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外客の魔物と内客の魔物




その部屋は、胸が悪くなるような悪趣味なところだった。



赤みの強い飴色の床に、色使いの強い絵画を飾った赤紫色の壁。

天井は深緑にぎらつく黄金の装飾で、低俗なのもいいところという最悪な色合わせである。


まずそんな部屋に滞在しろと通されただけでも不愉快であり、その後は何かと理由をつけて学園内を探索したが、一目でネアだと分かるような人間は見付けられなかった。



(あえて、瞳の色をそのままにしてあるんだが、…………あいつの方が、姿や記憶に改変をかけられている可能性があるな…………)



そう考えると胸が悪くなる。

この土地にはどうやら、ウィリアムの鳥籠のような独自の閉鎖魔術が敷かれているようだ。


ネアについてこちらに足場を作ったシルハーンが、まさかの魔術侵食の時間切れでリーエンベルクに弾き戻されてきたのは、つい先程のことだった。



『向こう側では、九時間経過している。こちらは、………まだ十分程度なのだね。ノアベルト、私は道を整えてから完全に向こう側に降りるよ。内側と外側で時間の流れがかなり違う。それを調整しておくれ。ネアが囚われている街は恐らくラズィルだ。国営の、武器として消耗品扱いにする為に作られた歌乞いの育成場がある』



それだけを言い残し、シルハーンはまたすぐにネアの囚われた幻惑の魔術の中に戻った。

本来の計画であればアルテアは外側に残る筈であったが、その言葉を聞き、自分も幻惑の魔術の中に潜ることにする。



『俺も行った方がいいだろうな。シルハーンがネアの側に付くなら、ノアベルトがこちらでの調整に時間をかけた場合に備え、内側から核を壊す手も必要だ。………ウィリアム、もしもの時は、今代の犠牲を使え。俺よりも器用なのはあいつくらいだ。……それが駄目なら、多少技量は落ちるが、アイザックか、なぜかランシーンに居着いたドーミッシュ、或いはヨシュアあたりだな』

『ありゃ。僕の方が犠牲よりは器用だと思うけど?』

『俺達が戻れないとしたら、お前も仕損じた時だろうが』

『そりゃそうだけどさ、僕は、特にネアに関することでは絶対に失敗しないからね』

『ウィリアム?』

『…………わかりました。くれぐれも、シルハーンとネアを頼みます』

『ああ。任せておけ』



エーダリアやヒルドにも深々と頭を下げられ、幻惑の中に下りた。



ざあっと、申し訳程度に植えた木々が揺れる。

澄んだ果実水のような星の系譜の魔術の香りと、終焉と鳥籠の余韻。

シルハーンの言うようにここはラズィルで間違いないだろう。

つい先日、純白の餌とされて滅ぼされた街だ。



星竜を祀る宗教施設の建物群があり、それらは歴史的な価値が高いので壊さないようにと、カルウィの王子は純白に命じたらしい。

国力を削ぐ為にその街を滅ぼしたが、宗教施設などの心の拠り所が失われると人々の復興に向ける気力が持ち直せなくなることが多い。


あくまでも一時的に国力を削ぐ為の施行であるので、復興を困難にする悪手は避けた、中々に狡猾な戦法だった。

恐らく、新たな魔術資源の採掘に沸くその国を危険視して、カルウィの王子の誰かが獲物として思案していたのだろう。

どこにでも愚かな王子はいるが、あの国を潰すのは決して得策ではない。


あのカルウィの王子は、あえてラズィルを潰すことで国力を削ぎ、その小国の有用性を説いて支援の手を差し伸べることで、浅はかな兄弟の誰かの侵略の筋書きを潰してみせたのだ。



(害にもならない小国だからこそ、ヴェルクレアとの緩衝材になる。そんなことも分からずにクレアズルを滅ぼそうとした低脳な王子も、カルウィにはいるということだな………)



それもニケという王子が搦め手で封じなければならなかったのだから、王子としての地位はそれなりに高い相手なのだろう。

今回の問題が収まった後は、そちらも注視しておいた方が良さそうだ。



「さて、…………シルハーンが育成される側に付くのだとしたら、その対岸にも目が必要だな」



とは言えここは閉鎖的な施設のようだ。

仮面を剥ぎ取って潜り込むにしても、ある程度は外部の人間がいるといいのだが。

そう思って調べていると、上手い具合に王都から軍の監視官が来ていることが分かった。


どこからどこまでが幻惑の領域で補填されたものなのかは不明だが、反りの合わない軍部からの偵察という存在も、この歪な学園の幻惑を成り立せる為に必要なスパイスとして望まれているのだろう。



そうして、その監察官である軍人の一人を借りて無事にそこに忍び込むことに成功した。

片手で掻き上げた髪を黒く変え、あえて造作と瞳の色はそのままにした。

人間だと認識させる為の惑わせる術界を組み、ネアが見付けやすいようにしておく。



けれども、捜索も虚しくネアはまだ見付からないままだった。



(外側と内側で時間軸が異なるなら、シルハーンが戻るまでにどれだけ時間がかかった?…………俺が入るまでに、どれだけ時間が空いている?)



そう考えるとぞっとしたが、使い魔としての契約の先に紐付いたネアの魂は、まだここに息づいている。

それを頼りに進むしかないのだが、殆どのものがこの幻惑の魔術に覆われ、とても曖昧だ。


あることは分かるが、見付けられない。

それが堪らなく不愉快でもどかしい。




からんと、グラスの中の氷が鳴った。

水や飲食物に特別な介入の痕跡はなかったが、趣味に合う酒がないので自分のものを携帯用の金庫から取り出して飲んでいる。


夕刻までネアを見付けられないまま、この学園を案内されて得た情報によると、どうやらこの学園そのものが幻惑の魔術の輪郭であることが分かった。

核となった誰かは、この学園を作ること、或いはこの学園を思うように運営することこそが、幻惑に取り込まれる程の願いであったのだろう。


だからこそ、この学園の幻惑に取り込まれる者は皆、その計画を妨げない良き歌乞いであることが望まれる。



アルテアが真っ先に見付けたのは、ネアではない方の犠牲者であった。

恐らくカルウィの王子の贄にされた人物で、この幻惑の内側に元からいる人間とは土地に属する魔術の質が全く違うので、外から引き摺り込まれた者だとすぐに分かる。



その人間は既にこちら側で歌乞いになっており、自分がラズィルにあった大きな薬屋の息子だと信じて疑わない。

アルテアは実際にその薬屋の息子を知っていたが、あの一家は純白の襲撃で全滅している。

一度こちらが魔物だと知らずに粗悪な薬剤を売りつけようとした一家については、いずれどこかで駒の肥料にでもしてやろうと考えていたので、さして苦しまずに死んだ事を残念に思っていたのだ。



(と言うことは、外側から取り込まれた者は、この学園にいても不思議ではない誰かの役柄を付与され、その人物の履歴を上から覆い被せられるってことか…………)



明らかにカルウィ人の特徴的な肌の色をしておりながら、その少年は代々続くクレアズル国の老舗薬屋の息子ということになっている。


それを誰もが疑わず、彼の家の薬屋によく通ったという人間も、彼とは昔からの知り合いなのだと話していた。



『ノーロトの薬屋はとても有名だったんです。五種の花の軟膏が大好きで、私と母はそれを切らしたことはありませんでした』



そう話したのは、リドラという歌乞いの少女だ。

この学園では最も高位の魔物を得た歌乞いとして、魔術師達はこの少女を蝶よ花よと甘やかしている。

決して気質的に汚れ歪んだ人間ではないが、契約の魔物を見る目はないようだ。

そして、歌乞いとしての技量もさして高くはない。



(だからこそ、契約の対価にその体を喰らう悪食なんぞを呼び込んだんだろうからな………)



隣を歩く人間が契約したのは、人型とは言え爵位も持たないような悪食の魔物だ。

何を司っていると嘯いたのか知らないが、白に近しくも見える色を備えているのは、彼が白持ちを食らったことがあるからに過ぎない。

こんな低俗な魔物が王侯貴族のように持て囃されているのを見ると胸が悪くなり、アルテアはこの歌乞いを近付けられるのが不愉快だった。

こうして質の悪い同族の下卑た笑いを見るのが不愉快だからこそ、アルテアは同階位の魔物達が好む、魔術水準の高い国を好んでいるのだ。



(もっとマシなのはいなかったのか………)


ラズィルの街にとて、ある程度の魔物や精霊達はいた筈だが。

けれども彼等の介入があると、この幻惑の領域の邪魔になるから省かれたのか、もしくは現実の世界でも、そのような聡い者達はこの学園になど関わらなかったのかどちらかなのだろう。



(まぁ、砂糖の奴がこの国を平定させていた静謐の書を盗み出してから、この国も随分と傾いだからな…………)



静謐の書は、穏やかに過ごす日々の為の知識と英知を詰め込んだ魔術書である。

そこに記された砂糖料理のレシピを読みたいが為に、あの魔物は適当な人間を駒にして、この国で代々守られてきた静謐の書を盗み出させたのだ。


レシピのページだけを破り取り、残った本はアイザックに譲ってしまったらしく、アイザックから買取を持ちかけられて発覚した次第だ。

保管場所を平定させる魔術はそれなりに重宝するので、ダリルにその話を流しておいたところ先日あの妖精の書架にさり気なく並んでいた。




(………もう一人の人間が歌乞いになっていたのなら、歌乞いにさせることこそが、この幻惑の領域が付加する事象なのか……?)



邪魔な歌乞いを排する為の幻惑だとすればいささか回りくどい手ではあるが、相手は狂乱の気を帯びた魔物なのだ。

何を考えていたのか定かではないが、この土地の防壁魔術などを見ている限り、この鳥籠のような学園の中に閉じ込め、低俗な魔物と契約させて命を使い潰させることが目的であるようだ。


前情報通りに、ジャンリが純白を誰かと取り違えて追いかけたのなら、その純白を捉えた歌乞いを、歌乞いが故の呪いで殺すということなのかもしれない。



(歌乞いになったことを後悔させるという意味合いだったのかもしれないな…………)



歌乞いになったことを後悔させ、人知れずこの幻惑の中で消耗死させる。

特定の誰かが手を下す訳でもなく、幻に惑わされたとしても自分で選び歌乞いとなるのだから、万が一外側から救いの手が差し伸べられた後であれ、ここで結ばれた契約を解くのは難しい。



(救いがなければここで死ぬ、外側に連れ出されたとしても、魔物は自分の歌乞いが他の魔物と契約することを望まないからな。………普通に考えれば無事には済むまい………)



やはり、ジャンリの目論見は自分のお気に入りを歌乞いから解放することだったのだろう。

狂乱しかけていたことで、そのお気に入りとやらがウィリアムなのか純白なのか、はたまたアルテア自身なのかは謎だが、それはもはやどうでもいいことだ。


ジャンリの思いなどどうでもいい。

その妄執に閉ざされどこかにいる、唯一人の人間が大事なのだ。




(……………となると、ネアは次に歌乞いの儀式を行う二期生の中にいる可能性があるか………)



ふと、そのことに思い至った。

先の被害者が既に歌乞いになっているのだ。

少しでも早く歌乞いにしてしまうことが望まれるのであれば、その次に歌乞いの儀式を行う二期生の中にネアがいてもおかしくない。


そう考えるとグラスを置いて立ち上がり、軍大尉らしい気紛れで強引な要請を学園側に受理させ、今夜の歌乞いの儀式への同席の権限を捥ぎ取ってきた。




そうして、やっとネアを見付けたのだ。




姿形はそのままであった。

けれども眼差しの硬さは出会った頃の彼女をどことなく彷彿とさせ、同期生だというつまらない男との距離が妙に近い。


儀式で他の人間が召喚したイオに心を惹かれていたので、余計なものに手を出すなと頭を叩いておいた。



彼女の裸足の足が、冷たい床を踏む。



そんな必要などないのに、ここには低俗な死体喰らいの魔物達が溢れかえっているのに、ここにいる魔術師達が彼女を裸足にさせてここまで歩かせたらしい。


つい先程まで体を寄せていた人間が喰われたばかりの儀式祭壇に、緊張した面持ちで進んでゆく。



(シルハーンが控えていなければ、こんな場所など更地にしてやったものを)



ネアの影にシルハーンの気配があったからこそ、この茶番に参加させることを許せた。

とは言えここに集まった魔物達は一匹たりとも生かして帰すつもりはなかったが、それはシルハーンも同じ考えだったようだ。



ましてや、この幻惑の世界に歪められ、あんな歌声を披露したともあれば尚更だ。

あの歌声ならば、爵位持ちの魔物とて跪かせられただろう。



けれども、アルテアが選んだ人間は、こんな歌が歌える筈もない、旋律が合えば恐ろしい程の歌乞いの力を持ちながらも、殆どの場合では悍ましい調子外れの歌を歌う人間なのだ。



それが、アルテアが選んだ人間だった。





「で?あのロウルとか言う人間は何だったんだ」




そう尋ねたのは、空間を無理やり繋いだシルハーンにである。

先程の苦い酒とは違い、今は本来の甘さを舌先で感じている。

このような酒は好まなかったが、ネアの為に集めてやっている内に満更でもなくなってきた。

良いものを買う為には自身が好むのが一番なので、好みが変わったことにはいささか感謝している。



シルハーンは今、寝台で眠っているネアの隣にいるそうだ。

ネアは既にシルハーンと契約を交わしているので、これでもう、厄介なものにはつけ込まれないと安堵する。

隣にいる魔物が明日の朝まで、そしてこの先も彼女の身を守るだろう。



「…………彼がどうというよりは、君が怖かったようだよ」

「……………初対面だろ。何で怯えるんだよ」

「ネア曰く、君のような者は必ず裏でとんでもない悪事を企んでいるのだそうだ。あまり関わらないようにすると話していた」

「…………とんでもない悪事?」

「あながち的外れでもないけれどね。あの子はどこか、我々の深淵を覗き込む力に長けている。不思議なことに、これだけ有象無象に溢れている世界で、あの子は本当の意味で彼女を損なうものには、決して手を伸ばさないだろう?」

「…………さてな」



でもそれは確かにそうなのだ。

誰もいない場所で偶然に出会うのだとしても、ネアは、自身を厭うものを好む愚かしさには手を染めない。

手を伸ばし持ち帰ってくるものは全て、その時はどうであれ、結局彼女を傷付けないものなのだ。



自分を損なうものは愛さない。



それは、かつてよく、シルハーンがネアから言われていた言葉だ。



それはどこか本能的な嗅覚としても彼女に反映されており、彼女は向き合った魔物の深淵を覗き込むと、興味がないものはあっさりと放り出す。


それがどれだけ稀少なものであっても、或いは美しいものであっても。

線引きをつけて、切り捨てるその断絶は小気味良く恐ろしい。



「その文脈で行くと、あいつは俺には心を許さないだろうな」

「君が使い魔だと話すかどうかも考えたのだけれど、…………私を排除する時に、あの子を守れるのは君しかいないとも考えた。どう思うかい?」

「…………ああ。言わないままの方がいいだろうな」



困惑したようにそう言うシルハーンと暫く話し、結局こちらの素性はネアには明かさないことにした。



まだこの世界の特性が全て明らかにされた訳ではない。


もしどこかでネアの意識や理解に調整がかけられた場合、違う立ち位置で関わる者がいた方がいい。

一方向からのものが失われた時、他の手で支える者がいないとここは何かと危うい。



「ではそうしてくれるかい?もし、あの子が心のどこかで私を疑っていた場合、………私から距離を置いて動こうとした時や、この領域の誰かが私からあの子を引き離すことに成功した場合。彼らが思わぬところにもこちらの手がある方が、安心だからね」

「そりゃそうだな。もしあいつが学園側に不信感を覚えているなら、それ以外で頼るとしたら軍部の監視官くらいしか外部への繋がりはない」

「うん。だから君は、どこかで少しこの子の不信感を取り除いておいた方がいいよ」

「……………おい、話す前から警戒されてるんだぞ」

「………どうすればいいのかな。あの白い雪豹にでもなってみるかい?」



大真面目にそう言われ、顔を顰めた。

どうしてこんな中でまであの獣の姿にならなければいけないものか、まるで理解出来ない。



「………やらんぞ」

「けれどネアは、他の歌乞い達の魔物に獣型の者がいることを羨ましく感じているようだ。私に、あの死体喰らいの墓土の魔物を撫でられるかどうか聞くくらいだから、あの獣に会えたら喜ぶのではないかな」

「墓土なんぞを絶対に撫でさせるなよ。あいつのことだ。すぐに欲しがるぞ」

「ムグリスになってあげるのは構わないのだけれど、この国の気候とはあまり相性が良くないからね………。あの子の側で守りが手薄になることだけは避けたい」



確かに気温で言えばヴェルリアの方が暑いくらいだが、この土地には夏と砂の系譜の加護が強く、冬や雪の系譜の力が動かし難い。

単純な気温の問題ではなく、冬と雪の季節を持たない土地には、最初からムグリスが健やかに暮らせるだけの魔術が欠けているのだ。



「…………どうしようもなくなったらだな」

「もしくは、料理を作ってあげるのも良いかもしれないね。今夜のビーフシチューはあまり美味しくなかったようだ。目が、嬉しい時のように輝かなかったからね」

「…………やっぱりあいつは食い気なのか」

「あの子がかつて得られなかった喜びの一つなんだ。美味しくないのなら、明日からは私がどこから取り寄せようかと言ったのだけれど、食事を無駄にするのは悪の所業なのだそうだ」

「…………手持ちの金庫に幾つかあいつ用の料理がある。どこかで食わせてやるしかなさそうだな…………」



死者の国で、ネアがどれだけ落胆していたのかを思い出した。

カードの文字から読み取れる程度であったが、食事にかけるネアの思い入れはかなり強い。

言葉を返せば、それは彼女を弱らせることが出来る要素でもあるということだ。



「それと、この幻惑の核は、やはりあの、セスティアという魔術師の近くにあるようだね。感じたかい?」

「ああ。あいつ本人じゃなかったのが厄介だな。品物だと探し出すのに時間がかかる」

「君の魔術でも難しいのかい?」

「ああ。この中の全ての要素には、どこか紗がかかったような曖昧さがある。俺の魔術で表層を剥ごうにも、おそらく明日には元通りだろうな」

「………やはりそうなのだね。あの集められた魔物達も、明日には同じような者達がまた集まってきてしまうのだろう」

「儀式の為だけに寄せてあるのかが、少し気になるな…………」



こちらに降りてすぐ、あの魔術師に会った。

セスティアという人間からは核の気配がするくせに、問題の核がまだ見付け出せていないことが気にかかった。

容易に辿れる場所にないとなると、恐らくそれは隠されている。


心を寄せ執着の核となるものは、決して貴重なものばかりではない。

特に心の内側が露呈される幻惑や夢の魔術の中では、そんなものが自分の要となるとは本人さえも思わずに無造作に転がっている核が多い中、こうして隠されているものが一番厄介なのだ。


ただでさえ、幻惑の城は核を持つ者を王とする、その者にとって最も有利な領域なのである。

その歪んだ望みと願いを叶える領域であるからこそ、ここがあるのだ。



だが、核の在り処もそうだが、それよりもこの土地そのものの澱みが気にかかった。



「………時折、籠や箱の系譜の魔術を使う魔術師には、小さな生き物達を隔離結界に詰め込んで、魔術や呪いなどを濃縮させる者がいる。南方の島国の方では、確立された魔術の一つだったね」

「…………かつてのヴェルリア王も、その魔術を使ったことがある。特定の領域を閉鎖し、内側で殺し合わせて、唯一生き残った者が殺された者達の魔術や契約の全てを奪う。バーンチュアはかつて、その術を使って兄を殺すだけの力を、そして当時の火竜の王との契約を手に入れたんだ」

「…………ああ。ノアベルトが殺した人間だね」



あの王を、アルテアは殺さなかった。

それが世の流れだとエーヴァルトに手を差し伸べなかった以上、それはもう選べる選択肢ではなかった。



だからこそバーンチュアが呪い殺された時、その夜にはアイザックとひっそりと祝杯を上げた。



「…………あの魔術だとすると、こんな国にも伝わっていたのは少し意外だが、それなら辻褄が合うな」

「歌乞いになる者と、なれずに喰われる者、内側の要素はどんどん煮詰められて濃密になってゆく筈だ。ここは幻惑の中で閉ざされているから、生まれた歌乞い達は、決して王都に行くことは出来ない」

「………あの魔術師は、恐らくそれには気付いている」

「そうだね。幻惑の中心に近いところにいる以上、彼は本当の意味では正気ではないだろう。けれど、今夜見たあの人間はそれにしては驚く程に理性的だよ。……恐らく、外側に見せている部分には、彼の執着はないのだろう」

「…………ああ。歌乞いを生産しながら、歌乞いそのものが目的じゃないとすると、………餌を与えている魔物達で、魔術を凝らせているのかもしれないな」




つまり、歌乞いの方が副産物であり、あの男の目的は他にあるということになる。

彼の目的と、そんな彼の目的を利用したジャンリの目的は違うのだ。



「力を得ることか、辻毒のような術物に仕上げたいのかもしれない。核を見付ける前にそれを完成させない方が良さそうだね」

「それも調べておくさ。…………あいつは、眠れているのか?」

「…………うん。歌唱力の問題で少し落ち込んだようだけれど、今はよく眠っているよ」

「……………本当のことを言ったのか」

「あの場で言及したことから、ネアの質問に答えてね。…………どうして落ち込んでしまうのかな。もう私がいるのだから、歌乞いをする必要はないのに…………」

「下手なのが嫌なんだろ…………」




その後も少し言葉を交わし、繋いだ魔術回路を切った。




「…………ったく。取り敢えず、何か食わせておくか」




ごろりと横になりながらそう呟き、そもそも警戒している相手から食べ物など受け取るだろうかと考えたが、ものによっては受け取るだろうなと結論付けた。



ネアの食べ物に関する無防備さは、それなりのものだ。

であれば今回は、その弱点を容赦なく利用させて貰おう。

とは言えまずは、核を探すことを優先させよう。


そう思い、少しだけ眠った。




しかし、その三日後、ネアはとんでもない理由でこの腕の中に飛び込んで来た。

その一件で、とりあえずセスティアという魔術師には、練りに練った悲惨な顛末を用意してやろうと決意することになるのだが、アルテアは、そんな思惑が用意されているとは思ってもおらず、手痛い失態を演じたことになる。



人間の欲や願いは、時として魔物の理解を大きく超えた悍ましさを見せるのだ。







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