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火の夜のお作法と竜の騎士




火の慰霊祭の夜には、火の気を見逃さないように火を扱わないというしきたりがある。

よってその夜、ウィームでは冷たい晩餐を摂るのが習わしだ。

慰霊祭に参加して疲れてしまうこともあるからか、素朴だが味付けのしっかりした料理が好まれる。



「すっかり遅い晩餐になってしまったな。だが、色々と助かった」


晩餐の席でそう労ってくれたのはエーダリアだ。

今年は火の気が多く、エーダリア自身もかなり場の調整に魔術を敷いたらしい。

少し疲れた顔をして帰ってきたエーダリアを見た途端、ぞうさんもどきで朦朧としていたノアがしゃきっとして、心配そうにしていたのが何だか印象的であった。



「いえ。私の方こそ、先程は魔物達の収容をヒルドさんに手伝わせてしまいました………」

「おや、頼っていただけて嬉しかったですよ?」



昨年は別々の晩餐であったが、ネア達が森から帰るのが遅くなったので、今夜は慰霊祭の後の食事となったエーダリア達と、一緒にテーブルを囲むことになった。

昼食に比べると簡素なものが多いというが、ネアにとっては立派なご馳走だ。



(大好きなビシソワーズもあるし、揚げた薄切りの豚肉と千切りにしたお野菜を酢漬けにしたものもあるし……)



遅めの晩餐でも食を進ませるように工夫した料理が多く、ネアはほくほくとテーブルを見回す。

温かいお料理ではないので、一度に並べられるのも何だか楽しい。


なお、食後には菩提樹の花のお茶を飲むのだが、このお茶は災い避けのものなので、災いの形を取る魔術を取り扱うこともある魔術師や魔物は飲まないのだそうだ。

ネアはどすんと大きなポットでこのお茶を出されてしまい、どういうことだと半眼で周囲を見回す。

エーダリアがさっと目を伏せたので、そちらからのはからいであるらしい。



「申し訳ありません、俺までお招きいただきまして」


そう口にするのは、客人であるベージだ。

彼は氷竜の客人であり、今回リーエンベルクの警護に力を貸してくれた恩人でもある。


銀色の騎士甲冑を着ていない彼の私服は、擬態している時のウィリアム寄りだ。

洗練されているし清潔感があるのだが、決して洒落者らしい玄人感がないことが、かえって親しみ易さを強めている。

言わば、両親に紹介しても安心系の素敵な男性の服装である。


そして、どこかエーダリアと配色が似ているので、こうしてリーエンベルクの会食堂に座っているとエーダリアの親族のようにも見えてしまう。



「好きに食べるといいよ」

「ありゃ。なんでヨシュアがそんな態度なのさ」

「僕達をもてなすのが、ここの料理人の役目だろう?僕に食事を食べて貰えるのだから、光栄に思うべきだからね」


食卓に着く際にも一悶着あって泣いたばかりな雲の魔物は、なぜかこの部屋の主のような振る舞いでいる。

出てきた美味しいサラダとビシソワーズに頬を緩めていたネアは、すっと目を細めた。



「うむ。ヨシュアさんは、森に捨ててきましょう」

「ほぇ…………」

「そうですね。礼儀知らずの者を庇護する程、我々も善人ではありません。幸いこの方は高位でいらっしゃいますので、お一人で帰れるでしょう」

「ネア、そこの妖精が苛めるよ…………」

「あら、私も悪い魔物さんは森に捨ててくるべきだと提言した側の人間ですよ?」

「ふぇ………。どうして僕を森に捨てるの?」

「現状、ヨシュアさんは保護されたという立場です。とは言え、今日は頑張って下さったので有難うと感謝されるところでしたが、リーエンベルクの料理人さんを粗末に扱う方であれば、残念ながら放り出すしかありません。人の心の動きというのは残酷なもので、感謝で生まれる評価の増え方よりも、不快感で失われる評価の方が圧倒的に大きいのです」


ぞうさんもどきを恐れないネアの隣の席ではないと知ってまだちょっと泣いているヨシュアは、そう教えられて悲しげに眉を下げた。

あざといばかりの儚さだが、少しでも隙を見せると甘えて悪さをする魔物なので、注意が必要だ。



「…………僕を大事にはしないのかい?」

「贔屓はしませんが、お利口さんでいれば、今日は頑張ったので褒めて差し上げます」

「…………僕は、食事くらい礼儀正しく摂れるよ。だから、褒めるといい」


こくりと頷くと、ヨシュアは少し自慢げに胸を張った。

素直に料理人への感謝も示したので、ネアはあらためて慰霊祭への協力のお礼を言った。


「もっとぼくを褒めるといいよ!」


今晩に限り、ヨシュアはとてもネアを慕っている。

しかしそれはヨシュアに限らず、ネアにびったり椅子を寄せてくっついてしまっているディノや、いつもよりヒルドの席に椅子を近付けているノアも同じだ。



先程、魔物達は禁足地の森で恐ろしい生き物に出会ったばかりだ。

そんな生き物を唯一畏れなかった人間を尊び、その側から離れたくないという困った生き物達である。



(夜寝るときは大丈夫かしら。ノアは一緒の部屋だからいいけれど、ヨシュアさんは泣いてしまいそう……)



明日は安息日になるが、それでもここにいる人間はしっかり睡眠派の我が儘な人間なので、ヨシュアには是非とも客間で頑張っていただきたい。



「それにしても、まだ私の知らない生き物もいるのだな。………ノアベルト?」

「エーダリア、食事中だからそういう話はやめようか」

「そうですね。では、西棟の外客用の衣裳部屋にかけられた、カーテンの話でもしますか?」

「ごめんなさい………」



ぞうさんもどきの話題になりかけたが、ノアはそれを巧みに避けた。

しかし、微笑んだヒルドに銀狐が悪さをしたカーテンのことを持ち出されぎくりとしたように固まる。

謝っているノアを見てふふんと微笑んだヨシュアだったが、自分のお皿からどかした野菜をさり気なくパン皿に乗せているのをネアはじっと見ていた。

食べられないものがあるのなら、今のお皿の端っこにどかしておくべきだ。

ヨシュアのように、フォークを魔法のように器用に使っても、ぽいっと葉っぱを投げるのはいただけない。



「ヨシュアさん、好き嫌いは仕方ないにしても、そのようなどかし方はいけませんよ」

「君は知らないのかな。サラダによくいるこの葉は、食べると苦いから食べないんだ」

「あら、とても美味しい葉っぱなので私は好きなのですが、ヨシュアさんは苦くて食べられないのですね?」

「た、食べられるよ。僕は人間なんかより、ずっと偉大だからね」


狡猾な人間に転がされてしまい、ヨシュアは慌ててパン皿に追い出していた葉っぱを食べ始めた。

香りが良くてサラダの中のアクセントになる香草の一種なのだが、ほろ苦さがあるので好みは分れるだろう。

リーエンベルクのいつもの面々ではみんな美味しく食べているので、色々な野菜が食べられないヨシュアが新鮮でもあった。



つんと澄ましてどかした筈の葉っぱを食べているヨシュアは、取り分けてしまったことでその葉っぱばかりを食べる羽目になってしまい、涙ぐんでいる。

とは言え、やはり昼間よりは凛々しいのかもしれない。



「ネア様は、好き嫌いはないのですか?」


そう尋ねたのは、スープが気に入ってしまったのかお皿がぴかぴかになるくらいに綺麗に飲んでしまったベージだ。

本体が大きな竜だと思うと、そんなお皿の様子が何だか食いしん坊のようで微笑ましい。



「辛すぎるものと、苦すぎるものは苦手ですが、大概のものは美味しくいただけます。嫌いなものというよりも、好きなものという区分の方がはっきりしているかもしれませんね」

「それは素晴らしいですね。確か、乳製品がお好きでしたよね?」

「ふふ、ベージさんとは食べ物が絡むところでよくお会いしますものね。ええ、乳製品はどれも大好きです!特にチーズには目がありません。ベージさんは、甘いものがお好きなのですか?」

「そうですね。よく仲間達には笑われるのですが、甘いものはかなり好きです。それと、棘牛と駝鳥は好んで食べます」

「まぁ!私の使い魔さんが、棘牛タルタルの名手なんですよ」

「と言われますと、あのスケート場の…………?」

「ええ。ベージさんに意地悪した、あの使い魔さんです」



かつてベージは、スケート場でネアと一緒に居る時にアルテアに意地悪をされたことがある。

ネアが擬態をしていたのでアルテアは最初気付かなかったようだが、その結果悪さをする様子を隣で見られてしまうという悲しい結末が待っていた。

そんなことがあったのだが、ベージは特にアルテアを恨む様子もなく、料理が得意な使い魔がいるのは良い事ですねと微笑んでくれた。



氷竜のお城の料理人は薄味好みで、あまりベージ好みの味の料理を作らないのだそうだ。

その代わり、親族にお料理上手な氷竜がいるので、ベージはその竜の家で食事を摂ることが多いらしい。

伴侶を亡くしたおばあちゃん竜で、お料理上手のその竜の家の食事の席には、いつも大勢の竜が集まるのだとか。



(確か、焼肉弁当を作ってくれているのも森竜さんだし、トンメルの宴の主催者さんも氷竜だったから………)



竜は質より量という嗜好が多く、あまり料理は得意ではないと聞いていたが、時折そのようなお料理上手や、食い道楽な竜が生まれるのだろうか。

ネアは、火薬の魔物も狂わせる焼肉弁当を思い、その氷竜のご飯を食べてみたくなった。



「ずっと不思議に思っていたのだが、………その、リーエンベルクに忌避感はないのだろうか?」



そう尋ねたのはエーダリアで、心配そうにそう尋ねられたベージは、おやっと目を瞠った後、柔らかな眼差しを微笑みに緩める。


檸檬色の虹彩模様のある水色の瞳でそうすると、色合いの繊細さに思わず見惚れてしまう。

逆に白に近く色味をあまり感じさせない水色の髪と合わせ、氷というものの持つ色彩の複雑さを感じさせてくれるのが、このベージだ。


「王のエイスは、あまり人間達とは関わらないという考えのようですが、俺は出来るだけ様々な者達と関わりたいと思っています。ただでさえ雪竜や氷竜は、その国で生活をする場合は一年の大半を、閉ざされた国の中で眠って過ごすことになる。関わりを絶とうとすれば容易いですが、それは果たして一族にとって良いことなのかと思わずにはいられません」


それにと、付け足してベージは微笑む。

今度の微笑みは穏やかなばかりではなく、どこか寂しげなものであった。


「俺は、まだ氷竜がリーエンベルクやウィームを守護していた時代の竜ですからね。共に笑い、手を取り合うことの愉快さを知っています。けれど、幸福な時代を知らず、戦争の記憶ばかりが鮮明で家族を亡くす恐怖を体験した若い竜達は、外の世界はただ大事な者を奪うばかりの過酷なものに見えるのでしょう」

「ああ、そうなのかもしれないな。………統一戦争では、氷竜達もその多くが王家の者達に殉じてくれたと聞いている。その苦しみが鮮明な者達には、ここは自分達から愛する者を奪った土地に見えることだろう」



エーダリアの話しぶりからすると、どうやら氷竜の王はあまり友好的ではないのだろう。

だからこそ、今日の火の警護に参加してくれたベージを騎士棟の客間に泊めてても構わないだろうかと騎士達から提案があった時、エーダリアは出来ればこちらの本棟の方に泊まっていかないかと声をかけたのだと思う。


失われた後のものしか知らないエーダリアにとっても、この氷竜は気になる存在なのだ。



「それは決して、ウィームだから、リーエンベルクだからということではないでしょう。元々、竜は自分の宝の為に死ぬことの多い種族です。だから仲間達も、決してウィームだけを恨んではいません。戦争というものの過酷さを知っているからこそ、ヴェルリアばかりを憎むこともない。その代りに、同族以外の者に心を傾けることを避け、国を閉ざしてしまった」

「翼を持つ生き物のくせに臆病だね」


そう言ったのはヨシュアで、ベージはその感想に淡く微笑んだ。


「俺もそう思います。ただ臆病でいる自由も確かにあるので、俺としては、そうであれ、望む者は外に出て行くことも出来るのだという道だけは閉ざさないで欲しいと思っているんですが…………」



竜は望みを欲する生き物なのだそうだ。


だからこそ、宝物を持たない竜は孤独なのだと言う。

氷竜の国の中にいるだけでは、その外で見付けられるかもしれない宝を見逃してしまうかもしれないと、ベージは、そんな一族の未来を案じているのだった。


「俺は幸福な竜です。国の外で、良き友人達や大事なものを得ましたし、前の世代の者であるからか、一族の中でも比較的自由でいられる。不幸で世界を閉ざさず、皆にも好奇心を持ち心安らかに生きて欲しいですね」

「お外には、美味しいものも多いですしね」

「ええ。あのカップケーキを買って行ったところ、部下の伴侶や姉妹達からは、また食べたいと強請られました。そのようなところからも、興味や心を広げていってくれるかもしれません」


とても良い話をしているのだが、ネアは手を伸ばしてネアの前のお茶のポットを取り上げようとしたヨシュアを叱らねばならなかった。


「こらっ!このお茶はいけません!」

「僕にだってお茶をふるまうべきだと思うよ」

「菩提樹の花茶なので、魔術が使えなくなってしまうかもしれませんよ?」

「ほぇ………。なんでそんな危ないものを、飲んでいるんだい。だから可動域が…」

「むぐる!」


ネアは失礼な推理に唸り声を上げたが、ヨシュアは堪えた様子もなく不思議そうに首を傾げている。

だから雨に濡れるんじゃないかなとまたしてもネアの心の傷を抉ったので、心の狭い人間はすっかり荒ぶってしまった。



「そんなヨシュアさんには、お仕置きです!」

「…………ずるい」


そう宣言したネアに、隣の魔物が悲しげに声を上げたが、そちらにはひとまず我慢して貰おう。

なぜかベージがしゅばっと立ち上がりかけたので、喧嘩になるのなら止めに入ってくれようとしたに違いない。

しかしネアは、もっと効果的で、洗練されたお仕置きを用意していた。



「僕を怖がらせることなんて…」

「パオーン」

「ぎゃあ!」



同じ心の傷を抉る方式で挑んだネアに、ヨシュアは真っ青になって飛び上がると、素早くヒルドの背中にへばりついた。

ヒルドは困ったようにそんなヨシュアを見てから、なぜか窓際の方のカーテンに視線を向ける。

よく見れば、ヒルドの隣の席にいた筈のノアの姿がないようだ。



「む。ノアも逃げ出しました………」

「隣を見てみるといい。ディノも一緒に隠れてしまったぞ」

「なぬ。…………むむぅ。確かにお隣の席が空っぽです……………」



窓際を見てみれば、魔物達は二人で固まってカーテンの中に隠れて震えている。

すっかり怯えてしまっているので、ネアは申し訳ない気持ちになった。

慌てて窓の方に行くと、べりっとカーテンを引き剥がして魔物達に悲鳴を上げさせ、幼気に震える魔物達から悲痛な眼差しで見上げられる。



「ご、ご主人様……………」

「ディノ、ぞうさんもどきはここにはいませんよ。怖がらせてしまってごめんなさい」


もう苛めないと約束して貰った魔物は、恐ろしい人間をぎゅうぎゅう抱き締めて許しを請う。

ネアは、仲間が投降してしまい、一人でカーテンの裏側に取り残されたノアもよしよしと撫でてやり、へばりつく魔物達に囲まれて身動きが出来なくなった。



「むぐぅ。浅はかな恐喝のせいで、動けなくなりました………。ヒルドさん、ヨシュアさんを背負わせてしまってごめんなさい」

「いえ。こちらは、床に蹲ったようですから問題ありませんよ」



ヒルドは背後の騒動には涼やかに背中を向けているが、エーダリアはしくしく泣いている雲の魔物を放っておけなかったのか、蹲ったヨシュアに声をかけてやっていた。



「鳴き真似だけ聞くと、どんな生き物だったのか気になりますね」


一人だけ朗らかに食事を続けていたベージは、一度立ち上がってネアがへばりつく魔物達を引き摺りながら席に戻る手伝いをしてくれ、そう微笑む。



「そうなんですよ!独創的な生き物で、………むむ、絵で描いてご説明します?」

「ネア、それはやめてくれ。氷竜の騎士団長をリーエンベルクで殺してしまってどうするのだ」



うっかり招待客を殺しかけたネアに、慌ててエーダリアがその凶行を止めてくれたが、優しいベージはそのような思い出もなかなか得られませんからねと笑って許してくれた。



「…………ふぇ。今夜は僕、ネアと寝てあげるよ」

「ヨシュア、この子の隣に寝てもいいのは、私だけだよ」



やっと顔を上げたヨシュアがそんなことを言い、ディノが悲しげに首を振る。



「ほぇ……。じゃあ、僕は誰と寝るんだい?」

「…………羽を掴むのはやめて下さい。お一人で寝れると思いますよ」

「ふぇ。…………じゃあ、シルハーンと寝る」

「今夜、シル達と寝るのは僕だからね。ヨシュアは、客間でも充分じゃないかな」

「………竜でもいいよ」

「困りましたね………」



ヨシュアはネア達は誰も一緒に寝てくれないとわかると、一番穏やかに見えるからか、ベージに懐いたようだ。


とは言え彼も客人であるし、万が一のことがあっては彼を招待したリーエンベルク側も困る。

結局、めそめそしているヨシュアは、面倒見の良く最近は塩の魔物からの強化で便利な魔術の扱いに長けてきたゼベルのところに引き取られていった。


騎士棟で騎士達みんなで面倒を見てやるそうなので、ゼベルに手を繋いで貰い、ヨシュアは少しだけ安心したようだ。

ネアはヨシュアに、もしぞうさんもどきが現れたら助けに行ってあげることを約束してやり、ノアは騎士達にヨシュアが困らせたら自分を呼ぶようにと念押ししていた。




「同じ悲劇に見舞われたアメリアさんやエドモンさんも一緒なので、それも嬉しかったみたいですね」

「みんな僕のボール仲間だから、一晩貸すだけなんだけどね」

「ボール仲間なのだね…………」



遅い時間になってやっと寝台に上がれたネアの隣には、今日はお泊まり会なディノとノアがいる。

ノアはおかしなことをしたら箱に詰めて森のあの貝殻の前に捨てて来るという誓約の下、ネアの隣に一晩限りの領地を与えられた。



「ところでディノ、さりげなくご主人様に三つ編みを巻き付けてはいけませんよ?」

「…………ご主人様」

「個別包装だというのに、なぜ三つ編みを侵入させてしまったのでしょう?そして、せっかく休むのに解かなくていいのですか?」

「…………今夜は君に三つ編みを持たせておいた方が安心だからね。これで怖くないだろう?」

「むむぅ。すっかりぞうさんもどきに怯えているのはディノなのでは…………」

「ありゃ。僕は何を持たせればいいんだろう。…………尻尾?」

「ノア、今は尻尾はありませんよね?」

「…………そうだった」

「ノアベルト…………」




カーテンを下ろした窓の向こうからは、いつもの健やかさを取り戻したウィームの美しい夜の森の光がこぼれてくる。


その煌めきを瞼の裏に残し、ネアは目を閉じた。

多少左右からの圧があるが、今夜も安心して幸せな眠りを堪能出来そうだ。




(ベージさんは、何を思って眠るのかしら……?)



リーエンベルクに泊まる氷竜は、晩餐の間にも何度か嬉しそうに目元を染めたり、少しだけもじもじしたりしていた。

こっそりそんな瞬間を発見しては、ネアはベージがかつて幸福な時代を見たリーエンベルクに滞在出来ることへ、懐かしさを噛み締め喜んでいるのだろうと考える。


エーダリアも、普段は新年の儀くらいでしか交流のない氷竜の滞在が嬉しかったのか、あれこれ話しかけていた。



(ベージさんとエーダリア様が仲良くなれたらいいな…………)




ネアはそんなことを考えて眠ったが、ベージが帰った後エーダリアにその話をすると、なぜか遠い目をした上司から、ベージの恥じらいはリーエンベルクに滞在することへの仄かな喜びではなく、もっと専門的なものだと教えられた。



それが何なのかは謎のままだったが、ともあれベージはその滞在を喜んでくれたようだ。

また遊びに来てねと約束をし、氷竜の騎士団長は氷竜の国に帰って行った。



入れ替わりのようなダナエから次のバルバの約束の確認が入り、ネアはこれから先の日々を思う。

こうして少しずつ知り合いが増え、賑やかな楽しくなってゆくこの世界は、どれだけ豊かになるのだろう。


来年はもしかしたら、氷竜のお料理などにもご相伴に預かれるだろうかと考えると、ほんの少しだけ、かつて暮らしていた一人ぼっちの家のことを考えたのだった。





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