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懲りない王子と馬車の話 2




「……………よくこいつの屋敷を見付けられたな」



呆れたようにそう呟いたのは、ご主人様に呼び出されてしまった使い魔な選択の魔物である。

これからの作業は、このちょっと悪いことをしがちだがちびちびふわふわもしてくれる使い魔の得意分野だと踏んだのだ。


なお、そんなアルテアはダリルとの密談中だったらしく、ネアは絵としては途方もなく尊い美男美女の密談姿におおっとなった。



「このお屋敷を見付けられたのが、不思議なのですか?」

「どれだけの奴らがこいつの住処を探していたと思っているんだ。空間遮蔽と空間併設の専門家だからな。アイザックですら見付けられなかった」

「…………ディノは、ただ普通にこの方のお屋敷の前に転移しましたよね?元々、ここをご存知だったのでしょうか?」

「アルビクロムだと聞いたから、アルビクロムにある幾つかの遮蔽地で、人間の魔術師がいるところを探しただけだよ。その中でも土蛇の守護で空間を守るところはここしかなかったし、条件に合う魔術師も彼しかいなかったからね」



何でもないことのようにそう言った魔物に、ネアはエーダリアがネア達にこの依頼を持ち込んだ本当の理由に思い至る。

拘束することもそうだが、まずは見付けることが困難とされていたのだろう。



(だから、拘束した魔術師さんを連れて行ったら、持っていた報告書を全部落としてしまうくらい驚いたのだわ………)



確かに依頼を受けた時、少し手間がかかるかもしれないとは言われたのだ。

けれどもディノは大丈夫だよと請け負っていたし、ネアも、せいぜい抵抗したらきりんをばら撒こうくらいのことしか考えていなかった。



アルテアも驚いていたが、ネアは逆に器用な彼にも苦手な領域のものがあるのだと考えかけ、そう言えばボラボラは完全不利領域だったとあらためて思い出す。



(困ったら頼ってしまう系の魔物さんだけど、今後はアルテアさんだけではなく、それぞれの得意分野を見極めた方がいいのかもしれない………)



しかしその場合、ウィリアムなどを頼るのも危険と言わざるを得ない。

時として終焉の魔物は、とんでもない破壊神になってしまう。



「…………そうか。そのようなものの察知は、確かに万象に勝る者はいないだろうな」

「かもしれないね。私の場合、土地の魔術の織りを調べることには向いているだろう。………でも、この部屋にあるものをどうすればいいのかは、私には分からないんだ。君は知っているかい?」



ディノが悲しげにそう問いかけたのは、捕縛した魔術師の屋敷に隠されていた部屋の一つで、扉を開けた瞬間にパニックになって右往左往している鉛筆達だ。

ちょっとだけ虫の大群に見える動き方をしているので、ネアは先程からディノとアルテアの影に隠れている。


ずしゃあ、ずしゃあと、鉛筆達の移動する音が先程から鳴り響いていた。

とても怖い。



「滅ぼしてしまうと、祟るかもしれないと言われたのです。どう落ち着かせればいいのでしょう?」

「この鉛筆は精霊だからね………」


物知りのアルテアにそう助けを求めた二人に、本日は柔らかな水灰色のスリーピース姿のアルテアは小さく息を吐いた。

灰色の帽子を少しだけ斜めにして被っており、手袋とベルト、革靴だけが黒なのが、相変わらずのお洒落さだ。



「ったく。仕方ないな………」


意見を求められた魔物は、おもむろにどこからか小瓶を取り出すと、ぷしっと瓶の蓋を開ける。


すると、部屋の中で大騒ぎしていた鉛筆達が、ぴたっと動きを止めてこちらを見る気配があった。

どこが目なのか分からない生き物が一斉にこちらを見る気配に慄いて、ネアはまたディノの背中にこそっと隠れる。

背中に隠れられた魔物は、ご主人様が頼ってくれたと恥じらい始めていた。

こちらの魔物が弱ってしまう前に、この鉛筆部屋を片付けたい。



「それは何でしょう………?」

「飲むよりは料理に使うような甘い酒だな。俺は料理の風味づけに使うが………。こいつらは、この酒が大好物で、こうすると………」



アルテアは蓋を開けた瓶の中のお酒を、躊躇うことなくびしゃっと部屋の中にぶちまけた。



するとどうだろう。

鉛筆達はわっとそこに群がり、二分もしない内に酔っ払ってすやすやと眠ってしまった。


その隙に女王鉛筆と呼ばれる金色の鉛筆を隔離してしまえば、もう大騒ぎすることもなくただの鉛筆に戻るのだという。


ネアがそんな女王鉛筆を取ろうとすると、両脇の下に手を差し込まれ、小さな子供をどかすようにアルテアに持ち上げられ、よいしょと後ろにどかされた。



「むぐ」

「お前は余計なものに触るな」

「私とて、女王鉛筆さんの回収くらいは出来るのです!」

「可動域が足りないな」

「むぐ?!」



片方の眉を持ち上げて冷笑され、ネアはそんな厄介な女王鉛筆など、スケッチブック一面の黒塗り作業でちび鉛筆にしてやるという残酷な気持ちになる。



アルテアはつけていた手袋を一度外し、別の手袋をはめ直すと、しゅばっと尖った芯を待つ一番長い女王鉛筆を捕獲した。

ただの鉛筆にしか見えないと、ネアはその鉛筆を暗い目で睨んでいたが、ディノ曰く、きらきらとした金色の魔術の尾を引いているのだという。


それを真っ白な紙袋に放り込み、ぴっちりと神経質にその袋の口を折り込んで封をすると、胸元から取り出したペンで紙袋に何かを書き込み、どこかの空間にぽいっと放り込んだ。



「鉛筆さんはどこへ………」

「着服してないぞ。収穫物は、入り口前のガレンの特設結界に提出するんだろう?」

「そこに送ってくれたのですか?」

「その為に用意された封印袋に入れたんだろうが。ああそうか、お前にはあの袋は封印時にしか見えないんだったな」

「…………袋も見えないのですか?」



恐らくアルテアは、ネアが荒ぶるくらいだと思ったのだろう。

しかしネアは、封印袋などというちょっと面白そうなものが見えないと知り、悲しくなって眉をへにょりと下げた。


はっとしたディノが、どこからか取り出した美味しいギモーヴを、ネアのお口に入れてくれる。

それをもすもす食べながらディノにぎゅうとくっついたネアが思いがけず落ち込んでいることにぎくりとしたのか、アルテアはそろりとこちらを振り返る。



「………封印は俺がやってやる。帰ったらグラタンを作ってやるから、大人しくしてろ」

「グラタン様…………?」

「チーズと海老がいい時期だからな。その代わり、紙袋は諦めろ。いいな?」

「は、はい!グラタンを楽しみにしています!!」



すっかり気持ちが明るくなり、ネアは喜びに弾んだ。

ソースとの絡みがネア的には物足りない大きめのマカロニではなく、アルテアは小さめでソースのよく絡む大豆くらいの大きさのパスタを使った特製グラタンが得意なのだ。


しかも、そこにもちもち系のパスタも混ぜ込み、ソースがしっかり絡みジューシーかつ、もちもちぎゅむっと噛み締められる神のグラタンとなる。



「ディノ、グラタンが食べられますよ!」

「弾んでる。可愛い………」

「そして、隣の扉がやって来ました。ここには……………む?!」



この並びの扉を他の者達も捜査しているのだが、どかんと音がしてはっとそちらを向くと、小規模な爆発があり、ガレンの魔術師の一人が弾き飛ばされて廊下に転がり出て来た。


そんな魔術師を助け起こし、ネア達の方を見て心配ないと頷いてくれたのは、王都の宰相閣下を父親に持つウォルターだ。


今回のお屋敷探索については、ダリルもかなり興味を持った為、ウォルター他のダリル派の面々も参加している。

一応は第一王子の総指揮による襲撃計画の首謀者の一人の捕縛作戦なのだが、犯人更迭でこの屋敷を土地の管理者達に引き渡す前に、ガレンの一部の魔術師とウィーム派で、中に蓄えられた厄介なものや貴重なものを全部お掃除してしまうという作戦なのだった。



なお、魔術師達もウィーム派も、見付けたものは最後に全員で報告共有する。

その上で山分けして持ち去ることにしている魔術誓約なのだが、作業員の能力によってはその誓約魔術を破れるので、報告などせずにこっそり懐にしまえる者も多い。

それもまた、暗黙の了解の上での計画の一環であった。



そうなると、勝手に部屋の中のものを持って帰れるのは、ネア達のチームとダリルくらいなのだ。



(ダリルさんは、色々と隠して持って帰っていそう………)



ネアはそう考えていたが、その結果ウィームが豊かになるのであればとても良いことだ。

今回はダリルも参加しているので、水竜のエメルはお留守番にされてかなり落ち込んでいるらしい。

とは言え、体の弱い水竜をこのような場所に連れてくるのは難しいだろう。




「こちらは問題ない。ペンギンが一体爆発しただけなので、安心して作業を続けてくれ」

「ペンギンが爆発………。はい、お気遣い有り難うございます。我々も、引き続きお部屋の解放を遂行しますね」



そう言ってくれたウォルターは、ダリルの真似で始めてしまった伊達眼鏡の似合う、可愛いものが大好きな男性だ。

宰相の息子らしい上質で貴族的な服装に身を包み、廊下に片膝を突いて倒れた魔術師を助け起こしている姿は何だか格好いい。


ウォルターの言葉に頷いたネアは、爆発するペンギンとは何だろうという混迷に包まれつつも、引き続き奥にある黒塗りに金の装飾の扉を開けた。



どうやらこの屋敷の扉は、中にあるものによって色分けされているらしい。

ネア達が任されたのは、難易度の高い黒色の扉であった。



(あ、いいものが見付かったのかしら………)



遠くから、これだけ資源があれば研究を完成出来るぞと誰かの喜びの叫びが聞こえてくる。

どうやら、火山の魔術の結晶水という珍しいものが、倉庫の中にたくさん備蓄されていたらしい。

喜び過ぎて噎せてしまったのが聞こえてきたが、とても幸せそうなので何だか微笑ましいではないか。



「では、開けるよ。君は私の前に出ないようにね」

「はい。ディノも気を付けて下さいね」



そうして、ネア達はとうとうその扉を開けてしまった。




「…………特に変わったものはなさそうだな。籠…………?」



そう呟いたのはアルテアで、確かにその部屋はがらんとしていた。

まるで、何かの用途で使っていたのだが大切なものは持ち出してしまい、多少雑にではあるが片付けられたばかりのように見える。


(この部屋には何があったのだろう………)


作業でもしていたのか、ここも研究室や工房だったのか、部屋の中には簡素な木の机が一つだけ置かれていて、その横には素朴な布紐織りの籠のようなものが幾つも並んでいる。

その籠の中には紙くずのようなものがたくさん入っていて、床にも小さな紙片が一つだけ落ちていた。



窓から差し込む日差しは、特に景観の設定などの変化はなく、普通に外のものと同じであるようだ。

飾り気のない緑色のカーテンが微かに日に焼けているのが、あまり使われていない部屋なのかなという感じがした。




「…………ここは、特に問題なしでしょうか?」

「特に変わったものはなさそうだが、………魔術基盤は妙に頑強だな」

「基盤、ですか?」

「この部屋だけ、とても頑丈な作りになっているんだ。防音や衝撃に備えていたようだね。それに、………魔術の密度もとても濃密だ。………アルテア、一度場を整えた方がいいかもしれないね。念の為に……」



そこでディノの言葉が途切れたのは、風か何かで床に落ちていた紙片がふわりと揺れたからだろう。

ピンク色の紙片は指先くらいの正方形のもので、紙吹雪などに使えそうな小さなものだ。

籠に大量に入った紙くずもそんな感じの整った形の紙片であることから、そんな紙片が落ちるような、規則正しく紙を加工する作業が行われていたのだろうか。



「アルテア、結界を」

「………っ?!」

「ぎゃ!」



その直後のことだった。

ふいにディノが鋭い声を発したと思ったその直後、ネア達は凄まじい衝撃に襲われた。



勿論結界があるのだが、透明な硝子の箱に入って、暴風吹き荒ぶ中で紙吹雪をぶちまけたところに置かれたようだと言えばいいだろうか。



あまりの迫力にネアは目を丸くする。




「…………アルテアさんが見えなくなりました」

「やはり、紙吹雪の魔物だったようだね。アルテアを祝うことにしたのだろう。間に合うところで気付けたと思うけれど、……ネア、怖くなかったかい?」

「………い、いえ。何が起こったのか分からずにびっくりしましたが、ディノが隣にいるので怖くはありませんでした。………アルテアさんは、これでお祝いされているのですね?」



心配そうにネアの頭を撫で、ディノはその返答に安堵の微笑みを深める。

あたりはすっかり色とりどりのご機嫌な紙吹雪に包まれており、暗いのか明るいのかよく分からない。



「私もこの魔物のことはよく分からないんだ。前に一度、……もう随分と前のことだが、ウィリアムが襲われたことがあってね。グレアムとギードが助けに行ったという話を聞いたことがある。部屋の状態と、籠に入っているものが紙吹雪に見えたから紙吹雪の魔物だと判断したのだけれど、………こんな風になるのだね………」

「…………アルテアさんはご無事でしょうか?」

「危害を加えるようなものではないんだよ。…………ただ、突然このようになって、標的とした相手を祝う為に騒ぎ出すようだ。一時間程で解放されるらしいけれど、ウィリアム曰く、一時間も精神が保たないということだった」

「確かに、こんなこなこなした紙吹雪に纏わり付かれたら堪りませんね。………………む」



そこでネアは、ぎくりとしてディノにへばりついた。

紙吹雪達の変化に気付いたディノも、しっかりと腕を回して抱き締めてくれる。



「う、歌い出しました。……と言うかこれは、応援でしょうか………」

「ああ、やはり歌うみたいだね。ウィリアムは、これが一番辛かったらしいよ」

「確かに、突然囲まれてばさばさやられ、そんな紙吹雪さん達に底抜けに明るい歌を歌われたら心が不安定になりそうです………」



一定期間ばさばさと飛び交った紙吹雪達は、唐突に歌い出した。


それも、よくチアダンスなどの時にかかっているような明るく弾むような歌で、可愛らしい少女達の声で一斉に歌い出すのだ。

おまけによく聞いていると、曲の節目のところで、紙吹雪達がばすんと弾むような動きを取っている。


その虚ろな明るさが、空恐ろしくネアはふるふるしてしまう。

そっと見上げると、ディノもすっかり怯えていた。



「………へい!と口ずさむところだけ、皆さんが一斉に弾むのですね」

「…………この曲は何なのだろうね……」

「アルテアさんはご無事でしょうか…………」



紙吹雪の向こうからは、アルテアの気配はしなかった。

舞い踊って歌う紙吹雪の存在感が強過ぎるのだ。


この紙吹雪の魔物は害を及ぼさないが、とは言えさすがに一時間は待てないので、ディノが一度精神圧でどすんと圧倒して、紙吹雪達を大人しくさせてみることになった。



するとどうだろう。



「おや、反応したね」



そうディノが言うように、紙吹雪達は恐怖のあまり失神したのか、ばさばさと床に落ちてゆく。



「アルテアさん!…………ご無事でしたか?」



視界が開けたことで見えるようになったアルテアに、ネアは慌てて声をかける。

こちらを振り返ったアルテアは、虚ろな目で体にまとわりついた十枚程の紙片を払い落としているところだった。



「ほわ、侵入されていました…………」

「間に合わなかったのだね…………」

「…………十枚で済まなかったら、確実にこの部屋ごと燃やしたぞ」

「お祝いしてくれるのに、こんなに嫌厭されてしまう悲しい魔物さんです…………」

「…………魔物なのかよ」



どうやらアルテアは、結界内に侵入してお祝いしてくる紙吹雪が、魔物だとは気付けないくらいに動揺したらしい。

特に動揺した様子もなく戻ってきたが、すすっとネア達の影に入ってしまったので、とても辛かったのだろう。


ひとまず、この魔物はネア達では有能な使用方法も思いつかないということで、思いがけない生かし方を思いついてくれそうなダリルに託すことにした。


ウィリアムを襲い、アルテアですら弱らせてしまうのだから、使いようによってはとんでもない刺客になるかもしれない。

ただし、若干嵩張るのが厄介だ。



よれよれとその紙吹雪の部屋から出てきたネア達が扉を封鎖していると、少し離れた部屋から、失神したウォルターと魔術師の誰かを、ガヴィが引き摺り出しているではないか。




「ガヴィレークさん!」


驚いたネアが声を上げると、こちらを見た代理妖精は心配ありませんよと微笑んでくれた。

相変わらずの素敵な老紳士ぶりの代理妖精は、まるでコートでも持つように二人の男性を軽々と腕に引っ掛けている。


「リャムラという美しい女性の姿をしたものがおりまして。寵を請う為に幻惑を見せるのですが、坊ちゃんとこの青年にはいささか刺激が強すぎたようです。この部屋は私が片付けましたし、坊ちゃん達も少し休めば回復しますから、ご安心下さい」

「リャムラさん…………」


ネアは、それはゼノーシュに似ていると言って貰った生き物ではないかと興味があったが、恐らくガヴィレークの大事な坊ちゃんを虐めたのだからもうあの部屋にはいないだろう。


ディノの袖をくいくいっと引っ張ると、魔物に自分もいつかそんなリャムラを見てみたいと話してみた。




「…………君の婚約者は私なのに」

「なぬ。綺麗な女性の姿をしているというので、気になっただけなのです。その返答の意味がわかりません………」

「言っておくが、リャムラは男女見境なく襲うからな?」

「まぁ………。そうなると、私も綺麗な女性の方に籠絡されてしまう可能性があるのですね…………」

「ご主人様は渡さない………」



荒ぶった魔物がひしっとネアの羽織ものになってきたので、リャムラの詳細を聞けば、一度リャムラの誘惑に屈してしまうと、そのリャムラが死なない限りは死ぬまで下僕にされてしまうのだそうだ。

強いリャムラは、百人近い下僕を持っていることもあり、下僕とされた者達は自分のリャムラに少しでも愛されようと必死に働くのだそうだ。


(と言うことは、あの部屋のリャムラさんは………)


先程のガヴィレークの微笑みを思い出し、ネアは哀れなリャムラ達を思う。



「…………ディノ、私達は、ノアがリャムラさんに捕まらないように気を付けてあげましょうね」

「………ノアベルトは捕まらないのではないかな」

「お相手が女性となると、一抹の不安が残るのです……。は!もしかしてアルテアさんも………」

「やめろ。引っかかる訳がないだろうが」

「しかし、事故率高めの使い魔さんですし、前に本で見たリャムラさんの美女ぶりであれば、アルテアさんのお好きな雰囲気のような気がします」

「…………お前に俺の嗜好が理解出来ているとは思えないけれどな」

「シシィさんにルイザさんと冬告げの舞踏会の時の方と、月の魔物さんを考えると、可憐と言うよりは凛としていて、理知的な雰囲気の魅力的な美人さんで、腰がぎゅっと細くて胸の大きな方でしょうか………?」

「やめろ…………」

「人としても魅力的な雰囲気の方が多いようでしたので、いつか使い魔さんの恋人さんとお友達になれると信じています!むが?!」


ここで、ネアはアルテアにべしんと頭を叩かれたので、さっとディノの影に避難した。


「ディノ、アルテアさんが虐めます!」

「うん。叱っておくよ」

「こうして照れてしまうところを見ると、意外に奥手…」

「よし、お前はもう黙れ。グラタンがなくなってもいいんだな?」

「むぐぅ。たいへん不条理な社会からの圧力ですが、ここはグラタンの為に権力に屈するしかありません…………」



ディノやノアの過去の恋人の遍歴を見ていると、ネア的には、アルテアの恋人達の方が同性として仲良くなれそうな女性のような気がする。

なのでとても期待しているのだが、いつになったらそんなお友達候補を紹介してくれるのだろう。


エーダリアやヒルドの周囲は、王宮暮らしの頃から女性への多大な苦手意識が魂に刻み込まれてしまっているし、二人が魅力的な独身男性であることも、更にその苦手意識を増進させる事態を引き起こし続けている。


グラストに関しては鉄壁の防御を崩さないゼノーシュがいるし、グラスト自身も息子のような存在としてゼノーシュを溺愛し始めているので、余程の出会いを得ない限りは女性とはご縁がなさそうだ。


ディノは同性の友達が欲しいならムグリスを捕まえてきてあげるよと言うのだが、それはもう女性というよりは雌のペットである。



(でも、最初の頃は、契約の魔物を得る以上は家族や友人も持てないのだと、そう教えられていたのだわ…………)



そう考えれば、ディノはかなり譲歩もしてくれているのだろう。

本にすら嫉妬してしまうのだから、あまり不安がらせても可哀想だという気持ちになる。

一度ダリルにも相談してみたが、それとこれは違うのだという認識で罪悪感なく運用されてしまい、大切な相手の時間を奪う同性の友人のようなものを、魔物は特に嫌うのだそうだ。


そういう意味では読書もその区分なのではないかと、ダリルは考察していた。



(……それに、例えばウィリアムさんやアルテアさんであれば、ディノにとってもお友達だからとなるけれど、私の友達になる女の子がディノにとってそんな風に大切に思える相手かどうかは分からないのだわ………)



であればやはり、誰かの伴侶作戦しかないので、ネアはお喋り出来たら楽しそうな女性を選んでくれそうな使い魔に期待をかけることにした。




「うむ」


にんまり微笑んで背中をぱしぱしと叩いておくと、とても嫌そうな顔をされる。

疑い深そうに細めた目でこちらを振り返っていたからか、アルテアは次の部屋の中に控えていたものへの対処が遅れたのだろう。




次の扉を開いた途端、ヒヒーンと馬のいななきが聞こえた。



「………っ!」



アルテアは小さく息を呑みその場で体を捻り、飛び出してきた漆黒の箱馬車を躱す。

すると、その部屋の空間はどうなっているものか、黒い馬車は凄まじい勢いでぎゅんとターンしてゆき部屋の奥の方に戻ってゆく。



ブルルと声を上げ、馬車を牽く漆黒の馬達はすぐにまた突進するぞという荒ぶりを見せている。

先程の馬車の大きさのものがどうやってこの部屋に収まっているのかと思ったが、開けてみたこの部屋は霧を這わせた暗い夜の街を覗かせていた。


アルビクロム特有のガス灯のような街灯と、灰色の石畳の道、その奥に広がる静まり返った街ははまるでそこにあるかのようだ。




「辻毒の一つだな。焼き馬車だ」

「…………お料理名?」

「何でだよ」

「使い込まれた馬車や名馬の牽く馬車など、良質で愛されてきたものを、敢えて焼いて壊してしまうことで作られるものだよ。その怨嗟や無念などの凝った灰を辻に埋めて、人々に踏ませることで更に呪いを強める。一定の期間の後、その辻にはこのような生き物を轢き殺すことだけを好む祟りものが生まれるんだよ」

「…………その為に、あの馬車さんは燃やされてしまったのですね」

「そうだね……」


アルテア曰く、この焼き馬車は火ではなく水の魔術で浄化するのだそうだ。

上着を脱いでふわりと消すと、丁寧に袖を織り上げているジレ姿のアルテアに、ネアは首を傾げる。



「魔術を浸透させることが難しいから、少し濡れてしまうのだろう。ほら、持ち上げるよ」

「荒々しい戦いになるのですね?」

「どこかにその灰を固めた核があるからね。そこだけを水の魔術で浄化する必要があるんだ。…………アルテア、乗客がいるようだ」

「ああ。妙に魔術が固いと思ったが、乗客ごと焼いたか……………」



その言葉に胸が苦しくなり、ネアは持ち上げてくれている魔物にしっかりとしがみついた。

かつて、両親が事故にあったあの日、二人が乗っていた黒い車を思い出したのだ。



「ディノ、中の方達や、馬車さんを自由にしてあげられます?」

「うん。浄化すればここに繋がれる苦しみからも自由になるだろう。安心していいよ」

「……ふぁい」


ネアの悲しげな声に気付いたのか、アルテアがちらりとこちらを振り返る。



「すぐに片付ける。グラタンが食べたいなら、巻き込まれるなよ?………クリームパフも付けてやる」

「は、はい!」



すっと立ち塞がった魔物に、四頭の漆黒の馬は苛立ったように嘶いた。

そしてその直後、ざあっと通り雨のような水飛沫が馬車と石畳を濡らす。



霧雨のヴェールのように、その雨がさあさあと降り注ぐ。

よく見れば、意図的にどこかを集中して濡らしているようで、一度だけアルテアの後ろ姿が、そんな雨に霞んだ。




(あ、………………)



ネアはその時、馬車の窓に幼い少女の影を見たような気がした。

その無垢さに胸が締め付けられる間も無く、馬車は波に攫われる砂の城のように、ざあっと崩れてゆく。



「終わったな。思っていたよりも簡単に……」



少しだけしっとりした空気の中でそう言ったアルテアが、ぎくりと言葉を途切れさせる。

ほろほろと馬車が消えてゆくその向こうに、どこかで見たことのある布紐で編んだ籠が無造作に置かれているではないか。



「………ほわ、紙吹雪さんが……」



直後、蜂の巣をつついたように、その籠から紙吹雪が飛び出してきた。





魔術師の館の捜索が終わり、屋敷の前に集まった捜索隊の輪の中で、またしても髪の毛が乱れてしまい、不憫になったネアからちび結びにして貰ったアルテアの姿があった。


ダリルやウォルターなどからも何があったのだという眼差しを受け、ネアは可哀想な使い魔が紙吹雪の魔物に襲われた壮絶な戦いがあったのだと説明し、頼もしいウィーム領主の代理妖精は、その効果を実際に確認した上で、ほくほくと紙吹雪の魔物達を持って帰ったのであった。







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