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250. 春告げの舞踏会が始まります(本編)





その日、迎えに来てくれたアルテアはネアのドレスを見ると、なぜか一度、後ろから来たエーダリアと話す風にして部屋の外に出て行ってしまった。



ネアは、本日のアルテアの真っ白な盛装姿の感想を言おうとしたので、むぐぐっと渋面になる。


白い盛装姿に前髪を片側だけ掻き上げたようなスタイルにし、白に淡く淡く菫色がかった灰色の艶のあるケープを片側だけに長くかけている。

よく見る時間はなかったが、ケープには織り模様があり、光の加減で灰紫色に淡く浮かび上がるような繊細さが美しかった。




「む。逃げました…………」

「わーお。ありゃ、相当堪えてるぞ………」

「素敵なドレスを作って貰う為にシシィさんの復讐の道具にされるのは致し方ありませんが、多少なりとも素敵に見えるのであればやはり嬉しいので、褒めて欲しいのです………。扉をぱたんとされてしまうくらいしか評価されないのでしょうか…………むぐぐ……」

「ネアは凄く可愛い…………」

「ディノ!…………まぁ、お礼を言おうとしたのに、ディノがまた遠くに行ってしまいました。お出かけ前に、爪先を踏まなくていいのですか?」

「踏む……………」


一度は振り返ったネアに逃げていったものの、もそもそと長椅子の向こうから出て来たドレスを褒めてくれる良い魔物は、目元を染めながら爪先を出してきた。

それをぎゅむっと踏んでやると、ドレスが狡いと言ってへなへなになってしまう。

ネアがそんなディノを見てご機嫌を直して微笑んでいると、アルテアが再登場して片眉を持ち上げる。



「アルテアさん…………?」

「……………すぐに髪を結うぞ、さっさと後ろを止めろ」

「私が遅刻した風に言うのですが、お部屋から出て行ってしまったのはアルテアさんなのです。そして、このドレスはこれでいいのですよ………?」



まるで着替え途中のように言われ、ネアはおやっと首を傾げた。

首を捻って背中の方を見てみたが、何の問題もない。

ドレスの背面の開きが尾てい骨の半ばあたりまであるので、まだ後ろを閉めていないと思われたようだ。



しかし、これで完成形だと言われたアルテアは、少しの間だけ無言になってしまった。

ネアは、何だか無防備なその眼差しに、尻尾を掴まれた時の白けものに似ていると、少しだけ思ってしまう。



「………………俺が、どんなドレスにするのかを聞いた時に、どうしてその背中のことを言わなかった?」

「む?背中が少し開いていることをでしょうか?もしや、考えてくれていた髪型に合わなくなってしまいますか?」

「……………お前の情緒は相変わらずだな」

「なぜいつも、情緒を貶されるのだ」



アルテアはぶつぶつ言いながらも、ネアの髪の毛をふわっと結い上げてくれる。

首筋に触れた指先の温度から、首飾りの後ろについた薔薇石を丁寧に配置してから完成としたようだ。

既にお化粧は家事妖精がしてくれていたので、ネアは鏡の中の自分の変化にうきうきと頬を緩めた。



髪飾りは白い花びらのみっしり詰まった野の花を挿しただけにして、あえて少しだけ髪がこぼれるような形にしてあり、あえやかにも見えるその髪型は、このドレスに合わせると途端に無垢な雰囲気が引き立つ。

中身はたいそう強欲な人間なのだが、一時的にでも憧れの無垢で透明な印象を与えられたネアは、いたく満足した。


片方の耳にだけ、魔術で色味を首飾りと同じように優しくきらきら光る白灰色に擬態させたヒルドの耳飾りをつけるのは、春の系譜は妖精に高位の者がいるのでその妖精を警戒する為だ。


もう片方の耳には、後程アルテアが耳飾りをつけてくれるらしい。



(繊細な感じがして、とっても素敵だわ………。こんな風に髪型で雰囲気を変えるのは、自分では出来ないもの)


こめかみあたりからくるんと巻いた髪の毛がこぼれるのが、ネアは特に気に入っていた。

こんな風に綺麗にくるんとなる絶妙な一筋を作るのが、意外に難しいのだ。



ネアに出来る、髪型のレパートリーは少ない。


崩れそうだが踊っても緩まないくらいにふわっと素敵に纏め上げる才能は皆無に等しいので、アルテアやウィリアムなどの大きな男性の手が、こんな風に繊細な結い上げを披露してくれる度に驚いてしまうばかりだ。

なお、ディノとノアはひとつ結びしか出来ない子なので、ネアは安心して先輩風を吹かせることが出来ていた。



(そして、今朝からいい花の香りがして、とっても贅沢な気分!)



昨年に教えて貰ったことなのだが、春告げの舞踏会に参加する者の周囲には、当日の朝から優しい花の香りがする。


魔術に長けた者だと、淡く舞い散る花びらなども見えるそうなのだが、これが春告げの舞踏会への道が開いているということであるらしい。

ネアは花びらを見るだけの可動域はないのだが、幸いにもふくよかな花の香りを楽しむことは出来た。



「……………そろそろ出るぞ」

「はい!…………では、ディノ、皆さん、春告げの舞踏会に出かけてきますね」

「……………アルテアなんて」

「ふふ。身の為になる祝福を貰ってくるので、これからの一年はまた安心ですよ!」

「その、……ダナエやバーレン達に宜しく伝えておいてくれ」



そう意気込んで伝言を頼んできたのは、真剣な目をしたエーダリアだ。

ネアのドレスにも逃げてしまったりせず、元王子らしくそつなく褒めてくれて、上司らしく羽目を外さないように忠告もしてくれたのだが、どうやらこのことを言う為に見送りに来たようだ。



(風竜のお嬢さんにふられてしまったから、寂しくて珍しい竜なお友達と仲良し度を高めたいんだろうな…………)



ネアですらそう考えられるのだから、隣のヒルドにはやれやれと呆れられてしまっていた。


「エーダリア様の言葉も合わせて、お二人にご挨拶しておきますね。しかし、ダナエさんがどうやってバーレンさんを連れて来るのか不思議でしたが、竜の外套なるものがあったのをすっかり忘れていました………」

「ああ。…………だが、それを着てもどうするのかが、いささか不安なのだがな………」

「ネア様。くれぐれもアルテア様や顔見知りの方々以外の方とは、不用意に踊りませんよう。ステップを間違えるような者がおりますと、危ういですからね」

「はい!ヒルドさん。またすぽんと下に落ちてしまうと怖いので、知らない人とは踊らないようにしますね」

「ありゃ。そういう言い方があったのかぁ…………」



ネアは、まだふるふるしている魔物をノアに託し、見送りに来てくれたみんなに手を振った。

グラストとゼノーシュは朝からの仕事で出てしまっているが、ゼノーシュから昨晩の内に、スリジエの魔物は最近失恋してぴりぴりしているので、あまり近付かないようにと教えて貰った。




アルテアの腕に手をかけるようにして貰い、ネアはきりりと今日のエスコート役に掴まる。

すると、転移の前からもう旅の諸注意が始まった。



「いいか。くれぐれも、落ちたり攫われたりするなよ?」

「その前提で忠告されると予言になりそうなので、やめていただきたいのです………」



アルテアが、ふわりと淡い転移を踏んだ。

いつもは闇色の転移にも微かな桜色の闇が混ざり、向かう先の春告げの舞踏会の会場への道が開いているという感じがする。



「…………来年は、シシィと事前の打ち合わせが必要だな」


なぜかアルテアは、そんな転移の合間にも、何かをぶつぶつと呟いている。

首を傾げたネアは、少しだけ伸び上がってそんな選択の魔物の顔を覗き込んだ。



「今年も、ゼノからリャムラみたいだと言って貰えたのです。リャムラに似ていますか?」

「リャムラは旅人を喰らう精霊だぞ…………?」

「綺麗なものの表現として、そんなリャムラな名前が出てくるのですよね?リャムラです!」

「わかったから弾むな。いいか、………今日は特にだ。春の系譜の者達は、お前にはさしたる魅力も感じないだろうが、それでも念の為に用心しておけ」

「リャムラ………」

「………………そうだな。もうリャムラでいい。だから、くれぐれも用心しろよ?」

「はい!」


しつこい人間に呆れたのか、アルテアからもリャムラ指定を捥ぎ取ったネアはほくほくと微笑みを深める。

ご機嫌でアルテアを見上げると、なぜか溜め息を吐かれた。



(あ、…………風の匂いが変わった………)



到着したようだ。


転移の薄闇に、風で花びらが吹き込んできた。

その風にふわりと膨らむアルテアのケープの裏側には、赤紫色がかった白灰色の裏地の複雑で精緻な草花の模様が美しい。

しかし、全体的に色味を抑えてあるので、このような装いに長けたものらしい落ち着きが、その鮮やかな瞳と片方の耳にだけつけた赤紫色の一粒石の耳飾りを際立たせる。



「む…………」

「おい、………お前は無防備に近付き過ぎだぞ…………」

「ジレの部分の刺繍に使われた宝石が、ほんわり光っていて綺麗なのです。淡い灰紫色にほんわり光る宝石は、初めて見ました!」

「朝霧の祝福を重ねがけした、夜明けの結晶石だ。光るのは魔術の祝福だからこれはこれでそれなりの効果がある。作るには手間がかかるが、宝石紡ぎの器用な妖精は多いからな」

「繊細でとっても綺麗な色ですね。………む?」


突然ケープの内側に入れられてしまい、ネアは目を瞬いた。

しかし渋面になったアルテアから、無防備に背中を外側に向けるなと叱られてしまう。



「舞踏会なのですから、背中は通常通りの背中でいて貰わないと、色々不都合があるのでは………」

「……………開き過ぎだと、何度言えば分かるんだ」

「このドレスの場合、開き過ぎというよりは、切れ込みが深いという形ですよね。しかし、包装魔術の応用で隙間が空いてしまったりはせずに、ぴったり肌に吸い付いているのですよ!」

「…………その表現をやめろ」

「むぐぅ。では一体、どうやって説明しろというのでしょう」



花びら混じりの風がまた吹き込み、薄闇が晴れると、森の中に舞踏会の会場が現れた。



淡い桜色にけぶるような空間が広がり、会場全体を満開の花を重たくつけた桜の木々が囲んでいる。


森の中にまるで元からそこにあったかのように敷き詰められた床石は、灰色がかった淡い桜色をしており、その縁は苔むしていて、ひび割れた部分からは黄色い可憐な花が咲いていた。


今年の春告げの舞踏会場を囲む木々は全てが満開の桜のようだ。

ネアの知っている桜と違うのは、その幹や枝が灰白の結晶石のようなもので出来ているところだろうか。

その淡く感傷的な色合いが素晴らしく、ネアはほうっと息を吐いて満開の花に見惚れてしまう。




「……………ほわ」

「おい、弾むな…………」

「アルテアさんのケープでどうせ皆さんには見えませんよ。二回弾みくらい大目にみて欲しいのです………」



相変わらず、アルテアは到着を開始時間から少しずらしているようで、会場には既に沢山の参加者達が揃っており、色とりどりの春らしい盛装姿で和やかに談笑していた。


奥の方に見える水仙に囲まれた菫水晶のテーブルに目を凝らし、素敵なお料理達を素早くチェックしたネアは、まだお料理は無事なようだぞと凛々しく頷く。

しかし、その動作はアルテアにはお見通しであったらしく、呆れたような溜息を吐かれてしまった。



「まずは、食い気を押さえておけ」

「あの左側のテーブルが気になります。お料理に出会うときは、まずはあちらからにしましょうね。…………ふぐ?」

「これをつけておけ」



そこで、ケープの中から解放してくれたアルテアがつけてくれたのは、片耳用の耳飾りだ。


すぐに耳に装着されてしまったのでどんなものなのかを見ている時間がなかったが、どうやらアルテアとお揃いのものであるらしい。

赤紫色の透明度の高い光の尾が見え、ネアは大人しく片耳を差し出してそんな一粒石の耳飾りをつけて貰った。

自分で耳に着けた方がしっくりくるので最初はむがむが暴れたが、アルテアから身に着けるという動作でも与えられる守護があるのだと叱られてしまい、渋々こそばゆい耳元の動きを我慢した。



「…………それに、きっと素敵なやつなのに、ちゃんと見られませんでした………」

「俺のものと揃いだ。繋ぎ石にしてあるからな」

「むむ。前に貰った繋ぎ石と、同じような仕組みなのでしょうか?」

「ああ。あの石は今取り出せるか?」

「むむ。…………首飾りのこの辺りに………」



ネアが首飾りから取り出した、アルテアから貰った方の繋ぎ石を取り出すと、アルテアはそれを手に取るとネアの耳元にふわりと寄せた。



「む?なくなりました。………回収されてしまったのでしょうか?」

「耳飾りに紡ぎ合わせておいたんだ。この耳飾りはお前にやる。契約が一つなくなった分手薄になっているからな。この舞踏会が終わってもどこかに持っていろ。ウィリアムの石は捨てて構わないぞ」

「まぁ!貰ってしまっても良いのですか?アルテアさんのものを見る限り、とっても綺麗な石なので、そんな綺麗な耳飾りをくれて有難うございます。なお、ウィリアムさんのくれた石は、綺麗な箱にしまって大事にしてあるので、捨てたりはしませんよ!」




かつりと、踵が鳴る。


ネアが本日履いているのはドレスとお揃いにして作って貰った靴で、去年の春告げの舞踏会の為に採寸したアクス商会にネアの足型があるらしく、今年のものも気持ちよく足に馴染んだ。


ドレスと一緒にお届けされていたその靴には、危険防止の為にとウィリアムが幾つか守護を授けてくれているらしい。

更にはヒルドの死の舞踏の要素も、靴に巻き付いたようなデザインになっているリボンに編み込まれているそうで、ネアのご愛用の戦闘靴と同じくらい頑強な作りになっていた。



ネアはふと、そんな自分の靴に縫い付けられた宝石が、アルテアのジレに刺繍で縫い付けられている宝石と、色味だけは同じものであることに気付いた。

アルテアの使っているもののように魔術の光を纏ってはいないので、靴にあるのは色味だけが同じの別の宝石である可能性もある。

でも、もしかしたらここでもお揃いにしてあるのかもしれない。



ふわりと髪を揺らしたのは、昨年と同じ春の風だろうか。

一年間分この世界に馴染んだネアは、この春の風を齎した人外者は誰なのだろうと考えるようになった。



踏み込んだことでその領域に入り、柔らかで心の浮き立つような音楽が耳に届く。

甘い香りを胸いっぱいに吸い込み、心の内側に注がれるような清涼な水音にも耳を傾けた。



(ああ、なんて美しいのかしら………)



今年の舞踏会は柔らかな春の日差しではなく、どこか秘密めいた春の夜明け風に整えた会場であるようだ。

そんな空間の中には、相も変わらず世にも美しい生き物達がひしめき合っている。

そして今年も、彼等は白持ちの魔物の登場にふわりとお辞儀をした。



二人がゆっくりと会場に入って行くと、入り口近くにいて何人かで談笑していた一人の男性が、アルテアに軽く手を上げてからこちらにやって来る。



「やあ、アルテア。今年の春もそのお相手のままとは、君もようやく腰を据えた相手を見付けたのかな?」

「リーヌス。………お前の取り巻きはどうしたんだ?」

「乙女達は、あちらで可愛らしく飲み物を選んでいるよ。………一年ぶりにお目にかかります、苛烈で美しい春の狩人よ。昨年の春に何度か、あなたの狩りを拝見しましたよ」


ネアは、昨年の春告げの舞踏会では、弄うような眼差しで残忍で酷薄な興味を向けてきたばかりであった美しい魔物が、れっきとした敬意のようなものを示してお辞儀をしてくれたことに驚いた。



(確か、…………春宵の魔物さん?)



淡い桜色の巻き毛を肩口で結び、眠たげな眼差しが甘めの印象を与える、美貌の男性だ。

ほんわり色付くようなセージグリーンの瞳は柔和な印象ではあるものの、春というものそのもののように、その柔和さの向こう側に酷薄でひやりとするような暗さが見える。


ネアは微かな警戒と、いきなり敬意を示されたものの狩りの女王らしい威厳を持って、微笑んで軽く会釈しておく。



「まぁ、狩りの現場を目撃されていたのですね。であれば残酷なものもあったでしょう」

「はは、その通りですが、春の系譜の者達はそのような資質を好みます。……おっと、あなたの連れにどこかに行けという目線を送られましたので、哀れな私はこの場を立ち去りましょう。もし、アルテアに飽きてしまわれたら、リーヌスの名をお呼びいただければ愉快な夜をご提供しますよ」

「そうか、お前はその首から上がいらないようだな」

「あくまでも簡単な挨拶だよ、アルテア。魅力的な女性には、いつだって私の名前を伝えておかないとね。独り寝の夜なんてあって堪るものか」


微笑んで首を振ると、春宵の魔物はゆったりとした歩みで立ち去っていった。

奥の方で飲み物を選んでいたという華やかな女性達にあっという間に囲まれている。



「…………この節操なしめ」

「む、なぜに私が叱られたのでしょう?あの方はただ、いつか良い狩り場を教えてくれると言ってくれただけですし、挨拶程度の社交会話を真に受けて、あの方を煩わせたりする程に私は愚かではありませんよ」

「いいか。あいつは女に関しては悪食もいいところだ。ある程度眼鏡に適い、頭数さえ揃えば拘りなく手を出すからな。絶対に近付くな。その名前も絶対に呼ぶなよ?」

「よく知りもしない方をそうそう頼ったりはしませんよ。よい狩りの場所であれば、今度またウィリアムさんが教えてくれるそうですし。………むむ!あの女性は………」



そこでネアが見付けたのは、影絵で見たばかりの美しい花酔いの魔物だった。

あの頃と同じような容姿のままなので、代替わりなどはしていないようだ。

しかし、言葉を交わせればお友達になれるかもしれないと目を輝かせたネアを、アルテアはさっと捕まえると、引きずるようにして反対側に歩かせてゆくではないか。



「アルテアさん、花酔いの魔物さんとお喋りしてみたいです」

「やめておけ。あの女は柔和そうに見えて執念深いぞ。シルハーンの後はノアベルトに色目を使ってたからな。お前が知り合うと、どちらでも転びかねないな」

「……………むむ。ノアの前の恋人さんとの拗れ方はよく知っているので、そういう経緯であれば諦めざるを得ませんね。あんなに綺麗な同性のお友達がいたら、きっと自慢出来たでしょうに………」


ディノだけであれば過去のことであるし、影絵で見たあの女性の言動に好感を覚えていたネアとしては、以前に一度一悶着あった黄菊の魔物とのような拗れ方はしていなさそうなのでとあまり気にしていなかったが、ノアと関係があったのであれば話は変わってくる。

大事な銀狐が刺されてしまったり、大騒ぎになってリーエンベルクに迷惑がかかってもいけないので、せっかく見付けたお友達候補は諦めざるを得ないようだ。



(そして、ダナエさん達はどこにいるのかな………)



きょろきょろとしていると、今度は人波の中にいたロサと目が合った。

グラスを掲げて小さく会釈され、ネアも微笑んでお辞儀をする。

なぜかアルテアにさっと視界を遮られてしまったので、意地悪な魔物の脇腹を指でとりゃっとつついておいた。



「やめろ………」

「むが!なぜにばすんと体で押されたのだ。ロサさんはお知り合いではないですか、こういう場所でもないとお会い出来ないので、ご挨拶をしに行きたいのです…………」

「こういう場所では、あまり余計な関わり合いの機会を持つな。あいつにだって同伴者がいるだろうし、薔薇の系譜の女達は気性が荒いぞ?」

「…………まぁ。そのような方達だと、お友達にはなれなさそうな感じがしますね。ロサさんは用無しになりました…………」

「そうか。お前の狙いはそっちか。尚更やめろ」

「ふぎゅう………」



どこかから、ダンス用の音楽が流れ始める。


統括の魔物がいるならと周囲を見回したネアはアルテアに叱られたので、ほこりがいないかと探していたと釈明すれば、他にいるとしたらヨシュアと、カルウィ近辺の統括をしている魔物だけだと言われて、ネアは頷いた。


大国の統括ならば参加資格はあるが、とは言えその中でも春や、その参加者とは相性が悪い者もいるそうだ。

ほこりは悪食なので、ダナエのいる春告げの舞踏会には入れないらしい。



(と言うことは、またあの夢見るような瞳をした魔物さんに会えるのかしら………)



そんなことを考えていたら、すいっと頬を指先で撫でられた。


おやっと目を瞠ったネアに、花びらの舞い散る美しい春告げの舞踏会の喧騒を背に、アルテアがやけに静かな顔でこちらを見下ろしている。



踊り始めるつもりなのか、会場の端のあまり人のいないところに連れて来られた。

確かにここなら踊り易いものの、昨年のように真ん中の方では踊らないようだ。

ネアが首を傾げると、アルテアは、なぜか片方の手袋を外した。



「むぐ…………」



エスコートする時に腰に回す方の手なので、背中に添えられるとその温度が肌に触れる。

ネアは眉を寄せて振り返り、そんなアルテアの指先を睨んでから、アルテアをもう一度見上げる。



「指先でつつっとやられると、ぞわりとします。擽ったいので苛めでしょうか?」

「お前は何かと危ういからな。こうして触れておかないと、いざという時に対処が遅れる」

「まぁ。私とて淑女の端くれ。はしゃいで踊って、腰痛になったりはしませんよ?」

「……………おい、何でそこに辿り着いた?」

「む?ドレスの開いた部分に、ぴったりと手を当ててくれているので、腰の筋肉が冷えないように温めようとしてくれているのではないのですか?」

「よし、お前は暫く黙れ」

「解せぬ」



細やかな気遣いに感謝しようと思っていたネアは、なぜか黙るように言われてしまい、その不満を体現するべくばすんと怒りに弾んだ。

こちらを見たアルテアの瞳がふっと危うい翳り方をしたので、怒ったのかなとぴたりと動きを止めると、顎先に指をかけられて顔を上向きにされると、当然のように額に口付けを落された。



肌に触れた吐息は甘く鋭いものだったが、それは多分、この魔物の魔物らしさの一端なのだ。

ネアが口付けの落とされたおでこを片手で押さえると、アルテアは艶麗に微笑みを深め、ふわりと唇にも一つ口付けを落とし、ネアを渋面にさせた。



「むぐる………」

「…………………守護を重ねておいてやる。俺はもう、お前との相互間守護は結べないからな」

「なぬ。この特製の靴も、首飾りにはきりんさんもいるのに、アルテアさんは心配症なのです……」



どうやらアルテアは、そんなことを気にしていたらしい。


一瞬暗く翳ったような気がした眼差しは、うっかりネアがどこかに落ちたりしてしまうことを考えて、その時の騒ぎを想像したからなのだろう。

そこまでされると気恥ずかしいのだと唸りたくなったが、使い魔の契約を解除されてしまって、この魔物も案外心細いのかもしれないと仕方なく許容することにした。



「それと、………あんまり手を下げられるとちょっと………」

「ほお?お前にも、漸く人並みな羞恥心が芽生えたか?」

「そこは腰痛にはなりませんし、ダンスの為に手を添えるにしては下過ぎて体の軸がずれてしまいます…………」

「……………腰痛から一度離れろ」

「…………なぬ。腰痛ではないとなると、……………は!」



アルテアの手がしっかりと当てられているのは、ドレスの背中の開きの一番深いところ。

尾てい骨のあたりだ。

指先がお尻にかかりそうなのでやめ給えと思っていたネアは、そんな辺りに触れたアルテアの恐ろしい企みに気付いてしまった。



ふるふるとしながら見上げると、こちらを見下ろす赤紫色の瞳は深く鮮やかで、その中に揺れる男性的な欲望の影に、ネアは確信を深めた。



まるでけだもののような鋭い微笑みを深めたアルテアが、その唇をネアの耳元に押し当てて甘く囁く。



「…………ん?どうした?そろそろ、自覚が出て来たか?」



ネアはそんな魔物を見上げて、すっと瞳を細めた。

その冷ややかさに眉を寄せたアルテアに、厳しく宣言する。



「さては、ちびふわのお仕置きの仕返しとして、私に尻尾でも生やそうとしていますね?そんなことをしたら、絶交した上できりん箱の被験者にしますよ!」

「………………そうか。お前の情緒は永遠にそこにいるんだな」

「おのれ、またしても情緒を貶す所業。許すまじなのです!!」


怒り狂ったネアが弾めば、アルテアは深くため息を吐くと、脇腹を広げた手を添えて掴むようにして、胸の下のあたりをぎゅっと圧迫してネアの弾みを防止してくる。



「弾むなと言った筈だぞ?俺の箍を外して、そういう形で俺に繋がれたいならそれでも構わんが、お前はそれでいいんだな?」

「…………尻尾仲間にされるつもりはありません。尻尾生物は愛でるのが良いのであって、自分には必要ないのです。尻尾は座るときにごつごつするので、きっぱりお断りします」

「……………もういい、黙れ。お前に妙な欲を出した俺が馬鹿だった」




なぜかアルテアがくしゃりとなったので、ネアは弱ってしまった魔物をぐいぐいと引っ張ってお料理のテーブルの方に移動しようとした。



「…………まずはダンスだ」

「むが!ゼリー寄せ的なお料理が…………!」

「諦めろ。踊ってから食え」

「むぐるる」



あえなくネアは会場の真ん中に連れ出されてしまい、まずは先にダンスに参加することとなった。



美しいドレスを着せて貰っているし、ダンスはとても楽しみなのだが、お目当の食べられる花を使った前菜を楽しむのは、まだまだ先のことになりそうだ。








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