう。

怜悧に整った面立ちなので分らない人も多いかもしれないが、ネアはもう、今のエーダリアがかなりわくわくしているのが一目で理解出来るようになった。



「ああ、その芳名録だ。災厄相当の魔物の行いなどの記録をまとめたものだが、さすがに名前までは記せていないな。俺が選択として記載されているのは僅かで、殆どは仮面の魔物として載っているくらいか。シルハーンの記載もあった筈だ」

「あ、それ僕も載ってるよ。ヴェルリア王を呪い殺したあたりまで更新されてる。ヨシュアも船を沈めた話が記録されているんじゃないかな」

「まぁ…………。そのようなものがあるのですね…………知りませんでした」

「高位の魔物達の記録を編纂したものなのだ。強い魔術を篭められた書物でな、一定の階位以上の魔術師でないと閲覧が許されない決まりになっている。私も、一度しか読んだことはない…………」


なぜか悔しそうにそう言うのだが、そもそもその魔物達は目の前にいるのだし、一人は契約していて、その他の者達はここに住んでいたり、ここに泊まっていったりするではないか。



「ありゃ。…………エーダリア、僕なら書物より実物がいるけど………」

「書物というのは、また別のものではないか。あの記録には観察者達の主観があるからこそ、魔術書としての価値もあるものなのだ」

「ヒルド、…………どうしよう」

「エーダリア様のこの趣味はどうしようもありませんからね」

「それに、書物と言えるのかどうかは分からないが、お前のものもあるではないか」

「ほわ……………わ、私のものですか?」



ネアは、歌乞いとしての記録がどこかにあるのかなと、わくわくした思いで小さく弾んだ。

しかし、続いた言葉は決して嬉しいものではなかったのだ。



「見守る会の会報が……………あ、いや、…………気のせいだ。忘れてくれ」

「…………………かいほう」

「私の記憶違いだった。…………そ、そうだな。別の話だった筈だ」

「むぐぅ。エーダリア様の嘘は分り易過ぎるのです!」

「それはないだろう。魔術師という者は、話術の操作に長けているものだ。私はこれでもガレンの長としてだな…」

「エーダリア様の会もきっとあって、そちらにも、きっと会報誌がある筈ですよ!」

「………………いや、ある筈がないだろう」



エーダリアは苦笑して首を振っていたが、後ろのヒルドの表情を窺うに、間違いなく会報はあるようだ。

ネアはじっとりした目で周囲を素早く見回し、今回はディノがまだ死んだままなので、まずはアルテアにさり気なく尋ねてみた。



「かいほうには、酷いことは書かれていませんでしたか?」

「周囲の駆除活動の報告が主だ。後はあいつ等の趣味の範疇の戯言だな」

「むぐるる!!なぜその内容を知っているのだ!!!」



怒り狂って床をだしだしと踏んだネアに、アルテアは事も無げに片手を振る。



「参考までにだな。監修者がまともなんだろう。妙な記載はないぞ。ついでに一つ言っておくが、シルハーンが持っていない筈もないとは考えなかったのか?」

「………………ほ、ほわ。……………ディノ、ディノ、生き返って下さい!私のことが書かれたかいほうを、隠し持っているのですか?…………むぐる。起きるのだ!!」


しかし、ばしばし叩かれれば叩かれる程に魔物は弱ってしまい、ネアはやり場のない思いを抱いてじたばたした。



「ネア、こっちでお菓子食べる?」

「ゼノ、…………かいほうがあるだなんて、聞いていないのです。そもそも、そんなかいなどそんざいしないはずなのに……………」

「ほこりに食べて貰う?」

「……………何となくですが、食べてしまうと騒ぎになる方が混ざっているような気がしますので、食べないでいて貰いますね。…………しかしながら、私の心はすっかりくしゃくしゃになってしまいました………」

「そう言う時はね、甘いものがいいんだよ」

「はい。ゼノのお菓子を分けて貰って、この残酷な現実を記憶から抹消しますね」



ネアはその後、意地悪な顔をした使い魔から、お前の会の会報誌を見てみるかと尋ねられた。


そんなものを目にしたら憤死するしかないので、ネアは頑なに首を振り、そんなものはこの世に存在していないのだと、アルテアを優しく諭しておいた。



夏至祭を控えたウィームの森は、賑やかで美しい夜の光に溢れている。

来年はきっと、今年とはまるで違う過ごし方になるだろう。

指におさまってきらきらと輝くディノの指輪を眺めて、ネアは小さな微笑みを浮かべたのだった。










本日はきりのいい話数ですので、家族のお話とさせていただきました。

長い長いお話となりましたが、

引き続き、薬の魔物をどうぞ宜しくお願いいたします。

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