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黒い車と喝采




夢を見ていたのだと思う。

ふわふわと揺蕩い、その温度の中であの日を繰り返す。




『もう忘れ物はない?気を付けて大学に戻るのよ。お母さん達は戻るのが夕方になるから、夕飯はいつものお店で三人で食べましょう』

『はは。お母さんは、今夜はゆっくりしたいそうだ』

『まぁ、帰りが何時になるのかわからないのでしょう?夕食の準備が間に合わなかったら、我が家の食いしん坊達が可哀想だから、今日は外食よ。その代わり、明日は二人の大好きなチーズクリームのミートボールと、ペペロナータを作るから、覚悟なさい』



何でもない、一幕。

でもネアは、どこかで何かを予感している。


それなのにその不安を言葉にしなかったのは、母親の誕生日の仕込みをしていたのを気付かれないようにと、買ってきたばかりのプレゼントを隠した戸棚の扉が閉まっているか横目でチェックし、はらはらしていたからだろうか。



行かないで。

そこに、行ってはいけない。




そんな言葉を飲み込み、一度だけ大使館主催のパーティーで見かけた、あの漆黒のスリーピース姿の美しい男を思い出す。

あの男の指先に触れるそんな場所に、果たして両親を送り出して良いのだろうか。



『……ん?そうそう、バレット家のご子息に会いに行くんだ。僕が一人で行くと、大袈裟になるからね。彼が、うっかりなのか、少しだけずるをしようとしたのかは分からないけれど、輸入業には資格が必要だからね。うちの職員にそれをお土産にと頼まれるのはちょっとまずい。奥さんも連れて行けば、頭の固いおじさんに叱られたくらいで済むだろう』



引き止めようとしかけて唇が震え、すぐにそれを断念した。


ネアは、父親のバランスの良さと頭の良さをとても信頼していた。

父ならば、きっといつもように、魔法のように相手を宥めてしまい、今回も上手くやるだろう。


穏やかで柔軟で、飄々としているけれどもどこかしなやかな魅力を持つ人だ。

自分の親ではあるが、公務などで客観的に見る度にそう感心させられた。

ネアにとっての父は、自分の助けなど必要としないくらいに尊敬するべき、安全な運命を持つ人に思えたのだ。



(せめて一度、会って話をしてくれれば良かったのに)



どれだけそう思っただろう。

会って話をすれば、敵ではないと分かった筈なのだ。


父とて、彼の世界のことを理解していた。

ここはそういう土地で、彼の商売がどういうものであるかも。

だからそれは、土地の慣習や付き合いを一概に否定はしないけれど、その代わりにこちら側とは線を引かせて欲しいという、棲み分けの確認であった。



頭のいい青年だから、彼は害にもならず益にもならない提案には、素っ気なく頷くだろうと。

そう話してくれた父親は、職務としての守秘義務の絡まないことであれば、抱えた問題をネアに隠すことはなかった。


職業特性から家族で参加するパーティなども多く、関わらずとも知っておいた方がいいことは幾らでもある。

ネアが、一人でもパーティや観劇などに呼ばれる年齢になってからは、特にそのようなことを話してくれるようになった。


『ここが異国である以上、やっぱり君を僕の娘としてしか考えない人達もいるからね。我が家の将軍にも、戦況を伝えておかないと』


だからネアも、冗談めかしてそんなことを言ってくれた我が家の軍師を、とても信頼していたのだ。




けれどもそれは、ジーク・バレットという男の背景がどれだけ焦げ付いているのかを知らないからこその楽観であり、たった一年の猶予しか与えられず後のない商談を控えていたジークは、どんな些細な不安要因であれ、残すつもりがなかったのだろう。



そうして、あの進水式の日の為にネアの両親は殺され、ネアはその日にジークの未来を殺した。



もし、あの日にネアが、両親に行かないでと言えたならば、両親もジークも生きていたのかもしれない。





「げふん…………」



咳をして目を開けると、誰かが冷たくて気持ちのいい手で額に触れてくれていた。

気持ちいいのですりりっと顔をすり寄せると、ふっと微笑む気配がある。



「熱は下がり始めたな」



薄っすらと目を開けると、寝台の横に腰掛けているのはアルテアのようだ。

ぼんやりとした記憶でお手製の苦しょっぱいスープを飲ませてくれたことを思い出せば、まだ謎の塩味青汁のようなものの苦さが舌の奥に残っている。



(夢の中で、両親のことを考えていた……)



ぼんやりとその断片を思い出そうとしたが、あまり上手く行かずに諦める。

口の中がかさかさで何度か咳をすると、アルテアが器用にネアの体を少しだけ起こしてくれて、水差しから水を飲ませてくれた。



「むぐ」

「落ち着いたか?……元に戻すぞ」



まだ上着を羽織らずにいるジレ姿のアルテアだが、この様子だと、どこかに出かける前にネアのところに様子を見に立ち寄ったという感じがした。

周囲を見回してみたが、ディノの姿は見えない。



「…………げふん。……ディノは、いなくなってしまったのでしょうか?」

「隣の部屋にいる。ここは、客間だからな」

「…………ほわ、私のお部屋じゃありません」

「工房中毒は、森からの風が回復を高めるらしい。風を入れやすい部屋に移動させた」

「……げふん。…………むぅ、ほこりで喉を悪くしただけではなく、病気だったのですか?」

「……………さして変わらない。魔術粉塵による中毒だ。………ほら、もう寝てろ」

「むぎゅ……………」



また気持ちのいい手のひらでおでこを撫でて貰い、ネアはふにゅりと微笑みを浮かべて目を閉じた。



ゆらゆらと揺れる意識の向こうで、部屋に入って来た誰かが、アルテアにもう出かけていいよと話している。

どうやら、今夜は誰かと会う約束があるらしい。



(誰かに、会いに行くのかな…………)



もう一度薄っすらと目を開け、ぼんやりと霞む視界の中に、立ち上がってダリルと話しているアルテアが見えた。



よく分からないけれど、どこかの海に向かうらしく、切れ切れに海の話が聞こえる。




(あ、………………)



海のことを思ったその時、瞼の向こう側に強烈な青が揺れた。


ぎらりと煌めく夏の日差しの向こうに、どこまでも海沿いの山道を切り分けてゆく細い坂道が見える。

深い青色の海にはヨットの姿もあり、遠くには遠洋からやって来た客船もいるようだ。

深緑の葉の表面を陽光に白く輝かせる檸檬の木に、淡い緑色でどこまでも続くオリーブ畑も見える。




その坂道を走る黒い車の中にいるのは、ネアの両親なのか、ジーク・バレットか。




(お父さんとお母さんは、燃えてしまった。………ジーク・バレットは、車ごと海に落ちた)




獄炎の赤と、深い深い海の青と。

その色がちらちらと、まぶたの奥で揺れる。

思わずその色彩を閉め出そうとして目をぎゅっと閉じれば、眠りの淵は再び真っ暗な闇に包まれた。




(ううん、暗いけれど、暗くない…………)



わあっと、歓声が上がって拍手が鳴り響くのは、薄暗いオペラハウスの客席だ。

壮麗な天井画とシャンデリアの下で、ふくよかな深紅の天鵞絨のカーテンが下り、誰かが舞台の上で優雅にお辞儀をする。



よく通る声で、本日はご来場有難うございましたと挨拶をするのは、一体誰だろう。

ネアは暗い客席に座り、客席の通路を抜けて、舞台の方に向かって歩いてゆく誰かを見ている。




(これは夢だ………)



熱に浮かされて見る、とりとめのない記憶の断片を繋ぎ合わせて見る夢。

けれども、いいようのない不安に駆られ、ネアは立ち上がる。



真っ直ぐに舞台に向けて歩いてゆくのが、よく知っている人のような気がしたのだ。




「お引き止めになりますか?」



壇上でそう微笑んだのは、もうその面影をすっかり忘れかけていた、父親の補佐官だった男性ではないか。

優しい人で、確か婚約者がいたような気がする。

甘いものが大好きで、よくポケットにチョコレートを忍ばせていては、ネアの父にからかわれていた。

その奥でカーテンを引きながら振り返ったのは、白髪で魅力的なウィスキー色の瞳をした運転手の男性。

仕事中は寡黙だが、家族で飼っている犬の話になると素敵な笑顔を見せてくれた。



「今回は、お引き止めになりますか?」



彼等もあの日、ネアの両親と一緒に帰らぬ人となった。

ネアが心を凍えさせるようなあの電話のベルで呼び出された病院では、彼等の家族も、ネアと同じように愛する人の死に咽び泣いたのだろう。




行かせなければ良かった。

いや、それは綺麗事だ。

あの時のネアには、そんな確信を得るだけの鋭敏さや賢さなどなく、ただ漠然とした不安を抱えていただけ。



(そしてどこかで、私も父のように、ジーク・バレットを信じてしまったのだ………)



がやがやと賑やかなパーティー会場で、しなやかな漆黒のスリーピース姿に真っ白なタイをしめて、片手で前髪を掻き上げて微笑む人の横顔を見ている。


力と自信に溢れ、それでもどこか寄る辺ない寂しい瞳をしたひとの唇の端が持ち上がり、きゅっと微笑みを深くするその横顔を見たのが、ネアがジークを初めて見た時のことだった。



その美しい男が半年もしない内に自分の最後の家族を殺すのだと知る訳もなく、ネアはただ、魅力的な人だなと感心し、その場を立ち去った。


あの日に見た優雅さと美しさを勝手に盲信し、彼のような男性であれば紳士的に話し合いに応じるだろうと考えたのは、あの夜に生まれた幼い憧れのようなものの所為だったのかもしれない。



「………っ、」


バタンと車のドアが閉まる音がして、ネアはぎくりと体を竦ませた。

我に返って暗い劇場を見回し、自分が何をするべきだったのかを思い出す。

わかっている、これは夢だ。

けれどもネアには、やらなければならないことがあった筈なのに。




何とか重たい手を持ち上げると、力なく毛布を落とした指先ごしに、きらりと光る雪結晶のシャンデリアが見えた。



また頑張って目を開ければ、ここはリーエンベルクの客間の寝室で、こちらに気付いたのかアルテアが振り返る。




「…………どうした?」



寝台の端に腰掛け、ネアの伸ばした手を取ってくれたアルテアを、ネアはもう片方の手も伸ばしてぎゅうと掴む。



「……………ネア?」



あまり呼ばないその名前を呼ばれ、赤紫色の瞳が困惑に瞠られた。

ネアはそれに答える前にとずりずりっと体を動かし、そんな使い魔の腰に手を回してがっしりと捕獲する。



「………………行ってはいけません」

「………お前、さては寝惚けてるな?」

「夢かもしれないし、夢じゃないのかもしれないのです。…………今日のアルテアさんは、どこにも行ってはいけません」

「……………ったく。おかしな夢を見たんだろう。おい、唸るな…………」

「私がいいと言うまで、ここにいて下さい。どこにも行ってはいけないのです」

「………やれやれだな」



呆れたような溜め息が、頭の上から聞こえた。

ネアは、引き剥がされてなるものかと必死に腰にしがみつき、自分がこてんと眠ってしまった隙に逃がしてしまわないよう、両手を組み合わせて手が解けないようにする。



「………むぐる。逃げたら絶交でふ」

「…………側にいて欲しいのか?」

「……………むぐ。今日はずっとここにいて欲しいです。アルテアさんは私のものなのです」



また溜め息が落ち、そっと頭を撫でられる。

その手の優しさに胸が苦しくなり、絶対に離してはいけない気がした。




「……………ったく、仕方ない奴だな。………おい、ダリル、」

「…………少し妙だね。………もしかしたら、本当に行かない方がいいかもしれないよ。と言っても、アルテアはもうネアちゃんを甘やかす事にしたみたいだけど」

「妙なと言うか、どうせろくでもない夢でも見たんだろう」

「契約で結ばれた者同士だと、ごく稀にこういう事が起こる。その忠告を生かすかどうかは、それぞれだけどね」

「…………は?可動域六のこいつに、予言めいた能力は皆無だぞ?」

「…………言っておくけどねぇ、もし、本当にそう思っているのに、ネアちゃんに側にいてと言われたからって外出を取りやめるなら、相当甘いって分かってる?」

「……………こいつは、どこで怒り出すか分からないからな」




(…………で、出掛けない?)



もわもわふわふわとした意識の中で、ネアはまた優しく髪を撫でてくれたアルテアに、少しだけ警戒を緩める。

ひとまず、捕まえられたようだ。

でも、まだ油断は出来ない。



(ディノはどこにいるのかしら………)



ディノが帰ってきてくれたなら、ディノにも頼んでアルテアが逃げないように協力して貰うのだ。

そう考えてもろもろと崩れてゆく意識の淵でとても焦っているのだが、また瞼が重たくなってきてしまう。


怖くなってまたアルテアをぎゅっと捕まえると、今度は小さく笑う気配がした。



「安心しろ。今日は側にいてやる」

「……………どきょ、……どこにも行きませんか?」

「ああ。お前が回復して目を覚ますまでは側にいてやるから、安心して寝ておけ」

「むぐ…………」



腕の中にまだ生きているその温もりがあることにほっとしていると、かちゃりと扉が開く音がして、誰かが部屋に入ってくるのが分かった。




「……………ネアが浮気してる」

「ありゃ…………」



頼もしい魔物の声が聞こえてきて、ネアはまた眠気に抗って小さく唸った。

けれどもどうしても瞼が開けられず、悲しくなって眉を寄せる。

むぐむぐするその頭を、アルテアが撫でてくれた。



「…………ディノ、…………ふぐ……アルテアさんを捕まえておいて下さいでふ」

「ネア?アルテアに何かされたのかい?」

「何でだよ」

「…………今日は、アルテアさんをお外に出してはいけません。………手を離したら、もう会えなくなってしまいます」



頑張ってそう伝えると、ディノが小さく息を飲むのがわかった。



今度は寝台の枕の方が沈み、ディノも隣に来てくれたのだと分かったネアは、とても安堵する。


この魔物がいてくれれば、もう悲しいことは起こらない筈だ。

ディノがいれば、ネアの世界はいつだって優しくて綺麗なものでいてくれる筈だから。




「…………何か、不安に感じることがあったのだね。アルテアを捕まえておけばいいのかい?」

「ふぁい。朝まではがっちりです………」

「うん、分かったよ。ではアルテアはどこかに閉じ込めておこう。ほら、この手はもう離そうか」

「いや、こいつがしがみついてきてるんだから、このままでいいだろ」

「よーし、じゃあ僕がアルテアを幽閉する為の部屋を整えるよ!地下でいいかな!」

「お前に幽閉される趣味はないな」



今度はディノが頭を撫でてくれる。

ネアはすっかり安心して、ふぐぐっと頬を緩めた。

アルテアを捕獲した手はそのままだが、また眠ればこの手も解けるだろう。






バタンと、車のドアが閉まる。




その後部座席にはもう誰も乗っていなくて、あの黒い車が、またネアの大事な人を連れて行ってしまうことはない。

安心して舞台の幕が下りるのを見届け、ネアは他の観客達と同じように拍手をした。



真紅のカーテンが閉まると、辺りはしんと静まり返り、見慣れた、ただの夢の色が戻ってくる。





「…………むぐ」

「やっと目が覚めたか…………」



次に目を開けた時には、なぜか鼻先が触れそうなくらいの距離にアルテアがいた。

とても困惑したネアは、不法侵入だろうかと目を細める。


一度白けものを敷布団にしたので、すっかり癖になってしまった可能性がある。

困った魔物だ。



「む………。アルテアさんが抱き枕になってます」

「言っておくが、俺を抱え込んだのはお前だからな?」

「解せぬ。………むぅ、しかも背中にはディノがへばりついています」

「お前が俺を離さなかったせいで、シルハーンは相当荒んでたな」

「………なぞめいているのですが、私はなぜアルテアさんを捕獲していたのでしょう?グラタンを食べられなかったからでしょうか…………?」

「ほお?もし、そんな理由だとしたら、一晩もお前に尽くしてやった俺にも言いたい事があるな」

「むが?!なぜに鼻を噛むのだ!」



虐められてじたばたしたネアは、ちっともふんわりしていない枕だなと思ったものが、アルテアの腕だったことを知る。

恐ろしいことに、寝惚けて、腕枕で寝てしまうくらいに、かなりがっしりとしがみついていたようだ。



「……………ずるい」

「む。ディノも目を覚ましましたね。……ディノ、私はどうしてアルテアさんを抱き枕にしていたのでしょう?」

「ほら、もう夜が明けたからいいだろう?こちらにおいで」

「個別包装…………」

「アルテアを抱き締めて寝るなんて………」

「むぎゅう………」


ネアが目を覚ましたと知ると、後ろからサンドイッチにしてきていたディノが、すかさずご主人様を奪還する。


アルテアはやれやれと溜め息を吐きながら立ち上がり、大きな獣のように伸びをしていた。



すっかり荒ぶってしまったのか、ぐりぐりと頭を擦り付けてくる魔物を撫でてやりながら、ネアは何だかおかしな夢を見ていたような気がして首を傾げた。



「ネア?…………熱は下がったようだけど、喉の痛みはなくなったかい?」

「……………む。少しだけかさかさしますが、痛くて堪らないのはなくなりました」

「良かった。アルテアが作ったスープが効いたようだね」

「むぐる」

「おい、何で唸るんだよ」

「あのスープは良いお薬でしたが、何だか怖い夢を見たのです…………」

「だろうな。お陰で俺は、昨晩の約束を一つ反故にする羽目になったんだからな」

「…………む?」



首を傾げたネアに、ご主人様を抱き寄せて二度寝に入らんとする魔物が、昨晩のネアは、アルテアをどこにも行かせてはいけないとぐずったのだと、教えてくれた。

何という迷惑な寝ぼけ方をしたのだろうと、眉を下げたネアに、ディノはなぜか当然のように微笑む。



「きちんとここに留めておいたから、もう大丈夫だろう」

「…………しかし、私は寝惚けて…」

「君が飲んだスープは、災いを祓うものとしての効果もある。君とアルテアは使い魔の契約をしているから、そのような効果が現れている時の言葉は、聞き流してしまわない方がいい」


そう微笑んだ魔物は、安心したようにネアにおでこをくっつけて目を閉じた。

とても眠そうなので、もしかしたらアルテアが逃げ出さないように気を付けていてくれたのかもしれない。


ディノを撫でてやりながら、アルテアの方を振り返った。



「となると、もし出かけていたら、アルテアさんはまた事故ってしまったのでしょうか?」

「おい、妙な目でこっちを見るな」

「………使い魔さんですしね」

「やめろ。誰の為に一晩も腕を貸してやったと思ってるんだ」

「む。それはとても反省していますので、二度とこんなことがないよう、注意しますね」




ネアは心を込めて謝ったが、なぜかアルテアは不服そうにしていた。

しかしそんな表情が続いたのも、朝食の席までのことだ。


珍しくこちらで朝食を摂っていたダリルが、ネア達が来るなり、とんでもないことを教えてくれたのだ。




「珊瑚の魔物が崩壊した……?」


呆然とそう呟いたアルテアに、ダリルが頷く。


「海溝の妖精の誰かと、個人的な問題で揉めていたらしいね。自分の伴侶になると約束をしたのに、その夜に誰かと会おうとしていたらしい海溝のシーを殺して、自身も崩壊したそうだよ。………海溝のシーは他の土地にもいるけど、ヴェルリアの海のシーは一人だけだ。アルテアが会いに行こうとしていた女だね」

「わーお、ネアのお手柄だ。海の底で予期せぬ崩壊に巻き込まれたら、さすがのアルテアもちょっとまずかったかもね」

「…………危うく、グラタンの使い魔さんを失うところでした。お外は危ないので、あまり出かけないようにして下さいね」

「何でだよ」

「そして、命の恩人なご主人様への感謝は、美味しいグラタンとクリームパフ、加えてちびふわの一日接待で構いませんからね」

「……………ちびふわは却下だ」

「むぐぅ」




ネアはその後で、エーダリアの診察を受けて全快のお墨付きを貰った。

工房中毒は、数年前までは不治の病だったのだそうだ。



それはさぞかし心配しただろうと、ネアはべったり張り付いて来ていた魔物を椅子にしてやる。

ご褒美だと目元を染めていたディノは、昨晩、寝惚けていると思われても仕方ないネアの言葉を受けて、すぐにアルテアがリーエンベルクから出れないようにしてくれていたらしい。


ノアから僕も頑張って幽閉に協力したと聞かされたので、ネアは大事をとって休むようにと言われた今日は、午後から銀狐をお風呂に入れてあげることにした。




お昼には、アルテア特製のグラタンと、クリームパフが食べられるようだ。

アルテアが会えなかった海溝のシーから引き出す筈だった情報は、既にどこからかノアが手に入れてきていた。

お陰で今日は暇になったのだと、アルテアはネアの厨房に沢山の常備菜やお菓子を増やしてくれるらしい。



少しだけ目を閉じると、なぜか瞼の裏側で劇場で聞くような喝采のざわめきが聞こえた気がしたが、やはりどんな夢を見たのかは思い出せなかった。









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― 新着の感想 ―
[良い点] アルテアさんが至高すぎてアルテアさんをもっと摂取したい病にかかってしまいます( ; ; )アルテアさんの腰にぎゅっとしがみつく様子が浮かんで悶えますね [一言] ギブミーアルテアさん
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