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懲りない王子と馬車の話 1



この世界にも一応、現場検証というものがある。


勿論ネアの良く知るようなものではなく、魔術証跡を追いかける特殊なものなので、ネアはどれだけ憧れてもその職業に就くことは出来ない。

そう考えると掃除婦やクリーニング屋さん、はたまた郵便屋さんにすらなれないので、なかなかに恐ろしい異世界であると言わざるを得ない。


そう考えると現在の職場はどれだけ恵まれているものか、ネアは運命に感謝してそっと隣の魔物の爪先を踏んでやることにした。



「ご褒美…………」


そう呟いて目元を染めた魔物は、どうして突然ご褒美を貰えたのか分らないのだが、突然舞い降りてきた幸運が嬉しくて堪らないというもじもじに苛まれている。


ここは追加でご主人様の手に三つ編みを握らせるか、或いはこのご褒美だけを噛み締めるかで若干挙動不審になっていた。



「今のご褒美は、この素敵な職場環境とディノが私を助けてくれていることへの感謝です。人間は強欲で身勝手な生き物ですが、時折こうして己の人生を振り返って感謝をすることを忘れてはいけませんね」

「かわいい…………」

「そして、悪い商人さんの隠れ家はあの丘の上のお家でしょうか」

「あの家のようだね。ヒルドの言うように、魔物の結界が張られているようだ。………左側にある大きな櫟の木が見えるかい?あの木は、実際には植物ではなく魔術を織り上げた軸のようなものだ。どこからか木の幻影を持って来てその内側の空洞に術式を詰めてあるんだよ」

「まぁ、お料理なら油でからっと揚げて美味しくいただけそうな作りですが、魔術となると厄介ですねぇ」

「油でからっと…………?」



魔物は、特定の者以外の侵入を阻み、不法侵入者を溶かしてしまう恐ろしい結界を、美味しい揚げ物に例えてしまったご主人様に慄きつつ、これは土蛇の魔物の術界だと教えてくれた。


土蛇の魔物は茶色い蛇の形をした魔物で、普段は山の中で木の根元などに潜んでいる。

成人男性の肘から下くらいの大きさの蛇だが、獲物が近付くとぱくんと飲み込んでしまい、土蛇の魔物の毒で溶かしてしまうという大食漢だ。

冬眠する際にはこの屋敷に応用されているような魔術を使い、自分の巣穴に侵入する者を毒で溶かしてしまうのだという。


魔術師でもあるという目の前の屋敷の主人は、そんな土蛇の魔物の魔術と毒を借り、この屋敷の周囲の土地にそんな排他術式を敷いているのだそうだ。



一昨日の火の慰霊祭で、ウィームの火の気を強めてしまう事件が一つあった。


そんな事件の原因を調べたところ、郊外の楓の森の中でとある馬車が事故を起こしており、その馬車に積み込まれていた盗品のシャンデリアから逃げ出した火入れの魔物がウィームのあちこちに散らばった結果、火の気を強めてしまっていたことが判明したのだ。


なお、馬車ごとシャンデリアを盗んだのは異国の雇われ商人であったが、現場検証部隊があれこれ調べたところ、このアルビクロムに住む魔術師と、毎度お騒がせな第四王子が悪巧みをしていたことが判明したのだ。

もういい加減色々とお仕置きされて懲りたかと思っていた第四王子だが、やはり生来の無謀めな気質というか、擦り寄って様々な言葉を囁く外野もいけないのか、こうして新たな試みに乗り出したらしい。


どうやら、最初はその盗品のシャンデリアを乗せた馬車を、ウィームの中心地近くで建物などに突っ込ませて事故らせる予定であったようだ。


商人達には、シャンデリア強盗と密売で荒稼ぎしないかと持ちかけたようで、ウィーム中央にあるとある商社が密売先だと伝えられていた。

つまり、楓の森で亡骸で発見された彼等は、そこに強奪したシャンデリアの山を持ち込もうとしていたのだ。


その指定された商社の近くの道を通ると、馬車ごと吹き飛ぶような悪質な術式が馬車の貨物台の裏側に描かれていたことを、勿論、商人達は知らなかったのだろう。



(どうも、商人さん達と遭遇して、殲滅してしまったのは海嵐の精霊さんらしいけれど………)



そちらはアクス商会経由で一報が入り、魔術の道の継ぎ目で偶然遭遇してしまったその商人達が、自分達の姿を見てしまった海嵐の精霊を口封じに襲ったようだ。

彼等にとっては何とも運の悪い話だが、その結果、目的を果たせずに楓の森で全滅させられたのである。



エーダリアは、またジュリアンの目的を達成出来ないという悲しい因果の力が働いたのだろうかと遠い目をしていたが、ネアは、さんざん意地悪してしまった海嵐の精霊王が、実は自分でも認識のないままウィームの平和に貢献してくれていたと知り、少しだけ反省した。



楓の森で馬車が放り出されたくらいでもあれだけの影響が出たのだ。


街中であの馬車が爆発した場合、火の魔術に強い火入れの魔物達は、生き延びるだろうが確実に狂乱などの悪変をしただろうとエーダリアは言う。

慰霊祭の儀式会場にも近く、慰霊祭の為に訪れていたヴェンツェル達もその騒ぎに巻き込まれたかも知れない。

そうなれば、今回の問題はウィーム側の管理不行き届きということで、エーダリアが責任を負う羽目になったということだった。


また、そうではなくても、火の慰霊祭に火の事故が起きることほど、困ったことはない。

場合によってはウィーム内でのヴェルリアへの反感なども噴出しかねないので、ヴェルリアとウィームの関係を崩そうとする者達なりの、かなり狡猾なやり口であったのだ。




(でも、ヴェンツェル様はやっぱり頼もしかった………)



王都に戻り、火の慰霊祭は恙なく終了したと報告しつつ、だが、ウィーム側が事前に手を打ち大事には至らなかったもののとある反対勢力の妨害があったと王に進言し、その首謀者の処罰に関わる指揮権を要求したのだ。


首謀者の一人は身内ですので公には処分出来ませんから、せめて共犯者は内々に処分してしまわねばと言われた王は、頭の痛い第四王子の不祥事が外部に漏れだす前にと、その調査や処分などの権限を仕事の早い第一王子に委ねたのだそうだ。


なお、第四王子についてはネアがリーベルに贈った豆の精爆弾を進化させたものを用意し、触れるとかぶれる系の呪いをかけて部屋に放り込んできて、手打ちとしたらしい。


そのくらい滑稽な罰にしておかないと、ドリーや正妃などの報復で大惨事になったからだろうと、ヒルドは言う。


手を打つのが妙に早いなと思ったが、あまり事を荒立てたくないヴェンツェルも苦労しているのだ。

これでも膿出しには向いているので消してしまうには惜しい第四王子という逸材を残しつつ、彼の行いに激昂した者達も何となく脱力してもういいやという気持ちになる良い手法を教えてくれたと、ネアは、その発想力をヴェンツェルから感謝された。




そうして今日、共犯者である魔術師を捕える為に、ネア達はこのアルビクロムのお屋敷を訪れているのだった。



小高い丘の上にあるお屋敷を囲むように、周囲には木々が生い茂っている。

ウィームの木々とは色味が違い、こちらの木々は少しだけ黄色みが強い。

土地の魔術の質が違うからだと、ディノが教えてくれた。



「エーダリア様とヴェンツェル様を仲違いさせようとする悪い奴ですので、捕まえてしまいましょうね」

「そうだね。あの屋敷の中には、人間の魔術師の他にも代理妖精と魔物がいるようだ。全部捕まえてしまってもいいかい?」

「はい。魔術師さん以外は滅ぼしても構わないそうなので、抵抗したらくしゃっとやってしまいましょう!」

「このような備えをする生き物は、狡賢く残忍なことが多い。君が怪我をすると大変だから、私から離れないようにするんだよ」

「はい。いざとなれば、妖精さんと魔物さんは、きりんさんで滅ぼせるのでそちらは安心して下さいね」

「ご主人様…………」


ネアが一番手っ取り早い武器を誇ると、魔物がすっかり怯えてしまったので、万が一捕り物の騒ぎの中でディノが見てしまうと事故になると考えたネアは、どうしたものかなと首を傾げた。


「むむ。ディノにも害が及ぶと困るので、やはり踏み滅ぼすくらいか、激辛香辛料油にしておきましょうか」

「………………うん」


あまりきりんを世に解き放たないで欲しいという切なる眼差しで頷かれ、ネアは不安そうな魔物に微笑んで頷いてやった。

先程この魔物の大切さを噛み締めたばかりなのに、うっかり巻き添えで滅ぼしてしまったら大変だ。



(それにしても、大きなお屋敷だけど何だか色合いが…………)



それは、壮麗なお屋敷だった。

造詣などは屋根の下の部分の壁のレリーフなど、とても凝っていて素敵なのだが、どうも配色がいけない。

上品な色調でこそ美しいような造形のお屋敷は、なぜか紫と黒の配色なのだ。

いかにも悪さをする魔術師が住んでいますと言わんばかりの配色である。

ウィームより重めの色調の建物が多いアルビクロムでも、この配色の建物は珍しいだろう。


とは言え、緑地の少ないアルビクロムの中で、これだけ周囲に建物のない閑静な土地を押さえているのは相当な財力をもっている証でもある。



「土地の権力者風の方なのかなと思いましたが、ディノが見付けてくれるまで、誰もそのお家を知らないだなんて、あまり周囲の方達とは接点がなかったようですね」

「魔術師にはそういう者が多いようだよ。古くからその土地に住んでいても、周囲の人間達はその存在に気付いていないことも多い。ここは、魔術的な遮蔽地にもなっているから、こんな場所があることを知らなかった者達も多いだろうね」

「そう考えると、自分達の近所に、見知らぬ困った方が住んでいたら怖いですね…………」



何となくだが、アルビクロムよりはウィームの方がこのような遮蔽地を作りやすそうだ。

魔術初心者は、土地の魔術が豊かな場所の方が隠された場所が多いのではと考えて、少しだけ不安になる。



「ウィームの遮蔽地はよく整備されている。古くから住んでいる人外者達が、余計な争いなどが生まれないように管理していた部分もあるが、人気がある土地だからこそ、多くの者達が隙間を探しているからでもあるかもしれないね」

「皆さんが住みたいと思っているので、空いている土地にも目が行き届いているのですね?」

「そうなのだろう。高位の者達は表の土地に住みたがる者は少ないが、そんな人外者や魔術師達であっても、表でも構わないという者もいるくらい、ウィームは人気があるみたいだよ」

「まぁ………。そう考えると、私がアルテアさんから貰った土地は、とても貴重なものなのですね?」

「あの土地は、元々アルテアの土地として古くから管理していたものだろう。…………君に譲ってくれた部分も、本来は景観の一部として空けておくつもりだったんじゃないかな」



そう言うディノの横顔を見上げ、ネアは三つ編みをくいっと引っ張る。

先程お強請り出来なかった三つ編みを引っ張って貰えて、嬉しそうに口元をむずむずさせてこちらを見た魔物に、ネアは気になっていることを尋ねてみた。



「と言うことは、ある意味アルテアさんの領地のような土地だったのだと思います。…………魔物さんはそのような問題に敏感だと聞きますが、ディノは、そのようなところに別宅を建てられてしまっても嫌ではありませんか?」

「アルテアだからね、構わないよ」



けれどもディノは、あっさり許容しそう微笑んでくれた。

風に揺れる髪はいつもの擬態の色で、最近の服装は少しだけ軍服のテイストのある貴族風のフロックコートスタイルだ。

冬場にはご主人様の褒めたコートばかり着ていたように、この魔物は、服装などの上ではご主人様の趣味に寄り添うのがとても好きな魔物なのである。



「む。素敵な仲良し宣言ですね」

「いや、そういう意味ではなくて、………ああ、アルテアは友人だと思うよ」


仲良し認定を否定したところでネアが目を瞠ったからか、慌てて仲良しだということは確定させてくれつつ、魔物はアルテアの土地の持つ安全性の高さを説明してくれる。



「彼は選択を司る者だからね。彼がそれは君のものだと言及した以上、彼の持つ資質だからこそより厳密に、あの土地はもう君のものなんだ。そういう意味で、彼は自分の言動に縛られやすい資質を持つ魔物であるとも言える。それに、彼は終生君の使い魔になった訳だから、魔術的に君が上位になっていることでも安心なんだ。………アルテアなら、自分の領域は綺麗に魔術洗浄してあるだろうし、あのような贈り物をする上では、彼は唯一と言ってもいいくらいに安全な相手だよ」

「うむ。であれば、安心してあの土地のお家が出来上がってゆくのを楽しめますね!」



微笑んで弾んだネアに、ディノは優しく目を細めて頭を撫でてくれた。

やがてその土地に建てられた別宅で過ごせるようになる頃、ネアはお庭で白けものを走らせたり、お隣さんなアルテア邸に突撃しておかずを分けて貰ったり出来るようになるに違いない。



(楽しみだわ…………)



前の世界で暮らしていた家は、かつて家族で暮らした家としてとても気に入っていたが、修繕の必要な場所などが多く、決して万全な状態ではなかった。

ネアの脳内には、その頃からの庶民的に俗めいた欲求として、素敵な一戸建てへの強い憧れもあるのだ。



ごうっと風が吹き、ネアのスカートを揺らす。


ここで吹くのは気持ちのいい風ではなく、気象性の悪夢の前に吹く強い風のようなどこかきな臭さを感じさせる暗い風だ。



(でも今回は、襲撃して、捕獲及び打倒するばかりなので、そこまで怖くはないのだけど………)



それでもやはり、敵意を持つ者達に向き合うということは、そこでぶつけられる感情があるだろう。

それを思えば憂鬱なところもあったのだが、今回はこの特殊な結界の対処が難しかったこともあり、ガレン経由でネア達に回ってきた仕事なので、素敵に完遂させていただく所存だ。



「しかし、こういう時にはどう乗り込めばいいのでしょう?たのもう!と力強く乗り込むのか、無言で襲撃し黙々と滅ぼすのか、どちらが魔術師さんの心を抉るのでしょうか」

「心を抉る方でいくのだね………」

「…………むむぅ、やはり、ここは正々堂々と乗り込んだ方が、魔術師さんの想定している襲撃とは違って良いような気がしますね。そちらにします!」


属性にない攻め方をされた方が嫌だろうと予測したネアは、ご主人様の残酷さに困惑している魔物を引き連れて、土蛇の結界をものともせずにそのお屋敷の正面玄関に到着すると、ドアノッカーを鳴らしてまずは礼儀正しく来訪の挨拶をした。



「むぐ。誰も応答しません。在宅されていますでしょうか?」

「中にはいるから安心していい。扉を開けるかい?」

「ええ。ばいんと開け放つので、獲物が逃げないようにしてくれますか?」

「獲物なんだね…………」



次の瞬間、魔物はあまりも獰猛な人間の姿を目撃してしまい、びゃっと飛び上がった。



「たのもう!!逮捕しに来ました!!」


威勢のいい声を上げ、ご主人様が戦闘靴でどかんと扉を蹴り開けたのだ。

実はこの獰猛なご主人様は、先日ウィリアムがこの戦闘靴をバージョンアップした際に、封鎖結界なども踏み壊せるようにしてくれたと言われ、一度こんなことをやってみたいと憧れていたところだったのである。


かくして、ネアの願いを叶えた目の前の立派な木の扉は、ばりんと施錠魔術を破られてしまい、大人しくぱかりと開いたのだった。



「ふむ。このように素敵に開錠出来るのですね」

「ご主人様………」



実験が成功して満足げに頷いているネアの正面では、まさか堅牢な魔術に守られている筈の正面玄関がこうも容易く突破されるとは思ってもいなかった家令のような男性が、目を見開いて立ち尽くしている。

変なポーズのまま固まっているその家令は、すぐさまディノが魔術で意識を奪って、こてんと床に転がしてくれた。



「な、何事だ?!扉の魔術が破られたのはどういう……ふぐっ?!」


次に、声を荒げて階段を下りて来ようとしたのは、背の高い黒髪の妖精だったようだ。

ようだと曖昧にしてしまうのは、ネアが手にした激辛香辛料油な水鉄砲で速攻で殺してしまったので、そのまま階段で倒れて動かなくなってしまい、結局何色なのか断言出来ないままだったからである。


本陣は二階に違いないと、ネアはその妖精が降りて来た方を鋭い目で見上げた。

すると、隣にいたディノがふつりと微笑む気配がするではないか。



「おや、裏で何かの術式を組み上げているようだね。ネア、危ないから下がっておいで」

「むぐ。妖精さんは滅ぼしましたが、まだまだいるのでしょうか?」

「代理妖精は他にも二人いるようだよ。後は魔物が二人、魔術師の方は二階の奥の部屋だね。彼等はもうこの屋敷からは出られないから、安心していい」

「はい。では上の方達はディノにお任せしますね」

「これを握っておいで。少し離れても結界で覆っているから怖くないよ」

「三つ編みが…………」



ここでネアは三つ編みを持たされて後攻に回されたが、ディノの背中の後ろに隠れて液だれのしないような魔術調整をされた激辛香辛料な水鉄砲をしまっているところで、玄関近くの小さな物置のような隠し扉を開き、そっと顔を出した男性と目が合ってしまった。



「む………」


いい具合に金庫に手が入っていたので、流れるような動きできりんのぬいぐるみを取り出し、すぐにまたしまう。

ぼさっという音がしてディノが振り返った時にはもう、その男性は床に倒れて意識を失っていた。



「…………また狩ってる…………」

「た、たまたま、こやつが後ろから出てきたので、目が合ってしまったのです。ディノの見せ場を奪うつもりはなかったので、しょんぼりしないで下さいね?」


せっかくここからは自分の活躍の場だと考えていたのに、またネアが戦績を上げてしまったことで、ディノは少しだけしょんぼりしたようだ。


魔物の士気に関わるので弁明をしていたのだが、悲しげにこちらを見て撫でてほしそうに頭を下げるので、ネアは敵の潜んでいる二階に背を向けてしまった魔物に焦ってしまう。



「ディノ!背中が無防備になるので、その体勢はいけません。私の魔物の背中を大事にして下さいね」

「上の者達は、みんな捕まえてしまったよ」

「なぬ。何時の間に終わってしまったのですか?!激しくどったんばったんしたり、魔術合戦したりはしないのですね?」

「あまり高位の者はいなかったからね。表層の魔術を押さえてそのまま強く圧迫しただけなのだけど、すぐに意識を失ってしまったようだ」

「ほわ……………」



手を上げてえいっとやったり、長い呪文を唱えたり、ラズィルの学園の時のアルテアのように格好いい武器を取り出したりはしないらしい。

ネアは若干拍子抜けしたが、褒めてくれるかなと目をきらきらさせた魔物に気付き、丁寧に頭を撫でてやった。




「ディノはとても強いのですね。あっという間に悪い奴を倒してしまいました」

「あまり細やかなことは得意ではないけれど、こうして広範囲で押さえてしまうのは得意だよ」


そう言われてやっと、ネアは今日の魔物が褒めて欲しいモードである理由を理解する。

最近は何かと器用な魔物達の功績に触れることも多い。

ラズィルでもとても頑張ってくれたのだが、美味しい最後のとどめの部分はウィリアムが持って行ってしまったりしたので、こうしてネアに褒めて欲しかったのだろう。



(ちょっと寂しかったのかな………)



そう考えたネアは、えいっと伸び上がると魔物のおでこに口付けをしてやった。



「ネアが……………」



今回はくしゃくしゃになる前に固まった魔物に、ネアは微笑んでまた頭を撫でてやる。



「こんなにも頼りになって、大事な魔物はディノしかいませんね。敵のお屋敷の激辛香辛料油な香りのするところで言うことではありませんが、やっぱり、私の一番大事な魔物はディノなのです」

「……………ご主人様」


目元を染めてふるふるした魔物が、そっと爪先を近付けてきたので、ぎゅむっと踏んでやり、飛び込みなどの大技を要求される前に、帰ったら頭突きをしてあげる約束をしておいた。



ご褒美の連続がよほど嬉しかったのか、水紺色の瞳はきらきらとその澄明さを増し、えもいわれぬ美しい輝きでネアの目を奪う程だ。

こんなに喜ぶのだから、帰ったら大事にしてやろう。



「さて、まずは悪い奴を回収して、このお仕事を終わらせてしまいましょう」

「そうだね。早く帰ろう」


残念ながら正面の階段は激辛香辛料油まみれの妖精が転がっているので、二人はお屋敷の一階の奥のところから二階に上がる階段を登った。



「思っていたより、随分と大きなお屋敷なのですね…………」



屋敷の奥に進み、ネアが驚いたのはそのことであった。

どうやら横型長方形の建物だと思って見ていた面が、実際には、縦型設置の長方形の狭い面の部分だけを見ていたようだ。


奥にまでずらりと続く部屋の扉を呆然と眺めていると、ここは工房と呼ばれる魔術師の館特有の作りになっていて、この扉の全てが、魔術の研究室だったり、倉庫だったりするのだとディノが教えてくれた。


(工房……………)


試しに一つの扉を開けてみると、なぜかその扉の向こうには海辺の岩場があり、たくさんの逞しいペンギン達が寛いでいるではないか。

愛くるしい小さめのペンギンではなく、胸板の厚いどっしりとした体格のペンギン達が一斉にこちらを見たので、ネアはぱたんとその扉を閉じる。




「…………この扉はもう開けないようにします」

「毛皮や羽毛を持つものだけれど、今の生き物はあまり好きではないのかい?」

「愛くるしいというよりは、ふてぶてしいという感じの逞しさでしたからね。是非にあのまま、お部屋の中で静かに暮らしていて欲しいばかりでした」



しかし、経験に学ばない人間はその後ももう一つだけと扉を開けてしまい、部屋の真ん中に一本だけ生えた大きな木が、謎の童謡のようなものを歌っている現場を目撃してしまった。

ここも無言でぱたんと扉を閉め、ネアはもうどこにも寄り道しないことを心に誓う。




問題の魔術師は、ディノが目星をつけておいてくれた辺りの部屋で、無事に昏倒しているところを捕縛された。



ネアの予定ではこの魔術師と死闘を繰り広げた後、華麗に滅ぼして賞賛を受ける予定だったのだが、ただ床に転がっているところを縛り上げるだけとなる。


ついうっかり、栞の魔物の祝福を忘れて縛り上げてしまい、独創的な捕縛となったがこうなると二度と解けないので見なかったことにしよう。



「こやつを届けて一件落着ですね」

「持ち帰るのは私がやってあげるよ。帰ったら、頭突きをしてくれるのだろう?」

「一度だけですよ?」

「…………一度」

「むむぅ。そんな寂しそうな目をしてくる魔物には、止むを得ず二度して差し上げます!」

「ご主人様!」




なお、その日の仕事はそのまますぐに終わりとならなかった。

ネアが持って帰った魔術師を引き渡しながら、ペンギン部屋と歌う木の部屋の話をしたところ、かなりの禁術を部屋に蓄えていたことが判明し、今度はそのお屋敷の大捜索となってしまったのだ。



歌う木の魔術は、かつてガレンに所属していた魔術師の持つ禁術であったのだが、十年ほど前に誰かに殺害され、奪われたものであったらしい。


アルビクロムの騎士達が入る前に、急遽、ガレンの魔術師と、ダリルやアルテアも含むウィーム連合部隊でその屋敷の大掃除をすることになり、ネア達も参加を余儀なくされたのだった。



ネアが期待していた死闘は、そこで発見された紙吹雪の魔物とアルテアの間で行われることになり、ちょっと物足りない気分でいたご主人様に、絵面の様子がおかしかったものの戦闘的な場面を堪能させてくれたのだった。







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