串焼き肉とカードの戦 2
現在、リーエンベルクの会食堂では、第二回リーエンベルクカードバトルが行われている。
前回とは違い全員参加による脱落戦で、既にノアが最下位で国を失っていた。
暗い目で壺なんてと呟くノアに見守られながら、壮絶な戦いはまだ始まったばかりだ。
そして、そんなノアの呪いが届いてしまったのか、次に痛手を負ったのはエーダリアだった。
「………………疫病だ」
「おや、となりますとエーダリア様は、手持ちのカードの半分は捨てなければいけませんね」
「半分…………」
すっかり意気消沈し、エーダリアは考え抜いて何枚かのカードを捨てた。
カードを捨てる時には何を捨てたか見せなければいけない時があるのだが、疫病のカードの時もそうなり、エーダリアが悲しそうに見送ったカードを敵国のネア達が素早く観察する。
その中に絨毯のカードを発見したネアは、どこかで妖精達が命拾いをしたのだなと、ちらりと周囲を見回してみる。
ディノがそわそわしているので、まだお目当てのカードが来ないのかなと考えていたら、偶然にもご新規の引きで大事な魔物のお気に入りのカードが回ってきた。
(歌乞いのカード、………でも、私が揃えたいカードとは相性が悪そうだし、もう壺がないならディノに渡しておこうかしら)
きっとディノは、このカードを誰にも渡さないだろう。
そんな魔物のいじましい執着ですら、隣の狡猾な人間は利用せんという魂胆であった。
この魔物はご主人様のアイコンタクトにとても弱いので、さぁこれを取るのだという目をしてみせると、ふるふるしながら引いてくれ、ぱっと顔を輝かせる。
「ご主人様!」
「ふふ、良かったですね」
「おい、そこで共闘するなよ」
「む。いらないカードを取らせる為の高尚な心理戦なのです」
「ご主人様はいらなくない………」
「うーん、今のでシルハーンが何のカードを取ったのか分ったな………」
「だいたい、…………」
ウィリアムからカードを取ったアルテアが、そこでぴたりと黙った。
一回休みに追い込まれたので、どうやらネアが回していった枕のカードを引いたらしい。
戦力温存中なら嬉しいが、戦力を求めているか、捨てたいカードがある時には時には手痛い待ち時間になってしまう。
今回のカード遊びのルールは少し複雑で、手元で隠して運用するカードが五枚、自分の前のテーブルに広げて置く公開カードが最低五枚になる。
全部で十枚かと思わせ、新しいカードを引いた時、お隣さんからカードを引いた時、引いたカードと合わせて手持ちを捨てる時で増減があるので決して一律ではない。
余分のカードも並べるので、公開のものは最低五枚なのだった。
大抵の場合、公開するカードは戦力外のものの置き場となり、隣の人から厄介なカードが回ってきたらそこで相殺するのだ。
とは言え、そこで凌ぎきれない場合は隠していた戦力を割かねばならない。
テーブル中央の共用の山は二つで、一定期間ごとに新しいカードを引くご新規の山と、捨てたカードを裏返して積み上げてゆく山になる。
ご新規のカードの山がなくなると、捨てた山のものを下から足してゆくので、長期戦になると最初に捨てられたカードがどこで再登場するのかを把握しているかどうか、記憶力を生かした駆け引きも可能だ。
とは言え、予備カードを解放した総カード数は三百枚となり、探していたカードが一度も地上に登場しないままに勝敗がつくことも多々あるのだとか。
(む、林檎が来た…………)
林檎のカードは、とても可愛いが美味しいだけという謎の効果のカードである。
特に効果はないが、今回の遊び方で引いた場合は、飢餓のカードと合わせなければ捨てることが出来ない。
よって、隣の相手に引かせるべく地味に手持ちのカードの枠のものと入れ替えなければいけない困った林檎なのである。
手元で隠している五枚が全て温存したいものだと、それを一度公開ゾーンに置かねばならず、みんなにその国の隠し持つ戦力を知られることになるからか、みんなが警戒しているカードの一つだ。
幸い、公開しても支障のない嵐のカードを手元に持っていたので、ネアはそれを一度下に置き、無事に林檎のカードはディノに貰われて流れていった。
(………何だろう、やっぱりウィリアムさんが上手いのかしら?)
ネアが周囲を観察していると、ウィリアムからカードを引く度に、アルテアの顔色が悪くなってゆく気がする。
なぜだろうと首を傾げていると、アルテアが静かにメイアの妖精王のカードを公開の場所に置いたので、カードの入れ替えを強いられるようなものを何度も引かされてしまっているのだなと得心した。
主となるカードを全部出して無人の国になってしまったら終わりなので、妖精王などを敵が選んで取り易い公開ゾーンに置くのはあまりいい兆候ではない。
そんな苦戦を強いているウィリアムはただ穏やかに微笑んでいるだけなので、近所のお兄さんが朗らかにカードに興じているような雰囲気にしか見えなかった。
これはかなりの手練れだとネアは慄き、自分のカードをじっくり調べ直した。
「……………ジャガイモだな。私も敗退のようだ」
その頃、ネアが放流したジャガイモが、流れた先でエーダリアの精霊王を撃破したらしい。
ラフィアの精霊王を渋々手放し、エーダリアがふぅっと息を吐く。
変わって笑顔になったのはノアだ。
「うん。これで僕はもう一人じゃないぞ」
「おや、最下位であることは変わらないと思いますが」
「わーお、ヒルドが苛めるんだけど………」
「戦乱でもなく、ジャガイモで負けるのは口惜しいものだな………」
「ねぇ、僕の国を壺で殺しておいてそれ言っちゃう?」
「そ、そうだったな。すまない………」
敗退組は仲良くおつまみを食べながら観戦に入り、次に旗色の悪くなったのはウィリアムの攻撃が直撃しているアルテアのようだった。
疫病が出たのか、幾つかのカードが死んでしまい、酷く虚ろな目をしている。
そんなアルテアのカードを引いたヒルドも少しだけ遠い目をしたので、ウィリアムが新規のカードを引く度に、何かよからぬものがそのあたりに蓄積されているに違いない。
そして、ヒルドのカードを引いたネアが、メイアの妖精の女王をいただいたところで、ヒルドが次の敗退者となる。
「ですが、ネア様の国に引き抜かれるのであれば、仕方ありませんね」
「むむぅ。勝負事は手加減なしですが、ヒルドさんのお国を崩壊させてしまったのは少しだけ申し訳ないのです。…………なぬ、三枚も林檎だったのですね」
「アルテア様から回ってきまして………」
「となるとアルテアさんのカードも林檎地獄………?」
「さてな。次に俺のカードから引くようになるのはお前だぞ」
「まぁ、それは困りましたねぇ」
ヒルドが降りたことで、アルテアはもう手札が読まれることを承知の上でカードを切ることにしたのか、公開の位置に林檎を二枚置き、公開していたラフィアの妖精の魔術師と、ラフィアの妖精の騎士を取り戻したようだ。
しかし、不安そうに眉を下げてみせたネアが、巧妙に引かされてしまった林檎を飢餓のカードと合わせて華麗に捨て去ると、アルテアは暫く無言になってしまった。
ネアはその飢餓のカードを他の用途で使うつもりで隠してあったのだが、林檎地獄の対策に使うのも吝かではない。
しかし、次のカードで枕を引っ張ってしまい、あえなくネアも一度休みとなる。
(でも、そうなると次のターンでディノが、妖精さんか林檎を引くのかしら?)
ディノは次のターンでご主人様のカードを引けなくなると知ってしゅんとしていたが、表情を見ている限りはまだ歌乞いのカードは押さえているようだ。
そんなディノカードをウィリアムが引くのだが、おやっと眉を持ち上げてみせたので、どんなカードを引いたのだろう。
とは言え、アルテアが再び無言で妖精の騎士を公開ゾーンに置いたので、また林檎か林檎に準ずるものが動いているらしい。
なんと恐ろしい敵だろう。
「ネア、これ美味しいよ」
「む!ノア達のところに、アルテアさん特製のオリーブの肉詰め揚げを食べにゆきます!」
そっと自分のカードを置き、ネアはお口にオリーブ揚げを入れてもらい、もぐもぐやって気分転換をした。
こちらの角度からは誰のカードも覗けないので、例外的に休息に出かけられる中立地帯なのだ。
「ほわ、アルテアさんが悟りを開きました」
「お前ももうすぐ仲間入りだぞ」
お休みの間にノア達の方におつまみを食べに行っていたネアが輪に戻った頃にはもう、アルテアは既に悟りを開いたような静かな目をしていた。
その静かな目でネアが新規のカードを引くのを見守っている姿は、しょんぼりとしたちびふわを彷彿とさせる悲しさだ。
(そして、新規で悪夢のカードを引いた…………)
悪夢のカードは公開ゾーンに置いたので、アルテアが少しだけ羨ましそうに見ている。
上手く使えば強い事象のカードなのだが、残念ながらアルテアがカードを貰うプレイヤーはウィリアムなのだった。
そんなネアが、次のターンで、これだと決めてアルテアのカードに指をかけると、なぜかぐぐっと引っ張られるではないか。
はっとしたネアが見上げると、アルテアはどこか魔物らしい微笑みを浮かべた。
「むぐ!そのカードを離すのです!!引き止め禁止ですよ」
「いいのか?林檎かもしれないぞ?」
「ふっ、林檎が一枚ぽっち訪れようが、私はちっとも怖くありません。一枚ぐらいなら混ざっても可愛いカードですものね」
「ほお、いいんだな?」
「勿論ですよ。…………むぎゃ!また枕!!」
かくしてネアは、あえなくもう一度休みとなってしまった。
アルテアは、いつの間にか新規のカードで枕を引いていたのだ。
枕のカードは全部で七枚もある。
しかし、ネアがお休みしている間に、アルテアはディノに妖精の魔術師も持ち去られてしまい、新規でも戦力になるカードを引けなかったのか、静かに国を畳んだ。
「ふむ。枕で私を虐めた天罰ですね」
「やめろ………」
「ありゃ、アルテアの国も死んだかぁ………」
「お前の壺まみれとさして変わらなかったな………」
「どれどれ、………わーお、手札が五枚も林檎なんだけど………」
「林檎のカードは十枚しかなかった筈なのだが、この様子だと全部が動いているのか」
「こうして見ると、恐ろしいまでに林檎が集まりましたね……」
ヒルドの言葉には万感の思いが込められていた。
そんなやり取りを聞きながら、ネアは不安のあまりにごくりと喉を鳴らす。
次にウィリアムのカードを引くようになるのはネアなので、その前に勝負をつけたい。
(ど、どうしよう………)
勿論、この勝負では一定の事象を再現したり、現戦力で残りの国を撃破出来ると思ったらそこで勝負に出ることも可能だ。
その代わり、戦いを挑む国以外にも自分の手札が知られてしまうので、一度きりの大勝負となる。
そこで手札を明かすことによって、残りの国にこてんぱんにされてしまう可能性もあるのだ。
例えば今回のような場合、ネアの国の現戦力でディノを撃破するなら、ウィリアムの国も続けて撃破出来るだけの手札を揃えるのが理想だった。
(………………メイアの魔物の女王が来た!)
しかしネアは、祈るような気持ちで新規の山から一枚取ったところで、待ちに待ったカードの揃えに成功するというツキに恵まれた。
「ディノに勝負に出ます。メイアの妖精と精霊に魔物の女王様達と、悪夢に狂気、そして連鎖の鎖です!」
「ご主人様…………」
隣のディノが凍りついたのも仕方ない。
このカードでネアが再現した事象は、狂乱だった。
効果の強い災厄の系統の事象のカードには、ネアの示したカードの他に、エーダリアやアルテアの国の戦力を削いだ疫病などもある。
災厄のカードは、他の国から貰って来てしまうと自国を損なうものだが、ネアのように新規のカードで引いて温存してゆけば、このようにして人工的な狂乱なども再現出来る。
狂乱の再現は場合によっては諸刃の剣となる手なのだが、ネアはそんな狂乱のカードを自国から引き離す手も持ち合わせていた。
「そして、私の残存兵力は、壁とラフィアの精霊の魔術師さんでした」
「これはいい手だな。自国の狂乱を戦場に出し、壁の魔術で国を残したのか」
そう褒めてくれたウィリアムの方を一度悲しげに見ると、ディノはしゅんとしたまま自分のカードを広げてみせた。
メイアの魔物の王と、魔術師、歌乞いのカードがあるが、歌乞いのカードが無効化出来るのは魔物の女王しかいないし、妖精の女王の狂乱は理に守られた呪いになる為、必ず一人を斃してくれる。
「ふむ!全員狂乱したら恐ろしいということを再現したので、こちらの勝ちです!」
「ネアが狂乱した………」
「む。そう言ってしまうと誤解されてしまうので、やめて下さいね」
「それにしても、シルハーンもある意味凄い引きですね………。ネア、どうする?その手札で俺の国とも戦ってみるか?」
「……………むぐぐ」
いよいよ、ネアとウィリアムの一騎打ちだ。
ネアは、頭の中で素早く計算した。
疫病のカードや壺のカードで、既にかなりいい手札も死んでいる。
ウィリアムの前に並んでいるのは、連鎖の鎖に、ラフィアの魔物の魔術師だ。
手元に隠されているとしても、アルテアに引かせずに残ったであろう自国の戦力になるので、あれだけの林檎を経由させた以上はあまり残存兵力はないと仮定出来るのではないだろうか。
それに、ネアの国の狂乱の状態を次のターンでも維持するのは難しい。
うっかり新規で強い手札を引かれてしまったらおしまいだ。
にっこり微笑んでいるウィリアムの表情は読み難いが、ネアは勝負に出てみることにした。
「勝負します!」
「受けて立とう、俺のカードはこれだな」
「むぎゃ!枕と疫病!!」
ウィリアムがゆっくりと広げたカードは、ネアを絶望に追い込むのに十分なものであった。
ネアは、視線の先のあまりのカード揃えに呆然とする。
どうやら林檎は全てアルテアに行ってしまったのか、ウィリアムが広げたカードには狂乱すら寝込ませてしまう恐ろしい事象の組み合わせが並んでいるではないか。
枕と疫病に連鎖の鎖のカードも持っているので、ネアの国の狂乱部隊は全員病で床に臥せってしまうことになる。
ウィリアムのカードは、枕と疫病が単体でもとても厄介で、疫病でもネアは戦力の半分を放出しなければいけなくなるのに、それに連鎖を重ねられたら国がなくなってしまう。
枕のカードを複数枚持っているので、そちらでは三回以上連続で休むと問答無用で失格という連鎖を使った攻撃も再現可能であった。
「ふ、ふぎゅ。ウィリアムさんのお国に負けてしまいました………」
「ウィリアムは、国で唯一の戦力を下に並べておいたのだね」
「と言うより、こちらの手札を誰かに引いて貰わないと、俺自身も立ち行かなくなりますからね」
「戦いを挑まずに、自滅させる方法を選べば良かったです………」
「だが、それでも枕か疫病を引いた確率の方が高かったのではないか?」
「むぐ!」
「林檎を出し尽くした上で、お前はまだそんなカードを持ってたのか………」
「私とアルテア様のあたりで、林檎はだいぶ削ったと思っていましたが、まだそちらのカードがありましたね……」
ヒルドの言うように、複数枚ある林檎や枕のカードの内、その中のほとんどをウィリアムが握っていたことになる。
そう考えるとどれだけの運命力に恵まれたものか、そうそうのことで勝てる気がしない。
「お前から来たカードは、ほぼ全部林檎だったぞ。最初に規定数を取った時の、他の生き物はどうしたんだよ」
「シルハーンから引いたカードが強くて、相殺して捨てざるをえませんでした。俺も久し振りにこちらのやり方で勝負をしましたが、俺はいつも、戦力になる生き物は引けないんですよ」
「そ、それでも勝てないだなんて、ウィリアムさんは凄いですね………」
「そのあたりは、高位の生き物を引き当て易いネアとは違って、俺の場合は、勝てるカードを引き当てるというよりも、負けないカードを引き当てる確率が高いんだろうな」
「枕に負けてしまうのが、悔しいような気もしますが、枕で寝かしつけられてしまう女王様達を思うと何だか可愛いので良しとします…………」
こうして、第二回リーエンベルクカードバトルの優勝者はウィリアムとなった。
最下位の者から順に罰金代わりの支払いが発生するシステムにしてしまったノアとアルテアは、すっかり暗い目になる。
最下位のノアは、それなりに失うものは多そうだ。
「さて、まずはノアからですね」
「…………僕は、世界が優しいと信じてるんだ」
「ノアベルト…………」
「シルもそう思わないかい?あっ、目を逸らすのはやめて!」
どこか悲壮な目で世界を信じていた純粋なノアは、アルテアから塩の魔術結晶を五個も捥ぎ取られ、ウィリアムからは全裸での就寝の禁止を、ヒルドからは絨毯を傷付けてはいけないという約束を取り付けられてしまう。
「…………お前な、絨毯をまっとうに扱うことも出来ないのか」
「ありゃ。アルテアに誤解されたぞ………」
「アルテアさんの背中を優しく叩いてあげたくなりますよね」
「何でだよ」
しかし、すっかりしょんぼりしたノアに、エーダリアはノアのお城を見てみたいと発言して喜ばせた。
「うん。僕はエーダリアは信じてたよ!」
「そんなノアに、私の欲しいものを言いますね」
「シル、ネアの目が怖いんだけど………」
「どんなものを奪われてしまうのかな………」
「ノアは弟です!!」
「ごめんね、ネア。それは却下かなぁ………」
「なぬ!なぜここにきて初めての却下が出るのだ!!」
「ほら、庇護者としての魔術の方が割りがいいからね。安全な方で行こう」
「おのれ、押し切り難い専門的な話を出してきました………」
ノアを弟にする機会を奪われたネアはじたばたしたが、部屋の中がそれは確かにそうだという空気になってしまったので、ひとまず撤退し、次の機会を伺うより他にない。
「で、では、燃えるケーキのお店にまた連れていって下さい」
「ありゃ、そんなんでいいのかい?」
「ええ。あのお店のケーキはとっても美味しかったですし、やはりあのお店に行くなら、ノアと一緒に行くのが楽しそうです」
「うん。それならいくらでも。勿論連れて行くよ」
カードの勝敗を踏まえ、あちこちで様々な受け渡しが交差する。
エーダリアはヒルドから、決して一人で古本市に行ってはいけないと約束させられ、アルテアの為にリーエンベルクの客間の一部屋を訪問時の専用客間とすることになった。
ここでアルテアの部屋ではなく、専用の客間になったのは、優勝したウィリアムからアルテアが住み着くのは避けるようにと言われたエーダリアが頷いたからである。
ネアは、エーダリアと狐温泉に行く約束を、そしてヒルドにブナの森のトトラとのお茶会に一緒に来て貰う約束を取り付け笑顔になったが、その隣でウィリアムからどこかの国の悪さを制限されて暗い目をしているアルテアもいる。
「シルハーン、今度ネアを借りてもいいですか?流砂の国の砂風呂に、一度入ってみたいそうでして」
「…………砂風呂」
「水着を着て、砂蒸しにされる健康の為のお風呂なんです。壮麗な地下の宮殿跡を解放していて、みんなが気持ち良くて寝てしまうくらいなんですよ!」
「ああ、妖精の間でも流行っておりますね。瞑想などにも向いていると、イーザも通っているそうです」
「ご主人様と砂蒸しに…………」
稀な機会を奪われたディノはがくりとなったが、そんなディノは、アルテアには密かな何かを要請していたようだ。
「アルテアさんには、使い魔さんという立場を生かしてお願いがあります。使い魔さんがいると、ご主人様の力を分け与えることが出来るそうですから」
「却下だ」
「むぐる!まだ何を要求するのか、言ってもいないではないですか!!」
「じゃあ言ってみろ。どうせ捨てたい能力があるんだろ」
「栞の魔物さんの祝福…」
「却下だな」
「むぐる!」
ネアは仕方なく、銀狐の予防接種とは言わずに、近い内に重要な任務があるので、共に出かけてくれることを約束して貰った。
「ディノからは遠慮なく毟り取りますよ!」
「ご主人様…………」
「今度のお休みに、また旅行に行きたいのです。それもディノのお城でお泊まり会をと心に決めていました!」
「………私の城でいいのかい?」
「ええ。またお散歩したり、色々なお話を聞かせて下さいね。ゆくゆくは、あのお城でみんなで鍋パーティをする野望があるのです」
「鍋パーティ………」
「その時は、ギードさんにも来て貰いましょうね」
「ネア……………」
頬を染めた魔物がこくりと頷いたところで、
今度はネアがウィリアムへの支払いをすることになる。
「ネア、これからの冬告げの舞踏会も一緒に行ってくれるか?ジャンリのことで、さすがに俺も少し不安になった。不用意に同伴者を選ぶことで、火種のようなものを作りたくないからな」
「ほわ、そんな素敵なことでいいのですか?」
「ウィリアムなんて……」
「シルハーン、皆にはあなたの婚約者だときちんと公表して同伴しますから、安心して下さい」
「ありゃ、たかがカードの勝負で一生分なんて強欲だと思うよ」
「やめておけ、またあの陰湿なドレスを着せられるぞ」
「む?ウィリアムさんが用意して下さったドレスは、上品でとても素敵でしたよ?」
「成る程な、そっちの情緒も皆無か」
「解せぬ。謎に貶されました」
大団円と評するには暗い目をした者もいたが、カードバトルはここで無事にお開きとなった。
そしてその夜、ネアは嬉しい驚きと対面することになる。
「白もふ!!」
ネアの寝室を、お久しぶりの素敵な白けものが訪れたのだ。
「ディノ、白けものが遊びに来ました!!」
「私がアルテアに言ったんだよ。君は今日、雪豹を飼うのが子供の頃の夢だったと話しただろう?今日は色々なことがあったからね。特別にその獣が隣に寝ても構わないよ」
「し、白けものを抱っこして寝てもいいのですか?!」
ネアがふるふるしながらそう尋ねると、ディノは、微笑んで悪い夢を見ないようにねと言ってくれた。
もしかしたら、アルテアには悪夢の管理をする能力もあるので、それも踏まえてのことかもしれない。
とは言え、ネアは喜びのあまりに弾むしかない。
アルテアが白けものであることをネアは知らない体でいるので、興奮し過ぎてバレていることが分かってしまわないように頑張りつつも、白けものを沢山撫でてしまう。
「ほら、もう少しこちらにおいで」
「むぐ。普段は個別包装信者な私ですが、白けものを抱っこして眠れるのであれば、お隣にディノが必須条件でサンドイッチになっても構わないのです!」
それが、白けものを抱き枕にする為にディノが出した条件であった。
(ふかふかで、とってもいい匂い…………)
ネアは、こんなにも同じ匂いなのにバレていないと思っている使い魔の無垢さを愛おしく思いつつ、白けものを抱き締めて眠った。
ディノにも後ろから抱き締められているので、完全なるサンドイッチだ。
しかしその夜明け、声にならない悲鳴を上げて、ネアは飛び起きることになる。
頬に触れるものの質感が何やら妙だぞと考えていて、何だか気になってしまいそろりと目を開けたのだ。
すると、ネアの隣にはたいへんな肌色率のアルテアがぐっすり眠っているではないか。
どうやら、白けものの魔法が寝ている間に解けてしまったらしい。
「むぎゃ!はだか!!」
仰天したネアは慌てて逃げ出すと、魔物の巣から奪って来たタオルケットの一枚で、なぜか目を覚まさないアルテアを埋葬しておく。
すると今度は、こんな時間に控えめなノックの音がして、ネアは目を瞠った。
「夜明け前にどなたでしょう………?」
とても不思議なのだが、ディノもぐっすり眠り込んでおり、これだけの騒ぎでも目を覚ます様子はない。
「……………はい。ほわ、ノアにウィリアムさんです……」
「ネア、シルは起きない?」
「はい。ぐっすりです……………」
「やっぱり、幻惑の中での疲れが出たかぁ……」
うんうんと頷いてそう言ったノアがウィリアムと顔を見合わせたので、ネアは驚いてしまった。
どうやらこの二人は、そんなことを見越してこの夜明け前の時間にネア達の部屋に来てくれたらしい。
いつもの軍服姿ではなく、シンプルなシャツ姿のウィリアムに、直前まで寝ていたとわかるくしゃくしゃの髪に白いシャツ姿のノアが、ネアは何だか嬉しかった。
自分を案じてくれるのも勿論だが、こうしてディノの体調について考えてくれたのが嬉しいではないか。
「幻惑の中では、やはりかなり消耗したのでしょうか………」
「ネアは、ある意味正規の方法であの中に入ったが、自分であの中に入り、中で調整をし続けていたから、やはりかなり消耗したんだろう」
「そうだったのですね……………」
「だからさ、昨日はたくさん食べて飲んで、シル達は休ませてウィリアムがリーエンベルクに残っても不思議はないようにしたんだけど、……………ネア、もしかして部屋にアルテアもいる?」
「ふぁい。謎に裸でしたので、タオルケットで埋葬してあります………」
そこでノアは、声を潜めてネアにそう耳打ちしてきた。
ネアはウィリアムに白けものの秘密がばれてしまわないよう、こっそり返事をする。
「あー、もしかして、…………ええっと、僕がやっておくよ。ウィリアムは、ひとまずこの部屋にいてくれる?」
「構わないが、妙に不自然なのは、何かあったか?」
「む…………あちらのお部屋に見られると恥ずかしいものがあるので、ノアが片してくれるそうです」
「そう言われると、気になるな…………」
ノアはすぐに、白けものが魔物に戻ってしまったのだと察したらしい。
白けものがネア達の部屋に来るには、ノアの部屋の前も通るので気付いていたのだろう。
その事実を知らないウィリアムを含め、目を覚ましたアルテアが気付いてしまわないように、手を打っておいてくれるに違いない。
ネアも幻惑明けなので、何か後遺症のようなものが出てくると困るということで、この二人はディノが寝落ちしている間の保護者として部屋にいてくれることになる。
何としても、白けものがアルテアという秘密は、守りぬかなければいけない。
「片付けたからもう大丈夫だよ」
ノアがそう言ってくれたので寝室を覗くと、ネアの寝台の下に敷物が敷かれ、白けものはそちらに移動されていた。
すやすや眠ってはいるが白けものに戻されているので、ノアが魔術で白けものにしてくれたのだろう。
その光景を見たウィリアムからは、獣を寝室に入れてはいけないとお小言を貰ってしまったが、ひとまず、白けものの正体はばれずに済んだようだ。
ウィリアムがどこか鋭い目でネアの寝台を見ていたので、白けものを寝台に上げたのはばれたに違いない。
ノアが不自然に先に寝室に入ったのは、寝台から白けものを下していたのだと考えてくれたみたいなので、ネアは胸を撫で下ろした。
なお、今回に限り擬態の解けた白けものがはだかだったのは、ノア曰く、アルテアも幻惑明けで、着衣のまま白けものに擬態する力がなかったのだろうと言うことだった。
勿論それが通常の仕様なのだが、着衣のままで擬態する場合は、その服の部分も擬態後の姿に書き替えているそうで、疲弊して入浴明けなどにそのまま擬態してしまったのだろうと推理していた。
だからその夜の白けものは、ふにゃんと甘えたで撫でられっ放しだったのかなとネアは思い、お昼くらいまで眠りこけていた白けものを更に堪能した次第である。
ディノもその日はウィリアム達がずっと傍にいると知り、くたりとした様子でご主人様に三つ編みを持たせて甘えていた。
これでウィリアムが竜になってくれたら完璧だなと強欲な人間は考えていたが、その野望は、いつかウィリアムをカードで負かす日までとっておくことにしよう。