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銀狐と綿菓子



「あら、そのままの姿で食べてみるのですか?」


ネアが首を傾げてそう問いかけると、銀狐はたしたし足踏みしながらムギーと頷いた。


隣にいるエーダリアも不安そうだが、ネアが手にしている綿菓子も含め、銀狐には特に悪い効果を出す食品などは確認されていない。

念の為に玉葱やチョコレートなどを避けているネアだが、食事の時にはもりもり食べているという報告も上がってきているので、普通の銀狐に擬態していてもそのあたりは頑強なのか、こちらの世界の狐が殊更丈夫なのかのどちらかだろう。



「綿菓子が口周りの毛につかないよう、小さく千切って放り込んでやるしかないな」

「はい。エーダリア様、狐さんが弾んでしまわないよう、押さえていただてもいいですか?」

「ああ、そうしよう」


しかし、銀狐はエーダリアに胴を掴まれたのが楽しかったらしく、ムギムギと弾んでしまい、千切った綿菓子を手に持っていたネアは渋面になった。

指先の温度で綿菓子を溶かしたくない人間にわしっと首根っこを押さえられ、がぼっとお口に綿菓子を押し込まれた銀狐は目を丸くしていたが、甘くて美味しかったのか、すっかり夏毛になりつつあるもふもふしていない尻尾を振り回して大喜びだ。



「…………すまない。逆に喜ばせてしまった」

「狐さんは、エーダリア様に構って貰うのが大好きなのですが、胴を掴もうとしても大はしゃぎするとは、こちらの認識不足でした。………ふふ、美味しかったみたいですね」

「ああ。…………弾み過ぎじゃないか?」

「むむ。…………もしや、綿菓子は大好物…………?」


大はしゃぎの銀狐に、ネアとエーダリアは首を傾げていたが、途中でじわじわっと察してきた。

静かに顔を見合わせ、もう一度、びょいんびょいんと弾んで遊ぼうぜモード全開の銀狐に視線を戻す。


「……………綿菓子の祝福の効果だろうか」

「ええ。この様子は、うきうきわくわくな、あの綿菓子の効果ですね…………」


そうこうしている内にも、銀狐は、体勢を低くしてお尻だけ持ち上げる、遊ぼうポーズで尻尾をふりふりしている。

きらきらの眼差しに負けてしまったのか、よせばいいのにエーダリアはどこからか魔術で取り出したボールを、ぽいっと廊下の向こうに投げてやった。


ムギーと、廊下に銀狐の鬨の声が響く。

しゃかしゃかともの凄い低姿勢で廊下を走ってゆく銀狐に、ネアは半眼になる。

これは、早々にここから消えないと、永遠のボール投げを要求される展開だ。


(明日はお仕事なエーダリア様を連れて、ここから離脱しよう…………)



しかし、それよりも前に事件は起こってしまったのだ。



ムギャーと声が聞こえ、こっそり離脱しようとしていたネアと、銀狐の姿を眺めていたエーダリアはびくりと体を揺らした。

何が起こったのかと目を凝らせば、銀狐はボールを追いかけてゆく勢いがあまり、すてんと転がってしまい、そのまま転がって階段の方に落ちたらしい。

さっと青ざめたエーダリアが駆け出してゆき、ネアも慌てて後を追いかけた。



「ノアベルト!!」


エーダリアの勢いでは、何だか塩の魔物の危機のようにも思えるが、実際には銀狐に擬態した塩の魔物が、はしゃぎ過ぎて階段から落ちただけである。

当の銀狐は、お尻座りで後ろ足が開いてしまった愛くるしいポーズで、自分に何が起きたのだろうという困惑の表情を浮かべ、踊り場に座り込んでいた。


怪我はなさそうなので、ネアもほっとしたが、その階段の下の方からちょうど上がってきていたヒルドが、片手で額を押さえている姿にぎくりとした。


この騒ぎを見られてはいけなかった人の登場に、エーダリアが青ざめるのがわかる。



「ヒ、ヒルド……………」

「エーダリア様、これは一体何の騒ぎでしょうか?」

「そ、そのだな、…………ノアベルトがその姿のまま、例の祝福の綿菓子を食べてしまって……」

「成る程、それで大騒ぎになったと。…………ネイ、やめなさい」


そう話している間にも、テンションが上がった銀狐は、ボールはどこに行ったのだろうとヒルドの方まで階段を下りてゆき、びょいんと弾んでその周囲を回り出した。

ネアは、これはもう悪い薬を飲んでしまった人の症状だなと考えるに至ったが、祝福の綿菓子を摂取した銀狐は、お砂糖酔いするちびふわとはまた違う荒ぶり方になるらしい。


甘えたなちびふわに対し、陽気に大はしゃぎな銀狐は何だか見ていて楽しくなる。

びょいんと飛び上がったところでヒルドに首根っこを掴まれてぶらんとぶら下げられてしまった銀狐は、そんな風に捕獲されたのも楽しいのかムギムギと大喜びだ。



「ノアベルト、ボールは階段の上だぞ………?」


しかしそこで、生真面目なエーダリアがボールの居場所を教えていしまい、はっと目を丸くした銀狐は、そう言えば自分はボールというものを追いかけていたのだったと正気に返った。

そうなるとぶら下げ遊びに興じている暇はないらしく、ヒルドに首筋を掴まれたまま大暴れをするとそこから素早く逃げ出して、階段の上にしゃかしゃかと駆け上がってゆく。


暫くすると、ボールを発見したのか喜びの雄たけびが聞こえてきた。



「…………ネア様、ご予定がおありでしたら、早々に避難された方が宜しいかと」

「ヒルドさん…………。しかし、このままでいいと足踏みする狐さんに、望まれるがまま綿菓子を与えてしまったのは私なのです。何だか責任を感じてきました………」

「とは言え、はしゃいでいるだけだろう。少し足下が危なっかしいが、そこまで……………」


そう言いかけてエーダリアが黙ったのは、赤いボールを咥えた銀狐が、目をきらきらさせて足元にやって来たからだ。

その期待の眼差しにこくりと頷き、階段は危ないからなと上の廊下に戻ってゆく。



「やれやれ、甘いですね…………」

「ヒルドさん、もう夜ですし、明日は復活祭ですから、エーダリア様も休まれたいのではないでしょうか。在宅勤務な私の方が楽なので、ボール遊びは私が引き継ぎますね。しかしながら、狐さんは仲間が減ると大騒ぎするので、その間だけ狐さんの注意を惹きつけて貰えますか?」

「いえ、明日はネイも一緒に儀式会場に赴きますからね。その打ち合わせなどもありますし、まだ就寝という訳にはいかないので、こちらで引き取りますよ。ネア様は、あわいで過ごされた時間でお疲れでしょう。…………そう言えばディノ様はどちらに?」

「ディノは、昨晩要警戒でお風呂に入れなかったので、今はのんびりお風呂中なのです。私を一人にしておくと不安そうでしたので、エーダリア様と狐さんと一緒にいることにしたのでした」

「おや、そのような経緯であれば、ディノ様がお戻りになるまでご一緒出来ますね」

「はい!狐さんを叱るときは、任せて下さい!」


ネアはここ最近は、悪いことをしたら逃げ沼に放り込んでしまうぞという脅し文句で、銀狐の絨毯破壊を防いできた。

そんな武器も明日までしか使えないので、今は任せ給えという表情でふんすと胸を張る。

微笑んで頷いてくれたヒルドだったが、その微笑みは階段を上がりきるまでであった。



そこには、この優しいシーの微笑みを凍てつかせる事態が待ち受けていたのである。



「…………………エーダリア様?その窓はどのような経緯で、そうなったのですか?」


階段を登り切って廊下に出たところで、ヒルドは、おや、と呟いた。


ネアは、久し振りに聞く、背筋の凍るようなヒルドの声に竦み上がる。

ネア達が会話をしながら階段を上がるまでの短い時間に何があったものか、廊下にある窓の一つに見事なひびがはいってしまっているではないか。

その窓を怖々と見ていたエーダリアと銀狐が、ヒルドの声にぎょっとしたように振り返る。


ヒルドの方を見て、ゆっくりと視線を彷徨わせたエーダリアに、銀狐はけばけばになってその足の後ろに隠れた。

ヒルドの隣にいるネアは、こそっとヒルドの表情を窺って見たが、穏やかに微笑んでいるように見えるのにごめんなさいと謝りたくなってしまう迫力なのだから、まさに怖いお母さんといった感じだ。



「…………すまない。私が加減を誤ったのだ」


エーダリアが真っ先にそう言うと、びゃっと飛び上がって目を真ん丸にしてエーダリアの足元を駈けずり回った銀狐が、何周目かでしゃっとエーダリアとヒルドの間に割り込んだ。

ぶるぶる震えながら、盾になるようなポーズで何かを一生懸命アピールしているので、自分がやったと言いたいらしい。



「成る程、それぞれの主張は分りました。では、経緯を説明していただけますか?」


ヒルドはそのいじましい庇い合いの姿にはびくともせずに、にこやかに微笑んでそう告げる。

するとエーダリアと銀狐はなぜか数歩後ずさり、暗い顔で足元に視線を落した。

隣のネアが委縮してしまうくらいなのだから、ヒルドと向かい合った二人の心中は如何なるものか。

説明を渋るだけの行為が背景にあるやもしれず、成り行きを見守るネアはごくりと息を飲む。



「…………ボールを追いかけるだけだと、………その、また階段から落ちたり、勢いを殺し切れずに壁に激突すると危ないからな。………浮かぶボールを狙って飛び上がるのはどうだろうかと思ったのだ」

「それは妙案ですね。しかしながら、浮かぶボールをネイが追いかけるだけでは、窓を損傷するようなことにならないのでは?」

「……………浮かぶボールといっても、空中に固定されたものではなく、多少前後に動いた方がいいだろうと思い、引っ張ると弾むような動きを付加してみたところ…………」



どうやら、見えないゴム紐で吊られているような動きを目指したらしい空中浮遊ボールは、銀狐が飛びついてぶら下がっている間にそのゴム紐に相当する魔術部分がぐいんと引っ張られ、銀狐がボールを離した途端、びゅんと跳ね返って窓に当ってしまったようだ。

普通のゴム紐であれば動く範囲は上下左右のある程度想定内の範囲であるが、何しろ魔術仕掛けであったので、ボールは思ってもいなかった方向に飛んで行ってしまったらしい。


結果窓に当り、美しい結晶硝子の一部に、大きなヒビを入れてしまったのだった。



「…………リーエンベルクの窓には、排他結界が左右から貼り合わせられている筈です。………それを破損するだけの負荷がかかったのが、窓であったから良かったものの、ご自身の体やネイに、或いはネア様や通行人に当ったらどうされるおつもりだったのですか?」

「…………その通りだ。私の配慮が足らなかった。今後このようなことがないよう気を付ける」

「では、どのような魔術調整をすれば、適切だとお考えですか?あなたの場合、次回以降気を付けるということでは解決策にならないでしょう。威力を弱め、跳ね返る方向を限定した魔術の織りを、この場で調整いただいた方が私も安心出来ます」

「そ、そうか!そうだな……………」



魔術式のおさらいが出来るということで、ぱっと瞳に光を戻して笑顔の戻ったエーダリアに、しょんぼりしていた銀狐も尻尾を振り回す。

ネアは、なかなかお目にかからないこの師弟の教育的やり取りを垣間見れたことに、何だか得をした気分でこっそり唇の端を持ち上げた。


(エーダリア様は、根っからの魔術師気質だもの)


このような場合は叱って行為を禁じるだけではなく、事故の危険性を指摘して厳しく叱った上で、その魔術の再調整を一緒にするのがヒルド流なのだろう。

このようなやり方を見て初めて思うことだが、押さえつけるだけで放置すると、エーダリアは影でこっそり試行錯誤して事故りそうだ。

一緒に居るときにおさらいすることで、ヒルドはそんなエーダリアの自損事故を防いできたのだろう。



「ネア様、私の後ろに入っていて下さい。………そうですね、どの方向に跳ね返るか読めませんので、これくらいの位置に」

「はい。ヒルドさんも、そしてエーダリア様も狐さんも、ボールでばりんとならないようにして下さいね………」


ネアが心配になってそう言うと、まずは先程の魔術の検証から入り、ボールを引っ張ったりはしないので大丈夫だと保障して貰った。

ひびの入ってしまった窓の部分は、エーダリアが指先で何かを空中にさらさらと書き込み素早く修復してしまったので、ネアは普段はあまり見ることのない上司の魔術師としての技術力にも感嘆した。

ぽわりと淡く水色に光って元通りになった窓は、ひび割れなどなかったかのように綺麗になっている。



(すごい。…………こんなに一瞬で綺麗になってしまうんだわ………)


修復の魔物を失ったこの世界では、物損や怪我などの様々な方面において、修復という行為における魔術は扱いが難しい。

魔物達でさえそう言うのだが、エーダリアが窓のひび割れにかけた修理の時間は数秒程度だ。

やはり、彼は国内有数の魔術師であり、ガレンエーベルハントの長なのだなとネアは誇らしい気持ちになる。


とは言え、この窓は森側の窓なので、何か問題がないかどうか、後でこっそりディノにも見て貰おう。

これからの季節は風雨の強い日もあるので、万が一のことがあると廊下が水浸しになってしまうし、この家の家族を守るのもネアの務めだ。



「伸縮の魔術と、状態保持、そして形状を記憶し再現する魔術を淡くかけてより合わせたものを、ボールの上に癒着させたのだが……………。ノアベルト、先程のものを再現しただけなので、今は触らないようにな」

「………………まずは、伸縮の魔術と、再現性の調整からでしょうね。周囲に隔離結界を展開されては如何でしょう?」

「しかし、あまり狭く結界を添付すると、上部に押し出される魔術で影響が出そうなのだ」

「であれば、少し余裕を持たせるか、或いは結界で完全に密封する必要もないでしょう。檻や網のような形状にすればいいのでは?…………エーダリア様、少し妙なボールを使っておられませんか?」

「そうか?普通のボールだが…………。網のような形状はいいかもしれないな!その場合………」



ネアは何やら微笑ましい師弟を眺め、こんな場面を見られるのも楽しいなとにこにこしていた。

なので、もしその時に視線を床の方に下げ、野生の衝動に完敗した塩の魔物の顛末を目撃していれば、あのようなことにはならなかっただろうと、後にこの事件を振り返った時には後悔したものだ。



(え、……………)



それは、一瞬のことだった。


「ネイ?!」



一番早く気付いたのはヒルドだった。

恐らく、このボールには触らないようにと言いつけられていた銀狐が、我慢出来ずにボールに飛びかかってしまったのだと思う。

思うとしか言いようがないのは、ネアがはっとした時にはもう、赤いボールが恐ろしい勢いでネアに向かってきていたからだ。

とは言えその映像も目に映ったのはほんの一瞬で、ばりんと、何かが粉々になる儚い音が聞こえたのと同時に、ネアは顔面のあたりに赤い物体がどかんと直撃し、その衝撃に後ろに吹き飛んだ。


何が起きたのか分らないままに呆然と目を丸くしている余裕があり、床に後頭部をぶつけずに済んだのは、ヒルドがすかさず抱き止めてくれたからだと、一拍遅れて理解する。



「ほ、……………ほわ?」

「良かった、顔は無事だな!ディノの守護がなければ危なかったか………」

「ネア様、…………良かった、直撃はしていませんね。どこも痛いところはありませんか?」

「あ、赤い何かが襲いかかってきました………………」

「ああ、すまない、ボールがそちらに飛んだのだ。…………だが、なぜお前の前にいたヒルドを避けて、その上に飛んだのだろう…………」

「何かが粉々になった音がしたのです…………。ふぎゅ。私のお顔は粉々になっていませんか…………?」

「恐ろしいことを言わないでくれ…………。傷一つない。無事だと思うぞ………」

「……………と言うことは、ディノの結界が粉々に……………?」

「いえ、砕けたのは咄嗟に私が張った結界です。ボールの軌道が不規則に歪みましたので、ネア様の周囲に結界を張ったのですが……………。跡形もありませんね…………」

「………………わーお、このボール、何なんだろうね」



そこで最後に直前まで銀狐だった魔物の声が混ざり、ヒルドとエーダリアが振り返った。



「ネイ………………」

「うわっ、ヒルド、怒らないで!僕だって慌てて戻ったんだよ。…………うわ、何だろう。足が縺れるけど、酔っぱらってる?」

「あの綿菓子の影響だろうか。………大丈夫か?」

「うん。…………ああ、良かった。すぐに抜けていったから、狐の体であの祝福が酔うんだね。………………ヒルド……………」

「まずは、その前になさるべきことがあるのでは?」


怖い友人に叱られてしまったノアは、すぐにヒルドが抱き上げているネアの頬に手を当てて謝ってくれた。


「…………………ネア、ごめん。怪我しなかったかい?」

「………………真っ赤なものに襲われました…………」

「ボールが跳ね返ったんだよ。ヒルドを避けるみたいにして不規則な軌道で動いたんだけど、魔術の組み合わせに何か問題があるのかな。………でも、ヒルドの結界を粉々にするなんて、どうしてだろう…………」

「…………いえ、ボールではなかったのです。真っ赤な怖いやつです」

「え?」

「……………………ネア様?もしや…………」

「ボールではない………………?」



ネアが、ふるふると指を持ち上げ、ネアにずどんとぶつかった後、床に転がり落ちたボールを指差した。

赤いボールが深みのある青灰色の絨毯に転がっている様は、何だか朴訥とした可愛さがあったが、今のネアにはそのボールはとても不吉なものに見える。

なぜならば、先程ヒルドを避けてネアの顔面に突っ込んできたボールには、確かに牙があったのだ。



そんなボールを、そっと近寄ったノアが怖々と拾い上げようとした。



「キシャー!!!」



すると赤いボールはぐりんと振り返り、牙だらけのお口をぱかりと開いてノアを威嚇する。

きゃっとなって手を引っ込めたノアは、何とも言えない顔で振り返った。




「ボールじゃないよこれ………………」

「ボールではない……………?」


ぎょっとしたようにそちらに近付こうとして、エーダリアはヒルドに押し留められている。

ネアを片手で抱き直すと、ヒルドはもう片方の手を伸ばしてエーダリアの襟首を掴んで引き止め、まずはよれよれのネアを、そっと廊下の端っこに避難させてくれた。



「ネイ、隔離結界をお願い出来ますか?私のものは砕いてしまう程の硬度ですから」

「うん。………………わーお、何だろうこれ……………。僕のボールはどこにいったのかな…………」



得体の知れないものは怖いのか、ノアはそろりと牙を剥いている赤いボールに近寄る。

結界で隔離してしまおうとしたその時、廊下の向こうから銀色のボウルを持った家事妖精がやって来た。



「ほわ、…………」


慌ててネア達の方に走ってくると、牙を剥いて唸っている赤いボールに何か白い粉をかけ、すかさず銀色のボウルをかぶせて抑え込む。

どかんという爆発音が聞こえ、銀色のボウルを持ち上げると、底には赤い粉が絨毯を汚しているばかりで、先程まで威嚇していた赤いボールの生き物の姿はもうなかった。



その後、家事妖精から説明を受けたヒルドが、ネア達に牙を剥く赤いボールの正体を教えてくれた。


「……………どうやら、先程のものは胡椒の祟りもののようですね」

「ありゃ。祟りものだったんだ…………」

「赤く熟した胡椒が祟りものに転じたものだそうです。どうやら食糧庫の近くに巣をかけていた妖精が、袋から零れ落ちた胡椒の実を、ボール代わりにして遊んでいたようですね。料理に使って貰えないことで祟ったようですが、………よりにもよってという場面で、あなたはボールと胡椒の祟りものを取り違えたのですね………」


ヒルドはそう言うと、廊下の絨毯の端っこに入り込んでしまっていた、本物の銀狐の赤いボールを発見して拾い上げてくれた。



「つまり、私はボールだと思ってノアベルトが持ってきた胡椒の祟りものを、空中で弾むボールにする為に魔術で吊るしていたのか………………」

「……………え、僕、それに噛み付いてたんだ……………うがいしよう…………」



胡椒の祟りものは、時々ではあるが派生するもので、決して恐ろしいものではない。

何か理不尽な扱いを受けた胡椒が、通常の胡椒サイズから小さ目のボールサイズになり、ただただ、その辺りに転がっていて無念を主張するのだとか。

しかし、その中でも更に理不尽な扱いを受けると、暴れる系の祟りものになる場合もあるらしい。


どちらの場合も、お砂糖をかけてしまうと爆散して粉になるそうで、駆除は案外簡単なのだそうだ。

とは言え、とても堅いので決してそれ以外の方法では破壊出来ないのだという。



「むぎゅる。胡椒さんに襲われました…………」

「可哀想に、怖かったね…………」


ネアは、騒ぎを聞きつけてお風呂上りで飛んできたディノに、ぎゅうぎゅうと抱き締められつつ、今はすっかりこなこなした挽きたて胡椒になってしまった胡椒の祟りものが、掃除妖精に箒と絨毯ブラシで片付けられている現場をじっとりと睨む。

エーダリアとノアは、廊下の端に並ばされ、祟りものだと気付かずに胡椒をボール扱いをした迂闊さを、ヒルドに叱られていた。



余談ではあるが、この一件を知ったダリルは、胡椒の祟りものをとある場面で活用したそうだ。

ヒルドの結界を粉々にした頑強さを買われたらしく、自慢の守護結界を胡椒で叩き割られた悪者を無事に逮捕して実績も上げ、ウィームでは今後の新たな運用が見込まれている。












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