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串焼き肉とカードの戦 1




「お肉様です!」



その日の夜、リーエンベルクではウィリアムが買ってきてくれたサナアークの串焼き肉で串焼き肉パーティが行われることになった。


本来あのお店は持ち帰り用のものは販売していないのだが、終焉の魔物にそう言われた串焼きの魔物は、最近は見聞の魔物も来るのだとぼやきながらも、持ち帰り用販売をしてくれたそうだ。

ウィリアムの持ち帰りにはかなりお土産をつけてくれたので、ネアは大喜びでサイドメニュー的な野菜の和え物などもお皿に取り分けていた。




幻惑の世界の中で学園生活を終えたばかりのネアは、ヒルドに言われてお肉が届くまではのんびり過ごし、夜の串焼き肉パーティに備えさせて貰った。

すると、その間に、ダリルからエーダリアを介して、カルウィのニケ王子からのお礼が届いているというではないか。



「………むぐふ!……ニケ王子さんは、律儀な人なのでしょうか?」


お肉を頬張りながら、ネアは首を傾げる。


お礼のカードには、カルウィの訪問の際に使える便利チケットのようなものがついていて、それは王族からの恩賞を示すものなのだそうだ。

お店やお宿で高官待遇の便宜を図れるものになり、使うのはネアではなく、誰か親しい人に贈与しても良いということだったので、ネアはひとまずダリルにそのまま持っていて貰うことにした。

どちらかと言えば、ダリルの関係者の方が使う可能性は高そうだと考えたのだ。



(でも、そんなものを渡してくれるということは、やはりヴェンツェル様との信頼関係がしっかりしているのだわ………)


でなければ、見ず知らずの異国の民にここまでの便宜ははかれないだろう。

品物でも贈っておしまいにする筈だ。



「質のいい身代わりの魔術も、中々に仕込みが面倒だからな。育成に手間がかかる生贄が戻ってきて感謝してるんだろ」


そう分析するのはアルテアで、生贄であっても、エーダリアとダリルが結んでいるもののように入れ替えを可能とするだけの魔術の結びが必要になるらしい。




「と言うより、ネア様が、その幻惑を克服出来る能力のある者として認識されたからでしょう。あの方は、ある種エーダリア様よりも重症の魔術に傾倒した魔術師ですからね。あわよくばどこかで顔を合わせ、出て来れた方法を知りたいのだと思いますよ」

「ヒルド…………」



少しばかり皮肉混じりの言葉を聞きどこか窘めるような目をしたエーダリアに、ふっと微笑むと、ヒルドはそんなニケ王子の人となりをネアに教えてくれた。



「あの方は、薬草の類も、取り敢えず自分で一度食べてみようという気質の方です。加えて、王族としては理知的で物静かに見えますが、胸の内ではかなり辛辣な思考を持たれる方でしょう。柔和なようで人の好き嫌いもしっかり線引きされるので、ニケ王子と友人になったのが、王子としてのヴェンツェル様の最大の功績ですね」

「い、いや、兄上にはもっと様々な功績があるだろう………」

「勿論、あなたを認めておられるところも含め、ヴェンツェル様にも良い部分は幾つもありますが、やがて自身が王となる時に、最も警戒するべき国の王を最良の友とし得ることを可能とした功績は、それに勝るものはありません。この国は盤石な大国に育ちつつありますが、この国を脅かすものがあるとすれば、それはやはり、カルウィくらいのものですから」



ヒルドのその言葉に、エーダリアはもう少し兄の自慢をしたげにしていたが、ウィリアムが頷くと、目を瞠ってから自分もこくりと頷いた。

ヒルドやノアとはまた違う信頼の向け方として、エーダリアは、ウィリアムの言葉には素直に頷いてしまうらしい。



「国としての分かりやすい益を上げるよりも、争いを生まない人の繋がりを作ることの方が難しい。そのような関わりは、政策や戦術で得られるものではないからな」

「そういうものなのだろうか………。私は、領地を治めてはいるが、戦というものに対してはあまり資質がないそうだ………」



少しだけしゅんとしたエーダリアに、そりゃそうだとアルテアが笑う。


「ウィームの王族の運命的な資質だな。どれだけの賢王も、例のない程の可動域を持った魔術王も、なぜか戦の才能はない」

「ありゃ。何でだろうね………」

「…………そ、そうなのだな」

「ヴェルリアはその逆だ。あの国は特に海産業以外の資源に恵まれていた訳ではないが、どれだけ被害を出そうが、どんな王になろうが、戦では負けることがない。弱い王が王位を継ぐことはあるが、大きな戦などの時代になると必ず淘汰されてゆくな。ある程度、決まった流れなんだろう」



グラスを傾けながらそう言ったアルテアに、ディノがその理由を教えてくれた。

ネアはアルテアが作ってくれたトマトの冷製スープを飲み、疲れた体に染みわたる美味しさにむぐぐっと頬を緩めながらその説明に聞き入る。



「国というものもね、それだけの要素が集まるからこそ、魔術の場になるものだ。時折、名もないような新興の小国に大国が敗れたりだとか、小さな国であってもなぜか侵略を許さない土地があるだろう?」

「むむ。私はこの世界の歴史には詳しくありませんが、そのようなところは確かにあるような気がします。実在しなければ、物語にも出てきませんものね!」

「うん。この世界にもね、そのような土地が幾つかある。それは決して豊かであるとは限らないし、幸福であるとも限らない。けれども、そのように運命付けられたような土地なんだよ。それは、その国を取り巻く魔術の地脈や国として意図的に、或いは偶然に構築された魔術の場が、収穫や勝利の質を押さえているからなんだ」

「……………ウィームには、そういうものはないのでしょうか?」



少し不安になってネアがそう尋ねると、エーダリアも身を乗り出すのが分かった。

すると、その答えを教えてくれたのはウィリアムだった。



「ウィームは財産の質を持つ土地だ。それ故に、土地そのものは不可侵の質とも言える。ウィームそのものを滅ぼすことは出来ないが、統一戦争のようにより頑強な管理が可能な者が現れてしまうと、統治者の変更はあり得る」


初めて知ったことなのだろう。

エーダリアは一度静かに頷き、それから少しだけ寂しげに微笑んだ。


「………と言うことは、財産の管理者として相応しくないと判断されると、あのようなことはあり得るのだな…………」

「二度目はないな」



寂しげにそう呟いたエーダリアに、アルテアはひらひらと片手を振った。

ネアはその隙に、アルテアが飲んでいるのが氷河のお酒ではあるまいかと鋭い目で観察せんとした。

すると、じっと見ていることに気付いたのか、アルテアは無言でネアの前に自分のグラスを置いてくれた。

いそいそとそれに手を伸ばそうとすると、向かいのウィリアムが手を伸ばし、さっと飲み口を拭ってくれる。



「二度目はないと………?」

「ない。あの時代が特殊だったんだ。あの当時のカルウィは、大陸のこちら側にも欲を出していた。カルウィの侵攻を思い留まらせるには、こちらも同じ規模の盾が必要になる。ヴェルリアの質は勝利だが、カルウィも、似たような勝者の質を持つ土地の魔術だからな。それが均衡した以上は、これ以上にウィームを損なう事案はないだろうよ」

「カルウィは、どのような質を持っているのですか?」



ヒルドがそう尋ね、ウィリアムがどこか複雑そうに苦笑した。

ウィリアム程に多くの戦場を見てきた者はそうそういないだろう。

だがそれゆえの苦労もあるようだ。



「…………支配だ。俺としては、この国に手を出さないのであれば、その質を持っていてくれることは、かなり助かっている。あの周囲の国は戦乱が多いからからな。カルウィの規模で瓦解されると、正直なところ、俺でも収拾がつかなくなる」

「お国ごとに、そのような質があるのですね。知りませんでした」



(やっぱり、氷河のお酒だった!)


持ち出し禁止の筈の美味しいお酒に口角を持ち上げ、ネアが初めて聞く話にそう言うと、ディノが全てではないのだと教えてくれる。


エーダリアも一緒に目をきらきらさせて聞いているので、ネアはこの話が盛り上がってくれたことに少しだけ感謝していた。

幻惑の世界にいた間心配してくれていたのだから、この打ち上げは楽しんで欲しい。



「そのような質を持たない国も多いんだ」

「まぁ。では、必ずあるものや、なくてはならないものではないのですね………」

「けれども確かに、土地の質に恵まれた場所には大きな国が出来やすいのだとは思うよ。逆に、小国で質が安定しているところは、小さな土地の中だからこそ、その守りを盤石にする資質がたまたま整えられている事が多い」

「と言うことは、小さくてもなぜかついていた国が、欲を出して国を広げようとした途端に崩れてしまったりする場合は、その魔術の場が崩れてしまうからなのでしょうか?」

「そうだね。……とは言え、そちらのような後天的に整えられた土地の質は、私達でも理由が分からないこともある。なぜだか奇跡的に均衡が取れている、という感じかな」

「何だか不思議ですねぇ………」


ウィリアムはそんなケースの終焉の場面に立ち会ったこともあるのか、何だか遠い目をしていた。


「それはよくある話だな。良かれと思って人外者などの祝福を増やした国が、なぜかその後で急速に衰退することもある。そうして分裂したり、滅びてしまったりする国があると、その時の鳥籠はかなり荒れる」

「荒れてしまうのですか?」

「国力を維持したまま、崩壊に向かうからなんだ」

「確かにそれは荒れそうでした…………」



思いがけず興味深い話が聞けてしまいはしゃいだのか、エーダリアはどこからか地図を持ち出してきて、ウィリアムにあれこれと質問を始めてしまった。

聞こえてくる質問によると、謎の滅亡を遂げたとされる国があり、その土地の質が気になってしまったところがあるらしい。



その隙にと、ヒルドがノアに質問しているのは、統一戦争のことだ。


ヒルドが飲んでいるのは綺麗な澄んだ緑色のお茶のようなお酒で、薄荷のような爽やかな香りがする。

串焼き肉は気に入っているのか、いつもより食が進んでいるように見えた。



「統一戦争の時、ウィームには数々の高位の人外者達の加護があったと言いますが、それでも王都は陥落しました。……それも、質によるものが影響しているのですか?」

「あの時、その種の見極めが出来る階位の者は、ヴェルリアがウィームそのものを蹂躙したい訳ではないと理解した上で、あの戦争には中立の立場を保ったんじゃないかな。でも、僕は訳あって引き篭もっていただけだから、開戦を知るのが遅れたけど、知ってたらウィームを守ったかなぁ。………うーん、でもそうすると、エーダリアが生まれなかったから、これで良かったんだろうけどねぇ………」

「そうだな。お前がしゃしゃり出てきたら、ウィームは落ちなかっただろう。その隙に、ガーウィンあたりが手薄になって、カルウィに落とされていたかもしれないな」

「ありゃ………。まぁ、確かにそうなったかもね。そうなると、ウィームは残ったかもしれないけれど、近隣はあちこちで頻繁に戦乱が起きるような、暮らし難い土地になっていたかもね」



アルテアとノアの会話を聞きながら、ネアは当時のウィームには何やら思い入れがあったというアルテアが、なぜヴェルリアの側に立ったのかを理解した。

自分の思い入れから目を背け、一度大局を見据えて大陸そのものの均衡を図ったのだろう。

そして恐らく、他の多くの人外者達もそうしたのだ。



(だから多分、ダリルさんも中立の立場を取ってあの書庫を閉じたのだわ……)



だとしてもやはり、そこで失われたものがあまりにも多く、それは悲劇として語られるべき歴史なのである。

ヴェルリア側も統一そのものが目的であればもっと上手くやれなかったのかと言いたいところだが、そこにはまた、人の思いが複雑に絡んだのだろう。



(そうか。だからこそ、ヒルドさんやウィリアムさんは、ヴェンツェル王子とニケ王子の友情を高く評価するのだわ………)



一周回ってその問題もより納得がゆき、ネアはふむふむと頷いて美味しい串焼き肉に意識を戻した。

仕事終わりのゼノーシュ達も誘ったのだが、今日は月に一度のグラストの白いケーキの日なのだそうだ。

グラストの屋敷での晩餐になるそうで、こちらの会に参加出来ないことを残念がっていた。




「こいつも、ある意味魔術の場を持ってはいるだろうな」

「…………む?」



美味しくお肉を食べていると、そんなアルテアの言葉が聞こえてきて、ネアはおやっと顔を上げた。

するとディノが、以前開催したカードバトルの話だと教えてくれる。



「君はあの時、なぜか良いカードが手元に集まるのだと話していたよね。それはつまり、土地で言うところの、収穫や勝利などの質を備えているのかもしれない」

「僕さぁ、それって狩りで蓄積された収穫の祝福なんじゃないかなと思うんだけど、昔から?」

「ええ。元の世界にいた時も、イカサマをしていないゲームなら、負けたことはありません」

「わーお。本物だぞ…………」

「お前を軍師にすれば、ウィームに万が一のことがあっても、絶対に負けないような気がするな………」

「エーダリア様……」



ヒルドは呆れていたようだが、なぜか魔物達は全員頷くではないか。

ネアはこてんと首を傾げたが、ややあって確かにと頷いた。



「と言うか、ディノ達の力を借りて、お空に巨大きりんさん像を投影すれば、敵側の人外者さん達は殲滅出来るかもしれませんね」

「………ご主人様」

「いいか、やめろ。絶対にだ」

「ネア、それをされると土地の魔術そのものが壊滅状態になる可能性がある。そういう危険に見舞われた場合は俺が必ずどうにかするから、その作戦だけはやめてくれるか?」

「む!ウィリアムさんが味方なら負ける気がしないので、私もあえてきりんさんで大虐殺を行わずとも良いかもしれません」

「そうか、お前はそうやって強いカードを押さえるのだな………」

「む?」



その夜は、みんなで色々な話をした。

ネアが幻惑戻りの時に家族の話をしたのがきっかけになったようで、そう言えば話していなかったことなどが実はたくさんあることに気付いたのだ。

ネアは、ウィリアムがネアの憧れの騎士について知りたがったので、幼い頃に読んだ本について話したり、エーダリアがカルウィのニケ王子との出会いについて話してくれたりもする。



そして、味付け的にお酒の進む串焼き肉を食べている内に、またあのカードバトルをやってみようということになった。



「ありゃ。また僕が勝つけどいいのかい?」

「わ、私は見ているだけでもいいが………」

「全員参加だ」

「むむ。使い魔さんが謎にやる気に満ちているのです………」


前回の雪辱を晴らす機会を狙っていたのか、アルテアは既に袖を丁寧に折り上げているではないか。

ウィリアムは爽やかに笑っているだけだが、ネアは密かに、実は強いと言われたことを思い出し、この余裕を見せるとなると、かなり強いぞと気を引き締めておく。



「そうだな、勝ち抜いたらここを一部屋空けろ。いい加減、都度違う客間に通されるのも面倒だ」

「おや、ネア様と正式に契約された以上それは別に構いませんが、勝てますでしょうか」

「任せておいてよ、ヒルド。僕が負かしておくからさ」

「ほお?二度も負けると思うか?」



そんなやり取りをしているアルテア達を見ていると、ネアは顔色の悪いエーダリアと目が合った。

ネアと目が合うと、なぜか慄いた目でこくりと頷かれたので頷き返してみる。

ネアのお気に入りの棘牛のお皿をまたこちらに回してくれつつ、ウィリアムが微笑みかけてくれた。



「ネアとカードをするのは、初めてだな」

「はい!ウィリアムさんともカードで遊んでみたかったので、とても楽しみです!」

「ご主人様…………」

「ふふ、ディノと敵味方になるのは珍しいですが、容赦はしませんよ!」

「ご主人様が敵………」



一度は戦ったことがあるのにも関わらず、ご主人様と戦うという事態にディノはすっかりしょげてしまっていた。

既に負けそうなので、ネアはカードが強い方は格好いいですよねと、魔物を奮起させてみる。

しかしその一言は、壮絶な争いを前にした他の男たちの心にも火をつけてしまったようだ。



「ただ一番を決めるだけじゃ面白くないよね。勝ち抜けるごとに、敗者から何か貰えるようにしない?」

「そう言うからには、毟り取られる覚悟はあるんだろうな」

「俺は構わないが、シルハーンから何かを得るのは気が引けますね」

「お前が勝つ前提なのは何でだよ…………」

「そりゃ、俺もそれなりに自信はありますからね」



(男のひとという感じだなぁ…………)



ネアがまったくもうという優しい眼差しでそちらを見ていると、また、どこか悲壮な眼差しのエーダリアが気になった。



「心配しなくても、みなさんもエーダリア様の身ぐるみを剥がしにかかったりはしませんよ?」

「お前は、随分と余裕そうなのだな………」

「むむ。そうでもないのです。全員分となると、お願いを考えるのも案外大変ですから」

「やはり、優勝するつもりではないか」

「しかし、ウィリアムさんが未知数ですから、慎重にならねばなりませんね」

「ご主人様と敵……………」

「あらあら、勝負事をする際には、膝の上への三つ編みの置き去り禁止ですよ」

「ネアが虐待する…………」



かくして、第二回リーエンベルクカードバトルが始まることとなった。



時刻は晩餐の時間帯を少し回り、お酒もいい具合に進んできたので、室内は妙に熱の入った空気になる。


またしてもどこからか新しいカードがおろされ、ネアは前大会で人間の歌乞いのカードを巡っての謎の戦争も勃発したことを思い出した。



(今回も、王様をたくさん揃えられるかしら……?)



この世界のカードには、様々な事象や道具、そして種族がある。

魔物、精霊、妖精のそれぞれに光のラフィアと闇のメイアの属性があり、戦争と調停で勝敗を決める。


精霊には気体化してしまった無属性の王があり、上がりのないカードとして一番強い魔物のカードを行動不能にしてしまう人間の歌乞いのカードがあったり、いらないカードを捨てられる壺のカードや、何の意味もないけど絵は可愛い林檎のカードなどまで。


様々な意味や、そのカードに意味をつけるのに至った伝承の中には、隠された真実などもあり、ネアはこのカードがとても気に入っていた。



今回は最も複雑で、最も単純な勝負の形となり、ネアは誰にも負けないぞときりりと眼差しを厳しくする。



事象や道具のカードの全てを使い、全員で一度に戦うのだ。



「今回は、全てのカードを使うからな。お前はまず、カードの種類を覚えておけ」

「むむ。ご新規さんとの出会いが楽しみです」



うきうきしながら、さぁ見せ給えな感じに手を伸ばしたネアに、ノアが今迄はカードの箱に残されていた紙帯で留められたカードの束を出してくれた。


前回の大会では気付かずにいたが、こうして別になっていて、使わない場合はそのまま寝かされるようだ。

赤い紙帯をびりっと切って、何枚ものカードが広げられるのだが、それを広げるノアの手捌きがとても美しい。


意外だが、遊び慣れているぞという感じなのだ。



「こっちはあくまでも予備だからね。あんまり派手なのはないと思うよ」

「こちらには、妖精さんや魔物さんといった方達はいないのですね」

「そう。登場人物っていうよりも、小道具みたいなものかな。前に使ったカードの要素よりは弱いけど、本来の戦争はそういう要素も意外に戦況をひっくり返すからね」


前回の戦いでは、この予備階位と呼ばれる細やかな事象のカードは使わずに残されていた。

それを使うと勝負が複雑化するからなのだが、人数を増やして一度に勝敗を決める場合は戦い方が変わるので、その全てを使う遊び方になる。


今回の勝負では、それぞれのプレイヤーを一つの国として見立て、弱い国から負けてゆくので最下位から順番が決まってゆくそうだ。

よって、優勝者以外の者は、必ず何かの支払いを命じられるなかなかのデスゲームである。


勿論、あまり搾取されると死活問題になるエーダリアやネアだけでなく、お互いにあまりにも不利益となるような罰ゲームは却下してもいいという、あくまでも遊びの範疇のものであるが、この勝敗には魔術的な規制もかかるので色々と面白いことも出来るそうだ。




(だから、このようなことをヒルドさん達も許しているということそのものが、ここにいるみんなが仲間として信頼関係を深めたという事なのだと思う………)



それが分かってしまうのもまた、ネアにとっては何だか嬉しく擽ったいことであった。



「ディノ、この、…………謎の小鳥さんのカードは何でしょう?」

「雲雀だね。春先の雲雀達の喧嘩を示していて、触れない方がいいもの、関わらないでいたいもの、という意味なんだ。一回、新しいカードを引けなくなるんだよ」

「まぁ、少し不利になるカードなのですね。…………枕?」

「安息日のカードだね。こちらは一周休みだ。新しいカードは引けないけれど、カードの受け渡しもしないから、有利になる場合と、不利になる場合がある」

「ふむふむ。予備階位のカードも色々なものがあって面白いのです」



知らないカードが沢山のネアはまずそのカードの意味をあれこれ教えて貰ったが、一般的にもこちらのカードまでを使う勝負はそうそう滅多にあることではなく、他の者達もそこまで慣れてはいないそうだ。



(だからみんな、少しだけわくわくしていて、少しだけ緊張しているんだわ…………)




すると、今回の戦いでは、序盤から波乱の展開となった。




「ありゃ……………」


驚くべきことに、前回の一回戦優勝者であるノアが、真っ先に負けてしまったのである。

呆然と隣のエーダリアを見ているので、エーダリアの手で負けが決まったらしい。

思いがけず勝ててしまったエーダリアは、ぱっと顔を輝かせて、開始までの鎮痛な表情を晴れやかにした。



「エーダリアが、僕を壺で潰してきた…………」

「そうか、壺ばかり引いてどうしたものかと思ったが、戦力不足にしてしまうというやり方もあるのか!」

「その代り、壺のカードは全て出てしまいましたので、今後不利な手を引いても自分の意志では捨てられませんよ」

「今回は流れがいいのかもしれない。私とて、ガレンでは強い方なのだ」


壺がと呟いて呆然としているノアの隣で、初めて勝てたエーダリアは嬉しそうに椅子に座り直している。

ノアの国からすべての人材を出奔させただけではなく、まだ余裕がありそうなので他にも良いカードを持っているに違いない。


ネアはこっそり自分の手札を眺め、意気込みを新たにした。

なぜか精霊の女王とジャガイモが揃ってしまい、このジャガイモを壺で封じたかったので残念でならない。

とは言え今回は、どうやら女王のカードが集まりつつあるようだ。



(…………初回から枕も入ってるし……)



お隣はディノなので、このカードでディノを眠らせてしまうのもいささか気が引けるが、これはれっきとした勝負なのである。

ここは遠慮をせずに、他の仲間達の国も破滅に追い込むこととしよう。



にんまりと残虐な微笑を浮かべると、向かい側でアルテアがじっとりした目をしてこちらを見た。

どうやら、雪辱戦の割りにはあまりいいカードの引きではないようだ。





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