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鳥の家と鳥籠の獣




その日のネアは、この世の残酷さに打ちのめされていた。


なぜ自分は魔物などというものを信頼してしまったのか、目の前でこちらを酷薄な目で見ている魔物達に言葉を失う。


その手にはネアの大切なものが、無残な形で吊り下げられている。

だらりと垂れ下がって壊れたものを見て、ネアの胸の奥がぐぐっと嫌な音を立てた。




「ネア、これは何なんだ?」



そう言うのはウィリアムだ。

その手に持たれた歪な木の箱のようなものを、ウィリアムに呼ばれて見に行ったディノが不思議そうに見ている。


アルテアは責めるような目でこちらを見ていて、その赤紫色の瞳はまるで夜の中から忍び寄ってくる人ならざるもののように、ひどく魔物らしい。

小さく吐いた溜め息はうんざりとしていて、ネアはその突き放すような冷たさに胸の中の悲しみを押し殺す。



「お前はまた妙な小細工をしたのか。そろそろ、ある程度の節制を覚えた方がいいんじゃないのか?」



ネアは勿論、声を発して彼等に答えようとしたのだ。

だが、ウィリアムの手にぶら下げられたものを見た途端、心や体から力が抜けてしまうようになって、上手く喋れなくなったのだ。



「………これは、どこにあったんだい?」

「リーエンベルクの庭の外れ、禁足地の森に面したところですよ」

「これで手紙でもやり取りしてたのか」

「これで、手紙を…………?」



その発言にディノは微かに眉を顰め、ウィリアムの持っていた箱に手をかけた。

中を上手く覗けないとわかると、上の板のところに手をかけ、紙の箱を開けるようにばりんと剥がしてしまった。



ぺりぺりと綺麗に分割されてしまった木の蓋は、貼り付けられていた部分の木が割れてしまっていて、何とも無残な有様だ。




「っく……………」



ネアが小さく声を上げ、ディノが少しだけ拗ねたようにこちらを見る。

魔物達は、これがネアの浮気の道具だと信じて疑わないのだった。



「中に何か入ってますね。…………藁と、………豆?」



ここで、まずアルテアが気付いたようだ。

ぎくりとしたように箱を二度見し、ひどく慎重にネアの方を見るとまたしてもぎょっとした。




「……………おい?!」

「…………ネア?!」

「ネア……………?」




ぽろりと、堪えていた眦から涙がこぼれた。

ネアはその涙が下に落ちないように、ぐしぐしと手の甲で擦り上げ、一度だけだしだしと足踏みした。



そして、湧き上がる怒りと絶望と堪えきれない悲しみに包まれ、ネアは呆然とこちらを見ている魔物達に悲痛な声を上げたのだ。



「それは、森の鳥さんが遊びに来てくれるようにと一生懸命作った鳥の小屋です!私は魔術かど、……ふぎゅ、………可動域が低いので、釘打ちも上手く出来なくて、頑張って、頑張って、時間をかけて作ったのです!!…………それを、……ふぐ。皆さんは木から剥がして壊してしまったのですね?」



そう言い終えたところで、ネアは悔しくて悲しくて涙が止まらなくなった。

小鳥が住んでくれたらディノにも見せてあげようと、密かに楽しみにしていたのに。




「ネ、ネア…………」



おろおろとしているディノが手を伸ばそうとしたところで、ネアはまたしてもだしだしと足踏みをする。

そして、慄いたように固まってこちらを見た三人の魔物達に、決定的な言葉を突きつけた。



「い、意地悪です!!私の心をぼろぼろにしました!!そんな冷酷な魔物さん達なんて、………ふぎゅ、……むぐ………だ、大嫌いです!!」



びゃっと泣き出したネアは、びしりと固まった魔物達を置き去りにしてその場から走り出すと、真っ直ぐに今日はお休みで自室にいるヒルドの部屋に駆け込んだ。



いきなりノックをされて部屋の扉を開けたら泣いているネアがいたので、ヒルドはかなり驚いた筈だ。



「ネア様?!」


びゃあびゃあ声にならない声を上げて、かなり控えめだが大人としてはそこそこに泣いているネアを、ヒルドはすぐにさっと抱き上げて部屋の中に入れてくれる。

ヒルドの部屋で一緒にのんびりしていたらしい銀狐も、目を丸くしてけばけばになっている。



「っふ。………ふぐ!冷酷な魔物さん達に虐められました!と、鳥さんの小屋を壊されたのです!!……………ぎゅ」

「………あの、ネア様が苦労して作った小鳥の小屋をですか?」

「…………ふぇっく。……魔物どもめは、私があの箱を使って、誰かと浮気をしていると考えたのです。…………っく。私の力作をばりんと壊した意地悪魔物なんて、大嫌いです!」

「…………ネア様」



ネアを抱き抱えたまま、ヒルドは丁寧に泣いているネアの頭を撫でてくれた。

丁寧に撫でられてふすんと鼻を鳴らして泣き腫らした目で顔を上げたネアに、優しく優しく微笑んでくれる。



「では、そのような愚かな者達は、私がしっかりと懲らしめておきましょう」

「ヒルドさん……」

「可哀想に、こんなに泣いてしまわれて。このようにあなたを悲しめるなんて、許されないことですね」



ヒルドがネアを抱いたまま長椅子に座ると、しゅばっと光の速さですっ飛んできた銀狐がすりすりしてくれる。

ネアはほとんど無意識にそのお腹を撫で、しっかりと抱き締めて心の穴を埋めようとした。


「……とは言え、あの鳥小屋のことをどこで知ったのかが気になりますね。ネア様は、小鳥が住むようになってから、ディノ様に見せるのだとまだお話しされていませんでしたよね?」

「……………ふぁい。ウィリアムさんと、アルテアさんが木から剥がして来ました」

「ふむ。では誰がその小屋の存在を教えたのかも含め、話をしてみた方が良さそうですね。……私が同席しますので、彼等と話してみましょうか?」

「…………むぐ!あの三人とは、今日に限って絶交です!!」



荒ぶったネアがじたばたすると、ヒルドは目を丸くして銀狐は更にけばけばになった。



洗濯すら出来ない魔術可動域のネアにとって、木で鳥の小屋を作るというのは思っていた以上に大変な作業である。


治癒魔術が必要なくらいに手をがびがびにして、ゼベルとゼノーシュに手伝って貰ってやっと作れたものなのだ。

家というものを組み立てる為に必要な魔術も借りて来ての難作業を乗り越え、製作期間は二週間にも及び、出来上がる前に投げ出したくもなった。



そんな苦しみを経て、やっと作った鳥の小屋なのだったのに。




あの小屋はもう元通りにならないだろう。

木から剥がされたことで裏板が割れていたし、鳥が警戒をしないようにと余分な魔術証跡を残さないように苦心したものの、ウィリアムが掴んでしまった以上はそれももう望めない。


そもそも、鳥の小屋をどうして浮気のツールだと考えられたのか、そんなことを疑わずにあっさりと信じたのか、そこからしてひどく腹立たしいではないか。




「むぎゅう!」



それを考えてまたじたばたしたネアに、慌てた銀狐が必死にすりすりしてくれた。

両手でそんなまだ冬毛の銀狐を掴んでわしわし撫で尽くしながら、ネアはすっかり荒んでしまった目で虚ろに虚空を睨んでいた。



「許しません……………。私は心の狭い人間と謗られようとも、今はどうしても涙が出てきてしまうのです」

「…………では、ネア様。今日はこちらにいらっしゃると良いでしょう。ここならネイもおりますので安心ですし、私があの方達をあなたに近付けないようにいたしますからね」

「……………ふぇっく」

「ああ、また涙が出て来てしまいましたね」



ヒルドはまたふわりと微笑んで、涙目のネアのおでこに口付けてくれた。

小さい頃、怖いことや悲しいことがあった小さなネアを抱き締めて口付けてくれた母親のぬくもりを思い出し、とげとげしていた胸の奥が安堵に力を抜けるような気がした。


そうして、暫くの間ネアはヒルドの腕の中に避難し頭を撫でて貰いつつ、銀狐を抱き締めていた。


そんなネアを慎重に見守り、ヒルドが立ち上がったのはネアの涙が止まってからであった。



「………さてと、私は少し、彼等と話をしてきます。ああ、ご心配なさらずとも、今日はダリルがこちらに来ていますからね。途中でダリルに預けてすぐに戻ってきますよ」


ヒルドはそう言ってくれると、ネアにわしわし撫でられている銀狐に、くれぐれも危険などないよう、その間はネアを守るのだと言いつけている。


下ろしていた長い髪をふわりと翻し、ネアの額にもう一度口付けを落としてくれると、ヒルドは部屋を出て行った。




「…………むぐ」




部屋の中が静かになると、ネアはせっかくの休日をのんびり過ごしていたヒルドを煩わせてしまった罪悪感と、先程の魔物達の仕打ちを思い出してしまったことの二重奏でまたしても心がしくしくと痛み出した。


じわっと涙目になったネアに、今度はすぽんと人型に戻ったノアがふわりと膝の上に抱き上げてくれる。



ヒルドは部屋を出る前にネアの肩に上着をかけていってくれ、あたたかな緑色のお茶を淹れて置いていってくれた。

穏やかな色調の部屋に、お茶の優しい香りが漂う。



「……………ノア」



ネアを抱き上げたノアは、青紫色の瞳を優しく細めて、ネアの背中を撫でてくれる。

ヒルドが親が子供にするような庇護に長けているのなら、ノアは泣いている女性を宥めるのが上手いのだろう。

どちらの手も魔法の手のように、ささくれだったネアの心を落ち着けてくれる。



「まったく、困った奴等だね。僕達は君の味方だし、君がここに来てくれたのは嬉しかったから、ここでヒルドが休みの日だからとかそんなことは考えなくていいからね?」

「…………ふぎゅる」

「だってほら、少し前までの君なら、どこでもない場所に逃げ出したか、悲しいことを胸の中にしまい込んで何も言わずにいつかの決別の材料にしたんじゃないかな?………だから、こうやって甘えてくれて嬉しいよ」

「………ふ、不思議なのです。ノアが言ってくれたことは、確かに私がやりそうなものでした…………」

「ほら、だって君は僕の妹だし、僕達はよく似てるからさ。…………それにしても、シルまでそんなことをするなんて珍しいなぁ」

「………ぎゅ!ディノは、鳥さんの小屋の屋根をばりんと剥がして壊したのですよ!!」

「ありゃ。しかも壊したのかぁ。………こりゃ、拗れそうだぞ」

「さ、三人とも、ダリルさんに懲らしめられてしまえばいいのです!!…………でも、きっとダリルさんは、しょうもないことで我慢のきかない私に呆れるだけなのでしょうね。ウィリアムさんやアルテアさんもきっと、急に泣き出した情緒不安定な人間だと呆れているだけでしょう…………」



しかし、ネアの予想に反して、ダリルはそんな短慮な魔物達をかなり厳しく叱ってくれたようだ。

ネアは驚いてしまったが、説明をしてくれたのがヒルドなので、相当上手に話をしてくれたのだろうか。




「ネア様、ダリルから差し入れがありましたよ。あのお三方はしっかり叱られておりましたので、これで元気を出すようにと」

「…………むぐ?」



ヒルドが帰って来た時、ネアはちょうどぐしぐしした目を温めた濡れタオルで拭いて貰い、鼻をかんでいたところだった。

少しだけすっきりした顔でそちらを向くと、ヒルドは何やら大きな銀色の鳥籠のようなものを持っている。



そして、そこにかけられた布が捲られると、中にはふるふるしている三匹の小さな毛皮生物が入っていた。




「………………む」



ネアに凝視され、三匹の毛皮生物は後ろめたそうに視線を彷徨わせている。

ムグリスディノは、つぶらな瞳いっぱいに涙を溜めているし、ウィリアムなちびふわは、完全に心が折れた人の目をしていた。

アルテアちびふわは目は逸らしているが、全身の毛をけばけばにしている。



そして三匹とも、いつかのアルテアのような水玉模様仕様から更に限界値を上げられた、可愛い小花模様にされていた。

白い毛皮に控えめな小花模様の不思議に乙女仕様なぬいぐるみのようにされ、銀色の鳥籠の中に閉じ込められた三匹が体を寄せ合っているのはひどく幼気な雰囲気であったが、癇癪を起こしたばかりのネアはふすんと鼻を鳴らすと、ぷいっとそっぽを向いた。



「…………ぷいなのです。そんな意地悪毛皮を撫でるくらいなら、お庭でコグリスを捕まえてきます!」

「キュ?!」

「……………フキュ」

「フキュフ………?!」



さっとノアの背中に隠れたネアに、ちびこい生き物達の驚愕の声が聞こえてきた。

ヒルドはおやおやと微笑むと、鳥籠にかけられていた布を再び下ろしてしまい、ではこれは廊下にでも出しておきましょうと言ってくれた。



「ありゃ、………ネア、ひとまず籠だけは部屋の中に入れておいたら?ダリルが手をかけたなら、どう扱うにしろ受け取りだけはしておくといいんじゃないかな」

「………絶交した筈の魔物が入っています」

「わーお、かなり怒ってるぞ」


ノアは、わざとその一言を少しだけ大きめの声で言ってくれたので、ネアはむぐると唸って同意しておいた。



「さてと、ではこの籠は隣の部屋にでも置いておきましょうか。我々はこちらでのんびり過ごしましょう。それとも、どこかに出かけますか?」

「……………ふぐ。せっかくのお休みなので、ヒルドさんにはゆったり過ごして欲しいのです。ただ、もう少しだけここに隠れてお側にいてもいいですか………?」

「ええ、勿論ですよ」

「じゃあ、ヒルドは読書でもしていてよ。ネアは僕とお喋りしよう」

「おや、ネイは部屋に帰っていても結構ですよ?」

「そんなぁ………」



続き間に置かれた籠はしんとしていた。

ネアはそれから半刻程は臍を曲げ続け、暫くするとやけに静かな籠が気になり始めた。

とても不本意なことに、あのような無防備な姿にされた魔物達が少しだけ不憫になり始めたのだ。

よく考えれば、これはダリルの考えた巧妙な早期解決の罠なのかもしれない。



「…………むぐる」

「ネア、今度の休みはさ、僕達と出かけようよ。まぁ、シルとは仲直りするだろうけど、もう使い魔は捨ててくる訳だし、ウィリアムとも暫くは会いたくないもんね」

「おや、であれば、これから暫くの間は私達の仕事に同伴されますか?勿論、のんびり過ごしていただいても構いませんが、お一人でいると、傷付けられたことを思い出してしまったりと、色々と考えてしまうでしょう」

「ヒルドさん達と一緒に………?」

「ええ。暫くの間は、大きな儀式などもありませんしね」

「…………ふぎゅ」



そう微笑んでくれたヒルドがまた優しく頭を撫でてくれたので、ネアはふにゅっとなった心でその優しさを堪能させて貰った。




かしゃんと、鳥籠が鳴った。



ぎくりとしてそちらを向くと、かしゃん、かしゃんと立て続けに鳥籠が鳴る。

それは小さな生き物が籠に体当たりしているような音で、ネアは胸がきゅっと苦しくなる。

眉を下げたままヒルドとノアを見上げれば、二人は優しく微笑んで籠の方に視線で促してくれた。



ネアはゆっくりと立ち上がると、嫌々なのと気になってそわそわするのとで相反する心を持て余したまま、そっと籠の方に歩いてゆく。


またかしゃんと籠が鳴った。



むぐぐっと逃げ出したくて強張る意固地な心をその音が焦らせ、ネアは、そっとかけられた布をめくってみた。




「キュ…………」



籠に体当たりしていたのは、小花模様のムグリスディノだったようだ。


ネアを見た途端けばけばになってまたしても涙目になると、ちびこい三つ編みをへなへなにして震えている。

短い手を籠の隙間から出そうとして体がぶつかり、かしゃんと籠が鳴っているようだ。



「キュ…………」


涙目で必死にこちらを見上げるムグリスディノは、次の瞬間にぺたりと仰向けに倒れてふかふかのお腹を差し出してみせた。

ネアは別にお腹など撫でたい気分ではないのだが、一生懸命にネアが喜びそうなことを考えたのだろう。




「……………まだ私は傷付いていますし、むしゃくしゃしています」

「………キュ」

「でも、ここで手を差し伸べておかないと、私自身が引き時が分からなくなってたいそう拗れるので、あくまでもその対策の為であって、決してまだ完全に許した訳ではないのです」

「キュ!!!」



鳥籠を開けてけばけばしているムグリスディノを取り出すと、ぽてりとした体を強張らせてネアの手に必死にしがみついている生き物の体温に、なぜだかまた泣けた。



「……そんな愛くるしさで、怒った私に臍を曲げる機会も与えないムグリスディノは、とてもずるいのです…………」

「キュ…………」



そこでネアは、鳥籠の隅っこにうずくまり、まるで戦場で追い詰められた子供のように、目に怯えを浮かべて震えているウィリアムなちびふわを一瞥した。

ネアと目が合うと怯えたようにびくりと体を揺らし、尻尾を体に巻きつけて体をぎゅっと小さくすると、ふるふると震えている。



仕方なくそのちびふわもむんずと掴み上げ、ポケットに入れた。

肩に乗せるとこてんと落ちてしまいそうなので、落ちないようにしたのだ。



「……………むぐる」



なお、アルテアちびふわは目が合うとつんとそっぽを向いたが、ネアが小さく唸ると慌てたのか、しゃっと飛び出して来て勝手にネアによじ登った。

まだ許していないのでぽいっとやってやろうとしたのだが、自らウィリアムちびふわとは反対側のポケットにすぽんと入ってしまったことと、見事な尻尾の毛皮に“私は愚か者です”という文字が入れられていたので、ネアはそれで溜飲を下げることにした。

位置的に、アルテアちびふわ本人は気付いていないに違いなく、ダリルなりの制裁の一つであるようだ。



「…………むぐ」



結局毛皮生物の愛くるしさに負けた惨めな人間は、そのまま途方に暮れた。

自分自身でもどうすればいいのか分からずに戻ってきたネアに、ヒルドが優しくこれからのことを提案してくれる。



「…………悲しむということは、身も心も疲れることです。少しお休みになられては如何ですか?ただ、このような時に一人になるのは良くありませんからね。この部屋で少し横になってはどうでしょうか。すぐ近くに、私もネイもおりますからね」

「……………ヒルドさん」

「一眠りすると、心は少しだけその悲しみの傷跡を癒してくれるものです。怖い夢を見たら声をあげれば、私にもネイにも届きます。………不思議なことですが、時間というものはやはり、怒りや悲しみを癒すのに最適なものなんですよ」

「…………ふぁい」



今度はその優しさに涙が出てしまい、ネアは小さな子供のようにぼすんとヒルドに抱き締めて貰い、勧められたお昼寝を試してみることにした。


ネアは外出用の訪問着だったのだが、ノアが魔術でぽぽんとふかふか寝間着にしてくれ、ネアは目を丸くする。



「ほわ、ふかふか寝間着です!」

「魔術で君の服を書き換えただけだから、後で元に戻してあげるよ」

「むぐ、ノアはすごいですね。………そして、ヒルドさん私は長椅子でも……」


寝台を案内され、ネアは恐れ多いと首を振ったが、ヒルドは少しだけ怖い目をしてみせると、しっかり休むようにとネアに言い含めた。



「それと、そちらの方々はまたネア様を悲しませるようなことをしたら、氷室に放り込んでしまいますよ」

「……キュ!」

「フキュフ?!」

「………………フキュ」



ふかふか寝間着でも健在なポケットに入っているちびふわ達は、ポケットから顔を出すという選択肢はないようだ。

ポケットに埋まったまま返事をしており、ネアはちょっと死んでしまいそうなウィリアムちびふわが気になった。



ブーツを脱いでポケットの中身を潰さないようにしてヒルドの寝台に横たわると、裸足の足に素晴らしい肌触りのふかふか毛布風のシーツに感動する。

枕からは爽やかな香草の香りがして、すうっと安らかに眠れそうだ。


手に持っていたムグリスディノを首筋の窪みから頬の横に乗せてやると、涙目のままのムグリスディノはむくむくの毛皮ですりすりしてきた。

ひしっとへばりついたムグリスディノの側に顔を傾けてやり、ポケットから出したまだ震えているウィリアムなちびふわは首元の襟巻きに採用した。


放って置かれたアルテアなちびふわはもそもそと出てくると、ネアのお腹の上にじっとりとした目のまま丸くなる。

そしてそこで、自分の尻尾の文字に気付いたのかびゃっとけばけばになっていた。



その後のネアはヒルドの寝台で、あっという間に寝てしまったようだ。

泣いたり怒ったりして、ヒルドの言うように思っていたよりも疲れていたのかも知れない。


途中で誰かが毛皮生物達に、ダリルなりの温情に感謝するようにと言っているのだが、ネアは瞼が重くて目を開けられなかった。




「キュ」



目を覚ますと、そこにはネアの頬にすりすりするムグリスディノがいて、そんなむくむくの体を無意識に撫で回すと、ネアは最悪の気分が少しだけ落ち着いているのを感じた。




「どうやら、嘘の精がウィリアムとアルテアに、ネアには秘密があるって話したらしいよ。まぁ、秘密も嘘の一つだし、どこかで心を覗かれたのかもしれないね」



晩餐の席でそう教えてくれたのは、ノアだった。

エーダリアは花柄の生き物達に慄きを隠せないようで、ゼノーシュは自分も完成までを見守った鳥小屋破壊に少しだけぷんぷんしている。


「…………む。あやつが、鳥小屋の秘密を話したのですか?そう言えば確かに、嘘の精さんを打ち負かす際に、ちらっとその日の朝に入り口に豆を撒いてきた鳥小屋のことが頭を過ぎったのです。しかしそれはまだ言えないからと言わずにいたのですが………」

「じゃあ、それでかな。で、まんまとウィリアムとアルテアはそれに踊らされたと。シルは二人にそう言われて信じ込まされたみたいだから、ある意味分が悪いと思うんだ。早めに許してやってよ」

「…………むぎゅる」

「…………キュ」

「シルは、ネアに自分の力で作った鳥小屋をあげるんだよね?」

「キュ?………キュ!キュ!」


ちびこい三つ編みをしゃきんとさせ、必死に頷き過ぎてこてんと転んだムグリスディノを、ネアはそれで許してあげることにした。


やっと人型に戻れたディノに泣きながら抱き締められ、まだ小花柄のままのちびふわ達もがくがくと揺さぶられる。



「フキュフ…………」

「……………フキュ」



こちらの二匹については、主犯なのでちびふわ魔術は一晩解けないようだ。


なお、嘘の精はまだ幾ばくかの要素が残っていたが、怒ったディノに素早く壊され、書き換えられてしまったようだ。

新代の嘘の精は、怒っていた万象の魔物の手によりネアが絶対に好きにならないような不細工な太った蛇にされてしまったらしい。

しかしながら、蛇は別に苦手ではないということを、ネアはあえて魔物達には言わずにおいた。


世界に敷かれた魔術がすぐに反映され、嘘の精はこれまで通りに姿を消すことは出来るらしい。

とは言え、アルテアとアイザックにより付加された凶悪な魔術により、ウィームの周囲とネア達の周囲には近付けないことになっているのだとか。





ネアの鳥小屋にかけた熱意と努力を知っていたゼベルが、翌朝ディノ達をあらためて叱ってくれて、ゼノーシュが、もしどこかで新代の嘘の精を見付けたら尻尾を力一杯踏んずけておくと宣言してくれ、今回の騒動は幕を下ろしたのだった。











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