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砂風呂と地竜の選定 1



その日、ネアはカードバトルの日に約束していた、ウィリアムとの流砂の国の砂風呂への旅立ちを控えていた。


お日柄もよくきっと砂風呂日和に違いないこの日の午後、ネアは迎えに来てくれたウィリアムと一緒に、初めての砂風呂をご一緒出来なくて荒ぶるディノに旅立ちの挨拶をする。



「では、行ってきますね」

「砂風呂に…………」

「すっかりしょんぼりなディノの為に、抜かりなく一緒に行く時の為に現地調査をしてきますね。大人気の砂風呂なので、砂に埋められる区画が、二人分しか予約出来なかったそうなんです」

「すみません、シルハーン。あの砂風呂は、流砂の国を守護する地竜の領域でして。あまり無理なこともしたくないので、空いていた二席だけを予約して、今回はネアと二人で行ってきます」

「ウィリアムなんて…………」

「ディノ、予約満席と行列に関しては、無理を言ってはいけませんよ。現地でも次回の予約が出来るようですので、ディノと行く日の予約を取ってきますからね」


ネアにそう言って撫でて貰った魔物は、悲しげにこくりと頷くと、一緒に出てきてくれたノアの所に回収された。

ノアはウィリアムの証言をあまり信用しなかったそうで、本当に満席なのかを調べたら、確かに今日の砂風呂の予約は満席だったのだそうだ。

人気であるのは間違いないらしく、予約は随分と先まである程度埋まっているらしい。

とは言え、二人や三人程度はまばらに空いているようなので、気に入ったらディノとも行ってみようとネアはわくわくしていた。



「髪留めと着替えも持ちましたし、砂を落すお風呂で迷子にならないよう、ディノに首飾りを見えないようにして貰いました。この備えがあれば万全です」

「…………危なくはないのかい?」

「ネア、今回は砂落としの浴室は個室にして貰ったんだ。大浴場の方の装飾を見れないのは寂しいだろうが、安全上な」

「むむ。それはちょっと残念ですが、保安上となれば致し方ありませんね………。ディノ、と言うことでウィリアムさんが一緒だと、安全面でも頼もしいようです」

「えー、その個室ってさ、ウィリアムは入れるんじゃないのかなぁ…………」

「まぁ、ノア。ウィリアムさんにそんな下世話な疑いをかけてはいけませんよ!」

「ウィリアムなんて…………」


めそめそする魔物にお土産を買ってくると約束してやり、ネアは、毎回の大騒ぎに若干呆れ顔で後方にいたエーダリアに手を振ってからリーエンベルクを出た。

エーダリアはウィリアムには絶大な信頼を置いてるので、事故など起こるわけがないという心持ちなのだろう。


なお、リーエンベルクを出て数秒しか経ってないのだが、いつもの転移でしゅんと移動するので、お馴染みの薄闇を淡く踏み分け、すぐに流砂の国に辿り着いてしまう。




さあっと風が吹き、さらさらと砂丘の形が変わってゆく。

転移の薄闇を抜けたそこは見事な砂漠で、ネアは小さく息を飲んだ。

鈍い銀色の砂は、砂煙に霞んだ陽光の光を受けて、白い砂漠のようにも見える。



「この砂漠の色は、どこかで見たことがあるような…………」



ネアがそう呟くと、ウィリアムが淡く苦笑する。



「…………あの時のことを思い出されると、俺としては少し情けないが、昨年の悪夢の中で一緒に見た砂漠に、ここの風景が少しだけ混ざっていたんだ。それで見たことがあるんだろう」

「まぁ、あの時に見た砂漠だったのですね。まるで銀貨のような不思議な色の砂だったので、とても印象に残っていたのです」



不思議な砂をたたえた砂漠だ。

銀色なので無機質な感じになるのかと思えば、何とも繊細で詩的にすら感じる美しさで、ネアは暫くの間、転移で降りたその場所で広大な銀貨色の砂漠を眺めた。

空には角のある雀のような生き物が飛んでいて、きらきらと水色と紫紺に滲む光を内包した、夜色の光の尾を引いている。

あの雀のようなものは前にも見たぞと目を凝らすと、ウィリアムから夜の使者なのだと教えて貰った。



「夕暮れ前から夜に向けて、何度かああして伝令の魔術の尾を引いて飛ぶんだ。………あの光が見えるだろう?あれで、夕暮れに関わる者達や、時間の座を守る精霊達が目を覚ます」

「小さな鳥さんなのに、偉いのですねぇ…………」

「午後から働き出すから、働き者なんだろうな」

「砂丘の向こう側に見えなくなりました……」

「さて、そろそろ行こうか。………あの砂水晶で出来た入口が見えるか?あれが、流砂の国への入り口なんだ。地上に何もないのは、流砂の国が地下にあるからだが、あまり便利なところではないせいか、一時はすっかり寂れてしまっていた」



乾いた風に、ウィリアムの纏う砂漠の国の装束のような漆黒のケープが翻る。

ウィリアムと言えば白い軍服姿なのだが、こうして黒を纏うとどきりとするぐらいしっくりくるのはなぜだろう。

終焉の魔物としての装いではない時のウィリアムは、こうして黒を身に纏うことが多かった。



(アルテアさんは色々な服を着ているけれど、どこか漆黒の服の印象が強くて、ウィリアムさんはやっぱり白い服の印象が強いから、雰囲気が変わったみたいではっとするのだろうか………)



そんなウィリアムが指し示したのは、砂に埋もれかけている壮麗な石の門だ。

大きなアーチ状の石造りの門で、かつてはさぞかし立派な都がここにあったのだと偲ばせる遺跡のように見えるが、元々このように門だけがどすんと砂漠の中にそびえているらしい。


砂岩のような石に見えるのだが、近付くと鏡のように自分の姿が映り、ぼんやりと半透明の石材であるのだと見て取ることが出来た。

中には金色の細い筋のような結晶も見えて、遠目で見るよりずっと高価そうな石材だ。



「仕事をする時にも、この門は良く使うんだ」

「…………この下でも、戦いがあったりするのですか?」


ウィリアムがそんな流砂の国の門に手を当てて呟いた言葉に、ネアは不思議になって首を傾げる。

閉鎖的な空間では喧嘩になることが多いのかなと思ったのだが、そうではなく、単純に流砂の犠牲になる生き物が多いからであるのだとか。



「毎年、かなり多くの旅人達が流砂に飲まれて命を落とす。力のある者は、地下の流砂の国で生き延びたり、流砂の国の試練を克服することが出来れば、地上に帰ることも出来る」

「帰れない方は、地下で暮らすのでしょうか?」

「ああ。地下にも小さな人間の国があった筈だ。場合によっては、地下に暮らす者達の餌にもなってしまうが、無事に同族の国に辿り着ければ、そこまでの不自由はないらしいな」

「…………何と言うか、小さな集落のような国があるくらいかと思っていたのですが、随分と広いのですねぇ………」

「最盛期程ではないが、地下は広いぞ。砂に纏わる精霊や妖精の国、地竜や砂竜達の領土、様々なところがある。中には、砂に飲まれた古の国に地下から入れるところもあって、今日行くのは、そんな、かつては地上にあった王国の遺跡の一つなんだ」

「……………むふぅ。わくわくしてきました!」



(地下にある流砂の国から入れる、かつて地上にあった王国の遺跡!!)



すっかり冒険気分で楽しくなってしまったネアに、ウィリアムはネアが楽しめそうで良かったと微笑んで頭を撫でてくれた。

ウィリアムもこの後の砂風呂が楽しみなのか、細められた白金の瞳はとても優しい。



「中に入ると壮観だぞ。俺も、仕事で中に囚われた死者達を迎えに行くことはあったが、商業施設のようなところには入ったことがなかったんだ。サラフと一緒に行ってみて驚いた」

「ふふ、サラフさんと遊びに行って、流砂の国のお店を知ったのですね」

「ああ。いつか、反対側の入り口から入る、地下湖のプールにも行ってみよう。シルハーンも好きそうだから、その時は三人でだな」

「はい!流砂の国にはプールもあるだなんて、思ってもいませんでした!その会も楽しみですね」



砂結晶の門は転移門にあたるので、ネアはそこを、ウィリアムに抱えられてくぐった。

門の向こうにも銀貨色の砂漠が広がっていた筈なのに、ネアの目に飛び込んでくるのは小さな結晶石をたくさんつけた石の洞窟で、ひんやりとした空気の真っ暗な洞窟は、そんな結晶石達がチカチカと輝いてまるで星空のようだ。


ネアはそんな入口部分の洞窟だけでももう嬉しくなってしまい、目を輝かせて天井を仰ぐ。

真っ暗な洞窟を少し歩くと、すぐに通路を行き交う流砂の国の住人らしい者達に遭遇出来た。



「なにやつ…………」



もそもそと向こうから歩いてくるのは、ちょっと俵形に太りすぎた為に、歩き方が不器用になってしまった竜のような生き物だ。

よいしょ、よいしょと声をかけてあげたいくらい、一生懸命に歩いている。



「……………あれは、竜さんでしょうか?」

「岩凌ぎの精霊だな。竜に似てるけれど、蜥蜴に近い」

「…………背中に畳まれているものが、翼のように見えますが、飛ぶのですか?」

「いや、あれは毛布代わりの毛皮なんだ。あの精霊は地下に住む種族ながら寒さに弱くて、眠る時には普段は背中に畳んでいる毛皮を伸ばして、包まって眠るらしい」

「体の一部として、毛布として使う毛皮を畳んで持っているだなんて、謎に包まれた精霊さんですね………」



小型犬くらいの大きさの岩凌ぎの精霊は、やはり一生懸命にてくてくと歩いてゆき、すれ違ってもネア達に興味を示すようなことはなかった。

あの愛くるしい歩き方から思う以上にクールな精霊なのだなと思ったが、なんと、かなり目が悪いのであまり周囲が見えていないだけであるらしい。



そんな精霊を見送るとすぐに、ネアは視線をさっと前方に戻した。

新たな生物を観察する為だ。



(地下には、見たことのない生き物がたくさん…………!)



地下に来るのは初めてではないし、ウィリアムと白けものと一緒に地下で大冒険をしたこともある。

だが、都市化されたようなところで、その地下の住人達と出会うのは初めてなので、ネアはすっかり周囲の観察に夢中になってしまった。



ここはどうやら、出入り口近くの大通りにあたる場所のようだ。

道幅は大きな箱馬車が三台並んで走れるくらいの広さで、地下道としてはかなり立派なものなのだろう。

真っ直ぐに進む先に、天井の部分が開けた空間があるようだが、まだ遠いのでよく見えない。



「見てください。色々な方がいます………」

「地上とは随分と違うだろう?この界隈は賑やかだからな。色々な者達に会えると思うぞ。………あの百合の花のようなものが見えるか?………うん。あれは、植物に見える妖精で、昼間の間にはああして花の姿で眠っているが夜になると手のひらに乗るくらいの女性姿の妖精になるんだ」

「地下なのに………昼夜の区別がついてしまうのですね?」

「ああ。昼と夜では魔術の質や色がまるで違うからな」

「む!遠くから平べったい毛皮が滑って来ますよ!」


微笑むウィリアムがしっかりと手を繋いでくれて、ネアが見ているものについてあれこれと教えてくれる。


ネアが見付けた平べったいヒラメのような毛皮な生き物は、眠そうな目でささーっと地面を滑っていったが、魚類ではなく妖精の一種で砂狐の仲間なのだそうだ。

砂狐にも様々な種族がいて、力も強く邪悪な魔物から、このヒラメ形態の無害なものまで、ウィリアムにも全ては分らないくらいに分岐しているらしく、顔の造詣で判断するのが一番なのだとか。


「狐という分類になる生き物は、全ての種族にいるんだ」

「なぬ。となると、竜さんな狐さんもいるのですか?」

「ああ。森竜の種は狐に似た竜が多い。殆ど狐にしか見えない種も幾つかいるぞ」

「け、毛皮の会の活動で見に行きませんか?狐さんで竜さんだなんて、ものすごく気になります!」

「…………そうだな。腰を据えてじっくり観察しないと出会えない臆病な竜なんだ。泊りでもいいか?」

「はい!狐さんな竜さんの為なら、お泊まりでじっくり探すのも吝かではありません!」


ネアは、冬毛がもっとも密度を増す時期の銀狐のお尻を思って胸が熱くなった。

あんなもふもふお尻のちびこい竜がいたら、さぞかし可愛いだろう。



「………おっと、ネアこっちに来てくれ」

「む……。不穏な気配が…………」

「少しの間だけ目を塞ぐぞ。ネアは見ない方がいいだろう」

「ほわ…………」



やはり地下となるので、虫系統の住人も多いらしいが、そのような住人と行き交う時には、ウィリアムが持ち上げて目を塞いでくれた。




そうして、地下の通りを歩いて十五分くらいだろうか。

ネアは、それまでも天井の高い地下道だと思っていたが、それよりも更に、空間がひときわ開けたところに出る。


最初は、地上に出て来てしまったのかと思う程であったが、確かに岩盤の天井が見えるので、地下にいるままではあるらしい。

とは言え、ぐいんと仰け反って見上げなければ分からないくらいではないか。



(百メートルくらい………?それとももっとあるかしら………)



その広大な空間の中には鉱物で出来た小さな森があり、さらさらと小川が流れているばかりか、森の緑柱石や青玉のような鉱石の枝葉が時折ぼうっと光る。

そして何よりもネアを驚かせたのは、目的地でもある大きな宮殿であった。




「さぁ、着いたぞ。ここが砂風呂の入り口だ」

「す、スチームパンクの世界です!!」



お伽噺と科学が入り混じったような不思議な光景に、ネアは思わずそう声を上げてしまい、それは何だろうとウィリアムに首を傾げさせてしまう。


しかし、目の前にそびえる宮殿は、まさしくそんな様相であった。


玉葱型のドームを持つ美しい宮殿だが、あちこちの壁が崩落したり、塔が欠け落ちたりしている。

そして、そんな部分を透明な濃灰色の石材で補強し、ぎらぎら光る魔術結晶を取り付けた異世界風ネオン看板のようなものを掲げ、砂風呂を温めてくれている地熱の蒸気なのか、しゅんしゅんと白い蒸気があちこちの窓から立ち昇る。


よく見ると、補強された部分の石材には精緻な術式陣がレース模様のように描かれていたりと、確かに剣と魔法な雰囲気のお伽噺的な世界観なのだが、ぱっと見るとどこかスチームパンク風の前衛的な施設にも見えるのだった。



(あ、角のある制服の人達が何人かいるけれど、警察のような職業の人達なのかしら………)


王宮に続く道には小川が流れている部分に、鈍色の瀟洒な橋がかかっている。

その橋の上で談笑している数人の男女は、頭に角があるだけではなく、随分と背が高いようだ。

藍色の軍服仕様な制服を着ており、特に女性はそんな服装が禁欲的で、強さを際立たせるような種類の美貌にとても映える。



「他の者達より、背が高く見えるのが地竜や砂竜達だ。ほら、随分と大きいだろう?空を飛ぶよりも、岩を削ったり砂を掘ったりすることの方が多いから、他の竜種よりも平均的に身長が高い」

「みなさん、短めにくるりと巻いた角がお洒落ですね」

「おっと、あの角には触らないようにな。特に地竜の角は、伴侶しか触れないものだから、触れると怒るぞ」

「むむ。砂風呂を堪能すべく失礼のないように、用心しますね!」



二人はそんな竜達の横を抜けて橋を渡ると、ちょっと研究熱心な悪い魔法使いにでも占拠されていそうな宮殿の入り口に到着する。


そこには劇場のチケット売り場に似たブースがあり、緑色の宝石で出来たテーブルにチケットをたくさん積み上げた売り子がいた。


ネアが目を丸くしてしまったのは、そんな売り子さんが、二足歩行な猫にしか見えなかったことだ。

艶やかな毛並みの家猫サイズで、そんな猫が器用に前足を使ってチケットを引き替えてくれている姿を見ると、異世界の醍醐味のようで弾みたくなってしまう。



「ね、ねこさん!!」

「ネア、彼等は鉱脈筋の妖精の一種で、可愛いだとか、小さいと言われるのを嫌う。怒らせると獰猛だから、寧ろ残忍な生き物に接するように敬ってやってくれ」

「お、恐ろしい試練です。ついつい頭を撫でたくなってしまうもふもふですね」

「はは、じゃあネアは俺の後ろにいるといい。チケットの買い方を見ていてくれるか?」

「はい!」


ウィリアムは、手を繋いだままネアの前に出ると、受付で聞きなれない名前をさらりと告げた。

偽名や通り名の一つなのだろうが、そんな名前を聞き、チケット売り場の猫はびゃっと尻尾を逆立てると、恭しく予約名簿のようなものを確認し、積み上げられている緑色のチケットではなく、引き出しから出てきた銀色のチケットを二枚渡してくれた。

振り返って微笑んだウィリアムに、ネアは、その明らかに一般席ではない気配のするチケットをじっと見つめる。

しかし、ここで品のいいチケットデザインが災いし、そこには砂風呂の名前だと思われる、レイジャルの砂風呂という名前しか印字されていなかった。



「こっちから入るんだ。行こうか」

「ウィリアムさん、………その、少し……いや、かなり高価そうなチケットなのですが………」

「ああ。確かに一般区画じゃないが、俺も久し振りにきたからゆっくりしたくてこっちにしたんだ。気にしないでいいぞ」



本で読んだ砂風呂に行ってみたいと言い出したのはネアなので、すっかり格上過ぎる気配のチケットに恐縮してしまったのだが、ウィリアムはそう笑うとネアの頭をぽんぽんと軽く叩いてくれる。



「それに、初めて来た砂風呂をゆっくりと楽しんで欲しいからな」

「はい。では、そんなお言葉に甘えて、砂風呂を楽しみますね!!」



二人が立派な宮殿の入り口のホールの中に入ると、先程見かけた制服の竜の同僚と思われる服装の男性が一人立っていて、こちらを認めると穏やかに微笑んで慇懃に一礼してくれた。



微かな目元の皺が、若者にはないような柔和さと経験を覗かせ、口角が上がった微笑みがとても暖かく感じる。


優しい茶色の髪と瞳で、美貌というには目尻が下がった甘さが際立つが、思わず微笑みかけたくなるような穏やかさには、全世界の理想のお父さん像をまとめたような素晴らしさがある。

ネアは、またしても素敵な竜を見付けてしまったと目を瞠った。



「本日、ご案内させていただきます、ルグリューと申します。シシィと、シシィの母親から、お二人のことは聞いておりますよ」

「…………と言うことは、シシィさんの…」

「ええ。シシィの伴侶です。彼女はネア様の服を仕立てるのが大好きなようで、ドレスの注文が入ると楽しそうですよ。妻を御贔屓にして下さって、有難うございます」



(さ、さすが、シシィさん…………!!)



ネアは、こんな素敵な竜を伴侶にしたシシィの慧眼に恐れ入った。


きっと、あまり階位が高いような竜ではないのだろうが、そんなことはどうでもいいと思わせてくれる、一緒に居て幸せになれそうな人だ。

すらりとした二メートルくらいはある長身には紺色の制服がよく似合い、シシィと並んだらさぞかし華やかだろう。

ルグリューは、角だけは少し灰色がかった茶色なのだが、シシィの持つ色彩と合わせると緑と大地の色になるのも素敵ではないか。



ウィリアムとも少しだけ言葉を交わしているのは、シシィの母親のことだろう。

ルグリューはあの方にはよく叱られていますと苦笑し、ウィリアムも、彼女は厳しい人だからなと微笑む。

この二人が並ぶと、全世界優しい微笑みと軍服風の制服が似合う選手権を制覇出来そうな絵であった。



「では、まずこちらから。勿体ぶらずにすぐに更衣室にお連れした方がいいのかもしれませんが、この中央階段を上って、砂風呂のある空間を見下ろすと圧巻ですよ」

「彼女は初めて来たんだ。一通り案内してやってくれ」

「では、そうさせていただきましょう。階段は常に掃除されていますが、この土地柄、風にも砂が混ざりますからね。足元にはどうぞご注意下さい」

「はい。転ばないようにしますね」



宮殿の入り口のホールには、ゆったりとしたカーブを描いて二階部分に続く、素晴らしく大きな階段があった。

その全ての面がつるつる艶々とした鉱石を張り合わせたモザイクになっており、天井にある金色の装飾と光を見事に拡散しているクリスタルが美しいシャンデリアの煌めきを映している。

ほうっと息を吐いてしまいそうな圧巻の階段なので、きっとこの宮殿が地上にあった頃には、ここから王族が下りてきての謁見など、舞台装置的な効果を狙っての作りでもあったのだろう。



(巻貝のような造りだわ…………)



大きな玉葱型の屋根を持つドーム型の宮殿で、元々はしっかり作り込まれていたであろう二階部分のほとんどは崩落し、内側ががらんどうのようになっている。

その結果、目を瞠る程に広い吹き抜けの空間が生まれ、今はそこに、ほこほこした地熱で温められた砂が敷き詰められて、何とも豪奢な砂風呂施設となっているのだ。

一部残っている階段を上がって二階に行くと、そんな吹き抜けの砂風呂ホールを見下ろすことが出来る。


瑠璃色のモザイク画が美しい天井からは巨大なシャンデリアが下がり、卵の殻が割れるように一部の天井が崩落して開いた穴には、瑞々しい緑の葉を茂らせた薔薇の蔓が絡んでいる。

満開に咲かせた深紅の薔薇もこの王宮を彩る装飾のようで、時折蒸気の噴出で深紅の花びらがはらりと落ちた。




(すごく青くて、シャンデリアの灯りが淡い金色で、なんて美しいのかしら………)



ネアは圧倒的な造形と光の色合いの絶妙さに、ただただ、その光景に見惚れた。

下をよく見れば、いい具合にたるんとしたおじさまが海パン姿で飲み物を飲んでいたりと、なかなかに庶民的でもあるのだが、こうして全景を望めば美しさに息を飲むような光景である。



「…………何て美しいのでしょう。天井の瑠璃色と天井がない部分から差し込む光が合わさって、えもいわれぬ青い光が満ちている中に、シャンデリアが金色のしゅわしゅわした光を散らばらせています………。蒸気の靄にはシャンデリアの光が落ちて金色の霞のようで………ほわ、………すごく綺麗です」


興奮したネアがそう感想を呟けば、案内をしてくれているルグリューとウィリアムが顔を見合わせて微笑むのがわかった。

案内人の説明によると、あの深紅の薔薇は、ここにしか咲かない蒸気を糧にする固有種なのだそうだ。

恐らく、砂風呂で癒される人々の喜びの感情も食べて育っているのではと言われ、だからあんなに艶々とした花びらを膨らませているのだなとネアは頷く。



「あのシャンデリアは、かつてこのあたりで採掘された金水晶で出来ているんですよ。太陽の守護の強い素晴らしい石でしたが、王国が滅びてから地上の砂漠は金色の砂が全て銀色になってしまいました。その時に、金水晶も採掘出来なくなったと聞いています」

「まぁ、それは当時の方は驚かれたでしょうね………」

「あの国は太陽の系譜の守護を受けていたんだが、その金水晶を目当てに侵略を受けてしまった。だが、国民の全てと王族達が殺された時、太陽の系譜は全ての守護を取り上げて侵略者達を滅ぼした。宮殿が地下にあるのは、そのまま砂漠の上で朽ち果てるには惜しいと、当時の地竜の王が地下に隠したからなんだ。暫くの間は、殺された王族達も死者の日になると、地下の宮殿に遊びに来ていたらしい」

「…………その国の方々は、太陽の系譜の方達に愛されていたのですね」



ネアは見事なシャンデリアを見上げて、その頃の栄華や幸福を思った。

一説には、太陽の精霊がその時の悲劇で崩壊し、その涙で砂漠は銀色に染まったとも言われているらしい。



(そして今は、見事な砂風呂に………)



滑稽なようでもあるが、ここでみんなが幸せでいることが何よりなのだと思う。

かつてここを愛した人達も、宮殿が今も利用され、愛されている施設であることは、嬉しいのではないだろうか。



「さて、次は更衣室にご案内しますね」

「はい!いよいよの砂風呂ですね!」



その時を控えて、ネアは目を輝かせた。

ネアもこの宮殿の愛用者になるかどうか、これからの砂風呂体験が楽しみだ。





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