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244. なかなかの冒険になります(本編)




ごうごうと砂煙が立つ。

悪夢をお鍋でことこと煮込んでしまった妖精の呪いによって、ネア達は見知らぬ土地に放り出され中であった。

珍しいチーム編成で、ネアとディノ、そしてルドヴィークの構成である。



この国の王都では現在大きな事故が起こっているようで、そんな王都と国の北側の一帯をウィリアムが鳥籠で覆っているらしい。


その事故のせいで、今回の鳥籠は少し厄介なことになっているようだ。

ウィリアムから来た連絡は、国中に出現している謎の巨大生物を倒しながらそちらに行くというものだった。



(怪物……………)



今回の事件では、あの王宮のどこかに納められていた品物が暴走し、伝説の七匹の巨大生物を顕現させてしまったのだそうだ。



そして、その中の一匹が、現在絶賛三人の前に立ち塞がり中のこの生き物になったらしい。



「…………大きなやつなのです」

「大きなものだね。凄いなぁ………」

「恐らく、解放されてしまった呪いはアンジランの夜光灯だろう。触れることで火が灯ると、中から七匹の怪物が現れると言われている。その怪物がどんな姿なのかは謎だが、様々な災厄を呼ぶと言われている」

「………世界には色々なものがあるんだね。ブブさんにも見せてあげたかったなぁ」

「こやつは、…………猫さんでしょうか?」

「頭は女性だね。でも牙があるようだよ。さっきの砂蛇の魔物より大きいね」




ネアは、そんな生き物を見上げて感想を呟く。

一緒に考察してくれたのはルドヴィークだ。

少し楽しそうにしてくれているので、ネアは密かにほっとしていた。



「ふむ。体がにゃんこなので愛くるしさまで出してきています。真下から見上げるふかふかお腹がなかなかにあざといですね」

「こんなに大きな生き物がいたら、畑を耕すのが楽そうだね。人の頭があるのであれば、意思の疎通は出来るかな」



そう話し合う人間達の背後で、ディノは悲痛な目をしながらその生き物と向き合ってくれていた。


ネア達は特殊な魔術の道に隔離されているが、この正体不明な怪物が何をするのかよく分からないので、その動向に注視してくれているのだ。



この生き物は砂嵐を吐き、ずどんと踏みしめる前足で地震を起こす。

つまりは、とても大きいのだ。



「ディノ、…………もしかして、苦手な形状なのでしょうか?」

「………合成獣のように見えるけれど、取り込んだものの中から魔術の相性のいいものを選んで構成されているもののようだよ…………」

「と言うことは、あちらにあるジャガイモがたっぷり入った籠を吸い込んだら………」

「ネア、稼働域的にジャガイモはあまり反応しないのではないかな?」

「………畑を耕せるかどうか、尋ねてみてもいいかい?」

「…………耕さないんじゃないかな」



しかしながら、尋ねるのは構わないと言われて、ルドヴィークはいい働き手になるかどうか確認してみたようだ。

その巨大な生き物はぐるると唸って足をばしんとやっただけだったので、畑を耕すのは嫌であるようだ。



「毛皮を剥いだら、どれだけの家の敷物が作れるだろう」

「ふむ。倒すだけではなく、再利用出来たら素敵ですね。………むぐ!」



またずしんと地震を起こされたので、敷物にされるのもお断りということだろう。



「頭部もにゃんこでしたら、背中に乗せてもらってお出かけ出来たのです。しかしながら、女性のお顔なのがちょっと緊張してしまいます」

「ネア、怖いだろう。ほら、こっちにおいで」

「怖いというよりは、勿体無いという感じでしょうか。やけに美女さんなのも緊張の理由かもしれません。礼儀作法がなっていないと、叱られてしまいそうなお顔立ちなのです」

「それは分かるような気がする。人の上に立つ人の眼差しをしているよね。でも知能的には、胴体のものが主軸のようだ」

「となると、お魚などを好んで食べるのでしょうか?餌を与えてみます?」

「魚を与えて宥めてみようか?」



そこでルドヴィークが、アイザックが渡してくれたという腰紐にかけた小さな懐中時計のような携帯金庫から出したものを見て、ネアは慌ててディノにぎゅっと目を瞑るように言いつけた。



「ご主人様…………?」

「ディノの苦手なお魚さんです!」

「ごめん、そうなんだね。川の魚を捕ってこようか?」

「いえ、ただ、そちらは貴重なものではないのですか?」

「僕の家の近くにはよくいる魚だよ。これは大きいからお土産に持ってきたのだけど、アイザックがあまりに大きすぎるからと受取拒否したんだ。勿体無いから、ブブさんに焼いてあげようと持って帰るつもりで水槽に入れてあったから、ここで使ってしまっても大丈夫」



ルドヴィークはわしっと尻尾の部分を掴んだ、鮭くらいのサイズの人面魚をそのスフィンクスもどきな巨大生物に差し出してみた。




「ミギャッ!!」




しかし、喜んでごろにゃんとなるどころか、その生き物は短く鋭く鳴いて垂直飛びすると、大きな尻尾をけばけばにしたまま、ずしんどしんと駆け去って行ってしまった。


お尻を落とすようにしてしゅばしゅばと駆け去ってゆくあんまりな脱走姿に、ネア達は呆然と見送る。




「……魚は食べないようだね。焼いてあげた方がよかったのかな」

「その一言で、まだびちびちしている人面魚さんが、驚愕の眼差しになりました」

「もう一度しまっておこう。魚を掴んだからそこの水盤で手を洗ってきてもいいかい?」

「ディノ、もう目を開けて大丈夫ですよ。それと、ルドヴィークさんがあちらの水盤で手を洗っても大丈夫でしょうか?」

「………………人面魚なんて」

「もう隠されたので、安心していいですよ」

「ご主人様……………」

「あらあら、怖かったですね」



めそめそしている魔物を撫でてやり、ネア達も一緒にそちらに行くことにして、ルドヴィークは水盤で手を洗っていた。

すると、とぷんと音がして水の中から渋い顔をした水蛇のようなものが顔を出す。


青い艶々した鱗の蛇だが、牛の角のようなものが生えている。



「ギシャア!」



そして、水生生物ながらごおっと火を吹いた。




「ルドヴィークさん!」

「ああ、びっくりした。首を掴んで捕まえたけど、火を吐くのなら囲炉裏に飼えないかな」

「むむ、着火剤代わりに…………」

「その生き物は毒も吐くから、持って帰るのはやめようか…………」

「そうなのだね。毒は薬に転じることもあるけれど、そういうものに使えるだろうか………」

「ギシャア……………」



怖がってくれないし、掴まれて悲しくなったのか、水蛇もどきはでれんとぶら下げられたまましょんぼりしている。



「ウィームは毛皮生物が多いのです。こちらは、蛇さんの系統が多いですね。虫さんではなく良かったで…………むぎゃ!!」



すっかり安心して、周囲を見渡すべくふっと横を向いたネアは、愚かな数秒前の自分をべしべしと叩きたくなった。



そこにそびえ立っていたのは、牛くらいのサイズの巨大なバッタだ。

体の詳細までを視界に焼き付けてくる大きさでずももんと物凄い迫力でこちらを見下ろしており、ネアの心をばきばきに踏み割っていった。


震え上がって抱き着いてきたネアに、ディノは虫は怖くないのかしっかりと抱き締めてくれる。



「可哀想に。もう排除したから大丈夫だよ」

「ふぎゅう……………足がしっかり見えてしまいました……」

「僕も、バッタはあまり好きじゃないな。何年かに一度異常発生して、草原の草を食べ荒らしてしまうんだ。駆除で呼ばれることもあるけど、そうすると暫くは甘辛く煮付けたバッタを食べさせられるんだよ」



先程の水蛇もどきとは示談が成立したのか、何か宝石のようなものを献上されてその解放に同意したルドヴィークが、こちらに戻ってきた。

しかし、そんなルドヴィークに語られたことの恐ろしさにネアはまたしても魔物にへばりつく。



「むぎゃ!バッタ煮!!」

「大丈夫だよ、君にはそんなものを絶対に食べさせたりしないからね」

「バ、バッタを食べさせたりしたら、ディノとは婚約破棄です!」

「ご主人様?!」



魔物まですっかり怯えてしまい、ご主人様にはもうバッタなど見せまいと周囲を厳しく見回している。

ネアは魔物に持ち上げて貰い、しっかりとディノの首に腕を回してしがみついていた。

巨大バッタがいると知った今、決して油断は出来ないのだ。




「おや、地面の下に何かがいるみたいだね」

「…………ミミズかな。でも、砂地が多いから砂鼠だろうか」

「にょろみみずなど死すべし……………!!」

「ご主人様…………」



巨大生物が徘徊しているからか、街の中はすっかり無人になっており、大きな生き物達がどすんばたんとしているので、それまであちこちに潜んでいた生き物達が地下から這い出してきているようだった。


また、それまで王都を管理していた魔術師や騎士達がここを放棄してしまったので、それまでは大人しくしていた悪さをするような者達も出てきたのだろう。



(不思議な街だわ。あんなに大きな建物があるのに、周囲の建物は簡素なものばかり………。でも、決して貧しい街には見えないのが不思議………)



椰子の木のような独特の木は薙ぎ倒され、砂煉瓦の家々は崩れている。

火を噴く生き物がいるからか、あちこちが燃えてはいるのだが、煉瓦や砂壁の家が多いので延焼してゆくことはなさそうだ。



がらんとした街の中は、どこか非現実的な感じがした。



ここは王都でもあるのだが、中心にある台形の大きな建物以外には巨大な建物はなく、街としての規模もそこまでは大きくないようだ。


ネアがそんな感想を告げると、ディノがその理由を説明してくれる。

鳥籠の中でもあるので、魔術を土地に浸透させないように調整している以外では、擬態をせずに真珠色の髪の毛のままだ。


とは言え、現れた怪物はそんなディノを見ても怯む様子はなかった。

そのようなものに恐怖心を抱かない一種の祟りもののような存在なのだということだ。



「ここはね、リムファンという盗賊団を起源とする国の王都なのだけど、この国の民はその殆どが騎馬民族なんだ。あの建物は王宮であるのと同時に、その各氏族の長達が集まって会議をする場所なんだよ。他の氏族の長達が住むのはそれぞれの領地で、ここに住むのは従者達や商売人達ばかりなんだ」

「それで、王都なのに規模の小さめな街なのですね………」

「騎馬民族なのだね。ランシーンも戦場に出る者達は馬を駆る。盗賊なのは怖いけれど、この土地の人間を見てみたかったな」

「あまり詳しくは知らないけれど、略奪などにも長けており、特定の大きな都市を持たない割には獰猛で頑強な国だった筈だよ。この王都の宝物庫にも、様々な品物があった筈だ。だからこそ、このようになったのだろうね」




王宮であった建物は、台形の一角が大きく欠けてはいるものの他に大きな損傷があるようには思えない。

とは言え宝物庫にはまだまだ危うい品物も多いに違いなく、決して油断は出来ないとのことだった。



「ウィリアムに聞いたことによると、父殺しの槍が失われたことで、その槍を王達が隠してしまったのだと疑心暗鬼に駆られた若い族長がいたらしい。その青年が宝物庫に忍び込み、触れてはいけないものの一つに触れたようだね」

「ほわ、………と言うことは、戦争のようなものではなく、事故からこうなってしまったのですね」

「ただ、彼等は元々定住地を持たない一族だから、この王都を放棄するまでの判断も短かったようだよ。あまり人間の被害は出ていないようだ。……とは言え、鳥籠の中に収められた土地には、この土地を借りて住む農民達や奴隷達も多くいたからね」

「そうか。この国には、盗賊を起源とするこの国の民と、彼等に仕えたり、彼等と共生する者達がいたのだね……」

「ふむふむ。確かに土地を貸して農民さん達に作物を作って貰えば、その方達から優先的に安く買えますものね」

「人間はそのような制度作りには長けているよね。…………それと、何かが地下から出てくるようだ。少し離れようか」

「なぬ………」



少し離れた位置に移動したネア達がそれまでいた場所に地下からぼこんと這い出て来たのは、とても奇妙な生き物だった。



鹿の頭を持つ華やかな衣装の人型の巨人のようなもので、ディノが瞳を眇めた様子を見ると、苦手な形態の上に高位のものであるようだ。


ネアを抱く手に力を込めると、すいっと伸ばした手を翳す。

すると、大きな鉤爪のある手を地面に広げて砂の中から這い出してきていた怪物が、ぐおんと唸るような声で苦しげに鳴いた。

頭を巡らせたもののこちらの姿は見えなかったのか、するするとまた地面の中に戻っていってしまう。




「………やれやれ、夜行灯の怪物も、困ったものを食べてしまったようだね」

「………今の鹿頭さんは、強いのですか?」

「恐らく、この国の王族の一人と、夜渡り鹿だろう。王族の魂や血には守護が強く根付いていることが多い。今の生き物は、ウィリアムに任せた方がいいだろう」

「ウィリアムさんは大丈夫でしょうか?」

「彼は終焉のものだから、壊すということにかけては、誰よりも長けている。心配はないよ」

「…………今の生き物は、目を見た時にとても嫌な感じがした。とても歪で、悲しい生き物だったね」

「苦痛や怒りを飲み込んだ生き物は、得てして歪み易いものだ。あまり良いものではないのは確かだよ」




(王族の方だったなら、あの建物の中にいたのかしら。真っ先に巻き込まれてしまったのかな…………)



取り込まれてしまったのだから、混乱しただろうしさぞかし恐ろしかっただろう。

自身の意思でも、備えがあった訳でもなく、突然に巻き込まれて異形のものとされるということは、どこかただの死より無残さが際立つ。

ネアは、先ほど見た怪物を少しだけ哀れに思った。



しょんぼりしていることに気付いたのか、ディノがふわりと頭を撫でてくれる。

ふすんと見上げれば、こちらを見下ろした美しい魔物が優しく微笑んでくれた。



「怖かったね。もうここには近付かないだろうから、心配しなくていい」

「ディノと一緒にいられなくなったら大変なので、あんなものに取り込まれてしまったら困るのです………」

「ネア…………。君がどんなものになっても私は君を手放さないけど、そんなことにならないように守るから安心していいよ」

「ふぎゅ…………」

「君は、君の魔物が大切でならないのだね」



ルドヴィークが微笑んでそう言うと、ディノはぎょっとしたようにそちらを向いた。

にこにこしたままルドヴィークは頷き、あなたを一人にしてしまうと考えたら、ネアは怖くなったんだねと重ねて言ってくれている。


そんなことを言われて嬉しくなってしまったのか、ディノは目元を染めておろおろした後、ネアの手に三つ編みを握らせるときりりと頷いた。



「君がどんな怖いものにも出会わないよう、私が側にいるからね。川の方から、砂蟲達がこちらに来るようだ。少し移動しようか」

「なぬ!虫め!」

「その虫が来るからなのかな、砂の匂いが強くなったね。…………それと、あの蜂のようなものの群れのようなものは何だろう?」

「…………………鳥籠の中ではあまり好ましくはないけれど、転移をするよ」



ルドヴィークが指し示した方を見たディノは、小さく息を飲んだようだ。

水紺色の瞳がちかりと光り、ディノは素早くルドヴィークの腕を掴むとふわりと転移を踏んだ。



淡い薄闇にも、今日ばかりは砂の香りが混ざる。


いつもの転移とは違う抑えたものなのかと考えながら、そのあわいの風に揺れる真珠色の髪の毛を目で追い、その直後にがらりと変わった周囲の景色にネアは目を瞠った。




「ほわ…………」

「王宮の中だよ。ここもあまり望ましくないけれど、戻り時の妖精が見えたからね。このような場所の方が入ってこない」

「…………もどりじ………きりんさんで滅ぼしましょう」

「ご主人様…………」



いきなり殲滅モードになってしまったネアに首を傾げたルドヴィークに、ネアはその妖精がどれだけ邪悪なのかを説明した。

忘れもしない昨年の早春の事件で、ネアはどれだけ胸が潰れそうな苦しい思いをしたのか、今でも忘れずに覚えている。



しゃりっと、誰かの足先が砂を踏む。

ネアは、ディノに床に下ろして欲しかったが、魔物はすっかり警戒モードでネアを離さない。



王宮の中は人気がなかった。

広大な空間は見事なモザイクで装飾されていて、鮮やかな色で絵付けされたタイルの床も素晴らしい。

しかしながら、特に過剰に装飾品があるということはなく、ある程度の品物は持ち出されているにしても、騎馬民族らしい実用性重視の簡素さが窺い知れた。



シャンデリアのような大きな円状の照明は、沢山の蝋燭を立てて実際に魔術の火を灯すものだったようだ。

溶けてこぼれている蝋燭が固まり、不思議なオブジェのようになっている。



靴音が響きそうな空間だが、特殊な道を踏んでいるからか、足音は聞こえない。

怪物達が飛び出した場所であろう、壁が崩れた部分から吹き込んだのか、壁際には砂が積もっていた。




「その妖精には、僕も遭遇したくない。一緒に逃がしてくれて有難う」

「ルドヴィークさんが気付いてくれて良かったです………」

「蜂のようなものだから、気付けたのかもしれない。羊達や牧草地に問題が起こらないように、集団で動く蜂などには普段から気を付けているから」



そう言いながら、ルドヴィークは視線を巡らせた。

不思議そうに首を傾げたルドヴィークに、ディノがどこか酷薄に瞳を細めて微笑む。



「聴こえるんだね。崩壊や滅びを告げる精霊の歌声だよ。結界を張ってあまり聞こえないようにしてあるけれど、歌声に魅入られないようにした方がいい」

「む。………私には聞こえません」

「君にはウィリアムが守護を与えた靴紐があるからだろう。彼女は、ウィリアムの系譜の精霊なんだ」

「…………優しい声だけど、どこか背中が寒くなるような獣の気配がする。あまり聴き過ぎないようにしよう」

「私も、今は近付かない方がいいものだね。鳥籠の中で私の要素を浸透させるのは、本来とても望ましくないんだ」



ディノはそう呟き、心配そうに見上げたネアに淡く微笑んだ。



「ごめんなさい、私を迎えに来てくれたからですよね…………」

「そんなことはないよ。今回はすぐに迎えにこれる場所で良かった。それに、足場を整えてあるから、この土地にはあまり気配を落としていないから、まだ影響は出ない程度だろう」

「ふぁい…………」

「だからネア、拾ったものは捨てていこうか」

「…………ふぁい」



ネアが魔物に見付かってしまい、ぽとりと手から落としたのは愛くるしいぽわぽわ兎だ。

砂と同化してしまいそうな砂色をしていて、きゅるんとした青い瞳が可憐である。

先程地面に落ちているのを見付けて、こっそり手を伸ばしたところぶーんと飛んで来たので隠し持っていたのだ。



ネアから見捨てられたぽわぽわ兎は、涙目になってミュウミュウ鳴いていた。

大きな怪物が出るので怖いのだろう。

ネアも胸がぎゅっとなったのだが、そんなぽわぽわ兎を拾い上げてくれた人が現れた。



「僕のところに来るかい?夏もあまり暑くならないし冬は寒いけれど、テントは暖かいし、ブブさんは優しいよ」

「ミュウ!」

「よ、良かったです。多少の嫉妬は否めませんが、ぽわぽわ兎さんがここで一人ぼっちになりません!」

「アイザックが喜ばないのではないかな」

「確かに他の高位の魔物を捕まえないようにとは言われたこともあるけれど、こんな小さな獣を警戒したりはしないと思うよ。……ああ、この布が気に入ったのかい?」

「ミュウ!」



ネアはふと、ルドヴィークの服の布に頬ずりしているぽわぽわ兎が、自分に懐いていた時より眼差しのふきゅん度合いが上がっている気がしたのだが、きっと気の所為だろう。



「良かったですね、ぽわぽわ兎さん」

「キシャー!」

「むぐ?!なぜに威嚇するのだ?!」

「ほら、この兎は獰猛だろう?捨てて良かったね」

「ルドヴィークさん、その…」

「キシャー!」

「おのれ、最初に拾ったのは私なのにその恩を忘れましたね!そして、ルドヴィークさんを渡さないという明確な威嚇を感じます……」



つい先程まで、きゅるんふわんという感じだったぽわぽわ兎は、ルドヴィークに拾われた直後からネアにまでけだもののような威嚇をするようになった。

ディノにひたりと見つめられるときゅっとなるのだが、それでも短い手足でルドヴィークが肩から巻いたストールにしっかりとへばりついている。



「こら、他の人達に牙を向けてはいけないよ?」

「ミュウ………」

「隣人達や家族に危害を加えるのなら、君は連れていけないけれど、いい子に出来るかい?」

「ミュッ?!………ミュウ!ミュウ!」

「うん。いい子だね」

「むむぅ。あっさり躾けられました」



ネアがじっとりとした目になってしまうのはやむを得ないが、ディノは少しだけ気懸りがあるようだ。



「それは、砂兎の魔物で狼のように獰猛な生き物なんだ。大きくなると、この地域の王族達が護衛代わりに連れて歩くくらいだからね。君を気に入っているようだけど、扱いには注意した方がいいだろう」


ディノにそう言われたルドヴィークは、ぽわぽわ兎を両手で持ち上げるとじっと見つめた。

正体を明かされてしまったぽわぽわ兎は、じわっと涙目になって小さな前足でひしっとそんなルドヴィークの手に掴まっている。



「僕は羊飼いなんだ。家族も大事にしているし、山の獣達をむやみに駆除したりもしない」

「………ミュウ」

「困っている小さな命なら助けてあげたいのだけれど、僕の羊達や、周囲の人達に悪さをせずにいられるかい?」

「ミュウ!」

「悪さをしたら、冬場の保存食にしてしまうよ?」

「ミュッ?!…………ミ、ミュウ!!」



なんとも恐ろしい約束を交わし、ぽわぽわ兎はぶるぶる震えながら頷いた。

これはもうペットというよりも下僕な感じなので、ネアは一安心して胸を撫で下ろす。



「あんなにちびこいのに、大きくなるのですね」

「兎に見えるのは子供の頃だけなんだ。すぐに大きくなって、耳の大きな虎のような生き物になる」

「虎さん……………虎さんなら、手放さずにいれば良かったです………虎さん………」

「ご主人様が浮気する………」



憧れの虎仕様になると知り、ネアは虚ろな目になった。

荒ぶった魔物がぐりぐりと頭を擦り付けてきたので、仕方なく撫でてやる。



「浮気ではないのです。虎さんになるとは知らず手放してしまった結果、今や、威嚇される始末です……」

「あんな兎なんて………」

「ネアの魔物は心配性なんだね」

「ミュウ…………」

「この通り、すぐに荒ぶってしまうのです。それと、あちらに人影が見えました」



ネアが悲しい目のままそう言えば、ディノは、ご主人様に頭を擦り付けるのをやめて、はっとしたように顔を上げた。




「…………どこに見えたんだい?」

「あの、……ものすごく壮大な本棚のようなあたりでしょうか。長い、…………白っぽい髪の毛の方だったような」

「…………白だったんだね」



すっと目を鋭くして、ディノはネアを抱き直した。

ルドヴィークにも離れないように言い、足場の魔術を整え直す。




カシャンと、遠いところで小さな石塊がタイルの床に落ちるような音が聞こえた。

風に揺れる光の影が、筋のように並んでいる。

光の上には舞い上がった砂がきらきらと光り、しんと静まり返った王宮は、まだ綺麗に残っている部分が多いのでその静けさが不穏なものに思えた。




「………あ、あの方です」

「……………ネア?」

「む、ディノ……………?」

「…………ネア、僕には誰も見えないけれど、誰かいるのだろうか」

「ミュウ…………」



そこでネアは、漸くディノが驚いたようにこちらを見た理由を理解した。

ぞくりとしながら、不安そうにこちらを見る水紺色の瞳から視線を剥がし、随分と離れてはいるものの、正面にあたるその場所を見る。



そろりと指を指してみたのだが、ディノとルドヴィークは首を横に振るではないか。



そこには、確かに足元まで引き摺るくらいの長い白髪の誰かが佇んでおり、じっとこちらを見ていた。






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