フレンチトーストの歌とサボテンの歌
春告げの舞踏会の翌日、ネアは代休を使って、魔物にフレンチトーストを作ってあげるという約束を果たしていた。
特別なフレンチトーストの歌を歌って貰えるので、ディノは、窓際に立たされたまま目をきらきらさせて期待に満ちた眼差しをこちらに向けている。
厨房でフライパンを手にしたネアから随分と離れているのは、万が一ネアの歌でディノが弱ってしまった場合の事故に備え、最初は少し離れたところに設置したのだ。
魔物は寂しがって少しだけ拗ねていたが、ネアが歌い出しても具合が悪くならなければ近寄っていいと言われ、それならばと納得したらしい。
「では歌いますね」
「歌うのは、焼く時だけなんだね?」
「ええ。私の育った土地では、こんな歌を歌いながら親子でフレンチトーストを焼く文化があったのですよ」
ネアは特製の卵液に浸したパンを、じゅわっとバターを溶かした白いフライパンの上に乗せた。
卵と牛乳とお砂糖、バニラエッセンスで作った卵液に、香り付けで杏のお酒をティースプーンで少しだけたらすのがネアの家のレシピだった。
「では!」
すうっと息を吸い込んでネアが歌い始めると、窓際の魔物はすぐにそろりとそろりと近付いてくる。
大丈夫だろうかとネアはフレンチトーストもそっちのけでハラハラしたが、嬉しそうに目を輝かせているだけなので死んでしまうことはなさそうだ。
「…………わたしのトーストは良いトースト。甘い甘い良いトースト。私のトーストは良いトースト、大事な家族の甘いトースト。私のトーストは美味しいトースト、じゅわっと甘い幸せなトースト…」
ネアは魔物以外への効果も心配していたのだが、ネアの歌声の影響でフレンチトーストが悪くなってしまうこともないようだ。
アルテアが持ち込んだハーブの鉢も無事なようだが、良く考えれば外で歌ってしまった時にも草木が枯れてしまうようなことはなかった気がする。
「私のトーストは良いトースト。三つ編みの魔物の為のトースト」
そこで固有名詞が入り込み、ディノはぴゃっとなると目元を染めて恥じらっている。
この歌はここで一緒にフレンチトーストを食べる家族を表現する言葉を入れるのだが、ネアが一人になってからは自分を当てはめて歌うしかなく、何だか寂しいのですっかり歌わなくなってしまっていたものだ。
久し振りに歌うと幼い頃の思い出が蘇り、台所で喜びに弾んでいた小さな自分と、子供用の椅子に座って幼児語で歓声を上げていた小さな弟のことを思い出した。
それは、世界がきらきらとしていて優しく、未来にはいいものばかりが用意されているのだと信じていた幼い頃のこと。
フライパンの上でフレンチトーストはじゅうじゅう美味しそうな焦げ目がついてゆき、蓋をしてふわっとさせる頃には甘く香ばしい香りが厨房中に漂い始めた。
ネアはぐーっとお腹が鳴りそうになるのを堪え、最後までフレンチトーストの歌を歌いながら綺麗に焼き上げた。
隣で目を輝かせている魔物の為に、ふんわり黄金色に焼き上がったものから真っ白なお皿にのせ、生クリームを絞ってミントの葉を飾れば出来上がりだ。
実は、見た目は変わらないように見えるが、もう一種類作ってあるので、そちらには粉砂糖をふるって別のお皿に乗せておく。
「はい、出来上がりです!」
「……………ネア、私の為の歌もあるのかい?」
「ふふ。あの部分には、フレンチトーストを作ってあげるのは誰なのか、その大事な人のことを自作の歌詞で入れ込むのがお作法なのです。ですので私は、私の大事な魔物の為に歌うことにしました」
「…………ネアが、私の為に…………」
魔物ががくりと床に崩れ落ちたのでネアは不安になってしまったが、幸いにも具合が悪くなったのではなく、いつものようにくしゃくしゃになってしまっただけのようだ。
蹲って狡いと呟いている魔物の背中をぽんぽんしてやり、ネアはテーブルの上に二人分の焼き立てフレンチトーストのお皿を乗せた。
保冷庫から、よく冷えたニワトコの花の飲み物を取り出し、大きめのグラスにたっぷり注いで準備完了だ。
「さあ、温かい内に食べて下さいね。お味が二種類あるので、まずはこちらのお皿のものからです」
「…………ご主人様が可愛い。ずるい…………」
「ふふ、相変わらず狡いの運用が行方不明です」
二人は柔らかな初夏の朝の光の差し込む厨房で、あつあつのフレンチトーストをはふはふしながらいただき、焼きたての温度で溶け出す生クリームに浸したフレンチトーストの食べ方をネアはディノに伝授した。
甘味が強くなり過ぎないようにした生クリームで味を調節出来るようにするお食事フレンチトーストと、粉砂糖をふるいかけてしっかり甘くするおやつフレンチトーストがあるが、最初はお食事用の甘さ控えめのものだ。
まずはこの程度から様子を見て、ディノが気に入るようなら、おやつフレンチトーストも試してみようというのがネアの作戦である。
「美味しい…………」
ネアがお味はどうかなとそっとディノを覗き込むと、どこか無防備な喜びを滲ませてディノはそう呟く。
グヤーシュやグラタン系のものも含め、最近になると、ディノが好むような料理が何となく分ってきたような気がする。
やはりこの魔物は、ほこほこした素朴な家庭料理を好む傾向にあるようだ。
「今日はお味見なので用意していませんが、これは果物やベーコンなどを添えて、朝食代わりにいただくことも出来るフレンチトーストです。そしてこちら、………えい!こちらのものが、甘めにつくったおやつフレンチトーストなので、好きな方を食べたい時に言ってくれれば、今度から作ってあげますよ」
「……………分け合うんだね」
おやつフレンチトーストの方を乗せたお皿をぐいっと押し出してやると、ディノは分け合いっこの儀式かと思ったらしくてまた目元を染めている。
こちらは、まずはプレーンで食べて貰い、次がシロップをたらりとかけたより甘味の強いものだ。
色々な食べ方があることにディノは目を丸くしていたが、それぞれに少しずつ食べてみた結果、ディノが気に入ったのは生クリームを添えたお食事フレンチトーストと、おやつの方では粉砂糖だけのものだと分かった。
味のバリエーションで分岐しているだけなのだが、魔物はご主人様の手料理がいっぱいだとたいそう喜んでいる。
フレンチトーストはあたたかい内にぱくぱくと食べてしまい、二人がほうっと息を吐いたのは美味しいニワトコのジュースを飲みながらだった。
はらりと、厨房の窓のカーテンが揺れた。
優しい霧雨の降ったばかりの窓の外に見える小さな畑には、きらきらと雨の滴が煌めいている。
時折空がふっと翳るのは、この影絵の中にいる鯨が空を横切っているかららしい。
「来月には狐さんの予防接種がありますね」
「ノアベルトを…………」
「無事にアルテアさんが使い魔さんに戻ってくれたので、また、お願いしてもいいかもしれません。ディノは、泣き叫ぶ狐さんを連れて行くと考えると胸がきゅっとなってしまうのですものね」
「……………舞踏の精の呪いを避けないといけないのだよね」
「ええ。狐さんが、踊りながら全てを薙ぎ倒して去っていってしまうと悲しいので、是非に悲劇は防がなければなりません」
「…………うん。では、アルテアに連れて行って貰って、帰りは私が抱いていこうか?」
「まぁ。荒れ狂う狐さんではないところだけ取りましたね?」
「ご主人様…………」
少しだけふるふるした魔物にそっと膝の上に三つ編みを献上され、ネアは仕方なくその真珠色の三つ編みを手に取ってやる。
昨晩、春告げの舞踏会の報告をあれこれとしたのだが、その時はエーダリア達も一緒の上で、アルテアも合わせての報告会と対策会議であった。
(アルテアさんと契約のこと。スリジエさんのこと、色々な話をしたけれど………)
こうして二人きりになった時、ディノがどんな本音を垣間見せるのか、ネアは少しだけ懸念していたのだ。
「ディノ………。私がアルテアさんを、もう一度使い魔にしたことは嫌ではありませんか?」
なので、何となく会話が途切れたところでそう尋ねてみる。
すると魔物は、どことなくしゅんとして項垂れてしまい、ネアが思ってもいなかったような本音を打ち明けてくれた。
「…………君は嫌ではなかったのかい?一度は契約を破棄したのに、守護が心許ないからと無理に使い魔に戻したのであれば、あまりいい気分ではないだろう?ごめんね、ネア。私が完全なものを与えられたなら、君はもっと自由でいられただろうに………」
「…………もしかして、昨日の報告の時に少しだけ落ち込んでいたのは、それでだったのですか?」
驚いて目を丸くしたネアに、ディノはしゅんとしたまま頷いた。
「君には我慢をさせたくないんだ。………けれど、あまり古くてよく知られた魔物を壊すのは良くないものだ。まだ何もしていないスリジエを予め壊してしまう訳にもいかないし、私の守護でその種の魔術侵食に万全かどうかと言われると、その界隈の魔術にもそれぞれに理の領域がある。彼がどんなものを切り出してくるかによっては、それを調べる為にも、やはりアルテアの手があった方がいいだろう…………」
そんなことを考えていたのかとまじまじと見てしまうと、ディノは少しだけ悲しくなったのか、お友達自慢を始めた。
「………アルテアは、確かに人間から見れば危ういところもあるだろうが、君のことは大事にしているのだと思う。………それと、私より彼の方が、………器用で色々なことを知っているからね………」
(あらあら…………)
すっかり何かを誤解している魔物がもわもわする姿は、どこか稚く、純粋で可愛く見えた。
悪い人間がにこにこしてそんな釈明を聞いていると、困ってしまった魔物は悲しげに目を瞠ってこちらを見る。
ネアが微笑んで頷くと、それがどういうことなのか分からずにディノは無防備に首を傾げた。
「ネア…………?」
「ふふ。ディノは、アルテアさんのことまで心配してしまうのですね。であれば、私はアルテアさんと契約するのは嫌ではありませんでしたし、危ないからと我慢もしていませんよ?ただ、契約というもので増やしてしまった助けではあるので、ディノが寂しかったり悲しかったりしているのでは思うと、とても心配だったのです」
それは意外な返答であったらしい。
ディノは目を瞠ると、ふるふると首を振った。
「君が嫌でなければ、私は構わないよ。…………アルテアが君に様々なものを与えられることは知っているし、見知った者の助力として、私は彼であれば問題はないだろうと思う」
「ディノは、お友達としてアルテアさんを買ってもいるのですね」
「それだけではないんだ。………もしこれがウィリアムとなると、やはり彼の持つ終焉の要素が少し危うくはある。そう考えると、アルテアは私には出来ないことを出来るし、契約を交わしても、その資質で君を損なうことはない魔物だからね」
そう言いながら、ディノはネアの頬に手を添えてしっかりと瞳を覗き込んだ。
目を瞠って首を傾げると、真剣な眼差しがほっとしたように緩んだので、どうやらご主人様が我慢していないかどうかを確かめていたらしい。
「ふふ、ディノは心配症の優しい魔物ですね」
「…………君があんな風に泣いてしまうのは、初めて見たから」
泣かせてしまったネアを見て、胸が潰れそうになったのだと、ディノは二人が仲直りした日に教えてくれた。
許して貰おうとネアの大好きなムグリスディノになったのに、ダリルが言うように可愛い小花柄にしてもまるで喜ばなかったネアを見た時、もうこのまま森に捨てられてしまうのだろうかと、とてもとても怖くなったらしい。
だから、とディノは思ったらしい。
その後に使い魔を解雇される程にネアを怒らせたアルテアは、それまでの二人の関係が悪くはなかったからこそ、そのくらいにネアを傷付けてしまったのだろうかと。
「……君はその後もアルテアに、果実棒を作らせていただろう?だから、彼を許せないくらいではないようで安心したけれど、………やはり使い魔の契約は相互間のものが多く、ただの知人や友人としてのものとは違うものだ。だから、友人としての付き合いと、その契約を君が切り分けて捨てたのだと考えていたんだ」
「まぁ…………」
そう考えたディノは、二人の再契約を心配していたらしい。
あまりにも自分が頼りなく、そして心配することで、ネアに無理をさせているのだろうかと不安だったらしい。
「もう、あんな風に君を悲しませたくないけれど、……私はまた君のことを分かってあげられていないのではないかい?」
そう尋ねた魔物が愛おしくて、ネアは微笑んで頷いた。
「あの時は、頑張ってようやく作れたものでした。そして、いつかディノに鳥さんがあの小屋に住みついたと報告して驚かせようと思ってわくわくしていたので、あの小屋がばりんと壊れてしまったことはとても悲しくて、我慢出来ませんでした………」
「ごめんね、ネア。もう二度と、君の作ったものを壊してしまったりはしないから」
「私は嫌なことは我慢出来ない我が儘な人間です。本当に我慢ならないことは、あのように泣いて荒ぶるので、心配しなくていいんですよ?」
「…………うん」
「それと、お料理のような個人の好みがあるものは、無理をして美味しいと食べなくてもいいものなので、私の為に無理をせずに、もしお口に合わないものがあったら、これではなくてあれがいいと申告して下さいね?」
「ご主人様の料理は、みんな美味しい…………」
「む。羽織ものになりました…………」
ネアは、魔物の方こそ無理をしないかと優しさからそう言ったのだが、ディノはご主人様の手料理を取り上げられると思ったようだ。
すっかり怯えてしまい、悲しい目で一生懸命に首を振るので、ご主人様は美味しいと言ってくれたものを一番多く作ってあげたいのだと言い方を変えてみる。
すると、目を瞬いてこくりと頷いたので何とか事なきを得た。
「それにしても、私は使い魔さんの解雇にそんな重たい意味があるのだとは知りませんでした」
「気付いてあげられなくてごめんね。君は使い魔の本を読んでいたから、知っていると思っていたんだ」
「あの本には、使い魔が手に負えなくなったら契約の解除が出来るとしか書かれていなかったので、契約を破棄した使い魔さんをどうするのかまでは、言及されていなかったのです………。でも、アルテアさんがあんな風に謝ってくれたのは意外でした」
実はネアは、果実棒も貰ったことだし、春告げの舞踏会の後は、こちらから提案してアルテアと仲直りとしようかなと考えていたのだ。
森に帰りたい時期ならともかく、今回はネアが契約を打ち切った形である。
その解雇という形だけでも崩しておけば、アルテアが戻りたいときに戻れるだろうかと考えていたところだったので、狡猾な人間は向こうからの提案を受けて実はほっとしていた。
結んでいた全ての契約が破棄されてしまっていたのなら、寧ろアルテアは、よく荒ぶらずに果実棒を作ってくれたものだと思う。
「彼も考えたのだろう。…………そうして、君の側にいることを選んだのだと思うよ。魔物は自分の望むものに正直だから、アルテアのような気質の者でさえ、自身のそういう願いを見過ごすことは出来ないんだろう」
「ノアにもそう言われました。歌乞いという役職があるのも、魔物さん達がそうして無防備に手を伸ばしてしまう、抑え難い衝動があるからなのだと」
窓の方を眺めて、ディノは少しだけ物思いに耽るように遠くを見た。
そんなディノの真珠色の睫毛の影を眺め、ネアは澄明な水を湛えた深い泉のような瞳の色に見入る。
厨房にはまだ甘い香りが残っていて、そんな日々の生活を思わせる香りの中でこうして美しい生き物と寄り添っていられることに、ネアは少しだけ胸がざわめいた。
(フレンチトーストの歌を歌ったのは、………すごく久し振りだった………)
そんなことがなぜか、今、とてもネアの心を揺らしているのだ。
家族のように過ごす誰かが当たり前のように隣にいて、あんな歌ぽっちで二人ではしゃげるのは、かつてのネアにとっては夢のまた夢だった。
だからこそ時々、その尊さに驚いて胸が熱くなる。
「………ネア、以前、この国の歌乞いではない人間に会ったことを覚えているかい?」
「む。………ノアの恋人さんだった女性ですね?」
「あの人間がいた国では、魔物と歌乞いの関係はヴェルクレアとは違うものだ。使役に近い形で契約を結ぶ土地も多く、そのような土地の歌乞いは、自身より階位の低い魔物しか捕えることは出来ない。………けれども、それでもいいからとその歌乞いを望む者もまた、一定数はいるものだ」
「………それが、ご自身の願いを見過ごすことが出来ない魔物さんなりの、選択なのですね」
「そうだね。…………だからこそ私達は我儘なのだと、他の種族の者が言うこともある。そうして寄せる執着が、高慢なのか哀れなのかは私は良く分らないけれど、魔物というものはこういうものなのだろう」
そこで小さく息を吐くと、ディノは伏せ目がちに微笑んだ。
「……………だからこそ私は、いつか君が私を望まなくなるとしても、その願いを捨てられないだろう。………君が私を優しいと言えるのは、君がこうして私の側にいてくれるからこそなんだよ。………私は、アルテアのように、この手を離すという選択肢を与えることが出来ないと思う。…………それでも君は、…」
「ディノ、」
微笑んだ魔物は凄艶で悲しげで、その纏う色の特別さにネアは何度もこの手を離そうとしたのに。
それでもいつも必死に側に居てくれたディノのお蔭で、ネアは今、こうして一人じゃなくなったのだ。
それはディノが自分の願いを投げ出さないでくれたからなので、ネアは、大事な魔物が続けて言おうとしたことを遮って微笑んだ。
「そうしてディノが私を捕まえてくれたので、私はもう一度フレンチトーストの歌を歌うことが出来て、ディノの側でこうして安心して暮らせるのですね」
微笑んでそう言ってやると、魔物は涙目でくしゃくしゃになってしまった。
「ふふ。いつかディノが、こういう言葉に慣れてくしゃくしゃになってしまわないようになるくらい、沢山の大事を言葉にするので、これからもずっと傍にいて下さいね」
「…………………ネアが虐待する」
「ふむ。…………まずは愛情表現が虐待にならないところまで、頑張って特訓しましょう」
「ご主人様……………」
綺麗な目を揺らしてこちらを見ている魔物を撫でてやり、ネアは春告げの舞踏会で懸念したスリジエについて考える。
またディノが悲しんでしまわないように、どうにか手を打てればいいのだが。
「…………やはり、スリジエのことが心配かい?」
「私よりも、ディノや、皆さんに心配をかけるのが心配なのです。なぜならば、私には頼もしい魔物がいるので何が起きてもディノが助けにきてくれると安心出来ますが、その時に不安でいっぱいになるディノのことを考えると………」
ふわりと額に落ちた口付けに、ネアはへにょりと眉を下げて微笑む。
「……………約束するよ。私は絶対に君を離さないから、君は何も怖がらなくていい」
「…………ふぁい」
ぐりぐりと頭を擦り付けられて、ネアはふふっと笑ってしまう。
確かにこの魔物はどんなところからだって、ネアを見付けてくれるだろう。
全く違う世界から、ネアをここに連れて来てくれた魔物なのだ。
「ネア、前に話していたさぼてんの歌は、どんな歌なんだい?」
「むむ。何度も歌って、ディノが死んでしまったら嫌なのです」
「さぼてんの…………」
「とげとげサボテンを投げつけろ!仲間にならないと、とげとげサボテンが飛んでくる!という、突然の凶行に誘ってくる謎の児童音楽なのです。あまりの印象の強さに、子供の頃はとても怖くて、夜寝ているとふっと頭を過るという恐ろしい歌なんですよ」
「とげとげさぼてん…………」
「ディノは、サボテンを誰かに投げてはいけませんよ?」
「うん…………」
思ったより猟奇的な歌に魔物は怖くなってしまったのか、その日から、ネアがとげとげサボテンと呟くとびくっと体を揺らすようになってしまった。
面白くなって何度かやっていたら、廊下でエーダリアに見付かって魔物を虐めてはいけないと叱られたので、ネアはいたく反省し、恐ろしいとげとげサボテンの連鎖を断ち切ったのであった。