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ブランコと細い道



「今日はさ、リーエンベルクに戻るの何時間か遅くなってもいいよね」


ノアベルトがそう言えば、エーダリアとヒルドは驚いたように振り返った。

すぐにヒルドが何かを言おうとしたので、遮って提案してしまうことにした。


「ダリルに出るって言ってあるんだから、少し時間を有意義に使おうよ。僕の城に寄って帰ろう。シュタルトだし、エーダリアのお気に入りのブランコも行っちゃう?」

「…………ノアベルト」


どうして今、そんな提案をしたのかエーダリアは察したようだ。

鳶色の目を瞠って、何とも言えない顔でこちらを見る。

ヒルドは小さく溜め息を吐き、時間を確認すると三時間までとしますよと呟いた。

困ったように厳めしい目をしてみせるが、彼もエーダリアが少し落ち込んでいることは分っている筈だ。



(多分エーダリアは、自分があの村長達のことを調べておかなかったことを、恥じているんだろうな………)


そんなことは勿論エーダリアの責任ではないのだが、唯一生き残った王族として、そしてウィームの領主として何か調べておくことが出来れば、今回の事件を防げたのではないかと考えるのだろう。

普段のエーダリアならもう少し冷静だが、祖母の名前が出てきてしまい、実際にあの人間から守り石の成れの果ての土塊を受け取ってしまったことで、心が揺れるらしい。


(ネアも少し心配だったけど、シルがいるから大丈夫かな………)


後でシルハーンには、ネアが元気になったかどうか聞いてみよう。

そう考えて、ノアベルトは大事な友人達の手を掴む。


大事な友人なのだ。

そう思うと唇の端が持ち上がる。

所詮自分は魔物なので、先程の人間の成れの果てには同情はするが、本気で自分と同じだとは思ってはいない。

それどころか、間に合えずに大事なものを失ったあの人間とは違い、自分は何も失わなかったのだと思うとどこか安堵にも似た思いで胸がいっぱいになった。




あの炎に包まれた王宮を、どうしても届かなかった自分の手を、忌まわしい映像の切れ端として克明に記憶している。



人の焼ける匂いに、終焉の立ち篭める夜明けの王宮前広場に並んだ炭化した遺体と、それを無情に砕いてゆくヴェルリアの兵士達。

亡骸と一緒に魂を砕かれ、死者の国へも行けないように壊された者達の残骸を、ヴェルリアの兵士に混ざって立つウィリアムが静かに眺めていた。



だが、そんな記憶が今更なんだと言うのだろう。

今のノアベルトには、欲しかったものが全てあるどころか、大切なものは増えるばかりだ。

だからこうして、過去の亡霊に苦しめられた自分の大事なものを大事にすることで、優越感を味わうのである。



(ヒルドとエーダリアとシュタルトで過ごして、リーエンベルクに帰ったらネアにボールで遊んで貰おう)



そう考えると口元がむずむずする。


あのリーエンベルクには、大切なものがたくさんある。

初めてそんな大事なものをたくさん手の中に持ち、好きなだけ慈しめるということはこの上ない喜びだ。


目を覚ませば誰かがすぐ近くにいるし、何だか気分が冴えない夜は、銀狐になってボールを咥えてどこにでも行ける。

ノアベルトの大事な者達がみんな忙しくても、騎士棟の方に行けば誰かが大事にしてくれるのだ。



「ほらほら、時間があんまりないんだから、まずはブランコだね」

「と言うか、このブランコに乗ることを、私はエーダリア様に禁止した筈なのですが……」

「ヒルドも一度乗ってみるといい。素晴らしい解放感だぞ!」

「どうしてこういうところは、あなた達兄弟はそっくりなんでしょうね………」

「わーお、ヒルドも乗っちゃう?」

「ネイ…………」



転移を踏み変えて二人を連れてきたシュタルトでは、穏やかな青空に白い雲が浮かんでいた。


初めてこの土地に城を作った日のことを思い出し、少しだけ苦笑する。

あの時は、リーエンベルクに住む歌乞いがネアだと疑わず、いつか彼女を城に招くつもりで、上機嫌で城を建てたのだ。



どこかに行けば、いいものがあるかもしれない。

楽しくやっていれば楽しいものが見付かって、多くのものに触れれば、一番が見付かるかもしれない。

そう思いながら随分の時間をうろつき、結局心に残る程に楽しいものは見付からなかった。


一番心に強く残っていたのは、シルハーンに心臓を取られた夜のことだ。

自分の言葉に目を瞠った彼は、ひどく悲しげに微笑んでいた。

あの言葉を発した瞬間にまずいことを言ったとは思っていたが、その時にすぐにシルハーンに駆け寄ったグレアムや、シルハーンと同じような目をして立ちすくんでいたギード、そして深々と溜息を吐いたウィリアム。

そんな彼等の心の動きを理解するその前に、ノアベルトはそこには近付かなくなった。


きっと、心のどこかで確信していたのだろう。

そこには、もしかしたらノアベルトが欲しかったかもしれないものに近い形があり、その瞬間に自分はそれを自分の手で駄目にしてしまったのだと。



(僕はネアに心の向く方向や嗜好が似ていて、多分、欲しいものはシルに似ている)



シルハーンとは友達になった。

その日は嬉しくて、こっそり祝杯を上げたのだから、多分自分はシルハーンと本当の友達になりたかったのだ。

ヒルドに友達になろうと言った夜は、まだそこまでの確信がなかった。

ネア達の側に居たくて自分の居場所欲しさにそう言った要素も大きかったが、今ではその時の自分に感謝している。

エーダリアに契約を申し出られた時も、悪くはないなと受け入れた筈なのに、いつの間にかエーダリアは大事な契約者だ。

たくさん飲んで酔っ払った日の翌朝は、狐の姿でエーダリアの執務室に行き、ごろごろしながらボールで甘やかしてもらうのがお決まりの流れになっている。

お風呂はヒルドだし、ブラッシングはシルハーンだ。

ネアは、膝の上に乗せてくれるのがいい。




「さてと、どうしてあなたはご機嫌なんです?」

「そりゃ僕は狡い魔物だからね。今の僕には君達がいるって、贅沢を噛み締めているんだよ」



久し振りにシュタルトのブランコに乗るとはしゃいでいるエーダリアの隣で、ヒルドにそう尋ねられた。

微笑んでそう答えると、なぜかヒルドとエーダリアは顔を見合わせて同じような笑い方をした。



「えっ、なになに?僕にもわかるように説明して」

「さて。あなたは狡い魔物なので、ご自身で分るでしょう?」

「エーダリア、ヒルドが苛めるんだけど………」

「いや、同じような贅沢さを、私達も噛み締めているのになと…」

「…………わーお」



思いがけずさらりとそんなことを言われてしまい、自分でも顔がにやけてしまうのが分った。


魔物らしく運命に感謝する。

彼等の人生が順風満帆ではなく、彼等が全てに満たされた者ではなくて良かった。

ここにある輪がまだ閉じておらず、自分が入ったところでぴしゃりと閉めてしまえて良かった。



(アルテアも、結構この二人のことを気に入ってるけど、ネアの専属使い魔になってくれて良かった………)



自分が来るのがもう少し遅ければ、下手をするとネアの兄になっているのはアルテアだったかもしれない。

家族の位置は絶対に譲れないので、先にその隙間に滑り込めたのは僥倖だ。

大事なネアを妹にするということも、決して譲れない大事なところなのだ。



「よし、そんな嬉しいことを言うエーダリアは、力いっぱいブランコを押すよ!」

「やめていただきたい。エーダリア様、良識のある範囲での遊び方に留めて下さいね」

「まるで私が、とんでもない乗り方をしているみたいだな。ネアのように、片手を離したりはしないぞ?」

「……………お待ち下さい、ネア様は、……………片手で漕がれたのですね?」

「リズモと星渡りを狩ったぐらいだからな」

「わーお…………。だからシルが、二度と一人ではブランコに乗せないって言うんだ」

「……………帰ったら、どこかでネア様にお話ししておきましょう。ここのブランコでは、年間何人か無謀な挑戦者の死亡事故があるのだと…………」

「またブランコの軌道上にリズモでもいない限りは問題ないだろう。…………湖竜だな?!」

「あっ!」

「エーダリア様?!」



ブランコの軌道から良く見えるところに、のんびりと飛んでいる湖竜がいた。

それを見付けたエーダリアが素早くブランコで漕ぎ出してしまい、慌てて手を伸ばしたがもう遅い。

すぐに調整魔術を展開し、絶対にエーダリアがブランコから落ちないようにした。

その旨をヒルドに伝えると、ほっとしたように深い息を吐く。



凄い勢いで遠ざかってゆく背中を見送り、楽しそうだからまぁいいかなと笑うと、ヒルドに背中をばしりと叩かれた。



「あの方は、確かに稀有な才能を持つ魔術師ですが、好奇心に対する制御が甘いんです。あまり甘やかしませんよう」

「とか言って、ヒルドだって甘やかしちゃうでしょ。大丈夫、大丈夫。僕がいる時で僕が大丈夫だよって言う時は、安心していていいからね。これでも僕は契約の魔物だし、魔物らしく我が儘だ。誰もいないところでは無理なんてさせないし、エーダリアだってそれは充分に分ってるよ」

「だといいのですが。………あの古本市についても…」

「あれは一人での参加は死ぬまで禁止した。誓約させて書面でも残したから安心していいよ。因みにその書面はダリルが保管してて、破ったらダリルがお仕置きだから」

「それを聞いて安心しました…………」



飛んでいる竜にぐっと近くなり、エーダリアが少しだけ身を乗り出しているのが見えた。


多分、可動域がほぼないに等しいネアと違い、自身で魔術を展開出来るエーダリアは、このままブランコから落ちても傷一つ負わないだろう。

自分の身一つであれば空中で転移させることも、上手く足場を構築して階段を踏むように地面に下りることも、足元で体を受け止めてくれるような魔術を展開することも出来る。

それを理解している筈のヒルドが心配するのは、彼にとってもエーダリアが唯一人の人間だからだ。



失いたくないと手の内に抱え込むのは己の欲だが、妖精も魔物もそれを躊躇うことはない。



ジャリンとブランコを吊るした鎖が揺れ、エーダリアがこちらに戻ってくる。

ヒルドが手を伸ばしているので、このまま捕まえて止めてしまうつもりだろう。

本当に一度しか許さないのだなと思うと笑ってしまったが、次はヒルドを乗せてやろう。



「…………さて、もう宜しいでしょうか」

「一度漕いで、止まるまでではないのか…………?」


ガシャンと力付くでブランコを止められ、エーダリアが驚いたように振り返る。

しかし、ヒルドの表情を見た途端、あまり無理をしてもいけないなと呟き、渋々ブランコを降りている。

エーダリアもまた、大事な妖精を心配させないようにと、その線引きをつけるのだろう。

だからここは、ノアベルトがこう発言するべきなのだ。



「よし。じゃあ、次はヒルドだね!」

「………………ネイ」

「一人だけなんて不平等だよね。最後は僕が乗るから、次はヒルドだ。ねぇ、エーダリア?」

「あ、ああ…………。しかし、ヒルドはこういうものを好むだろうか………」

「何事も経験だよ。ネアだって乗ったんだから、ヒルドも乗っておいた方が、また誰かがこのブランコの虜になった時に、何を注意させるべきか分ると思うしね」

「あなたも乗りたいからではなく?」

「ありゃ。僕も勿論乗りたいけど、せっかく三人で来たんだから、三人ではしゃがないとだよね!」

「ネイ?!」


ここでノアベルトは、えいやっとヒルドを捕まえてブランコに乗せてしまうと、ヒルドが不安定な位置で押さえていたブランコを離してそのまま大空に送り出す。

エーダリアとは違い、ヒルドには羽があるので多少不安定なまま乗せてしまっても大丈夫だろう。



「…………戻って来たら怒られるぞ………」


怖々と、遠ざかってゆくヒルドを見ているエーダリアに、くすりと笑う。

怒ったふりをするかもしれないが、ヒルドはこういう乗り物を怖がる気質ではないので大丈夫だ。



「大丈夫、ヒルドだって一度くらいは、エーダリアやネアの楽しんだブランコを試してみるべきだからね。彼も、僕達が一緒の時くらいは童心に帰るべきだよ。ほら、一番年上の僕が言うんだから間違いない」

「……………そうか。…………そうだな」




ヒルドとて、まだ王子でいるべきだった年頃に父親を殺され王になった男だ。

仲間達や親族達が目の前で処刑されるのを見届け、羽を落して人間に紛れさせて逃がした女子供達ももういない。

羽を落した妖精の寿命は酷く短くなるが、美しい妖精の女子供が隷属になることの悲惨さには比べるまでもない。

その短い時間であってもせめてと、一族の男達が命を散らして盾になり、ヒルドが自分を贄にしたからこそ、惨めな最後を遂げずに済んだ者達は多い筈だ。



(僕も、そんな風に捕えられて慰み者にされた妖精を見たことがあるし、実際に一つの一族を滅ぼしたこともあるしなぁ………)



人の形として扱われるならいざ知らず、高位の妖精や珍しい種族の妖精達は、その体を素材としても高く取引される。

羽や血肉を目当てにして取引される妖精達はいっそうに悲惨で、王宮にいたヒルドは、そうして摩耗されていった他の妖精達の末路も数多く見ただろう。


実際にあの正妃は、妖精の心臓を使った美容液を愛用していたし、ヒルドへの興味を失った後は他の隷属のシーを寝室に繋いでいた。

そのシーはすぐに正気を失くしてしまい、正妃を守護する精霊達が閨で八つ裂きにしてしまったという。



ジャリンとブランコの鎖が鳴った。

こちらにふわりと戻ってきたヒルドは、呆れ顔ですたりとブランコから下り立つと、鎖の部分を持ってこちらに差し出してくる。



「さて、次はあなたが乗るのでしょう?」

「ありゃ。ヒルド怒ってる………?」

「この程度のことで怒っていたら、あなたの友人は務まりませんよ。それに、不本意ではありましたが、やはりシュタルトの景色は美しいですね」

「…………はは、良かった。じゃあ、僕の番だね」



そう呟いてブランコの鎖の部分を受け取り、ひょいと飛び乗ってシュタルトの空に漕ぎ出した。

爽やかな青空の中で風を切り裂いてゆくのはなかなかに気持ちいいので、何だか複雑でほかほかしていてこそばゆい心を持て余したまま、かつてはネアと二人で暮らそうと思ったシュタルトの美しい湖や薔薇の森を見下ろす。



(そうだ。僕は、他者を憐れむような繊細な魔物でもない)



間に合わなかった誰かのことなど、知ったことではないし、ヒルドのようには生き延びられなかった誰かのことなど知ったことではない。

ただ、そんな者達の足跡を見ると、もしかしたら自分が失っていたかもしれないものを見て、あらためて手の中のものをしっかりと守ろうとは思う。



(僕はあの王宮で、エーダリアだけではなくて、ヒルドのことも何度も見かけた)



その時は自分にとって大事なものになるだなんて思いもしなかったけれど、でも彼等を積極的に憎むことはなかったように思う。

それは、たまたま彼等が、ノアベルトの憎むヴェルリア王家の者達に損なわれる側の存在だったからだ。

ヒルドがあの第一王子の手元に入る時に一度か二度くらいは嫌がらせをしたことはあるだろうが、とは言えヒルドはウィーム王家の血を引く第二王子の教育係であったので、彼を壊してしまうような罠にかけるということもなかった。



(ネアに出会ったのも、ただの偶然だ)



あのラベンダー畑で偶然出会って、ノアベルトとの付き合いに絶望して自ら命を絶ってしまった妖精の経営していた石鹸と香油の店で、二人でクッションを抱えてたくさん話をした。

ネアがあの場所にいた経緯を思えば、再会出来たのは奇跡のようなものだし、その細い細い道が繋がったことで、奇跡のようにヒルドやエーダリアとも繋がった。




振り返れば、ノアベルトがそうして歩いてきた細い道は、もう崩れ落ちていて跡形もないほど。

そこを踏むのが後少しでも遅ければ、もうなかったかもしれない道ばかり。




(ヴェルリアの王宮を、あの時のリーエンベルクのように焼いてしまおうと思ったこともあった)



そうしていたら、もうここにヒルドもエーダリアもいないだろう。

もしかしたら、ネアにも会えなかったかもしれない。

たまたまその時付き合っていた女の子に誘われて、何か暇潰しになる材料が落ちていないかなと訪れたトンメルの宴。

そこでネアを見付けたとき、どれだけの歓喜と期待で胸が苦しくなったか。



一番遠くまで漕ぎ出し、ゆっくりと後ろに戻ってゆくブランコに乗りながら、足をばたばたさせる。



「ああ、僕は幸せだなぁ」



そう呟いて、そんな思考の中で思いついた魔術を一つ、あの正妃の側に沈めておこうとほくそ笑む。

ここにあるのはノアベルトの宝物ばかりだ。

何一つだって、損なわせはしまい。

それは例え、あの正妃や王や、もしくはウィームの外側の誰かが何か取り返しのつかない失敗をして、彼等の住まいや命が危うくなったとしても。



(その時僕は、あの二人がどれだけ嫌がったって、二人を抱えてどこかに避難してみせるよ)



そう考えて微笑みを深めると、やっぱりリーエンベルクの騎士達も一緒に連れて行こうと考えた。


仲良しになった者達も多いし、その場合はゼノーシュも協力してくれるだろう。

勿論、シルハーンには、そういうことがあったら、みんなで避難するよと予め作戦を立てて伝えてあるし、そもそもそんなことにならないように動いてはいる。

ひとまず、リーエンベルクのみんなが無事であればノアベルトは充分に満足だ。



「ものすごいご機嫌で戻って来ましたね………」

「このブランコは楽しいだろう?」



踵を地面につけて降り立つと、そう話しかけてきた二人に微笑む。

ずっとずっと昔の享楽的に遊び歩いていた頃の自分なら、ここに女の子の一人もいないことにうんざりしただろう。

でも今のノアベルトは、そんな自分を笑い飛ばせるくらいに満ち足りていた。



「うん。僕が一番優雅に漕いだんじゃないかな」

「おや、私はあなたに押し出されたんですよ?」

「ありゃ。………でもこれって、よくシルが喜んでるお揃いってやつだよね」

「そうか。ノアベルトも魔物なのだからな、そういうものを好むのだな」

「…………彼の場合は、通常からというよりも気分だと思いますよ。さて、次はどちらに?」

「えー、もっとこのブランコに思いを馳せようよ。あ、でも僕の城の方がずっと感動的だけどね」

「私は、魔物の城を見るのは初めてなのだ………」

「当たり前だよ。僕以外の魔物の城なんて、行ったら危ないから行かないように。シルのお城だって迷路みたいで危ないよ。ほったらかしにしてたらいつの間にか観光地になってるのなんて、僕の城くらいかな」

「それもどうかと思いますけどね……………」

「でも、僕にしか入れない区画が殆どだよ。さてと、案内するとしようか!」



そう宣言すると、またヒルドとエーダリアが顔を見合わせて笑った。

今度は何だろうと首を傾げると、ヒルドがやれやれと肩を竦める。


「今日の出来事に一番心を動かされたのは、あなたなのかもしれませんね」



そう言われて目を瞬いた。

首を傾げて少し考えると、心を揺らしているエーダリアを気分転換させる為に連れ出した筈だったのだが、自分でもあれこれと色々なことを考えているような気がする。



「ありゃ…………、そうだったのかな。僕は酷い男だからね、ああして迷子になった人間を見ると、僕はちゃんと辿り着けたって安堵するのかもしれないなぁ」



その言葉にエーダリアが微笑んだ。



「そういう意味では、私達は皆そうなのだろう。不思議な縁だが、失い得ないものだ。これからも大事にしようと思う」

「エーダリア、それあまり真面目に言うと、ヒルドが泣いちゃうから場所を選んだ方がいいよ」

「そうなのか…………、その、ヒルド、………今後は気を付けるようにする」

「私より先に、ネイが泣きそうですけれどね」

「そう言えば、ヒルドは今も、ノアベルトのことをネイと呼ぶのだな」


エーダリアが不思議そうにそう言えば、ヒルドはふっと瑠璃色の瞳を細めて微笑んだ。



「いずれ、本来の名前に戻してもいいですが、私が最初に友人になったのはネイですので、彼がネイとして過ごしてきた時間に敬意を示して、今暫くはこのままかもしれません」


そう言われてまたくすぐったい気持ちになる。

それは多分、あの王宮で暗い澱みの中を歩いたヒルドだからこそ、彼だけが呼び続けることの出来る名前なのかもしれない。

同じように昏きを彷徨い出会った者として。



「とは言え、ずっと疑問だったのですが、なぜこの通り名にしたのですか?」

「あ、言ってなかった?この名前は、僕と出会った時にネアが名乗っていた偽名なんだよ」

「ネはわかるが、イの音はどこから来たのだろうな………」

「恐らく、ネア様が手放したと話されていた名前の部分なのかもしれませんね」

「今度聞いたら、話してくれるかなぁ。でもシルより先に聞くと、シルが荒れるから、まずはシルに聞いてみよう」

「はは、違いない」



何でもないことを話しながら、長閑なシュタルトの丘を歩いた。



ノアベルトは、大事な女の子を招く日のことを考えながら、ここに城を作った。

誰も来ない城に閉じこもって過ごし、やがてここを捨てた自分が、こんな風に友人達を城に招くことを想像出来ただろうか。



青い青い空を見上げる。



(カルウィの第一王子には、どこかで退場願わないとだなぁ。あの、エーダリアが知り合いだっていう王子の方が安全そうだ。………でもまぁ、それはカルウィ側で上手くやるかもね)



幾つもの身勝手な計略を胸に沈め、初めて見る魔物の城にはしゃぐエーダリアをあちこちに案内した。



思っていた以上に興味を持ってくれたヒルドも一緒にあれこれ見ていたので、珍しく戻り時間が遅くなってしまい、三人はリーエンベルクに帰るなり、ダリルに叱られたのだった。










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