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バルバと竜と鯨 2




ネアは、ごくりと息を飲むと自分のお皿の上の水鯨を見つめた。


ごろりとお皿に横たわるのは、どう見ても香ばしく皮目を焼いた青い胡瓜だ。

どこにも鯨に該当する器官は見当たらず、ネアは首を傾げて初めましての食材を凝視する。


ほかほかと湯気の立っているそこに、横に座ったアルテアからどぼりと、おろしソースが乗せられた。



「む。…………ソースが降り注ぎました」

「好き好きだが、皮ごと食べられるぞ。内臓なども特にない」

「……………なぬ。更なる謎に包まれました」

「ネア様は、水鯨は初めてなのですか?」


ネアの警戒心を剥き出しにした観察にヒルドが気付き、そう尋ねてくれる。

ダナエはもうぱくりと水鯨をお口に入れてしまい、幸せそうに美味しいと呟いていた。

バーレンは、よく家族で食べた懐かしい味だと目元を和ませているので、昔から食べられているもののようだ。



エーダリアも、丸焼きは初めて食べるらしく、ウィームでは新鮮な水鯨は捕れないからなと嬉しそうにしている。

ウィームにある料理だと、水鯨は塩漬けにした燻製を戻して調理するのだそうだ。

海に近いところで水揚げされるものなので、この国ではやはりヴェルリアで一番食べられる料理なのだと言う。



「しかし、川を上がってくるのですよね?こちらの方でも取れないのでしょうか?」

「ウィームに入ってくる頃には、成長し過ぎてほとんど透明になってしまっているから、食用には向かないな。このあたりの川で水揚げされる水鯨は、インクの材料になったり、魔術師のケープやブーツの材料になったりする。アルビクロムでも少し釣られるようだが、あそこまで大きくなってしまうと味は落ちるそうだ。揚げ物などにされて、パンに挟んで食べているらしい」

「あれは、食えたものじゃないな。労働者達の腹を膨らませるにはいいんだろうが、ソースの味で食べるようなもんだ」

「……………ということはそれは、鯨サンドになるのですね」

「酢漬けにして発酵させたキャベツと一緒にパンに挟み、ソースを大量にかけて食べる。油の味とソースの味を、キャベツで少しだけ人道的にした感じだ」

「…………ふむ。お野菜的なものとして存在するキャベツが、最後の良心という感じなのでしょう。何となく想像がつきました」



ネアはヒルドに食べ方を教えて貰い、ナイフで中央に切れ目を入れて、水鯨の一本焼きをぱかりと開いた。

するとどうだろう、ほくほくとした白身のお魚の身だけがぎゅっと詰まったようなものが公開される。



(目や口も見当たらないし、臓器的なものは何も入ってないのかな………)



寧ろ、鯨ではなくソーセージだと言われた方がまだ納得出来る。

ネアは釈然としないまま、美味しいおろしソースでそんな水鯨をぱくりと食べてみた。



「む!…………美味しいです」

「お前な、警戒し過ぎだろ」


アルテアは呆れていたが、これが鯨で川を泳いでくるということが一番の警戒ポイントだったのだ。

しかしながら、思いがけない美味しさだったので、ネアは頬を緩めてもう一口食べてむふぅと息を吐く。

丸ごと一本だと多過ぎるのでディノと半分こにしており、半身を貰ったディノも美味しいねと頷いた。



「ディノは、水鯨さんは食べたことがあったのですか?」

「うん。ギードが好きだったからね。それに、こういう食事は、ウィリアムが詳しいんだ」

「そうだったのですね。私は青い胡瓜にしか見えなかったので、こんな風に食べることが出来て良かったです。これでまた一つ、新しい美味しいものを知りました!」

「弾んでる…………かわいい」



喜びに弾むネアがいる一方、ダナエはほくほくの水鯨が気に入ってしまったようで、悲しい目をしてアルテアにお皿を差し出している。



「もう一本………」

「お前は三本目だろうが………」

「ダナエ、ほら、私のものを半分食べるといい」


見かねたバーレンが自分の分を分けてやっており、ネアはそんな二人のやり取りに慣れた雰囲気を感じ、微笑みを深めた。

あの、投げやりで暗い目をしていた青い目の竜はここにはもういない。


仲間を呼ぶ悲しい歌は美しかったが、こうしてダナエと寄り添って笑っているバーレンの方が、ネアは好きだった。

少し幼くなったようにも感じるが、それだけ心を委ねているということなのだろう。

長く彷徨った最後の光竜が、悪食であるが故に一人で旅をしていたダナエの友人になったのは、とても素敵なことだ。



「さて、お待ちかねの棘牛タルタルです!!」

「君の大好きな料理なんだよね」

「はい。大好き過ぎるので、こうしてアルテアさんが、私だけ別のお皿でくれました。なお、このお皿は私の不可侵領域になりますので、手を出すと滅ぼされてしまいますよ」



ネアがそう注意すれば、魔物はふるふるしながらこくりと頷く。

その代わり、ネアはディノの分のタルタルを、大皿からきちんと取り分けてやった。



フォークに乗せたタルタルを、ぱくりと口に入れてネアはびょいんと椅子の上で弾む。


(美味しい!!)



すかさず隣のアルテアに肩を押さえられたが、この喜びを表現するのに言葉など出る筈がない。

外のお店でもお肉のタルタルを食べることはあるが、このアルテアの作るバルバでの棘牛タルタルに勝るものはないだろう。


「むぐふ!我が人生に悔いなし!!」

「ネアが虐待する…………」

「むぅ。失言でした。このタルタルは、最高のタルタルなのでそのくらい美味しいということです」

「ネアがタルタルに浮気する…………」

「どうすればいいのだ」



そんなやり取りの横で、エーダリアがダナエに、ウィームに入る前に上空を飛んだヴェルリアの海の様子を聞いていた。

残念ながら、今回はバーレンの鱗のお土産はないようだ。


「何か変化はなかっただろうか?あの辺りでは、海竜の代替わりが近いそうで、あちこちに影響が出始めているらしい」

「ヴェルリアの近くはいつも通りだったよ。でも、その少し先で、今年は鯱が多いからたくさん食べた」

「…………鯱が多いということは、その系譜の妖精達が管理を怠っているという可能性もあるのだな」

「それと、途中で立ち寄った島で、夜海の竜の第二王子が探されているという話を聞いた」



そう教えてくれたのはバーレンで、不在にしているのは代替わりの際に行われる海竜の戦と呼ばれるものに参加するからなのではないかと、海の系譜の者達はあれこれ噂話をしているらしい。

とは言え、夜海の竜の王子は昨年から姿を消しているそうで、失踪の理由は今回の一件には関係ないだろうというのが一般的な見解であるらしい。



「やはり、その話は外部にも広がってしまっているのか。こちらでも調べていたところなのだ」

「ああ。噂になっている。とは言え、彼は、誰かに恋をしたのではないかと言う者が多いようだ。夜の海を飛んでくると言った翌日に、心を奪われたので王宮を出て他の土地に行くという書置きがあったそうだからな。だが、ヴェルリアの方で見かけたという話もあるので、何か関係はあるかもしれない」

「夜海の竜は、王子は五人もいるだろ」



そう言ったアルテアに、エーダリアは難しい顔になる。



「だが、姿を消した第二王子は、聡明で部下達にも慕われており人格者として有名だった。ヴェルリアにも好意的な竜だと聞いているから、その王子が姿を消したとなると、他の参加国の者達がこの国を警戒してしまう可能性があるのだ。あまり競合を刺激したくない」

「となると、今のところ、あまりいい相手を説得出来てないな?」



渋い顔をしたアルテアに、ヒルドが溜め息を吐いた。



「………残念ながら、あれだけ海の系譜の者達の加護を得ながらも、ヴェルリアは特定の海の一族との縁を深めておりませんからね。広く浅くを心掛けたからこそ広域を治めるのに向いておりましたが、今回のことのように、特定の者と組み、双方命を賭ける覚悟で挑むような関係を結ぶにはいさかか手薄いと言わざるを得ません」

「その状況下でこちらが交渉を予定していた最有力候補が、その竜であったのだ。海の系譜の中でも、海中でも活動出来て空も飛べる者がやはり有利だ。ダリルも頭を痛めていた………」



そう聞いたダナエは、そうなんだねとあざみ玉を食べながら頷いた。

こんな風に食いしん坊度合いを発揮しているが、彼は竜種の中では第三席くらいに位置する高位の竜の一人だ。


そのような行為への意気込みや系譜の相性もあるだろうが、同じ意気込みで戦えば、ドリーすらダナエには敵わないとされる。

なので、そんな高階位のダナエを誰かが御するのは難しく、バーレンがダナエと相性がいいのは、種族的に優位に立てる光竜だからでもあるのだ。



「私が海の系譜なら、ネアかアルテアと出てあげたのに」

「むむ。ダナエさんとアルテアさんなら、優勝間違いなしですね」

「やめろ。海の要素も、土地を治める人間の要素も何もないだろうが」

「ネアと組んでもいいのは、私だけだよ」

「と言うか、こいつが関わるとろくでもない事故が起こるぞ。絶対に近付けさせるな」

「むぐる!私とて、言われなくてもそのような危ないものには近付きません。そのお話を教えていただいたのも、知らないでうっかり近付くようなことがあると危ないからということでしたし…………」


ネアとしても、アルテアと船に乗ったことがあるが、海はあまり得意ではないなという感想だった。

海の精霊王のみ、たいへん好みであるので、あの初代白もふに会えるような機会がある場合であれば、是非にお声掛けいただきたい。



「まぁねぇ………、海の系譜は面倒だとは思うよ。価値観が違う者が多いし、魔術の基盤や系譜も少し異質だからね。よく陸のものと海のものって言うけど、まさにそんな感じにきっちり違うんだ」

「ノアは海が得意なのですよね?」

「と言うより、彼等に対して一定の権限がある。だから僕は、逆にこの手の儀式には参加できないんだ。そうじゃなかったら、僕が擬態して出ればすぐに終わるんだけどさ……」

「今代の世界は陸が主体だからね。海を主とする世界があった頃は、ノアベルトが海の系譜ではないのに海の者達に発言権を持つように、海の者が陸の多くを統括したそうだよ」

「そんな時代があったのだな………」


思わぬところで、ディノから何だか壮大な話が出てきたので、エーダリアは驚いたように目を丸くしている。

ネアはそちらの話にも興味があるものの、横で網の上に鶏肉を乗せ始めたアルテアのこともしっかりと監視していた。

ダナエは恐らくそちらしか見ていないだろう。



「うん、それは僕も聞いたことがあるなぁ。海から様々な種族が派生した世界があって、その頃は精霊達、その中でも女達が多くを司り統括したってね。僕達の世界では、事象が強くて命はその事象の多くが観測される地面の上で生まれ育まれた陸主導のものだけど、その頃は、海の中から派生が始まったんだろうね」

「不思議なものですね。確か、先代の世界では女性が多く力を振るったそうですが……」



そう尋ねたヒルドに、アルテアがふっと微笑みを深くする。


鶏肉は片面が焼けたところで、ダナエは既にお皿を持ち上げていた。

ネアは一欠けらずつちまちま食べているタルタルの残りを計算し、鶏肉の降臨を待つばかりだ。


「その時代に派生していたら地獄だな」

「うーん、僕は、その時代に生まれてたら、絶対にすぐに死んだ気がする……」

「殺されたの間違いだろ」



ネアはここで首を傾げた。

妖精と人間はどんな世界でも、最初に世界に派生する者達より少し後から生まれる種であるそうなので気にならないが、竜が治めていた世界というものはないのだろうか。



「竜さんが世界を治めたことはないのでしょうか?」

「竜はね、肉体的な力を振るうことや自身の一族への愛着が強いから、他の種族を治めることに向いていないんだ」

「私はあまりそういうものはないけれど、竜は竜を治めるのが限界だと思うよ」


ディノの答えにダナエもそう言い、バーレンも頷く。

他種族と交わることは苦手ではないが、多種族の立場に立つという意味では、竜達の中で立派な竜とされる者程に向いていない。

自分の一族が一番で、問題を力で解決しようという嗜好は、確かに世界を混乱させそうではある。



「人間や妖精も、様々な種族全体を見渡すのではなく、己の一族や国を治めることに向いた生き物だ。だから、人間や妖精に光竜の国家形態が浸透したのだろうと、王が話していたのを聞いたことがあるな」



バーレンの言葉に、エーダリアは目を輝かせて頷いた。

これはとうに滅びたとされる光竜からの、貴重な歴史的証言でもある。



王の下に、貴族達や騎士達がいるという国家の形は、光竜から人間や妖精達に広まったものだ。


同族を統治することに向いていた光竜がその仕組みを作ったのだが、そんな仕組みを作る才があるからと言って、世界全体の統治に向いているということではないらしい。

自身の基盤を固め過ぎてしまうということは、確かに良さでもあり、狭さでもあるのだろう。


領地や住人達に心を傾け過ぎてしまう竜種は、その種族を任された諸侯のようなものであるというのが、魔物達の考え方だ。



「…………む。鶏肉さん………」


ネアはそこで、お皿の上に焼き立ての鶏肉が到来し、目を輝かせる。

アルテアが先にネアのお皿に鶏肉を運んでしまったので、お皿を持って待っていたダナエが悲しそうに首を傾げていると、トングでがしっと多めにお肉が掴まれ、どさどさとお皿に乗せて貰って笑顔になった。


エーダリアが素早く網の上を確認しているのは、この鶏肉の香草塩だれ焼きが鶏皮の部分を有した焼きものであるからだ。

一口サイズに切ってあるお肉なので、今回は鶏皮戦争は勃発しまい。



美味しい鶏肉を頬張ると、ネアは幸せな気持ちになった。

今であれば、もわもわ妖精のことも可愛い奴めと思えるかもしれない。

ただし、それは埋められなければという前提になる。

ネアがむぐむぐしながら笑顔で頷くと、アルテアは呆れた顔でお皿に鶏肉を増やしてくれた。



「……………ディノ、この鶏肉はとっても美味しいですよ。先程から美味しいもの続きで心が大渋滞ですが、これも是非食べていて下さい。ささ、このお肉です」

「分けてくれるんだね………」


ネアは自分のお皿の上の鶏肉を一つディノのお皿に分けてやり、大好きな分け合いっこが発生した魔物は目元を染めて恥じらっている。


お向かいでは、アルテアにもう焼けたぞと言われた鶏肉をお皿に取りながら、ノアとヒルドは、鶏皮部分がしっかりついた部位を、エーダリアのお皿に移動させてやっていた。

この三人は、先日シュタルトのブランコで、仲良し度を深めてきたらしい。



「それと、こちら側で棘牛を焼き始める。甘辛い漬けダレに漬けたのがこっちで、こっち側は香草と塩だ。仕上がるまでの面倒は見ないから、焼き上がり次第に自分で取れよ」

「はい!」

「ダナエはこっちだ」

「……………別にしてくれて助かった」


アルテアは、ダナエ用のお肉はダナエの前の網に乗せてくれたので、バーレンはほっとしたようだ。

一緒のところに置かれてしまうと、ダナエは半生でもどんどん食べてしまうので、皆の分を食べてはいけないと何度も注意しないといけないのでと、少し緊張していたそうだ。



「棘牛…………むぐ?!」

「そこの部位はもう少し待て、こっちを先に食べろ」


ネアは、棘牛を早く食べたくて手を伸ばしたところ、アルテアにその動きを制され、狙っていたのとは違うお肉をお皿に配達される。

狙っていたお肉の方が大きかったのだが、確かにお届けされたお肉は中央がレアになっていて香ばしく焼き目もついていて、とても美味しそうだ。


ぱくりと一口で頬張り、美味しいお肉と塩味の絶妙さに頬を緩めてむぐむぐする。

よく見ていればノアとバーレンもバルバの管理が上手なので、アルテアはその二人にも進行管理を任せているようだ。



「ディノ、棘牛が堪らない焼き加減ですよ。しっかりお肉という感じがしてとても美味しいです!取ってあげますので食べてみて下さいね」

「うん。…………ネア、網の上に落ちないようにね」

「……………ここで網の上に落ちようとしたら、飛び上がって飛び込むしかないので、まず発生しない事案だと考えても良さそうです。安心して下さいね」

「お前は食べていろ。…………これが焼き上がりだ」

「むむ。網の上には落ちませんよ!ディノ、アルテアさんが取ってくれたこれが、ちょうど焼き上がったみたいです」

「うん」



ディノもバルバは楽しいようだ。

目の前でお肉やお料理が焼けてゆくのを見るのも楽しいようで、アルテアがこちらの網に乗せてくれた美味しそうな棘牛の香草塩焼きをお皿に取り、ぱくりと食べて目をきらきらさせている。


エーダリアは初めて食べた温かい肉料理がバルバだったと話してくれ、その時は、ガレンの仕事で不思議な森に迷い込み、一緒にいた魔術師が森にいた夜渡り鹿をバルバにしたのだと教えてくれた。


「その時、バルバでの料理の食べ方を教えてくれたのがグエンなのだ。それをきっかけに彼を頼るようになった」

「まぁ、そんな出会いだったのですね。でも確かに、グエンさんはそのような時に頼りになりそうな雰囲気がありますものね」

「頼りになる……………」



その言葉が他者に贈られてゆくのが悲しかったのか、ディノがそっとこちらを窺うのが分った。

ネアはくすりと笑うと、そんな魔物を安心させてやる。



「あら、ディノもいつもとても頼りになる魔物ですよ?」

「ご主人様!」



魔物を喜ばせてやる間にも、ネアは働き詰めなアルテアを労おうと、アルテアのお皿にそっと焼き上がったお肉を乗せてみた。

すると、こちらをじっとりした目で見るのでなぜだろうと首を傾げていると、そのお肉はまだ焼き網の上で育てているところだったのだそうだ。

育ち切っていないお肉は、網の上に返却されてゆく。



「むぐぅ。アルテアさんを労おうとしたのに、失敗しました」

「いや、どう考えてもまだ表面しか焼いてないだろうが。この大きさだぞ?」

「そんなアルテアさんには、もう一度あざみ玉です。えいっ」

「ずるい、アルテアに直接食べさせてる…………」

「ディノ、今日のアルテアさんは、バルバの化身です。素晴らしいバルバの為にも大事にしなければいけませんからね!」


ネアのその言葉を聞き、ダナエが凛々しく頷いているのが見えた。

ダナエは、そんなバルバの化身の為に、彼が日々を健やかに過ごせるようにと、毎日カードにあちこちで見かけた素敵なものなどを書いて送っていたのだそうだ。



その話をされたアルテアは遠い目をしているが、ダナエは頑張ったのだとにこにこしている。

エーダリア達とバーレンは、うわぁという共通言語な表情をしていた。



「ふふ、何て素敵なんでしょう。きっとアルテアさんも心が潤った筈です」

「美味しい綿毛がいる島や、鯱の食べ方を送った」

「……………アルテアさんが綿毛を………」

「アルテアが綿毛を…………」

「やめろ。そんな訳あるか」


ネアとディノは、もしやこのバルバ化身は、綿毛もお料理してしまうのではと目を瞠ったが、本人は渋い顔で首を横に振っている。

さすがのお料理上手も綿毛は食べないようだぞと頷き、ネアはまたしてもいつの間にかお皿に乗っている棘牛をぱくりと食べた。



(漬けダレ味!!)


そちらも、じゅわっと甘辛い漬けダレがお肉に絡み、堪らない美味しさだ。

少し漬けダレの部分がお肉の表面で焦げているのも、香ばしくて堪らない。



「ほぎゅふる…………」


はふはふとお肉を食べて至福の溜め息を吐いていると、アルテアから唇の端についていたソースを指先でぬぐわれた。


「おのれ、ゆるすまじ」

「意味が分からないな」

「そのソースは、お口の中のお肉がいなくなった後で、こっそりぺろりと舐めてしまうつもりだったのです。バルバの楽しみを奪ってはいけません」



ダナエ達の方でも、ダナエが忘れているのかと思ったのか、焦げたり固くなったりする前にと網の上でじりじり音を立てていたお肉をバーレンが食べてしまい、ダナエが悲しげな声を上げていた。

バルバはとても楽しい行事だが、そのような意志疎通の失敗があると、思いがけない絶望が生まれたりもする。



「むぎゃ!そのお肉は、私が狙っていたのです!!」


ネアは、目をつけていたお肉をぱくりと食べられてしまい、怒りに弾んでアルテアに抗議する。

勿論、今日はバルバの化身であるアルテアなのだから、お肉ぐらい好きに食べて欲しいのだが、このお肉は、ネアが食べんとしてネアの目の前に引っ張ってきてあったのに、どうして略奪されたのか謎だ。


「塩ばかり食うな。それと、鶏肉も皮目ばかり取るな」

「むぐる。鶏肉さんは、ディノが鶏皮多めの部分を私の物と交換してくれるのですよ」

「味が偏るだろうが。…………おい、それは食い物じゃないぞ!」

「これは何だろう?」

「火消の護符だ。食うなよ?」



アルテアが、ぎょっとしたようにダナエを制したのは、ダナエがテーブル部分の端っこにあった小さな木の箱を手に取ったからだ。

その中に入っているのは、小さな木の皮を正方形に切ったもので、このように火を焚いた後に、火の系譜の生き物達が荒ぶることがないように、炭や灰の中に投じておくものである。

ダナエはそれを知らず、箱を開けて木の皮を食べようとしてしまったのだ。


叱られてしまい悲しそうに木の皮を箱に戻すと、ダナエはネア達の方に残っているあざみ玉を羨ましそうにじっと見ている。

ネアは、ディノに目線で問いかけ、ディノももういいということだったので、ダナエにあげることにした。



「ダナエさん、この半分のあざみ玉を食べますか?」

「くれるのかい?」

「ええ。ダナエさんは、あざみ玉が大好きなのですね」

「うん。他のものは普通だけど、アルテアのものは美味しい」


聞けばアルテアは、あざみ玉を剥く際に、一度氷水に漬けてから作業しているそうで、そのようなひと手間で他のお店の味とは違うあざみ玉になっているのかもしれない。




ネア達は、たくさんのバルバ料理を食べて、たくさん話をした。


後半になるとグラタンかと思っていたらチーズをたっぷりかけていただく焼きパスタのようなものだったお料理と、パエリアのようなものも登場し、今度は出来上がったお料理を食べながらじっくりお酒を飲むような時間に移行する。



本来であれば執務の日であるのに、ダリルはこの会へのエーダリア達の参加を推奨してくれたそうだ。


ダナエがそれまでどこの国にも定住しない謎の多い高位の存在であったこともあるが、バーレンが竜種への絶大な切り札ともなる光竜であることも合わせ、ここは懇親会としての執務という扱いで認識しているのだ。



本来であれば、弟子である水竜のエメルを、同じ竜種のお友達として投入するという方法もあるのだろうが、エメルはまだ対人関係のスキルが低いだろうというのがダリルの見解だ。

迷路での一人ぼっち期間のお蔭で、ダリルへの絶対服従とドリーへの思慕は育てたが、他種族を下位の生き物であるという認識で生きてきた時代の思考がまだ抜けきれず、複数名で上手に会話を回すというようなことには不得手なのだそうだ。


(そんなエメルさんも、早く書庫の湿気取りや、水回りのお仕事以上のことを任せてもらえるようになるといいな)



アルビクロムの魔術師邸で久し振りに会ったウォルターの話では、エメルはもっと様々なことに協力したいそうだが、ダリルの手掛ける仕事には僅かなミスも許されないようなものが多い。


実行部隊への参加は、そうそう叶うものではなく、まだまだ見習い期間となるそうだ。

特にダリルの一番弟子を自負するウォルターとリーベルへは、憧れというか嫉妬があるようで、ダリルに会いに行くと物陰からじっとりした目で睨んでくるのだとか。




会の後半で、お待ちかねのデザートの時間がやって来た。

ネアは、硝子の器に入った黄色いシャーベットのようなものを渡して貰い、目を瞠る。


「………………アルテアさん、新しいお菓子が出現しました。これは、シャーベットでしょうか?」

「葛と果物をシャーベット状にしたものだ。生クリームかソフトクリームと合わせて食べてもいいし、そのままで食べると口の中がすっきりするぞ」

「ほわわ……………」



ネアはまず、新登場なデザートに敬意を払い、そのままでお口にマンゴーな葛シャーベットを頬張ってみた。


ごろごろと角切りにされた甘い果物と一緒に凍らせてあるのだが、葛の部分が完全に硬く凍らないので、弾力の強いゼリーを半分凍らせたような不思議で美味しい食感になる。

口の中やお腹が冷え過ぎず、何とも爽やかでバルバに向いたデザートだ。


生クリームやソフトクリームを合わせるとしっとり甘いいかにもデザートな感じになり、これもまた味わいが変わって楽しい。



「はい、ディノ。食べさせてあげると約束しましたからね」

「…………………かわいい。ずるい……………」

「やはり死んでしまいました……………」

「ネア、僕も僕も」

「ネイ………?」

「ごめんなさい」



ダナエはこのお菓子がすっかり気に入ってしまったようで、バーレンがアルテアからレシピを聞いていた。

普段のアルテアは、レシピを教えたりはしないのだが、ダナエの場合は催促が来てしまうので、バーレンにその世話を引き継ぎたいということであるようだ。


ここは色々と因縁のある二人なのだが、どうもダナエを挟んで上手くやれそうな雰囲気である。




「間に合った!」



その直後、そう言って温室に飛び込んできたのはゼノーシュだ。



「まぁ、ゼノ!間に合ったのですね!」

「うん、僕走ったよ!!」



ヒルドが誰かと一度通信をした後で、パエリアと少しのお肉、フレッシュチーズのサラダに雨の花の煮物を残しておいたのは、この為だったのだなとネアは頷いた。



(ゼノが間に合うかどうか、連絡を取っていたんだわ……)


端っこの区画だけまた魔術で火をおこして残っていたお肉を焼いてもらい、ゼノーシュも幸せそうに頬張っている。


ネアが荒ぶった時に自分を逃がしてくれたゼノーシュを気に入っているバーレンは、久し振りにゼノーシュとも会えて嬉しそうだった。





「今日も美味しかった」



幸せそうにそう呟き、ダナエは目元を染めてアルテアを見ている。

バルバは無事に終わり、ダナエ達は寝ぐらにしている隣国の森に飛んで帰るそうだ。


完全に夏が近付く前に、もう一度だけ遊びに来れるかもしれないということで、エーダリアも嬉しそうだ。



「アルテアの家に繫がる扉があれば、毎日棘牛を届けるのに」

「やめろ」

「あはは、アルテアに熱烈な告白だね」

「む。ノア、馬鹿にしてはいけません。使い魔さんは、いいお嫁さんになる才能に満ち溢れていますよ。…………むが!やめるのだ!!」



アルテアに鼻を摘ままれたネアが怒り狂って暴れたところ、その後なぜか、その部分の床がダナエ達が帰った後ですぽんと抜けるという珍事があった。



地下がどんな風になっていたのかは謎だが、ネアとアルテアが落下してしまい、不思議な地下の世界で列車に乗って海辺の家に行くという大冒険があったのだが、それはまた別の話である。



ダナエは、帰り際にヒルドからお土産にもわもわ妖精をたくさん貰ったそうだ。

綿毛に似ていて美味しかったとカードにメッセージが来て、ネアは宿敵がダナエのおやつになってしまったことに戦慄したのだった。













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