おやすみからおはようまで
「むぐるる!」
その日の夜、偵察から帰って来たネアは、こちらを見る二人の美しい魔物を、脆弱な人間の身で精一杯威嚇していた。
今夜の学園では、王都から来た軍人さんが殺されてしまったということで、全体説明会をした後に、生徒達も教師達も自室待機となったようだ。
ネアにはよく分からないが、核に近しい人間が閉じこもったことで土地の魔術が膠着状態になってしまい、今夜はこちらも待機状態になるらしい。
それは普通の世界ではなく、幻惑の中にいるからこその影響であり、待ち時間なのだそうだ。
ディノ達はあの素敵な彫像のあった部屋に仕掛けをしてきたそうで、今夜はのんびりの待ち時間で構わないと言う。
なので、ネアは安心してお風呂に入ろうとしたところであった。
ところが、入浴しようとしたところ、この魔物達がわらわらと付いてくるではないか。
今回の浴室は、トイレや洗面台と一緒になっていてとても狭いので、誰かと一緒に入るのは断固拒否させていただきたい。
「ネア、危ないと話しただろう?」
「淑女には淑女なりの、譲れない一線があります。それ以上こちらに来たら怒り狂いますよ!」
「いい加減に諦めろ」
「何でそちらの使い魔さんまで来てしまうのか、到底理解出来ないのです。………お二人が心配してくれているのは勿論分かっていますから、紐で繋いでこの扉は開いておいてもいいと話しているのに、それでは駄目なのでしょうか?」
ネアの妥協案はそこであった。
空間を分断しないようにするのであれば、浴室の扉を開いてその近くで背中を向けて座って待たれるのは仕方ない。
或いは紐のようなもので繋いでおき、離れないようにするという手もある。
(勿論、有事なのだからお風呂なんて毎回入らなくてもいいのだけれど………)
だが、床に倒れた時に引き摺られていたりしたら困るので、やはり髪は洗いたいし、しょっちゅう持ち上げてくる魔物達の甲斐甲斐しさにおける距離感を思えば、入浴もある程度必須であった。
「さぁさぁ、使い魔さんは、晩餐の準備に戻って下さいね」
「おい、その手の振り方は動物を追い払う時のものだろうが。やめろ」
「美味しいご飯を作ってくれる素敵な使い魔さんなので、後で頭を撫でて差し上げます」
「やめろ」
「では、私が一緒に…」
「ディノもアルテアさんも、淑女が入浴中の浴室に侵入したら絶交ですよ!…………ほわ」
その時のネアは、異なる種族の生き物達にそれがどれだけの問題なのかを理解させる為にそう言ったのだが、その途端に魔物達は目を見開いて固まってしまった。
ディノはじわっと涙目になり、アルテアはなぜか青ざめている。
「ご主人様…………」
「なぬ。…………なぜ、泣いてしまうのでしょう?…………アルテアさんまで、しょぼくれました」
ネアは、なぜか突然に心の折れてしまった二人の魔物に途方に暮れた。
よほど絶交という言葉が嫌いなのか、魔物という生き物は思っているより遥かに打たれ弱いのかもしれない。
「…………それはやめろ。洒落にもならない」
「…………そう言うという事は、お二人は私に絶交されたことがあるのですね?」
「もう二度と、鳥小屋は壊さない…………」
「鳥………小屋を……?」
ネアにはよく分からないことだったが、どうやら魔物達はネアが作った鳥小屋をうっかり壊してしまい、絶交されたことがあるらしい。
それ自体がとても心を損なう絶望であることと合わせ、付与した守護や契約なども不安定になるのでやめて欲しいと言われたので、そういう意味でも恐ろしい一言だったようだ。
ネアは、入浴どころか、すっかり疑心暗鬼になってしまった魔物達をあやしてやらなければいけなくなる。
正直、もう長生きをしている大人の男性なので、どうか頑張って心を強く保って欲しい。
「まったくもう、面倒臭………繊細な魔物さん達なのですねぇ」
「ご主人様………」
べったり羽織ものになってきたディノに対し、アルテアは、無言で美味しいお菓子をネアのお口に入れてくれた。
ぱりぱりとしたお砂糖とゼラチンでくるまれた中に、甘酸っぱい苺のジュレが入った素敵なお菓子だ。
こうして体験してみると、魔物によってご主人様の慰留活動のやり方が違うのも面白い。
「むぐ。美味しいお菓子で心が優しくなりました」
「よし、二度と言うなよ?」
「ご主人様…………」
「ディノにも言いません。ただ、入浴問題は何か他に案を…」
「髪の毛なら私が洗ってあげるよ。それでいいかい?」
「…………美容師さん?」
「君は時々、私の髪を洗ってくれるんだ。だから私も、君の髪を洗ってあげることは出来ると思う。そうすれば少し、気分も落ち着くのではないかい?」
「…………確かに、床に引き摺られたかもしれない髪の毛問題が片付けば、手足はさっと洗えますし、体は濡れタオルで拭くぐらいでもいいかもしれません」
「では、そうしよう」
「……………ですが、それだとディノに迷惑をかけてしまいます。仮にも王様な魔物さんに、そんなことは………と言うかもう、私が洗面台で髪を洗えばいいのではないでしょうか」
「ネアが虐待する…………」
「解せぬ」
すると、アルテアが髪の手入れをするということは、魔物にとっては愛情表現の一種なのだと教えてくれた。
決して負担にはならないので観念して任せておけと言うので、ネアは渋々、不器用な魔物に顔や首筋をびしゃびしゃにされる危険を冒して、洗髪を任せてみることにした。
するとどうだろう。
「プ、プロの洗髪です!………ほふぅ。ディノはとっても上手なのですね!!」
「ネアが可愛い…………」
「その感想は謎ですが、こんなに上手だとは思いませんでした。ディノ、髪の毛を洗ってくれて有難うございます。しかも、特殊な洗髪台を設置出来るなんて、魔物の王様は凄いのですね………」
「君が洗ってくれる時に、こういうものがあると洗い易いと教えてくれたんだ。それで作ったことがあるからね」
ディノが設置してくれたのは、美容院にあるような洗髪台に近しく、その上で魔術でもっと単純だが、それでいて便利になった不思議なものであった。
背もたれを倒せるようなふかふかの寝椅子は、魔術で体に沿った素晴らしい位置にぴたりと止まるし、浴槽に頭を傾ける時に首を支えるところは、何と結界で濡れないようにしたという柔らかな枕である。
魔術で浮かべた水の流れを調整しているので、水飛沫が飛んだり、余分なところが濡れてしまうこともないのだ。
勿論、専門の施設にあるような洗髪台ではないので、ディノは横から手を出して洗ってくれることになる。
けれども、手が長くて手のひらも大きいので、容易くネアの髪の毛を綺麗にしてくれた。
(浴槽にせり出した後頭部の部分も、空気の魔術で支えてくれているから、ふわっと寝ているような感じでとっても気持ちいい……………)
こんな技術があるなんて素晴らしいとネアは大絶賛だったが、髪結いの魔物ともなると、お客さんが普通に椅子に座っているところで洗髪台などもなくしゅわしゅわと髪の毛を洗えるのだそうだ。
またしても不思議で素敵な異世界の生き物を知り、ネアはご機嫌で髪の毛をすっきりさせた。
「ディノの洗髪は世界一ですね!」
「ご主人様!」
愛情表現の一種だからなのか、ネアに絶賛された魔物は目元を染めてへなへなになってしまった。
濡れた髪の毛も、ふわっとタオルで素早く乾かしてくれるので何のストレスもない。
「さらつやになりました!ディノ、有難うございます」
「うん。君が嫌でなければ、またいつでも洗ってあげるよ」
「まぁ、そんな素敵な提案をされると、駄目な人間になってしまいそうですね………」
「ご主人様は可愛い…………」
「む。謎の主張を始めました……」
「駄目じゃない。可愛い………」
ネアはその後、手足をお湯で丁寧に洗うと、ほかほか濡れタオルを作ってお腹や首筋などを丁寧に拭った。
しかし、さて背中に移ろうかというところで、盗難事件が発生するではないか。
「ほら、貸してみろ」
「むが!濡れタオル略奪犯め!」
「大人しくしていろ。背中をやってやる」
「……………むぐる。手は届くのです」
「だとしても、こっちの方が楽だろ」
「むぐ。…………むふぅ」
濡れタオル強奪犯は、何のてらいもなくネアの背中をほかほか濡れタオルで丁寧に拭いてくれた。
ディノにお願いしてタンクトップのような薄物を出して貰い、それを着ての作業だったのだが、さすが使い魔というべきか、背中の部分をめくるのにも何の躊躇いもない。
抵抗しようとして心地良さに負けたネアは、胸元がめくれて見えてしまわないように押さえながら、ちらりと背後を振り返った。
「アルテアさんは、お子さんがいるのですか?」
「……………………は?」
思ってたよりもずしりと重い沈黙が落ち、ネアの正面で、ご主人様の背中を拭く魔物に荒ぶり三つ編みを持たせていたディノが、はっと悲しげに目を瞠る。
ネアはこの沈黙は何だろうと首を傾げ、正面のディノに目で返答を求めてみた。
「とても面倒見が良いので、お子さんがいるのかなと思ったのです。或いは妹さんとか……」
「ネア、アルテアには子供も妹もいないと思うよ。………アルテア?大丈夫かい?」
「む。さては、触れてはいけない系の話題だったのですね。失恋されたばかりとか、そのようなことなのでしょうか。アルテアさん、不躾な言葉で傷付けてしまって御免なさい。きっとまた、素敵な女性に出会えますよ」
「やめろ…………」
「むが!」
心を尽くして謝ったのに、背後からごつんと頭の上に顎を乗せられ、ネアは怒りのあまりにじたばたした。
心の傷口を抉ってしまったのならそのお叱りは甘んじて受けるが、とは言え顎置きになるつもりはない。
「ディノ、アルテアさんが私を顎置きにします!」
「アルテア、君はまだこちらのネアとは履歴が浅いのだから、あまり困らせてはいけないよ」
「……………面倒見がよく見えるのだとしたら、それはお前の世話を焼いてきたからだろうな」
「む。………そうなると、使い魔さんとしての時間が、今のアルテアさんを作ったのですね………」
アルテアはそんな評価にも物言いたげにしていたが、背中を拭き終えたのか、大人しく濡れタオルを返却してくれた。
晩餐の準備で厨房に消えていく魔物を見送っていると、ディノがなぜアルテアが面倒見がいいのかを教えてくれた。
「ネア、アルテアは君に懐いているし、元々とても器用な魔物なんだよ。人間などの社会に紛れ込んでいることもあって、様々な職業を経験している。それに、家周りのことなどは、元々自身でも好んでいるようだ」
「あんな風に艶っぽい男性の方に見えるのに、実は家庭的な魔物さんがいるなんて、こちらの世界はとても面白いです………」
「家庭的…………」
ディノは少しだけ困惑していたが、ネアが家庭的な人の特徴を説明してあげると、それはアルテアだねと納得してくれた。
しかし、家庭的な人は良いお嫁さんになるのだと付け加えられると、アルテアはお嫁さんになるのかなとしゅんとしてしまう。
「アルテアは、誰かの下に嫁ぐつもりなのかい?」
その結果、ディノがそんなことをアルテアに尋ねたのは、晩餐の時だった。
ネアに焼きたてのパンを振舞ってくれていたアルテアは、思いがけない質問に固まったようだ。
「…………は?」
「ネアがね、君は良い花嫁の資格を持っていると言うんだ。人間の女性は、そのような能力を婚姻の前に磨くらしいよ」
「……………嫁ぐつもりはない。…………おい、お前も食べてないでちゃんと聞いておけよ?」
「…………むぐ?パイ生地の中に鶏ハンバーグのようなものが入っています!美味!」
「鶏挽肉と香草を合わせたものを、生ハムで巻いてパイ生地で包んである。ソースはマスタードソースだな」
「もう、使い魔さんは我が家にお嫁に来て欲しいくらいなのです」
「ネアがまたアルテアに浮気する………」
「しかしほら、満更でもないお顔ですよ?」
「……………な訳あるか」
「むぎゃ!わ、私のパンを奪われました!!……焼き立てのものにバターを塗るので、返して下さい!」
ここでアルテアは、パン質を返す代わりに、子供もいないし、失恋もしていないし、ましてや花嫁にはならないときっちり理解するように求めてきた。
「終身雇用を目論んだのですが、逃げられてしまいました…………」
「使い魔の契約はお前が死ぬ迄だ。それでいいだろうが」
「…………まぁ。既に終身雇用になっていたなんて………。でもそれなら、これからもどうぞよろしくお願いしますね」
ネアが、そこまでしっかりとした約束を交わしていたとは知らずにいたことを恥じ、あらためてきちんと挨拶をしてみると、アルテアは機嫌を直したのか、パンを解放してくれただけでなく、ぞんざいに頭を撫でくれた。
(ディノもそうだけど、魔物さんというのは自分に関わりのある相手には、相応の愛情を求めるのかしら………?)
わすわすと頭を撫でられながら、ネアはその可能性について思案してみる。
オウクが契約した砂靄の魔物も、あんな風に突然現れた老紳士風後見人的な素敵に渋い言動でありながらも、オウクによく首元の毛を撫でさせていた。
タリナの契約したファンミンは手を繋ぐのが大好きだったし、いつもタリナにくっついていたような気がする。
(ああそうか、………他の歌乞いさん達に感じなかったのは、そういう、執着ではない愛着のような心の動きなのだ………)
それぞれに、自分の歌乞いには執着していたようだが、それは心を求めるようなものではなかった。
とは言え、リドラの契約の魔物は彼女によく触れていたように思うのだが、やはり何かが違うような気がする。
「ネア、何か気になるのかい?」
「本物の契約の魔物さんというものについて考えていました。リドラさんの魔物さんは、彼女によく触れていましたが、やはり本物の契約の魔物さんとは違う気がします」
ネアがそう言うと、向かいのアルテアが露骨に顔を顰めて嫌な顔をする。
「あれは、収集物としての容れ物への執着だ。中身はどうでもいいようだな」
「…………ぞくりとしました」
「契約の後で命を使い果たしたら、肉体を譲り受けるつもりのようだね」
「まぁ、その対価で交渉が成立したってことだ。放っておけ」
「…………そう言えば、歌乞いという仕事は、対価として魔術も削ると聞いています。私の魔術でディノは足りているのですか?」
ネアは、そのことに気付いてひやりとした。
するとディノは、おやっと目を瞠りふんわり微笑んだ。
「私は君との契約では、命を削らないよ」
「む………。魔術ではなく、命なのですか?」
「この学園では、正しい教え方をしていないんだ。本来、人間は混ざりものでない限りは、自身の身には魔術を持たない。唯一自身から生み出せるものがあるとしたら、それは契約で書き出す己の命や魂を、魔術に換算するしかないんだよ」
「つ、つまり、………命を削って魔術として渡しているのですね?」
「うん。でもそれは、魔術の理の上で避けられないことだ。君とアルテアの使い魔の契約のように、契約には様々な形があるけれど、歌乞いの契約はどんな対価であれ、その元手として己を対価にしたものだからね」
ネアは、少しだけ慄きながら頷いた。
そんなに極端なものだとは思わず、ネアは差し出す魔術は消耗しても回復出来るものだと思っていた。
(例えば、頭を撫でて貰うことを対価とする魔物であれば、頭を撫でる時に歌乞いは魔術を消費するというような説明だったのに………)
その魔術は命を削って作っているもので、削られた命は元には戻らないものだという事なのだと理解すれば、これがどれだけ危うい契約なのか、ネアにもよく理解出来た。
だからこそ心を捧げて契約を結ぶ魔物側にも、かなりの覚悟が必要になるのだろう。
「歌はその対価にならないのですか?」
「歌は、召喚の詠唱代わりになる。普通であれば、召喚の魔術はかなり高位の魔術師でなければ使えない。それを下位の者でも可能にするのが、歌の技量なんだ」
「と言うことは、本当に優秀な魔術師さんであれば、歌乞いで魔物さんを呼んだりはしないのですね?」
「対価が限られてくるから、その不利益を打ち消す為の策がなければしないだろう。とは言え、歌乞いであれば己の技量以上の契約を可能にする事もあるからそれを望むかもしれないし、たまたま歌声を聴いた魔物が契約を望むかもしれない。そうすると、己の命の残量を見極めて契約を結ぶ者もいるんだよ」
人間は、魔術可動域の高い者の方が長生きするらしい。
高名な魔術師だと、長く続く生に飽き、その残り時間を契約の魔物と過ごす事で短縮化したりすることもあるそうだ。
(穏やかな老後に契約の魔物……みたいな感じだろうか………)
そんな老後の楽しみ方も気になったが、ネアが一番気になったのは魔術可動域と寿命の関連だった。
「ディノ、………その、私はあまり長くは生きられないのですか?」
ネアはあまり長生きに拘る方ではないが、安全で優しいところで暮らしているのであれば、まだ美味しいものを食べたいし、せめてこの不思議な世界をもう少し見てみたい。
少しだけ心配になってそう尋ねると、こちらを見た魔物は水紺色の瞳を瞠って微笑んだ。
「君は長生きするよ。可動域が極端に低いことでも、長生きになるんだ。私とも契約しているしね」
「なぬ…………」
「とは言え、可動域が低い人間は、出来ないことが多く独立して生活していくことが難しい。国が可動域の低い子供をどう扱うかで、生き延びられるかどうかは変わってくるぞ」
そう付け足して教えてくれたのはアルテアだ。
「………そ、その、ウィームとやらは……?」
「ウィームは可動域の低い子供達の保護にも手厚い土地だが、そもそもお前はこいつと契約して、俺を使い魔にしている以上、その守護で生きていけるだろうが」
ネアはよく分からず不安になってしまったが、可動域の低い人間が生き辛いのは、こちらの世界では、洗濯などの日常生活に纏わることにも魔術を使うからなのだそうだ。
また、魔術への抵抗値が低いと魔術に触れることで体が硬化してゆく病に冒されることもある。
そのような理由で自立が難しいのだが、幸いにもネアは抵抗値はかなり高く、また、生活している領主館では洗濯などは専門の洗濯妖精がしてくれるらしい。
「………と言う事は、急にお洋服にしみをつけてしまっても、自分では洗えないのですね………」
「そういう事になるな。まぁ、その場合は誰かに修復寄りの魔術をかけさせろ。俺やシルハーン、ノアベルトなら可能だ」
「修復の魔術………」
「本来の修復を司る者は失われてしまったけれども、上位十席くらいの魔物なら、洗濯程度の修復なら容易く出来るよ。本来、細やかな作業は苦手な魔物なのだけれど、終焉に近しいものは終焉を司るウィリアムが一番長けている」
「先程の軍服の方ですね!」
「ネアが虐待する…………」
「むむぅ………」
(でも、上位十席くらいならと言うくらいに、洗濯程度の修復でも修復は難しいものなのかもしれない………)
核探しの基本方針は固まっているので、その日の夜は和やかにお喋りをしてから就寝することとなった。
ネアがあまりにもセスティアが崇めているに違いない石像のモデルに会いたがるので、荒ぶった魔物が一度ムグリスになってお腹を差し出してくれたりもしつつ、素敵な食後の語らいを楽しんだ。
「おやすみなさい」
「おやすみ、ネア」
「また寝ぼけて暴れるなよ?」
「む…………?」
なお、就寝時には高位の魔物達がとても素敵な魔術を使い、寝台の幅を広げるという荒技で三人で並んで眠ることになった。
(おやすみと誰かに言って眠れるのは、何だか素敵だわ…………)
ネアは手のひらに残る、先程まで撫でていたムグリスのむくむくした感触を噛み締めて目を閉じる。
美味しいものを食べて、あれこれお喋りをして、おやすみなさいと眠りにつく。
団欒というものの持つ破壊力に、あっという間に心を駄目にされてしまったネアは、ほこほこした気持ちで眠りの淵に沈んでゆく。
明日の朝になれば、おはようと言って顔を合わせるのだろう。
そしてそれは、これから先も続くものなのだ。
だから、ネアは眠りの淵でこう思う。
(例え、ディノとの契約が命を削るものだったとしても、それでも私はこの魔物と契約したに違いない………)
すると心の淵の向こうで、自分によく似た誰かが、そうなのだと頷く。
この温もりや愛おしさが手放せないからこそディノと歩いてゆくと決めたのだと、そう呟く自分の声が聞こえた気がした。