表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
712/980

臨時相談室と謝罪の方法





「なぜここに集まったのだろう…………」



エーダリアはその夜、ようやく手こずっていた書類を終わらせたのにもかかわらず頭を抱えていた。

なぜか執務室に、魔物の第三席までが勢揃いしているのだ。



「僕も、呼んだのはシルだけだから、これはどうかと思うけど、…………」



いつもは軽妙に追い出しにかかるノアベルトまで、今夜は困惑している。

何しろ、ウィリアムは完全に物言わぬ状態になってしまっているし、アルテアがしているのは、レシピノートの編纂ではないか。



(そもそも、もう丸一日以上経ったのに、まだこんな状態なのか………?)



「おい、今週のどこかであいつを借りるぞ。…………聞いてるのか?」

「……………擬態で魔術可動域を低く設定すると、木の板に残った魔術を割って釘を打ち込むことがこんなに難しいのだね」

「えーっと、シルが聞いてないみたいだから代わりに答えるけど、ネアは今週すぐにアルテアと出かける程、割り切りが早くないと思うよ」

「…………そもそも、お前は入り浸り過ぎだろ」

「アルテアに言われたくないよ!」



ネアは今夜、仕事終わりにグラスト達とゼベル夫婦に誘われて晩餐を共にしている。

それもまた珍しいことで、置いていかれたディノは必死に鳥の巣箱を作っていた。

しかしながらこの措置は、ゼノーシュとゼベルの計らいなので、ネアが怒って魔物を置いていったということではない。



人間の作る道具の知識がないからと、そんなディノがエーダリアの元に来るのは構わない。

だがそこに、なぜウィリアムとアルテアまで来てしまったのか。

高位の魔物二人であるどころか、一人はかなり忙しい筈の終焉の魔物である。



(そして、仮にも万象の魔物が、床で作業していていいものか………)



「…………エーダリア、この丸い穴を開けるのはなぜなのかな?」

「ああ、そこから小鳥が中に入るんだ」

「扉ではなくていいんだね…………」

「羽では開けられないからな」

「暗くはないのかな。灯になるものもつけたほうがいいかい?」

「そうすると、灯りの魔術を狙って、小さな妖精や虫が雛のところに集まって来てしまいそうではないか?一般的なものは照明の類はないから、そのままでいいのだろう」

「………雛?」



不思議そうに首を傾げたディノに、そもそも鳥の巣箱を作るのは、子供を産み育てる為に巣作りをする小鳥を呼ぶ為のものなのだと教えてやった。



「子供部屋もいるのかい…………?」

「ありゃ、………エーダリア?」

「一部屋でいいのだ。その、……木の枝などに作られる鳥の巣は分かるか?」

「部屋は一部屋でいいみたいだよ。そもそも小鳥ってさ、……魔術で模型を作るよ。こういう巣を作って子供を育てる訳だから、一部屋でいいんじゃないかな?」

「………随分と簡素な家をつくるのだね。こうなると、屋根もないのかい?」

「うん。だから、木のうろなんかを巣に使える鳥は有利なんだろうね。この小屋は、きっと自然の中にいい場所を確保出来なかった鳥が、人間の手で作られたものでも良しとすれば、居着いてくれるって感じなんだと思うよ」

「…………ノアベルト、その模型を貰ってもいいだろうか」

「わーお、シルよりエーダリアが食いついたぞ…………」



ノアベルトが作った塩の結晶石の小鳥の巣の模型を貰い、執務用の机の横に飾ってみた。

丁寧に卵の模型まで入っているが、卵大の塩の結晶石は透明度が高く、どれだけ無垢な魔術の練り上げがあるかと思うと高価な魔術道具よりも価値がある。


それを眺めて悦に入っていると、止めなければいけない会話が聞こえてきた。



「………大きく作れば、沢山入るのかな?」

「うーん、それはどうなんだろう。小屋ってことだし大きくしてみる?」

「ひ、ひと家族用の小さなものでいいのだ。小鳥にもそれぞれに縄張り意識がある。子育て中は他の番とは距離を置きたがるからな」



そう説明すると、魔物達は目を瞠って素直に頷いた。


元々、鳥の巣箱には様々な表現方法があるのだが、ゼベルは当初、ちびまろ館のようなもう少し大きな定住用のものを作るのかと想定しており、小鳥の“小屋”として運用されていた。

ところが、ネアの可動域では巣箱程度のものしか作れないと判明し、小さなものに変更され小鳥の呼び込み方も変えたのだが、悔しさからネアがそのまま小屋という表現を使用した為、魔物達には望まれる規模が伝わり難いのだろう。


(自身は断念した大きなものを作られると、ネアがまた荒みそうだからな………)



その危険はどうにか回避出来たようだぞと考えていると、今度は部屋の隅にある窓際の椅子に座ったまま、先程から一言も発していないウィリアムが気になった。



ノアベルトは放置しているので、そちらまで歩いてゆくとそっと声をかけてみる。



「ウ、ウィリアム……………?」



ゆっくりと視線だけをこちらに向けた終焉の魔物は、エーダリアが見たどんな時よりも終焉らしい陰鬱な眼差しをしていた。



「……………俺はもう、ちびふわのままでいれば良かったんだろう」

「ちびふわの、ままで……だろうか?」

「あの姿だと、せめてネアの側にはいられたからな。………この姿では、ネアにとっては忌まわしいばかりだから」

「い、いや、そこまでではないのではないか?」

「だが、俺は擬態魔術はあんまり得意じゃないんだ…………。はぁ、次にネアに会えるのは、いつになるんだろうな……………」




(そもそも、私は、誰かを慰めるような言葉選びは不得手なのだ…………)



思ってたよりもずっしりと落ち込まれ、エーダリアはちょっとだけ泣きたくなった。


せめてアルテアくらいは飄々としているのかと思っていたのだが、気付けばレシピノートの編纂をしながら何かの計画を立てていたアルテアは姿を消している。

部屋の反対側では、何枚目かの木の板を金槌でばりんと割ってしまったディノが、悲しげにノアベルトと顔を見合わせていた。

ふっと顔を上げて二人でこちらを見るので、仕方なくまたそちらに行ってやり、金槌を振り下ろす力が強すぎるのだと教えてやった。




「ダリル、助けてくれ。私では手に負えない………」



その足で今度は通信魔術のところへ行き、思わず代理妖精にそう通信で助けを求めると、ダリルは冷たくその要請を切り捨てた。



「あのねぇ。ネアちゃんの性格だと拗れたらおしまいだから、あいつ等をムグリスやちびふわにしてやったんだよ。そこまでしてやったのにその間に自力で謝罪出来なかったんだったら、もう面倒は見きれないね」

「だ、だが、放っておけないだろう………?」

「死にやしないよ。放っておきな」

「そ、そんな………ダリル?ダリル!」



通信はあえなく切れてしまい、エーダリアは呆然としたまま立ち尽くした。



今回の一件では、ヒルドやゼノーシュは完全にネアの味方で、寧ろここにいる魔物達に腹を立てている方だ。

よって、自力で謝れなかった魔物に手を貸してくれるとは思えない。


また、ダリルの場合は、今回の件を利用し魔物達を怯えさせるという目論見があるようだ。

何しろ、執務中にヒルドからその一報が入った時、そろそろ中弛みになる頃合いにネアがいいところで魔物達を震え上がらせてくれたと、実はかなり喜んでいた。



『魔物ってものはね、すっかり安心させると横着して自分の欲を押し付けるようになるもんだ。だけど、自分の失態で信頼や好意を失ったかもしれないとなりゃ、愛するものを失うということにかけては、随一の弱さを誇る魔物は圧倒的に不利になる。請い願う気持ちってのは、隷属の領域だからね、今回の騒動で、いっそうに心を差し出すようになるだろうよ』



なのでダリルは、その罪を償う方法として、魔物達をあえて、小さな獣の姿という弱者の立場に落としたのだった。

その姿にでもならなけりゃネアが許さないと言われ、高位の魔物達は悄然としたままそんな罰を受け入れてしまっていたし、確かにネアも、あんな姿になられてしまうと許すしかなくなると告白している。


だがエーダリアは、良い躾になるとご機嫌で微笑んでいたダリルの姿がちらついて、花柄にされた高位の魔物達を見るだけで、罪悪感で胸が苦しくなった。



(それに、力関係を定着させるというような問題だけで済むものなのか?…………ウィリアムがそろそろ危ういような…………)



そんな不安を抱えて途方に暮れていたエーダリアは、ふわりと転移で戻ってきたアルテアにほっとしてそちらを見た。

確かにこちらは外客も入れられるような作りの執務室だが、いつの間にここに直に転移で入れるようになったのかは、また明日ゆっくり考えよう。



「戻ってくれて良かった。そのウィリアムがだな…………、アルテア?」



思わずぎょっとして名前を呼んでしまったのは、アルテアの瞳から完全に光が失われていたからだ。



「…………なんだ?」

「そ、その、…………何かあったのか?」

「……………さあな。……おい、ウィリアム。ハンクの戦乱はそろそろ鳥籠だろうが。仕事に行けよ」

「……………放っておいて下さい」

「…………辛気臭い奴だな。そりゃあいつもいい加減お前にはうんざりだろう。言っておくが、また鳥籠ごと腐敗させるなよ?あの近くには、俺が手入れしてる街があるんだ。狩り場を荒らすな」

「ああ、アルテアのお気に入りの聖女がいる、泉の街でしたっけ?いくら俺でも、あなたの伴侶候補を損なうようなことはしませんよ」

「…………駒を伴侶にする程に不自由はしてない。お前、一度でいいからその物言いで外に出てみろ……………」



ふっと瞳を暗く眇めて揶揄したウィリアムは、エーダリアの知る穏やかだが不器用な魔物の面影はない。

魔物らしく獰猛で、したたるように暗く刃物のような言葉は鋭く辛辣だ。

ぐっと不愉快そうに眉を寄せたアルテアとそんなウィリアムを交互に見て、エーダリアは頼むから他所でやってくれと言いたくなった。



(だが、このままではまずいな…………)



奥の二人がまだ巣箱作りに夢中になっているのを確認すると、エーダリアは短く転移を踏み、最も頼りになる援軍に助けを求めるべく、騎士棟のとある騎士の部屋に向かった。



いきなりやって来たエーダリアに目を瞠ったその手練れに頭を下げ、何とか助力を請う。



「すまない。私ではもう限界だ。………せめてウィリアムだけでも、どうにか許してやってくれ。あれは、ガレンの前の第二席が、ロクサーヌに手酷くふられて、心の安寧を求めて失踪した時の目と同じ目だ。因みに、数十年経っても彼はまだ帰ってきていない………」

「………………ほわ」



そう頭を下げたエーダリアに、ほろ酔いで頬を上気させていたネアが目を丸くする。

隣に座っていたゼベルの伴侶の夜狼も、困ったように首を傾げた。



「…………まぁ。アルテアさんは先程解雇しましたが、ウィリアムさんはもう充分に謝って下さったので、もう虐めないで下さいねという形で、ちびふわ魔術も解いた筈だったのです………」

「ウィリアムはそう思っていないようだ。ちびふわではなくなったことで、もうお前の側にはいられなくなったと思っているぞ?…………それと、アルテアを解雇、………したのか?」



それは恐ろしい報告だった。

聞き間違いだろうかと恐る恐る尋ねれば、なぜか現場は致し方ないという雰囲気になる。



「はい。アルテアさんは、よりにもよって先程こちらに押しかけ、グラストさんのお部屋を死守するゼノを不安にさせた挙句、私に、お前が面倒臭いから明日は屋敷に泊めてやると言うのです。ちょっと意味が分からないので結構ですとお答えしたところ、まだ鳥が入りもしなかった巣箱のことを根に持っているのかと暴言を吐き、べしんと頭をはたかれましたので、即時失格の退場処分としました」

「……………それであの目をしていたのだな。………しかし、使い魔だったのに構わないのか?」

「うむ。ダリルさんから、アルテアさんに関しては今回のちびふわ刑でも懲りなければ、一度ぽいしても構わないと言われていましたので、有り難くそうしてみました」

「ダリルが………」

「はい。ダリルさん曰く、アルテアさんはとても懐いているので、森に帰してもすぐにまた戻ってきてしまうそうです。ただし、ウィリアムさんについては、場合によっては私の方が大人になって寛容に対処すべしと言われていましたので、………ふむ。一度、エーダリア様のお部屋に行った方が良さそうですね」

「そ、そうだな。………是非に頼む。それと、ディノはかなり苦労して、鳥の巣箱を作っていたぞ?」

「ふふ、ディノとはもうしっかり話をして仲直りしたのですが、その時に、今度は私の為にディノが同じようなものを作ってくれると約束してくれたのです。初めてのことですから、困ってしまっていませんでしたか?」

「ノアベルトが一緒に見ているようだ」



そこでエーダリアは、その巣箱が集合住宅にならないように阻止したのは自分だとは言わなかった。

ネアにはまだ、こちらに過分に気を遣うような部分もあるので、それを知れば、エーダリアに迷惑を詫びねばならないと考えてしまうだろう。



「では、すまないが一度ネアを借りるぞ」

「ネア殿、こちらには戻れればで結構ですよ。もういい時間ですし、今日はお疲れでしょう」



そう言ったグラストに、ゼベルも笑って頷いている。


この二人が飲み出すと、節度を保ち少しずつ酔いを深めてゆく代わりに、様々な会話をこんこんと深めてゆき、異様に長く飲むという傾向が強く、一度一緒に飲んだエーダリアは朝まで付き合わされて疲労困憊した記憶があった。

確かに、しっかり睡眠も取りたいというネアは、そろそろ退出した方が安全だ。




「ディノもエーダリア様のお部屋にいたのですね。……ご迷惑をおかけしてしまいました」



転移の合間に、ネアにそう詫びられた。

苦笑して首を振り、結局当事者であるネアの力を借りなければならなかったことを逆に詫びた。



「いや、私は……あまり言葉選びに長けていないのだ。ウィリアムを元気付けることも出来なくて迷惑をかけるな。……お前の方はもう大丈夫なのか?」

「アルテアさんにはまだ腹を立てていますが、ウィリアムさんはあそこまで落ち込んでいるという雰囲気作りをされてしまうと、不本意ですが許してしまいます。やはり、魔物さんは狡猾なのです!」

「いや、ウィリアムの場合は本気であそこまで落ち込んでいるような気がするぞ。………よほど、お前を失いたくないのだろう」



そう言ってやっても、ネアは特に欲を出したり、女性としての恥じらいを見せることはなかった。

あくまでも、彼女にとってのディノ以外の魔物達は守護や庇護を与えてくれる良き隣人であり、人ならざる者であるのだ。



(そういう認識においては、ネアはやはりその特異性を変えないのだな………)



高位の魔物達を誰よりも、ただの不器用で無垢な子供のように扱いながら、同時に山から降りてきた野生の獣のようにも扱う。

そのどちらかに偏っても不安定になる足場は、そのどちらもを適応させられるが為に魔物達の心を掴むのだった。




「………………ネア」



そして、そんなネアが部屋にやってくると、ウィリアムはぎくりとしたように顔を上げた。

アルテアの姿は既になく、ディノの作っていた巣箱はかなり歪だが完成はしたらしい。

自信がなさそうに隠している巣箱の方をちらりと見て、ネアは少しだけ微笑んだようだ。



「ディノ、素敵な巣箱を作ってくれていると伺いました。こちらのお話を終えたら見せて下さいね」

「……………ご主人様」

「そして、ウィリアムさん。…………むむ、ささっと俯かれてしまいましたが、また虐めないでいてくれれば、私はもう怒っていませんよ?」

「…………ああ。気を遣わせてすまないな。だが、怒りと失望や嫌悪はまた別のものだろう。………今回のことは全面的に俺が悪かった。……無理をしなくていい」

「……………むむぅ。かなり面倒臭いことになっています」

「ネア!」



ネアはまだほろ酔いなのか、そんな遠慮のない一言にウィリアムはがくりと肩を落としてしまい、慌てて窘めた。


するとネアは無言でウィリアムの方に歩いてゆくと、ぼすんとその膝の上に座ってしまうではないか。



「…………っ?!」


ウィリアムがぎょっとしたように体を揺らし、奥でディノが立ち上がる。



「ずるい。ウィリアムを椅子にするなんて…………」

「ディノは鳥さんの小屋を作ってくれているので、後で椅子にしてあげますね。指を痛めてしまったりはしていませんか?」

「……………ウィリアムなんて」

「ウィリアムさんはこのままだと面倒臭く拗らせそうなので、実力行使です!」

「実力行使…………なのだろうか」

「うむ。………と言うことなので、…………む、死んでる」



ウィリアムは完全に固まっていた。

嫌われたと感じて落ち込んでいたところに膝の上に座られてしまい、思考容量を振り切ったのだろう。

しかし、ネアにぺしぺしと頬を叩かれるとはっとしたように目を瞬き、目元を困惑に染めた。



「ネア…………?」

「ウィリアムさんは、私と仲直りするのは嫌ですか?」

「そんなことはない。………だが、君は嫌じゃないのか?」

「酷いことをされて私が悲しんだり怒ったりして、ウィリアムさんはちびふわになって謝罪してくれました。一晩のちびふわ襟巻きで私の心は落ち着き、翌朝仲直りしたつもりだったのです。また私の傑作や、大事なものをばりんとされたら怒り狂いますが、………もうしません?」

「…………ああ。勿論だ」



首を傾げて言質を取っているネアに、ウィリアムはその両手を握って頷いている。

傍目には、終焉の魔物が変わらぬ愛を誓う男のようにしか見えないとんでもない光景だが、ダリル風に言わせればこれは躾の場面なのだった。



「では、仲直りです!もし、私をちょっぴり慰めたい期間であれば、また串焼きのお店に連れて行ってくれても構いません!」

「分かった。幾らでも連れて行くよ。………ネア、今回のことで、あんな風に悲しい思いをさせてしまってすまない」

「はい。そのウィリアムさんの謝罪を受け入れます。あの時は怒り狂って大嫌いになりましたが、仲直りしたので、元通りの大好きなウィリアムさんなのです」

「えー、ウィリアムなんかそのまま捨ててくればいいのに」



ノアベルトがそう不満の声を上げているが、それは野次を飛ばしているだけで、実際にはそこまで不快には思っていないようだ。

やれやれというように、瞳が笑ってしまっている。


ネアは最後の一言でまたしてもウィリアムを固まらせると、その膝の上から飛び降りてディノの方にやって来た。




「ウィリアムなんて……」

「面倒臭………荒ぶるウィリアムさんは無事に鎮めましたので、今度は大事なディノの作ってくれた鳥さん小屋を見たいです。私に見せてくれますか?ディノが作ってくれたものがあるなんて、きっととても素敵なのでしょうね」

「ずるい。…………かわいい」


ネアは巧みに魔物達を転がして処理してゆき、ウィリアムは情緒も安定したようだし、ディノは自慢げに少し歪んだ巣箱を見せている。

ネアはそんな巣箱を嬉しそうに手のひらに乗せてじっくりと鑑賞すると、こちらに自慢してきた。



「見て下さい、エーダリア様!私の魔物は、魔術を使わなくてもこんな上手に鳥さんの小屋が作れるのですよ!ふふ。左側の屋根が短くなっているのが可愛くて、すっかり気に入ってしまいました」

「ご主人様!」

「きっとノアも手伝ってくれたのですよね。ノア、ディノに知恵を貸してくれて有難うございました」

「うん。無事に出来上がって良かったよ。シルは、力加減さえ分かれば案外器用みたいだね」

「何て頼もしい魔物なんでしょう。この巣箱は、藁と鳥さんが心惹かれるように鳥の餌も少し入れておいて、明日の朝に木の幹に設置しに行きましょうね」

「一緒に行ってくれるのかい?」

「ええ。勿論です。ディノの作ったこのお家には、どんな鳥さんが住んでくれるのかと、今からわくわくしますね」

「ご主人様!」




実は、今回問題になった鳥の巣箱をネアが準備していたのは、ちびまろ館にあまり手をかけると、昨年の闇の妖精の事件を思い出したディノが不安になるだろうかということからだった。

しかし、ある程度は小さな生き物達と触れ合わせ、小さな生き物なりの営みや、そういう者達と共存してゆくことを教えたいということだったので、ゼベルが起案して鳥小屋になったのである。


紆余曲折はあったものの、上手く当初の目的に近付いたこともあり、ネアは満足そうだ。



『ディノが高位の魔物さんだからこそ得られなかった体験を、色々とさせてあげたいのです』


巣箱を作ると決まった日、ネアはそう言って微笑んでいた。

万華鏡のような世界の彩りのそのあちこちに、見知った面影や心を動かした記憶を残してゆけば、いずれ自分がいなくなった後にも自分の魔物が心豊かに暮らせるだろうと信じるように。


『私が脆弱な人間で、可動域や運命的な不都合があるのは確かです。そんな怖さばかりと向き合ってしまわないよう、新しいものや楽しいものをあちこちに設置し、俯いてしまわないように歩いてゆければいいのですが………』


ネアがそう考え、魔物を喜ばせようとして作ったものだと、ディノに教えてやっていたのはゼベルだった。

今回のネアの行動にゼノーシュやゼベルが賛同したのは、彼等が置いていかれる側の存在として、或いは置いてゆく側として、伴侶や契約者からそのように心を傾けられることのかけがえのなさを知っているからなのだろう。


(ゼベルは人間としては長生きをするだろう可動域だが、それでも夜狼の方が長く生きる。魔物と歌乞いでは言わずもがな。彼等は皆、その先のいつかのことを考え心を揺らすのだろう…………)



そんなことを考えたら、こうして穏やかになった室内に一人の魔物が欠けているのがいささか不憫になった。

彼とて先程まで、ネアを喜ばせようとレシピノートの編纂をしていたくらいなのだ。



「ネア、アルテアはお前を喜ばせようと、何を作ってやるのかあれこれ考えていたようだ。使い魔の契約の解除は構わないが、少し優しくしてやるようにな」

「まぁ、そうだったのですね。………一応、使い魔さんではなくなっても、まだ私の魔物さんではあるので、引き続きかじつぼうは作ってくれるようにお願いはしてあります。アルテアさんも吝かではないようで、一日待てと言われていますが、それでは足りないでしょうか?」

「……………そう言えばそうだったな」



エーダリアはその約束があったのならまだ安心だろうかと一息吐いたが、ふと気付くと、室内の空気は一変して張りつめたものになっていた。



「ネア、………アルテアを放逐したのかい?」

「はい。先程懲りずに苛められましたので、ぽいしました」

「ご主人様………………」

「なぬ。なぜに急に羽織ものになったのでしょう?まぁ、………ディノ、泣いているのですか?」

「…………わーお。本気で捨てられたから、さっきはあんな様子だったのかぁ……………。ありゃ………」

「ネア、俺にまだ気付かないことや至らないところがあった場合は、縁を切る前にどうか話す機会を作ってくれ……………」



不正解を出した一人が本当に契約を切られたと知った魔物達はすっかり怯えてしまい、ネアはなぜ急に魔物達が怯え出したのだろうと首を傾げている。


エーダリアは、以前、自分は気に入られていると思い込んで不相応な要求をしたことで、ダリルに一蹴されて捨てられてしまった魔術師がいたことを思い出した。

あの時のダリルの支持者達の怯えきった様子がふっと重なるような気がしたが、慌てて首を振ってその光景を掻き消す。



だが、こうして着々と力関係を認識させてゆき、依存度が増してゆくのだなと納得させられる事件でもあった。




なお、アルテアはその翌々日には、使い魔の契約などどうでもいいが、春告げの舞踏会までには機嫌を直しておけよという体で、ネアに果実棒とやらを持ってきていた。


ディノが作った小鳥の巣箱には、どこからか巣箱問題でネアが悲しむ事件があったようだと聞き及んできたらしいネアの支持者達が、あの手この手でその巣箱に小鳥を誘致した結果、ネアが喜ぶような綺麗な青い小鳥の番が住みついたようだ。

その巣箱は今も、見守る会の会員達に手厚く管理されている。




エーダリアの執務机の横には、ノアベルトが作った鳥の巣の模型が置かれていた。


あまりの魔術精度と繊細な作り込みに、一度中央との書類のやり取りを請け負い訪れたエルゼも感動していたので、エーダリアの密かな自慢である。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ